居場所と住処とパートナーと

 アレクとレオーネのやり取りからしばらくして、俺は今、ホワイトテンプルの構内をアレクと一緒に歩いている。あの後もいくつか会話はあったんだけど、その内容は掻い摘んで話すことにするよ。


 俺をここに運んできたロボットは、アレクの命令により検問所へと帰った。あと、同じロボットでも人間のような見た目をしているのは『アンドロイド』と呼びなさい。と注意された。ああいうのをロボットと呼ぶのは、差別語とまではいかないが、周囲から何も知らん奴と軽蔑されがちなので望ましくないんだって。


 ちなみにレオーネはおらず、代わりに別の人がいる。いや、見た目こそ人間に酷似してるんだが、実際の人間にはこめかみに発光体なんてついちゃいない。


 アンドロイド――今現在最も普及している第五世代のアンドロイドで、彼の開発にはレオーネも関わっているのだとか。あの幼い見てくれのどこに、彼のようなものを開発させる知識や技術が詰め込まれているというのだ。彼女は本当に凄い人物なんだな。


 で、俺とアレクが歩いているのは、同じく聖堂の中にある、とある区画。天井の高い広大な空間の中に、箱型やら設備やらベルトコンベアーやらコードの複雑な設備が並んでいる。そしてその中を、大小様々なロボットが行き来している。人もいるなと思いきや、アンドロイドだった。この区画には、俺とアレク以外に人間がいないのだ。


「本当にいないんだ。人間以外……」


「ああ。大体の仕事はAIが担っている。人間が出来る仕事は、ほとんどなくなってしまった」


「本当にそれで、俺は暮らしていけるのか……?」


も言っただろう。貧しい暮らしだけは、この国はさせない」


 ★★★


 ――あの時の話の続きをしよう。当然ながら、アレクの言った意味が俺には理解できなかった。


「AIが生産して、人間が消費……? どういう意味だ……?」


「人間がしていた仕事のほとんどをAIが担うようになった。おかげで、人間のほとんどは働かなくても良い社会になった」


 アレクの口調は、あたかも『空は青い』レベルで当たり前の事実を言っているようだった。それが、なおさら俺を困惑させた。


「人間のほとんどは働かなくてもいい? そんな社会って存在するの? だって、働かなきゃお金は手に入らないんだよ?」


 不安のあまり思わず喋ってしまった。だって、ほとんどの仕事をAIに取られたってことは、ほとんどの人間はお金を得る手段がなくなったってことでしょ? あの辛い日々から偶然迷い込んできた世界が実は地獄だったとか、そんなん嫌だからね。


 ここで俺は、レオーネがニヤケ面でこっちを見ていることに気が付いた。


「それ本気で言ってんのなら最高だね。働くことでしか金が得られねえって発想は、セフィア人じゃ絶対出てこねえ。異世界人ならではの考え方だ」


 俺が眉を潜めると、代わりにアレクが答えた。


「君にとっては理解しがたい話かもしれないが、我々セフィアの常識として、労働とは『有形無形問わない生産供給活動の総称』というものがある。その活動を、人間からAIが代わりに行うようになった。その結果、人間が出来てAIに必ず出来ないものは、消費くらいになった。消費活動を行うことが、人間にとって重要になったのだ」


 俺にはさっぱり話からなかった。AIが代わりに働いてくれるから、ほとんどの人間は働かなくてよい。言いたいことは分かるんだが、それだけでどうして暮らしていけるのか意味が分からなかった。


「安心しろ。この町で暮らしていれば、直に分かる」


 ★★★


 アレクとの社内見学が終わってもなお、俺はまだアレクの言ってる意味が理解できていなかった。そして俺は今、レオーネの研究施設に呼ばれている。


「やあ、能男。待ってたぜ」


 こんな部屋が、端から見ればファンタジーの宗教施設みたいな見た目している建物の中にあったとは。学校の理科室などにありがちな棚やシンク付きの長テーブルやドラフトが並んでいるのはもちろん、別の区画には得体の知れない巨大なサーバーや実験器具が置かれている。


「あ、二階は行かないでくれよ。トップシークレットなんだ」


 別の階まであるとか、レオーネはこんな研究室の主任をやってんのか。


「あの、どうして俺をここに?」


「お前、メイナルドから洗礼受けてここの社員っつうか、セフィア国民になったんだろ? だから、あたしやアレクなりに歓迎をしてえんだよ。ま、正直な話、異世界人っていうサンプルを逃したくねえってのもあるんだけど」


「いくらなんでもそれは正直すぎない?」


 俺のツッコミはさておき、レオーネの言う通り、実は社内見学の締め括りとして、ヨハン・メイナルドという人物から『洗礼』なる儀式を受けていた。彼等曰く、ヨハン・メイナルドはホワイトテンプルのCEO――つまり、一番偉い人であり、その人の所へ俺が行くというのは、要するに就活の役員面接に当たるわけだ。


 そう表現すると、何やらとてつもなく煩わしくて恐ろしいイメージが脳裏を過るわけだが、実際のやり取りは想像を絶するほどあっさり終わった。


 ヨハン・メイナルドは、支社最上階の特別執務室にいた。外から見ると大聖堂のてっぺんにあるドームの中にある部屋なのだが、今思えば、会社の一番偉い人がなぜ支社に都合よくいるのか疑問に思うべきだった。


 まず特別執務室の入り方からしておかしかった。俺はまず、箱型ではない、円盤のようなエレベーターの上に乗せられた。ガラス張りの円筒形の中に円盤があり、上を見るとぽっかり吹き抜けになっていた。で、起動すると、エレベーターが無音で上昇し、特別執務室に直接入ることになる。要するに、ゲームでよくあるダンジョンのボス部屋に入るのにありがちなやつだ。


 部屋にはすでにアレクと同じような身なりをした人たちが何人かいた。彼らもまたこの国の『労働者』なのだろうか。で、そんな人達の一番奥にいた人物が、ヨハン・メイナルドという男だった。


 ほかの人たちよりもはるかに豪奢な祭服を身に纏っていて、見るからに権力と権威に溢れた人物だなってのがよく分かった。早くも圧倒された俺だが、同伴のアレクに導かれる形でなんとか俺は彼に歩み寄る。


 ここでやっと、俺はメイナルドの顔がどんなのかやっと分かった。一番の特徴は大きな鼻とその下に蓄えられた豊かな鼻髭、更にその下から顔を覗くふっくらとした鱈子唇だ。ただ、もう少し白髪の割合が多いのかなと思いきや、割と髪も髭も黒かった。


 あと、めちゃくちゃでかい。恐らく2メートルはあるんじゃなかろうか。少なくとも、彼が俺よりも数段高い所にいるからだけではない。


 俺を見たメイナルドは、無言で俺へと手を翳した。


 たったそれだけの動作で、俺はこの人から頭も心も見透かされているような、すこし体の芯が冷たくなるような感覚になった。


 メイナルドが口を開く。


「大梨能男、貴方は、セフィア幻想国の国民として、ホワイトテンプルの社員の代表として、公の秩序又は善良の風俗を守り続けることを誓うか?」


 凄味のあるしわがれた低い声だった。そんな声で『国民と社の代表として公序良俗を守ることを誓うか?』と問われれば、俺は竦み上ってしまう。公序良俗を守るってことは、誰かに迷惑をかけずに生きるってことだろうか? これまで散々迷惑をかけて生きてきた俺が、この世界でも誰にも迷惑かけずに生きていくことなんて出来るのか? 俺には、そんな自信なんてないぞ。


「はい」


 だから、それだけしか答えられなかった。『誓います』だなんて、怖くて言えなかった。メイナルドは、そんな俺を黙って眺めていた。腹の中を覗き込むような視線に、ひたすら体の中が寒かった。


 俺が答えてからしばらくした後、メイナルドの眼がすっと細くなった。実は、俺が怖気づいている間、彼の背中で微細なノイズが走っていたのを俺は知らなかった。


「大梨能男。貴方を認めよう。貴方は今からセフィア幻想国の国民であり、ホワイトテンプルの一員となった」


 これで終わり。特別執務室やメイナルド本人の様子にひたすら圧倒されていたけど、実際のやり取りはこれで終わり。メイナルドはその後、アレクや労働者に対して二言~三言繰り返していたが、俺はメイナルドに受け入れられたことに対する感情の整理が追い付かなくて、それどころではなかった。


 さて、話をレオーネとのやり取りに戻そう。「正直すぎない」のツッコミに、レオーネは苦笑いを浮かべて答えた。


「すまんな。その詫びも込めて、あたしたちからいいもんをやるよ。まず一つが、パートナーロボットだ」


「パートナー、ロボット?」


「そうだ。セフィア人はパートナーロボットってのを年頃になったら必ず貰うんだ。パートナーがいねえセフィア人なんて、モグリか異世界人しかいねえのよ」


 で、どんなのがいい? と、レオーネはタブレットを取り出す。要するにカタログのようだが、動物型からアンドロイド型までいろいろあるんだな。


「せっかくだから、人型のがいいかな」


「人型? なら、特別に第六世代のアンドロイドをやるぜ」


「第六世代?」


「ああ。さっきまでアレクと一緒にアンドロイドもいたろ? あれが第五世代で、第六世代はその最新型さ。認証試験は通ったんだが、量産段階にはまだ入ってねえ。そいつを特別にプレゼントしてやるぜ」


「ほんとに? じゃあ、どれにしようかな……」


 あまりにも太っ腹な提案に驚く俺。さっそく、タブレットに視線を落として操作しようとするが、レオーネに器具の隅っこに人差し指を乗せるよう指示された。触ってみると、ゲルのようなグニュッとした感触があり、指が沈み込んだ。


「ちょっと希望のアンドロイドをイメージしなよ。ゲルスイッチからタブレットがお前の好みを読み取って、一番いいやつを提案してくれるぜ」


「そんなこと出来るの?」


 半信半疑のまま、レオーネの言う通り希望のアンドロイドをイメージしてみる。そうだな。なんなら、一番好みの女性とかどうだろう……。


 タブレットが反応する。レオーネが受け取り、人一人が入れる円筒形の装置にタブレットを嵌め込んだ。程なくして、円筒形の装置が開く。


 息を飲んだ。確かに好みの女性がいいとは言った。目鼻立ちが良くて、明るい雰囲気があって、なんならスタイルもいい。出るところは出ているいかにも女性らしい体系の女性。そんな見た目のアンドロイドがパートナーだったら最高だよなって思ってた。そんな願望が今目の前で叶えらえてしまった事実に、俺は唖然とした。


「お前、こういうのが好きだったんだな。あたしと全然ちげえじゃん。背もあるし、肌も白いし、胸もすげえあるし……」


 そんなレオーネのじっとりした視線を浴びるまで、俺はずっとを見たまま上の空になっていたようだ。


 彼女の名前はすぐに決めた。第六世代だからゲンロクだ。レオーネから「なんだその名前? 異世界人センスか!?」と弄られたので、「まあ、そういう感じかな」って答えておいた。興味深そうに俺を見るレオーネの目が、ちょっと面白かった。


「パートナーロボットなんだから、一生世話になるんだ。ちゃんとあいさつはしろよ?」


「わかったよ、レオーネ。じゃあ、これからよろしく。ゲンロク」


「はい。よろしくお願いします。マスター!」


 ゲンロクの返事は、聞くだけで俺の気持ちを明るくさせるほど快活だった。このやり取りから、俺とゲンロクの関係は始まったんだ。


「じゃあ、次のプレゼントな。住居だ。パートナーロボットと快適に二人暮らしすんには十分な部屋を、アレクが特別に手配してくれたぜ」


 ★★★


 レオーネとは研究施設で別れ、アレクとゲンロクと三人で俺達はその住居とやらに向かった。


「その子が、お前のパートナーロボットか。なかなか可憐じゃないか」


「ありがとう、アレク。アレクには、どんなパートナーロボットがいるの?」


「見てみるか? ――名は、バステトだ。」


 そう言って、腕輪を介して手のひらから見せた映像には、機械の猫の姿。


「うわ、でかい。可愛い。機械っぽいのに、雰囲気が凄い猫だ!」


「俺が物心つく前から貰ったパートナーロボットでね。今でも我が家で俺を待っている可愛い奴だ」


「凄い。いつか、見に行ってもいい?」


「ああ。機会があれば、な」


 なんてことを言いあうくらい打ち明けた会話を繰り広げていると、到着したのがマンションの一室。今の俺が住んでいる部屋だ。


 正直、仰天したよ。メインの居間どころか、玄関も台所も浴室も広い。おまけにそれ以外の部屋やバルコニーまである。かつて俺が住んでたアパートは、風呂や台所こそあれどボロい一室しかなかったというのに!


「いいの? こんなところに、住んじゃっていいの?」


「ああ。構わんさ。ちょいとローンで給料は天引きされるがな」


「ああ、やっぱりタダでってわけじゃないのか」


「それは当り前だろう。お前には、もう少しここにいてもらわなければ困るんだからな。これでも、廉価な部屋を見つけてやったんだ」


「これで安いのかよ……」


 やがて、部屋の簡単な説明の後、アレクは家を離れた。


 ここで気が付いた。俺が、女の子と一つ屋根の下にいるという事実に。


「なんなりとご命令を、マスター」


 喋っている内容とこめかみのランプのおかげでなんとか彼女がアンドロイドであると認識できるんだが、相手は普通に女の子じゃないか! 意識するべきじゃない。なんか体が熱くなってくる。うまくしゃべれない。


「そ、そうだな。とりあえず、今日はいろいろありすぎて腹が減ったな……」


「料理でしょうか? かしこまりました」


 俺は驚いた。いや、確かに腹が減っているのは事実だ。でも、「飯を作ってくれ」なんて言ってない。まさか、俺の意図を汲んだのか? 察する機能があるのか? これが第六世代の性能か? 俺なんかより、ずっと高性能じゃないか!


 彼女の凄さに驚いて「うん。お願い」としか言えなかった。そんな俺をよそに、ゲンロクはそそくさとキッチンに移動し、料理を始める。家具も完備されているうえにすでに食料も入っているとか、どれだけアレク達の準備は周到なんだよ。それとも、既に食料入りの家具付きで家が販売されてるのがこの国の定番なのか?


「すいません、マスター。食材からハンバーグ定食しか作れないのですが、よろしいですか?」


「え? 大歓迎だよ。作っておくれ」


 程なくしてダイニングテーブルの上に乗せられたハンバーグの味は最高だった。そういえばあっちでは、コンビニで売ってるのを湯煎したのしか食べていなかった。あんなのよりも、やっぱり出来立てのハンバーグが一番美味い。


 この日、俺が最も驚いた出来事は、食事を終えた俺が居間のソファに座った時だ。ちなみにゲンロクは今、食べ終わった俺の食器を洗っている。


 アレクは、退社した後にソファから非実体の端末を取り出せと言っていた。言われた通りに起動と操作を行う。確か、アレクが開けって言ってたのは、これか――。


『本日もご苦労様でした。本日の国民日当を支給します。セフィア幻想国の国民として、今後もより良い社会の雰囲気づくりに励んで参りましょう』


 そのメッセージと一緒に『10000N』と書かれた数字が、俺の銀行当座と思しきアイコンに振り込まれていた。


 なんのことだが意味が分からなかった。なんで、金が俺に振り込まれてんだ? って思った。その金の正体が国民日当ニットーだと知るのは、もう少し後の話だ。


 でも、アレクが言っていた『AIが生産して、人間が消費する社会』の意味が、ちょっとだけ理解できた気がした。

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