デカくて強い――弱き者

 見た目はカマビスだけど、取り込まれた意識はサワガだし、声も言動もサワガに近い。もうカマビスかサワガか分からないので、カマビスサワガと命名しておく。


「うおらあああああっ!」


 声はサワガ、体躯はカマビス。標識だった鉄棒の振り下ろしだけで、清潔感のある床が一瞬で叩き壊される。


 近くのベルトコンベヤーまで後退。柵こそあるが、中型トラックが余裕で乗っかれるほど幅が広い。これからナノマシンで別の資源へリサイクルされるためなのか、わりと足が沈む程度にゴミが乗っかっている。ちなみに、合法的干渉リーガルハックにより、ベルトコンベヤーは稼働していない。


 当然ながら、カマビスサワガは追撃してくる。大腕を振り上げながら、彼もまたベルトコンベヤーの上に乗ってきて――


 合法的干渉リーガルハック。ベルトコンベヤー起動。相手の足が資材に沈み込む瞬間を狙って、ベルトコンベヤーを急加速させてやった。足を資材に取られているときに、急に足場を動かされては流石にバランスは維持できまい。巨漢の身体が大いにぐらついた。


 その隙に接近。前転しながら懐へ肉薄し、再び一対のカリスティックに変えた棒でカマビスサワガの全身を殴る。頭部、脚、太腿、脹脛、腕、二の腕、肩と打撃を徹底的に浴びせ掛け――カマビスサワガの反撃で吹っ飛ばされた。


 後方へ受け身を取り、ベルトコンベヤーの上に着地。一方のサワガはこちらへ鉄棒の先を向けている。が、あいつの周囲の様子がおかしい。


「ここなら好き放題やれると思ってんじゃねえぞ、幻想月影。俺にとっても、ここは都合がいいんだ」


 カマビスサワガが胸にはめたドローンが妖しく明滅している。


 俺は気付いた。カマビスサワガの周囲の資材が、風も吹いていないのに浮いている。あたかも、そこだけ重力が弱くなっているかのように金属のかけらがふわーっと浮いているんだ。


 ドローンの光を見て、ふと俺の脳裏に仮説が浮かぶ。確かあの球体のドローン、プロペラとかもないのに浮いていたんだよな。あれが浮いている原理が反重力機構とかだとするなら、もしかしてドローンを浮遊させるのに使っていたその機能を、周囲の物体を浮かせるのに応用しているとか。


 そうこうしている間に、浮遊していた塊が標識の鉄棒だったものに集まっていく。塊の中には尖っていたものや何かの電化製品みたいなのもあるわけで、気が付いた時には、鋸歯状の何かや鉤状の何かを多数宿した禍々しい大得物へと変貌していた。


「驚いた。こいつは、ミンチ程度じゃ済まないかもな」


 大得物から火花が散る。浮遊させたものを棒へ集約させるほど自在に操れるんだから、くっつけた金属を丸鋸みたいに激しく回転させたり出来てもおかしくはないよな。


 薙ぎ払い。触れたら即血煙が舞いそうな悍ましい刃が、のけぞって回避する俺の真上を通り過ぎる。


 いくつかのごみを巻き添えにしながら振り抜いた後、その勢いのベクトルを変えて今度は縦に振り下ろす。避けようとして何かが足元に絡みついた。やべ、相手に仕掛けたことと同じ目に遭うとか……。


 連結させた六尺棍で大得物を受け止める。すぐ手前に、大得物の宿す丸鋸が大回転し、付近の金属とこすれて火花を派手に散らす。今、ベルトコンベヤーは隣のフロアへ移るべく、トンネルのような通路の中を流れている。そんな薄暗くて狭い空間のおかげか、散り舞う火花が余計に明るく見えて。


「ぬぅぅぅ~!」


 カマビスとサワガの声が聞こえたのは、まさにそんな時だった。


「おいどうしたカマビス! 力がこもってねえぞ。あいつをミンチにしてぶっ殺すチャンスだろうが!」


「せまいところはきらいだ。いやなきぶんになる」


「こんな時にトラウマ発症か? 仕方ねえな。今そいつを押しつぶしたら、ただっぴろい場所でまた一緒に日向ぼっこでもしようぜ。だから、今は我慢しろ!」


 こんな時に会話? 言っておくが、俺を押しつぶさんとするカマビスサワガの膂力は凄まじいままだ。もしかして、あいつ油断してるのでは?


 合法的干渉リーガルハック——ベルトコンベヤーを加速。足場の急加速に体が追い付けず、巨躯がわずかにのけぞった。その一瞬の隙に俺は水平にしている六尺棍を傾けながら横に移動。大得物が振り下ろすベクトルがずれ、俺のいる場所の隣に振り下ろされる。


 合法的干渉リーガルハック——ベルトコンベヤーを急停止。慣性の法則が作用し、カマビスサワガの巨躯が今度は前方に傾く。防戦から解放された俺は、六尺棍の先端で巨体を突いた後、そのまま勢いよく横に薙ぎ払った。バランスを崩して前傾していたカマビスサワガは、俺の一撃を真正面からもろに食らった。


 あまりの衝撃に巨躯が吹っ飛んだ。ごみをかき集めた禍々しい大得物が手から離れ、付近にころんと落ちる。仰向けに倒れるとまでは行かなかったが、ダメージは相当のようでカマビスサワガはその場で頭部を抑えて呻く。


「うああああああああああ!」


「くそっ、やはりここでは思ったような力が出ねえか!」


「閉所恐怖症かい? そんな弱点があったとは意外だね。そいつは生得的なものかい? それとも、過去に洞穴の中に閉じ込められたとか、悪いことして狭い牢屋に幽閉されてたとかあったのかい?」


 カマビスとサワガのやり取りが気になったので、ちょっと挑発をしてみた。次の瞬間、スキンヘッドなカマビスの頭部が真っ青になったと思いきや、頭頂部まで瞬く間に真っ赤になった。


「きさまあああ! よくもそのはなしをおおおお!」


 激昂したカマビスサワガは速かった。俺が対応しようとしたときには、巨大な手で身体をむんずと掴まれ、壁に勢いよく叩きつけられていた。その威力の凄まじさたるや、そのまま壁をぶっ壊してしまって――。


 しまった。C2Sの施設を壊してしまった! と思った時には、俺はカマビスサワガもろともベルトコンベヤーの外に落下していた。気付いた時には、下のフロアの床がすぐ目の前に迫っていた。


 受け身を取って着地する。ふと、俺が見上げると、さっきまで俺がいたであろうベルトコンベヤーの通路らしきものが渡り廊下のように頭上を通っていた。


 あたりを見回すと、身の丈以上の高さの壁で区分けこそされているものの、非常に広い空間のようだ。どうやらここは、リサイクルするものを事前に区分けして保存しているフロアらしい。


 置いてあるのはどれを見てもゴミだ。で、幻想月影に搭載されたセンサーが感知した情報を見て俺は顔をしかめた。人間の身体には、鼻と呼ばれる、浮遊する化学物質を感知するためのモジュールが備わっている。幻想月影のスーツは、それの代わりにセンサーを介して、フロア内に充満している化学物質の情報を視覚的なデータとして俺の網膜に投影してくれる……んだけど、それらに付随するアラートがなんとも毒々しいもんばかりで。


 要するに、この空間、めちゃくちゃ臭い。幻想月影の姿でなければ、鼻が曲がるどころか、脳みそまでおかしくなってしまいそうなほどに。


「ぬおおおああああああああ!」


 ほら、俺の代わりに悶絶してるやつがいるよ。すぐさま俺に追撃が来なかったのはそのためだ。


「くそっ! カマビスがいかれちまった。どれもこれもすべて、幻想月影、お前とホワイトテンプルのせいだ!」


 カマビスサワガがこちらを睨んだ。どうやら、サワガの声のおかげで正気を取り戻したらしい。雄叫びを上げて肉薄し、自慢の大腕で殴り掛かってくる。


 殴り掛かる瞬間、俺は六尺棍を突き出す。カマビスサワガの懐に潜り込みつつ、振り上げた脇の下に六尺棍を挿入。そのまま、身を捻って後方に棒を縦に振り下ろす。すると、カマビスサワガはどうなるか。


 俺をぶん殴ろうとしたカマビスサワガは、その勢いを丸々自分が吹っ飛ぶエネルギーに転換された。カマビスサワガの巨体が吹っ飛び、俺の後方にあったゴミの山に盛大に飛び込む。


「なにもかも俺のせいにするなんてよくないね。にしても、そんなに怒るなんて。捕まって幽閉された経験が本当にカマビスにあるのかい? さしずめ、地元で暴行事件起こして警察に何度も牢獄に入ってた的な?」


 ゴミの山に向かって煽ってみると、怒声と共にゴミ山が内側から吹っ飛んだ。弁当箱の蓋みたいな汚らしい樹脂の一部を俺の足元にまで散らばせて、怒りに体を震わせるカマビスサワガが姿を現す。


 カマビスサワガの両腕が変貌していた。ゴミ山の中に埋もれていた硬い資材が太い腕に収斂して、即席の手甲のようになっている。だけど、その手甲には禍々しいほどに鋭い爪が生えていて、片手を床に付けるほどの前傾体勢で構える姿は、今まさに飛び掛からんとする野獣のよう。


「があああああああああ!」


 咆哮が響く。床を蹴り、飛び掛かると同時に手甲の爪を振るう。たったそれだけで、フロアの一角の壁に裂傷が深々と抉られた。ごみを区分けする壁は原形を失うほどひしゃげ、蹴った勢いと飛び掛かった後の制御で床の素材がめくれ、剥離した素材があたりに散らばる。


「危なかった。これ食らったら俺そのものが消えちゃうかもしれないね」


 そんな俺の呟きを聞き入れて、カマビスサワガがこちらを見た。獲物を捕らえそこなった挙句煽られたもんだから、スキンヘッドの顔が憤怒に歪んでる。


 怒声を挙げて繰り出される引っ搔き――ここでひとつ断っておくが、俺がいる場所はカマビスの隣のフロアだ。いや、部屋はひとつのでかい空間なんだけど、左右を見ると区画を仕切るための壁がある――突然、区画を分ける格子状の扉が閉まり、俺とカマビスサワガの両者を阻んだ。カマビスサワガの攻撃は鋼鉄の格子に阻まれ、俺までには届かない。


 カマビスサワガが吠えた。格子を何度も激しく叩いている。その姿は、檻を何度も叩く凶暴な霊長類のよう。攻撃を妨げられたことがよほど気に食わないらしい。


「可哀そうなカマビス。おい、やっぱり幻想月影は悪い奴だな。ただでさえ小癪な技ばかり使ってくる上に、カマビスのトラウマを刺激して弱らせるとは」


 怒り狂うカマビスサワガの胸元に嵌められたドローンが光り、サワガの声が聞こえてくる。


「それは知らなかった。てっきり、イライラしているだけなんかと思ってね」


「俺もカマビスも許さねえんだよ。秩序のためとか頭のよさげなことを抜かして、カマビスのような奴を何度も牢屋にぶち込むような卑怯な奴らを。そして、そんな卑怯なクズ共に何もひたすら従っているだけの、てめえみてえな何も考えてねえ馬鹿な奴らを!」


「牢屋をぶち込むだけで卑怯とは、ちょっとよく分からないね。可能な限り話は聞いてやるよ。詳しく聞かせてみな」


「……その減らず口がいつまでもつかな」


 カマビスサワガの両腕にさらに金属片が収斂されていく。右腕に丸鋸のような円盤がいつの間にか括り付けられていた。そいつは甲高い音を響かせて回転。カマビスサワガはそいつで、俺との彼此を隔てる鉄格子に切りかかった。


 激しく散る火花。瞬く間に格子は真っ二つになり、カマビスサワガが乱暴に蹴っ飛ばすと、まるで強風に晒されたベニヤ板のように区画の隅っこまで吹っ飛ばされた。


「すげえだろ。カマビスの力をもってすれば、こんくらい造作もねえんだ。けど、周りの奴らは、その力をひたすら恐れた。ちょっとものが壊れたくらいで、ちょっとムカつく奴を怒鳴ってぶん殴っただけで、奴らはカマビスを牢屋に入れやがった。まだ児童にすらなってねえガキの頃からだ!」


「そいつは気の毒な話だね。物心つく前から力がありすぎたために、周りから恐れられていたというわけか。助けてくれた大人はいなかったのかい?」


 カマビスサワガの猛攻。スピードとパワーを兼ね備えた猛攻は凄まじく、こちらは防戦一方にならざるをえない。回避こそできるが、背景の壁や仕切り板が容赦なく破壊されていく。


「親身になってくれた大人なんていねえよ。親だってそうだ。カマビスが言うには、ちょっと甘えたら二度と目を覚ましてくれなくなっちまった。まったく、当時は町の連中に冷たくされてる真っ最中だったってのに、実の子残してなんて親も親で無責任にもほどがあるよなあ!」


「おいちょっと待て、それって自分の親殺したってことじゃねえか? そりゃ、端から見ればヤバイ子供だって思われるだろ。ただでさえ図体やパワーが普通の子供とは違いすぎるのに。そりゃ、どんなに国があんたに情けをかけるにしても、少しは過激なやり方をしないと無理に決まってるぞ!」


「だったらカマビスは、このセフィアの平和とやらのためなら犠牲になっても良いってのか!」


 サワガの怒声がフロア内に響く。カマビスサワガが持ち上げたのは、このフロア内で大量のゴミを運ぶのに使われていたであろう自立起動のホイールローダー。サイボーグの大巨漢は、こいつを俺めがけて放り投げる。真横に目一杯回避するも、重機が直撃したゴミの山は盛大に散乱し、フロアの壁そのものにすり鉢状の巨大な凹みが穿たれる。


 回避に成功した俺にさらなる追い打ち。カマビスサワガが飛び掛かる。これには六尺棍による防御でしか対応できなくて、俺の身体がさらに隣の区画にまで吹っ飛ばされた。今度は別の区画のゴミ山にまで吹っ飛ばされる。


 身体中に絡みついてんのなんだこれ。どっかの業界で使われてるゴムホースか何かか。そんな身動き取れない俺に、カマビスサワガがさらなる追撃を仕掛ける。合法的干渉リーガルハックで格子戸を閉めた。進撃を止められたカマビスサワガは、まるで自ら檻にぶつかる動物園の猛獣のよう。


「カマビスがセフィアの犠牲になっていい? そいつは解釈の飛躍が過ぎるな」


 敵の攻撃が封じられている隙に、俺はゴミの山から脱出する。俺は、憤怒の形相で格子越しに俺を睨みつけるカマビスサワガの顔を見た。——なるほど、言われてみれば、怒りで醜く歪んだ表情の中に悲哀のようなものを見出すことも出来ないわけじゃない。


「あんたは苦労したんだろう。その力と図体と周囲の目に悩み、あんたなりに苦しくて悲しい日々を過ごしたんだろう。あんたの境遇には同情するよ。でも、その苦しみや悲しみ、怒りは、ホワイトテンプルやセフィアをぶっ壊していい理由にはならない」


 格子がガシャーン! と、激しく叩きつけられる。俺の否定があいつには気に食わないようだ。


「セフィアの平和は、あんたの敵じゃない。セフィアには、あんたが生きていける居場所がある。広大な生産性特別規制区マトゴマの農場があるノーザンパインとか、セフィアいちの格闘技の聖地であるリトルフォレスターとか、カマビスの悩みを強みとして受け入れてくれる場所なんて探せばいくらだってある」


「ふざけるな! このおれに、くずどものいうことにしたがっていきろというのか!」


 怒ったカマビスが何度も格子を叩きつける。やがて、格子を支えていた箇所が外れ、こちらに向かって倒れた。けど、俺は後退りしない。あいつの怒りに応えなくちゃいけない。


「そういう意味で言ってんじゃない。というか、どうしてセフィアで平和に暮らすことが、あんたにとって屈服のように感じられるんだ? 確かに、秩序を維持しつつ、なおかつあんたも納得できる形でコミュニティに属するってのは容易なもんじゃない。けど、その手段としての知恵や知識を得る手段はあるだろ? セフィアの教養とか」


 セフィアの教養ってのは、セフィアの小学校から中学校にかけて学ぶ一連の授業の総称だ。俺がいた世界だと『義務教育』って呼ばれるやつだね。広義では、教会で神父が長々とやってる『ありがたい話』とやらも含まれているとかなんとか。


 その時、カマビスサワガから聞こえたのは、鼻で笑う声。しかも、二重。


「せふぃあのきょうよう、そのことばはききあきた」


「知ってるぜ、セフィアの教養。セフィアを牛耳るホワイトテンプルが、学校とかいう場所にガキどもを寿司詰めにして、繰り返し繰り返し吹き込むことによっててめえらの都合の良い駒にするために使ってるのがセフィアの教養だ。そんなもんが、知恵や知識を得る手段? いよいよ語るに落ちたな幻想月影。やはり貴様は、ホワイトテンプルに都合の良い操り人形だ!」


「なんだって!?」


 俺は愕然とした。もちろん、操り人形って言われたことなんてどうでもいい。セフィアの教養を、ホワイトテンプルが子供を洗脳するのに使ってるもんだって?


「待ってくれ、サワガ。あんたそれ本気で言ってんのか!? この国で生きていくのに必要な手段を国がくれるって大切なことだぞ? それに、カマビスみたいに『自分だけじゃどう生きていいか分からない』人達に秩序の守り方やその知識を与えてくれるのもまたセフィアの教養なんだぞ? そんなもんを、洗脳とか、あたかも悪いように表現するのはおかしいだろ!? なにを言ってるんだ!?」


 動揺してまくし立てる俺をよそに、カマビスサワガに嵌め込まれたドローンが不気味に明滅した。『前へならえ』の動作よろしく両腕をカマビスサワガが手前に向けると、彼の両腕に収斂していた金属やら足元でひしゃげていた格子戸やら大破した重機やらが、まるでその周囲だけ無重力であるかのように浮遊する。


「さわが、おれはこいつのかおすらみたくない。しょせん、あいつもおれをおいだそうとしたやつらといっしょだ。てっていてきにこわしてしまおう」


「ああ、俺も一緒だ、カマビス。あいつは所詮、俺達を抑圧するホワイトテンプルそのものにすぎねえ。跡形もなく消し飛ばして、ホワイトテンプルに支配されたこの胸糞悪いセフィアをぶっ壊して、俺達で成し遂げようぜ、『真の自由』ってやつをよ!」


 真の自由……! またその言葉か!


 かつてウルサも口にした忌まわしい単語。が、今の俺にそれを突っ込む暇はなかった。浮遊していた金属片やら残骸の数々が、一斉にこちらへ放たれたからだ。


 その威力は、例えるなら――砲撃。


 浮遊物のベクトルを自身への収斂から、猛スピードによる前方への放出へ変えただけ。されど、重力こそ失っても質量は失われていない重量物の放出は、まさに砲撃そのもの。やばいと気付いて横っ飛びで回避しようにも、規模が違いすぎた。掠めただけでも爆風でぶん殴られたような衝撃が俺を襲い、俺は吹っ飛ばされた。


 攻撃を食らったんだって認識した時、俺の脳裏を過ったのは、ウルサの言葉だ。真の自由。同じことをカマビスとサワガも言っていた。……彼らの考えに耳を傾けようとはしたけど、蓋を開けて出てきたものは俺を失望させただけだった。ああ、そうか。結局、俺があいつらに対してすべきことは単純だった。


 余談だが、俺とカマビスサワガがやりあったエリアでも全体の半分しか満たしていなかったってだけでも、俺達が今いるフロアの広大さが分かるだろ? 俺が意識を取り戻した時に気付いたんだが、あの砲撃によってエリアの残る半分がごっそり失われてしまっていた。次に、俺が認識したのは、砲撃を食らって吹っ飛ばされた俺に向かって襲い掛かるカマビスサワガの姿だった。


 カマビスサワガの両腕には、砲撃に使ったであろう金属片が再び腕に収斂している。鋭利な爪が生えてる。あれに思いっきり引っかかれたら、やっぱり原形を留めるのも難しいかもしれぬ。


 しかし、カマビスサワガの攻撃は届かなかった。合法的干渉リーガルハック

――ゴミを運搬するのに使う巨大なクレーンアームが、UFOキャッチャーを彷彿とさせる三本の爪で、カマビスサワガの巨体を掴んだからだ。


 まあ、さすがのカマビスサワガも気付けなかっただろうよ。かなり隅っこにいたクレーンアームを、かなりのスピードでカマビスサワガの所まで移動させたからね。そして、カマビスサワガが振りほどく間もなく、クレーンアームは暴れる巨漢を近くのベルトコンベヤーの上に落した。俺達がここに来るきっかけになったのとは別のベルトコンベヤーだ。


 カマビスサワガを追って、俺もそのベルトコンベヤーの上に乗る。カマビスサワガがベルトコンベヤーから降りようとした。が、次の瞬間、カマビスサワガの巨体がふわりと浮いた。そして、天井に張り付いた。


「な、なにがおきたあああ!?」


 俺が見上げると、天井で大の字に磔にされ、全く身動きのとれないカマビスサワガが喚いている。


 何が起きたかって? どうやらこのベルトコンベヤーには例の広大なフロアで一旦まとめた金属を鉄と非鉄を分けるための強力な磁石が天井に通っているようで、カマビスサワガの手甲と具足が引っ張られてくっついてしまったんだ。


「!?」


 カマビスサワガから息を飲む声。彼も気付いたようだ。このベルトコンベヤーの行く先に何があるのか。


 金属ゴミを細かく破砕するため、二つの回転ドアを歯車よろしくかみ合わせたような破砕機が、進行方向の先で高速回転しているのだ。並大抵の金属を容易く粉砕する破砕機に巻き込まれてしまえば、いくらカマビスサワガとて無事ではすまい。


 俺? 俺は大丈夫。合法的干渉リーガルハックで破砕機を止めると、わずかな隙間からあっさり通過。で、再び稼働させる。磁石にくっついたまま身動きの取れないカマビスサワガには、こいつを止める手段はなくて。


 カマビスとサワガのそれぞれの罵声が聞こえて、間もなくゴリュッゴリュッと破砕機が金属でない何かを砕く嫌な音が耳朶に触れた。が、おかしい。普通ならここで真っ赤な液体が飛び散るはずなんだが、破砕機はちっとも濡れていない。それどころか、なんか止まってないか?


「うごあああああああ!」


 今度はこっちが息を飲む番となった。扉をこじ開けるがごとく破砕機を左右に無理やり広げて、奴が姿を現したからだ。


 破砕装置の隙間から、金属片が落ちてきた。それはふわりと浮いたかと思いきや、俺の足元にポトリと落ちる。


「なるほど、自分が動けないなら金属を動かしたわけか。あんたの浮遊させる能力は、稼働中の機械を物理的に止めるのにも役に立つのね」


 まあ、感心している場合ではない。カマビスサワガは自慢の馬鹿力を駆使して破砕機で塞がれたベルトコンベヤーを強引に開き、とうとう俺のところにまで足を踏み入れてしまった。破砕機の部分だけ機械から強引に引き抜き、能力で両腕に固定するという芸当をこなしながら。


「カマビス、あんたは凄いな。そんな破砕機すらぶっ壊すし、重機だって軽々しく持ち上げられる。何より、路面電車ぶつけられたり瓦礫に埋まってもなお生きていられるタフネスがある。でも、あんたは弱い」


 そんな俺の一言に、カマビスサワガはぴたりと動きを止めた。


「よわい? このおれが、よわいだと!」


「当たり前だろ。お前達はあまりにも暴力的過ぎて、周りの誰からも手を差し伸べたいとも思われず、どのコミュニティにも属せない。おまけに、コミュニティに属する手段を与えてくれるセフィアの教養すら、お前達は悪いものとして突っぱねた。おかげで、お前達は誰からも助けられず、自分自身でも変えられない袋小路に陥ってしまった。それを弱いって言ってんだ」


「なんだとおっ!?」


 カマビスサワガが剛腕をふるう。括り付けられた破砕機が、鬼の金棒よろしく襲い掛かる。奴の膂力は未だに衰えておらず、何度回避しても猛攻は止まらない。六尺棍でガードをするも、俺の身体は吹っ飛びベルトコンベヤーの外に吹っ飛ばされてしまった。


「ぶっころす。ぶっころさないとおさまらねえ」


 カマビスサワガも俺を追いかけるべくベルトコンベヤーから降りてくる。


 俺は周囲を一瞥する。今度のフロアは、さっきいた場所よりは規模は小さいようだが……フロアの半分を占めるほどの巨大なタンクが暗がりに聳えている。様々な階層のベルトコンベヤーがそのタンクに繋がっていて、いろんな物資を取り込んでいるようだが、もしかしてこれが――!


「C2Sのナノマシンサイロ。こいつをぶっ壊せば、また一つホワイトテンプルの力を削げる。奴らの悪の支配をまた一つ奪い去ることが出来る!」


「させない!」


 中枢のタンクを見上げて口端を吊り上げたカマビスサワガが進撃せんとする先に、俺が立ち塞がる。


「邪魔すんじゃねえよ、幻想月影。てかさっき、俺達のことを弱いって言ったよな。てことは、お前は俺達が弱いのを分かって攻撃してるってわけだ。それって弱いものいじめじゃねえか。正義の味方の幻想月影が、そんなことしていいのか?」


「弱い者いじめか。まあ、あんたから見りゃそうなっちゃうよね。でも、あんたのために今の俺が出来るのは、力ずくでも大人しくなってもらうこと以外ないんだ。お前達のやっていることは、間違っているからさ」


「間違ってる? お前さあ、少しは考えたことあんのか?」


 サワガの呆れたような声。巨体が肩を竦めて脱力した様を見せたかと思いきや、急接近しながらの薙ぎ払いが襲い掛かる。


「所詮、この世の人間は家畜か奴隷でしかないんだ。セフィアの人間はみんなボケ面こいて暮らしてるが、俺達は皆ホワイトテンプルの家畜なんだ。労働者とかいうクソエリート共にとって都合の良い――な」


 ある時は回避し、またある時は六尺棍でガードしたり受け流す。決して、中枢のサイロには近づけさせない。


「俺達はそれをぶっ壊す。都合の良いように支配され搾取されている市民をホワイトテンプルから解放する。そして、俺達が真の自由をもたらす! 俺達は奴隷でも家畜でもねえ! 俺達は、誰にも支配されないんだ!」


「誰にも支配されない……ねえ」


 腕の破砕機と俺の六尺棍が交差する。僅かな一瞬を狙い、俺は棍を操作。棒で棒に絡みつかせるイメージ。俺をぶん殴るためのエネルギーが、すべて自身のバランスを崩させる方向に働く。俺は六尺棍の先を地面に突き立て、それを軸にしてドロップキック――たたらを踏んだカマビスサワガの脇腹に両足の裏を叩き込む。


「よく言うよ。君達だって、みたいなもんでしょ?」


「な、なんだと、貴様あああああああっ!」


 俺の刺した寸鉄は、カマビスサワガをこの上なく激昂させたようだ。


「ふざけるな! サバエは俺達の同志だ! 俺達がサバエの奴隷だと? 適当なこと抜かすんじゃねえ!」


 さらなる猛攻。床を破壊し、配置されていた金属棚を容赦なくぶっ壊すほどの猛攻。


 しかし、激昂しすぎて攻撃が雑になってる。さっき以上に、受け流すのはやりやすくなった。カマビスサワガの振り下ろしを流れるような動作で受け流すと、たたらを踏んだカマビスサワガの脹脛の方角から薙ぎ払う。巨体が仰向けに倒れた。


 そんなカマビスサワガの顔を覗き込むように見下ろしながら、俺は言い放つ。


「同志? 俺に敗れたウルサを容赦なく蹴り飛ばすような奴が、同志? 考えられないね」


「なんだと?」


「俺だったら、そんな乱暴な奴の支配する世の中よりも、ホワイトテンプルの方を選ぶ。負けた部下に容赦ない制裁下すような奴が作る世の中なんて、お前達の言うホワイトテンプルが支配する世の中とやらより絶対に酷い世の中になるもん。嫌だね」


 カマビスサワガが吠えた。「勝手に決めつけんな!」とサワガの怒声が響く。破砕機のついた腕を振り回しながら起き上がらんとする。


 最初に当たってきた攻撃を跳躍で飛び越える。次の打撃は俺の真下から来た。足の裏で受け止め、その勢いを逆手に取って、俺は高く跳躍した。


「カマビス。サワガ。お前達には大人しくなってもらう」


 頭上で六尺棍を回転。ありったけの遠心力と力を棍に込めながら俺は、カマビスサワガめがけて落下する。


「必殺のォ――」


 反応したカマビスサワガが、両腕の破砕機を交差させて防御の構え。俺は渾身の力で六尺棍を振り下ろし――ながら脇を閉めて後ろの手を引っ込めた。


「——?」


 カマビスサワガは、衝撃が全くなかったことに眉を潜めたかもしれない。が、次に気付いた時には、六尺棍の先端が胴に迫っていた。


「貫きィーッ!」


 刺突。


 振り下ろすと見せかけて棒を引っ込めて繰り出した必殺の刺突は、カマビスサワガの巨体――に嵌められたドローンへと吸い込まれるように直撃する。


 遠心力と重力加速度に加え、ありったけの電脳の力が込められた一撃を食らえば、いくら金属の塊とてひとたまりもない。バリッと音がして、ドローンは真っ二つに割れた。


 六尺棍の貫きを食らった巨漢が仰向けに倒れている。強制的な合体を解除される負担のデカさたるやカマビスすら耐えられないようで、失神したまま動かない。


 その隣で喘ぐ男が一人。サワガ。ドローンが破壊されたことにより、安全装置が機能して強制的に外界に放り出されたようだ。俺が近付くと、サワガは腰を抜かしたまま後退りしていく。


合法的干渉リーガルハックが効かないドローンで本当によかったな、サワガ。今の俺だったら、そいつに備わってた安全装置も使えなくさせて、データごとあんたの存在を消してやるところだったよ」


「ま、待て……! お前、本当にいいのか? ホワイトテンプルの言いなりで本当にいいのか? 今ならまだ間に合う! 俺達の仲間に入れ! 奴らの都合の良い存在に成り下がるな!」


「この期に及んでもまだ変わらないか。その信念だけは褒めてあげてもいいかな」


 俺はサワガに対して目線も合わせる気はない。立ったまま、じりじりとサワガを追い詰めていく。


「いいこと教えてあげるよ。セフィアの教養には、数学や外国語みたいに、ホワイトテンプルの経典に書かれているようなものとは全然違うことも含まれてる。なんでだか分かるかい? 次世代の子供たちにセフィアをよりよくしてもらうためさ。


 セフィアがいつまでも正しいわけじゃない。時には間違った選択だってしてしまうかもしれない。その時に誤りを正してくれるのは何かって言ったら、いろんな知識を学んだ人々さ。だから、ホワイトテンプルにとって都合が悪いかもしれないことまで、セフィアは色んな事を学ばせているんだ。 


 それに比べて、君たちはどうだ? いろんなことを教えてあげるばかりか、ホワイトテンプルの悪口しか言わない。挙句、色んな道をくれるセフィアの教養を『洗脳』だと突っぱねた。おまけに、失敗した部下を蹴っ飛ばし、諫めた部下を悪趣味なやり方で殺そうとまでした。そんな奴らが、俺達にいい暮らしをもたらしてくれるわけあるか!」


 逃げるサワガの背中に壁。いよいよ逃げられなくなったサワガに対し、俺は足を振り上げる。


「俺達はお前達を許さない。独房で頭を冷やしてこい」


 サワガの端正な顔面を、俺は思いっきり踏んずけた。


 まだ何か喚いている気がしたが、サワガの声はもう聞こえはしなかった。

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