君が噂の異世界人だな!

 留置場みたいな場所で一晩過ごした後、俺はそのホワイトテンプルとやらに車で送られた。


 またその車ってのが印象的で、見た目は乗用車と変わらんのだが、ドアが車体の片方にしかない上に開き方も観音開き。おまけに、中にインパネ――運転席みたいなのが無く、代わりに座席がフロント側から車体を経てリア側にかけてぐるーっと設置されていた。これ、真ん中にテーブルがあったら個室バー的なものが車の中にあるようなもんだ。


 案内役兼監視役のロボットと一緒に乗車すると、ロボットが光る何かを手の平から生成させた。え、なにそのホログラムのタブレットみたいなやつ。そんなもん初めて見たぞ。困惑する俺を他所にロボットがタブレットを手の平の上に乗せると、車が勝手に動き始めた。


 要するに自動運転だ。いや、警備ドローンや取り調べにまでロボットがやってんだから、自動運転の技術くらいあってもおかしくないか。


 てかちょっと待ってくれ。この世界に人間はいるのか? 留置場にいた時も、看守はロボットだし、飯持ってきたのはドローンだったし、シャワー室に連れてってくれたのもロボットだった。俺、機械の世界に迷い込んじゃったんじゃないのか?


 ……なんて不安は、ハイウェイのような道に差し掛かった途端に杞憂に終わった。隣の車線を、同じような車に乗って車内で楽しそうにやってる家族連れが通ったんだけど、中にいたのはどうみても人間だったからだ。


 都市のような繁華な場所に降りると、更に人を多く見るようになった。いや、それには安心したんだけど、人に混じって色んなロボットが共存している光景は俺にとっちゃ異様だ。人がいるのは分かったけど、ここは本当にどこなんだ? 俺は、遠い未来の世界にでも迷い込んじまったのか?


 周囲に電気を散すウサギのホログラムが町中を跳ね回っているのがやたらと目に入るようになったとき、俺はあの白亜の大聖堂のような建物――ホワイトテンプル・サンダーバニー支社に到着した。


 今となっては、あのデカい広場から美術館だの図書館だのに出入りしている毎日を送っているけど、初めて訪れた時は、中央にあるデカい大聖堂の裏側から直接内部に案内された。当時の俺の立ち位置は、取り調べ担当した奴等がちっとも理解できないことを正気で喋ってる不審者だ。そんな奴が武装したロボットに警護しながら正面の広場を通るのは、周りからすりゃ不安しか感じないよな。


 まあ、当時の俺はそんなの考えちゃいなかったよ。ロボットが町を歩いてる未来的なのから、昔のヨーロッパに在りそうな歴史的な場所へと一気に雰囲気が変わったぞ。的なことしか思ってなかったから。

 

 聖堂内部の第一印象は『聖堂っぽい雰囲気がすっごくあるオフィス』だった。俺はてっきり、あのでっかい建物が丸々ひとつの大きな空間になっていて、ステンドグラスやら豪奢な装飾やらが辺りにある豪華な感じになってるのかと思ってた。けど実際は、聖堂なのは見た目だけで、内部はビルのような階層構造になっていた。


 見たこともない絵画や装飾に目を奪われながら、ロボットに警護されつつ歩くことしばし。多分、階段は登った。奇怪な色彩の石材で作られた上に高そうなカーペットが敷かれた階段だった。で、廊下の途中にあった、いかにもちょっと休憩に使いそうなテーブルと椅子が置かれたシンプルなスペースの場所に、例の男女はいたんだ。


 男の方は、以前にも紹介した例の美男子の労働者、小柏アレクサンダー。


 女の方も、これまた端正な容姿をした髪の長い人だ。ただ、着ている衣服は白衣なんだろうけど、背が低すぎるせいで裾が床に付きそうになっている。もう一つの特徴として、肌が黒い。褐色の領域を超えた色の濃さに、むしろ白衣が光って見えるほどだ。


 ふたりが俺に気付いた。目の前の男女とロボットの様子から察するに、この人達がロボットが会わせようとした人達なんだなってすぐに分かった。で、俺は二人から並々ならぬ雰囲気を感じたから、せめて俺から挨拶をしようって思ってた。その時だった。


「おぉ~っ! 君が噂の異世界人だな!? いきなりで失礼、ちょっと拝見させてもらうよ!?」


 俺を見るや否や女の方がいきなりぱあっと表情を明るくさせると、懐から何かを取り出した。俺にはメガホンかスピードガンの類に見えたんだが、彼女はそれを俺の方に向ける。で、その装置は彼女側にディスプレイのような何かがあるようなんだが、そいつを覗き込む彼女の顔に笑みが溢れて来て。


「10ミリナロウ!? おいおいマジかよ。こんな数値見たことねえよ。こんなの普通の人間じゃまず出ねえ値だよ。他所の世界から来た奴じゃねえとこんな数値叩き出せねえよ。デクスター検問所にいる連中からの報告じゃ微細って言ってたけど全然違うじゃねえか! こんなのにお目に掛かれるとか、あたし最高にツイてるじゃん!」


 あって早々何かを調べた挙句ひとり勝手にハイテンションになる彼女は、今度はいきなり俺の手を掴んだ。困惑する俺に彼女はさらに畳みかける。


「失礼。うわマジかよ。触っちまったけどわりと感触は普通じゃん。10ミリナロウの数値は出てたけど、触れた感じとしては並みの人間とは大して変わらねえんだな。こいつは良い発見だ。えーと、メモするから待っててね? 次元波長の数値は10ミリナロウ、感触は並みの人間と変わらず……と」


 ここでやっと彼女は気付いた。自分ばかり色々と先へ行きすぎてて、隣にいる男からも冷めた目で見られていたことに。


「あ、ゴメン。自己紹介が忘れてたわ。あたしはレオーネ。レオーネ・シエラだ。この会社でロボット開発チームの主任やってんだ。よろしくな異世界人! って、さっきからずっと冷たい目向けんなよアレクぅ! やることはちゃんとやったんだからさあ」


 ここでやっと、俺は彼女の名前を知った。我に返った相方の姿に、男は深く溜め息をついた。


「シエラが失礼な真似をして申し訳ない。私は、小柏おがしわアレクサンダーだ。ホワイトテンプルのプロダクトマネージャーを担当している。ここで会ったのは何かの縁だ。気軽にアレクと呼んで構わないよ」


 そう言って見せたアレクの微笑は、さっきまでの泰然自若とした高潔な雰囲気から一転、やわかくて穏やかなものだった。こちらの警戒心を一気にほぐされた気分だ。これ、知らず知らずのうちに落とされてる異性とか多いんじゃなかろうか。


 ――なんて彼等の雰囲気に圧倒されていると、またレオーネの強引かつ無邪気な声が。


「なあなあ、こっちの自己紹介は済んだんだ。今度は、異世界人のそっちが色々と教える番だぜ。ほら、座れよ。アレクもあたしの隣に来いって!」


 いつの間にかシングルソファに座っていたレオーネが、床に付いてない脚をばたつかせながら、手すりをばんばん叩いて催促している。なんだこの元気さ。チーフって肩書らしいが、果たして成人なのか? 嗚呼、さっきまで柔和な笑みを浮かべていたアレクが、再び頭を抱えている。


「レオーネ。相手は客人なんだ。いい加減、遠慮を覚えたまえ……」


「いいじゃねえかアレクー。異世界人も怒ってなさそうだしさ!」


 いや、確かに怒ってはいなかった。あの過酷な毎日のおかげで、レオーネがする程度の粗末な扱いには、俺はすっかり慣れてしまっていたんだ。いや、確かにレオーネの不躾な態度は問題だよ。でも、俺にとってはそんなのよりも、彼女の明るさばかりが目立っていた。正直、有難かったくらいだ。


「でさ、異世界人! まずは名前から――むぐぐぐぐ……!」


 俺が座って早々身を乗り出して訊いてきたレオーネの口をアレクが塞ぎ、彼が代わりに訪ねた。


「レオーネ、君はしばらく黙っていたまえ。……さて、検問所で訊かれたのと同じ質問をしたい。名前と年齢と出身地を教えてくれないか? 出身地は、国から教えて欲しい」


「あ、うん。名前は、大梨おおなし能男ヨシオ。年齢は、27。出身地は、日本の――」


 出身地を答えた辺りで、二人の眼の色が変わったのが俺からもよく分かった。


「ニホン……? そんな国、私は聞いたことがない。正気で言っているのか?」


「……同じような反応、向こうの取調室でもされましたよ」


 ちょっと皮肉を込めて返してみた。すると、二人はぎょっとして互いに目を合わせた。なんか、そういう光景も取調室で見た気がするな。


 ぼそぼそ声が聞こえる。「今、デクスター検問所で稼働してるのって、嘘の的中率は98%だ。適当なデタラメなんてすぐ見抜いちまう。てことは、正気で言ってるぜ。間違いねえ」「お前が空気を読まずに早々始めた検査結果も、全くのデタラメではないな。つまり、彼は……」


 そして、沈黙。再び俺を見る二人の表情は、歓喜と驚愕に満ちていた。


「やっぱりマジじゃねえかあ! ようこそ異世界じ……もう名前分かったんだからその呼び方はいらねえよな。ようこそ、大梨能男っ! てか、能男で良いよね? あたしもレオーネで構わないし、アレクもアレクで構わないって言ってるし」


 ほんと、この人強引だな。


「なあなあなあ、能男、あんたがいた世界ってどんな世界なんだ?」


 流れ的に案の定やってきた問いに、俺は表情を曇らせた。


 あの世界の話はしたくない。あの世界の光景を思い起こそうとすると、どうしても仕事でやらかしたトラウマと客や上司の恐ろしい形相ばかりが脳裏を過ってしまう。辛いことばかりが頭の中を埋め尽くしてしまう。


 けど、ネガティブな回答は恐らくレオーネは望んでいないだろう。だから、俺はなんとか折り合いを付けられる解答を見つけた。


「この国みたいに、ロボットとかがそんなにいないですね。取調べするのは人間だし、自動車も一人でに動かないし」


「ほほう。つまり、こっちからすりゃかなり昔って感じの世界だな? で、あんたはどうやってここに来たんだ?」


「橋から落ちて、気付いたらこの世界に」


「なにそれ? つまり、何らかの事故でここにきたってこと? 興味深いなそれ」


 俺の答えに、レオーネは腕を組んで何か考え始めた。彼女が自分の世界に入り込んだなって思ったので、俺は代わりにアレクに質問することにした。


「逆にこっちが聞きたいんすけど、この国ってなんていうんですか? どんな国なんですか?」


「この国の名は、セフィア幻想国だ。みんな、セフィアと呼んでいるがな。で、どんな国なのかという問いだが、一言で表すならば――」


 アレクは一息ついてから答えた。――それは、つい先程まで俺が住んでいた世界の常識とは、酷くかけ離れていた。


「AIが主に生産活動を行い、人間が消費活動を行う国だ」

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