騒がしくて喧しい

 大樹守らば実は絶えぬ。されど実のかさ案ずべし。


 襲撃が起きる前、アドの言ってた言葉が気になって、俺はホテルで調べていた。


 大樹は、セフィア幻想国やSephirOSといった大きなものを指している。で、実は、N《ナッツ》――通貨を指しているそうだ。


 要するに、自分の国で流通する金を自分で発行出来る国ってのは、破産しちまうなんてまずありえない。けど、通貨が多すぎたら多すぎたで問題だから、流通する量には気を付けなくちゃいけない。


 そもそも、いくら金を自由に発行できるったって、金で買えるモノ――資源リソースには限りがある。石油がない国でいくら金を払ったってガソリンは買えない。当たり前の話だ。だから、資源を再利用する技術が重要になってくる。


 金の制約からある程度自由になっているからこそ、資源の制約からも(可能な限り)自由にさせてくれるC2Sは、この国には無くてはならない非常に大切な存在なんだ。


 そんな重要な施設めがけて突っ込んでくる大型車両の集団があった。


 アバラーナー地下納骨堂の爆発から数十分も経たずの出来事だった。


「俺達は有言実行がモットー! 逃げも隠れもしねえ! 堂々と突っ込め!」


 配信で散々聞いた声——サワガだ。


 いた。先頭の大型車両――扇動車に改造されたトレーラーの荷台から、マイク片手に喚き散らしている。サワガに呼応する暴徒達の熱意も相俟って、LNMの気炎は暴力的なまでに万丈のよう。

 

 さらに異様なのは、先頭であるトレーラーの前方部分だ。運転席の手前にトラックの荷台ほどもある広い舞台のような何かが装着されており、その上で何かが立っている。


 大型ロボットの類かと思ったんだが、違う。人だ。それも、化け物級の大巨漢! 奇怪な刺青模様の二の腕を曝け出し、甲冑とも防弾着とも言える装甲を全身に纏っている。籠手からは鋭利な鋼の爪が生え、かぶっているヘルメットは大口を開けたドラゴンのよう。後頭部からはドレッドで編まれた黒髪が猛る炎の如く風に靡いていた。


 当然、警官はパトカーで進路を塞ぎ、警告も発砲もした。けど、暴徒鎮圧に特化した弾丸では、獣のごとき唸り声をあげるの無力化などとても出来なかった。巨漢の体躯は警官の弾丸など意にも介さぬ。腕を振り回しながら、籠手の爪で停車中の車を引っ掛け、警察へ向けて容赦なく放り投げた。数トンもある鉄の塊が何台も吹っ飛んで来れば、警察とてひとたまりもない。たちまち陣形は乱れた。


 ――この一部始終を、俺はC2Sへ通じる市街地の屋根からずっと見ていた。


 事前にアレクから貰った資料にもあったけど、あれがジェット級幹部、カマビスの実力か。見た目からしてヤバさしかないな。


 これは警察にも報告した情報だが、cLazy Noizy Machineには首魁であるサバエの下、5つの階級が存在する。上から、


 ジェット級――より選抜された幹部レベル。


 雷鳴サンダー級――ウルサやヤカマなどの幹部レベル。


 警笛クラクション級――暴徒の中でも、とりわけ危険な戦闘力を持つレベル。


 咆哮バーク級――教会襲撃などの大規模な犯罪を起こす暴徒レベル。


 地下鉄サブウェイ級――街中で犯罪してるチンピラレベル。


 に分かれている。要するに、代表的なうるさいもんの順番に並べられてるってわけだ。あのウルサで4階級ってことは、5階級に属するカマビスは、より手強い相手ってわけ。てか、サワガも雷鳴サンダー級なんだよな。てことは、強さはウルサ並みってわけだから、彼もまた注意すべき相手だ。


 もちろん、これ以上の横暴を、俺が放っておくわけがない。


 次の瞬間、先頭の大型車両が勢いよく横転した。けたたましい金属音を響かせながら硬い地面の上を滑り、C2Sの進行を塞ぐようにして止まる。しかし、後続の車両は止まれずに衝突。次から次へと玉突き事故を起こす。


 悲鳴に次ぐ悲鳴。いくつもの車両がぶつかりあう音。家屋に衝突する轟音。悪の大河とも呼ぶべき大型車両の軍勢は、あっけなく堰き止められてしまった。


 凄いな。二車線を跨がんばかりの大型車両でも、合法的干渉リーガルハックでブレーキとハンドルを少しいじくるだけで、あっさりと倒れるもんなんだな。


 横転した大型車両をよじ登って、誰かが姿を現した。サルエルパンツにジャケットを合わせたコーディネートをLNMらしい黒とマゼンタの色彩で彩った身なり。片方にえぐい剃り込みが入ってるのを除けば、至って好青年な雰囲気の眉目秀麗な男――サワガ。


 目の前にいた『それ』を見た途端、サワガの秀麗な眼がみるみるうちに憤怒で見開かれる。


「げんそうげつええええええ! よくも俺の車両を可愛い部下を! やはり、俺達を邪魔しに来やがったかああああ!」


 そう、俺だ。横転した車両の近くにあるビルの上に俺は立っていた。どっちにしろ、防衛の完遂をこっそり成し遂げるだなんて無理だと思ってたから、俺は堂々と彼等の前に姿を見せてやった。


「そうだよ、邪魔しに来た。お前達に、この楽園を壊されたくないからね」


「楽園だと!? ホワイトテンプルに都合よく支配されているだけの状況を、楽園だとよく言えるな! ホワイトテンプルに飼われただけの操り人形め!」


 操り人形とは……そう来たか。


 てか、俺が気になるのは、サワガの隣で浮遊している謎のドローンだ。アンテナの伸びたバスケットボールみたいなのが、カメラのレンズをじっとこちらに向けている。サワガはあれを使って動画を撮影しているのだろうか。


 けど、あれ厄介だな。こっそり合法的干渉リーガルハックの手を伸ばしているんだけど、全く寄せ付けていない。


「都合よく支配されてる……ねえ。いい加減に目を覚ましてくれないかなあ。お前達がやろうとしているのは、お前含めた皆の暮らしを滅茶苦茶にすることなんだけど」


「俺達の暮らしなど、既にお前達は滅茶苦茶にしてるも同然じゃないか! 目を覚ますべきはそっちだ。お前のような強い戦士が、どうしてホワイトテンプルなどという腐った集団の味方をしているんだ!」


 まるでモノホンのヒーローみたいな叫びっぷりに、俺は頭が痛くなってきた。


 サワガの隣にいるドローンもやらしい所で浮遊してるなあ。あの角度から撮れば、あたかもサワガが目の前のに向かって熱く説得しようとしている構図に見えてしまってもおかしくないぞ。その動画撮影の情熱を、もうちょい別のことに活かせなかったんかねえ。


「はあ。分かった。ま、あんたらが俺の説得なんかに応じれるとは、期待してなかったけど」


 大きく肩を落としてみせた俺は、屋根から地上に降りて、彼等の前に改めて立つ。


「サワガ! お前達には言いたいことが山ほどある。このC2Sがどれだけこの国にとって重要な施設か! これを破壊しようとすることが、そっち含めたどれだけの人にとって不利益なのか! けど、お前達にはそれを理解する頭が無いだろうし、俺には理解させられるほどの話術もない。だから、俺はまず、お前達を止める。その後の役割は、警察とか牢屋とかに任せるさ!」


 俺は両手を左右にパッと広げた。


「覚悟しろ。この国の全てが俺の味方となり、お前達の脅威となる!」


 次の瞬間、両腕に仕込んでいた一対の黒い棒が手首から飛び出した。それぞれを両手でがっしりと掴み、構える――俺がいた世界でいうエスクリマの棒術の構えだ。


 相対するサワガは、激昂した感情のまま事故で無事だった奴等をけしかける。


「俺達に説教しようとは生意気な! 俺達を止められるもんなら止めてみろ! 車で無理なら俺達の健脚で突っ込むまでだ! お前らやってしまえ! あいつを倒したらジェット級の椅子をくれてやる! 国民日当ニットー生活とは比べ物にならん派手な暮らしが待ってるぞ!」


 せき止めた大型車両の向こうから、続々とLNMの暴徒達が押し寄せてくる。なんだよ。わりと身体が頑丈な奴等ばかりじゃないか!


 となると、相手に不足は無いよな。新兵器の力を試させてもらうよ、レオーネ!


 ★★★


 ミルトンステップへ出発する前日、俺はレオーネの研究室に呼ばれていた。


 いつもの通り、幻想月影リーガルハッカーの本番前メンテナンスだという説明を受けて椅子に座った俺なんだが、なんだろう。首の辺りからコネクタみたいなので刺されたような感覚がしたんだが。


「喜べ、能男! 今回の出張に備え、幻想月影リーガルハッカーに新しい装備を追加してやったぞ!」


 検査が終わって早々、レオーネは子供のような満面の笑みを浮かべて言ったもんだから、俺は目を丸くした。


「新しい装備!? もしかして、さっき首から感じた変な感覚って、それ?」


 俺が指摘すると、レオーネは嬉しそうに何度も首を縦に振る。


「そうそう! 今回の襲撃は、あのサバエの野郎も出て来るかもしれねえからな。天下の幻想月影リーガルハッカーが一撃であの野郎にやられるとか、あたしにとってあんなに悔しいことはねえ。だから、あいつにやられないようなとっておきの装備をインストールしてやった!」


 こいつは驚いた。確かに、サバエは圧倒的過ぎる敵であり、はっきり言って戦いたくない強敵だ。そいつに反撃できる力をくれるとか、なんと心強い。


「使い方は、従来通りだ。手にしたら、自然と分かるようになる」


「すごいな……。ありがとう、レオーネ。こんな俺のために、ここまでしてくれるなんてさ」


「なに言ってるんだよ。いつも活躍してる能男のために、こっちは少しだけ手助けしてやってるだけさ」


「活躍だなんて……。俺こそただ、この世界で働いているアンドロイドや労働者のために自分がしたいことをやってるだけで、蓋を開けたら何も出来ないただのしがない人間だよ。やっぱりすごいのはレオーネの方だよ」


「あのさ、能男」


 レオーネの返答は早かった。けど、その表情は真顔だった。普段の俺が見ているような、口元の緩んだ朗らかな表情じゃない。すこし空気がぴりっとするほどの真っすぐな視線に、俺は思わずどきりとした。


「あたしは、異世界にいた頃の能男を知らない。能男の住んでいた異世界がどんなもんなのかも知らない。そこから来た能男がどうしてそんなこと言っちゃうのか、あたしには理解できない。でもさ、あっちの世界での能男がどんなのか知らないけど――どんなのか知らないけど、こっちの世界での能男は幻想月影リーガルハッカーなんだよ!?」


 レオーネが指差した先にあったのは、町でも見かけた幻想月影のフィギュアだ。事務机の上に置かれている。


「あっちの世界の能男はもういないんだ。今の能男は、誰もが憧れる正義のスーパーヒーローなんだ。これは、ホワイトテンプルが作っているくだらないプロパガンダなんかじゃない。なんだ。……もうちょっと、自分のこと誇ってもいいんじゃないかな?」


 レオーネは怒っていた。俺を叱っていた。


 怒られているのは何度も経験している。責められるシチュエーションには何度も遭っている。けど、これは明らかに違う。この世界に来て俺が歩んでいたポジティブな経歴を俺自身が見ていないことを、レオーネは正そうとしているだけだ。


 嗚呼、人はこれをこう呼ぶんだな――𠮟咤激励って。


「レオーネ、ありがとう。俺、なんかもっと頑張れる気がしたよ」


 そう答えると、レオーネは再び、あの悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「そいつはよかった。いつまでも、現場でゲロ吐いてた奴でいられるのも困るからね」


「それは言わないでおくれよ」


 俺が突っ込むと、レオーネは甲高い声で大笑いした。


 まあでも、レオーネの言う通りだ。俺はもう、あっちの世界にはいない。今の俺は、幻想月影となって、働いているアンドロイドや労働者のために戦うヒーローなんだ。


 そして、彼等を救うことによって、俺自身の心を少しずつ救っているんだ。あっちの世界から引きずっている、疼くような心の痛みから。 


 ★★★


 ――だから、俺はお前達と戦わなくちゃいけない。もっと俺を救うために。


 さて、俺の新しい武器である、この棒。俺の腕に仕込まれていた時点でお察しの通り、単なる約90センチの細長い塊ではない。先ず、俺の幻想月影のスーツと一緒で、SephirOSの根が絡むあらゆる設備に干渉出来る。


 例えば、目の前から今、LNMの暴徒達がヤバい得物を手にして迫ってるんだけど、常に最新の技術や情報が行き交うこのミルトンステップでこの棒を振り回すとどうなるか分かるか?


 腕の交差を加えながら、一対の棒を二振り。


 たったそれだけの動作で、液晶画面のような映像が、俺の位置から横転するLNM車両までの両脇に現れる。画面にネオンの如く映されているのは、何かの取引が今まさに終了し、目的の品物が送付されたという、ネットの買い物ではよく見られる光景。


 次の瞬間、画面から夥しい量の液体が溢れ出した。やたらどろっとしたこげ茶色の液体――オイル。当然、そんなもんが突然道のど真ん中に溢れだしたら、走って向かって来るだけの暴徒がどうなるかは火を見るより明らか。


 またもや悲鳴。ガスマスクやら奇怪な仮面やらで顔を覆ったLNMの暴徒達が、一斉に滑って転倒する。


 あの画面の正体は、ミルトンステップに本社を構えるIT企業『ノザマドットコム』の誇る即配達ならぬ『瞬配達(略して瞬達)サービス』だ。Webサービスを展開する企業であるノザマドットコムは、ネット配達事業に於いてセフィア国内で先駆けて物質のワープ運送技術を確立させた。おかげでセフィアでは、生鮮食品とかペットのようなのを除いて、欲しいものを瞬く間に自宅に届けられるようになった。


 ミルトンステップの通りのど真ん中に瞬達されたオイルで盛大に足止めを食らう暴徒達。LNMの一員であることを示す一張羅をオイル塗れにされながら転倒する彼等だが、こんな小奇麗な都市の中でいつまでも汚い格好でいると、これまたミルトンステップ発祥の『あいつら』が黙っちゃいない。


 俺の後方から突然出動してきたのは、浮遊するドローンの集団。青と黄色の清潔感溢れるカラーリングの隊列は、目の前の酷過ぎる油汚れの惨状を感知するや否や、各々の装備を展開し始める。


 第一陣。タンクを背負った下部から平べったい口径のノズルが伸長。振り子のように左右に振りながら、高圧の水を暴徒もろとも路線へ噴射する。


 第二陣。あらかじめスキャンした汚れのデータを元に最適な洗剤を生成。下部のノズルから洗剤を振り撒く。


 第三陣。洗車機で見かける円筒形の回転ブラシ型モジュールを搭載した機体が、水をまき散らしつつ汚れをふき取る。


 長い第三陣を終え、第四陣。乾いたブラシと温風機を携えた機体が、仕上げ拭きを兼ねて汚れと水分を除去する。


 『ロカール』――清掃システム・機器を製造販売する企業、ならびに同社が販売する製品のブランド名だ。ロカールブランドの洗浄ドローンは、清潔さを求められる都心部でいつも稼働している。クリアストリームとか当たり前のように飛び交っていたし、サンダーバニーでも汚い格好で教会へ入ろうとしてロカールのドローンに強制的に全身洗浄された人もいた。


 ロカールのドローンが去ると、路線にまみれていたオイルは一滴残らず無くなっていた。となれば、LNMの暴徒達は、何事もなく立てるようになるわけで。


「ククク、バカなやつめ……」


「俺たちをコケにしやがって! 今度こそ殺してやる!」


 案の定、嘲笑や憤怒を以って奴らは俺に迫る。が、


「でもさ、お前達、全身ビチョビチョだよね? それに、足元が導電性の高い床になっていて、なおかつ近くに配電盤があるの、気が付かない?」


 合法的干渉リーガルハック——前述のとおり、ロカールブランドの洗浄ドローンには計四つの洗浄プロセスがあるんだけど、最後の乾燥・脱水だけはやらせなかった。だから、俺の目の前の路線は、大雨でも降ったんじゃねえかってくらいびしょぬれになっている。


 続いて、洗浄ドローンが来るのに合わせて、棒を使って足元にノザマドットコムの瞬達システムを起動。アスファルト表面に導電性が高く水はけの悪いフィルムをこっそり瞬達させてやった。


 となれば、LNMの暴徒達は、次に襲い掛かる災難がなんなのかたちまち分かるだろう。


「てめえ、やめ――あああああああああああああああああああああああ!」


 合法的干渉リーガルハック——近くの配電盤、彼らの持っていた電子機器、俺の棒の先、あらゆる電気回路をハックし、意図的に漏電。路上で火花の蛇が躍るほどの電撃が辺りを飛び交い、暴徒達はたちどころに感電。放電が収まった時には、その場にいた誰もがその場で痙攣しながら失神していた。


 俺? スーツに絶縁体が仕込んであるから感電してないよ。合法的干渉リーガルハックによって、俺はこの場から一歩も動かずに敵を制圧できたってわけだ。


 倒れる暴徒達。残るは、横転車両という安全地帯の上で呆然と立つサワガだけだ。


「さて、増援の方も事故で来れないみたいだね。あとはサワガ、お前だけだ。大人しく投降するんだ」


 一対の棒の片方で指しながら、俺はサワガに降参するよう促す。


 が、サワガの様子がおかしい。


「く、ふふふ、あっははははは! 俺が投降? この程度で勝ったと思うなよ? 俺達がどれほどの規模で来てると思ってるんだ! 大将首に誘われてノコノコと来やがったホワイトテンプルの傀儡め! お前など、所詮、陽動に引っかかったアホでしかねえんだよ!」


「!? まさか……!」


 サワガの嘲笑に、俺はすぐさま地図モジュールを起動させた。視界の隅に投影された周囲の地図データを確認する。


 息を飲んだ。C2Sの施設へ、狭い裏通りみたいなルートを使って向かっている不審な反応が一点ある。しかもそいつ、幻想月影付属のセンサーでも判別できるほど露骨な爆発物を持ってやがる。


 さらに俺にとって最悪だったのは、そいつは反応の大きさから察するに子供だった。あまつさえ、ハックした衛星写真をズームした結果、ガスマスクで口元こそ隠していたものの、露になっていた皮膚と目鼻と髪形のおかげで判別できてしまった。彼の正体は……!


(た、達也!?)


 最悪の事態が脳裏を過った。このままでは、達也があの施設を爆破してしまう! いや、施設の被害だけの問題じゃない。普通に彼が危ない!


 鞭を打たれたように俺は駆け出した。


「よくやったぜ、野郎ども! 俺達の陽動作戦は成功だ! 所詮、ホワイトテンプルに従ってるだけのオツムなんじゃ、俺達の作戦なんか見破れるわけなかったのさ! そんな奴らなんぞに、この国なんか任せられねえだろ!? さあ、やってしまえ、未だ幼きわが同志! お前が、その爆弾で国の悪しき企みを破壊した時、お前に待っているのは、国を救ったという事実と、俺達の幹部という栄光に満ちた未来だ!」


 サワガの罵倒とかデタラメとか今はどうだっていい! とにかく、達也を止めないと!


「って、カマビスさん、いつまで寝てるんですか! 早く起きて、あいつを止めてくださいよ! って、うわっ!」


 背後にて、なんかサワガの変なやり取りと、硬くて重い何かが動いた大きな音が聞こえていたのは判っていた。何かを感じて後ろを振り向いた時には、鋭利な爪の生えた腕がすぐ目と鼻の先にあった。


 どかあああああああん!


 アスファルトの硬い地面が砕けた。亀裂が放射線状に広がり、粉塵が辺りに舞い上がる。


 危なかった。あと一歩、遅かったら、幻想月影のスーツすら粉々にされるかもしれなかった。


 目の前を塞ぐように立つ巨漢。間近で見ると、本当に同じ人間なのかと疑いたくなる。少し猫背な体系に、竜人を模したようなヘルメットの後方から生える無数のドレッドヘア。俺の倍以上の巨躯に、規格外のパワーと鋼の剛腕。


「くそ、やっぱりあんたとも対峙しないとダメそうだな、カマビス!」


 事前資料のおかげで名前は既に知ってたけど、百聞は一見に如かずとはこのことだ。なんちゅうバケモンだ。てか、お前もさっき感電してたはずだよな? 大の大人が倒れる電撃食らって無傷とかどういうことなんだ!?


 となると、いつものやり方じゃ行けそうもない。作戦を変えなきゃ。


 襲い掛かるカマビスの剛腕。アスファルトの地面を破壊し、鉄筋コンクリートの壁を容易く抉り去る攻撃を回避しつつ俺は踵を返して後退。狭い通りに避難する。


 当然ながら、追いかけてくるカマビス。かろうじて仁王立ち出来る程度の道幅の路地に足を踏み入れた彼が目の当たりにしたのは――俺の新しい力だ。


「覚悟しろよ。この国の全てが俺の味方となり、お前の脅威となるんだ」


 蒼い幻想月影がいた。


 それも、たくさん。


 無数に増えた幻想月影が、通りで待ち構えていたのだ。

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