猛者のみ残れる大草原
サンダーバニーから遠く離れた地にあるこの都市は、地形こそ平坦だというのに空気も住む者の雰囲気もちっともなだらかじゃない。
ミルトンステップは、木々の代わりにビルが林立する新興都市だ。毎日、新しい技術や事業が現れては消えていく。常に最新の情報が飛び回り、昨日が大昔と言わんばかりに目まぐるしく変わっていく。
一方で、この町にはホワイトテンプルの教会が驚くほど少ない。だから、
この地に集まるのは、夢と希望と才能に溢れた者達。己の力を信じて事業を興し、力のある者は残り、力の無い者は去る。猛者のみ残れる大草原――弱肉強食の町なのだ。
ホワイトテンプルからの特別出張が無かったら、俺は絶対に足を踏み入れない。こんな場所なんて、俺だったら半日も持たんよ。一時間でクビにされて町追放だよ。
けど、それほど競争の激しい過酷な地域だからこそ、C2Sのような夢の技術も生まれたのかもしれないね。
サンダーバニーから高速鉄道でミルトンステップに到着した俺は、ホワイトテンプルの手配してくれたビジネスホテルに泊まった。
部屋は、ベッドと端末付きドレッサーがあるメインルームとトイレ付きバスルームのみという簡素な内装。天下のホワイトテンプルが手配してくれたホテルにしちゃ内装が質素すぎないか? とも思うんだけど、仮にアホみたいに高級なホテルに入れられてもこっちが気持ち的に無理だったと思う。
それに、もっと合理的な理由がこのホテルにはある。部屋から窓見れば一目瞭然なんだけど……すぐそこに見えるんだよ。C2Sの施設が!
C2Sの周囲には、既に出動した警官隊によって厳重な警備が施されていた。サワガが放送した内容を、ホワイトテンプルが正式に国と警察に届けたからだ。クリアストリームの悲劇が未だみんなの肌感覚に残っていたのもあり、彼等の行動は早かった。難攻不落の城塞よろしく、たった今もなお警察官が殺気立った様子でC2Sを出入りしている。
これ、俺が出る幕あるのかなあ。監視するには絶好の場所ではあるんだけどさ。
ぶっちゃけた話、俺の活動に強制力はない。俺を縛り付けているのは、あまりにもガバガバな性善説のみ。極端な話、C2Sで何が起ころうが、俺に幻想月影として出動する義務はない。やらなくても咎める者は、実はいない。
実際、いつまでもビジネスホテルにいるのも退屈すぎるので、俺はミルトンステップにある唯一の教会、フリードマン大教会にも足を運んでいた。出張中ゆえゲンロクが隣にいないのに、ゲンロク目当てのウェブログ読者もいるってのに、俺はそこへ行った。
ゲンロクに着せたら似合うだろうな。って理由でブティックにも寄ったし、ちょっと大声では言えないけど、個人的な趣味嗜好のためにゲンロク向け特製パーツも買いに行った。これからヤバいことが起こるって分かってるのに、自覚があると全く思われない行動の数々をやらかしている。
――でも、俺はやる。幻想月影として、俺はC2Sの襲撃を止めなくちゃいけない。
労働者のみんなと動画を見ていたあの夜、サワガの犯行声明の時、俺――幻想月影についてうんたら言ってた後、あいつはこう言って動画を締めくくっていたんだ。
『俺達で、腐った世の中をぶっ壊そう。ぶっ壊して、みんなで、真の自由を手に入れるんだ!』
――真の自由。
成し遂げられてたまるか。『自由』だなんてポジティブなニュアンスに騙されちゃいけない。あいつらの望む真の自由な社会には、
自分の力で稼げる人しか生きられない。仕事の出来ない者から苦しみながら死んでいく。力を持っている者だけしか、富も栄誉も安全も正しさも――自由も得られない。俺達の自由はない。
サワガは動画の中で喚いていた。
『このまま、ホワイトテンプルの言いなりで良いのか!?』
『ただ、家畜のように無様に生きていて良いのか!?』
『何も考えず、国の駒ごときの人生で終わって恥ずかしくないのか!?』
『奴等の都合の良いように生きていて悔しくないのか!?』
『このままでいいと思って良いのか!?』
――冗談じゃない!
あの動画を見た後も、レオーネは向こうに気付かれないよう細工をしつつ、俺もLNMの放送をチェックできるようにしてくれた。けど、観てたら頭がおかしくなってしまう気がして、再生なんて滅多に出来なかった。
C2S防衛のモチベーションを上げるためにホテルの中で放送を視聴してみたんだけど、やっぱりだめだ。気分が悪くなってきた。
『ホワイトテンプル共の機械を壊し、ホワイトテンプル共の教会を壊し、あいつらの作り上げたデタラメの世の中をぶっ壊せ! 俺達の、真の自由のために!』
動画ごとサイトを閉じた。ついでに、端末の電源を切った。
何かの陰謀か単なる攻撃衝動か知らないけど、迷い込んだ先でせっかく出会えた楽園を、あいつらのくだらないデタラメのためにぶっ壊されてたまるか! ホワイトテンプルの齎した英知が、どれだけ人々を幸福にさせているのか――そんなことすら理解してない奴等に滅茶苦茶にされてたまるか! あいつらに好き勝手されたら、俺は――! 俺は――!
「……!?」
ふと、俺は手を固く握りしめていることに気が付いた。
開いてみてぎょっとした。爪が食い込んだからか、手の平に赤い線が穿たれている。
どうやら、知らない間に熱くなっていたようだ。でも、なんでだ?
「もしかして、俺が幻想月影になって戦う理由って、働いている人達を守りたいってわけじゃなくて、あいつらの真の自由を止めたいんじゃなくて、もっと別にあるんじゃないのか?」
なんというか、もっと根源的な……上手くは言えないんだけどさ。
★★★
サワガの宣言した日がやってきた。
流石に、この日ばかりはずっとホテルの部屋に籠っていた。
といっても、おおっぴらな監視は控えている。
LNMもバカじゃない。ダークウェブに隠した特製サイト、クリアストリームの事件で見せたあの物量、
だから、俺達がLNMのサイトにアクセス出来たように、向こうもこちらの手の内や情報も読めているかもしれない。幻想月影の正体だって掴めてしまっているかもしれないのだ。
――と、アレクから一応言われているので、下手に窓の外をジロジロ見るようなことはしてないのよね。前日まで町を堂々とブラブラしておいてなんだけど。
流石は労働者階級の男。アレクって頭いいよねーなんて思いながら、俺はサワガの生放送チャンネルを開く。あいつの胸糞悪い声は聞きたくないが、今はあいつの犯行のタイミングが分からない方が問題だからな。
『みんな、準備はバッチリか!? 綺麗ごとばかり抜かすホワイトテンプルへの恨みは? ぶっ壊しまくって昇進する覚悟は? いよいよ始まるぞ、俺達の大舞台が!』
サワガの生放送、もとい犯行声明が始まる。誰もいないホテルの空気が一気に強張る。
『カウントダウン! 3!』
また車で突っ込むつもりか? あの厳重な警備の壁を突き破って!
『2! 1!』
でも待てよ? それにしちゃ、エンジンの音が割と静かな気がするが。
『ゼロォ!』
次の瞬間、窓の向こうで爆音が轟いた。
遅れて空気の振動が窓を叩き鳴らす。部屋が震え、俺は座っていたベッドから床に落ちた。
揺れが落ち着いたので、窓の外を見る。
「?」
俺は眉を顰めた。C2Sは――無傷だ。爆発どころか、煙ひとつ上がっていない。じゃあ、さっきの爆発は……。
「――!?」
すぐに分かった。かなり向こう――ミルトンステップの市街地からも離れた郊外から、黒い煙がのぼっていた。ここからは火が見えないけど、煙の規模からして爆発のスケールはめちゃめちゃデカい。さらに悪いことに、俺は知っていた。あの爆心地には、重要な施設がある。
「地下納骨堂! あいつら、やりやがった!」
ミンスキー地下納骨堂。それが、ミルトンステップにある地下納骨堂の名だ。
ミンスキー地下納骨堂の役割は、サンダーバニーにあるアバラーナー地下納骨堂と同じ。社会の如何なる場所からも疎まれた弱者達を最後に包摂する神聖な地。また、ミルトンステップの人達にとって、ミンスキー地下納骨堂には特別な役割がある。
先ほども言った通り、ミルトンステップは競争が激しい町だ。事業に成功して大儲けする者もいれば、逆に失敗してとんでもない借金を抱え込んでしまう者も少なくない。
破産し、全てを失った者を、ミンスキー地下納骨堂は当たり前のように受け入れる。そして、訪れた者は地下納骨堂を支配する醜貌の天使の加護を受ける。やがて、天使から僅かな金と休息を得た敗残者達は、再び英知を蓄えてミルトンステップの表舞台に返り咲く。
ミルトンステップの住民は、これを『黄泉返り』と呼び、町の風物詩にすらなっている。競争の激しい町だというのを分かっているからこそ、敗れた者達の最後の受け皿だというのを分かっているからこそ、住民達はミンスキー地下納骨堂の有難さを理解している。たとえそこが、どんなに死臭や便臭の漂う場所だとしても。
そんな場所を、LNMは爆破した!
生放送動画から、サワガの高らかな笑い声が聞こえる。
『みんな驚いたか? 違うな。俺は分かってるぞ。驚いたのは俺のリスナーじゃない。俺達を警戒しているアンチ――ホワイトテンプル共だろ? どうだ、驚いたか! 俺達がぶっ壊してえのは、C2Sだけじゃねえ。俺達の脳味噌をバカにさせるべく、C2Sに糞や死体を供給している地下納骨堂も一緒なのさ!』
なんてことを――! 人が人だったら、この画面を叩き割りたくなるほどの蛮行だぞ。
『さあて、俺には見えるぞ? 虚を突かれて驚き慌てふためくホワイトテンプルの馬鹿どもの姿が! さあ、町の間抜け共を蹴散らして、全てを破壊しろ! C2Sを破壊してホワイトテンプルの思惑をぶっ壊せ! この町の全てが、俺達の舞台だ!』
続いて、再び響き渡る爆音。またどこかの施設が襲撃された! セフィアリソースの関連企業か? それとも、全く無関係のどこかか?
冗談じゃない。ミルトンステップで生まれた企業や技術は、いずれセフィアの産業を支える重要な存在となるんだ。ミルトンステップを滅茶苦茶にされて困るのは、ホワイトテンプルや俺達だけじゃないんだ。お前達もなんだぞ!
鳴り響くサイレン。ミルトンステップの警察とLNMがぶつかり合っているのだろう。ならば、細かい企業を狙っている連中の相手は公安に任せて、俺は従来通りC2Sの防御に回ろう。
幻想月影に変身するなら、なるべく人の目に付かない場所で、なおかつかっこよく登場できる場所が良い。てなわけで屋上へ向かう俺だったが、ここで予想外の着信が入って来た。
アドからだ。
ふと、思い出す。サワガの犯行予告が明らかになった後、アドん家も色々と大変だった。
案の定、達也はあの問題集を持っていた。あまつさえ、彼にやった形跡はほとんどなかったそうだ。完全にLNMのチャンネルを見るためだけに使っていたんだ。
当然ながら、達也はネットへのアクセスは禁止になった。端末は誰もが使うもんではあるんだけど、アクセス権限を達也から剥奪したわけだ。アドの許可が無くては、もう達也はLNMどころかどこのサイトにもアクセスできなくなったってわけだ。
厳しい処置ではある。けど、達也がLNMの悪い思想に冒されるのに比べたらずぅーっとマシだ。
てなわけで、ひと悶着こそあったけどアド家はアド家で解決済みなんだ。なのに、どうして俺に連絡なんかするんだ? 妙な胸騒ぎがするんだが……。
『能男! お前、今大丈夫か!?』
アドの口調は、酷く慌てていた。
「なに?」
『どこから話せばいいか分からねえ。こいつは近所や看板持ちの知ってる奴にはみんな伝えた。警察にだって伝えた。あとは、ミルトンステップにいるお前だけなんだ』
「ちょっと待って、落ち着け! そんなにパニクるなんてアドらしくないよ! 何が起きたんだ!」
俺が叫ぶと、アドは次第に落ち着きを取り戻す。だけど、やがて彼の口から飛び出したセリフに、俺は息を飲んだ。
『達也とジュリウスがいねえんだ!』
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