第7話嫌われ者
もしその年に何も起きなければ、そのまま生け贄を捧げる儀式は廃れてしまったことだろう。
しかし、その年は水が出た。それも、村が出来て以来初めてとされる程のものが。
最初に山の方で雨が降った。村ではほとんど降らなかったものの、その様子は茶色の濁流となった川や、一緒に流されてくる流木の存在から知れた。
何日も続いた雨で山の一面が崩れたのだ。流れてきた土砂は下流に留まり、水の通り道を塞いだ。その後、下ってきた雨雲が、村の上で雨を降らせた。
流れを止められて苛立っていた川が、堤防を崩して怒りを注ぎ込んだ。
既に避難していた家もあったが、水は容赦なく逃げ遅れた人を呑み込んで行く。その中には、贄を拒絶した一家も含まれていた。
ようやく水が落ち着いた時、辺りは家家の頭が出ているだけの湖と化していた。
被害が大きかった地域は水が引くまで数日かかったが、村の全てがそうだったわけではない。
特に鎮守の森などは、川に近いにも関わらず、ほとんど被害が出なかった。まるで川の神も、神聖な森を沈めることはためらったかのように。
逃げ延びた人々は、罰が当たったのだと噂しあった。贄を捧げなかったから、川の神が怒ったのだと。
そうして、水が引くとすぐ、改めて贄が捧げられた。反対した一家の末娘である。両親は死んだが、兄とこの子は生き延びていた。
神官は相変わらず賛成も反対もしなかった。
そうして1人生き残った兄は、比較的被害が少なかった地域に住む、父の友人の下へ引き取られた。
生き延びたオビは、自分がどうして親戚ではなく、父の友人に引き取られたのか、幼いうちからはっきりと理解していた。
一つ目に、その家が川から離れたところにあり、比較的被害が少なかったから。
二つ目に、父と友人は家が離れているにも関わらず、互いの家を行き来するくらいに仲が良く、オビのことも可愛がっていたから。
そして三つ目に、親戚が引き取りを拒否したからだ。
贄を出さなかったから水が出た。神との取り決めを破ったからこんなことになった。お前達が勝手なことをしたせいで。
生き残った時から、オビは村人の呪詛を受けてきた。
儀式について、両親はオビに何も説明していなかったが、両親が他の村人と揉めていたことは知っている。
両親が「ニエ」を拒絶したこと、そのせいで水が出たらしいこと、それで皆怒っていること、オビは早いうちに全て理解した。
親戚が周りから恨まれている厄介者の自分を、関わりたくないと拒絶したことも。
それを見兼ねた父の友人が、同情して名乗り出たことも。
引き取った一家は親切だった。
他の村人のようにオビを責めたりしないし、大水のことも贄のことも、オビの死んだ家族のことも話そうとしない。
忘れさせようと努めているらしかった。だからオビもそのように振る舞った。
被害の少なかった地域とはいえ、周りの村人からは白い目で見られていたし、到底忘れられる出来事ではない。
それでもそうしなければならないと思った。
気にしないように、忘れられるように、気を遣われているのだから、それに応えなければならない。
そうはっきり考えていたわけではないけれど、そんな風に思っていた。
そうしてずっと我慢してきた。周りの子供から何を言われても、されても。やり返したりしてはいけない。
迷惑がかかるから。世話になっている家の手を煩わせるようなことは、絶対にしてはいけない。
そう思っていたのに、思わず手を出してしまった。
大水から数年後の、秋のことだった。オビは養い親の子供と一緒に、森へ栗を拾いに来ていた。
家には子供が3人いて、一番年上の、オビより大きい長男は他人行儀だったが、下2人とは仲が良い。一緒に行こうと誘われて、ついて来てしまったのがいけなかった。
森の中で、村の子供らと鉢合わせしてしまったのだ。
オビを見掛けた子供達は、いつものように罵りの言葉をぶつけてきた。
それだけならいい。普段のように無視するだけだ。
でもこの時は、一緒にいた2人まで標的になった。
オビは自分のことを言われたのなら我慢できる。死んだ家族についてもだ。
けれどあの2人に関しては無理だった。
あいつらは関係ない。なにもしていない。
手を出すのはまずいと、分かっていたはずなのに、結局飛び掛かってぶちのめしてしまい、相手はおろか、一緒に来た妹まで泣かせてしまった。
その晩養い親と一緒に相手の家に謝りに行ったが、オビは酷く落ち込んだ。
皆が寝静まった夜半、オビはそっと家を出た。
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