決め台詞を使われる気分はどうだ
クリフ自治区のエキゾチックな街並みを呑気に眺めてる暇なんてなかった。
乗っ取った大型ドローンの出力をフル回転させて、目的の場所まで突っ切るしかなかった。
追っ手? 警察なら振り切った。
町の景色も変わり始め、追っ手の気配もなくなった辺りで、俺は警察ドローンを下ろす。壊さない代わりに中身を弄ろう。君は大人しく署に戻れ。今日あった出来事を全て忘れる。出動した後、君はあの宿泊施設の部屋から何も見つけられず、そのまま署に戻ってずっと待機してたんだ。映像には俺の姿はない。分かったね?
去っていくドローンの背中を見送る俺だけど、正直、さっきの出来事にはかなり動揺している。
あの爆発は、悪ふざけとか施設を狙った犯行とか、LNMが今日までやらかしてきた悪行とは全然違う。明らかに、俺自身を狙った犯行だ。どこかで情報が漏れたのか? いや、幻想月影の正体が俺であることがバレたかどうかは、正直どうでもいい。問題なのは、なぜ俺があの日あの宿泊施設のあの部屋に泊まっているのを知っていたのか、だ。知ってなきゃ、ピンポイントであんなタチの悪いこと出来るか。
誰の仕業だ? まさか、ケタタマ? いや、違う。多分、彼が口にしていたアレだ。
『ラナマの拠点は、きっとワズラが留守番をしているはずだぎゃ。気をつけろ。あいつはジェット級の強敵だぎゃ。腕っぷしこそ弱いが、知らない間に誰かの情報を掴んどる抜け目ない男だぎゃ。わしの裏切りがバレたのも、事前に奴に掴まれたのが原因だぎゃ』
ジェット級ってことは、あのカマビスに相当する。あのデカさと強さが狡猾さへとステ振りされたのが、ワズラという人物なのだろう。
今回の爆発で良く分かった。これ、俺で太刀打ち出来るんか? 乞い願わくば、俺が現場に辿り着いた時には、幻想月影の活躍の場は全て警察に盗られて後の祭りとなっていればいいのだが。
★★★
なぜ、クリフ解放戦線はラナマ連合会とも呼ばれているのか。
理由は単純にして明解。結成された地の名が、ラナマだからだ。
ラナマは、トバンシティ郊外からちょっと街道を挟んだ先にある隣町ロハブーミにある。
ロハブーミは、簡単に言えば採掘の町だ。『鉄の地』と呼ばれ、近隣の鉱山からは貴重な資源が多く採れたため、ロハブーミの採掘事業は王国時代から続く重要な産業のひとつとなっていた。
C2Sが話題となっている今でも、クリフの資源を求める声は絶えない。流石に採掘の煩い音は繁華な市街地まで届いちゃいないけど、空を見れば資源を運搬する飛翔体が飛んでるし、古くから使われてるレールを見れば鉄道が常に行き来している。
ちなみに、ロハブーミの一角で鉱山をバックに城塞のように建っているのが、セフィアリソースのロハブーミ支社だ。ロハブーミの
さて、ロハブーミを走るトラックが一台。運転手はおろか、そもそもこのトラックには運転席はない。複数連結したコンテナを引っ張って、列車のように町中に物資を運んでいる。そんなトラックが到着したのは、ロハブーミの中でもとりわけ寂れた地域だった。
王国時代、そこは労働者街だった。セフィア的な意味じゃない。俺がいた世界と同じイメージとしての労働者街だった。まだクリフが王国として独立し、グローバル経済連合側に属していた時代、資源採掘によって国は潤っていたけど、その恩恵は国と富裕層と連合が独占していた、殆どの民衆は、そのおこぼれどころか職すらありつけなかった。そんな彼らが、国からの『お情け』として与えられた採掘労働に従事し、身を寄せ合って暮らしていた場所のひとつが、この街――ラナマだ。
違法に積み上げられた建物に取り囲まれ、ほこりをかぶったビニール袋が風で舞う。周囲には当たり前のように落書きが放置され、消そうとするドローンすらいない。そんな街の一角に、トラックは止まった。そして、再び出発する。蒼い光を一瞬だけ閃かせて。
王国から自治区に代わって、この辺も豊かになったんじゃないの? と思ったんだけど、ラナマの風景を見る限りそうでもなさそう。理由はおそらく、ラナマの所々に建てられたクリフ国境の寺院だ。まるで九龍城やファベーラのように建物が乱立しているラナマなんだけど、寺院が建ってる所だけ、まるで空き地のようにぽっかり開けてるんだよね。例えるなら、危険な生物の住まう洞窟の中に唯一ある、天井に穴が開いていて陽の光が差し込んでくるような場所。そこは大体神聖な場所で、綺麗な花畑とかあるんだよね。あんな感じ。
これは俺の仮設なんだけど、王国時代、働かないと金が得られず世間的にも一人前とみなされないにも関わらず、労働で求められる水準はAI並だからまともな職すら得られない。そんな時代の中を暮らしていた人達にとって、クリフ国境の寺院は自身のアイデンティティを守ってくれる唯一の心の拠り所だったんじゃなかろうか。
だけど、王国時代が終わった後、代わりに設立されたロジセイム政権はクリフ国境を破壊するような政策を進めた。いくら未来は豊かになるとはいえ、自分たちの心を救ってきてくれた存在を手放すことを、住民は素直に――受け入れなかったんだろうな。で、ラナマの住民は反発した。それに対するロジセイムの答えは、『せっかく豊かにさせてやるというのに、下らんことのためにそれを手放すのなら仕方ない。どうせ貧しい労働者だからすぐに干上がるだろう』だったんだろう。
AIよりも稼ぐ力がないために王国から疎まれ、クリフ国境の寺院に依存しすぎてるためにロジセイム政権からも疎まれ、貧困の最中にほったらかしにされたラナマ――クリフ解放戦線みたいなのが生まれるのも、なんとなく分かる気がするわ。
しかし、ラナマの町中を移動してる俺なんだけど、人の気配が全くしない。住人はどうしたんだ? LNMの暴徒に混じって普通の住民が生活してたり、やたら目つきの怖い人物が立ってたりするのを想定したんだけど、全く無人のゴーストタウンとかどういうことだ? てか、敵はどこだ? 潜入していた警察機関はどうしたんだ? 荒れてるから戦闘こそあったんだと思うんだけど、誰もいないっておかしくないか?
刹那、バァン! と、激しい音がラナマの静寂をぶっ飛ばした。入り組んだ建物に張り巡らされた電線から青白い火花がほとばしり、そこから蒼い幻想月影が飛び出した。アパートに囲まれた空き地の地面に背中から叩きつけられる。
どうして俺が電線から飛び出してきたかというと、さっきまで霊月型になってラナマの電線やら監視カメラやらの中を飛石伝いに通りながら移動していたから。飛行ドローンから降りた俺は、たまたま近くを通っていた無人車両を乗り継ぎながらここにやって来たのよ。こうすれば、誰かに見つかる危険性は低くなるから。
しかし、一体何が起きたんだ? 水中を自由に泳ぐが如く電脳空間を移動していたかと思いきや、突然その空間に拒絶されたかのように外に吹っ飛ばされてしまった。おかしい。このラナマにもSephirOSの根は張り巡らされているんじゃなかったのか?
なんだろう。困惑する俺に甲高い音が聞こえてくる。
いや違う。「くすくす」とか「きゃはは」みたいな――嘲笑。さっきまで俺が忍んでいた電線に繋がってるメガホンだけじゃない。ラナマの至る所から聞こえてくる。ラナマに置かれたあらゆる音声機器から音が出ている。
『まんまと騙されて来ちゃうなんて、おバカなヒーロー様だねえ。ま、ホワイトテンプルが作ったヒーローなんて所詮、こんなもんよなあ。SephirOSがなけりゃ、なんにも出来ないんだからさあ』
どこからか声が聞こえてきた。ボイスチェンジャーを使ってるのか、甲高い声と低い声がミキシングされていて、人の声ではない。ただ、イントネーションのおかげで妙に鼻に付く。
『たった今から、ラナマを仕切るOSはQliphOSに切り替わった。SephirOSしか使えねえ幻想月影様は、一気に何も出来なくなった』
嘲る声に続いて、今度は周囲から足音。それも複数。敵か? と身構えた俺の前に姿を現したのは、警察機関のアンドロイドだった。強固なプロテクターやヘルメットに身を包み、主力装備である短機銃を装備した姿は、もはや等身大の戦闘ロボットと大して変わらない。
良かった。無事だったんだ。と安堵する一方、嫌な予感がした。なんでこいつら無事なんだ? どうして俺の前に現れた? 人間の隊員はどうした? てか、なんでそんなにバイザーの目が赤いんだ?
「敵を確認。——排除する」
「は?」
抑揚のない淡々とした口調でそんなことを言われたもんだから、俺は思わず頓狂な返事をしてしまった。次の瞬間、彼らの構えていた銃口から火が噴く。
フルオートの銃声。慌てて俺は物陰に隠れるが、腕や腹部には被弾の跡。電脳の力によって生身まで至ってはいないけど、俺が撃たれた事実には変わりない。
どうして俺を……? なんて眉を潜めた俺だけど、理由はすぐに分かった。
『どうした? なんで攻撃なんかされちゃってんの? 味方じゃなかったの? ああ、そうだった。今ここシメてんの、SephirOSからQliphOSに変わったんだ。今や幻想月影様の心強い味方となるはずだった警備アンドロイドの皆様は、QliphOSの指令の下、俺様の部下へと相成ったわけだ』
「なんだって?」
驚いた俺は、試しに再び物陰から顔を出す。銃弾を受けつつ、試す。——本当だ。あいつら、マイクの向こうの誰かが言ってる通り、制御される媒体がQliphOSに書き換えられてる。俺の
次の瞬間、まさか俺が身を委ねていた壁が回転した。まさかスラムに建つ建物が回転ドアよろしく回るなんて想定すら出来なかったから、俺は半ば倒れ込むように建物の中に入ってしまった。埃っぽい建物に入り込んだ俺の視界に飛び込んだのは、こちらに向かって迫る壁。
ピストンのような壁に突き飛ばされた俺の目の前に、アンドロイドの部隊。銃口が、一斉に俺へと向けられる。
『こういうの、なんて言うんだっけ? ああ、そうだ。『この町の全てが俺の味方となり、お前の脅威となる』だったけかあ!? あーっははははは! お得意の決め台詞を使われる気分はどうだあ? あーっははははは!』
嘲笑のBGM。一斉射撃のES。文句を言いたいところだけど、今はそれより命が大事。後退。適当な建物の間隙を見つけ、飛び込むように身を隠す。
案の定、アンドロイドが追跡してきた。先頭がこちらに銃口を向ける。俺は両腕を上げて、投降――すると見せかけて、接近。アンドロイドの武器を掴んだ。
対処の仕方は幻想月影の戦闘術プログラムの中に入っている。相手の銃口や握り手などに留意しつつ身体を動かすと、相手の短機銃を取り上げられる。これ、専門用語で
機銃をディザームし、身体の重心移動のみを使って体当たり。アンドロイドの体勢が崩れ、後方の仲間へと勢いよく背中から衝突。間隙の外までまとめて吹っ飛ばされる。
と、背後からもアンドロイドが来た。どうやら、挟み撃ちにするつもりだったらしい。俺はディザームした短機銃を構えて――撃つ。ほぼ真上に。
何かが被弾する甲高い音が響いた瞬間、金属の塊が俺とアンドロイドとの間に落下した。建物と建物を繋ぐ連絡橋だ。工事現場に使われる金属プレートを嵌め合わせたような粗末な構造のようだが、おかげで落下の拍子にバラバラになって小高い壁みたいになった。アンドロイドの進行と銃弾を塞ぐには充分だ。
ディザームした銃を膝蹴りで破壊し、来た道へ一旦戻る。が、そんな俺の眼前に展開されていたのは、アンドロイドの別動隊。地上だけじゃない。ベランダや窓、屋上にまで展開されてる。やはり投入されていたのは、最初に俺の前に現れた奴らだけじゃなかった。
流石に後退。先ほど落とした連絡橋の残骸が、隣接した建物への通路になっていた。そこを飛石伝いに移動しながら建物内に飛び込む。
鉄くずをかき集めて建築物のていにしただけのような家屋の中は薄暗く、いかにも錆臭い何かが検出された。人っ気がないのが本当に不気味だ。
と、甲高い跳弾の音。俺と同じように金属の足場を伝いながら、アンドロイドの追手がこちらへ銃撃していた。
交戦はしたくない。ベランダや隣の建物の屋根の上などを伝いながら走る。と、今度は頭上からドローン部隊。そりゃそうだよな。索敵とか支援攻撃とかで、作戦にドローンが使われるのは当然だよな。
『逃げてばかりかよ幻想月影様よ。誰が見てるのかよく考えろよ。つまんねーヒーロー様だな』
ドローンからあの声がしてきた。
続いて別のドローンが発砲する。トタンの屋根を蹴って横にステップするも、俺がいた場所に電流が鞭のように迸った。暴徒鎮圧に使われるショックガンだ。しかも、幻想月影すら無傷では済まない威力に魔改造されてる。
屈んだ俺の頭上を突進するドローンが通りすぎ、跳躍した足元をショックガンの電流が這う。パルクールよろしく屋根とか適当な建物とか移動しながら走ってんだけど、ドローンは振り切れそうにない。
バラックのような建物から建物へと跳躍。空中の俺へとドローンの集団が左右から突進してくる。虚空で身を捻る俺の腹と背中のすれすれを、ドローンの鋭利なローターが通り過ぎる。
着——地しようとした瞬間、足元である屋根が崩れた。付近にいた乗用車が急発進して壁に衝突して建物を崩したからだと分かった時には、既に俺は整地されていない土まみれの地面の上に仰向けに落下していた。背中を強打した俺の視線の先には、こちらへ加速する別の車両。半ば弾かれたように後転しながら俺は立った。あと一歩遅ければ、俺の下半身は轢かれていた。
屋根がダメならと逃走経路を探ろうとするや否や、無人で発進した乗用車が通路を塞いだ。崩れた建物は鉄筋の露出した屋根が鼠返しのように反り立ってしまい、登れそうにない。てか、敵の手中にあるドローンに制空権を奪われてるおかげで、そもそも頭上が安全じゃない。そして、最後の逃げ道は追いついたアンドロイド部隊によって塞がれた。当然、いずれも……
『どうしたあ? なんでなんもしねえんだ、幻想月影様よぉ! お得意の技でここらのもんいくらでも乗っ取って小賢しいトリックを見せてくれよお! ああ、出来ないんだったな! お前のお得意の技を使うにはSephirOSの根が絡んでないと意味なかったんだよな。残念でした。ここのは全部QliphOSでした。QliphOSじゃ幻想月影様の崇高な技は使えないんでした。ああ、残念だなあ。俺様も見たかったなあ! あーっははははは!』
「……代わりに説明してくれるなんて、有難いお心遣いなこった」
味方だった者達から突き付けられる銃口。なあに、こういう状況はあっちの世界でもあった。ちょいと、殺意の幅が違うけど。
ここで脳裏を過ったのは、出発前のレオーネの発言だった。
『これから行くのはSephirOSが通じねえ奴らの根城だ。
やっぱり使うしかないか。まあ、俺の本当の戦う理由を顧みれば、躊躇う理由なんて全くなかったわ。
手首側から一対の棒を射出。カリスティックの構えでアンドロイド部隊と対峙する。
『おお? まさかお前、アンドロイドに手ぇ出すのか? この国の生産者たるアンドロイドを守るために戦ってきた幻想月影様が、アンドロイドに手ぇ出しちまうのか? こいつは決定的な瞬間が見られるかもしれねえなあ』
なんかまた上から煽るような声が聞こえてきたけど、意識する暇なんてない。銃撃を回避しつつ、付近の乗用車に棒の先で突く。先ほど、建物に突っ込んで屋根を崩していた乗用車だ。
次の瞬間、建物に頭を突っ込んだまま微動だにしなかった乗用車が勢いよく後退、猛スピードで軌道を変えて俺とアンドロイドの間に割って入ったのだ。おかげでアンドロイドは、射線どころか進行まで再び塞がれてしまった。
『……?』
ドローンに搭載されたスピーカーの向こうから息を飲む音が聞こえた。そりゃそうだ。なぜなら、そっちが動かしたわけじゃないからね。
レオーネが提供してくれた試作段階の新兵器。彼女曰く、名前は既に決まっていて『メイナルドの苗』と呼ぶそうだ。
さ、これで流れはちょいと変えられたんじゃないかな。
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