QLIPH
c『L』azy 『N』oizy 『M』achineの正体は、政変に振り回される庶民たちが、誇りを取り戻すために手を取り合って築き上げた組織の変わり果てた姿。
LNMの力の根源は、異邦より参りし邪悪——サバエことクィント・メイ・ベルゼバビッチと、元は思想の偏りを阻止するために作られた
敵の正体が分かってから数日が経った。リッツスティング大学から帰宅した翌日、再び俺の家に紙媒体の便りが届いた。
ゲンロクが隣に座ってるソファに身を委ね、手紙を開く。
『熱い天使達の主催するパーティが雷神様の日、鶏が羽ばたく刻に崖の地でやるみたいだぞ。なあ、お前は参加するのか?』
正直、この内容を見ると苦笑がこぼれちまうんだよな。宛先はレオーネなんだけど、どっからこんな貴重な情報をリーク出来るんだ? これでよく敵に漏れねえよな。
「参加するに決まってるだろ……」
俺が呟くと、俺の隣から手紙を覗き込んでいたゲンロクが声を掛けた。
「まさか、また一人で出張ですか、マスター?」
俺はドキッとした。それ、本当にゲンロクのセリフか? あんたアンドロイドだよな? これからの展開が俺一人でミルトンステップへ行った時と同じになると、なんで彼女は察したんだ? レオーネからの手紙読んだだけなのに!
これが女の勘ってやつか? 今時のアンドロイドは、そんなもんすら実装されてるのか? ますます人間のアドバンテージが取られていくな。
「ああ、ゴメン。こういう出張は危ないから、ゲンロクは連れてけないんだ。その代わり――送り主に相談してみよう。もしかしたら、なんとかなるかもしれないから」
★★★
というわけで、当日。雷神様の日は平日だからか、クリフ自治区行きの寝台特急はとても静かだった。
客室はホワイトテンプルが手配してくれたんだけど、ベッドだけの狭いのかと思いきや、背もたれを倒せばベッドになるソファとテーブルが備え付けられた本格的な個室。電源設備なども当たり前のように完備。端末を起動すれば、自立起動のアンドロイドが飯なりなんなり持ってきてくれる。
四人一組の相部屋みたいな格安車両だって普通にあったのに、俺なんかのために格式高い個室に入れてくれるなんて……俺が幻想月影であることを割らせないためには必要なコストなんだろうな。まあ、俺だって自ら口にしたくはないし、そもそも口にする度胸がない。
で、この部屋にはベッドが二つある。なんでツイン仕様なのかって? 俺一人じゃないんかって? 実は――
「サンダーバニーを出て1時間と15分24秒が経過しました。この車窓から眺めるミルトンステップの街並みも乙なものですね、マスター」
壁から伸びたテーブルをはさんで反対側に座っていたゲンロクが俺に語り掛けてきた。
そう。実は、彼女も連れてきた。
レオーネとアレクに相談したんだよ。ゲンロクと一緒に連れていくことは出来ないかって。状況が状況なだけに言いにくかったけど。そしたら、『あること』を条件に同伴を認めてくれた。
二人には感謝している。サンダーバニーからクリフ自治区までは遠い。そこまで至る長旅をゲンロク抜きで行くとか、今の俺では考えられない。それにクリフ自治区には、かつての歴史的建造物とか自治区独自のホワイトテンプルの教会とかがあるそうじゃないか。滅多に行けない地域にある貴重な建造物をゲンロク抜きで写真撮るなんて、今やフォロワーも5桁に差し掛かる『よぞらのかがみ』として考えられないし。
まあ、唯一の問題点は、二人の提案した『あること』のおかげで、夜の営みばかりかゲンロクに触れることすら出来なくなったことなんだよね。寝台特急の個室とか、雰囲気的には最高なんだけど……あっちの世界の日々と比べたら贅沢すぎて笑えない悩みなのであまり考えないでおこう。窓の外でも眺めてよう。
ミルトンステップの繁華な街並みを眺めていると、サワガ率いるLNMに襲撃された事件が嘘のように思えてしまう。良くも悪くも代謝の激しいミルトンステップならば、壊れた町を修復するのも朝飯前ってわけなんだろうか。林立するビルの狭間を飛び交う大型の飛行ドローンとか、あの頃は無かった気がするんだよなあ。
ふと、車窓からC2Sの施設が見えた。セフィアリソースの活動拠点は視界を遮る構想建造物が少ない地域にあるので、離れた位置からでも視界に入りやすい。まあ、営業所や本社ビルは違うんだけどね。
他の施設と同じく、あの頃の喧騒を疑ってしまうほど綺麗に修復されていたC2Sを眺めていたら、またケタタマの証言を思い出してしまった。
『わしが裏切るきっかけになったのが、アッシュの奴らがしでかしたセフィアリソースの襲撃だぎゃ』
もともと、セフィアリソースはクリフ自治区と因縁深い。なぜなら、クリフ王国時代がグローバル経済連合側だった頃から、王国進出を狙っていたからだ。王国の政権がぶっ壊れて幻想国の領土になったのも、王国の資源(の利益とか利権)欲しさにセフィアリソースが影で暗躍していたからって説すらある。
その贖罪意識なのか、それとも噂の否定によるものなのか、セフィアリソースはC2Sシステムを開発した。もう二度と他国の資源を頼らない……とまでは無理かもしれんが、資源を求めた争いごとを少しでも緩和できるよう願いを込めて、炭素を再利用する夢のようなシステムをセフィアリソースは作り上げたんだ。
しかも、セフィアリソースは、クリフ自治区の作業場の環境改善や雇用改善にも積極的に取り組んでいたらしい。セフィアリソースの支社はミルトンステップ以外にもあるんだけど、そこの看板持ちや労働者はクリフ自治区出身者の比率が多いんだとか。となってくると、ケタタマがLNMを裏切る引き金がC2S襲撃だってのも納得がいく。
『過去にやらかした借りを恩で必死に返しとるセフィアリソースを襲った時点で確信したぎゃ。LNMには、かつての解放戦線としての面影はなくなってたぎゃ。時が経てばいずれかつての姿を取り戻すだろうと期待していたわしがバカだったんだぎゃ……』
で、決心したケタタマは早速行動に移した。
車窓から差し込む日の光も落ちてくる頃、寝台特急はこれまたセフィアの名所と呼ぶべき地域にいた。ビルの林立していた都市圏からは一変、どこまでも続く田園風景が広がっている。あっちの世界と大差ない景色に見えるんだけど、時折視界に入る消毒散布中のドローンや収穫中の無人機の姿が、ここがセフィアであることを認識させてくれる。
ノーザンパイン。以前、ジェリーさんのお気に入りのメニューの際に紹介したあの地域だ。食料生産に関して最も有名な町はセフィアのどこかと問われれば、誰もが異口同音にノーザンパインを挙げるだろう。
なんてったって、セフィア国内における食糧供給の三割を占めてるからね。三割って小さいように見えて相当な数字だ。ちっぽけな漁村や農村などが束になってやっとノーザンパインひとつぶんに届くってレベルの割合だ。
で、そのノーザンパインでさらに有名なのが『グリーングリーンズ』という食料生産企業だ。保有する敷地は、機械的な工場から農地、海洋の一部まで含んでいるという広大さ。野菜から肉・魚までAI制御によってゼロから育てているという徹底ぶりで、ジャンルの範囲も牛肉ひとつとってもリーズナブルなもんからアホみたいな高級品まで取り揃えているという驚きの広さ。要するに、ホワイトテンプルがAIのトップなら、グリーングリーンズが農場のトップと言えよう。
LNMはその『グリーングリーンズ』を襲撃した。俺がセントパトリック労働者街にいた時に起きた事件だった。人が生きる上で不可欠な食料施設の中でも、連中はとりわけメジャーな場所を襲ったんだ。当然ながらセフィア全土は衝撃を受けた。
さらに驚くべきは襲撃の動機だ。
『グリーングリーンズはAI制御によって食料を生産している。AI制御の技術はホワイトテンプルによるものだ。つまり、グリーングリーンズはホワイトテンプルによって作られたと言っても過言ではない。さて、ホワイトテンプルがこの国全土を支配しているのは皆知っていよう。何が言いたいのか分かるな? ホワイトテンプルはグリーングリーンズを介して、我々が生きる上で必要な食料を――生殺与奪の権利を握っていたのだ。グリーングリーンズは、ホワイトテンプル共の支配の象徴のひとつだ。グリーングリーンズは我々の敵だ。グリーングリーンズを破壊せよ。破壊して、ホワイトテンプルの悪しき思惑からセフィアを解放せよ。セフィアに『真の自由』をもたらすのだ』
これが、当時のサバエの声明だ。恐ろしい。イカれすぎてる。どっから突っ込めばいいか分からん。C2S襲撃以前にもサバエの過激な配信は見てたけど、これほどまで狂気に満ちた言いがかりは無かった。
が、LNMの犯行は、ほぼ未然に終わった。事実上幻想月影にお株を奪われ続けていた警察機関が信頼と面子を取り戻すために頑張った(アレク談)から、というのも当然ながらあるんだけど、決定的な理由としてはLNM側から襲撃の情報を漏らした人間がいたのが大きい。ケタタマだ。
犯行声明こそ出ていたけれど、具体的な規模は分からない。そんな警察機関に、ケタタマは誰がどれくらいの規模でいつどのような手段で襲撃するのか事細かに全部喋ったそうだ。なんなら、実際の襲撃時にちょっと妨害工作もしたそうで。
だけど、最後にケタタマはしくじった。警察機関に保護される前にLNM側に捕まった。後の結果は俺達の知る通りだ。
『ほんとにおみゃーは命の恩人だぎゃ。流石は、我らのヒーロー様だぎゃ』
最後にまた礼を言われた。我らのヒーロー様ねえ。確かにあんたの言う通りだ。幻想月影は我らのヒーローだ。俺にとっても……ね。
★★★
夜が明けると、車窓の景色は一変していた。グリーングリーンズの平坦な農地はどこへやら、見えるのは切り立った岩山があちこちに見える急峻な山岳地帯。知らない間に山を登っていたのか、妙に鼓膜から空気が通り抜けるような嫌な感覚もする。端末を開いて現在地を確認すると、もうすぐクリフ自治区に差し掛かるようだ。
なんて美しい高原地帯だ。切り立った崖の露出した山の景観とか、絶対に写真で映えるだろ。
やがて、寝台特急は終点に到着する。クリフ国教の総本山。大陸で最も海抜の高い場所で栄えた町。クリフ自治区の主要都市。王国時代の首都。様々な異名を持つ古い街――トバンシティ。
駅から降りると真っ先に視界に入るのが、プラットフォームを覆う蒲鉾状の屋根の壁にデカデカと掛けられた肖像画だ。長い黒髪と幅の広い鼻が特徴的な端正の顔立ちの男だけど、その人物については事前にメディアで学んでいる。名は、レイデル自治区主席。クリフが自治区になってから二代目の主席となった人物だ。
俺がいた世界で例えるなら、知事の肖像画が県庁所在地の駅に掛かってあるような狂気じみた光景なんだけど、これはアレかな? クリフの王国としてのアイデンティティを失わないようにするための試みなんかな? レイデルって人、肩書こそ自治区主席とか属国的なニュアンスあるけど、クリフの王族の人間なんだよね。先代主席のロジセイムもレイデルの父親らしいし。
さて、駅から降りて宿泊施設を探す俺達なわけだが、車窓からの景色の時点で既に気付いてたけど、これまた町の雰囲気が異質だ。高原のど真ん中にある町なだけあって、周囲を山々に囲われている。で、その山に張り付くように建物がびっしりと建っている。
建築物の雰囲気からして、サンダーバニーやミルトンステップにあったのとは全然違う。入ったら
ここはセフィアじゃない。クリフだ。セフィアの軍門に下り、ホワイトテンプルを受け入れたけど、クリフのアイデンティティまで失ったわけじゃない――そんな気概が、町のあちこちから感じられた。
ガイドブック曰く、この傾向はレイデルの代から始まったとのこと。まあ、先代のロジセイムは、ケタタマの言ってた『王国内の(ホワイトテンプルの)理解者たち』のリーダーだったらしいのよな。真新しいホワイトテンプルの教会や壁の焦げた寺院も見掛けたけど、ああいうのを見るとロジセイムの代に何が起きていたのか悪い意味で容易に想像できる。
到着した宿泊施設は、クリフ国教の趣に満ちた構造や装飾の中にホワイトテンプルの象徴とも言える聖樹像やメイナルドのガレージの絵も混じっているというセフィアとクリフが折衷した内装となっていた。恐らく、このホテルはレイデルの代に建築されたんだろう。どの権力者の代に作られたのか推定できるってのは、なんか面白い。まあ、それも俺が部外者だから思えることであり、当の住人からすりゃとんでもない話なんだけどね。
さて、借りた部屋で作戦を練らなきゃ。表向き報道は全くされてないけど、今頃警察機関はケタタマの情報を元にLNMの本拠地へガサ入れしてるはずだ。SNSとかの情報を自分なりに洗っても、警察がクリフのとある地域に集まってるって書き込みこそあれ、ネット全体に拡散されているようには見えない。情報統制とかしっかりされてるみたいだな。
と、出発の荷造りをしていると、扉を叩く音が。開けてみると、宿泊施設のボーイのロボットがいた。脚部がタイヤになってるが、ホイールの装飾や身に着けている衣装の各部にクリフ国教由来の綺麗な意匠が施されている。
「えーと、要件は何?」
尋ねてみる俺だけど、反応なし。ホテルでロボットが直接くる案件なんて初めてだなあ。と思った俺なんだけど、次の瞬間、ゲンロクの方から叫び声。
『そいつから離れろっ!』
「え?」
レオーネの声がして一瞬振りむいた俺が再びロボットの方を見ると、ロボットの手前にホログラムのメッセージが映し出されていた。書かれていた内容は――、
『おまえがくるのをまっていた』
目の前が真っ赤になった。目の前のロボットが自爆したんだと分かった時には、俺の身体は部屋の窓を背中から突き破り、通りの向かいに泊まっていた車両に落下していた。
我に返った俺を、人やらアンドロイドやら動物やらが覗き込んでいるのが見えた。自分の手を見る。体内の安全装置が作動して、俺は幻想月影の姿になっていた。
見上げると、宿泊施設が燃えていた。さっきまで俺がいたであろうフロアの壁が吹っ飛び、黒煙が舞い上がっていた。その意味が分かった瞬間、俺は鞭を打たれたかのように立ち、そのフロアめがけて駆け出した。文字通り、壁を駆け上がって黒煙の中に飛び込んだ。あそこにはゲンロクがいるじゃないか!
朦々と煙が立ち込める中で必死にスキャンする。ゲンロクはどこだ? 物体を片っ端から読み込むも、それらしきものはない。瓦礫や家具の欠片ばかり。もしかして――俺は最悪の事態を想像した。
『ご無事ですか、マスター!?』
レオーネの研究室から無線が入り、ゲンロクの快活な声が聞こえてきたのは、まさにその時だった。
「ゲンロク!? ああ、そうだ。そうだった。ゲンロクはずっとそっちにいるんだもんな。ここで壊れちまったわけじゃないよな。ああ、よかった。すっかり忘れてしまった」
彼女の無事に胸を撫で下ろす俺。全く、こっちのゲンロクは研究室から投影された精緻なホログラムであり、本体の彼女はレオーネの研究室にいるんだって、なんで肝心な時に忘れてしまうかね。
『おい。能男。今すぐこの場から退散するんだ。警察連中がそっちに向かってる』
続いて聞こえてきたのは、逼迫した様子のレオーネの声だった。言われた通り、確かにエンジンとサイレンの音は聞こえている。
「レオーネ!? まあ、確かに聞こえてるけど……」
『どうも雰囲気的に、能男がこの爆破事件を起こしたと思ってるみてえだ』
「なんだって!?」
『能男が捕まっちまうと、LNMの本拠地に突入してる警察連中を助けられねえ! 今すぐそこから退散しろ! こっちからも警察に話通しておくからよ!』
「え? 退散しろって、どこへさ!?」
そうこう言ってる間にも状況は悪い方向へ向かっていて、既にパトカーや消防車といったサイレン車の軍勢がホテルを囲い始めている。てか、パトカーの色彩で塗られた大型ドローンが、今まさに浮遊しながらこっち見てるんだけど。
『ああもう! とりあえずこっちに戻るのは無理だから、もう何が何でも現場へ向かってくれ! もうそれしかねえよ!』
気が動転している俺に半ばキレ気味の返答がレオーネから来たので、俺は「わかった、そうする!」と返答した。もう行動に移すしかない。
四隅にローターを搭載した警察ドローンは、本体だけで畳一畳分の広さがあり、人一人乗る分には充分な余地がある。かがんでバランスを取ったまま、俺は奪ったドローンを操作して町を飛翔する。「みんなごめん! これ、ちょっと借りるよ!」というメッセージを残して。
行く先は、LNMの本拠地。しかし、いきなりアウェーの洗礼を浴びるとは思わなんだ。
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