五月蠅
LNMの暴徒達が齎した惨状は改めて見ると酷いもんで、辺りから煙が立ち込めているし、悲鳴もどこからか聞こえてくる。轟々と火柱が上がっている道路もある。……あ、あれは俺がやったんだ。
「てめえ、よくも俺のダンパーを……!」
「厄介なダンプは落とした。そろそろ観念するんだね」
「抜かすんじゃねえ。ぶっ殺してやる!」
怒声を上げて弦を掻き鳴らし、ウルサはヘッドの銃口からフレアの炎を天高く放つ。その隙に俺は肉薄しようとするんだけど、ウルサの銃口がすぐさまこっちを向いてきた。
肉薄する俺にウルサが火炎放射を放つ。対する俺は、停泊していた路面バスに
受け身から立ち上がろうとするウルサの頭部へ回し蹴り。よろめく巨体へ間髪容れず後ろ回し蹴りを腹腔へ叩き込み、吹っ飛ばす。ウルサは仰向けに倒れず、たたらを踏みつつ踏み止まる。なんというタフガイ。なら、次は幻想月影ならではの攻撃だ。
「そんな攻撃が、俺に効――!?」
ウルサの言葉は、俺が
「ふざけてんのかてめえ!」
ウルサが、街灯の上で立つ俺に向かって怒鳴る。生憎、こっちは大真面目だ。
「ああ。あんたには、ヤカマと同じ運命を辿った方が良さそうだからな」
ウルサが「ぬおおお!」と野太い悲鳴を上げる。が、俺は見た。ウルサのギターに仕込まれた銃口がこちらを見ていたのを。まさかと思っていたが、街灯から乾いた地面の上へ飛び降りて正解だった。次の瞬間には、街灯は爆発四散して吹っ飛んでいた。
「てめえ、それごときで、俺が終わると思ってんじゃねえぞ……。俺達には、真の自由を得るための使命ってもんが……!」
電流で全身の神経系統だっておかしくなっているだろうに。ろれつの回らないながらも、倒れずに俺を睨み付けるとは大した信念とタフネスだ。まあ、いくら感心したとて、それがあんたの望む『真の自由』とやらを認める理由にはならないけど。
ウルサが最後の抵抗とばかりに銃口をこちらへ向ける。だが、彼の近くには通っているのだ。俺が
大爆発。
硬いアスファルトの地面を突き破り、爆炎と共に火柱が起きた。あのオフロードダンプすら半壊せしめる爆発だ。ウルサが食らえばひとたまりもない。直撃して四散……とまでは流石にいかなかったが、ウルサの巨体が吹っ飛んだのは見えた。そして、あいつのガスマスクから生えた角が虚空でぽっきりと折れたのも。
真っ黒焦げになって目の前に落下したウルサに、もはや立ち上がる力すら残されてはいなかった。
やがて、聞こえて来るサイレンの音。程なくして、サイレンと車のエンジン音。パトカーが周囲を包囲し、警備アンドロイドやらロボットやらが、俺と倒れたウルサを一斉に包囲した。良かった。これで、一件落着だ。
「さあ、あなた達は包囲されました! いますぐ降伏して投降しなさい!」
あなた『達』……? もしかして、俺も含まれてる? 確かに、抵抗して騒ぎを大きくしたのは俺なのかもしれない。てか、そもそも自警行為がNGだ。この空気の流れ的に、どうやら俺も逮捕されそう。
大丈夫なのか? これ、逃げた方が良いのか? それとも、このまま警察に保護された方が良いのか? 事情を説明すれば分かってもらえるのか? ホワイトテンプルの人達は? メイナルドとかアレクは助けてくれるのか? 大丈夫なのか?
なんて不安が脳裏を駆け巡った次の瞬間だった。オフロードダンプとは異なる聞き慣れないエンジン音と共に、そいつが姿を現したのだ。
そいつは、これまた異様な車両に乗っていた。オープンカーの類だと思うが、国賓向けの最高級車を武骨に改造したような車体の後方の座席四つ分のスペースが、ひとつの巨大で豪奢な座席になっている。タイヤはモンスタートラックを彷彿とさせるほど巨大で、後の路面のコンディションなど全く考慮する気のないスパイク仕様。その武骨な巨大タイヤで通路を塞ぐパトカーを容易く踏み潰しながら、そいつは俺の前で停車した。
顔は、上半分と下の半分(全体の3/4)を覆う仮面に覆われており、その素性は分からない。しかし、仮面の穴から飛び出る鼻は長くすらっとしており、わずかに見える素肌は傷一つ見えないことから、端正な容姿の男性だってのは想像できた。
が、それ以外は本当に異様だった。まず、身長がウルサよりも遥かに大きい。
太いベルトを巻いた豪奢なズボンを履き、上半身裸の上に赤と黒の派手な色彩のコート。肉の鎧とも形容すべきほど隆々たる筋肉に全身を覆われ、地獄の業火を彷彿とさせる炎や奇怪な文字列を模した刺青が指先にまでびっしりと描かれていた。
謎の偉丈夫の到来に真っ先に近付いたのは、パトカーを踏み潰されたことに反応した警備ロボットだった。
「ああ、なんとことをするんですか! 我が国の警察車両を踏み潰すとは! これは、公務執行妨害ならびに器物損壊! もし車両内に人がいれば、業務上過失致死傷の責任も――」
「うるせえ」
警備ロボットのマシンガントークが突然収まったのは、偉丈夫がロボットを蹴り飛ばしたからだ。
速過ぎて分からなかった。ロボットが蹴られたと分かった時には、サッカーボールよろしく直撃したであろう付近のパトカーが吹っ飛び、路上にひっくり返っていた。
いきなり規格外の挙動を見せた偉丈夫は、倒れているウルサの元に近付いた。
「おい、ウルサ。えらいやられようだな。真の自由を目指した戦いはどうした?」
「す……まねえ……、サバエの……ぼ、す……」
ぼす? てことは、あいつがc『L』azy 『N』oizy 『M』achineの
「お前だろ。うちのヤカマとウルサをやりやがったのは」
唸るような声でサバエがこちらを睨んだ。仮面に空いた穴の向こうから、ぎらつくほど爛と見開かれた白い目と真っ黒な瞳が、質量を持った何かのようにこちらに突き付けられる。
その時、俺は全身が動くことを忘れ、息の仕方すら分からなくなるような感覚に見舞われた。なんなんだあれは。身体のデカさもさることながら、全身から迸る威圧感が全く違う。あれは、LNMの雑兵はおろかウルサのような幹部級とも比べ物にならない。
なんて偉丈夫だ。幻想月影による心身への
「あんたが、ウルサとヤカマの上司? 俺は、そいつらが真の自由とやらのためにクリアストリームをめちゃくちゃにしていたから止めただけだ。もしあんたも真の自由を求めているのなら、今すぐやめろ。あんたも、あんたの部下も、そいつは誰も救いやしない」
自分でもびっくりだ。幻想月影の姿じゃなかったら、あれほどの偉丈夫を相手に、ここまで捲し立てるなんて出来るわけがない。
サバエは言葉を返さなかった。代わりに、地べたにあった何かをこちらに向かって蹴飛ばしてきた。あまりにも黒かったから、砲弾の如き勢いで飛来してきたそれの正体は、ギリギリで回避するまで分からなかった。……ウルサ?
俺は思わず振り向いた。サバエに蹴飛ばされたウルサは、俺の後ろに立っていた信号機の柱に背中から衝突した。その姿はまるで強風で飛ばされた後に棒に引っかかったハンカチのようだったが、勢いはそれだけでは収まらなくて信号機が道に倒れて大破した。
なんて蹴りの威力……。てかそれよりちょっと待て。なんでサバエがウルサを蹴っ飛ばすんだ?
「あいつは、仲間なんじゃないのか――!?」
次の瞬間、俺はサバエに首根っこを彼の顔の辺りにまで掴み上げられていた。
凄まじい握力に喉を抑えられ、まともに息が出来なかった。相手が巨大すぎて、足が地面に付かない。俺が出来るのは、せめて少しでも気道を確保すべく、岩盤のように硬いサバエの手を少しでも引き離そうとすることのみ。
なんだこのパワー!?
「幻想月影だか何だか知らねえが、俺達の邪魔すんじゃねえよ」
刹那、俺の何もかもが吹っ飛んだ。
変な表現かもしれないが、後から考えてもそうとしか言いようがなかった。殴られたのだけは分かった。視覚も痛覚も吹っ飛ばされて、どこを殴られたのか、その後どうなったのかは、全く分からなかった。
いや、分かるの一個あった。
俺、サバエに敗けたんだ。
★★★
c『L』azy 『N』oizy 『M』achineと名乗るデストリューマー集団によるクリアストリームの襲撃――厳しすぎるほどに治安の良い地域で起きた大事件は、瞬く間に国中に報道された。
マッディラ神殿に突っ込む巨大なオフロードダンプトラック。それに追従するLNMの巨大車両。現れて暴徒化する連中。それと対峙する警察およびアンドロイド。逃げ惑う市民。そして、LNMの幹部級と戦う幻想月影の姿が、テレビで放映されていた。
LNMの首魁であるサバエの姿もまた、メディアで大々的に放映された。改めて、規格外の男だと思い知らされる。だって、俺の身長の倍くらいあるんだから。人間かどうか疑わしいくらいだ。
そして、俺がそいつに敗れた姿も映し出された。俺は、サバエに頭部を思いっ切り殴られた。俺の身体は、クリアストリームの崖の外まで一直線に吹っ飛ばされていた。
あの方角は、ファームスワンプだ。汚いものを寄せ付けないゲーテッドシティがクリアストリームなら、ファームスワンプは汚いものを外に出さないためのゲーテッドシティだ。
けど、そんな無秩序な場所に落ちたおかげか、むしろ誰も幻想月影の正体が大梨能男だなんて分からなくて済んだ。そりゃ、真実も嘘もごっちゃになるほどカオスな地域だからな、あそこ。かえって、誰が幻想月影でもおかしくないなって感じになるもの。
しかし、LNMがクリアストリームにもたらした惨禍は相当なもんだ。唯一良かったことか、死者はいなかったことだけ。怪我人は山ほどいたし、壊されたアンドロイドだって数え切れないほどいる。
俺が敗けたのも大きい。
おかげで、クリアストリームのインフラは麻痺。物流は途絶え、医療の現場も大打撃を受けた。顧客に物は届かない。現場に情報がいかず、品質の悪いものが向こうに届いてしまった。
挙句、書類の殆どが誤記だらけで、そんな間違った書類が顧客に届いたおかげで、先方が激怒。上司にも話を通すのも忘れて、会社中が混乱。対応が後手に回り続け、他の顧客にも間違った情報が行き渡り、納期遅れが多発。現場の方にも余計な負担がかかり、金が絡む損害が会社にまでかかって――
――って、待てよ? これって、LNM関係ないよな? でもなんで、俺に心当たりがありすぎるんだ……?
★★★
「……!?」
俺は目を覚ました。
なんだ、さっきのは全て夢か。報道に紛れて俺のトラウマを掘り起こそうとするなんて、悪夢にしてはタチが悪すぎるじゃないか。
で、ここはどこだ? ベットの上に横たわっているのは分かるんだけど、俺の家じゃない。俺の部屋にしては壁や天井が白すぎるし、何より規則的なリズムで音を刻む機具が付近に置かれちゃいない。そもそも、なんか身体が思うように動かないんだけど、どういうことだ?
「もしかして、ここは病院?」
そんな俺の視界に次に入ったのは、付近の椅子に座っていたゲンロクだった。俺の声に気付いた彼女は、俺と目を合わせるや、いつもと変わらない明るさで口を開いた。
「おはようございます、マスター! お目覚めになられたのですね!」
「おはよう、ゲンロク。あの、ここはどこ? 俺が寝てる間に、何が起きたんだ?」
「それはですね――」
ゲンロクの説明は、突然部屋に飛び込んできた二人組により中断した。
「目が覚めたかよしおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
聞いたことのある黄色い声が、俺とゲンロクの間に割り込んできた。声の持ち主が誰なのかは、普段は見掛けない私服姿だったけど、黒い素肌と幼げに見える顔立ちのおかげですぐに分かった。レオーネだ。
「あんな一撃を食らって行方不明になるから、もしかして死んだんじゃねえかと思って心配したんだよ! 無事でよかったよよしおおおおお!」
静かな病院の雰囲気をぶち壊さんばりに喜びの声を上げながら、レオーネは俺が横たわっているベッドの布団を平手でばんばんばんばんばん――
「叩くな、レオーネ。相手は意識が戻ったばかりの怪我人なんだぞ」
遅れてやってきた男がレオーネを注意した。彼もまた、俺の良く知る人物だった。
「あ、悪いアレク、嬉しすぎて我を忘れちまった。それにしても、無事か能男? どこかまだ痛む場所でも残ってんのか?」
「目覚めたばかりで分かんないや。それにしても、まさか労働者の二人が病室に来てくれるなんて! アレクとレオーネが俺を助けてくれたのか?」
すると、レオーネは首を左右に振り、アレクが彼女の代わりに答えた。
「いや、能男を助けたのはゲンロクだ。彼女が、能男救出の一番の功労者だ」
「ゲンロク!? ゲンロクが俺を助けてくれたのか?」
「いえ、マスター。私はただ、もしものことがあったらと思い、レオーネとアレクのお二人にあらかじめ助けを求めていただけです。アレクの『ゲンロクが助けた』というのは、少し語弊がありますよ」
俺は首を傾げた。アレクとゲンロクの言葉が全く嚙み合わないのだが、つまりどういうことなんだ?
「あたしが説明してやるよ、能男。時刻的にクリアストリームが襲撃された事件からおよそ三十分後だと思うんだが、ゲンロクがあたしの所にやって来たんだ。で、能男にもしものことがあるといけないんで、
なんのこっちゃって思って、アレクと協力して
「つまり、ゲンロクが俺達に
「そのような理由で、小柏様は、私をマスター救出の功労者と賞したのですね」
アレクの説明にゲンロクは納得したようだ。けど、その経緯に最も驚いているのは俺だ。
「待ってくれ。俺はマッディラ神殿の襲撃の時、俺はゲンロクに『避難しろ』しか言ってない。レオーネとアレクのサポートを依頼しろみたいなことなんて、一言も言ってない! ゲンロク、君が全て自分で判断したことなのか?」
「はい。マスターにもしものことがあると一大事ですので」
「マジかよ。あたしはてっきり、能男がそう指示したんじゃねえかと思ってたんだが……。すげえな、これが第六世代の性能か!」
全くだ。俺はゲンロクの性能が恐ろしい。人間でもそこまでサポートできる者はそうそういない。俺だったら、あの場で労働者二人に助けを請おうだなんて発想が出るわけがない。
これからは彼女の性能が社会人のスタンダードになるんだろう。もしそうなったら、俺なんてとても生きていけない。もしセフィアの制度がなくなったらと思うと、俺には寒気しか出ない。
だから、その話題から逃げるように、俺は別の話題をアレク達に振った。
「ところでさ、LNMの連中はどうなった? ほら、クリアストリームを襲った奴等のことだよ」
「警察の報告によれば、現場にいた殆どは逮捕された。幹部級と思われる二名も同様だ。だが、あの場にいた首魁と思しき人間だけは、雲隠れしてしまって捕まえられていない」
「そうか。サバエだけは捕まらなかったんだ」
「サバエ? そいつが、連中の首魁の名前か?」
「うん。幹部の一人がそう呼んでた。それに、『ボス』って。間違いないよ」
俺が答えると、アレクは目を丸くしてレオーネと顔を合わせた。そして、再び真剣な眼差しで俺を見た。
「能男、連中と戦ってどれほどの情報を知っている? 奴等の目的とかは分かるか?」
「目的は……、あいつらは『真の自由を取り戻す』とか言ってた。セフィアやホワイトテンプルの支配や規則をぶち壊して、本当の自由を手に入れるって。そんなことしたって、あいつらの望む自由も幸せも手に入るわけないのに!」
俺は布団をきつく握っていた。俺には、連中の目的が理解できない。なんであんな発想を抱いてしまうのか、俺には分からないんだ。
「『真の自由』か。善し悪しはさておき、そんなことを言っていると興味深い。それだけでも、警察に報告するには十分な資料となるだろう」
「そういうもんなの?」
「さあな。けど、病み上がりなのに事件の話について答えてくれて感謝するよ。本来は、療養に集中せねばならないというのにな」
「いや、とんでもない。俺でも役に立てて良かったよ」
こいつは本心だ。お世辞なんかじゃない。
すると、今度はアレクの代わりに、レオーネがからかうように言った。
「じゃ、別の話の肴として、なんか飲み物でも買って来てやるよ。それとも、ゲンロクの大きな胸に甘えてたほうがいいか? もしそうなら、あたしらはすぐに席を外してやるぜ?」
「ちょっと待って、勘弁してくれよ。なんなら、まだみんないた方がいいって!」
慌てて俺が答えると、レオーネが病室なのにケタケタ笑い出した。アレクも彼女を注意するどころか破顔している。なんだよお前ら。でも、楽しい気分なのは、否定できない。
病室でこんな気分になるのは、多分、あっちの世界じゃ考えられなかっただろう。今はここでしばらく、サバエから受けた傷を癒させてもらうよ。
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