第2話言い伝えと呼び声
日が暮れて間もなく、7つになったばかりの女の子が、両親に連れられて森へ来た。
家族は他に祖母がいるが、春先から足を痛めており、森の中を歩くのが辛いのでお休みだ。
少女は母親に手を引かれ、森の中を歩いている。
村の多くの子供がそうであるように、彼女はお祭りを楽しみにしていた。
しかしその理由は異なっている。大概の子供にとって、祭りの楽しみは露店である。
森の外にはたくさんの出店が並んでいる。村の外から、各地の祭りを廻っている行商人や旅芸人もやってくる。
娯楽の少ない小さな田舎の村では、これが大きな楽しみだ。
参拝を終えて森から出た村人は、露店で買い物をして見世物小屋を巡り、子供達も甘い菓子や玩具を買ってもらう。
しかし少女が楽しみにしているのは、そういったものではなかった。
彼女が好きなのは森の中、社へ続く、青く照らされた道だ。
枝葉の間にポツポツと、高さも間隔も不均等に、青い提灯が吊られている。それが闇をうっすらと照らし、黒く太い木の枝や、濃い緑の葉を浮き上がらせる。
少女はそれらを見るのが好きだった。
まるで、星空を歩いてるみたいだ。
娘が上ばかり見て歩くものだから、母は絶対に手を離さない。森の中は、お世辞にも歩きやすいとは言えないのだ。
毎年家を出る前に注意しているのだが、娘は一向止める気配がない。女の子にとっては年に一度の楽しみだ。止めるわけがなかった。
たとえ「転んで声を出したらどうするの。森の神様に連れていかれてしまうよ」と脅されていても。
それに彼女は、神様に見つかることを怖いとは思っていない。
むしろ一生を森で暮らすなんて、素敵なことじゃないかとさえ思っていた。
誰かに見られていると気付いたのはもう出口近く、外の笛の音が、森の中まで聞こえてくる所だった。
少女は立ち止まり、後ろを振り返る。
森の中には多くの人がいた。日が暮れてから暫く経ち、けれど夜も更けていないこの時間がもっとも混む。
これから社へ向かう人、既に参拝を終えて帰ってきた人、それらの人が出入口付近で立ち止まった親子を邪魔そうに避けてゆくが、格別注目している人はいない。
どこだろう。
少女は辺りを見回した。背が低いから周りの人達に遮られ、遠くまでは見渡せない。
けれどそれは、少女の視線が届く位置にいた。近くだったわけではない。それは遠いが見える場所、提灯の吊るされた高い木の枝にとまっていた。
漆黒の羽を、光が青く照らしている。それは一羽の烏だった。
烏は鳥がよくするように、首をちょこちょこ動かすこともなく、真っ直ぐに少女を見詰めている。
女の子は首を傾げて烏を見返した。
あなたはだあれ?
心の中で烏に問い掛ける。
私に何か用事なの?
むろん、烏から返事が帰ってくるはずもなく、少女は母に手を引かれて我に返った。
母は早く行こうと目で促している。父は既に森から出て、外で待っているようだ。
母に手を引かれて歩きながら、少女はもう一度後ろを振り返る。しかしもう烏を見つけることはできなかった。
翌朝、少女は家から姿を消し、二度と戻ってくることはなかった。
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