第3話約束

村は温暖な地方にあり、冬でも雪が降ることはほとんどない。


冷えた夜にうっすらと氷が張ることもあるが、それも朝日が昇るとすぐに溶けてしまう。そんな気候だ。


そのため冬になっても畑で何らかの作物が作れるし、川で魚も釣れるから、一年を通して食べ物に困ることはほとんどない。


村は三方を山と森に囲まれている。近くに他の村はなく、一番近い町へ行くには山を越えなければならない。


けれどこれが険しい山だったから、人の往来はほとんどなかった。夏至の晩に行商人がくる他は、時折村人が塩を買いに行くくらい。


村の北を流れる大きな川を、船で下ることができたら楽なのだが、これもかなり流れが速かった。おまけに水深も深く、雨が降るとすぐ増水する。


船を出そうにも、川に慣れた者でさえ転覆することがあり、更に繋いでおいた船が、雨の後に流されてしまうこともしばしばだ。


そんなことを繰り返すうちに、誰も船を持たなくなった。


そういった地理的な不利益も多くあったが、それでも村は豊かだった。


都会のような贅沢など望むべくもないが、気候は良いし、作物はよくとれる。山や森、川も生活に必要な様々なものを与えてくれる。


大きな災厄に見舞われることもなく、村はおおよそ平和だ。


唯一つ、度々増水しては村を襲う、川の気紛れを除いては。


村の西側には大きな森が、ほとんど手つかずのまま広がっている。


村人は、かつて先祖がこの土地に住み着いてから、周りの森を切り倒して畑を拡げてきた。


けれど西の森には手をつけない。それは神々との約束だった。


昔、先祖がここに村を作ることに決めた時、この土地に住まう神々にお伺いを立てた。


神々は人間が森を切り開くことを許可したが、西側に広がる森には手をつけないように言った。


それを守るなら、村と村に住む人間を守って下さると。


だから村人はほとんど西の森には入らないし、たとえ入っても何も持ち帰らない。


西の森で木を切ってはならず、茸や山菜もとってはならない。木の実も拾ってはならないし、鳥や動物を捕ることもならない。


それは村の掟だった。そういったことを許されているのは神官だけだ。


神の代弁者として森に住む神官だけが、生活のために必要なものを森から受け取ることを許されている。


神官は滅多に村には現れない。森から出るのは一年に一度、冬の終わり、春の初めに行われる儀式の時くらいだ。


その儀式がいつから行われているのか、誰も知らない。ただ昔からだと言われている。


村の年寄りが子供の頃には既に行われていたらしい。村が出来て間もない頃からだと言う人もいる。


ただそれが神官の言葉によって始められたのだけは、確からしい。


村は昔から、川の暴走には悩まされていた。


川は普段は悠々と流れ、貝や魚を気前よく人間に提供するが、非常に怒りっぽく、一度腹を立てたら相手を滅茶苦茶にするまで許さない。


川は特に、人に干渉されるのを酷く嫌った。


浅瀬で遊んでいた子供が足を滑らせる。船が転覆する。橋が流される。


そんなことはしょっちゅうで、大人は子供に夏は川に行かないよう言いつけたし、船も橋も次第に諦められた。


それで被害は随分減ったが、完全にではない。最も恐ろしいものが、度々村を襲った。


それが、大雨の後に起こる洪水だった。


村は出来て間もない頃から、これに悩まされていたらしい。


堤防を作り、雨が酷くなると更に土嚢を積み上げたりしたが、川は人の造ったものなど軽々と壊してしまう。


それは人間に無力さを思い知らせ、決して越えられない存在がいることを見せつけるかのようだった。


先祖は当時の神官に相談した。

神官は言った。


「川に敬意を示しなさい。毎年1人、未婚の娘を川に捧げなさい。そうして川を畏れ、敬っていることを示すのです」


それから、村では毎年春先に1人、若い娘を川に捧げることになった。

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