新しい趣味を見つけた
あれから、ホワイトテンプルの看板持ちの傍ら、幻想月影としてデストリューマーを討伐する日々が始まった。
幻想月影に変身するのは簡単だ。胸に埋まった三日月へ意識するだけで、身体が幻想月影の外殻に包まれて変身できる。そして、今までの自分じゃ出来ないことが色々出来る。バッタみたいに空高くジャンプしたり、蜘蛛みたいに自在に壁を伝ったり、そして、ゴリラみたいに暴漢を軽々と殴り飛ばしたり……。
ちなみに、今俺が幻想月影になってぶん殴ったのは、掃除ロボットのすぐ傍らで落書きしていた悪ガキ達。白い噴霧塗料による上塗りで落書きを消されたのが腹立ったようで、ロボットを寄って集ってボコボコにしていた。だから、幻想月影になって止めた。
他にも、居酒屋でアンドロイド相手に絡んでぶん殴った酔っ払いとか、自動運転のシェアリングカーに自らぶつかって持ち主ごと車を壊そうとした当たり屋集団とか、路地裏で恐喝してるやつとか……なんでこんな楽園のような世界で、犯罪やってる人が普通にいるんだよ!
「働かなくたってお金は貰えるんだ! 国の言うこと聞いて大人しく過ごしてれば惨めな暮らしだってしなくて済むのに! なんで、わざわざ誰かを傷付けるようなバカな真似をしなくちゃいけない人間が普通にいるんだよ!」
アンドロイドから買い物袋をひったくった不届き者をぶん殴りながら、俺は叫んだ。でも、その訴えは虚しく宙にかき消されていくだけで……。
★★★
悪いことをする人が当たり前のようにいる現実にがっかりする一方、ちょっと嬉しいこともあった。
「なにこれ!?」
店の中なのにも関わらず、ショーケースの中に置かれていた『それ』を見て、思わず声を出してしまった。
ショーケースの中にあるのは、1/12スケールのアクションフィギュアだ。見えない何かにアッパーカットを決めたようなカッコいいポージングで展示されているんだが、それがなんと、
「幻想月影だ。にいちゃんも興味あるのか?」
店長と思しき大柄な男から急に声をかけられて、俺は驚いた。
「あ、ええ。まさかフィギュアがここに売ってたなんて知りませんでした。カッコいいですね」
「カッコいいよな。最近、ここらの町に現れて、アンドロイドいびってるクズ共を成敗してる伝説のヒーローだもんな。兄ちゃんも知ってんだな」
「ええ……」
――そりゃそうですよ。だって、幻想月影の正体は俺なんですから!
なんて言おうとしたけど、喉の奥が引っ掛かって口から出てこなかった。
理由の一つが、今俺がいる場所だ。広大なサンダーバニーのとある一角にある特別区画で、名を『生産性特別規制区マトゴマ』という。
生産性特別規制区とは、文字通り『生産性』を規制している地区だ。ここでいう『生産性』とはアンドロイド。それを規制しているってことはつまり、現代ならアンドロイドにさせられる仕事を、マトゴマは敢えて人間にさせているってわけだ。
そのおかげか、マトゴマは露店など人間が表立って働いている店がめちゃくちゃ多い。通りを歩いて「いらっしゃい!」って声をかけてくるおばちゃんだって生身の人間だ。アンドロイドじゃない。
これはマトゴマの外じゃありえない。基本的に買い物はオンラインでも出来るけど、オフラインの店でも店員は大体アンドロイドだ。近所のスーパーマーケットとかすごいぞ。『エレメンタルグループ』という企業が運営してる商業ブランドのひとつなんだけど、『労働者』クラスの人間が少数で店の管理をしているだけで、レジ打ちから搬入、警備に至るまで皆アンドロイド。
しかも、『エレメンタルグループ』って企業は滅茶苦茶デカくて、セフィア幻想国の至る場所に店舗を拡大しているらしい。最も、『エレメンタルグループ』だけが国の小売業界を牛耳ってるわけじゃなく、色んな企業が鎬を削っているのが現状なんだけどね。
ちなみに、なんで俺がそんなのを知ってるのかと言うと、テンプル美術館に情報が展示されていたから。いずれの企業も、SephirOSの根っこがしっかり絡まっているわけだ。
話をマトゴマに戻そう。
ホワイトテンプルの経典によると、敢えて人間に生産活動を行わせることによって、新たな人間関係を起こし、人を孤独させにくくするのがマトゴマ創設の理由らしい。いわゆる、『労働活動は社会活動のひとつ』『生産活動によって人々は団結する』に基づく考え方だ。
この考え方を知った時、前いた世界の出来事を思い出して、ちょっと苦笑いした。「仕事は金の為ではなく、人間性を養うため」「お金を貰うことよりも、『ありがとう』と礼を言われることの方が大切」とか言って『労働には適切な賃金が支払われるべきである』という大原則を蔑ろにして、安月給で労働者を酷使した企業があったんだよね。おかげで、『金を貰うこと』よりも『仕事によって人間性が養われること』を重要視する考え方には、俺は懐疑的だった。
でも、マトゴマは違う。俺の目の前にいる大男――マトゴマの土産屋の店長だって、
ここまで説明してなんだが、俺は断じてマトゴマで暮らそうとは思わない。だってそうだろ? マトゴマのコンセプトは、仕事で協力し合う過程の中で、人々の間に良好な関係が育まれていくってやつだ。でもそれは、仕事をちゃんとさせ、人間関係を悪くさせない前提の上に成り立っている。
ちょっと想像してみろ。俺は仕事の出来ない人間だ。そんな俺がマトゴマで働く? すぐに誰かの足を引っ張って、他の店員や客の迷惑になるのが目に見えている。俺の前でニコニコしている店長も、俺が一緒に働く立場になったら最後、俺のダメさに次第に腹を立てていく様が嫌でも想像できる。俺みたいな人間は、マトゴマにいちゃいけないんだ。
俺からすれば、幻想月影なんかよりも、マトゴマで仕事をしている人達の方がずっと素晴らしい。だって、俺に出来ないことがちゃんとできるんだから。そんな人間に、「俺が幻想月影なんです」って自慢できると思う? 出来るわけないじゃん。え? じゃあ、マトゴマで働かず、看板持ちですらない人が相手なら自慢できるって? なおのこと無理。下の立場に威張ってるみたいでみっともねえじゃん。
結局、俺は店長になんて答えれば良いか分からず、「俺も幻想月影のファンなんですよ」って答えた。で、手に取ったフィギュアを購入した。少々値段の張る代物だが、国民日当とホワイトテンプルからの給料で懐が潤いに潤ってる俺には簡単に手が届く。部屋に飾ったら、きっと映えるだろう。
「嬉しいねえ、まいどあり! 俺の町にも来ないかねえ」
もし幻想月影が来るような事態になったら、それこそ問題だと思うけどね。
「可愛いガールフレンドに免じてまけてやるよ。アンドロイドの娘とデートだなんて面白いね、兄ちゃん。今日は仲間に会えて嬉しいよ」
まさかの値下げ宣言に、俺は驚いた。「どうも」とだけ答えて品物を受け取ったが、値下げまでしてくれるとは。しかし、幻想月影の活動を見てくれたばかりかフィギュアまで作ってくれたとはね。なんか嬉しいよ。
店員の言う通り、俺の隣にはゲンロクがいる。身に纏っているのは、黒いコルセット付きの無地のワンピース。SephirOSに『この国の流行について教えて』って検索したら勧められた。起伏の激しい体型の持ち主であるゲンロクが着ると、なんか扇情的だ。事実、周囲の注目を集めている気がする。
俺が、ゲンロクと一緒にマトゴマに来た理由。それは、この地にある大教会、ドリスコル大教会へ参拝するためだ。
最近、俺は新しい趣味を見つけた。ゲンロクと一緒に幻想国中の教会を巡って、感想をSephirOSのウェブログにアップするのだ。
きっかけは、ホワイトテンプルの同期であるアド。彼は中学生時代、授業をサボってセフィロス中を旅してまわっていたとか。
――そんなことしてたの?
――ああ。で、去年の旅先で
――へえ。面白そう。じゃあ俺も、旅ってやつをしてみたいなあ。
というわけで、俺もやってみることにした。
でもアド曰く、どこかに勤めている場合は、特別申請でも出さない限り最長でも二ヶ月に一回は必ず会社に顔は出さないと、解雇通知を貰ってしまうんだとか。
いかにも厳しいトーンでアドは言ってたが、なんじゃそりゃ。ただの大学の長期休暇じゃないか。俺にとっちゃ厳しいうちには入らない。緩すぎて逆に裏があるんじゃないかと疑っちまうぐらいだ。
けど、一番俺が聞いてて複雑な気持ちになったのは次の言葉だ。
――なんだ。能男は旅やったことねえのか? SephirOSの枝の届く限り幻想国中を旅してまわるのは、誰もがやることじゃねえか。それとも、能男は学校卒業してすぐにどこかに就職してたのか? まじめな奴だなあ。
いやそれ、俺がいたところの世界じゃ当たり前すぎることなんだけど。その程度でまじめな奴扱いって、本当にこの国の常識は違いすぎる。
さておき、そんな友人の勧めで、サンダーバニーにある教会のコンプリートから始めようとしたわけだが、やるなら近場の大手からやりたい。てなわけで、俺が選んだのがドリスコル大教会ってわけだ。
で、詳しい場所を検索しようとしたら、マトゴマからこんな提案を貰った。
「SephirOSに頼むよりも、マトゴマでは現地住人に場所を聞くことをお勧めしますよ、マスター」
「そうなの? SephirOSでは教会の場所が分からないのかな」
「いいえ。ここの住人と直接話して何らかの関係性を持った方が、マトゴマとの関係資本的にも脳刺激的にもマスターにとって有益であると判断したからです」
「ああ、そういうこと」
むやみに機器に頼らないことをアンドロイドから勧められるって変な話だけどね。
「マトゴマの住人はとても親切ですので、何らかの不利益な情報を得る可能性は低いと推測いたします。ですので、ご安心を」
「わかったよ。じゃあ、色んな人に聞きながら行こう。ゆっくり行っても問題ないんだからね」
そう。ゆっくりやってもいいんだ。もう、貴重な休日を有益に消化しようとして、ひたすら焦って何かをしようとする必要はないんだから。明日も休みはあるし、平日だって負担にも苦痛にもならないんだし。
というわけで、現地の人たちに「ドリスコル教会はどこですか?」って訪ね回ることしばし――ちょっと寄り道したり、「アンドロイドの姉ちゃん、可愛いね、これ着てかない?」って勧められたりしながら街中を歩いていると、目的の大教会が目の前に現れた。
鬱蒼と茂る木々に囲まれて聳える偉大な建物だ。左右に四角い塔を備えた三角屋根の先端に、ホワイトテンプルの象徴たる聖樹像が乗っかっている。何より『大』と付くだけあって滅茶苦茶でかい。サンダーバニー市街にある教会よりも明らかにでかい。
案の定、大教会の前には人がごった返していた。とりあえず、他の通行人の迷惑にならない所で、大教会をバックにゲンロクを一枚。
大教会の内部は、とにかく広大な一つの空間となっていた。で、俺のいた世界の教会と比べると、内部の雰囲気は巨大な植物の中って感じに近い。翼廊の壁には、巨大な樹木のもとで人や動物や人ならざる何か(たぶん、アンドロイド的なやつ)が手を取り合っている楽園を描いた壁画があったんだが、恐らくそれと関係があるのだろう。
「マスター。これは、ホワイトテンプルの経典にも書かれている、SephirOSが創る楽園の図です。全体に描かれている樹木が、SephirOSそのものを現しているんですよ」
「へえ。そうなんだ。本当に命の樹そのものなんだね、SephirOSって」
「命の樹……確かに、その見方もありますね、マスター」
てか、ゲンロクがSephirOSの経典に詳しいってことが驚きなんだけど。いや、アンドロイドにプリインストールされて当然なほど、ホワイトテンプルの経典は幻想国民の常識なんだろうな。
しかし、良い絵画だったので、それを背景にゲンロクを一枚。あ、ちゃんと撮影許可は取ってもらったよ。警備のアンドロイドに訪ねたら、ドローンの監視付きを条件にね。で、今俺達の近くを、カメラ付きの平たい飛翔体がぷーんと飛んでる。
と、絵画の樹の根元に変な建物があることに気が付いた。木造の建築物のようだが、海外の田舎に建っている納屋を髣髴とさせる外見は、それほど神聖性のある雰囲気には見えない。
「ゲンロク、この建物って、なんか意味あるの?」
「それは、創業者ヨハン・メイナルドがホワイトテンプルの創業時に使っていたとされる旧カナモジ農場のガレージです。そこからSephirOSが生まれ、幻想国家が生まれました」
「へえ! てことはもしかして、現実にあるの? この建物」
「はい。現在は、幻想国首都セントケイネスのウォシッキー大聖堂の構内にて、カナモジ神殿として保存されております。ですが、神殿周辺は聖域であり、周囲の見学は可能でも撮影等の許可は期待できないと予測します」
「了解。それは面白いね。写真は無理だとしても、是非とも行ってみたいな」
いずれ行く場所も決まってしまった。それを記念し、旧カナモジ農場のガレージをバックにゲンロクを撮ろう。てか、ガレージを拠点に世界的大企業が生まれるなんて、俺がいた世界と一緒じゃないか。ちょっと、面白いかも。
教会の祭壇には巨大な聖樹像が立っており、それも背景に一枚撮る。
撮影云々には明るくない俺なので、カメラ内蔵のAIが推奨する角度やタイミングに従って撮ってる。それだけで、いい写真が大体とれる。でも、そればかりだとつまらないから、3枚に1枚くらいは自分の感覚の方に従って撮ってるけどね。
やがて、教会内に色んな人がぞろぞろと入ってきた。もうすぐ、ドリスコル大教会の神父による『有難い話(という名の小遣い貰えるチャンス)』が始まるわけだ。それも俺の目的の一つなので、当然ながら出席する。
内容は、以前に聞いたのとほぼ一緒。例の絵画のおかげか、難解すぎる神話の内容がちょっと頭に入りやすくなった気がする。あと、今なら人間がわざわざやらなくていい仕事を『庶民の団結のために』敢えて人間にやらせている地域だからなのか、人と人の関係をよりピックアップした内容になっていた。やはり、有難い話も所変われば品変わるってやつなのだろう。
もうすぐ話が終わり始める。こうなってくると、「いよいよ解放されるぜ」的な空気が席のあちこちから滲み始めてくる。正直な話、俺もその空気を出している一人かもしれない。
さて、終わったらすることは決まってる。ウェブログに写真と文章をアップするんだ。俺は文才には自信はないし、ウィットに富んだ表現だって出来ない。何より、俺はこの世界の人間じゃない。
でも、だからこそ他のウェブログと差別化出来る。もしかしたら、俺の何気ない一文の中に、この世界の人間には無かった視点が隠されていて、それがかなりウケるかもしれない。確定はないけど、いけるかもしれない。だから、俺はやってみたいんだ。
さて、帰ったらどんなふうに書こ――。
そんな思いに耽っていた俺の時間は、突然天井から轟いてきた爆音によって突然終了した。
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