第2話 助けたからいいじゃん

電車の走行音や住来おうらいする人の足音で賑やかな桜木町駅。


その近くの広場には、円盤の上に丸い球体を取り付けた形をした清掃型ロボットたちが、路上に捨てられたゴミを回収し動き回る。


だが、一体だけ動いていない清掃型ロボットがいた。いや、動けなかった。


そのロボットの上に、男が座っていたからだ。


ぼさぼさの橙色にスーツ姿。男の名は天道てんどう瞬。先ほど、加佐登を助け喫茶店の支払いを払わせたクズだ。



「賑やかだな……」



なけなしのお金で買った缶コーヒーを啜り、瞬はぼんやりと呟いた。



「アノ……、ドイテクダサイマスカ? (あの……、どいてくださいますか? )」



ぼんやりしてる瞬に、ロボットが申し訳なさそうに言った。



「どいて? おいおい、清掃ロボットちゃんよ。仕事とは真面目やるのではなく、いかにして上手くサボるかが重要なんだぜ」


「ワレワレ二ハ、サボリハヒツヨウアリマセン(我々には、サボりは必要ありません)」



サボることを肯定しないロボット。瞬はやれやれとため息を吐く。



「清掃ロボットちゃん。お前がロボットだろうが、休息はちゃんととれ。じゃないと、ブラック企業の従業員みたいに過労死するぜ。いや、ロボットの場合は過労死じゃなく……えーと……そうだ。過労故障! うまいこと言えたぜ」


「コショウシテモ、ワタシノカワリハイマス(故障しても、私の代わりはいます)」


「違う! 清掃ロボットちゃんは清掃ロボットちゃんしかいない」


「エ? (え? )」


「だから、今助ける!」



缶コーヒーを飲み干してだらけ始めた。そして翼をくださいを歌い出す。



「……タスケルノデハ? (……助けるのでは? )」



ロボットが言うと、瞬は歌うのを止めてきょとんと首を傾げる。



「え? 助けているよ。俺がこうして座っていれば、お前はゴミ集めをしなくて済む」


「ソレッテ、アナタガスワリタイダケデスヨネ? (それって、あなたが座りたいだけですよね? )」


「失敬な! お前はちゃんと休息をして――グオッ!?」



突然、瞬の背中が蹴られた。


急に蹴られたためか、手を出して倒れるのを防ぐことはできず、地面にぶつかった。


持っていた空の缶コーヒーを手放し落としまい、缶はころころと転がる。


瞬が無様に倒れたため、自由になったロボットは瞬の飲んでいた缶コーヒーを押し潰して回収。そして逃げるように離れて行った。



「いてぇ……誰だ。こんな酷いことをしたのは!」



背中をさすりながら後ろを振り向く。そこには加佐登が腰に手を当てて立っていた。


加佐登の顔はしかめられ怒気が漂う。間違いなく怒っていた。



「誰だ、お前? いかにも私は怒っていますって態度出しやがって」



ナイフのような鋭い目付きで、瞬は加佐登を睨んだ。



「もう忘れたの! さっき、助けてたことを理由にし無理やり喫茶店のお代を支払わされたことを。全く、いろんなから聞いて、やっと見つけたというのに」


「……ああ、さっきのやつか」



加佐登のことを思い出したのか、息を吐いて安堵する。



「で、何のよう?」


「喫茶店のお代のこと」


「あれはお前を助けたことでチャラになっただろ?」


「それは私が承認すればの話。今日、休日だから手数料がかかるにも関わらずお金を下ろされ、そのお金であなたの喫茶店のお代を払わされて、私の生活費がほとんど無くなったのよ」


「へえー、お前って金の使い方が荒いんだな」


「荒くない! 会社の給料が少なかっただけ。必死に貯めてた約三十万円を粉砕しやがって。 いったい何を食べたらこんなにするの!」



ふんと鼻を鳴らして、瞬は立ち上がった。



「俺が今日食ったのは千円くらいだ。そんな三十万円分の料理なんか食えねよ。それはな、天井とかをぶっ壊したり、コーヒー豆を駄目にしたなどの弁償代だ」


「はあ!? どうしたらそうなるの! 天井とか何したらぶっ壊れたりするの! 」


「うるせえよ。ちょっとした特殊な事情があるんだよ」



瞬は上着を脱ぎ、蹴られた跡を強く叩き、跡を落とそうとする。


そのとき、瞬の上半身に加佐登は目を奪われた。


両腕に通されたハーネス型のホルスター。その両脇のホルスターに差し込まれた二丁の拳銃。さらに、弾倉入れを着けたベルト。当然、弾倉は収納されている。


なぜ銃規制している日本で銃を二丁も持っているのか。


加佐登はその疑問を口にした。



「そういえば、何で銃なんか持ってんの?」


「はあ? お前何言ってんの? 銃なんてそこら辺にいるやつ――いや、この町に住む人全員が持ってるぞ」



目を見開いて瞬は喫驚する。



「え? 本当に?」



加佐登は目を丸くし仰天した。


一瞬だけ嘘だと思うが、すぐにその思考は掻き消される。


横にバッグを抱えた女性が瞬の横を通ったのだ。その女性のバッグは開いており、そこから拳銃が出ていた。



「そいつだけじゃないぞ。あそこのカップル、あっちの中年くらいの男、スーツケースを引っ張ってる旅行者とか普通に銃を所持してるぞ。……相変わらず子供が全くいない町だな」




愕然とする加佐登に追撃するかのように、瞬は言った。



「その様子だと今まで知らなかったようだな。危機的状況に遭遇したのもあの税金どろぼうたちで初めてだな」


「……ええ、初めてよ」



今にも消えそうな声で加佐登は言った。



「一体どうしたのよ。この町は?」


「科学技術で犯罪都市になった町だが」


「科学技術で犯罪都市!? どいうこと?」



声を上げて加佐登は瞬に問う。


そんな事も知らないのかと、瞬は呆れた表情をした。そして、まだ靴の跡がわずかに残っている上着を着る。



「よくある話だ。技術が発展すればいろんな物ができる。だが、その物は必ずというわけではないが問題が起きる」


上着のポケットに手を入れてガチャガチャと音をさせ、を取り出す。


「例えば、数十年前に繁栄したスマホ。こいつの性能はとても優れたものだった。しかし、ここで起きた問題が起きた」


「す、スマホ!? 違う、それ爆弾よ!」



怒鳴りつけるように加佐登は指摘した。


瞬が取り出していたのは手榴弾だった。近くを歩く人は二度見し、銃を構えたり向けたりして警戒する。



「あ、やべー、間違えた。みなさん、これ実はスモークグレネードですからどうかおきになさらず」



いい加減な態度で言った後、瞬は手榴弾をポケットに戻す。そうだったのかと通行人たちは警戒心を解く。そして銃を戻し歩いていった。


だが、加佐登は警戒心を解いていなかった。



「嘘つかないで。今すぐ捨てなさい!」



瞬の肩を掴んで揺さぶり、大音量のスピーカーのような凄まじい声で加佐登は命令する。



「落ち着け。本当にスモーク何だって。それに安全装置がまだついてるから大丈夫だ」



「そ……そうなの? 本当に?」



先ほどよりも加佐登は少し落ち着く。



「ああ、本当だ。それより、話を戻すぞ。その……なんだっけ、……ああ思い出したスマホだ」



ポケットから今度こそスマホを取り出した。



「操作性が高く、スケジュール帳や家計簿にもなったり、ハイクオリティーなゲームだってできる。何十年前のガラケーて名前だっけ……まあいいや、そのガラケーとやらよりもかなり技術が高いよな」


「そうらしいね」


「しかし、便利なスマホに問題が出てきた。確か……」



顎を手で触れたり、頭を掻いたりして瞬は思い出そうとする。だが、全く思い出せない。結局、諦めてスマートフォンを操作して調べ出した。



「えーと、あったあった。SNSでのトラブル、ながら運転、最後に今でも起きてる歩きスマホなどの問題が」


「そうね。それで、あなたは結局何がいいたいの?」


「そう焦るなって。今から言うんだよ」



スマートフォンをポケットにしまい、わずかの間、瞬は瞼を閉じた。


そして瞼をパッと開く。


瞬の顔はさっきまでの適当な表情ではなかった。凍ってしまいそうな冷気を抱かせる真剣な顔付き。


その顔付きで声音こわねを沈静させて言った。



「……恫喝だよ」


「恫喝!?」



目を大きく開き、加佐登は聞き返す。


瞬は表情を変えず、そのまま喋り続けた。



「裏社会の組織が政府や警察にハッキングなどをして隠蔽いんぺいしてる情報を入手した。その情報は国民の信用を地に落とすほどよりもヤバい情報らしい。それを使って政府や警察を従わせた」


「…………」



加佐登は言葉を失った。


そんな加佐登の姿など無視して、瞬は話し続ける。



「その情報だけではなく、技術を使って作り出した武器とかでも従わせてるけどな。スマホの便利さが悪影響をもたらしたように、発展した科学技術にも起きた。まあ、スマホより遥かにやばい問題だが」



技術は使い方次第で、善になれば悪にもなる。この街では悪い方に行ってしまった。


警察たちが賄賂を受け取ったり、気分で殺害したりする。さらに、銃などの武器が密輸され手軽に買えるようになった。


そういうところで瞬は育ってきたのだろう。



「その結果、こんな犯罪都市ができたわけ。しかも、他の街も腐敗化が進んでいるみたいだから、どこ行っても安全なところはない。まあ、この街よりはマシだ。嫌ならとっととこの町から出て行くんだな」



突き放すように瞬は言い、背を向けて歩く。



「……わかった。あなたの言った通り出て行くから、早く喫茶店のお代――いえ三十万円を返して」



立ち去ろうとする瞬を加佐登は肩を掴んで止めた。



「……お前な。税金どろぼうから命を救い、この町について話をしてやった。だから、もうこれでチャラだ」


「それはそれ、これはこれよ。お金が無いならあそこのコンビニで下ろしなさい」


「……」



わずかの間、瞬は沈黙した。


そして諦めたのかため息を吐き、後ろをゆっくりと振り向く。



「あのな……あ、強盗!」



声をあげて、脇に下げているホルスターから素早く銃を抜き出し構えた。



「え!?」



肩を掴んでいた手を離し、加佐登は銃を向けたところを急速に振り向く。


だが、視界には強盗の姿は無い。



「いないんじゃない――え?」



瞬に視線を戻すが、瞬はいなかった。


左右を振り向いたりして加佐登は瞬を探す。 すると、瞬が走って逃げているのを見つける。



「待て、コラ!」



加佐登も走り、瞬を追いかける。しかし、二人の距離は徐々に離れていくばかりだった。



「あばよ、女。三十万ありがとう」



余裕ができたのか、ニヤリと笑って大声で言う。


そのとき、男が瞬に近づき、自分の足を出し瞬を引っかけた。


瞬は転びそうになるが、瞬時に片足を出す。そして強く跳んで地面を転がる。


止まったのと同時に、体をひねり瞬は男に銃を向けた。


だが、向けたと同時に瞬の腕が蹴られる。


瞬は唸り声を上げ、手に持っていた銃を離してしまう。


宙に舞う銃を掴んで、男は瞬に突きつけた。



「……やれやれ。天道君、油断しすぎだよ全く」


男は呆れた様子で言い、蹴られた腕を押さえる瞬に、くるっと銃を回転させて銃把を向けて差し出した。


割れた前髪に顎のあちこちに生えた髭。古めかしいグレージュ色のコート。


その男を見て、瞬は驚いた。



茂原もはらさんじゃないですか! もう、遅いですよ。何やってたんですか?」



受け取った銃をホルスターに戻して、瞬は立ち上がった。



「いやーごめんごめん。丁度、麻黄まきユリの――あ、後ろ」


「へ? 後ろ?」



ぼんやりとした顔で、瞬は後ろを振り向く。その瞬間、頬に拳が当たった。



「あなたね、よくも逃げやがって!」


「いてぇな! しつこいぞお前」



加佐登に殴られたところを摩り、瞬は加佐登を睨めつける。



「お前さあ、いい加減に諦めろよ」


「諦めるか! 諦めたら私はどうやって生活すればいいのよ」


「そこら辺に生えた雑草でも食ってろ」


「食えるか!」



威嚇する犬のような顔をして、加佐登は声を荒立てた。



「天道君、彼女は?」



当惑しながら茂原は瞬に尋ねる。



「こいつですか? こいつはホストに金をつぎ込んで生活できなくなった哀れな女です」


「つぎ込んで無いわ! 私を助けたことを理由にして、喫茶店の天井などの修理費と料理代を強制的に払わされたんです!」


「へ……へえー」


「あ、す、すみません! いきなり怒鳴るように言ってしまって。私は加佐登花優です」



加佐登は頭を下げて心から謝った。そして自分のことと瞬に助けてもらった経緯を軽く話す。



「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。あとで、きつく注意しておきます。あ、自己紹介が遅れました。私は茂原信先しんせんと言います。彼と一緒に探偵をやっているんです」


「いえいえ。それより探偵をされていらっしゃるんですか。それは大変で」


「いえいえ。そうでもありません」



手の平を横に振って茂原は否定した。



「あ、そういえば、うちの社員にお金を払わされたんでしたね。失礼しました。天道君、速く返して上げなさい」


「え! 返す!? 本気ですか?」



茂原の言葉を聞いて、ぼんやりとしていた瞬が目を見開き声を上げた。



「そうだよ。本気だよ」


「え……マジですか……」



頭を掻いて瞬はまごつき始めた。


ちらちらと茂原の目を見たり、口を開閉かいへいする。



「どうしたのかね? 何か言うのなら早く言いたまえ」



茂原が言うとまごつくことを止め、瞬は自分の頭を両手で掴む。


わずかな間、うめくと頭を離した。



「茂原さん。大変申し訳ないんですが、現在財布と銀行にあるお金がもうすっからかんなんです」



茂原から目線をそらしながら、瞬は言った。



「は!?」



大声を上げて加佐登が反応し、自分の顔に手を当てて茂原はため息を吐く。



「じゃあ、私はどうやって生きていけばいいのよ!」


「だから、雑草を食うんだよ」


「食えるか!」



加佐登は瞬に襲いかかりそうになるが、両手を異常なほどまでに握りしめて抑える。



「天道君。本当に君というヤツは……」



茂原はポケットから財布とペンを取り出した。その財布から小切手を出してペンを走らせる。



「あの……加佐登さん?」


「あ、すみません。お見苦しい姿をお見せしてしまって――へえ?」



茂原に謝ろうとした加佐登の前には漢数字で書かれた四十万の小切手が差し出されていた。



「本当に申し訳ありません。うちの社員にはしっかりと注意しますので、これで落ち着いてください」


「そそそそそそ、そんな金額、茂原さんからは受け取れません。それに払わされたのは三十万ですから」



額に汗が流れ、加佐登の声と両手は震え出した。



「いえいえ。お詫びとして十万を余分に持って行ってください。大丈夫ですよ、後から彼から返してもらいますので」


「俺に!? ちょ、茂原さん! ……わかりました」



ガクッと肩を落として、瞬は言った。


茂原の言葉は素直に聞き入れる瞬の姿を見て、「茂原さんは凄い人なんだな」と加佐登は思った。


しかし、何故こんなにも言うことを聞くのか?


加佐登は疑問に思うが、安易に触れてはいけないと考え心の中に抑え込む。



「そうですか。では、お言葉に甘えて」



茂原から小切手を受け取り、加佐登はそれを財布にしまう。



「それでは、これから仕事なので」


「そうですか。お仕事頑張ってください」



茂原は加佐登に返事をして背を向ける。そして瞬と共にゆっくりと歩き出した。



「いい人もいるんだな」



茂原の背中を眺め、加佐登は感心する。そして「自分もこうしてはいられない」とつぶやき、上体をひねり足を踏み出す。



「あ、そうだ。加佐登さん」



何か思い出したのか、茂原は振り返った。



「はい。どうしましたか?」



加佐登は後ろを振り向く。


茂原はポケットから手帳を取り出して、加佐登に近づく。そして、手帳を開いて挟んであった一枚の紙を見せた。



「この子を見かけたか質問したいんだ」



その紙には少年の似顔絵が巧妙に描かれていた。



「この子……あ! もしかしたら見たと思います!」


「本当ですか!」



明るい表情で、嬉しそうに茂原は言った。



「この似顔絵の子、警官に暴行されていた子供にそっくりなんです。おそらくその子ではないかと」


「ありがとうございます。やっと手がかりが見つかりました。いやー、実はこの子を探してと依頼されてるんです」


「そうなんですか。ところで何故似顔絵何ですかね? 普通は写真だと思うんですが……」


「そうですよね。普通は写真だと思うんです。だから、その依頼人に聞いたんです。そしたらSDカードをなくしてしまったそうで」


「そうでしたか。すみません。興味本位で仕事の内容を尋ねてしまって」


「いえいえとんでもありません。それで助けたところは路地裏でしたね。どこの路地裏でしょうか?」


「えーと場所ははっきりとわからないですけど、この駅の近くなんです」



顎に手を触れて加佐登は思い出そうとする。だが、記憶が浮かんでこない。



(この人に少しでも恩返ししたいのに……あ、そうだ!)



加佐登は明るい表情を茂原に向けた。



「良ければ、お手伝いしましょうか?」



何度か瞬きをして、茂原は一歩後ろに下がった。



「え!? よろしいんですか? これからお仕事を探しに行くはずでは?」


「ええ、そっちのほうは大丈夫です。それよりもその子供もきになりますから」



加佐登は満面な笑顔で答えた。



「はあ? 何言ってんの? 頭大丈夫か? お嬢ちゃん一人で病院行ける?」



腹立たせるように瞬が加佐登に軽侮けいぶする。


加佐登の眉がピクピク動き、拳を作って血管が浮き出てくるほど強く握る。



「天道君! いい加減にしなさい」



こわばった視線を瞬に向けて、茂原は言う。すると、瞬はピタリと停止した。


瞬の行動を制止してくれるのを見て、加佐登の心が晴れる。



「すみません。また不快な気持ちをさせてしまって。お手伝いの件でしたね。お気遣いありがとうございます。そうですね、お言葉に甘えさせてもらいます」



申し訳ない表情をして茂原は言った。



「そうですか。それでは――」


「ただ――」



加佐登の発言を心苦しそうな表情で茂原は遮る。



「私は用事があるんです。だから、手伝うとなると……彼と一緒に行動することになってしまうんですけど……」


「え!?」



目を丸くし声を上げて、加佐登はゆっくりと瞬に視線を向けた。


瞬は嫌な顔をしており、小声で「断れ」と連呼している。



「あの……どうしますか?」



申し訳ない様子で茂原は尋ねる。


当然加佐登は嫌だった。話していると腹が立つし、顔も見たくない。


だから、断わる。


しかし、それを口に出すことはできなかった。


恩返ししたいのもあるが、あの子供がどうしても気になってしまう。


だから、



「わかりました。天道さんと一緒に行動します」



加佐登は覚悟を決めて答えた。



「そうですか。本当にありがとうございます」



苦しそうな表情がパッと明るくなり、茂原の顔に笑みが浮かび上がる。その反対に、瞬は不快な顔をしていた。



「この町は本当に危険なので、あまり無理はしないでください。天道君、君もだよ」


「わかりました!」


「へい……」



加佐登は活気よく答えるが、瞬は嫌々そうに言う。



「それではお気をつけて」



軽く手を上げ、二人に背を向けて茂原は歩いていく。



「さっさと、行くぞアマ」



憧憬の目で茂原を眺める加佐登に呼びかけて、瞬は茂原と逆の方向に歩いていく。



「アマって呼ぶな! てか、あなたさっき茂原さんと一緒に行こうとしてたけど、別の方向歩いてない?」


「作戦が変わったんだよ」


「はあ? 作戦? 何それ」


「お前に言う義理はない」


「ちょっとそれどういうこと!」



荒々しく加佐登は言うが、瞬は無視をする。



「おーい、天道君」



そのとき、大声で茂原が呼び止められた。


歩くのを止めて、瞬は後ろを振り向く。



「私たちの予想通りだったよ」



大声で言ったあと、茂原は微笑んだ。



「え、なんのこと?」



どういう意味なのかわからない加佐登は瞬に質問する。



「……お前にはわからねえよ」



加佐登の質問に答えず、瞬はさっさと歩いていく。



だが、



「そうですか……面白くなってきたな」



加佐登に気づかれないように、誰にも聞こえないような小声で、瞬は笑って言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る