ジェット級の実力
カマビスが剛腕を振り回す。たったそれだけの動作で、施設構内に置かれていたコンテナが抉り壊される。
あのコンテナは、単なる木箱じゃない。分厚い鋼鉄の外殻で覆われた頑丈な仕様だ。おまけに、その気になれば人が住めるくらい大きい。そんなコンテナが、そりゃもう豆腐を崩すみたいに容易く破壊された。
次いで、カマビスが腕を振り上げた時、そのコンテナを巻き添えにしながら宙を舞い、虚空にて自重で引き千切られた。そんな無残な最期を迎えたコンテナの陰に、実は俺がいた。
「みつけたぞおおおおお!」
カマビスが叫ぶ。——いや、仕方ないだろ。あのデカブツ、狭い通りで対面した時は、まだ全然本気じゃなかったんだ。本気出したあいつは、マジでどうやって止めればいいかわからねえ。
カマビスに吹っ飛ばされて迷い込んだ施設には、たくさんの大型コンテナが置かれていた。で、遠くを見やると線路や駅のようなものが見えることから、俺はミルトンステップで生産された何かを列車で遠くの町へ運搬する施設の類なんじゃないかって推測した。
となると、コンテナを運ぶ機械が必ず施設にはあるわけで、俺は暴れるカマビスから撤退しつつ、
けど、カマビスの怪力は想像以上だった。フォークリフトの尖った先端を容易くへし折り、トラックの進撃を片腕だけで制してしまった。それだけでは飽き足らず、高ぶる感情の赴くままトレーラートラックを持ち上げると頭上でぷつんと切断。「それ、ちぎれるの!?」と瞠目する俺めがけて投げ飛ばしてきた。今、構内に無残なトレーラーだったものが散乱しているのはそのためだ。
そんなデタラメな腕力を持つカマビス相手には、真正面から挑むのはリスクしかない。今は退避に徹して、強そうな何かに
例えば、近くのガスタンクとかどうだろう。あれを破裂させて点火させれば、流石のカマビスでもただではすまい。今まさにふわーっと浮いているあれへカマビスを誘き寄せられれば――え? 浮いている?
幻視ではなかった。俺が狙っていたガスタンクは、白く閃く非実体かつひも状の何かに吸着されて浮き上がっていた。いや、ガスタンクだけじゃない。コンテナ、トラックの破片、瓦礫、あらゆるものが浮遊している。
雄叫びをあげるカマビスの仕業だった。蛇の如くうねっていたドレッドヘアから白い非実体の何かが伸び、周囲のオブジェクトを掴んでいたのだ。あれはおそらく
「
「そんなへらずぐちも、こいつをくらえば、じきにいえなくなる!」
咆哮を上げたカマビスが顔を左右にぶるんぶるんと振るう。その動作に合わせて、
真上やら斜め上方から注ぐように振り落とされるコンテナやら鉄骨。その猛攻たるや大胆ながら的確。すれすれで回避こそ出来たけど、鉄骨がアスファルトで整地された地面に突き刺さってるとか前代未聞だ。常人がまともに食らえば木端微塵じゃないか!
間髪入れず、今度はコンテナが横薙ぎで襲い掛かってくる。こいつはしゃがんだり距離を取ったりの回避では無理と判断。近くに刺さっていたフォークリフトの残骸を駆け上がって跳躍する。ついさっきまで俺がいた場所を、
アスファルトの地面に着地。なんて威力だ。構内にあったものが、轟音を上げてごっそり取り去らわれてしまった。カマビスの牽引ビームは、新たに別の資材を掴んでいる。嫌な汗が流れた。
左右から挟み込むように資材が襲い掛かってきて、俺はとんぼ返りをして回避した。俺を左右からぺっしゃんこにしてやれると思ってんなら間違いだ。連結した棒――六尺棍を常に水平に維持したまま持っていれば、俺の居るスペースを確保できる程度の隙間が自動的に生成されるんだからね。
カマビスがそれに気づいた時には、俺は施設の構内を出て、隣接する大通りに撤退していた。頭に血が上っているカマビスは、案の定追いかけてくる。
「にげるなきさまああああ!」
カマビスのタックルを横っ飛びで回避。俺は六尺棍を構えて、カマビスの連撃を迎え撃つ。臆しちゃいけない。幻想月影の
カマビスがぶん殴った一瞬を狙い、棍で拳の軌道を反らして受け流す。バランスを崩した巨体に、脚部や胴へと続けて乱打を浴びせかける。
うざってえとばかりに唸ったカマビスが剛腕で俺を払いのけた。六尺棍でガードするも、俺の体は吹っ飛び――離れた位置で着地する。追い打ちとばかりにカマビスが飛び掛かるも、すでに俺は回避して別の場所にいた。
さて、カマビスの怪力は厄介だ。通りには自動車、おそらく避難した住民が残したシェアリングカーとかあるんだけど、こいつらを
どうするか……いや、試したい策はある。実はこの通りには、シェアリングカーを持たない観光客やビジネスマン向けの交通手段として、路面電車の線路がある。といっても、電車でありがちな細い二本の金属で作られたレールはない。代わりに、車道や歩道と区別するように色分けされた路線があるだけだ。
簡単に言うと、その路線、鉄道模型の線路みたいに電気が流れている。そのため、頭上には専用に電線がなく、代わりに路線から電気を得て稼働している。
え? それだと感電する危険性があるって? ワイヤレス給電に似たシステムで電力を路面電車にのみ供給する特殊な機構になっているから、何かのトラブルでも起きない限り、人が踏んでも感電することはない。
例えば、俺が
「がああああああああああああああああああ!」
その声は、もはや悲鳴なのか咆哮なのかちっとも区別できなかった。
路線からカマビスだけに向かって放電された電流が、大巨漢の全身を蹂躙する。あまりの電圧に、カマビスの周囲から煙が立ち込めるほどに。
が、俺の狙いはこれじゃない。あいつが高電圧の電流ごときでくたばらないのは想定済み。俺はすでに知っていた。LNMの襲撃によって住民が避難したおかげで、この線路を使っている路面電車は全てもぬけの殻になっていることを。
正面衝突。
カマビスと路面電車の衝突事故。
どれだけなタフな巨漢でも、何十トンものある鉄の塊を時速100キロの速さでぶつけられてはひとたまりもあるまい。俺はあのカマビスの巨体が、子供に蹴っ飛ばされた小石の如く吹っ飛ぶのを見た。路面電車は派手に脱線して近くの建物に突っ込み、カマビスもまた向かいの建物の壁にぶつかった後、道路に落ちた。
倒れた巨漢に、俺は恐る恐る近付く。が、そいつは唸り声を上げると、その場で激しく血を吐いた。てか、立った。
「驚いた。あれだけのものを食らって、普通立てるかね? これが、ジェット級ってやつかい」
強がりだ。
だって、感電した上で暴走する路面電車に衝突したんだぞ? 言っちゃあなんだが、あいつにとっての最悪の事態も覚悟したさ。だけど、鎧の大破と出血および吐血だけで済むとかある? 満身創痍とはいえ、立てるって有り得る?
次の瞬間、カマビスのドレッドが再び蛇のようにうねった。
咆哮と共に
暴走する
幻想月影の腕力と脚力を以てすれば、ビルの出窓を踏み台にしてジャンプするだけで、容易に屋上へ到達できる。だけど、たったそれだけの合間に、景観は変わり果てていた。
カマビスを中心に、アスファルトの地表を含めた、あらゆるものがごっそりと姿を消していた。その代わり、ドレッドヘアの巨人から伸びた無数の光る触手が、ビルの残骸やら路面電車やらアスファルトの塊やらを掴んでいる。
「あれがカマビスの本気……。あの巨体が、可愛く見えるじゃないか」
ビルの上からカマビスを見下ろし、ぼそっとつぶやく俺。案の定、それは眼下から俺を見上げるカマビスには聞こえていた。割れたヘルメットの隙間からぎらついた眼光を覗かせ、カマビスは吠えるように叫ぶ。
「しねやああああああああああああああああああ!」
アスファルトの破片とビルの瓦礫が、タコの腕のようにしなる
「そんなに派手にやらかすなら、こっちも派手にやらせてもらうさ」
崩壊するビルから跳躍して脱出し、向かいのビルに着地する。カマビスに壁を引っぺがされて露にされたフロアに立つ俺——いや、俺達は霊月型へと姿を変えていた。
半壊したビルの屋上からアスファルトの地面にかけて、蒼く光るボディの幻想月影の軍勢が立つ。
カマビスが苛立っているのを感じる。あの面倒なのがまた始まったと思っているのだろう。すぐさま、
数10トンの鉄の塊をぶつけられて崩壊するビル。霊月型の幻想月影は散り散りになって回避した。ある者は反対側のビルに移動し、またある者はカマビスの持ち上げているオブジェクトの一つに乗っかる。
「ひとつだけ良いことを教えてやる、カマビス。本物はここから逃げちゃいない。この中のうちのどれかだ」
「どうかな? おなじてはきかねえ」
「疑ってるのかい? でも、本当だ。なぜなら、今ここであんたを止めないと、この町が滅茶苦茶になってしまうからね」
C2Sに限らず、ミルトンステップはセフィアの暮らしとって欠かせない技術が生まれる重要な都市の一つ。そう易々と失ってたまるもんか。
路面電車の衝突でも立ち上がれるほどのタフネスを持つカマビスだ。戦って勝つよりは、相手の武装を解除するのに専念した方がよいだろう。となると、真っ先に対処すべきはあの
もっとも、一番の問題はそいつに近づけるかどうかだ。
信号機やら広告やらの公共物を掴んだ
けれども、蒼い幻想月影は未だに消えない。無限に増殖するかの如く、カマビスを包囲する。
「ほんものは、どれだ……!」
奥歯をかみしめて唸るカマビス。ふと、彼は後ろを振り向いた。六尺棍を手に向かってくる幻想月影の気配を感じたからだ。
ぶぅんとカマビスがフックのように腕を振り回し、幻想月影の幻影が消える。少し手ごたえを感じたものの、それはドローンによる偽物。小さな爆発と共に消失する。
腕と脚を乱暴に力任せに振り回すだけの動作で、カマビスは自身に群がる幻想月影のことごとくを返り討ちにする。やはり、彼にとって
「……!?」
カマビスがこちらを見た。視線の先に、
気付かれた? いや、電源が生きているのは信号機だけじゃない。ほかにも、引き千切られてもなお企業の広告を映し続けているホログラム映写機や、監視カメラが括り付けられた建物の壁だったものや街灯だってある。で、そのどれかに俺は――。
次の瞬間、信号機と監視カメラから幻想月影が飛び出した。それらはすぐさま分裂するように無数の分身を率いて、他の
カマビスが目を細める。非実体の触手が俺を迎撃する。砕かれた板チョコのようなアスファルト片が、蒼い幻想月影の軍勢へ突っ込む。幻想月影の体が擦り抜けた。
カマビスは別の一団に狙いを定める。ビルの壁だったものを複数の
「そういうことかああああ!」
「やべ」
カマビスの雄叫びの中に滲む、得物を見つけた歓喜。あの野郎、こういうのに限って勘は鋭いタイプなんだな。
足場を移動しながら、俺はとっさに分身を作った。俺を中心に幻影が現れる。幻影同士でシャッフルすように残像を互いに送信する。こうなれば、どの幻想月影が本物なのかわからなくなる。
刹那、俺に襲い掛かるのは、塊の奔流。ビルの中に入っていた机だったものやら壊れたサーバーやらが、なんだかわからない瓦礫の塊と共に
カマビスが放った奔流が収まった時、幻想月影は一人しかいなかった。ボディに無数のかすり傷を作りながら、カマビスへと肉薄すべく駆け降りる。
カマビスの猛攻。襲い掛かる瓦礫をかわしつつ、踏みしめて跳躍。加速する手段に変える。次いで迫る信号機や街灯を身を捻りながら回避。体勢を立て直そうとした矢先に来るのは、巨大なバス。フロントガラスが割れていたので、敢えて車内へ飛び込んだ。座席とか掴み棒をかわしつつ、リアガラスから脱出。
ここで、カマビスからくぐもった声が聞こえてきた。膝を付いている。あいつ、本体の俺に気を取られすぎて、足元を狙っていた俺の分身に気付かなかったようだ。カマビスは分身を殴り飛ばすと、憤怒のこもった目で再びこちらを睨みつける。
鉄骨が左右から襲い掛かる。俺は幻月型に戻る。六尺棍を取り出し、回避するどころか振り回して鉄骨を払いのける。落下しながら、棍を頭上でヘリコプターのように回転。棒の先にありったけの遠心力を乗せて、カマビスめがけて振り下ろした。
直撃。遠心力に重力加速度を乗せた必殺の一撃は、竜を模したカマビスのヘルメットにクリーンヒットした。
亀裂が入る。俺が着地すると同時に、真っ二つに割れたヘルメットが地面に落下した。カマビスもまた膝をつく。
ハーネスを束ねたようなコードが、割れたヘルメットの裏から無数に伸びていた。一方のカマビスは、下を向いているため顔の造形こそ不明だが、毛髪の類は一切なかった。まっさらなスキンヘッド。
「なるほど、あのドレッドヘアは、ヘルメット由来なんだ。でも、かつらにしては君たちの手に余るもんだよね。……ん?」
嫌な漏電の音がして、俺はヘルメットを見た。真っ二つにしてやった以上、カマビスの制御の手からは離れていると思うんだが、どうやら、このまま大人しく壊れてくれるわけではないらしい。
次の瞬間、横たわるコード――ドレッドヘアだったものがひとりでに動き出した。黒くて小さなヒュドラと化したそいつは
「……!?」
近くの建物から軋む音がした。まさか――次に起こりうる事態がなんだか分かった気がして、俺は慌ててその場を後にした。
収斂。制御を失った
轟音が響く。
あの山の中心部に、
「今度こそ、成仏してくれよ」
瓦礫の山に手を合わせるでもなく、一言残して俺は去る。
さて、俺はカマビスとの一騎打ちで相当な時間を食ってしまったわけだが、C2Sはどうなった!? 忌々しいサワガのチャンネルこそ繋げたままにしてあるんだが、仲間を鼓舞したりホワイトテンプルを貶めるようなセリフばかりで、C2Sに関する話が全くない。あいつのことだから、何かあったらすぐさま言いそうな気がするんだが……。
——結論から言うと、施設は無事だった。俺が駆け付けた時には、少なくとも大規模な爆発が起きたような形跡は見られなかった。もっとも守るべき拠点であるナノマシンサイロも、遠目から見る限り何かしらの攻撃は受けたようには見えない。
が、一方で不審な点もある。警備がいない。それどころか、明らかに倒された形跡がある。つまり、連中の侵入を許してしまっている。にもかかわらず無事ってどういうことだ? 察するに、これは俺を誘き出す罠か?
警戒しつつ、俺はC2Sの施設内に侵入する。歩哨のように歩き回っているLNMの暴徒らしき集団を何度か見かけた。奴らの視界に入らないように通り抜けたり、棒で無力化するなりして黙らせながら、中枢へと向かう俺。
近づくにつれ、声が聞こえてくる。あれは、サワガの声か?
「——これが、国を救う英雄になるってことだ。さあ、もろとも飛び込んで我々の正義の礎となるがいい」
何言ってんだ、あいつ?
眉をひそめた俺は、物陰からその様子を覗くことにする。
いた。サワガだ。俺の視点からだと背を向けているけど、声はあそこからする。
で、そいつが語り掛けてる先にいるのは……特徴的なマスクからして達也か。ん? 彼と背中合わせにしてくっついているのは誰だ?
妙な胸騒ぎがする。達也の様子がおかしい。表情から察するに、酷く怯えているように見える。
達也の全貌を確認してみる。腰のあたりを鎖のような何かがぐるっと囲っていて、彼の頭上に例の爆弾と思しき塊がある。
達也は背中合わせの誰かと一緒に、鎖で縛られて宙吊りにされていた。彼が足場からふわっと浮くと同時に、彼らをぶら下げる鎖がくるりと回る。それによって、達也の背中にいた人物が誰なのか、物陰の俺も認識できた。
猿轡を噛まされていた。どおりで喚くような声すらこっちに聞こえていなかったわけだ。だけど、俺はその人物の顔をよく知っていた。
なんであいつがいるんだ!? そもそも、どうしてこんな状況になってるんだ!? いや、確かにあの時、アドは言っていた。達也だけではなく、彼もいなくなっていたことを。
達也と共に拘束されていたのは、弟のジュリウスだった。
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