どんな国にも影はある

『クィント・メイ・ベルゼバビッチ。……そいつが、わしらの誇りを今もなお汚しとる忌々しい男の名だぎゃ』


 LNMの元幹部の内部告発なわけだから相当オイシイ情報が得られるんだろうな。って期待していた俺達だったが、まさか首魁の本名まで知れてしまうとは思わなんだ。


 その後も有益な情報を獲得した俺達なわけだが、詳細は後述だ。ケタタマの発言は、きっちり幻想月影の音声ログに登録済み。もちろん、あの研究室兼取調室もログは取ってるし、実はあの場に出席していた警察も同様のログを独自にとっている。


 次の行動はケタタマの情報を精査した後になるため、俺は再びごく普通の日常に戻された。


 というわけで、今回訪れた教会は、ジョゼフ礼拝堂。陽光が木の葉の隙間から優しく降り注ぐ、何とも幻想的な空間にポツンと建っている木造の建物だ。


 なぜ、教会ではなく礼拝堂という名前なのか。それは、このジョゼフ礼拝堂が他の教会みたいに町中に建っているのではなく、あくまで一般向けとして開放された公共機関の構内に建っているからだ。


 で、その公共機関とやらは何かって? リッツスティング大学——つまり、俺とゲンロクは今、大学の敷地内にいる。


 リッツスティング大学(正門には『University of Litzsting』と書いてあった)は、セフィア幻想国の大学都市であるリッツスティングに所在する大学だ。リッツスティングは、サンダーバニーと首都セントケイネスの間にある町で、鉄道を使えばわりとすぐに到着できる。首都に次ぐ古都であり、ミルトンステップのように常に最新技術が飛び交っているというよりは、歴史的な古い建造物が立ち並ぶ落ち着いた景観。


 ……まあ、異世界から来た俺からすりゃ、ベクトルが違うだけで、どちらも真新しいもんにしか見えないんだけど。


 そんな歴史ある街にある大学なだけあって、リッツスティング大学は名門中の名門。どれくらい名門かというと――アレクとレオーネの出身大学と聞けば大体察しがつくだろう。俺の世界でいうなら、東大や京大のような旧帝大レベルだ。俺が卒業した大学と比べ……るのもバカバカしいな、こりゃ。


 だからなのか分からないけど、リッツスティング大学構内にいる人達は妙に雰囲気が違う。外のテラスや草原で話している学生らしき人達も、実はかなり難解な議論をしているんじゃないかって思ってしまう。いや、こちらが勝手なイメージを抱いているだけで、実際はなんてことない趣味の話しかしてないだけなのかもしれない。


 というわけで、大学側は構内を一般開放してくれてはいるものの、こちらのつまらない感情のおかげで、いろいろ歩き回る気にはなれなかった。司祭が礼拝堂に来るまで、周辺をゲンロクと一緒に撮影。時間になったら礼拝堂のベンチに座って、登壇した司祭のありがたい講義を学生や観光客と一緒に聴いた。それで終わり。でも、学生と思しき人からサインを貰えたのは嬉しかった。ゲンロクと『よぞらのかがみ』の名は、最高学府の学生達にも届いていたようだ。


 礼拝堂で受けた話として印象的だったのは、『なぜホワイトテンプルは宗教法人としての顔もあるのか』だった。


 言われてみれば考えてなかった。そもそもホワイトテンプルってのは国内最大手のIT企業だ。国全体をつなぐ巨大インフラであるSephirOSを創設し、アンドロイド事業にも手を出している。そんな巨大な企業が、なぜあちこちに教会を建て、従業員に僧衣や修道服みたいなのを着せているのか――端から見れば、異様な光景なのは否めないよな。


 ホワイトテンプルが宗教性を持っている点について、登壇した司祭が(あくまで持論と断わっていたが)説明するには、宗教性を持たせた方が『AIが生産し、人間が消費する』経済モデルを国民に伝播させやすかったからとのこと。


 まあ、経済やITなどの小難しい話なんかよりも、通例的な儀式や言い伝え、習慣として広めた方が伝わりやすいかもしれんな。で、そんな慣習に抵抗がある捻くれた人たちのために、『裏付け』として経済やITの話(≒セフィアの教養)も用意してあると。……なかなか上手いことを考えるじゃないか、ホワイトテンプルは。


 もちろん、このやり方にもデメリットはある。言い伝えも裏付けも『国の洗脳』だと突っぱねる『さらにねじくれた奴ら』に対しては効果がない。それは、俺も奴らのせいで痛いほど味わっている。けど、もうひとつデカいデメリットがある。国内に収まらないほどの、とてつもなく大きなデメリットだ。


 さて、セフィア幻想国の経済モデルを他国にも広めることに賛成かと問われれば、今の俺なら迷わず「はい」と答える。


 今日まで俺が豊かに暮らせているのは、幻想国の経済モデルのおかげだ。あっちの世界での暮らしは、もう二度と考えたくない。そんな俺に当てはまる人間は、きっと他の国にもいるのだろう。そして、彼らは今もなお苦しんでおり、セフィア幻想国の経済モデルがあれば救われるのだろう。そんな人達のために経済モデルが他国へ広まることは、決して悪いことじゃない。いや、もっと積極的に広めるべきだとすら言える。


 だけど、いざ国外へ広めようってなった時、国内へ広めるのには役に立った宗教性が、かえって足を引っ張ってしまうのだ。


『神聖な庭に余所の汚らわしいもんを建てられる気持ちがおみゃーらに分かるか?』


 あの日、ケタタマは唸るように言っていた。


 実は、彼の出身地ってのが、まさしくこの国の暗部とも呼ぶべき場所だった。


 クリフ自治区。その名前なら、かつて桔梗さんから貰った情報で調べたことがある。元はクリフ王国という独立した国家だった辺り、地名からネガティブなエピソードの臭いがぷんぷんする――それが、俺の第一印象だった。


『わしらの国は、幾度となく悲劇に見舞われとるんだぎゃ。今、この時でも』


 話は、俺やアレクが生まれるずっと前まで遡る。当時、クリフ王国はグローバル経済連合側に所属していた。グローバル経済連合と言えば、今でもセフィアと対立しているっていう、国家間で構成される組織の名前だ。久々に耳にする名前だ。あんまり良いイメージはないけど。


 クリフ王国は世界有数の資源産出国だった。当然、セフィア幻想国だって王国の資源が欲しい。だけど、王国はグローバル経済連合側の国家だ。連合に所属していない幻想国には、王国の資源を獲得できる余地なんて残されていなかった。では、どうしたのか。


 当時、資源産出国として他国にブイブイ言わせていた王国だけど、国内ではわずかな者しかその恩恵を受けられなかった。利益を得られたのは、王国政府や資源産出の管理者や領主、それと資源による利権を狙う大国のお偉方連中だけ。一般庶民にはびた一文も入ってこなかった。


 採掘なんてAIやアンドロイドに任せれば十分であり、能力にむらのある人間にやらせるとかえって人件費がかかるので金と時間の無駄。仕事が欲しければ余所へ行け。もっとも、アンドロイドよりも能力のない人間に残された仕事なんてもうないし、存在そのものが金の無駄だから死んだ方がいいよ。この残酷な考え方が、グローバル経済連合の本音であり、常識であり――セフィアの狙い目だった。


 王国の経済的弱者を救おうという切り口から、セフィアは王国にアプローチした。王国政府が疎んじている貧困層をなんとかしてやるから資源の分け前をこっちにも寄越せ、と。


 当然なら、王国は反対した。セフィアが貧困層の対策としてホワイトテンプルの王国進出を提案したからだ。元々、クリフ王国にも由緒正しき国教があった。だから、ホワイトテンプルのような宗教性のあるわけの分からんもんを受け入れたくはないというのが、王国側の主張だった。ね、ホワイトテンプルの宗教性が足を引っ張ったでしょ?


 それでも、セフィアは粘り強く交渉した。時には、武力行使みたいなダーティーな手段も辞さなかったようだけど、王国内の理解者たちの協力もあって、セフィアは王国から資源を購入する余地を得た。そればかりか、グローバル経済連合の勢力そのものを王国から取っ払う快挙まで成し遂げてしまった。


『けど、それでめでたしめでたしとまではいかんかったぎゃ』


 なぜ、ケタタマがそんなことを言ったのかというと、先ほど言った『王国内の理解者たち』ってのが危険な奴らだったからだ。彼等はグローバル経済連合側の勢力を追い払って権力の座に就いた途端、今度は王国内の連合側の人間を片っ端から粛清した。そのやり方はあまりにも苛烈だった。自分たちがホワイトテンプル側の人間であることを証明するため、由緒正しい国教の施設を自ら壊し、ホワイトテンプルの姿に塗り替えてしまうほどだった。


 さすがの蛮行ぶりにセフィアもさぞ引いたんだけど、セフィア側からすればホワイトテンプルの王国進出により貧困者を救うことが優先であり、黙認せざるを得なかったようだ。結果、クリフ王国は国家の体すら維持できなくなるほど落ちぶれ、まるで吸収合併されるかの如くセフィア幻想国の一部となってしまった。


『わしら王国民からすれば、グローバル経済連合グロ経連からは搾取されるわ、セフィアとホワイトテンプルからは領土とアイデンティティを奪われるわ、もうウンザリなんだぎゃ。だから、わしらはわしらで作ったんだぎゃ。組織を!』


『組織?』


 俺が確認すると、ケタタマは強く首肯して答えてくれた。


『そうだぎゃ。わしらの誇りを取り戻し、クリフ王国に『真の自由と独立』をもたらすために結成された組織——その名も、ラナマ連合会。またの名を、クリフ解放戦線だがや!』


『!?』


 『真の自由と独立』というワードに俺は反応した。意味合いがかなり違うけど、LNMの連中が掲げているのに酷く似ているじゃないか! だから、俺はその点について早速突っ込んだ。


『なんだよそれ。なんか、LNMの連中が言ってる『真の自由』みたいなこと掲げてるじゃないか。まさかとは思うけど、そのクリフ独立なんたらってのが、LNMの原形とか言うんじゃないだろうね?』


 俺の牽制に、ケタタマは身を乗り出して反応した。


『流石は幻想月影、勘の良さも素晴らしいぎゃ! その通り、c『L』azy 『N』oizy 『M』achineの正体は、クリフ独立集会の成れの果てだぎゃ。それこそが、わしらを襲った第三の悲劇。王国を救うために結成されたはずの組織が、弱いもんをいびるだけのならず者組織に成り下がってしまったんだぎゃ。ベルゼバビッチの仕業によってな』


 ここで来たか、サバエの本名が。


『教えてくれ。ベルゼバビッチって何者なんだ?』


『わしも詳しいことは知らん。北海の大陸出身ってことぐらいだぎゃ。ふらっとわしらの仲間に入ったかと思いきや、知らん間に組織を纏め上げて乗っ取っちまったぎゃ。それからの出来事は、おみゃーらも良く知ってる通りだぎゃ』


 深いため息がケタタマの口から洩れた。


『わしがおみゃーらに要求することはただひとつだぎゃ。ベルゼバビッチをぶっ飛ばして、LNMを壊滅させてくれ。今もなお腐り続けるわしらの誇りを救うためには、組織そのものにとどめを刺すしかないんだぎゃ!』


 クリフ自治区の汚された歴史とLNMの馴れ初めを教えてくれた偉丈夫は、最後にそう締めくくった。


 この時だった。アレクとレオーネから『あ!』と愕然の声が飛び出したのは。


『しまった! 俺達としたことが! そんな単純なことにも気付かなかったのか!』


『どういうことだよ!?』


 ケタタマばかり注目していた俺も、視線を彼らの方へ向けざるを得なかった。二人の慌てようは尋常じゃなかった。


『そうだよな! 幻想月影リーガルハッカーが効かないって時点で早いうちから目ぇ付けとくべきだった! なんで素人のくだらないオリジナルOSから調べ始めてたんだ、あたしの馬鹿っ!』


 レオーネに至っては己の不甲斐なさを呪うかのように頭を抱えて床の上を転げまわっている。とても何かに答えられる状況じゃなかったので、アレクが代わりに答えてくれた。


『どこから説明すればいいか……。実は、SephirOSセフィロスはひとつだけじゃないんだ』


『は?』


 国を支える巨大インフラがひとつだけじゃないという話がいきなり飛んできて、当然ながら俺は眉をひそめた。


『メイナルドCEOは思想の偏りを防ぐため、バックアップとなるOSを複数開発していた。ミルトンステップにあるSephirOS-Ver.Freedman等が好例なんだが、それらの中にひとつ、SephirOSとは完全に対となる、全く別物と呼んでもいいOSが存在する。それが、クリフ自治区のラナマに設置されたQliphOSクリフォスだ』


『クリフォス……!?』


『ああ。ケタタマの言うLNMの原形がクリフの組織だったというのが真実なら、LNMの幹部連中の武装に合法的干渉リーガルハックが効かなかったことも納得がいく。奴らの組織力が異様だったのは、連中がQliphOSクリフォスを悪用していたからだ!』


『……その通りだぎゃ。ベルゼバビッチとは別で、ダカオって男がそのQliphOSクリフォスの扱いが上手かったぎゃ。表向きはワズラとか名乗ってたけどな』


『となると、敵の本拠地はクリフにあるってこと? ちょっとこれ、すごい収穫じゃない?』


 俺の一言に、アレクは首を縦に振った。実際にケタタマから話を聞き出していた労働者の警察官も同じく首肯する。


 最初にも言ったけど、警察はこの情報が嘘じゃないか再び精査を行い、LNMの本拠地へ強制捜査を行うそうだ。俺達の協力については『好きにしろ』ただ一言。つまり、参加しようがしまいが警察は俺達の邪魔は一切しないってわけだ。


 正直、この展開には気分が高まった。幹部一人裏切るだけで、暗い霧の中に秘匿されていた巨悪の所在と背景が、こうもあっさり分かっちゃうんだからね。


 今までは向こうが仕掛けてからじゃないと動けなかったけど、今は違う。今度は、こっちから攻勢に転じる番だ。

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