それが俺への認識だったの?

 どうやら次のゲームは、目の前のスイングドアを押し開いた先にあるらしい。スイングドアってのは、スーパーの関係者以外立ち入り禁止の扉とかにある、どちらからでも台車で押して開けることの出来るドアノブの無い大きな扉だ。


 開けた先でまた生首でもぶら下がってんじゃないかと警戒した俺だけど、代わりに俺を待っていたのは青白い蛍光灯に照らされた薄暗い室内と無数の――映像機だった。


 ブラウン管といった一昔前の代物から壁に直接投影されたホログラムに至るまで、大小様々な映像機が、さび付いたパイプラックに傾いて置かれていたり、無造作に積み上げられている。しかも、そのどれもがさざ波立っていて映像になっていない。


 なんだこの部屋? と、眉を潜めながら一歩また一歩と足を踏み入れた次の瞬間、映像が一斉に切り替わった。


 ……これ、セフィアで朝からいつも流れている定番のニュース番組だ。いつも通りの華やかなオープニングから、アンドロイドのアナウンサーが一礼して朝のニュースを報道する。


『本日、——、クリフ自治区の――で、覆面の武装した男性が一名――警察官相手に暴行を――事件が発生いたしました』


 淡々としたアナウンサーの言葉遣いと共に切り替わった映像に映っていたのは、クリフ自治区のトバンシティと思しき街中で警察官の制服姿であるアンドロイドに馬乗りになってぶん殴っている俺――幻想月影だった。


 続いて映像は、俺(と同じ格好をした人物)が町中で悪行を行っている映像に切り替わる。例えば、マトゴマの露店で堂々と万引きをして注意した店員に殴り掛かったりとか、盗みを働いた帰りに人相が悪いだけの何もしてない男をぶん殴っていたりとか、道端の女の子に声を掛けて拒絶された途端その女の子をビンタしたりとか、そんなん。


 続いて映像は、労働者階級のコメンテーターの発言に切り替わる。


『この男、幻想月影ですよね。ホワイトテンプルの英雄にあるまじき蛮行の数々、実に嘆かわしい』


『これは、ホワイトテンプルの信用問題にも繋がりますよ。英雄だなんだと持ち上げて、自由と力を与えて好き勝手やらせた結果がこれですよ。捕まえて適正な処断を下さなければ、今日までのセフィアを作り上げたホワイトテンプルの権威も揺らぎかねません』


『全く、とんだ『正義の味方』事業ですな』


 淡々とコメントしていたけど、口調の節々から憤りが漏れ出ていた。よっぽど、俺のやらかした行為に対する衝撃と失望が大きいらしい。


 続いて流れてきたのは、とある街角を俯瞰した複数の監視カメラのような映像。ディスプレイごとに異なる角度を映し出してるって感じ。


 子供からお年寄りからAIまで行き来する大通りなんだけど、俺ここ知ってるぞ。サンダーバニーのバーナード通りじゃないか! 通勤路ではないが、買い物や教会行くときは日常的に使う道路だ。


 で、その通りには広告や宣伝を兼ねた巨大な街頭ディスプレイが設置されていて、さっき流されていた身に覚えのない映像の数々がそこに映されていた。俺が悪事をやってるあれ。


 その通りにいた誰もが、その映像に釘付けになっていた。見ている人の中には、俺の知っている人もいた。マトゴマで幻想月影のフィギュアを売ってくれたおっさんとか。ジュリウスの姿まであった。見つけた時は声が出そうになった。


 反応は、人それぞれ。『あの幻想月影がそんなことをするなんて許せない』と『幻想月影がそんなことをするわけないだろ』が半々。


 次に街頭に映ったのは、俺が武装した警官隊と戦っている映像。ついさっき、俺がやってた映像!


 続いて、映像は緊急速報へ。かつてクリアストリーム地区でLNMの襲撃があった時も、ほぼリアルタイムで襲撃の一部始終を放映していたもの。その緊急速報の中で、アンドロイドのアナウンサーが淡々と原稿を読み上げる。


『速報です。時刻は、午後――頃、ホワイトテンプルの幻想月影が、武装警官に暴行を加える事件が発生しました。事件が発生したのは――。現地の情報によりますと、大型デストリューマー集団であるc『L』azy 『N』oizy 『M』ashineへの拠点へ突入した警察の前に現れ、突然襲い掛かって来たとのことです』


 はあ? なにデタラメ言ってんだ、このアナウンサーは!? しかも、アナウンサーの内容もさることながら、映像も映像だ。一方的に隊員達を圧倒している時点でおかしい。みんな倒れてる中、一人の上に乗っかってパイプを袖に通して動けなくさせるという悪趣味な芸当をやってる。いや、それは相手を傷付けずに無力化させるためにやったわけで、そもそも、相手も強すぎて一方的にぶっ叩くようなことは出来なかった。完全に悪意に満ちた編集だわ、これ。


 だけど、そんな俺の苦情が現地の人達に届くわけがなくて。


 映像を見た彼らの瞳には、明らかに失望の念が映っていた。これらの映像はデタラメか、真実か。半々どころか前者に比重の大きかった雰囲気が、だんだん後者へと移っていくのが感じられる。子供の手にしていたソフトビニル製の幻想月影のフィギュアが、身体の軸が曲がるほどきつく握りしめられてしまっている。


『なんだよ、幻想月影って、悪い奴じゃん』


 子供の口からぽつりと漏れた火種が、その場に充満していた空気に瞬く間に引火した。


『あんなのに熱狂してたなんて馬鹿らしい』


『幻想月影なんて所詮、お遊びみたいなもんか』


『サイテー、だったらさっさと逮捕されちゃえばいいじゃん』


『ホワイトテンプルの権力に守られて、好き勝手やってただけのクズだったんだな』


 やがて人達は英雄への憧憬を喪って去っていく。滑るように歩道を歩く腕付きゴミ箱ロボットが拾い上げたのは、幻想月影のフィギュアだった。それは、普段から拾い上げている空き缶と変わらないものだった。


『幻想月影はクズだ。こいつは、俺の人生をめちゃくちゃにしやがった。逮捕歴なんか付けやがって。おかげで、看板持ちになれなくなっちまった』


 続いて、画像は切り替わる。


『幻想月影、あいつのせいで、うちの子の将来は失われた。あいつさえいなければ、あの子は大学に上がれたのよ!』


『幻想月影なんて、蓋を開ければ歩くラブドールとセックスしてるだけの冴えない男よ。あんなもんにみんなが熱上げちゃってる方が意味わかんない』


『幻想月影が正義の味方? 馬鹿も休み休み言え。あいつはただの馬鹿さ。あいつが暴れまわったせいで、俺の店はめちゃくちゃだ』


 口々に幻想月影が俺を批判したり罵倒したりしてくる。よくもまあこれだけ批判の言葉を集めたもんだ。中には、自業自得っぽいものや逆恨みのものまである。


『あいつなんて、所詮、ヒーローなんかじゃないよ』


 映像はひたすら切り替わる。俺がアンドロイドをぶん殴ってる画像。それを批判する民衆。俺の悪行(でっちあげ含む)。嘆く人達。責め立てる人達。俺の行為。


 その部屋にあるあらゆる映像が俺の恥ずべき行為を流し、考え付く限りの俺への責め言葉を吐き出していく。色んな事をさらけ出され、色んなことを責め立てられる。360度、あらゆる場所からあらゆることを攻撃される。


 嗚呼、なんだろうな。なんか、懐かしい光景だわ、これ。


『分かっただろ? 幻想月影様なんて、ちっともヒーローなんかじゃねえんだよ。なにさ、ホワイトテンプルのデカいバックに持って、ちょっとデカい力を持ったからってイキって正義の味方ごっこなんてしやがって! お前なんて、ただのいい玩具貰って調子に乗ってるだけのガキでしかねえんだよ!』


 続いて聞こえてきたのは、あの合成の音声だった。嘲笑混じりの声とはもっと違う。力を持って相手を押し倒すような、もっと攻撃的な口調。


 対する俺は――なんて表現したらいいんだろうな。こう、俺の反対側の壁にナイフを狂ったように突き刺して、『どうだ、参ったろ』と酷薄な笑みを向けられたような、そんな感じ。


『なんだよ、何黙ってんだよ。図星だからった黙ってたらいいってもんじゃねえよ。なんか言ってみろよ。……まあ、黙ってたって無駄だぜ。次の部屋で、お前の化けの皮を更に剥いでやる』


「言いたいことはいろいろあるけど、ひとつだけ言っとく。これ、ゲームか?」


 相手の意向を読まず、根本的な部分を突っ込んでしまった俺だけど、向こうからの返答は無し。代わりに、奥の扉が開いた。


 いかにも店舗の非常口っぽい粗末な作りの金属扉を押して開けると、トタン壁の渡り廊下が出迎える。側面から差し込んだ陽光が、金属の壁を反射して目にちくちくと刺さる。なんだろう、このアジト自体金属のつぎはぎ過ぎて全貌が分かっていないんだが、隣の棟に移動しているようだ。


 異様な空間だった。俺が通ったドアはキャットウォークのような二階に繋がっていて、眼下からフロアの全貌が見渡せた。今までの中で最も広大。部屋というよりは、大型ショッピングセンターの回廊とか体育館に近い。けれど、あんな華やかさなんて当然なくて、薄暗く錆臭い空気が淀む雰囲気の下、物騒な光景が広がっている。


 下を見ると、二種類の檻が設置されている。両方とも、フロアの最奥まで達するほど奥行きのある大型の檻。上面を覆う金属板がない代わりに、脱出されないよう有刺鉄線のが檻の上方を囲っている。どちらにも、誰かが大勢収容されている。一方は人間、もう片方はアンドロイドだ。


 一方、上を見ると、これまた物騒な機械がいくつもぶら下がっていた。プレス、ドリル、チェーンソー――考え付く限りの物騒さを煮詰めたような塊が、大小それぞれの檻を見下ろしている。てか、俺の真上にも同様のが見下ろしてる。


 本格的なのが出やがったな。とか思ってると、例の声が聞こえてきた。


『ようこそ。俺様のゲームへ。上を見たまえ。流石の幻想月影様でも、怖気づいて声も出ないか。俺様は、こいつをアンカーと呼んでいる。スイッチひとつで、先端に付いたいくつもの刃物が高回転しながら低速度で降下していく代物だ。触れたら最後、どんな者でもチリひとつ残らず消えていく。徐々に全身を抉り去られながらな! 最高だろ?』


 ああ、最高だ。実に悪趣味で君が悪い。


『続いて、下を見たまえ。たくさんの人間がいる檻と、アンドロイドがいる檻がそれぞれある。で、それぞれの上に俺様お手製のアンカーがある。人間はラナマに住んでる奴らだ。このゲームに参させるために、俺様がご招待した。アンドロイド側は、部下に頼んでセフィア中から埒らせた』


 驚いた。だから、ラナマの街に誰もいなかったのか。LNMとは無関係な人達だろうに、悪い住民共にけしかけられて無理やり連れられて来たんだろうな。


『さて、幻想月影様の目の前にレバーがあるな?』


 声の言う通り、確かにレバーはある。アナログ式の一本棒だ。


『右に倒せば、アンドロイド側のアンカーが落ちる。左に倒せば、人間側のアンカーが落ちる。どちらも倒さなければ、幻想月影様の真上にアンカーが落ちる。あ、わざとアンカーを自分側に落して自分は脱出すればいいやみたいな小賢しい真似はするなよ? 幻想月影様が入ってきたドアも目の前のガラスもQliphOSの根が絡んだ電気網で覆われてるから、逃げるような真似は出来ねえからな』


 そいつの言ってる通りだ。俺が使ってたを振り向いてもドアも、俺のいるキャットウォークの外周を見回しても、目に見えて火花の散ってるネットがいつの間にか張り巡らされている。メイナルドの苗を植え付けて無力化させてやりたいところだが、あれは中枢に直接棒を当てるから意味があるんだ。電気網然りアンカー然りレバー然り、それらが中枢とはかけ離れた末端部である以上、メイナルドの苗を植え付けて無効化させることは出来ない。


 どうやら、小細工も棄権も全く許されないようだ。


『いやはや、ヒーロー様ってのは時として残酷な二者択一を迫られるよな。幻想月影様ってのは、いつもアンドロイドのために戦ってきた。アンドロイドを傷つける俺様達が許せなくて、そのために戦ってきたんだよな? まあ、正確にはホワイトテンプルの作ったモンを守るためだが。ホワイトテンプルが生んだヒーロー様だから、まあ当然だよな?』


 刹那、耳障りな音が響き渡った。俺の頭上のアンカーが稼働したのだ。高周波振動刃の金切り音が響く。鼓膜を素通りして脳に直接響いてくる。細い針金で頭蓋骨の裏をかりかりされてるような不快感に顔をしかめたくなる。装着者への負担を抑えるべく収音を自動制限してくれなかったら、この時点でどうにかなってしまいそうだった。


『選べ。何の罪もないラナマの住民を見殺しにするか。お前の信念と役割に汚し、守るべきアンドロイド共をぶっ壊すか。それとも、お前自身が死ぬか! まあ、お前みたいなヒーローもどきは、自己犠牲の精神を見せた方が、やっと様になるとは思うがな!』


 なるほどな。やっぱりそういうことか。そういう究極の選択みたいなのを突き付けて、俺が逡巡するところを見て楽しみたいのが目的なんだろう。だけど、君には逆に申し訳ないな。そういうの、俺には既に答えが出てんだ。


 がちゃり


『お前はヒーローなんかじゃねえのさ。アンドロイドなんか守って正義のヒーローぶってる自分に酔いたいだけ。本当はホワイトテンプルに守られてるだけの間抜けでしょーもない大きな大きなガキんちょに過ぎな――ってはや! はや! はやくねえかおいい!』


 向こうも予想外だったようで、その口調の乱れっぷりにはバイザーの裏で失笑をこらえる必要が出てしまった。あいつが思っているよりも早く、俺はレバーを傾けてやったんだ。


 右側に。アンドロイドが犠牲となる方向に。


 頭上のアンカーが停止。代わりに、アンドロイド側の頭上にあるアンカーが稼働する。


 けたたましい金属音が響き渡る。俺一人分のとは規模が全く違う。フロアのほぼ半分を占めるほど巨大なアンカーが回転するもんだから、閉鎖的な状態も相まって甲高い音が広い空間狭しと反響しまくっている。


 そして、アンカーはゆっくりと降下する。ナイフとものこぎりとも鉤爪とも言えぬ禍々しい形状の鋭利な刃を高速回転させ、甲高い唸り声を上げながら、徐々に高度を下げていく。無論、触れた個所から存在ごと抉り去る。緩慢に下がりながら全てを破壊する。逃げられぬ、確実な死の顎。


『て、てめえ、やりがったな! 迷わずアンドロイド側を選ぶとか正気か!? アンドロイドを守るために戦ってきたのが貴様なんじゃねえのか? え? てめえでてめえの役割を自ら否定するとか、俺様のアンカーの音で気でも狂ったか!? なあ!?』


「……おかしいなあ。予想したリアクションにしちゃ余裕がないな」


『なっ! て、てめえ……! 俺様の予想よりも早く馬脚を露しやがったから、流石の俺様でも動揺せざるをえなかっただけだ! ホワイトテンプルのアンドロイドを手にかけるってどういうことだか分かってんのか!? ホワイトテンプルへの裏切りだって言ってんだよ!』


 人並みの叫び声なんてかき消すには十分すぎるほどの轟音が響き渡っているというのに、あいつの声は腹立たしいほどに良く聞こえるなあ。


「アンドロイドは、確かにセフィアにとって不可欠な存在だ。だけど、彼らは壊れてしまっても、また作り直せばいい。失われたデータは、またラーニングして積み上げればいい。どんなに時間がかかっても、元の姿にはいずれ戻せる。だけど、人の命は返ってこない」


 すると返ってきたのは、アンカーに負けず劣らずの甲高い笑い声。


『こいつは傑作だ! アンドロイドは壊れてもまた作り直せば大丈夫だ? 奇遇だな。俺様も全く同じことを思ってる。俺様達LNMが人をむやみに傷つけたくない理由が分かるか? アンドロイドなら、好き勝手やっても代えが効くからだ。好きなだけぶっ壊しても、人殺すより罪にならねえからだ。つまり、何が言いてえか分かるか? 幻想月影様がそんな発言をしたってことは、幻想月影様は俺様と同じ存在だってことなんだよ!』


 降下するアンカー。迫りくる死の顎が頭頂部の手前まで差し掛かっても、感情の無いアンドロイドは死を恐れない。というかそもそも、死も恐怖も概念すら存在しない。


 そして俺も、レバーの傾きを変えるつもりは毛頭ない。


 アンカーの甲高い轟音は、隣の人間の悲鳴すらかき消した。頭部が吹っ飛び、皮下循環剤を辺りに散らし、胴体を上から少しずつ抉り去る。目の粗いヤスリで削られるように、様々な身なりのアンドロイド達が、細やかな自身をまき散らしながら消えていく。


 惨劇はあっという間だった。天井にあったアンカー群の片方が完全に降下し、アンドロイド側は檻ごと存在を失っていた。ただ、アンカーの隙間から人間側にかけて流れる皮下循環剤が、何かを求める手のように滲み広がっていた。


『やっちまったな、幻想月影様よお。もう、正義の味方気取るのなんてやめちまえよ。ホワイトテンプルがバックにいるかいないかだけであり、お前は正義の味方なんかじゃねえ。お前なんて、所詮ホワイトテンプルなんていうこの国牛耳るデケえ奴の下で正義の味方ごっこして悦に浸ってるだけのガキなのさ。だから、この土壇場で本性を現して、ホワイトテンプルの大切なアンドロイドをぶっ壊しちまうのさ』


 俺の進路を塞いでいた電気網が消え、キャットウォークの進路の先で新しい扉が姿を現した。


『この映像は全国に流してやったぜ。お前なんて、ヒーローじゃない。てめえのためなら、アンドロイドを平気で壊しちまうクズさ。俺様達LNMと大してなんも変わらねえってな。もう、幻想月影様には居場所なんてねえ。大人しく、俺様の所に来いよ』


 どこか勝ち誇ったような声。


 正直、俺はイライラしていた。でも、理由はあいつの煽るような態度じゃない。あいつに煽られて不甲斐ない決断を下した自分自身へでもない。


 全く無関係なことで俺を煽り倒して勝ち誇った気でいる、あいつの見当違いの甚だしさだ。


『なんだよ。ずっとだんまりじゃねえか。なんか、言いたいことがあれば言ってみろよ!』


「ああ、分かったよ。言ってやるさ。一応、確認するんだけどさ。あんたが俺に対して言ってること全て――本当にそれが俺への認識だったの? ずっと、俺のことそう思っていて、そんなことを言えば俺が参るとでも思っていたの!?」


『はあ? この期に及んで何を言ってんだ?』


「もっと俺のことを追い詰めてくれる奴なんだろうなって警戒してたんだけど、とんだ見当違いだよ! それなら、まだ腕っぷしのあるカマビスの方がずっと良かった! とんだ子悪党だよ、おまえは! いや、もう名前を言った方がいいな!」


 なんか『やめろ!』みたいなことを言ってた気がしたけど、関係ない。俺、事前にケタタマから聞いてたから、そいつの素性はいろいろと知ってるんだよ。


「お前の名は、ワズラ! 本名は、マモンズ・ダカオ。『エレメンタルグループ』創始者一族のひとりであり、『エレメンタルグループ』が展開する小売店『エイトオーエイト』のウィステリアウェル店の元店長。つまり、労働者くずれの人間だったよな、お前!」


 その時、マイク越し聞こえた何かは、戦いが終わった後でも印象に残っている。


 実体のないナイフに心の臓腑を貫かれ、今にも吐き出しそうな呻き声。


 どうやら、あいつ――ワズラの一番知られたくない事実を、俺は言ってしまったようだ。

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