Chapter : 5 「キミは絶対に騙される」
あの震災から、4年経った。ぼくの身体は、小学校入学以前の状態に遡行した。
途絶える気配を見せないマユからの手紙は、1日たりとも休むことなく、毎日届き続けた。さっき届いたのは、2202通目だった。
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最初は、マユが手紙を書き続けているのだろうと思った。けれどその憶測は、やはり間違いである可能性が高いことが、いよいよ実感としてぼくの胸を締め付けた。
近頃、ぼくは鉛筆を手に持つ時、どうもうまく持てなくなってしまった。鉛筆の方が大きくなってしまい、握ることがあたわなくなった。ぼくの手が縮まって、鉛筆を持つ感覚も忘れかけている、と言ったほうが正しいだろうか。
そうなると、ひとつ、大きな問題が生じてくる。マユも、同じようにペンを握れなくなっているはず。ということは、手紙を自筆で書くことは難しくなってくる。
けれど、手紙はいまも流麗な文字で綴られ、その内容はいつまでも中学生のマユそのものである。
だが、ぼくは希望を棄てなかった。
「マユ」
3月のはじめになると、あの震災を思い出す。そこからマユが逃げ切った姿を想像する。
「キミは、絶対に生きのびる」
ぼくに向けられた台詞を、変声期を遡った声で、口に出してみる。なんだか、彼女がぼくのなかに宿っているようだった。
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そうだ、マユは生きのびているのだ。ぼくはそう思うことにした。だから、ぼくはできるだけテレビや新聞を見ないようにした。
けれど、震災から半年たって、宮城県が、身元を特定した死没者の名簿を公表した。
ぼくはインターネットで、それを見てしまった。ほんとうのことを知りたいという欲求のほうが、勝ってしまったのだ。
そこに瀬切マユの名前がないことを願った。見なければ済むだけの話だった。仙台市若林区のページを開く。ランダムに並べられた老若男女の名表。見逃せばよかった。
けれど、ぼくは見つけてしまった。彼女の名前はたしかにあった。
ぼくはすぐにパソコンの電源を切った。信じたくなかった。
……けれど、マユは、ぼくを、騙しているのだ。
騙している。死んだのだと、思い込ませようとしている。なぜなら、手紙は届き続けているから。マユは生きているんだ。時間を超えるたったひとつの方法を、実践している。いまはその真っ最中なんだ……。
そう思えば思うほど、途轍もない喪失感におそわれるだけだった。最初のうちは。
時間が、年数が経つにつれて、ぼくの首を絞める悲しさは薄らいでいった。マユは生きているんだと、自分に言い聞かせた回数だけ、ぼくは強くなれた。
希望を、棄てなかったのだ。
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5歳の身体に逆戻りしたぼくは、両親にしつこく言い続けた。瀬切マユという人からの手紙がぼく宛てに届いたら、かならず見せてくれと。
1日1回言い聞かせると、毎日何も言わずともポストから手紙を持ってきてくれた。
彼女が何者なのか聞かれたこともあった。転校したクラスメートだと言うと、納得した顔を見せた。
いいんだ。これでいい。マユは、手紙を送り続けてくれている。それ以上、なにも求めることはない。日々の雑感が綴られている。まるであの震災がなかったかのように。
彼女は時を超えて、生き続けている。
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手紙が3000通を超えた。
欠陥だらけのぼくの仮定は、穴が多いがゆえに、壊れやすかった。ぼくは少しずつなにかを忘れている。たとえばそれは数学の定理であったり、漢字の読み書きであったり、マユの感触であったりした。
ぼくは彼女のことをできるだけ忘れないように、ぼくを騙しつづけた。
マユはまだきっと、どこかで生きている、と。
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