第4話 哀しき炎の子
核を、ずたずたに引き裂かれたことにより、私の意識が引き起こされた。
幽閉塔にいる私を起こすなんて、どれだけの衝撃だったのだろう。
私は観ていただけだったから、実際戦ったわけではない。それでも分かる、彼の心は本物だ。何かを失う辛さを知っている、そんな目をしていたから。
それに、無駄が無かった。洗練された、完璧な神秘殺し。刀が私の核を貫いた時に感じた死の実感、あれはきっと一生忘れられまい。
人が、神に一矢報いるのでさえ困難を極める。その常識を平然と食い破って来たのだ。これほどの恐怖を、私は感じたことが無い。
その恐怖はまだ我が内側に在り。肉体など無い筈なのに、震えているような感覚さえある。幼子のままであれば泣き出したであろう。
恐らく、私は二度とこの感覚を味わうことは無いのだろうが、叶うならばもう一度、味わってみたい。
よもや、私がこの感覚に恋をしているなど、本来であればありえないことなのだから。
*****
ゴウン、と。重々しい音がした。
正確な時刻は分からないが、この幽閉塔に陽の光が差し込んでいることから、昼間であることが伺える。
この幽閉塔に近づく物好きな者がいようとは。
辺りは黒に塗りつぶされ、陽射しが差し込むまでは何があるのかさえ分からなかったこの空間に、囲うような白い壁が現れた。
「お邪魔しまーす・・・・・・」
やって来たのは女性のようだ。
女性というにはあまりにも幼過ぎる声だが、とにかく女が入ってきたことは確か。その女は私の傍らまでやって来て、鎖につながれた私を見上げているようだ。
その視線は、とても温かい。声を聴いただけで人格が判る存在など、人の世でも一握りだろう。なんと嬉しいことか。
「貴女は、死神かな?」
ふふふ、と女が笑う。
目が死んでいて、女の容姿はシルエット程度にしか認識できないが、それでも相当な情報を得ることができた。
これは、着物だろうか。左手には神楽鈴をぶら下げ、右手には何か液体の入ったとっくりのようなものを握っている。
「ふむ、彼の知り合いかね?」
「ううん、違う。私は神の側に就くつもりはないし、それと同時に人に就くものではないわ。ただ、この時代を取り戻さなければならないのは事実だから、少し手伝ってあげてるだけ」
そう言って、女は手に持った鈴を縦に振り、出せる音全てを出したらそれをすぐに地面に置いた。
「それはまあ、これだけ長い間幽閉塔にいれば目がろくに使えなくたってしょうがないわよねえ」
今の鈴の音には何か意味があったのだろうか。
「それにしたってこの縛られ方、やっぱりあの男は好きになれないわ。それでも、そんな父親を前にして一歩も引かなかった貴方には感服させられた。ねえ、やっぱりあなたは両親を恨んでる?」
この女は、私のことを知っているのか。だが、生憎今の私には記憶があまり残っていない。答えられるものなどたかが知れている。
「そうだな、確かに私は奴らを恨んでいる」
意味が無い、思い出すだけ気分を害す両親の記憶。もう二度と会うことも無いだろう。私はここから出られないから。
女は、そう、と少し寂しそうに言った。
同情の念が混ざっているだろうか。こんな他人からの温情を貰ったのはいつぶりだろう。
「それにしても、彼に刺されてよく生きてたわね。見た感じ核がバラバラにされてるみたいだけど」
幼い女が、恐ろしいことを平然と口にする。
「ああ、私も時機に輪廻に乗るだろう。もっとも、転生先があるのかは知らぬが」
「それは・・・・・・まあ何とかできる。あの子なら、融通利かせてくれるだろうし」
ああ、そうか。この女がこの幽閉塔に足を運んだ理由。私に生きるつもりがあるのか問いに来たのだ。
「なんだ、私に人間側に立てと言いたいのか?」
「やっぱり察しがいいねぇ。人間に就いて欲しい、というのが本心だけどそれを決めるのは貴方だし、ただ転生して生きたいままに生きてくれればそれでいいよ」
人間に就けとはとは、また面白い女もいたものだ。
「そうだ、私は貴方の核を埋め込まれた少年を見ていないの。教えてくれる?アレの真相を」
「それは、私にも良く分かっていないのだ。私はあくまでその状況を観測していただけだ。それがいけなかったのだと、今になっては思うが。私は、この幽閉塔に閉じ込められた神々がその神格を奪われていく様を六千年見続けた。助けようと、抵抗しようと、手を伸ばしたところで届かない。それ故に私は自分の無力さを恨み、その蛮行を行う天上の神々を呪った。他者に力を譲る事情は数あれど、神が神を呪い人を頼るなどあってはならない、その不信が今回の暴走を招いたのだろう」
「・・・・・・それは、貴方の伝承が故のものかな。あなたは生まれついてすぐに殺されたから、伝承でのその神格が、性質が、不信感という呪いを核に浸透させてしまった。」
伝承、伝承か。
だが、その伝承は今に終わる。
この神話を残す者など要るまい。伊邪那美も、伊邪那岐も、この神話を消そうとまで考えたのだから。両親である奴らが私の存在を消そうというならば、もう私を知る者はいなくなる。
「でもね、私思うの。いつの時代も、神たる正義が存在するのなら、それに反乱を起こす戦士たちがいる。今はその戦士が、ただの人間になっているだけ。彼らは、本当の意味で私たちよりも強いから。なんたって、神を存続させるほどの幻想を抱けるのだから」
・・・・・・そうだ。人間は強い。私の炎を受け継いでも壊れぬ強靭な幻想を持った人間がいるのだ。そんな彼らに、勝率がこれっぽちも無い訳が無い。
「・・・・・・それで、どうする?私が此処にいられるのはあと数分。もし行くつもりがあるなら私の手を取って、ないのなら呼びかけに応じなければいい」
驚いた。この女は選択する時間もくれないというのだ。
私は、頷いた。
「そんなもの、決まっているだろう」
そう言って、差し出されているのであろう女の手を取った。
あの時、核を貫かれて走った電撃には、絶対的な死と恐怖があった。
その感覚が、伽藍洞だった私に単純かつ明確な目的を与えてくれたのだ。
人の身でありながら、持つべきものを奪われた哀れな少年。彼は誰よりも生を謳歌せねばなるまい。
私が生まれてすぐに奪われた、あらゆる幸福を彼の為に。
だが、彼には私が味わった死の感覚を味わうことはできないだろう。
あれほどまでに刺激的な最期は、恐らく彼の敵対者だけが味わうもの。
爆破の如く、電撃の如く私を貫いたあの死にはもう二度と。
だから、それに近い位置に立つこととしよう。彼の隣に立てれば、疑似的に殺された錯覚にでも出会えるだろうから。
「炎神、加具土命の名において誓いを。私が焼却するは絶対の正義、この力は人理の礎に捧げましょう」
「太陽神、天照大御神の名のもとに誓いを受けましょう。我らが族戚を、共に討ち取るのです」
言うまでも無いが、私の終わりは父との決戦による戦死がいいと思うのだ。
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