リーガルハッカー

 立ち入り禁止となっている研究室の二階。レオーネの案内によって、俺は初めてその階に入った。


 あれさ、と指された先――まるで博物館に展示された甲冑のように保管されていたのは、見たこともない人型の何かだった。


「あれ、アンドロイドじゃないの?」


「いや、違えぞ。中身がねえ。動かすためには、人間が着込む必要がある」


 俺は、知らず知らずのうちに目の前にあるそれに引き込まれていた。


「正式な名前はねえが、仮の名はある。リーガルハッカー1号だ」


 俺の第一印象は、西洋の甲冑と日本の忍者を足して二で割ったよう。漆黒のボディはほっそりとしていて、頭部には横一文字のバイザー。左胸には三日月のようなマークがあり、首にはスカーフが巻かれている。青と黄色と緑の三色が横並びの国旗みたいに並んだ配色になっているのだが、これには何の意味があるのだろうか。


「てことはさ、レオーネ、要するに俺がこれを着ろってこと?」


「話が早いな。そういうことだ」


 レオーネがニヤニヤしながら答えた。


 それが本当なら、とても悪い話じゃない。というか、はっきり言って目の前にあるスーツはとてもかっこいい。研究に付き合わされるためとはいえ、それを身に着けられるというのは悪い話じゃない。てか、逆にテンションが上がる。


 ……が、疑問もある。


「なんで俺なんだ? ほかにも適合者とかいるんじゃないのか?」


「言われると思ったぜ。残念だが、いねえ。お前だけだ。これ着れんのは」


「なんで? 俺をよく見てくれよ。別に身体が屈強ってわけじゃない。ご覧の通り腕も細い。精神力とやらだって、多分優れてるわけでもないぞ」


「違えよ、能男。あんたが選ばれた理由は、肉体とか精神とかそんなんじゃねえ。あんたが異世界人だからだ」


「は?」


 俺が眉をひそめると、レオーネはリーガルハッカーと呼ばれた謎のスーツの左胸にある三日月に触れた。すると次の瞬間、機体の全身に光のラインが走る。金か緑か青の光を放つそれらは、全身を駆け巡る血管のようにも回路図のようにも見えたけど、動脈の鼓動のように何度か明滅したかと思いきや、今度は三日月のマークのみを除いて機体全てが消滅してしまった。


 残されたのは、レオーネの手に握られた三日月型の何かのみ。状況が飲み込めぬ俺をよそに、レオーネは話を続ける。


「このスーツは特別でさ。特定の波長が合わねえ人間が着込むと、拒否反応を起こして装着者を死なせちまうことがシュミレーションの結果分かった。着込むことが出来るのは、このスーツが放つ毒性のゴツゴー波に親和できる高いナロウ値を持つ人間のみ。つまり、あんただけなのさ」


「はあ?」


 俺は仰天した。ナロウ値というのは、恐らくレオーネが俺に会って早々検出した謎数値のことだろう。要するに、異世界人であったために、俺は謎スーツの適合資格を得てしまっているそうだ。でも、


「あのさ、シュミレーションで決まったって、そんなの信用できるの? 理論と実測って、必ずしも一致するわけじゃないんだろ?」


「ああ、あんたの言ってることは一理ある。けど、そいつは多分、異世界人の認識だ。そっちとは違って、こっちのシュミレーションの精度は高えんだ。あんたしか着れねえんだよ」


「そんな……」


「頼む。こいつは、とても大切な実験なんだ。あんたの協力がなくちゃ進まねえ。お前が着ることによって、やっと進むんだ。どうか、協力してくれねえか?」


 俺は、言葉に詰まった。そういう決断は、苦手なんだよな。だから、いったん「ちょっと待ってくれ」と一声置いた。


 レオーネ曰く、俺にしか着れないヒロイックなスーツ。字面だけ見れば、ロマン溢れる話だ。こういう展開は、俺の住んでいた世界でも漫画やアニメで見てきたが、はっきり言って嫌いではない。むしろ好きだ。喜んで受けたい俺がいる。


 けど、デメリットもある。レオーネ曰く、俺以外が着たら死ぬ。俺が大丈夫な理由も、あくまで理論値によるものだ。だから、不安すぎて快諾できない俺もいる。


 だけど――


 ここで脳裏を過ったのは、先日、デストリューマーと呼ばれる輩に無残に殺されたアンドロイドだ。人間たちの代わりに働いている者達がいるからこの国は成り立っているというのに、面白半分に壊す奴らがいるのは許されない話だ。


 それに、万が一死んでしまったって、もともと俺は仕事の途中で逃げ出して、たまたま流れ込んできただけに過ぎない無能だ。仕事が出来なくて、ひたすらみんなの迷惑ばかりかけてきた人間だ。そんな俺が死んでしまったって、別に誰も悲しむまい。ゲンロクからも良い思いをさせてもらったし。


 ……なんだ。俺がこの話を断らない理由なんか全く無かったじゃないか。


「分かった。やるよ。着させてくれ。その素敵なスーツを」


 俺の賛同に、レオーネは今までに見たことが無いくらいの満面の笑みを浮かべた。


「待ってたぜ、その言葉っ! じゃあ、さっそくやろうぜ!」


 俺達がいる部屋の隣に、めちゃくちゃ広い部屋があった。いや、防火扉みたいに不自然に大きな扉があったのは分かってたけど、まさかその先に(短い回廊を挟んで)スタジアムのような巨大空間があるだなんて想像できなかったよ。


 スタジアムは無機質な壁と天井で覆われており、広いはずなのに妙に圧迫感がある。上を見まわしていると、ガラス張りされた区画があり、その中に知っている顔の人物がいた。表情こそ伺えないが、アレクやメイナルドが労働者の集団に混じってる。


 ここで、レオーネがカメラ付きドローンのような機械で自分を撮りながら何かしている。「――実験番号RS-4422、これより第1回コード『リーガルハッカー』の適合試験を開始する」と聞こえたんだが、あの真剣な雰囲気……やっぱ彼女はエリート科学者なんだな。


 なんてことを思ってたら、レオーネは手にしている三日月のプレートを俺に手渡した。


「適合試験はすぐに終わる。こいつを胸につけろ。ダメなら死ぬ。良いなら――あんたがリーガルハッカーになる」


 簡潔ながら物騒なこと言うなあ。でも、もう俺は決めたんだ。やる。


 言われた通り、俺は三日月型のプレートを左胸に押し付けた。


「――!!?」


 次の瞬間、形容し難い感覚が全身を駆け巡った。光る何かが血管や神経を駆け回っているような、快でも不快でもない感覚。わけのわからない色彩の世界が目の前を駆け巡り、自分が目を開けているのか閉じているのか、立っているのか座っているのか逆立ちしているのかすら分からない混迷がひたすら続く。


 全てが収まった時、俺は自分の手を見た。漆黒の籠手に包まれている。目の前の景色が、なんか液晶超しな感じ。顔を触ろうとすると、頭部をフルフェイスのような何かが覆っているのが分かる。てか、隣にいるレオーネがめちゃくちゃ嬉しそうな顔してこっち見てるんだが、それが意味するのって――


「成功したのか? 俺、リーガルハッカーになっちまったのか!?」


「能男、お前、なんともないか? なんともないのか?」


「まあ、さっきまで変な感覚になってたけど、それが収まってからは、なにも起きてないよ。レオーネのとても嬉しそうな顔が見える」


 次の瞬間、レオーネが歓喜の雄たけびを上げた。


「まずは大成功だ。あたしの眼に狂いはなかった! 能男、お前は晴れてリーガルハッカーだ!」


 小さな身体で跳ね回りながら目一杯喜びをアピールするレオーネ。一方の俺も、なんか不思議な感覚が全身を駆け巡っている。身体が軽い。全身を何かが滾っている。こいつはなんだ? 体が、何かをぶつかり合うことを求めている。


「凄いよ。全身から力が溢れてくるようだ。レオーネ、教えてくれ。リーガルハッカーになった俺に、一体何が出来るんだ?」


「ああ、大まかに言ってふたつある。ひとつは、装着者の生体組織に電磁干渉リーガルハックすることによる絶大な身体強化。もうひとつは、SephirOSに関わる全てへの合法的干渉リーガルハックによる電子機器の制御だ」


 ★★★


 『リーガルハッカー』とはレオーネが付けた俗称だが、後に俺はこれを『幻想月影』と改名させる。話は一旦、レオーネの実験に付き合った直後に移る。


 アレク達には宣言したのだが、俺は早速、この力を世のために使ってみることにした。


 あの時と同刻の夕方、幻想月影に変身した俺は、屋根の上をこっそりと伝いながら、彼らを追いかけていた。ゴミ収集の仕事をしていたアンドロイドを壊した、あのデストリューマー集団だ。


 連中と向かい合うルートから、何も知らぬアンドロイドがパック車と歩いている。アンドロイドとすれ違うや否や、一人がまた缶を落とした。そしてアンドロイドに拾うよう命じる。次の瞬間、男がアンドロイドの腹腔をぶん殴った。そして、アンドロイドを近くのゴミ箱にぶち込もうとして、


「待ちなよ。何勝手に稼働してるアンドロイドを捨てようとしてるわけ?」


 俺に片腕を掴まれて止められた。


「ああ? なんだてめえ!」


 腕を掴まれた男は、怒声と共に俺の腕を振りほどいた。その拍子にアンドロイドの身体がふわりと浮く。地べたに落ちたら大変なので俺はお姫様抱っこの原理でキャッチ。そっと立たせる。


「大丈夫? お腹とか、怪我はない?」


 安否を確認させると、アンドロイドはその場で電子音を鳴らしながら目をぐるぐるさせる。これは、外部に自己診断をしているのをアピールするための動作だ。


「システム診断の結果、異状なし。腹部表面に損傷が見受けられますが、運動機能その他稼働に影響を及ぼすほどでないと判断します」


「そうか、それは良かった」


 アンドロイドの無事に安堵した次の瞬間、「ちょっと待てやコラァ!」とぶん殴るような怒声がして、俺はその方を振り向いた。そこには、怒れるデストリューマーの集団。てか待って。俺、囲まれてない?


「てめえ、俺達の楽しみを邪魔したばかりか無視するとは上等だ。覚悟は出来てんだろうな?」


「楽しみ……? 仕事しているアンドロイドをぶっ壊すことが、楽しみ? あれが人間だったら殺人だよ? 分かってて言ってんの?」


「は? んなこた知らねえよ、このコスプレ野郎。俺達を邪魔したらどうなるか、俺達がきっちり教えてやるぜ」


 目の前の取り巻きが殴り掛かってきた。楽しみを取られたことが相当頭に来ているみたい。拳が目の前に迫る瞬間、脳裏を過ぎるのは少し前の実験。


 ――これより、リーガルハッカーの実戦試験を行う。


 話は再びレオーネとの実験に戻る。


 俺の前に現れたのは、真っ黒なアンドロイドだった。見た目は甲冑を纏った騎士だが、腰や首回りの装飾は、どこかアフリカ先住民の戦士を彷彿とさせる。


「あれは、なに?」


「ガボンだ。あたしのパートナーロボット。あんたの実戦の相手だ」


「それって、いいの? 場合によっちゃ、俺が壊しちゃう可能性もあるんだよね?」


「心配すんな。ガボンは滅茶苦茶強く頑丈に作られてる。逆に、あんたがやられねえか心配してるよ」


「そうか。なら、いいや」


 俺は――デストリューマー達と戦っている時も同様に――戦いの構えをとる。まるで、最初からその立ち方を知っていたかのように。


「まずはじめに、生体組織への電磁干渉リーガルハックによる身体強化機能の試験を行う。能男、今、あたしのガボンは盾を構えている。そいつへ思いっきり殴って見ろ」


 言われるがまま、やった。不思議な感覚が腕にあった。光る何かが神経系を通って拳へと集まっていく感覚。俺からは見えないが、回路図のような線に沿って光が拳へと収斂していく。


 正拳突き――自分で打っておいて驚いた。身体の負担が全然ない。ゲームで例えるなら、ちょっとBボタンを長く押し込んだ後に離したくらいの労力。たったそれだけの動作で、


 盾を構えたガボンの巨体が、ものすごく吹っ飛んだ。


 ――人間相手ならなおのことだ。


 話はゴミ捨て場の前に戻る。てか、ちょっとしたカウンターのつもりが、相手は歩道の上に大の字になってしまった。


 が、怒れるデストリューマーは臆さぬ。間髪容れず四方から攻撃が来る。振り下ろされる鉄パイプを腕でガードし、別方角へは蹴りを叩き込む。わずかな隙を狙い、取り囲まれた集団から受け身を取って脱出する。


 こんな動きなんて、生身じゃ絶対に出来ない。


 ふと、目の前に現れたのは主犯格の男。こいつなんだよな。アンドロイドをゴミ箱に入れた挙句、何も知らないパック車を起動させた奴は。


 俺は腰を落とし、繰り出された相手の拳と下半身を掴んだ。相手の勢いを利用して持ち上げると、そのまま近くのゴミ箱の中へ放り込んだ。


 すぐさま蓋を閉める。ゴミ箱に向かって手を翳す。こうすれば、電子ロックが作動して、ゴミ箱の蓋は二度と自然に開かなくなる。これも幻想月影の力によるものだ。


 ――次は、合法的干渉リーガルハックによる電子機器の制御試験を行う。


 ガボンとの戦闘試験がある程度終わった後、レオーネが宣言するや否や、スタジアムにロボットアームみたいなのが何体が現れた。


「今度は何するの?」


「簡単だよ。能男、アレにハッキングしてみろ」


「あの、どういうことか説明してくれます?」


「さっきも言ったけどな、リーガルハッカーはSephirOSに関わるもんなら何でも動かせる。あのアームもSephirOSで制御されてる。つまり、今のお前なら、あのアームを乗っ取って自在に制御することが出来るわけ」


「嘘!? そんなこと出来るの?」


「マジだよ。試しにやってみろ」


 半信半疑の俺だったが、確かに言われてみれば変な感覚がする。四肢の感覚とも違う。俺の中にある名状し難い何かが、周囲の機器の奥深くに入り込んでいる――意識を傾けるだけで、その機器に自由に干渉できるような、変な感覚がずっとしているのだ。


 まさかと思って、俺はその感覚を目の前のアームに込めてみた。まるで自分自身の腕のようにアームが動き出したのは、その時だった。


「ほんとだ。出来ちゃった」


「やったぜ! 合法的干渉リーガルハックの試験も大成功だ! よし、じゃあ次は応用試験。その力を使って、ガボンとまた何度か戦ってもらうよ!」


「え? ちょ、待って! 話が早すぎない?」


 いつも急なレオーネに戸惑う俺だったが、慣れるのは意外と早かった。


 ――流石はレオーネの新設設計。おかげでデストリューマーとの実戦ではこんなことも出来た。


 俺は咄嗟に主犯格を閉じ込めたゴミ箱を持ち上げた。振り向きざま、こちらへ振り下ろされた鉄パイプをゴミ箱で受け止める。反撃でゴミ箱を振り回して敵を一掃。そこまでやっても、電子ロックで密閉した蓋が空くことはない。「出せええええ!」って叫び声が中からひたすら聞こえるけど。


 取り巻きが倒れた隙に、俺はゴミ箱をセットする。どこに? 決まってるでしょ。パック車後部のアームだよ。アームが傾き、箱が開いた先にあるのは、破砕機という名の凶悪なあぎと


「や、やめろ、ああああああああああああああああああああ!」


 男の悲鳴が響き渡る。セットしたゴミ箱を外すと、破砕機に胴体が挟まった男がこっちを見ていた。


「出せ! 死んじまうだろうが! 出せ!」


 その懇願するような態度に、俺は溜息が出た。


「あのさ。君がふざけて壊したアンドロイドも、同じような目に遭ってるわけ。する側は何とも思わないだろうけど、される側は相当の恐怖を味わいながら壊されるんだよ。そんなことも分からないの?」


「出せ! てめえには関係ねえだろうが! 人殺しがああああああああああ!」


 パック車にハックして破砕機の圧力を上げる。で、ちょっと緩める。


「おおありだよ。俺はここに来てから日が浅いから知らなかったんだけどさ、最近、町のゴミ収集のスピードがめちゃくちゃ遅くなってるんだ。おかげで、マンションのゴミが溜まりすぎてんの。なにもかも、あんたらがゴミ収集してるアンドロイドを壊しているからなんだよ」


 と、ここで意識のある取り巻き連中が俺に向かってきた。が、いきなりバックしたパック車に目の前を塞がれ、自ら激突した。


「仕方ない。君達も同罪だから、ついでに中に入ってもらうよ。騒いで出ようとした人から、破砕機で真っ二つだからね」


 もはや彼等に残っているのは、罵声を言う元気だけだった。俺はパック車の中に全員彼等を放り込むと、無事だった収集員のアンドロイドに警察へ向かうよう指示した。


「こいつらは、あんたの仲間を壊し続けてきた悪人だ。警察に突き出して事情を説明してやってくれ。大丈夫。証拠はある。荷台の中にいる連中がふざけて撮った動画に、犯行の一部始終が残ってる」


 きっと、彼等は証拠隠滅のために必死こいて動画削除をしようとしているだろう。でも、無理だ。既にあんた達の携帯端末は、俺がハックしている。どれだけ消そうとも消えないようになってるから。


 俺の指示に「かしこまりました」と答えるアンドロイドに感情はない。犯人が捕まった喜びも、仲間を喪った哀しみも分からない。けど、去り際にこんなことを聞いてきた。


「失礼ですが、名前を教えて頂けませんでしょうか」


 ちょっと戸惑ったけど、こう答えた。


「幻想月影。幻想国の治安を影から守る、ホワイトテンプルの月の影さ」


 ★★★


「げんそうげつえい~っ? なんだその名前?」


 初めての実験が終了した後、変身を解除した俺とレオーネはアレク達と合流していた。一度幻想月影との適合が成功すると、後はもう自在に幻想月影になれるのだそうで。おかげで、三日月形の変なのが身体に埋め込まれてる違和感とずっと付き合わなきゃいけなくなる。


 で、先のセリフは、リーガルハッカーに代わる正式名称を俺が提案した時のレオーネによるもの。


「そう。幻想月影。幻想国の治安を影から守る、ホワイトテンプルの月の影さ。ほら、三日月のマークだってあるし、ボディも黒いから『月の光』よりは『月の影』って呼んだほうが響き的にも合わない? 意味も一緒なんだし」


 俺の解説に渋い表情を浮かべるレオーネ。一方のアレクはというと、


「治安を守るとは、大きく出たな、能男。その力を使って、何かやりたいことでもあるのか?」


「ええ。デストリューマーの成敗でも出来たらいいかなって思ってます」


 デストリューマーの言葉が出た途端、全員が俺を見た。え? なんかヤバいこと言った? と思った次の瞬間、レオーネとアレクが笑い出した。


「デストリューマーの成敗!? なにそれマジかよ、カッコいいじゃん! 本当のヒーローになるつもりかよ」


「デストリューマーの被害には我々も辟易している。正直、警察だけでは手が足りない状況だ。君が自ら幻想月影となって治安維持に貢献となると、これほど心強い話もないかもしれんな」


 なんとポジティブな反応。一方、笑っていない人がいる。CEOのメイナルドだ。


「メイナルドCEOは如何でしょうか?」


 アレクの問いかけに対し、メイナルドはじっと俺を見た。


「大梨よ、君はどうしてデストリューマーを成敗したいと思ったのかね?」


「それは――」


 メイナルドに問われて圧倒しかける俺だが、もう答えは決まっている。一息ついてから、俺は淡々と答えた。


「俺が、仕事の出来ない人間だからです」


 俺は話を続ける。


「俺は、仕事をしなきゃいけない世界で、仕事が出来なくて苦しんでいる人間でした。だからこそ、誰かのために仕事が出来る人達のことは尊敬してるんです。それはAIだって変わらない。だから、そんなのを傷付ける奴等を、俺は許すことなんて出来ないんです」


 メイナルドは透き通った目で俺を見ていた。だからなのかな。これほどの長いセリフを、よどみなくすらすらと言えた。取り繕いも忖度もなく、素直に全部言えた。


 しばしの後、メイナルドは答えた。


「よかろう。君の自由な権限でやると良い」


「本当ですか!?」


 俺はびっくりした。てっきり、ホワイトテンプルの指揮下でヒーロー業をやるのかなって思ってたからだ。まさかの、自由に変身して自由にやれ。


「あの、良いんですか? もしかすると、この力を使って、自分勝手なことをするかもしれないんですよ?」


 ちょっと不安になって訊いてみた。すると、メイナルドの答えはこれまた拍子抜けするものだった。


「構わぬ。そっちの方が、君もやりやすいだろう」


「え?」


「君の言葉で充分だ。賭けてもよい。君はちゃんとやるだろう」


 驚いた。もっとこう、法整備とか制度設計とか、慎重な話とかあるんじゃないのか?


 困惑する俺に、レオーネとアレクがそれぞれ腰と肩を叩いた。


「よかったじゃねえか。メイナルドは人の頭ん中を読み取るのが上手くてね、本当にヤバい奴にはそんなこと言わねえんだよ。能男は大丈夫ってことだ。やったじゃん!」


「能男が幻想月影であることは、お前自身がばらさない限り、能男と俺とレオーネとCEOだけの秘密としよう。幻想国を頼む。あと、この国では一応、自警行為は禁じられている。面倒なことにならないよう、そこだけは注意するように」


 想像以上にあっさり終わってしまい、俺は「は、はあ……」としか答えられなかった。


 幻想月影という重大な力を持つ俺に「自由にしろ」と扱うなんて本来ならホワイトテンプルの責任問題になりそうな気がするんだけど、メイナルドほどの人間になると、そういうのを回避するための面倒なやり取りすら要らなくなるってことなのだろうか。この世界は不思議だ。


 だが、一応結果はオーライだ。ここから、俺のヒーロー業が始まるのだ。


 過去話はここでおしまい。ここでやっと、現在の時間軸に戻るよ。

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