奴らは一線を越えすぎた

 アクアフェスティバルでオフモードになってたからすっかり意識の外になってたけど、c『L』azy 『N』oizy 『M』achineの動向にも変化が起きていた。


 ドリスコル大教会、サンダーバニー・クリアストリーム地区、ミルトンステップ――俺が知る限りでも、連中はセフィアの主要地域を襲撃した結果、雷鳴サンダー級以上の幹部が四人も逮捕され、動員された暴徒達もほとんどが御用となった。奴らの規模はすっかり小さくなってしまった。


 ——はずだった。


 労働者街出発の前日、俺は幻想月影とゲンロクのメンテで再びレオーネの研究室を訪れていた。そこには、アレクの姿もいた。


 水着姿のゲンロクとイチャイチャする未来をレオーネばかりかアレクからもイジられるのは嫌だなあ。とか思ってた俺なんだが、そんなもんなんかよりも比べ物にならないほど悪いニュースが俺の元に飛び込んできた。


『俺の見込んだサワガはいなくなっちまった。LNMがここまで大きくなれたのは、あいつのおかげだった。なにもかも、忌々しきホワイトテンプルと幻想月影のせいだ……!』


 レオーネのホログラム映像端末が開いた画像に映っていたのは、俺にとって因縁のある男だった。


 そいつは、革張りの椅子にドカッと大股で座っていた。硬い棘を散りばめた攻撃的なデザインのブーツと裾にファーの目立つズボンがやたら目立っていて、上半身は暗くて全貌が把握しにくい。光沢のある刺青がちらちらと反射しているのと、袖のファーが揺らいでいるのが見えることから、裸にコートを纏っているのは分かった。


 上半身に行くにつれ真っ暗なおかげで、そいつの顔は全く分からない。だけど、こちらの心臓をドキリと射貫くほど鋭い眼光と、聞く者を慄かせるほど低い唸り声を俺が忘れるわけがない。


「まさか、サバエ!?」


 驚きのあまり俺が叫ぶと、レオーネがこちらを見て首を縦に振った。


「そ。まさかの首魁が自ら配信にご登場だ。我らが幻想月影が受付役の煽動屋をぶっ飛ばしてくれたおかげで、誰もが悪の大ボスのお姿をネットで拝めるようになったってわけさ」


「マジかよ……」


 レオーネの映すディスプレイの向こうで、暗闇に半身を隠した偉丈夫による演説が続く。


『確かに、ホワイトテンプルは俺達からサワガという一流のスカウトを奪った。だが、奴らが壊したと思っているのは仲間集めの手段じゃねえ。『枷』だ。俺が表に出るようになった以上、もう俺達はホワイトテンプルに容赦しねえ。奴らは一線を越えすぎた! 俺達の手で、ホワイトテンプルを皆殺しにするぞ!』


 なんとも物騒な言葉がサバエの口から出た途端、ディスプレイから割れんばかりの歓声が轟いてきた。どうやら、サバエが配信している会場には、既にたくさんの聴衆がいるみたい。あれだけの人員が逮捕されたというのに、向こうにはまだ兵力が残っているようだ。


「あの声はフェイクじゃないっぽいね。ホワイトテンプルを皆殺しとは、ずいぶんとパワフルな言葉をしちゃうじゃないの」


 余裕っぽい笑みを浮かべてるレオーネだけど、フェイクじゃないってすぐに見抜けるとか、やっぱり只者じゃないよな労働者って。


「けど、この配信、どこのサイトでやってんだろう。サワガが逮捕された時、あいつが配信していた裏サイトは閉鎖されて、表の配信チャンネルも全てBANされたんだよね?」


 俺の疑問に答えたのはアレクだった。


「ああ。確かに、能男の言う通り、サワガの動画は全て消された。だが、裏サイトが別で創設されていた。もっと分かりにくく、削除しにくい仕様のな。LNMの中には、俺達以上に有能な技術者がいるのかもしれん」


「それに、LNMが悪さしているだけの動画なら、サワガとか関係なく主要な動画配信サイトじゃ探せばあるからね。たいてい、炎上して配信した奴がエラい目に遭って終わるだけだけど」


 最後にレオーネが補足した。


 まあ、表向き動画配信は自由にやるもんだから、LNMの悪行だけピンポイントで取り締まるだなんて色んな意味で無理なんだろうね。で、そういうことをする奴はにたいてい、不適切動画を上げて炎上するような――俺がいた世界でもあったような結末が待っているってわけだ。なるほど、そういうのは変わらないんだな。


「けど、そうだとしたら、それはそれでまずいよね。俺、アクアフェスティバルなんか行ってて良いのかな?」


 サバエの本格的に顔を出し始める以上、俺も不安になってきた。けど、レオーネとアレクの反応は俺の予想とは違った。


「能男、そういうところは真面目だな。大丈夫だ。能男はいつもと同じようにマイペースにやっててくれ」


「え?」


「そもそも、こういうのは警察の連中がなんとかするもんだ。幻想月影の活躍と言えば聞こえがいいが、結局、ホワイトテンプルおれたちは警察の面子を潰し続けただけに過ぎん。こういう時こそ、逆にこちらが大人しくしているのもありかもしれないぞ」


「まあ、アレクの言い方は正直イラッとするけど、そうかもしれねえな。能男は気にせずセントパトリックへ行きなよ。あそこは楽しいぞ!」


「そうだな。なんとも楽しい『我が故郷』だ。機会があれば、小柏邸でも行くがいい。俺はいないだろうが、能男みたいな男なら歓迎してくれるだろうよ」


「そうなの? てか、アレクがセントパトリック出身とは知らなかった。さぞかし、華やかな館なんだろうなあ」


「労働者街の中では平均的な屋敷だ。あまり期待するな」


「分かった。すごく期待しておくよ。俺から見ればきっと凄いんだろうからね」


「なんだそれは。皮肉か?」


「へえ、素の姿でジョーク言えるようになったとか、能男も変わったなあ。それとも、異世界人センスか?」


「まさか! 俺は変わってないよ。何一つね」


 最後に俺達は笑いあった。彼らの言葉があったから、俺とゲンロクは屈託なくアクアフェスティバルに参加出来たんだ。


 ★★★


 労働者街の華やかな夜景を彩る街灯や電線、屋根、宙に浮く屋台を飛石伝いに渡りながら、俺は現場へ向かってひた走る。


 労働者街の住人や観光客たちの黄色い声が地上から聞こえてきた気がする。まあ、労働者街にまで幻想月影が出るなんて思いもよらなかったんだろうね。


 幻想月影内蔵のナビによると、キラキラした繁華街から離れた場所で火の手が上がっているようだ。開発途上の地域なのか、明らかに建築途中のビルが建っている。現場へ近づくにつれ、倒れたアンドロイドや壊れた車両などの奴らの爪痕がより視界に入っていく。


 見えた。明らかに街灯や電灯の明かりじゃない――炎の光。建設途中のタワーマンションだろうか、5~6階建てくらいの高さの建物が、夜空を嘗めまわさんばかりの業火を上げていた。


 で、俺は気付いた。いや、アクアフェスティバルの会場を出て現場へ向かっている段階で既に気付くべきだったんだが、サイレンの音がしない。消防車が出すであろう、世界共通のあの甲高い音が全く聞こえない。


 その代わりに聞こえてきたのは――


「ぎゃーっはっはっはっはっはっは! こいつら、たいしたことねえなあ!」


 下品な笑い声と、炎が噴き出す不気味な音だった。


 その業火は、駆け付けた警官のアンドロイドをパトカーごと焼き尽くし大爆発を引き起こした。爆炎は夜の闇を残酷なまでに照らし、狼狽した付近のパトカーがスピン、巻き込まれ事故を引き起こし、通りが瞬く間に塞がってしまった。


 が、次の瞬間、その車両の残骸の山は勢いよく爆ぜとんだ。突然の出来事に暴徒達の下品な笑い声も一瞬で止まった。彼らは、残骸の山を一瞬で殴り飛ばした張本人が誰だか分かるや否や、怒声を張り上げた。


「げんそうげつええええええええええ!」


「道を塞ぐとはどうしようもない奴らだね。せっかく消防車が来ても、これじゃあ火が消せなくなっちゃうじゃないか」


 飄々と俺が答えてやると、怒声を上げていなかった男が、ニヤリと口端を吊り上げた。


「消防車ぁ? ここらへんをよく見てみろよ。そういうもんはもうここにはねえよ」


 そいつは通りに横たわる何かの上に座っていた。黒を基調に『LNM』と堂々と描かれた文字が躍るスウェットとパーカーで身を纏っている。が、鼻から上までを覆うゴーグルをかぶっているため、その素性は分からない。ただ、そいつの一番の異様さは、腰のあたりから尻尾のような何かが生えており、まるでロボットアームのように割れた先端もまたこちらを見ていることだ。


 よく見ると、パーカーの字の中に『TAIL』ってのが混じっている。テイル……? もしかして、こいつの名前か?


 最初、俺はそいつが俺に向かってブーイングのサインを示しているのかと思ったが、違った。親指の先で真下を指していただけだ。テイルが座っていたのは、横転した車両だ。こっちに裏側を見せていたから気付かなかったけど、赤い部分や道端に散乱したホースらしき何かのおかげで分かった。消防車だ。


 てか――俺は周囲を見て気付いた。火災が起きている建設途中のビルの敷地の手前には割と広い通りがあり、さらに敷地内にも駐車場なのか分からないけどそれなりに広い空間があるんだけど、そこいらに横たわっているもの、もしかしてみんな消防車か?


 俺はその近くで横たわっていた人影に近づいた。アンドロイドだ。表皮が剥離して内部の機械構造が露出している。消防服を纏っていたようだけど、服を切られた挙句、バックアップのメモリーまで破砕されるほどひどく破壊されてる。


 また、暴徒達の甲高い嘲笑が聞こえてきた。


「君達、このビルを燃やそうとした目的は何? 何かを燃やすのが楽しいだけなら、キャンプ場で焚火で遊んでた方がずっといいよ。その前に牢屋に行ってもらうけどね」


「噂通りの減らず口だな。目的を知りたきゃ自分で当てろ。その前に、お前が死ぬがな」


 テイルが答えるや否や、高台から俺をあざ笑っていた暴徒の一人が俺の前に飛び降りてきた。


「でもぉ、特別にひとつだけ答えてあげる。アンタを誘き寄せて、この手で目一杯切り刻んであげちゃうのさ!」


 声と体型からして女性のようだ。翼のように派手に跳ねた黒髪のようだが金色のメッシュのかかった黒髪で片眼を隠し、もう片方の目は円筒形のレンズのようなもので塞がれている。刺青なのか本物なのか、口の両端には縫合のような跡があり、機械のような質感の両手の先からメスのような鋭利な刃が伸びている。


 そいつも、『LNM』に混じって別の文字列が服に書いてある。身体の起伏のせいで読みづらいが、多分『NAIL』って書いてある。ネイルって名前のようだ。


 というか、俺を囲っている面子、テールとネイルを含めて合計四人なんだけど、どいつもこいつも見た目が異常だ。


「お前をぶっ殺す画像をアップすれば、俺達のボスは大喜びするってわけだ。そうすれば、俺達は昇進間違いなしってわけよ。ぎゃーっはっはっはっはっはっは!」


 先刻、火を放っていた奴がまた下品な笑い声をあげた。そいつは横転した乗用車の山の上に立っているんだが、こいつの身なりも派手だ。


 マゼンタカラーのハードなモヒカン頭に加え、レイヨウを彷彿とさせる鋭利な長い角がおでこのあたりから二本生えている。顔の半分は機械化されているのかシルバーな光沢を放ち、露出した眼球のような球体がこちらをギョロリと睨みつけている。好戦的な笑みとは対照的に、そこだけ妙に無機質なのが恐怖を煽る。やたら露出度の高い黒のタンクトップに、髑髏をあしらった火を噴く杖と、身に着けてるものまでロックすぎる。


 そいつの服に書いてあったのは、『BREATH』——名はブレスなようだ。


「……」


 そして、沈黙を貫く最後の一人。ほかの奴と比べて更にガタイがいい。坊主頭かと思いきや、刺青で覆われたスキンヘッド。頭頂部に『LNM』の文字がマゼンタで書かれている。裾が踵につくほど長いコートを羽織り、その中から金属片を鱗のようにつなぎ合わせて作ったような鎧の光沢が覗いていた。


 書かれていた名は『SCALE』——つまり、スケイルだ。


「君達の雰囲気、もしかして幹部級? ひょっとして、ただの放火程度に幹部級を四人も寄越さなきゃいけないほど、君達の組織は弱っていると見た方がいいかな?」


 なんてことを言ってみる。すると、返ってきたのは逆上ではなく、これまた下品な嘲笑だった。


「んなことあるかよ、幻想月影! 俺達のこと、なーんも知らねえんだな!」とモヒカン男があざけり、尻尾男が消防車から飛び降りて俺に近づいてくる。


「俺達は『ブラックドラゴン』。階級は警笛クラクション級。俺達は四人でひとつのチームだ。知らないのか? 俺達のことを!」


「アタシ達、最近アゲアゲのチームなの。最近だと、ミルトンステップでもやってたんだよ? アンタのせいで昇進のチャンス、ぶっ壊されちゃったけど!」


 スケイルは沈黙したまま、こちらを睨みつけている。


「悪いけど、俺、あんたらのこと全然知らないよ。どうせ、他の暴徒達と一緒で、逮捕されると同時に俺の記憶からも消えちゃう気しかしないし」


「はぁーっ!? ふざけんじゃねえ! 俺達『ブラックドラゴン』をナメんじゃねえよ! 特にこの俺! 切り込み隊長のブレス様をなあ!」


「切り刻んだアンタの死体をボスに渡して、いなくなった雷鳴サンダー級の椅子にアタシ達が座ってやるんだよ!」


 激昂したブレスが杖の先をこちらへ向けた。あのパトカーを一瞬にして破壊させた業火の奔流が俺へ――来なかった。横転した消防車の後方から飛び出した小さな車両が視覚からブレスの杖に突っ込み、その軌道をそらしてしまったからだ。


「は?」


 炎は明後日の方向へ飛び、夜空を熱く照らしただけで終わった。困惑したブレスが次に見たのは、こちらへ向かって跳躍しながら接近する幻想月影だった。


 飛び蹴り。生体干渉リーガルハックを足全体に込めた一撃を腹腔に食らい、ブレスの細い体が『く』の字に折れた。そのまま背後の建物の壁に背中から衝突する。


 着地と同時に、後方から気配。爪の女――ネイルが奇声を上げて俺へ駆けてきた。あらゆるものを切り裂く高周波振動を纏った爪が迫る――が、それが俺に届く刹那、何かが足元から彼女を妨害した。


 俺とネイルの間を通っていた白い蛇のような何かが、突然のたうち回ったのだ。その力は存外に強くて、ネイルはいともたやすく躓いてしまう。


 バランスを失った彼女を御するのは簡単だった。俺を狙ってではなく前方へ転倒する流れで振り下ろされたネイルの腕を両腕で掴んだ俺は、そのまま踵を返して背負い投げする。ネイルの身体は木の葉のように軽々と飛び、ブレスが衝突していた壁と同じところに背中から衝突した。


 ブレスの杖の軌道を反らしたもの。それは、代表的な消防車であるポンプ車の後ろ側にだいたい備え付けられている台車――通称ポンプカーだ。消防車から現場まで距離があるときにホースを現場まで運ぶのに使うやつなんだけど、俺はそれに合法的干渉リーガルハックした。


 さっき、アンドロイドの状態を確認した時に消防車もちょっと確認したんだけど、あいつら、アンドロイドは徹底的に壊していたようだけど、車両そのものはほとんど攻撃していなかった。だから、合法的干渉リーガルハックする余地があった。


 しかも、その消防車は水をある程度車内に備蓄しているタイプだった。だから、ついでに消防車にも合法的干渉リーガルハックしてポンプカーが引っ張ったホースの中に水を送り込んだ。ただ伸ばしただけのホースに水を入れればそりゃ暴れるわけで、ネイルはそれに躓いたわけだ。


 立て続けに仲間を二人失ったブラックドラゴン。続いて襲い掛かってきたのは、寡黙な偉丈夫であるスケイル。メリケンサックのついた拳が何発も襲い掛かる。回避しつつ突きでカウンター。


 が、硬い。流石は鱗って名乗っているだけあって、ブレスを吹っ飛ばした打突程度じゃ飛ばない。


 背後から嫌な気配。振り向くと、テイルが尻尾の先のアームでパトカーを持ち上げ、今まさにこちらへ投げんとしていた。


 真横へ飛んで回避する。およそ1.6トンの鉄の塊が、さっきまで俺がいた場所を通り過ぎた。


 脳裏を過るかつての牽引トラクタービームのデジャブ。でも、あれと違ってテイルの尻尾は実体。だから――受け身を取って立ち上がろうとした俺めがけ、鋭利な尻尾の先端が襲い掛かってきた。槍の刺突と変わらぬ一撃は、かろうじて俺の脇腹すれすれを通り過ぎる。


 間髪容れず、スケイルが反対側から殴り掛かってきた。テイルとスケイルをまとめて相手しなきゃいかんか。となると、まずは数の不利を覆さなきゃならん。


「!?」


 スケイルのボディブローがヒットしたかと思いきや、俺が分裂した。殴ったはずの身体は映像のように消え去り、蒼い霊月型となった幻想月影がテイルとスケイルの周囲を取り囲むように散らばったのだ。


「……!」


「動揺するな、スケイル。ミルトンステップにいたっていう分裂型だ。本物はひとつだけで、他は実体のねえニセモノだよ」


「さすが、俺達のこと分かってくれるなんて人気者は辛いね!」


 ひとことジョークを放った後、俺達は一斉に攻める。


 が、次の瞬間だった。


「ふんっ!?」


「——え?」


 ほんの一瞬だった。テイルの尻尾による薙ぎ払い。たったひと薙ぎで、二人を囲っていた霊月型がまとめて消えた。さらに悪いことに、本物がこの集団の中にいた。俺は脇腹を強打して吹っ飛んだ。


 地面に背中から強打する俺。そんな俺の足を、テイルの尻尾の先端が掴む。宙ぶらりんにされたまま、俺はテイルの手前まで引き寄せられた。


「呆気ねえな、幻想月影。俺の可愛い仲間を二人もやりやがって。絶対に許さねえ。楽に死ねると思うんじゃねえぞ」


 無機質なゴーグルからでは彼の表情は読めぬ。が、低い声には怒りと殺意がこもっている。嗚呼、これはかなり不味いパターンだな。


 ——その時だった。


 異変に気付いたのはスケイルだった。明後日の方向から突然伸びてきた『それ』は、スケイルに直撃した。そのまま、スケイルは背後の壁に『それ』もろとも押しつぶされる。


 正体は、はしご車の『はしご』。30階建てのビルの先にも届く長い梯子が、スケイルに衝突したのだ。その衝撃たるや、もはや鉄道事故。いくら幻想月影の打撃に耐えられる頑強な鱗でも、梯子と建物に挟まれてしまってはどうすることも出来まい。


 突然の不意打ちに凝然とするテイル。その僅かな隙を狙い、至近距離からテイルに攻撃。尻尾による締め付けが緩まり、解放された俺は地面に落ちる。


 何が起きたのか。スケイルとテイルを囲ってる霊月型に混じって、別行動をしていた霊月型がいた。彼らは二人が気を取られている隙に周辺のオブジェクトを探し、結果として絶好のもんを見つけていた。あいつら、迂闊だったな。消防車とパトカーに気を取られすぎて、大型の建設現場にありがちなアレについては完全に意識の外になってたんだ。


 合法的干渉リーガルハック——霊月型の一体が憑依したのは、一本の柱——じゃない。タワークレーン。俺が憑依すると、運転手のいない大型の建設機械がひとりでに旋回、ワイヤーを伸ばしてフックを地上に垂らした。別の霊月型がそれを掴む。


 この世界のフックは『?』を逆さにしたような形をしておらず、円筒形。しかも、底の部分に牽引トラクタービームに似た強力な吸着機構を備えている。本当はこいつをスケイルらにぶつければ終いなんだが、生憎、ワイヤーはそこまで届かない。だから、代わりに近くで横転していたはしご車を立てるのに使った。


「よかった。運転席や運転手はひどくやられちゃったけど、ここは動くみたいだね。さあ、主の仇を討ってやってくれ」


 ぽつりと独り言ちた後、俺はそいつに憑依した。


 まさかはしご車の梯子が二人を狙っていたなんて、本物の幻想月影を捕まえて油断しきっていた彼らじゃ、想像だにしなかったんだろうな。


「くそがっ!」


 最後の一人になってしまい、言葉を荒げるテイル。尻尾による鞭のように変幻自在な攻撃に加え、隠し持っていたカランビットナイフによる攻撃も迫る。


 猛攻を回避しつつ、勝機を模索する。今はまだ霊月型。幻月型に戻ってもいいが、合法的干渉リーガルハックでうまく扱えるオブジェクトが近くにないな。とりあえず、近所迷惑になるだろうからはしご車の梯子を少し引っ込めて……。


 なんてことしてる間に、俺のすぐ背後に壁。カランビットは厄介なんだよな。殴ろうとすれば湾曲した刃に腕をひっかけられて喉元を掻き切られてしまうし、通常でも体の正中線上で刃を魚のように揺らして構えるからどこから技が来るか分からない。おまけにテイルの背後から虎視眈々とこちらを狙ってくる尻尾も、先がゆらゆらしてるからどう来るか分からない。技を捌くことばかり夢中で、なかなか攻勢に転じられなくなったらこれだ。


 俺は壁の方を振り向く。一か八か、俺はテイルに背を向けて壁に向かって走り、そのまま壁を駆け上る。で、途中で壁を蹴って跳躍。そのままテイルを飛び越えて背後に回——ろうとする虚空の俺めがけ、テイルの尻尾が迫る。


 やはり予測済みだったか。けど、俺もそれは大体察せた。槍のように迫る尾の先を身を捻って回避すると、俺は空中で掴んだ。抵抗とばかりに腕に絡みついてきたが、関係ない。


 着地の瞬間、案の定テイルは尻尾を振り回して俺から放そうとした。が、そうはさせない。さっきのはしご車、高い所の火を消せるよう、人が乗る先端のバスケットに放水ノズルがあった。だから、そいつでテイルを狙った。高圧の水を不意打ちで足に食らえば、流石のテイルもバランスを崩す。


 その一瞬を狙い、俺は尻尾を引っ張って身を回転させる。抵抗する力を水で持ってかれたテイルの身体が浮き上がった。そのまま俺は回転する。遠心力でピンと引っ張られる尻尾。なすすべもないテイル。その様はまさに、プロレスでもゲームでもバラエティーでも映える投げ技、ジャイアントスイング!


 俺が手を離すと、テイルは勢いよく壁に衝突した。俺が追い打ちをする必要はなかった。テイルはもはや壁に刺さっており、だらりと下がった尻尾と脚からは一片の戦意も感じられなかった。……というか、


「あれ? もしかして、同じところに投げちゃった感じ? 偶然とはいえ、ブラックドラゴンの絆って感じがするなあ」


 蹴っ飛ばされて壁にめり込むブレスの頭上辺りに、同じく両腕を広げて壁にめり込むネイル。さらにネイルの左上あたりに、はしご車に押しつぶされて壁にめり込んだスケイル。最後にスケイルの上方で、頭から壁に刺さったテイル――なんだこれ。まるで、右下を向いているドラゴンそのものみたいな構図だな。


「……減らず口も、いい加減にしろよ、幻想月影」


 ここで、ブレスが壁にめり込んだまま、敵意に満ちた目をこちらに向けていた。


「そうだったね。どうでもいいことを言ってる暇はなかったね。俺にはまだ、あんた達を警察に突き出す役目が残っている」


「ちげえよ……今ここで俺達が捕まったところで、俺達の昇進は変わらねえ。裏切り者が、の中にいるんだよ。そいつがくたばっちまえば、空いた椅子にどちらにせよ俺達は座れるんだ……ひゃははははは!」


「そうすれば、獄中から出た時には、アタシ達が次世代の雷鳴サンダー級よお……」


 ブレスとネイルが残した言葉に、俺は愕然とした。


「なんだって!? あのビルって、もしかして!」


 もっと問い質そうとしたが、ブラックドラゴン連中はすっかり意識を失ってしまって、さらなる答えは得られなかった。


 なんてこった。こいつらに構ってる暇なんて最初からなかった!


 俺は躊躇わなかった。燃え盛るビルへ、俺は走る。

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