なにがそんなに憎いんだ!?

「この国の全てが……なんだって?」


「随分とデカいことを言うじゃないの。二度とそんなデカい口叩けないようにしてやるよ!」


 ウルサがギターの銃口から炎を吹かし、空中のヤカマがこちらへ急降下してくる。一方の俺は、後方の対象へ合法的干渉リーガルハック


 突進をひらりと交わされたヤカマは、再び俺を襲うべく軌道修正しようとして――前方からやってきた『それ』に気付き、慌てて急上昇した。LNMの大型車両だ。俺が合法的干渉リーガルハックしてやった。


 バゲットやら金属柵やら有刺鉄線やらで無数に武装された巨大車両からの衝突を、ヤカマは身を捻って回避する。背中のデバイスをかすったようで甲高い金属音が聞こえてきた。


 猛スピードでやって来るバスやトラック。俺はバスの屋根へ跳躍する。一方、火炎放射をぶちまけながら俺に迫っていたウルサは対応できなかった。正面衝突した巨体が勢いよく吹っ飛ばされ、神殿構外の道路の上に投げ出される。


 バスの屋根に着地した俺が次に狙いを定めたのは、空中で姿勢制御中のヤカマ。小鳥に飛び掛かる野良猫よろしく、俺は跳躍して捕まえた。


「……!? 離せ!」


 最初はヤカマが俺を背後から掴んだが、今度は俺がヤカマを後ろから捕まえた。


 ヤカマが抵抗する。ヤカマの首を絞める俺の右腕を両手で引っ張りながら、身体を左右に捻って振り落とそうとする。落ちるもんか。俺は両脚をヤカマの腰あたりでがっちりホールドし、唯一フリーである左腕で打撃を与えつつバランスを取る。


 暴徒と警官隊がぶつかり合うクリアストリームの頭上で、もみくちゃになったヤカマと幻想月影が不規則な軌道を描きながら宙を舞う。


 ここでヤカマに意識を向け続けたあまり、ヤカマが何かに気付いたことに反応できなかった。俺とヤカマの向かう先にあったのは、クリアストリームに建つ高層ビルの窓。二人はもろとも衝突――窓ガラスを突き破ると同時に、オフィス内部に投げ出されてしまった。


 オフィス内部は机がまばらな開けた空間で、大型のディスプレイと部屋の仕切りを兼任する巨大なガラスが置かれ、壮年の労働者達がそれを見ながら議論を行い、そばに数機のアンドロイドが控えていた。彼等は、窓からやってきた突然の訪問者に目を丸くしていた。


 規則の厳しいクリアストリームで労働者として暮らしているんだから、この人達は相当な金持ちなんだろうなーなんて思いをはせてる暇なんてあるわけなくて、ガラスを突き破った衝撃で俺はヤカマを解放してしまった。俺が床の上に立ち上がった時には、ヤカマはこちらに向かって翼を広げていた。マスクで顔を覆っているが、どんな表情をしているのかは大体わかる。嗤っている。


「みんな、伏せるんだ!」


 翼に仕込まれたスピーカーが吠えた。そいつはもはや、音の砲撃であり奔流だった。ディスプレイを担っていたガラスは粉微塵に砕け、近くにいたアンドロイドは聴音モジュールに異常をきたして前後不覚の状態。労働者は吹っ飛び、オフィス奥にある机かパーテーションの陰に消えてしまった。多分、無事だと思うけど。


 なんだよあの翼、ウルサがいなくても威力やばいじゃないか。


 ウルサが飛翔する。床と天井の隙間を滑るように飛ぶ彼の目の前にあるのは、ウルサが破砕した窓ガラス。そこから外へ出るつもりか。俺は走る。足元のガラスを踏み割り、横たわるパーテーションを飛び越え、デスクの天板を滑り、ためらわず窓枠を踏みしめてジャンプ――ヤカマの左脚を掴んだ。


「しつこいんだよ、この野郎!」


 ヤカマが右脚で踏みつけてくる。しかし、その程度では離さない。無駄だと分かったヤカマは踏みつけるのをやめると、今度は近くのビルへと加速する。ヤカマはビルの角にぶつけて落とすつもりなのだろう。それをされたら、流石に手離さざるをえない。


「ほんとはやりたくなかったけど、仕方ない」


 次の瞬間、町中を飛んでいた警備ドローンが、鳥の群れの如く集結し、一斉にヤカマへと突進したのだ。合法的干渉リーガルハックで操られたドローンの群れに何度も身体をぶつけられ、ヤカマの速度が弱まる。群れが通り過ぎた時には、ビル直撃の軌道から大きく離されていた。


「くそっ! 余計なことをしやがっ――」


 こちらを見下ろして吐き捨てたヤカマの悪態は、俺がもう一つ合法的干渉リーガルハックしていたオブジェクトによって途切れた。クリアストリームのビル建設をしていたクレーン車のアームが、ヤカマの背中に直撃したのだ。この衝撃によりヤカマは地面すれすれにまで降下。俺も道路の上に着地する。


 クレーン車にぶつかったダメージは相当のようで、翼の根元から何かが燻ぶっている。けど、それ以上に熱くなっているのはヤカマ自身だ。


「ここまで俺を怒らせたのはあんたが初めてだよ。LNMのルールなんて関係ねえ。ぶっ殺してやる!」


 ヤカマの翼に仕込まれたスピーカーが再び唸る。轟音の奔流が、ビルに挟まれたクリアストリームの通りに響き渡る。駐車してある乗用車の窓ガラスが割れ、システムのイカれた警備ロボットが通路をあたふたと走り回る。


 もう一対の翼を腰回りに巻きつけ、キーボードの要領でタイプする。次の瞬間、ヤカマの両腰から射出されたのは、二発のロケットランチャーだった。直撃した乗用車が爆発炎上して道路を転がり、もう一発に直撃した道路標識が近くの店の壁に突き刺さる。


 翼に強力な音響兵器を持ち、副武装として幻想月影の装甲じゃ防ぎにくいロケットランチャー。おまけに空中にいるので俺の位置からじゃ反撃できない。となると、流石の俺も撤退せざるをえない。逃げる俺を、ヤカマが嘲笑しながら追いかけてくる。


「流石の幻想月影様もずっと地上にいちゃなんも出来ないみたいだね! ほらほら逃げろ! さもなくば、俺の武装でなにもかも消し飛ばしちゃうよー!」


 轟音やロケットランチャーが辺りで炸裂し、街中の乗用車やら街路樹やらが爆発していく。俺が退却する先でも、逃げ惑う市民たちの悲鳴が聞こえてくる。これ以上被害を増やすわけにはいかない。だから……俺はちょうどいい所にあった『これ』に合法的干渉リーガルハックする。


「ん? ぬぉあっ!?」


 ヤカマが頓狂な声を上げたのは、俺が合法的干渉リーガルハックした消火栓から噴き出した水に直撃したから。いくら俺の合法的干渉リーガルハックを受け付けない翼とて、クレーンで防水機構を破壊された上に消火栓の水をまともに浴びてしまったのなら話は違う。翼の制御機構がとうとう故障して、ヤカマはへたり込むように地上に落ちた。


 消火栓が狂ったように水をぶちまけ続けている。水浸しとなった道路の上でびしょ濡れとなったヤカマを、俺は街灯の上から見下ろしていた。


「ああ? てめえ、なんで俺より高い場所にいんだよ……!」


「あんたの負けだ。大人しく降参してくれたら、これ以上のことはしない」


「はあ? 何を根拠にそんな偉そうなこと抜かしてんだよ! 俺達が負けたように見えるか? あ!? そんな舐め腐った態度してんのが俺達は気に食わねえんだよ! 死ね! てめえは、死ね!」


 罵詈雑言を並べ立てながら、ヤカマが懐から取り出したのは、拳銃程の大きさをした小型のボーガン。


「そうか。残念だね」


 合法的干渉リーガルハック――近くの配電盤。回路を操作し、意図的に漏電させる。


 凄まじい光と火花が起きた。配電盤から漏れた電流が水浸しの道路を通り、びしょ濡れのヤカマを蹂躙する。電流を浴びたヤカマはしばしの間激しく痙攣したかと思いきや、そのまま俯せに倒れた。


 ヤカマは動かない。どうやら気絶したようだ。


 流石に放っとくわけにもいかないので拾ってやろうって思ったんだけど、思ったより水面を跳ね回る漏電が危険すぎてスーツに内蔵されたハザードシグナルからも警告が鳴ってしまった。仕方ないので、合法的干渉リーガルハックした警備ドローン達のアームを使って、硬直したヤカマの身体を引き上げる。


 騒乱の最中、なんだこれクレーンゲームみたいだなーだなんてほんわか思っていた俺の心は、雄叫びと共に長屋のビルを突き破りながら現れたオフロードダンプによってぶち壊された。


「うおおおおおおおおおおおお! ヤァカァマァアアアアアアアアアアアア!」


 瓦礫と粉塵を盛大にばら撒き、家屋すら連鎖して崩すほどの勢いで現れ、停車したオフロードダンプ。その運転席の上にまで競り上がった荷台の上に、角の生えたガスマスクの男が立っていた。


 ウルサはまず、街灯の上で器用に屈んでいる俺を見た。続いて、ドローンによって近くの空き地に降ろされて横たわるヤカマを見た。ウルサが状況を理解し、爆発的に感情を露にするまで一刻の時間も要らなかった。


「ヤカマ……っ! クソがああああああああああああああああああっ!」


 オフロードダンプがこちらに向かって直進した。止めようと思った。けど、なぜかそのトラックは止まらなかった。まさか、あのトラックにもヤカマの翼と同じ『仕掛け』が!? と、思った時にはダンプトラックは目と鼻の先にあり、俺が足場にしていた街灯は巨体の前にあえなくひしゃげた。


 ウルサと同じ場所に着地する。立ち上がる俺の目の前で、怒り狂うウルサが銃口から猛火を噴き出す。


「てめえ、よくもヤカマをやりやがったな!」


 火炎放射。虚空をねぶる灼熱の業火。トラックの屋根という限られた空間で使われたら脅威だ。おまけに、ウルサの感情に呼応するかのように、トラックの至る箇所からも炎が噴き出している。


 俺は退避しなかった。退くどころか、スライドしながら奴に接近した。業火の真下をすり抜けるのは体表が照り付けるから痛いほど熱い。しかし、幻想月影のスーツならダメージにはならない。


 ウルサの足元まで肉薄。ウルサの膝に内側から蹴り。身体が揺らいだところで、寝転んだ状態から上段に回し蹴り。その勢いを殺さず、立ち上がりながら腹腔へ後ろ回し蹴り。前を向くと同時に脚を振り上げ、『く』の字に折れ曲がった体躯の頭部へ踵落とし。


 何か亀裂の入った音がした。腹部と頭部に重い打撃を食らい、ウルサの巨体が跪く。


「ヤカマがこの町を壊し続けるのを止めるには、ああするしか方法が無かった」


「んだと!?」


 俺の言葉は、膝を付いていたウルサを激昂せしめる起爆剤となってしまったようだ。速やかに斧型に持ち替えたギターを振り回して俺を後退させると、立ち上がって地面を踏み締め、何度も豪快に振り回す。


「利口ぶった言い訳しやがって! てめえらのそういう所が気に入らねえんだ。クリアストリームもホワイトテンプルも、そんなもんに従ってるだけの幻想月影も! てめえらは全員許さねえ! 俺達が片っ端からぶっ壊してやる!」


 斧が容赦なく襲い掛かる。反撃しようにも町を暴走するオフロードダンプは足場が不安定で、ウルサに上手く近付けない。斧の振り下ろしをサイドステップで回避した途端、足場のダンプが急旋回した。突然降りかかる横殴りのGに俺の身体がよろめく。そんな俺に、ウルサ渾身の横薙ぎが襲い掛かる。


 ウルサの舌打ちが聞こえた。斧の刃が俺の胴に届くよりも、俺が荷台へ落下したのが早かったから。


 背中で鉄板やら鉄骨やらを壊しながら落下したオフロードダンプの荷台の中は、アンプやらスピーカーやらサーバー類のような奇怪な光を放つ機械がこれでもかと雑多に積み込まれた秘密基地の様相を呈していた。


 なんじゃこりゃ、この車、こんなもん積んでいたのか。どおりでウルサの最初にやったギターの轟音も凄まじかったわけだ。


 追いかけるようにウルサも落下。着地の勢いも乗せて振り下ろされた斧が、間一髪バックステップした俺の目の前を通り過ぎる。刃が床に刺さって抜けなくなるほどの斬撃――その隙を狙って……と思ったのも束の間、予想外の横揺れが俺を妨害した。金属のぶつかり合う音やどこかで何かが落ちる音が聞こえてくる。そういやここは車の上なんだ。移動次第じゃ、予想もつかない揺れが起きて当たり前だわ。


 ウルサの連撃。揺れを利用して引き抜いた斧を振り回し、狭い空間の中で斧を振り回す。対する俺は、慣れない足場もあって防戦一方。刃が回避する俺の手前を何度も通り過ぎ、代わりにスピーカーやらアンプやらに衝突する。


「てめえ! よくも俺の崇高なる音楽機器をぶっ壊しやがって! 絶対に許さねえ!」


「いや、ぶっ壊してるのはあんただろ!」


「うるせえ! てめえは絶対にぶっ殺す! そして、セフィア中の町と教会を全てぶっ壊してやる!」


 激昂したウルサの攻撃は止まらない。けど、それ以上に俺はウルサの怒りが分からない。


「一歩譲ってヤカマを無力化させた俺だけならまだしも、どうしてセフィアや教会まで壊そうとするんだ!?」


 ウルサは武器を斧持ちから再び従来のギターの持ち方に返る。ボディに仕込んだ引き金を引いた。砲撃は、ぎりぎりで避けた俺の背後にある機具に大穴を開けた。


「決まりきったこと! 秩序を守れだ何だと上から目線なことをぬかして、俺達の自由を奪っているからだ!」


「秩序を守るのは当たり前のことだろ!? ……確かに、秩序を守るのは難しいよ。良かれと思って、知らず知らずのうちに秩序を乱してしまうこともある。自分はそのつもりもないのに、間違えて誰かの足を引っ張って迷惑をかけちゃうこともある。そのおかげで、社会や組織に馴染めなくて困ることがたくさんある」


 事実、あっちの世界では、仕事が出来ないばっかりに、俺は学校でも会社でもずっと肩身の狭い思いをしてきた。だから……。ウルサの連撃を回避しながら俺は問う。


「でも、ここは違う。仕事が出来なくても、無理して会社や生産性特別規制区マトゴマに行かなくても、国からは国民日当ニットーを貰えるし、教会へ行けば参拝褒賞ホーショーだって貰える。前科もちで、街中で誰かに後ろ指を指されるのが嫌なら、ファームスワンプのような規則の緩い地域へ行けばいいし、そこも無理ならアバラーナー地下納骨堂へ行ったっていい! あんたを救う手段は山ほどある!」


 俺は、この国に救われた。だから、ウルサの振り回す武器に込められた憎しみが、全く理解できない。


「――なのに、なにがそんなに憎いんだ!?」


 俺の問いに、ウルサは怒りを以て答えた。


「だから、てめえの言ってるだっつってんだろうがあっ!」


 渾身の一撃。斧は回避した俺の代わりに無数のコードが刺さったハブに突き刺さり、まばゆい火花をあたりにバチバチと散らす。


「てめえこそ、なんとも思わねえのか? 居場所まで管理され、金の出所まで管理され、規則規則でがんじがらめにされて、俺達はまるで自由のねえ家畜だ。そうやって俺達の生き方まで決められてるのに、ホワイトテンプルらお偉方の連中は上から目線でのうのうと生きてやがる」


 ウルサが激情に任せて腕を伸ばし、近くの器具をひしゃげるほどに打ん殴る。だけど、その口調は不気味なまでに冷静だった。


「なのに、てめえらはその現状をなんとも思いやしねえ。秩序を維持するとか優等生見てえなこと抜かしているが、結局は、ホワイトテンプルらの都合のいいように従ってるだけだ。何も考えてねえで、自分の力で生きてねえだけだ。俺達は、そんな腐った世の中を全てぶっ壊す。ぶっ壊して、真の自由を手に入れる!」


 ――真の自由を手に入れる。


 そのフレーズを聞いた途端、俺はひどく気持ちがざわついた。得体のしれない倫理観に対する恐怖じゃない。どこか萎えて冷めたような気持ちと激しく燃え上がる気持ちがごちゃ混ぜになった、今にも爆ぜ飛びそうな不安定な感情……。


「ふざけるな! あんたの望む真の自由ってのは、あんたを絶対に救いやしない! むしろ、あんたを今よりもっと不幸にする!」


「ああ? てめえ、何を勝手にそんなことを言いやがる」


「あんたの言う真の自由ってのは、国や政府の保護からも自由になるってことだ。そうなったらどうなる? 国民日当ニットーだって参拝褒賞ホーショーだってない。働けない人や仕事の出来ない人、稼げない弱い人たちから徐々に苦しみながら死んでいく世の中になるだけだ! あんたがそうならならない保障こそあるのか!? 考え直すんだ。あんたこそ――」


 仕事が出来ないと暮らしていけない世の中で、仕事が出来なくて苦しんできた人間だからこそ、国民日当ニットーだけでも十分生きていけるこの国の大切さが理解できる。それを、幼い頃からずっとこの国で生まれ育ったであろうあんたが理解できてないって、そんなことあってたまるか。


「――なんのおかげでその歳まで生きてこられたか分かってんだろ!」


 俺の怒りに対してウルサが返したのは、ギターのヘッドから迸る火炎放射だった。


「てめえ、ジジィ共と同じようなこと抜かしてんじゃねええええええっ!」


 狭い空間での火炎放射は流石に無理。俺は周辺機具を三角跳びしながら高く跳躍し、炎をやり過ごす。灼熱の奔流が、無数の火花を散らしながら眼下を通り過ぎていくのが見える。よし、このまま最初に立っていた、運転席の屋根の方まで上っていこう。


 運転席の屋根の上に俺が着地したのと、ウルサが俺と同じところに這い上がってきたのは同時だった。どうやら、ウルサは吸着フック付きのワイヤーを使って、すぐさま俺を追いかけてきたようだ。


「殺す。てめえを殺して全てをぶっ壊し、真の自由を手に入れる!」


 立ち上がるや否や、狂ったように斧と火炎放射の連撃が迫る。彼の言いたいことが大体分かった以上、俺もウルサに耳を傾ける必要はない。応戦する。


 合法的干渉リーガルハック――暴走する上に干渉も受け付けないオフロードダンプに対し、別に何もしてなかったわけじゃない。


 この町には、不法車両を止めるためのインフラが整備されている。非実体の遮断機を生成させて車を止める装置、地面から無数の針が飛び出してタイヤをパンクさせる装置、硬いポールが道路から生えて物理的に止める装置……いろんなところに仕込まれている。そんな装置の場所は幻想月影の力を以てすれば手に取る様にわかるから、ウルサとの交戦中に実はいろいろやっていた。けど、相手は規格外のオフロードダンプ。外装の一部を剥がすことこそ成せたようだが、ことごとく蹴散らされてしまった。


 だから、もっと過激なのを使う。このオフロードダンプの進行方向にちょうどあるんだ。SephirOSで制御されている――ガス管が。


 ドガアアアアアアアアアアアアアン!


 想定外にでかい爆発だった。弁を締めて流量を増やし、道路下にガスを高圧力で充満させた後、制御盤をショートして起爆させてやった。まさか、ここまでの威力が出るとは。


 インフラ製の地雷の威力たるや凄まじく、要塞ともいうべきオフロードダンプの巨体すら浮いた。俺もウルサもよろけざるをえなかった。そして俺は見た。車体から巨大なタイヤが取れた瞬間を。

 

 金属がこすれる不快な音が響き渡る。タイヤを失った車両が地面の上を滑っている音だ。タイヤがなくなれば車は進めまい。ようやく止まる。


 ――そういえば、タイヤを失うと、車は進めなくなるほかに、曲がることもできなくなるんだったな。


 タイヤを失ったダンプの進む先。それは、硬い柵で守られた断崖絶壁だった。クリアストリームは小高い丘の上に作られた町だ。このままの勢いで進めば、このオフロードダンプは――!


 気付いた時には、車体は既に柵を破壊しており、足場は大きく傾いていた。あと一歩遅ければ、俺の踏み込む床は無くなり、ウルサの吸着フックはあらぬ方向へ飛んでいた。


 オフロードダンプは、奈落の底へと落ちて行った。


 この時、俺は知る由もなかった。ウルサとは比べ物にならない脅威が、今この町に向かっていたことに。

 

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