なにもかもが違いすぎる!

 ホワイトテンプル・サンダーバニー支社の食堂。一晩経った今でも、ドリスコル大教会の爆破事件は、看板持ちの間でも一番の話題となっていた。


 俺の隣で、アドがイージフら4v4仲間と喋っている。


「あの事件、かなりヤバかったみたいだな」


「ああ、おかげで俺の週末の予定がパーだ。妻と息子と娘と四人で礼拝に行きたかったのに、肝心の教会がぶっ壊れちまったら意味がねえ」


「隣町行けばいいじゃねえか。ジェレミー大教会もドリスコル大教会に負けないくらい良い所だぜ」


「はっ、距離もある上に、生産性特別規制区マトゴマの教会じゃねえから、参拝報奨ホーショーの額も安くなっちまうよ。ガソリンと時間を食っちまうだけだぜ。だったら、近所の教会行った方がマシだ」


「気の毒だな、お前」


「全く、何もかも、あのガキ共のせいだよ。余計なことしやがって」


「ガキ共といえば、あいつらを倒した幻想月影って凄いよな」


「ああ。あの、偶然いた正義のヒーローとやらだよな。あいつがガキ共をボコボコにしたのは今朝テレビで見たが、流石にアレはスッとしたぜ」


「俺の息子もさ、幻想月影が大好きなんだ。生で見たことはないから、いつか本気で会いたいって思ってるみたいでよ。今度、あいつの為に幻想月影のおもちゃでも買ってあげる予定さ」


 いつの間にか、話題がドリスコル大教会の爆破事件から幻想月影に移っている。アド達まで知るようになったとは、俺の活動も有名になってきたんだなあ。


「なあ、能男。お前、確かドリスコル大教会へ行くって先週末言ってなかったか? もしかして、幻想月影に会った?」


 突然こちらに話題を振られ、俺は対応に困った。


「ああ、そういえばそんなこと言ってたねえ。幻想月影? そうだねえ」


 ――会ったも何も、幻想月影の正体は俺だから。


 本来ならそう言いたかったんだけど、言わなかった。


 だって、言った所で何になる? きっとみんなは驚くんだろうけど、それで終わりだよね。いくら幻想月影の活動をしてるとて、現実の俺は会社で飼われているだけの看板持ちだ。ちっともかっこよくないし、まして、わざわざばらして注目を浴びようだなんてなおのことかっこ悪い。


 だから、俺は嘘をついた。


「会ったよ。教会の中で爆発に巻き込まれてたところを助けてもらったんだ。幻想月影がいなかったら、俺達は逃げ遅れて誰かが死んでたんだと思う」

 

「なんだよ、それ。ヤバすぎるな」


「無事でよかったな、能男」


 一応、自分なりに無難な答えを出してみたんだが、なんとか切り抜けられたようだ。ここで、アドともイージフとも異なる人物が口を開く。


「そういえば、爆破事件起こしたガキ共で思い出したんだけど、最近、俺らの応援多くない? 俺ら、今日も駆り出されるぜ」


「それな。おかげで今日も4v4は無理っぽいぜ。休日しか出来ねえ」


「参ったな。アンドロイドぶっ壊して余計な仕事作らせやがって! デストリューマーのガキ共め、絶対に許せねえぜ。能男、あんたもそう思うだろ」


「まあね、アンドロイドが仕事してるからこの国の色んな産業が成り立っているんだからね。そんな有難いものを面白半分にぶっ壊すなんて間違ってるよ」


「自分よりも国の心配かよ。能男って真面目だなー。俺達は、だるい生産応援に付き合わされる方がずっと嫌だぜ」


「まあ、生産応援がちょっと多いくらい喜楽に構えようよ。もっとお金がもらえるんだしさ」


 俺からすりゃ、週に三日もある休日に練習できるだけで充分すぎると思うんだけどね。どうやら、あの忌まわしい世界での感覚が、未だに身体にこびりついているようだ。


 と、そろそろランチタイムも終わりに差し掛かる頃、俺の前に一機のドローンが飛来した。その場にいた全員が身構える。だってそいつは、定時までずっと社内にいたり食堂の利用時刻を過ぎたりすると、突然現れて構外へ追い出す警備ドローンだったから。


 けど、そいつが俺の前に来た理由は、ただのメッセージの伝達だった。携帯端末に直接送ればいいのにわざわざ警備ドローンに伝令をさせるなんて、なんかまどろっこしいなって思ったんだけど、その内容を見て少し納得した。


「ん? どうした、能男。誰からだ?」


「……レオーネからだ。ゴメン、今日の生産応援、俺、行けないや」


「レオーネって、前も能男が言ってた、ここのアンドロイド開発のお偉方だろ? そんな人からメッセージとか……、お前まさか、労働者階級に上がるつもりか!?」


「いや、違うよ! というかそもそも、俺に労働者になる力なんてない。よしんばそんな階級になれたとて、ずっとそれを維持するとか絶対に無理だから」


「そうか、それは良かったぜ。短い関係で終わらなくてよ」


 アドの皮肉はさておき、俺は再びメッセージを見直した。あまりにも気になる内容だから、俺は今すぐレオーネの研究室に行きたかった。だって、こう書かれてたんだぞ。


『能男がこの世界に来れた理由が分かったかもしれない』


 ★★★


 レオーネの研究室に来て早々、俺を出迎えたのは責任者の弾けるような笑顔だった。


「おお~っ! 待ってたぜ能男~! てか最近、顔色よくなってね? 初めて会った時はもうちょい暗かったよな? さては、ゲンロクと毎日イチャイチャしてるからか? 変態だなお前は~!」


 ゲンロクとイチャイチャしてるのは否定しない。けど、顔色が良くなったってのは気付かなかった。あの世界より比べるのもおかしいほど、セフィア幻想国は楽園としか言いようがないのが理由かな。


「てか、昨日のニュース見たぜ能男! あのでけえデストリューマーを軽くぶっ飛ばしちまうとか、テレビで見てゾクゾクしたぜ! 流石は幻想月影リーガルハッカー! あんなもん作れちゃうあたしの才能が怖くてたまんないねぇ~!」


 怖いっていうわりには凄く楽しそうに言ってるんですが、それは。


「あの、レオーネ、俺を呼んだ件についてなんだけど……」


 俺がそう言った途端、さっきまで研究室を跳ね回りながら捲し立てていたレオーネがぴたりと止まった。


「あ、わりい。また一人で盛り上がっちまったわ」


「いや、別に謝らなくていいよレオーネ。むしろ、こっちが盛り上げてるのを勝手に邪魔しちゃった感じだったし」


「そか、それなら良かった。じゃ、本題に入るぞ。ちょっと待ってな……こいつを見てくれ」


 そう言って、レオーネは研究室の開けた区画に巨大なホログラム映像を展開させる。映されたのは、輪郭だけのマネキンのような頭部の三次元図と、その側面を掠めるような軌道を描く――


「弾丸?」


「そ、弾丸。『次元転送弾』あるいは『追放弾』ともって呼ばれてんだけど、能男がこの世界に来ちまった理由は、こいつが原因なのさ」


 レオーネが答えながら机の引き出しから取り出したのは、マッチ箱より少し大きな紙箱の中に詰め込まれていた弾丸だった。拳銃弾くらいの大きさなんだろうか。ゲームとかで割と見たことをあるそいつを生で見て、俺は妙な胸騒ぎを覚えた。


「次元転送弾……」


「弾丸だからな。当然、撃たれた奴は死ぬ。でも、通常の弾丸と違うのは、撃たれた奴はたとえ掠り傷だったとしても、人格を別の次元に転送される。つまり、別の世界の違う奴と入れ替わって、元の世界に戻れなくなっちまうってわけだ」


「なんだそれ。なんでわざわざ撃った奴の人格を飛ばす必要があるんだ?」


「より確実に相手を排除するためだろうな。殺し損ねたところで、相手は違う人間になっちまうから、ターゲットを排除できたことには変わりねえし」


「つまり、狙った相手の送り先を、死の世界か別の世界にするかだけってことなのか。だから、追放弾って名前もあるわけか」


「そういうこと! 能男、話わかんじゃねえか!」


 と、レオーネが続いて引き出しから取り出したのは、一丁のリボルバー拳銃。これまた物騒なもんをって俺が思った次の瞬間、レオーネは慣れた手つきで次元転送弾を弾倉に装填して――銃口をこっちに向けた。


「試しに、ちょっと元の世界に戻ってみるか?」


 次の瞬間、心臓が跳ね上がった。脳裏を過ぎるのは、かつて見た自分のいたオフィス、PCの画面にある抱えきれない仕事、何も出来ない自分を責めたてる先輩や上司の鬼の形相――


「なんてな、冗談だよ」


 レオーネが弾を抜いて銃口を机に閉まった途端、忌まわしいフラッシュバックの数々が瞬く間に消え去った。わずかな一瞬の間だったかもしれないが、息をするのも辛いほどの長い時間に感じられた。


「冗談って、いくらなんでもやめてくれよ! 俺は、もう二度とあの世界には帰りたくないんだ。あそこに行くくらいなら死んだほうがましなんだよ!」


 思わず声を荒げてしまった。自分でもびっくりするくらい、中の気持ちが飛び出してしまった。飄々としていたレオーネも、すこしたじろいでしまったようで、


「ま、マジかよ。そいつは悪かった。二度としねえ。約束する。てか、あんたは貴重な適合者なんだ。オリジナルが戻ってきたとて、そいつが再び幻想月影リーガルハッカーになれるとは限らねえしな」


 オリジナルという単語を聞いて、俺は向こうの世界へ行ってしまった方に思いを馳せた。


 もし、彼がセフィアの看板持ちだったら、きっと彼は地獄のような想いをしているのじゃなかろうか。セフィアの常識では、あんな場所なんてとても生きていられない。既に死んでいるかもしれない。だけど、俺にはそいつの代わりに戻ってやることは出来ない。俺だって、二度とあんな暮らしはしたくないんだから。


「ねえ、レオーネ。俺と入れ替わって向こうの世界へ行った人って、どんなのなんだ? それって分かるのか?」


 だから何気なく訊いてみたその質問に、レオーネは急にまたニマッと笑んだ。


「実は、それもあんたに伝えたかったんだ。すげえ奴だったよ」


 レオーネが答えるや、ホログラムの映像が変わった。等身大の人間の姿に代わる。隣には、その人間のものと思しきプロフィール欄。でも一番俺が驚愕したのは、顔だ。


「俺?」


 そうなのだ。目の前にいるホログラムの人物は、どこをどう見ても俺にしか見えない。違う点といえば、服装と顔付きが俺よりちょっと良いくらい。


「そ。名前は、日梨ひなし能男ヨシオ。年齢は、能男と同じ27。簡単な経歴を見ると、グロ経連加盟国の一つ、ヒィズル皇国の出身。国内最高学府である陽京ようきょう大学を首席で卒業後、同じくグロ経連加盟国の一つであり覇権国でもあるヴェスプシア連邦の最高学府、アメリクス大学にて修士号を取得。その後、セフィアでいうホワイトテンプルに相当する大手企業『Very Beryベリーベリー』に入社、若くして製作責任者ディレクターの役職に就いて――ちょっと休憩させて」


 ここで一息つくレオーネだけど、はっきり言って聞いてて「もういい!」ってなったのはこっちの方だ。


「大丈夫だよレオーネ。もう充分だ。要は、物凄く優秀な人なんだね」


「ああ。この経歴だけでも分かると思うけど、こいつは並みの人間じゃねえ。具体的にどんな活動をしてたのかまでは分からねえが、少なくとも、あたしやアレクなんかよりもずっとすげえ人間だよ。もしかしたら、メイナルドよりヤベえかもしれねえ」


 俺は溜息が出た。なにもかもが違いすぎるじゃないか! 見た目こそ同じなのに、中身というかスペックが全然違う。比べるのも烏滸がましいほどの自分との落差に眩暈がしそうだ。


「ん? どうした能男? 気分でも悪くなったか?」


「いや、俺なんかとあまりにも違い過ぎて、ちょっとショックがね」


「そんなにか? まあ、日梨の方は労働者クラスの人間だが、そっちは看板持ちだからなあ――」


「それだけじゃない。実は、俺もあっちの世界では大学だけではなく院も出てた。でも、不景気だから雨宿りしたってだけだし、成績も後ろから数えた方が早かった。就職はなんとか出来たけど、仕事はからっきし。いつも怒られてばかりで、気付けば学部卒の後輩の方が先に出世していたよ」


 なんでこんなことをぶっちゃけてしまったのか、後になって考えても俺は分からない。きっと、俺の中ではどうでもいい出来事になっちゃってるからなのかな。てか、レオーネがなんとも言えない顔になってるし。


「マジか。そいつは、なんていうかアレだな。あんたが元の世界に戻りたがらねえ理由が、ちょっと分かった気がする。けど、あたしには異世界にも大学や大学院ってのが在るってこと方が驚きだね」


 おいおい。そこ食いつくかい。


「それにさ、向こうの世界ではどうもよろしくなかったようだが、こっちではあんたは幻想月影リーガルハッカーだ。あたし達にとってかけがえのない存在になってる。そいつは、誇ってもいいんじゃねえか?」


 レオーネの無垢で真っすぐな目で見られ、俺は困った。幻想月影であることを誇れだって? 難しいね。いくら幻想月影の力を得た所で、俺は俺だ。あの世界じゃ何の役にも立たなかった無能男だ。この世界でも同じように上手くいく保証はない。少なくとも、おおっぴらには誇れないよ。


「そうかなあ。そうなるには、俺はもうちょっと時間が欲しいな」


 だから、俺ははぐらかすためにも、ちょっと話題を振ってみた。


「でも、日梨能男ってのは、優秀な人間だったんだろ? そんな人間が、どうして銃で撃たれるような事態になったんだろう」


「さぁね、あたしには分かんねえ。けど、優秀な人間だったからこそ、敵も多かったんじゃねえのか? 例えば、優秀過ぎて国の方針に逆らってしまったとか!」


「うわー、そんなことって現実に有り得るのかよ……」


「ま、憶測に過ぎねえんだけどね。とりあえず、日梨能男が撃たれた結果、能男とそいつが入れ替わったってのだけは事実だよ。あんたのベースは日梨能男なのさ。だから、この国の言葉とかも読み書きできるのかもしれないね」


 正直な話、日梨能男がとても優秀な人間だったというのには、とても安堵している。彼ほどの人間ならば、俺の住んでいた世界でも生きていけるだろう。いや、それどころか優秀な能力を遺憾なく発揮して、世界そのものを変えちゃってるかもしれない。


 かつて俺のいた世界では、現代の知識を使って中世レベルの異世界を救ったりする物語が流行っていた。それと似たような奇跡の物語を、日梨能男は成し遂げてしまうかもしれない。二度と戻りたくない向こうの世界がどうなろうが知ったことではないが、あの世界で日梨能男がどう活躍してるのかはちょっと気にはなるね。


 と、ここで、もう一つ気になるワードがあった。


「ねえ、レオーネ。グロ経連って何?」


「正式名称は、グローバル経済連合。世界的に自由な経済の流れを作りましょうって目的のもと、100か国以上の国家が加盟して作られた巨大な組織さ。一応言っとくけど、セフィアはグローバル経済連合には加盟していないぜ」


「そうなの? てことは、グローバル経済連合って、この国よりもずっとデカいってわけ?」


「当り前だろ。てか、セフィアなんて世界的に見ても偏狭な所にあるちっこい国だぜ?」


「てことは、まさかだけどさ、このセフィアの常識って、他所の国じゃ通用しなかったりする? グローバル経済連合の加盟国って、どんな国なんだ?」


「まあ、そうだな。世界的に自由な経済活動を勧めてる国だからな。稼げる奴は滅茶苦茶稼げる。例えば、あたしやアレクは稼いだ分、かなり税金も納めてんだけど、グローバル経済連合にいる労働者は収める税金は少ねえ。頑張ったら頑張った分だけ全て自分のもんに出来るんだぜ? 凄いだろ?」


 『頑張ったら頑張った分だけ――』どこかで聞いたことのあるレオーネのフレーズに、俺は妙な胸騒ぎを覚えた。


「凄い? もしかしてだけど、グローバル経済連合って、もしかして、国民日当ニットーとか無いんじゃないの? 稼げない人は、ずっと稼げないまま貧乏どころじゃない毎日を強いられる国なんじゃないの?」


「その通りだ、能男。グローバル経済連合が加盟している先進国も、セフィアと同じようにアンドロイドが働いてんだが、ほとんどの人間はアンドロイドよりも能力が低いから、たいてい稼げる仕事にありつけずに貧しい暮らしを強いられてる。あたしのような労働者が裕福に暮らしてる一方で、とんでもない貧民街とかが普通に広がってんのがグローバル経済連合さ」


 俺はゾッとした。楽園だと思っていたこの世界に、俺がいた世界と同じような地獄が存在していたことに寒気がした。セフィア幻想国とは、なにもかもが違いすぎるじゃないか。


「怖すぎるな、それ。もし俺が間違ってセフィアじゃなくてグローバル経済連合に行ってたら、今頃、俺は生きてなかったかもしれないな」


「そんなにか……。てか、あんたが流れ着いたのって、デクスター検問所だよな?」


 レオーネの確認に、俺は「分からない」と答えた。すると、今度は「対岸にデカい町とか見えなかったか?」と訊かれたので、「それは見たかも」と答えた。確かに、なんかそれっぽい景色はあったよ。微かにだけど。


「なら、運が良かったな。それ、セフィアの国境沿いにあるグローバル経済連合加盟国の一つ、メヒクトリランド共和国の領土だぜ。こっちに流れ着いて良かったなー!」


 この日、一番怖かったのは、多分この瞬間なのかもしれない。


 俺は心の中で、震える手で幸福に感謝していた。

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