第5話 「彼」の大事な場所 ー 1




今日は僕と一緒に、

みーちゃんも喫茶店に行ってみるかい?






そう彼が私に言ったのは、たしか彼と住みはじめて1年くらいが経ったときだった。


成長期特有の、はがゆさ、好奇心にかまけて暴れるようなパワフルな時期が過ぎ、何となくこの暮らしに飽きがきている頃だった。



彼はやさしく、彼といる時間に不満はなかった。むしろ幸せを感じてはいたが、なにぶん、彼が家にいる時間は短い。


朝ははやく家を出て、陽が沈み暗い夜がやって来てもなかなか帰ってこない。



毎日、


「おはよう、みーちゃん。行ってくるね」


と穏やかに微笑みながら頭を撫で、

家からいなくなる彼を見送った後は


「ただいま、みーちゃん。おまたせ」


と朝よりもちょっと長めに両手で撫でてくれるその手と声をただ待つだけの毎日。




その日もてっきり同じ日になると思っていたのに、彼が私にかけた言葉は

「おはよう、みーちゃん。行ってくるね」

ではなく




今日は僕と一緒にみーちゃんも喫茶店に行ってみるかい?




だった。


―・―・―・―・―・―・―





喫茶店とはなんぞや?







そう思ったのは、すでに彼の鞄に入って彼の歩く振動を全身で感じているときだった。




一緒にみーちゃんも行ってみるかい?



ただその言葉が嬉しくて。

今日は彼ともう少し一緒にいられると思ったらどこに行くかなんてどうでもよくて。


気がついたら鞄の中にいた。





目的地に着くと彼は

「大丈夫。怖くないからね」

と言って、鞄から私をそっと抱き抱えると、喫茶店らしき場所の床にそっと私を下ろす。

彼と暮らす家以外、ほとんど外へ出たことのない私は、たしかに恐怖を感じていた。

それでも、



君と一緒なら、怖いところなんてないよ



と強がって、小さく「みー」と鳴いてから、はじめて見るこの場所を探索してみるべく、一歩足を踏み出した。



彼の方をそっと見ると、いつもと変わらないやさしい眼差しで私のことを見ていた。

それを確認すると、不思議と怖さは本当にどこかへ行ってしまった。










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