煽るだけが彼じゃない

 スーツの中で嫌な汗が流れた。どうしてあんな状況になってんだ?


「なにを恐れているんだ、同志。お前はこれから英雄になるんだ。この国を救う存英雄になるんだ。俺達の間で永遠に語り継がれる存在になるんだぞ」


 サワガがなんか言ってる。英雄ってどういうことだ? これ、要するに二人もろとも施設ごと爆破させる気なんじゃないか!?


「なぜ嫌がる? 自分を止めに来た兄弟と共に心中するのが嫌なのか? いいか。兄弟の情なんぞに絆されて俺達を裏切ったばかりか、俺達に意見しやがった貴様は万死に値する。——俺はお前にチャンスを与えてやってんだ。ここでお前がホワイトテンプルの悪しき野望ごと燃えて散れば、お前は俺達の裏切り者から、国を救った英雄という存在に変わるのだからな!」


 あー、何が起きたのか大体察したぞ。


 俺がカマビスと戦っていた間、達也は確かにこのC2Sに来ていたんだ。けど、そこで――どうやって来たのかは分からないけど、ジュリウスと遭遇した。そこで彼に説得されたのか、達也は爆弾を使うのをやめた。で、それがサワガの怒りに触れ、このような事態に至ってしまった。


 って、呑気に考察している場合じゃない! こんなの放っておいてしまったら、後でアドにあわせる顔が無くなっちまう!


 どうする? いまここで飛び出すのはアリなんだろうか? でも、飛び出た拍子にサワガに起爆されたらアウトだよな。あの爆弾は合法的干渉リーガルハックを受け付けないわけだし。となると、奇襲するしかないよな。


 ここで俺の視界に飛び込んできたのは、倒れている暴徒――の手にしている携帯端末。パッと見、ノートパソコン程度の大きさをしているんだが、これくらいの容量ならんじゃないか?


 さて、チャンスは一度きり。よーく狙って。


「——ん?」


 この時、サワガは、今まさに巻き上げられている真っ最中の達也とジュリウスの二人の頭上へ向かって、ノート大の塊が飛んでいるのを見たかもしれない。だけど次の瞬間、そこから無数の蒼い幻想月影が飛び出してくるとは想像だにしなかっただろう。


 一瞬の出来事だった。携帯端末を放り投げると同時に、幻月型になってその中へ侵入。達也とジュリウスの頭上にまで差し掛かった瞬間を見て、分身しながら脱出。着地する幻想月影達の中に、鎖から解放された二人をそれぞれ抱きかかえる幻想月影の姿もあった。


「幻想月影……っ! 貴様ぁ……!」


 サワガの剃り込みに太い血管が浮き出る。子供達を解放した幻想月影の手には、例の棒。先端にノザマドットコムで微量の酸を瞬達させた。そいつで、彼らを拘束していた鎖を溶かし切ったってわけだ。


 それだけじゃない。ノザマドットコムなら、これも瞬達できる。


 別の幻想月影が手にしていたのは、子供たちの頭上に括り付けられていた爆弾。そいつも鎖から切り取っていた。幻想月影が爆弾を地面の上に置くと、他の幻想月影達含めて一斉に棒の先を爆弾へと向ける。瞬達により先端から放出させたのは、液体窒素。


 冷やされた水分が白い靄となり、辺りの地面を走るように覆っていく。方々から液体窒素を浴びたバスケットボール大の爆弾は、真っ白な塊と成り果てていた。


 侵入できないなら壊してしまえばいい。いくら合法的干渉リーガルハックを受け付けないとはいえ、所詮は精密機械。起爆装置に電池や半導体を使っている以上、超低温の環境にさらされてしまったら機能は停止してしまう。


 余談だけど、液体窒素って1L当たり1000Nナッツくらいで手に入るのね。コカ・コーラと比べると5倍くらいの価格だけど、業務の点で見たら思ったより安く手に入るんだね。そりゃ、瞬達もできるわ。


 起爆機能を失った爆弾は、棒で突き崩されていくつかの何だか分からない塊へと成り果てた。せっかくの切り札を目の前で破壊され、サワガは怒りで震えていた。


「幻想月影……っ! カマビスはどうした! あいつから逃げてこられたっていうのか!?」


「カマビス? あのでかい怪物なら、今は瓦礫の中でスヤスヤと眠っているよ」


 俺がそう答えると、サワガは目を見開いた。奥歯を噛み締めるあまり、ぎり……と歯の鳴る音が聞こえた。怒りで紅潮した顔はやがて青くなっていき、サワガはうなだれる。


 俺――無数に増えた幻想月影のうちの一体が、サワガへと歩み寄る。


「あとは君だけだ。仲間たちと共に降参するなら、こっちはもう攻撃なんてしないよ」


 が、こうべを垂れたままのサワガがぷるぷると震えた。——もしかして、笑っている?


「どうした。何がおかしい!?」


「……カマビスが敗れた? そんなわけねえだろ……。カマビスは、このLNMを形作ったもんと同じだ。このセフィアを牛耳るホワイトテンプルへの怨念そのものだ」


「何を言ってるんだ? あんなデカブツが敗けるだなんて信じられないと思うだろうが、事実だよ。信じられないなら、警察主催によるあんたの護送ツアーの途中で見せてやろうか? カマビスが埋まっちまった瓦礫の山をさ」


「黙れ! カマビスが敗れるものか! カマビス! !」


 サワガが叫ぶや、付近の何かが光った。この一部始終を録画していたサワガのドローンの射撃によるものだと認識した時には、煙を上げた弾痕がすでに俺の足元に穿たれていた。


 何あれ、銃も仕込まれてんの? と俺が思った時には、銃口と思しきドローンの穴が次に向けた先は――達也とジュリウス兄弟!?


 射撃と同時に、吹っ飛んだ人影が一体。飛び込んでかばった幻想月影が銃弾を食らった。その幻想月影は全身から火花を散らして動かなくなる。


「子供でも容赦なく殺すなんて……俺には君達の持つ大義とやらが寒く感じるよ」


「裏切り者に制裁を与えるのは組織として当然のことだろ、幻想月影。爆弾止めたくらいで良い気になるな。こっちにはまだ手はある」


「へえ、だったら見せてみろよ。全部、台無しにしてやる」


「やれるもんならな。お前ら、かかれぇ! 標的は本物の幻想月影と裏切り者、C2Sのサイロだ! 排除できた奴から雷鳴サンダー級の椅子をすぐさまくれてやる!」


 施設の周囲から鬨の声。なんだよ、戦える暴徒はまだ残っているのか。霊月型があってよかったよ。


 達也とジュリウス側にいた幻想月影が互いに顔を合わせてうなずく。数体で二人を護衛するように囲む。


「二人とも、俺達についてこい。安全な場所に避難させてやる」


 たくさんいる幻想月影のうちの一人に話しかけられて、ジュリウスは困惑しているようだった。憧れのヒーローの生対面だ。そうなるのも仕方ない。けど、俺は知ってる。ジュリウスは素直ないいやつだ。だからだろうけど、彼はすぐさま答えてくれた。


「ありがとう、幻想月影。助けてくれるんだね」


「……でもなんで、ジュリウスだけじゃないく俺まで助けるんだ? てか、何で俺達を知っていたんだ?」


 達也め、指摘してくるなんで鋭いな。


「それは……君たちのお父さんに頼まれたんだ。二人を助けてくれってね」


 達也とジュリウスは目を丸くしていた。まさか、ここで父の話題を出されるなんて思いもよらなかったんだろう。まあでも、間違ったことは言ってない。


 やがて、達也とジュリウス護衛担当の俺達はこの場を後にする。無論、そんな俺達を連中はただで逃してやるつもりはない。凶器を手にしたLNMの暴徒達が子供たちを囲う俺達に襲い掛かる。


 近づく敵から、実体の幻想月影が打突で悉く無力化させる。非実体の幻想月影が近くの何かに憑依して消えると、構内のセキュリティシステムが限定的に作動。床から飛び出したポールに股間を強打した男が悶絶し、開いたシャッターから飛び出した運送車両の突撃に暴徒達は散り散りに退散する。反対側から来たLNMの暴徒は、真横から襲い掛かるように閉まってきたゲートに蹴散らされ、進路を塞がれてしまった。


 自立起動する偽物でも、子供たちの護衛くらいは造作もないってわけだ。


 さて、サワガのいるC2Sのナノマシンサイロ前でも激闘は変わらない。サワガの言う通り、メインの爆弾以外にも爆発物はもっているようで、手榴弾やらダイナマイトやらを手にした暴徒がこっちに向かってきている。まあでも、単なる逐次投入は無意味に戦力を消費させるのと同義なわけで、霊月型にハッキングされたセキュリティシステムによって悉く無力化されていく。


 ある者は、窓から飛び出したロボットアームに首根っこを掴まれて失神。ある者は、社旗を上げるロープに足を絡められて天高く宙吊り。ある者は資源運搬のトレーラーに積み込まれて構外へ護送。またある者は――LNMの暴徒達が上げる怒声や罵声は次第に聞こえなくなっていく。煽るような声すらも。


「あとは、君くらいだね、サワガ」


 サワガは既に肩で息をしていた。奴の足元で倒れているのは、実体の幻想月影の偽物。自立起動による戦闘プログラム程度では、あいつを無力化させるのは出来なかった。どうやらLNMってのは、煽動が上手なだけでは幹部になれないらしい。


 二体の幻想月影が左右から挟み込むようにサワガへ肉薄。サワガのスタンロッドが片方の幻想月影の腹部を突き、同時に反対側の腹部に鋭いスパイクの仕込まれた蹴りをお見舞いする。消える非実体の幻想月影。もう一体が正面から飛び膝蹴りを仕掛けるも、膝を付いてのけぞったサワガの頭上を通り過ぎてしまう。


「追い詰めたつもりでいるのか? おめでたいな幻想月影! そろそろ、俺の切り札が頃だ!」


「戻って来る? 何の話だ?」


 回避しながら薄ら笑いを浮かべるサワガに俺は眉を顰める。ハッタリのつもりか? 相手は扇動者だからな。そっちの方が十分あり得る。


 が、達也とジュリウスの護衛側にいた俺達はその異変を感じ取っていた。ちょうど、警察に二人の護衛を任せていた時だ。警察の方も、襲撃者の鎮圧を終えて徐々にこちらに回す人員が増えていた時だった。


 ——地面が揺れていた。


「地震?」


「まさか、別の爆弾が爆発したとか?」


 構内で何が起きているのかなんて、施設の外にいた俺達にはすぐには分からなかった。だけどその振動は、程なくしてサワガ側にいた方の俺達にも伝わってきた。いや、これは後々になって俺は理解したんだけど、その振動の主は移動していたのだ。施設の外から中にかけて、地下を――。


 ナノマシンサイロの手前、サワガと対峙する俺。その真っ只中に、そいつは固く舗装された地面を突き破って表れた。


 地表から手を突き出して姿を現す様は、まさに墓穴から這い出るゾンビのよう。俺は最初、錆色の体表といい、金属的な質感といい、所々からショートした火花や駆動音が聞こえてくるあたり、この地下に秘密の人型兵器が隠されていて、そいつをサワガが目覚めさせたのかと思った。あるいは、サワガが作った特製の動く人形ゴーレム的なもの。


 が、そいつの肩に刺さっていたものに見覚えがあった。道路標識の類だと思うんだが、路面電車の感電注意を促す内容の標識を、俺はつい直前まで見たことがある。というか、そいつの異様につるつるした頭も、俺はついさっきまで見ていた記憶があるぞ。


 もし、この予感が本当なら――俺は背筋から何か冷たいものがじわじわと湧き上がってくるような感覚に見舞われた。


「大丈夫か、カマビス。そんな姿になってしまって可哀想に」


「あいつを、ゆるすわけには、いかない。もう、あんなくるしくてくらいおもいは、たくさんだ」


「ああ、思い出したくないもんまで思い出しちまったか。ますます幻想月影には痛い目に遭ってもらわなくちゃいけねえなあ。さ、俺が力を貸してやる。あんたの身体を借りさせてもらうぜ」


 不安は的中した。


 カマビス? その機械みたいなデカブツが、カマビス!? カマビスってアンドロイドだったのか? いや、頭部とか腹部とかは機械っぽくないから、サイボーグか? 勘弁してくれ。倒したと思いきや、新たな引き出しが開くと同時に復活とか冗談じゃないぞ。


 瞠目する俺をよそに、サワガがカマビスに歩み寄る。続いて、サワガに追従していた例のドローンがサワガの頭上へ飛来した。ドローンの下部からサワガへと光が降り注がれる。すると、サワガの身体に変化が起きた。映像のブレのようなさざ波がサワガの輪郭に生じたかと思いきや、サワガの姿が消えたのだ。


 いや、正確には恐らく、サワガの肉体がデータ化されてドローンの中に取り込まれた……? これは完全に憶測の範囲なんだけど、俺だって霊月型なら電子機器の中に自身をデータ化して入り込むことが出来る。この時代の技術なら味方だけじゃなく敵がやったっておかしくはない。けど、いきなり見慣れない光景を見せられちゃ、そりゃ驚くに決まってるだろ。


 サワガを取り込んだドローンを、カマビスが掴む。そして、ぽっかりと空いていた自身の胸部の凹みに嵌め込んだ。ドローンが点滅し、その光がカマビスの全身に広がっていく。酸素が血管を介して体の末端にまで行き渡るかのように。


 目を閉じて深く息を吸っていたカマビスが開眼すると、瞼の裏から光が漏れた。機械の全身が仄かに光っている。まさか――警戒して六尺棍を構える俺へ、カマビスが口を開く。


「俺達を本気にさせてくれたことを感謝してやる。そして、本気で俺達を怒らせたお礼として、お前を徹底的にブチ殺してやるぞ、幻想月影!」


 サワガの声だった。


「驚いた。ドローンを使ってカマビスに憑依してんのか。そんな技術まであるってのに、どうしてホワイトテンプルに仇なすことをしようとするのか、俺にはますます理解できないね」


「抜かせ、幻想月影! 俺達は、ホワイトテンプルなんかに屈しねえ!」


 雄叫びを上げる。目の前の敵はカマビスなのかサワガなのか分からない。カマビスの野太い声に、サワガの高い声が混じっている。カマビスは自身に刺さった標識を引き抜くと、そのまま俺めがけて突撃してきた。


 俺は棍でガードした。回避したら、そのままナノマシンサイロ内部に侵入されてしまうから。だけど、やはり大巨漢の膂力には勝てるわけなくて、俺はカマビスもろともナノマシンサイロの中へ壁を突き破って入り込んでしまう。


 流石に外壁をやられたら即終了というわけではないようで、内部は広い空間になっていた。中央に大河のようなベルトコンベヤーが流れており、隣のフロアへ繋がっているであろう大口の先は暗くて全貌は分からない。


 貴重な施設の中に入ってしまったわけだが、社会科見学みたいな感覚にはなれるわけがない。ここを破壊する気満々の奴を内部に入れてしまったわけだから。


 その張本人が、不敵な笑みを浮かべている。


「へえ、中はこんなんなってるのか。この辺りからデカい爆弾でまとめて吹っ飛ばしてやろうと考えてたんだが、まあいい。ここでお前もブチ殺して、C2Sもぶっ壊して、ホワイトテンプルの慌てふためく顔を拝ませてもらうぜ」


「生憎だがそうはさせない。サワガ、気付いてないのか? 逆に俺にとって好都合な展開だ。SephirOSの根が絡むもんがたくさん詰まってる施設の中こそ、むしろ俺にとっちゃ都合の良い場所なんだからな!」


 俺の身体が蒼色から黒色に変わる。霊月型から幻月型への転身。六尺棍を構え、目の前の巨漢と対峙する。


 第三ラウンドの開始と行こうか、カマビス。こいつを、最終ラウンドにしてやるぞ。

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