Dirty city

ヤザヤザ

第1話 ようこそ汚い町に

狭く暗い路地裏で、銃声が鳴り響いた。


銃火が点滅し、エアコンの室外機にいくつもの銃痕を作る。


その室外機の後ろに、加佐登かさど花優かやさは隠れて絶叫していた。


首元まで伸びた金髪を切り揃え、濃緑のカーディガンに黒のロングスカート。一瞬だけ心を奪われてしまいそうな美しさ。


そんな綺麗な彼女は恐怖で怯えていた。


いつ、に殺されるのか。いつ、その腕にある銃で撃たれるのか。そんな死の恐怖に。


何故、彼女はこんな状況に遭遇しているのか。それにはしっかりと理由がある。



★ ★ ★



務めていた会社の事務員として、加佐登は働いていた。だが、その上司に突然解雇された。理由を聞いても答えてもられず、弁護士に相談しても無駄に終わり、加佐登は職場を失った。


何故こうなってしまったのか。


加佐登は考えた。仕事もちゃんとこなし、人間関係も良好だった。ただ上司からのセクハラに近いことがあった。おそらくそれが原因だろうと思った。


しかし、原因を追及したところで事態は改善しない。


気分を切り替え公共職業安定所に行くことにした。その道中、二人の警官が少年を殴っているところを目撃した。そして太った警官が少年の髪を引っ張り、もう一人の痩せた警官と一緒に路地裏に入っていく。


これは異常だと加佐登は思った。


あの少年はもしかすると悪事を働いたかもしれない。だが、それを注意するどころか暴力を行使する。


座視ざしなどできなかった。


その少年を助けるために加佐登も路地裏に入る。


ゴミや汚物の異臭に耐えて進んでいくと、二人の警官を見つけた。当然、少年はひどく痛めつけられている。


その警官の前に立ち塞がり、加佐登は暴行を制止させた。


そんな加佐登の行動に警察たちは不機嫌な表情をして目を細めたとき、少年は一目散に走り出し逃げていった。


逃げたられたせいか不機嫌な表情から顔を赤くし、警官たちは激怒して、加佐登に暴力を振る。


少年から加佐登に痛めつけることに切り替えたようだ。だが、 加佐登は簡単にかわしていった。


警官たちはさらに憤怒し、片方の警官が指を鳴らす。


パチンと破裂音が響くと、スキール音を出してが近づく。そしてその何かが加佐登の前に止まった。


何かの正体は白と黒の色が交じった三メートルくらいのテナガザルのようなロボットだった。正式名所CR-01サコ。スキール音はサコの脚部についてあるタイヤからだろう。


そのサコという名前のロボットに、警官は加佐登に対して射撃命令を下した。


長い右腕の装甲のカバーが開き、短機関銃が出てくる。それを加佐登に向けた。


驚いた加佐登は近くにあったエアコンの室外機に素早く隠れた。


こうして今に至る。



★ ★ ★



今もサコの射撃は止まらない。



「そろそろ出てこいよ」


「今出てくれば、撃たないぜ……俺たちはだが」



怯える加佐登に、 警官たちはゲラゲラと笑って言った。


加佐登は今すぐ逃げたい気持ちを歯をくいしばって抑える。今逃げだせば、ロボットに蜂の巣にされてしまう。



(まだ……まだよ。弾切れになるまで動いちゃダメ)



心の中で何度も自分に言い聞かせ、じっと待つ。


しばらくすると、射撃が止まった。


ゆっくりと顔を出し、ロボットの様子を確認する。


ロボットは全く動いていないが、右腕はガチャガチャと音がしていた。おそらくリロードをしている途中なのだろう。



(よし、今だ!)



好機だと思った加佐登は足を踏み出す。先ほど抱いていた恐怖を忘れ、雨上がりのまぶしい光のような希望が頭の中に広がる。


そのとき、ロボットは左腕の短機関銃で射撃した。


先ほどの右腕から短機関銃を出した手順と同じ動作をして。


だが、加佐登は撃たれていない。


ただ加佐登の足元には飛び散った血と……無惨な肉の破片があった。


その破片にはネズミらしき顔があった。撃たれたのはおそらくネズミだろう。


その光景を見た加佐登に、再び死への恐怖が湧いてきた。今出たら、自分も肉の破片になるのではないか。


希望が一瞬にして消え、体がガクガクと震え出した。


踏み出していた足を下げ、加佐登は座り込んだ。



(お……終わった……。私、死ぬんだ……)



落ちていくように気力が無くなった。


左腕の短機関銃が弾切れしても右腕のほうに撃ってくる。


加佐登の頭には死への恐怖しか浮かばなかった。


落胆していると、ロボットの右腕の音が聞こえなくなった。リロードが完了したようだ。



「そろそろ飽きてきたな……」


「おい、女。裸になれば許してやるこないぞ」


「いや、もういいわ。コイツを早く始末しようぜ」


「マジかよ……まっいっか。おい、早く始末しろサコ!」



サコと呼ばれたロボットは、警官の命令を遂行するために加佐登に近づく。


ロボットの歩行が死へのカウントダウンだと加佐登は想像した。


徐々に迫ってくる死に、両腕で自分の体を抱きしめ、瞼を閉じ、歯を食いしばって考えることを阻止する。



「さあ、終わりだ―っいてぇ!?」



そのとき、太った警官の後ろに青年くらいの男が突っ込んでくるようにぶつかった。太った警官は転ぶように倒れる。



「あ、すんません」



警官を倒した男は適当に謝った。


橙色の髪に黒いスーツ姿。上着のボタンを止めていないため、シワだけらけのシャツが見える。


男は倒してしまった太った警官をチラッと見た。そして何もなかったかのように、走り去ろうとする。だが、



「おい! お前……誰にぶつかったのかわかってんだろうな?」



太った警官は立ち上がりながら男を呼び止めた。



「そうだぞ! 誰にぶつかったか言ってみろ!」


「……人間?」


「「そうだが、そうじゃない! 警察だ!」」



警官たちは揃って言った。


誰か来たことに気付いた加佐登は耳を澄ませた。室外機から顔をちょっとでも出せばサコに撃たれる。情報を手に入れるには、この方法くらいしか思いつかなかった。



「俺たちは警官だぞ! この俺によくもタックルなんかしやがって――」


「タックルはしてません。ぶつかっただけです。どこぞの大学がやった悪質タックルとは違うんで。それじゃあ、俺は急いでるんで」



警官の話を遮り、男は走り出した。



「……こ、この野郎……俺たちをなめてんじゃねえぞ! サコ、コイツを射殺しろ!」



太った警官の指示で、サコは後ろを振り向き左腕の短機関銃を向けた。



「銃を向けるなら覚悟してんだろうな?」



男が言った瞬間、銃声が響く。


サコではない。男だ。


シャボン玉が割れるような速さで、脇のホルスターから銃を取り出し撃ったのだ。


サコはキョロキョロと見回す。だが、見えるのは砂嵐のような白黒の視界。


引き続き、男は引き金を引く。


装甲で覆われてない両方の肘関節と膝関節に一発ずつ撃つ。


足の関節が撃たれたせいで、サコはバランスが取れなくなる。


必死に立ち続けようとするが、後ろに同じく関節部分を撃たれた腕をふらつかせ、下がっていくばかり。


とうとう足に限界がきて、加佐登が隠れている室外機に寄りかかるように倒れた。


その室外機の後ろに隠れていた加佐登はビクッと驚く。



「サコには両腕に仕込まれた短機関銃しか武装と呼べるものがない。その短機関銃は腕の関節のせいで照準がブレて撃てやしない。しかも、足も関節がイカれて移動することもできない。つまり、戦闘不能」



男は警官たちの方にゆっくりと振り向く。



「さて、次はお前らの番だな」



微笑んで男は言った。


怯え出した太った警官はホルスターから銃を取り出そうとするが、男は太った警官の右腕を撃つ。


右腕を撃たれた警官は大きな悲鳴をあげる。



「だ、大丈夫か!? クソおおお……死ね!」



もう一人の痩せた警官も銃を取り出し、男に向けて撃つ。その瞬間、男は首を傾け銃弾をかわして走り出した。



「何!?」



すぐにもう一発撃つが、男は前に飛び込むように体を投げ出して転がり回避する。


焦り始めた警官はもう一度引き金に引こうと力を入れようとする。


男は素早く立ち上がって跳躍して、左手で拳を作り、射撃される前にその拳で警官の頬を殴る。警官は仰向けに倒れた。


男は着地した後、すぐに痩せた警官に銃を向けた。



「ここまでだ。これ以上抵抗しようなら、お前とそこのデブの頭に撃つ」


「お……お前、俺たちを殺せばど……どうなるか……わ、わかって言ってるんだよな」



震える警官に、銃を向けたまま男は冷酷な目付きで言った。



「この町の事件や調査などは、その組織の上層部に賄賂を渡せば簡単に無かったことや中止にすることができる」



男は瞼を閉じる。そしてゆっくりと瞼を開き冷酷な目付きで微笑んだ。



「つまり、お前らを殺したことも無かったことにできる。そんなこと、お前らのほうが一番わかってるだろ? 」



男の表情から警官たちは理解した。脅しではない。本気で殺すと宣言していることを。


警官たちは恐怖を感じ始めた。それはしだいに大きくなり、体中から汗が流れ出し震えだす。



「戦うかそれとも逃げ――」


「「うわわわわわわ!」」



男の話の途中に、警官たちは絶叫し逃げ出した。そして辺りはしんと静まり静寂になる。


男は大きくため息を吐き、脇のホルスターに銃をしまう。



「殺すなら殺される覚悟を持てよ……っと、いけねえ。俺も早く逃げないと」


「あ、あの!」



走り出そうとする男に近づき、加佐登は呼び止めた。



「助けて頂きありがとうございます。もう少しで私は―」


「はあ? いつお前を助けたの? 」


「え!? あ、すみません。さっきまであの警官たちは私を殺そうとしてたんです。けど、そこにあなたが偶然現れて警官を追い払ってくれて助かったんです」



(この人、口悪いな)



内心では男の態度に不快感を感じるが、ニコリと笑顔で隠す。態度が悪いとはいえ一応、助けてもらっているのだから。


そんな加佐登を男は無関心な表情で見た。



「ああ、そういうこと。それじゃあ俺は急いでるから」


加佐登に背中を向け走り出すが、急に立ち止まり、何かを思いついたらしく指を鳴らす。



「そうだ! なあ、お前。今いくら持ってる?」



無関心な表情から明るい雰囲気に変わったことに加佐登は驚いた。



「え!? あ、お金のことですか? す、すみません。今はそんなにお金がないんです。だから、お礼とかなら後日に――」


「はぁ? マジかよ……使えねえ」


「使えねえ!?」



男の言葉に加佐登は驚愕する。初対面なのに態度は酷く、荒い言葉使い 。


感謝の気持ちが一転にして怒りに変わる。



「あなたね、初対面の人に向かってそういう態度は無いんじゃない!」



男に憤激しながら加佐登は言った。



「何キレてんの? 生理? 俺に怒りをぶつけないでもらいます?」


「こ、こいつ!」



加佐登は奥歯をぎりと鳴らした。


炎のような怒りのオーラを出す加佐登を、男は嘲笑して言った。



「そもそも、この町に住んでいるなら分かってるだろ? 俺みたいなやつとか、さっきの税金どろぼうとかがどれだけいるか」


「そんなわけあるか! さっきの警官が何人もいればニュースになる。しかも、何であなたは銃なんて持ってるの?」


「……お前マジで言ってんの?」



ついさっきまでの態度が変わり、目を丸くし改まった声で質問してきた。


急激に男の態度が変わったことに、加佐登は動揺する。



「な、何よ。私が何か変なことでも言ったの?」


「お前……この町の――」


「見つけたわ! しゅんちゃん、お代払って貰うわよ!」



男が答えようとしたところを女言葉で話す男性の怒声で遮られた。


男はビクッと震え、おそるおそる後ろを振り返る。すると、頭を抱えてあわただしく困惑した。



「や、やべー。ど、ど、どうしよ……」



気になる加佐登は男の後ろを覗く。


そこには前髪以外を丸刈りしたヘアに喫茶店の制服。二メートルくらいの身長をした男が走って迫ってくる。



「瞬ちゃぁぁぁぁぁぁん!」



独特な姿に加佐登は唖然するが、すぐに正気を取り戻し瞬と呼ばれる男に話しかけた。



「あの人瞬って呼んで走ってくるけど、瞬ってあなたのこと?」


「ああ、そうだよ。今は黙っててくれ。……ああもう、どうしよう……」



腰を下げ、まだ頭を抱えて震える瞬。そんな姿を加佐登はざまあないと喜ぶ。



「きっと普段の行いが悪かったせいよ。これを機に反省しなさい」


「うるせえ! ……そうだ! いいこと思いついた」



明かりのスイッチを入れたように明るい表情になり、腰を上げた。


瞬の変化に加佐登は嫌な予感をした。



(なんかまずいことが起きそう)



大きく息を吸い込んで後ろを振り向き、瞬は大声で言った。



「店長、今隣にいる俺の彼女が払います!」


「はあ!?」



加佐登は声をあげて驚く。


そんな加佐登を無視して、瞬は言い続ける。



「俺は仕事があるので、それでは」



瞬は言った後、すぐに走り出した。


加佐登は逃がすまいと瞬の腕を掴もうとするが、すらりとかわされる。


加佐登をチラリと見て、瞬は鼻で笑い全力で走って逃げていった。



「逃がすか!」



加佐登も走り出そうと、地面を強く蹴ろうとした瞬間、肩を掴まれた。


ぶるりと震え、素早く後ろを振り向く。


喫茶店の店長らしき人は目を細め、強烈な雰囲気を漂わせながら強く睨む。



「あなたが払ってくれるのね?」


「あ、いや。その……」



初めて立つ小鹿のように震え、怯えて従いそうになるが、否定しようと必死に言葉を考える。だが、圧迫感が邪魔をし集中できず時間だけが過ぎていく。


待かねたのか、喫茶店の店長らしき人は顔を近づけ言った。



「払ってくれるのよね?」


「……はい」



喫茶店の店長らしき人の迫力に負け、加佐登はしぶしぶ承諾した。

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