アンドロイドに心は要るか?

 待ちに待ったこの日がやってきた!


 ゲンロクと共にサンダーバニーを出発した俺達は今、別世界のような華やかな町に来ていた。


 セントパトリック労働者街。セフィアでも屈指の高級住宅地であり、労働者達が住まう場所だ。


 俺のいた世界の労働者とは全然違う。あっちの世界では労働者街はドヤ街とも呼ばれ、治安も良くない貧しい街だった。


 ところが、こっちの労働者街はどうだ? 片やコバルトブルーの美しい海原が広がり、反対側に目を通せば高級そうな店やらマンションやらが立ち並ぶ。さらに奥の方を見れば、緑豊かな自然が町を見下ろしている。


 町を歩く人々は誰もが気品溢れる高潔そうな人ばかりで、一介の庶民に過ぎない俺は気圧されないよう努めることに精一杯。そりゃそうだ。この世界で労働者になれるのは、AIよりも優れた能力を持つ人間だけだ。


 治安もすこぶるよくて、かといってクリアストリーム地区のような息苦しさは一切なく、辺りには閑静で穏やかな空気が常に流れている。

 

 看板持ちの間で「明日、労働者街行くんだ」って言ったら驚かれたな。「すげー良い所だからな! 後で土産話くれよ!」とか言われた。ネガティブな反応なんて一切なかった。


 一応、俺がいた世界での労働者街に相当するものはある。単純消費者街タンショーガイだ。基本的には地下納骨堂の付近にあり、俺もアバラーナー地下納骨堂へ行くときにちょっとだけ訪れたんだけど、結構不気味な場所だったよ。意図的に治安を緩くしたスワンプフィールド地区とはこれまた雰囲気の異なる無法地帯だった。よほどのことがない限り、俺は二度と足を踏み入れないと思う。


 さて、予約したホテルでチェックインを済ませ、俺とゲンロクは部屋に入る。ちなみに、ホテルのスタッフはアンドロイドじゃなくて人間だった。言っておくが、労働者街にはマトゴマなんてのは存在しない。つまり――俺は簡単な受け答えくらいしかしなかったけど、おそらく俺なんかとは比べ物にならないほど仕事の出来る人なんだろうね。


 で、生まれて初めて入ったスイートルームなんだけど、もうなんというか入った途端からため息しか出なかった。置いてある家具といい、床を踏みしめる絨毯の感触といい、少し前まで泊まっていたミルトンステップのビジネスホテルなんかとは格が違いすぎる。広すぎて出入り口が二か所もあるし、ベランダにはプールがあるし、なんというか俺だけがこの部屋に追い付いていないって感覚になっちまう。


 部屋の壁に埋め込まれた端末をゲンロクが操作すると、部屋の開けた一角に仄かな光が灯ったかと思いきや、あらかじめホテルに預けていた荷物が姿を現した。これは『ノザマドットコム』の瞬達とはちょっと違う。荷物をデータ化して、ホテルのデータベースに送信&保存してもらっていたのを実体化させるシステムだ。


 物質をデータ化とか、すごい技術よね。ホワイトテンプルの技術者が開発にかかわってたらしいけど、その中にアレクやレオーネの名前もあるのかな?


 さて、衣類とかの長期滞在に必要なアイテムも得たところで……ホテルで一晩過ごした翌日(旅行の二日目)はセントパトリック労働者街で買い物だ。この町でしか買えないもの、食えないものが山ほどある。予算だって問題ない。今日のために貯めたんだから。


 本命のリーヒ教会は明日行く。今日は、町の雰囲気に触れることが目的だ。


 ちなみに、今回の長旅のプランは全てゲンロクに任せた。正確には、『アクアフェスティバル期のセントパトリック労働者街でのベストな過ごし方』について、ゲンロクが有名なデートプランナーのノウハウが蓄積されたデータベースへアクセスし、俺らに合わせて彼女が最適化してくれたのを採用した。


 すごいよな、アンドロイドって。俺らにピッタリなデートプランも提案できるとか。この歳になって異性交遊どころか遠出すらろくにしたことがない俺には、とうてい出来ない所業だ。


 で、労働者街の豪奢な街並みをひとしきりカメラに収め、良さそうな衣類や土産類をひとしきり購入するなど充実した二日目を終えた俺達。いよいよ、リーヒ教会のアクアフェスティバルに参加だ。


 この日のためにいろいろ準備したんだ。リーヒ教会でカメラ撮影できるか事前に確認したし、アクアフェスティバルに着ていく水着もゲンロクが調べてくれた流行のデータベースを元に徹底的に考えた。あと、これは情けない話だけど、ゲンロクの水着姿に慣れる訓練もしといた。


「それ、意味ありますか、マスター?」


「あ、いや、そりゃ、女の子の水着姿って、俺は見慣れないからさ。人前でうっかり――ってのもあっちゃみっともないよね。まして、これから行くのは労働者街なんだし」


「——? マスターの体温と心拍数の上昇を感知しました。この高まり方は」


「ああああああ! ゲンロク、言わないでくれ!」


ですのに、不思議ですね、マスター」


「察したからって、そんなこと言わないでくれよ、ゲンロク」


 まあさておき、二日目の夜はベランダのプールでくつろいだ。


 え? そこで何かしたかって? 明言は避けておくよ。ただ、自分の家とホテルとでは雰囲気があまりにも違いすぎたから……後で確実にレオーネに笑われるやつだ。


 三日目——いよいよ俺達はアクアフェスティバルに参加する。


 アクアフェスティバルは、セントパトリック労働者街のポマロー地区を丸々会場にした祭だ。つまり、リーヒ教会で開催されるとは言ったけど、そいつは広大なアクアフェスティバルの会場のほんの一角に過ぎない。


 じゃあ、なんでリーヒ教会で開かれるなんて最初に言ったのかって? その弁明をするためには、いったん日が暮れてもらう必要がある。今はまだ、日中だ。


 アクアと呼ばれているだけあって、水にちなんだアトラクションがそこかしこにある。運河を見ればボートが浮かび、とある広場では吹き出した水が精巧なアートに変形している。あれ、どんな技術なんだろう。


 とまあ、こんな会場な時点で察したと思うけど、会場入りした時点で俺達は既に水着姿になっている。


 どんな水着にしようか悩んだけど、とりあえず色はペアにした。幻想月影のような黒を基調としたものとは対照的に、白とか水色とか黄緑色とかが主体の明るいカラーリングのを選んだ。俺は、トランクス型の水着。一方のゲンロクには、ホルターネックのビキニを着せた。


 ゲンロクの水着には可愛らしいほどに大きなリボンが備わっているおかげか、セントパトリック労働者街の気品に満ちた雰囲気を損ねてしまうほどの淫靡さはない。けれど、大きめな三角形の布地で包まれてもなお大胆に主張する豊かな胸の存在感たるや……自宅やホテルで散々見てきたはずなのに、アクアフェスティバルの中でもなお容赦なく俺を夢中にさせてくれるよ。


 さて、彼女の煽情的な水着姿を語るのはここまでにして、俺とゲンロクは日中のアクアフェスティバルを目一杯楽しんだ。流れるプールとか波が出るプールとかがある会場は、もはや公共の市民プールやスパリゾートと変わらない。水の施設で童心に帰って遊んだのは久々だ。まして、ゲンロクのような可愛らしい女の子と一緒に遊ぶだなんて、あっちの世界じゃ絶対に考えられなかった。


 早朝から会場入りした俺達だったんだが、遊んでいたら気付けば昼飯の時間。俺達は近くの店に入る。屋外テラスみたいな店だから、店内に入りさえしなければ濡れても大丈夫だ。


 巨大なパラソルの開かれた白いテーブルにゲンロクと対面して座る。向かい合って座ると、ビキニに包まれた豊満な彼女の谷間が視界にどーん!と入ってくるんだけど、そこは目の保養ってわけで。


「どうかしましたか? マスター」


「いや、なんでもないよ!?」


 そんなやりとりをしていると、注文したメニューがやってくる。アクアフェスティバル限定の特性バーガー。


 手のひらほどもある巨大なバンズ、隙間から控えめに姿を見せるレタスと派手に顔を出すミートパテ、もっと盛大に零れ落ちるチーズ……極めつけは、バンズの上に生えるヤシの樹と太陽を模した火花。実はこれら、食紅ならぬ食ホロという食べれる立体映像。こんなん、サンダーバニーでも見たことないよ。


 一口かぶりつくだけで、バンズの柔らかい食感と、ミートパテの肉々しい食感と、溶けたチーズと肉汁とソースの交じり合った香ばしい風味と、もうしわけ程度の玉ねぎとかレタスとかの優しい食感が口の中へと一斉に飛び込んでくる。これだよ、この雑な力でぶん殴られるようなインパクトある美味さがジャンクフードの神髄なんだよ。


 食ホロの食感もなかなかなもんで、バンズに生えた緑やヤシの葉からは肉のしつこさを押さえつけるには十分な野菜の風味がするし、一方で太陽からは山椒のようなぴりぴりとした味が舌を刺激する。どちらも中盤以降の食感を引き立てるには充分で、気が付いた時にはバーガーは残り僅かとなってしまっていた。


「マスター、胸にソースがついてますよ」


「え? あ、ごめん」


 なんて反応をしていると、ゲンロクがこちらに手を出して、指先で拭い去ってくれた。……何だこのシチュ。どうリアクションすればいいんだ? いや、かわいい女の子とこういう店で一緒に食べるだなんて経験、全くなかったからなあ。どうしても舞い上がってしまうよ。


 周囲にみっともない様を見せつけないよう、なんとか平静を装う俺。「リーヒ教会行く時間が楽しみだよねー」とか呟きながら、俺はポテトをつまむ。ちなみに、ゲンロクは前回と同じワイヤレス式の給電座布団に座っている。店曰く、その座布団はブルーハワイ味なのだそうだ。いや、電気に味覚なんてあるのか?


「あら、かがみさんじゃないですか!」


 突然、ウェブログのハンドルネームの方で俺を呼ぶ声がした。ハッとして声のした方を向くと、水着姿の男女のペアがいた。


桔梗ききょうさんに、ダイゴ!? 二人もアクアフェスティバルに来てたの!?」


「ええ。年中行事で来てるんです。——これからお昼なんですけど、もしよろしければ、席をお借りしてもよろしいかしら?」


「え? まあ、桔梗さんとダイゴなら大歓迎だよ。ほら、座って」


 まさかのウェブログ上の知人と出逢うとは。せっかくなので四人で相席にした。ゲンロクに俺の隣に座るよう移動させて、ゲンロクとダイゴ、俺と桔梗さんが対面して座る。


 桔梗さんとダイゴはウェブログ趣味のコミュニティで繋がった間柄だ。ジェリーキャットと同様、オフでも何回か会っている。


 桔梗という名前はハンドルネームであり、俺は彼女の本名を知らない。当然、彼女も俺の本名を知らない。俺が彼女について知っているのは、ダイゴというアンドロイドと共にサンダーバニーの戸建てに暮らしており、二人の何気ない日常をウェブログにアップしているってことくらいだ。


「しかし、年中行事でアクアフェスティバルとはね。それだったら、事前に桔梗さんからももっと情報を貰っときゃよかったなあ。桔梗さん的にオススメの場所はどこなの?」


「オススメ? そうですねえ……」


「僕のマスターは、会場北西部にあるマルセル崖岸の展望台ベンチにて、セルリアンベリースムージー片手におよそ四時間僕と海原を眺めるのを日課としております。その間、僕のマスターは心拍数等あらゆるバイタルサインが最も穏やかな状態になります。よぞらのかがみ様もぜひ検討なさっては如何でしょうか?」


 慇懃な口調でダイゴが代わりに答えてくれた。まさかのプライベートを暴露されたからなのか、なぜか桔梗さんが下を向いている。


 ダイゴは第五世代のアンドロイドだ。つまり、第六世代であるゲンロクよりも旧世代機というわけだが、見た目からでは第六世代よりも見劣りする点が分からない。端正な顔立ち、余分な脂肪のついていない引き締まった体付き、肌の質感……素人目には人間の男性と間違えられてもおかしくないんだよな。


「私もその案を推奨いたします、マスター。リーヒ教会の礼拝までまだ時間は十分残っております。それに、きっと良い雰囲気の場所だと思いますよ」


「なるほど、いいね。後で早速行ってみよう。ダイゴ、いい情報ありがとう。……でも、ゲンロク、妙に別の意味で誘ってるように提案してるのは気のせい?」


「それは、どういう意味でしょうか、マスター?」


「あ、いや、それは聞かないで」


 藪をつついて蛇を出してしまったかもしれない。今度はこっちが下を向きたくなった。


 ちなみに、桔梗さんとダイゴのうち、オフの付き合いが長いのは実はダイゴだ。ダイゴはアンドロイドなのだが、予備作業員としてホワイトテンプル・サンダーバニー支社に出社している。だから、看板持ちとして社内を歩いているとき、生産現場辺りでちょくちょく会っている。


 個人がアンドロイドを予備作業員として会社に提供する。自分のアンドロイドを他社に就職させるようなことって、果たして法規的にアリなんかね? とは思うんだが、本当にこういうシステムがある。


 で、桔梗さんはダイゴが出社している間、豪華な料理や華麗な裁縫、ガーデニングなどの写真をウェブログにアップしている。絵にかいたような『亭主元気で留守がいい』家庭だけど、休日は二人で旅行に行くのが趣味なようで、色んな地域の写真をアップしている。


 桔梗さんの作る料理は上手そうで、ゲンロクにラーニングさせて俺も食べたことがある。めっちゃうまかった。あと、桔梗さんの旅行記は、次に俺が行く教会の参考にもなるため、とても役に立っている。つまり、何が言いたいかというと、桔梗さんのウェブログは人気コンテンツで、俺は彼女とは友達の間柄ではあるけれど、それ以上に尊敬する人気者でもあるのだ。


 そんな彼女とのまさかの遭遇なわけだから、当然、.ウェブログの話題で俺達は大いに盛り上がった。話題は旅行へとシフトし、桔梗さん曰く、『クリフ自治区』と呼ばれる地域にも興味深い寺院があるらしい。聞いたことない名前だけど、後で調べて行ってみようかな。


 やがて、話題は自分のパートナーロボットの話に移る。桔梗さんは十九歳の時にダイゴを購入して、今年で八年目になるらしい。わりと長いお付き合いなんだな。


 そんな話の流れから、ふと桔梗さんからこんな問いが出た。


「ねえ、かがみさん。あなたは、ゲンロクちゃんに心があると思ってますか?」


「……え? ゲンロクに、心がある……?」


 思わず聞き返してしまった。いや、アンドロイドに心が云々って話は、俺がいた世界でもSF系ではよくあるテーマだ。けど、機械の心について考えたことなんてちっともなかった。俺には、そんなものの有無なんて、そんなに重要なもんとは思えなかったからかもしれない。


 桔梗さんに尋ねられた以上、俺は答えなくちゃいけない。流石に窮して、俺はゲンロクの方を見た。ゲンロクは普段と変わらない様子で俺を見ていた。快活そうな端正な顔、美しい素肌、煽情的な水着姿、そして何より、彼女と暮らしてきた今日までの日々——なんだ、思ったよりも答えは簡単に出たわ。


「ゲンロクには、心はないと思います。むしろ、要らない方がいい」


 さらりと出た俺の返答に、桔梗さんはキョトンとした。


「心は要らない? それは、どういう理由でですか?」


「もし、心や気持ちがゲンロクにあったら、こんな俺なんかいずれ愛想を尽かしてどこか行ってしまいますよ。だから、ゲンロクに心はないし、要らないと思うんです」


 ふざけてるわけじゃない。俺は本気で言っている。


 だってそうだろ? 幻想月影なんてヒーローには変身できるとはいえ、生身の人間は生産性特別規制区マトゴマどころか臨時の生産応援すらまともに出来ない看板持ちだ。おかげで、あっちの世界よりはだいぶ豊かに暮らせているとはいえ、この国では平均以下の所得の立ち位置にいる。おまけに容姿も特に優れているわけでもなく、気の利いたトークだって操れるわけじゃない。優れたデートプランだって企画すら出来ない。あまつさえ、ないない尽くしのくせに、雄としての性欲だけはいっちょまえに持っている。


 そんな俺なんかのために、美味しい食事や買い物、家事、終いには夜のお世話まで……幸せな二人きりの生活を無償で『生産供給』してくれている。こんなん、心や気持ちがあったら続けられるわけがない。絶対に愛想を尽かされて分かれるか、もし不満が表出しなくとも綻びがどこかしらに生じていただろう。


 彼女が心を込めた愛情を俺に提供できているのは、彼女自身が心を持っていないからなんだ。


 そんな旨の話を桔梗さんに伝えた時の、彼女の驚いた顔は忘れない。真剣な表情で指を口元にあて、試案のポーズをしばし見せる。そして、返ってきた答えは――


「なるほど、やっぱりかがみさんもそう思いますか」


「……マジ? 桔梗さんも同意するんだね?」


 俺が思わず確認すると、桔梗さんは微笑を浮かべて首を縦に振った。


「ええ。正直、私と同じことを考えていて驚いたんです。だって、ダイゴのような素敵な男が私に元にやって来るなんて、そんな夢物語、アンドロイドがなかったら叶えられなかったと思うんです。もしアンドロイドがこの世になかったらと思うと、私、とてもゾッとするんですよ」


「ゾッとする……か。それ分かるよ。同じ考えの人がいてよかった」


 正直な話をすると、桔梗さんはそれほど容姿の良い女性ではない。ワンピースタイプの水着を着ているが、それはオシャレさ以上に彼女のぽっこりした腹をカモフラージュする役割の方が大きい。髪は艶のない黒いおかっぱ。眼は不自然に垂れ下がり、鼻は先端が上唇に当たりそうなくらい下がっている。時折見せる歯は歪んでおり、歯並びも良くない。


 さらに別の問題として、彼女のウェブログには料理や裁縫や庭いじりがテーマの記事は山ほどあるんだけど、掃除洗濯といった分野の話は全くと言っていいほど無い。なんで無いの? と聞いてみたら、ダイゴに任せているとのこと。要は、料理とか自分の興味あることは率先してやるけど、それ以外の面倒なことは仕事含めて全部ダイゴに任せっきりというわけだ。


 これには俺も苦笑した。仕事で苦労して帰ってきたかと思いきや、向こうは仕事をしないばかりか自分の興味のない家事も全部男任せ。おまけに、容姿も優れてるってわけじゃない。……いくらこの国では就労は無理してしなくても暮らしていけるとはいえ、流石の俺でもそんな女性を包摂出来るほどの博愛主義なんざ持ち合わせてはいない。


 それに、そんな欲求は桔梗さん側も一緒なんだろう。平均以下の所得で組織の中の立場も良いわけではない。おまけに家事もろくにやらず、抱きたい欲求だけならある。そんな男なんて、正直向こうも御免被りたいに違いない。


 結局、お互い様なんだ。お互いの欲望に叶ったパートナーを求めた結果、そんな都合の良い生身の異性なんて存在しているわけがなくて、代わりにその落とし所をアンドロイドが埋め合わせてくれたんだ。


 てか、俺とゲンロクといい、桔梗さんとダイゴといい、いかにも『男は仕事、女は家事』という価値観がより強くなってないか? そのような価値観は、かつて俺がいた世界では古臭くて野蛮なもので、そこから脱却するのが新しくて正しいもんだと言わんばかりの雰囲気だった。


 アンドロイドの開発によって男女のお互いの欲求がより剥き出しになった結果、かつて古臭くて野蛮だと言われていた家父長的な暮らし方が、逆に合理的なものとして男女のライフスタイルの中に収斂されていくのは、なんとも皮肉なもんだね。


「私たちは、アンドロイドに心がないから、アンドロイドを信じられるんだと思うんです」


 桔梗さんの言葉に、俺は反論なんて出来なかった。むしろ、「そりゃそうじゃないか」と笑うしかなかった。


 さて、辛気臭い話題はここまでにして、俺と桔梗さんはしばらく喋った後、席を立って解散した。とりあえず、リーヒ教会へ行く夜までには時間がまだ残ってるから、桔梗さんが進めていたマルセル崖岸へ行ってみるか。


 アクアフェスティバルの本番は、まだまだこれからなんだ!

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