第12話 春の嵐




ガタガタッ。

ガタガタッ。




今日は朝からずっと店のドアが悲鳴をあげている。扉は2重になっているはずなのに、それでもヒューっとすきま風が店内を走る。


昨日までのぽかぽか陽気とは、うってかわって、今日はまた冬が戻ってきたみたいな寒さだ。





今日はうたた寝もできそうにないな。




いつもの窓辺の特等席も、今日はバッバッと大きな音をたててぶつかる大粒の雨の音や、ガサガサと鳴る木の葉の音、道をカランコロンと転がる空き缶の音がうるさくて、とてもじゃないけど、じっとしていられない。



仕方なく店内を一通りさまよい歩くと、いつもナカミチ サンが座る席の辺りに落ち着くことにした。



今日はさすがのナカミチ サンも来ていない。なんなら、もうお昼を過ぎているのに、一人のニンゲンも店を訪れていなかった。



それもそのはず。朝、彼と私が家を出たときには、すでにこんな風に天気は荒れた状態だったのだ。

彼の鞄の中からでもはっきりわかるほど、強い風の音と、風を受けて鳴る様々な音が不協和音を作り出していた。

私の入っていた鞄も何度か風を真正面にうけ、その度に彼がよろけていたのを感じていた。






こんな日くらいお家にいればいいのに。





そんなことを思いながら彼の顔をみて小さく鳴いてみる。

そんな私の思いを知ってか知らずか、彼はめずらしく困り顔で私の頭をそっとなでた。




ふと考えてみると、彼と一緒に暮らすようになってから、彼が店に行かなかった日は1度もなかったような気がする。

まだ一緒に喫茶店に来ていなかった頃も、いつも「行ってくるね。」と出掛けていっては、香ばしい香りを纏って帰ってきた。




そんなことを考えながらもう一度彼の顔を見てみると、先ほどの困ったような顔をしたまま、窓の外をぼんやり眺め、何か考えているようだった。


彼にこんな顔をさせているのは、この春の嵐のせいなのか。それとも別の要因があるのか。私にはわからなかったけど、いつものように彼に笑っていてほしくて、「 みー 」と小さくないた。



すると彼はいつもの優しい笑顔でこちらを見て




「おや?今日はみーちゃんがお客さんになってくれるんですか?」





そう言って、いつも以上に優しく頭をなでてくれたので、嬉しくなってまた「 みー 」とないた。





どうやら今日は私だけのマスターになってくれるようなので、彼が寂しくないように、ナカミチ サンや他のお客さんがするように、彼にいっぱい話しかけた。





嵐の不穏な音も、彼と一緒にいられるなら悪くない。



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