第3話 オカルトマニアな幼馴染。

陸人りくと。相談したいことがあるんだけど」


 ゆいは、校舎裏のベンチに掛けてスマホを操作している薪辺まきべ陸人りくとを訪ねた。

 陸人は突然の来訪者にも身じろぎ一つせず、マイペースにスマホの操作を続けている。

 

「唐突だね。恋愛相談、進路相談? 残念だけど前者ならばスクールカースト下位の僕が力になれることは何もない。後者ならば力になれないこともないけど、生憎と僕は自分の勉強時間を削ってまで君に奉仕するような善人ではない。そもそも本格的に対策するなら同級生である僕に相談するよりも塾なり家庭教師なりを利用した方がよっぽど建設的――」


 目も合わせぬまま、一言われたら整合性も取らぬまま一方的に十返す。非常に面倒くさい男なのだが、付き合いだけは長いので結も今更気にはしない。


 結と陸人は親同士が学生時代からの友人である幼馴染だ。昔はよく一緒に行動したものだが、中学時代を機に良くも悪くもお互いの個性が際立ち始め、愛嬌あいきょうがあって華やかな結はクラスの中心に、孤独を好む陸人は目立たない存在へと、自然と立ち位置が変わっていった。高校進学後にはそれがより顕著けんちょとなり、結は流行に敏感なお洒落な女子グループの中心人物。陸人は目立たぬオタク風男子として学校内での交流はほとんどない。


 とはいえ、別にお互いのことを嫌っているわけではないので、一対一で会えばこれまで通り幼馴染として接することが出来る。陸人の長台詞も久しぶりの会話故の照れ隠し的な面もあり、決して悪意はない。


「はいはい。先ずは落ち着いて聞きなさい――陸人って、都市伝説とかに詳しかったよね?」

「都市伝説研究は僕のライフワークだからね。ネット社会となり近代的な都市伝説も随分と流布されるようになった。信憑性の有無について議論するのは野暮というものだろう。時代に順応した都市伝説が生まれゆくという事実そのものが興味深い。今期こそは都市伝説研究会設立の悲願を絶対に――」

「だから先ずは話を聞いてってば。陸人に相談したいのは、漆黒婦人の都市伝説についてなの」

「漆黒婦人か。ネット界隈で話題とはいえ、結の口から都市伝説の名前が出てくるとは意外だね」


 食いつきを見せたのか、陸人の態度がいささか落ち着いた。


「現物を見せながら説明した方が早いよね」


 結は自身がSNSに上げた写真を見せ、事の経緯を陸人へと説明した。出来れば久世麗のSNSも見せたかったのだが、彼女が亡くなってからSNSは削除されてしまったため、手元に写真は残っていない。


 説明の最中、陸人は茶々を入れずに終始真面目に聞き入っていた。オカルト好きとしての興味はもちろん、根は善人なので困っている幼馴染を放ってはおけない。


「なるほど、漆黒婦人の都市伝説について僕も個人的に調査していたけど、まさか君の周辺にそれらしい人物が現れるとはね」

「……正直気味が悪くてしょうがないけど、この程度で大人に相談するのもどうかと思って。まずは、オカルトマニアの陸人の率直な意見を聞きたいの」

「君は何て言ってほしい?」

「それは、都市伝説なんて気にする必要はないって言われれば少しは安心するけど、私が欲しいのはあくまでも率直な意見」

「所詮は都市伝説だ。少なくともオカルト方面に関してはそこまで気にする必要はないと思うよ」

「ふざけている? それとも気を遣ってる?」

「何も君の言葉を聞いて答えを変えたわけじゃないよ。現状ではという前提にはなるけど、オカルトマニアの見解としても、オカルト的脅威は今のところは感じない」

「そう、なの?」


「本物のオカルトなんてそうそう出くわすものじゃない。漆黒婦人の都市伝説は一切の出所が不明で情報に整合性が取れていない。何というか、凄く荒いんだよ。洗練されていない、真新しい創作の気配を感じる」


「つまり、誰かがネット上に流した作り話ってこと? だとしたら、ウララカの周辺に漆黒婦人が出没したことの説明は?」


「僕なりの仮説を話すよ。卵が先か鶏が先かみたいな話になってしまうけど、先ずは可能性一。誰かが創作した漆黒婦人の都市伝説を知った何者かが、内容を模倣し実行に移した。何なら創作者自身が実行に移したのかもしれない。

 

 可能性二。後に漆黒婦人と呼ばれる不審人物が目撃された方が先で、第三者がそのインパクトを元に漆黒婦人の都市伝説を創作した。久世さんの件はあたかも既存の都市伝説に類似しているかのように語られていたけど、僕が調べた範囲では、久世さんのSNSに登場する以前から漆黒婦人の都市伝説が存在していたとする根拠は見つからなかった。漆黒婦人の都市伝説の方が後出、第三者が面白おかしく吹聴ふいちょうしたなんて可能性も考えられる。

 

 いずれにせよ、実際に久世さんや君の撮影した写真に不審人物が写り込んでいたのは紛れもない事実だ。真に警戒すべきは創作の都市伝説よりも、実体ある人的な悪意の方だと僕は思うよ」


 力んで陸人の仮説に聞き入っていた結は、空気が抜けたかのように脱力し、よろよろと陸人の隣へと腰を落ち着けた。


「陸人に相談して良かった。そうだよね、都市伝説に怯えるなんて馬鹿げてる。これで安心出来たよ」

「安心するのはまだ早い。言っただろう。真に警戒すべきは創作の都市伝説よりも、実体のある人的悪意の方だと」

「……それはそうだけど」


「お気に入りが存在するのが怪異だけとは限らない。不審人物にだってお気に入りは存在するかもしれないだろう? 事実、君は久世麗さんのファッションやメイクを真似る生粋のファンであり、顔立ちも似ている。不審人物のお気に入りが久世麗さんだったなら、君もまた気に入られる可能性は無いとは言い切れないだろう」


「……きっと偶然だよ」

「そうだね。その可能性だって十分考えられる。だけど、もしもまた漆黒婦人らしき人物が写り込んだ際には気を付けた方がいい。一度なら偶然で片づけられるけど、二度目以降はどんどん必然へと近づいていくから」

「……怖いこと言わないでよ」


「幼馴染として君のことを心配しているからこそだよ。とにかく、用心しておくに越したとはない。親戚に刑事がいるから、僕から相談してみるよ。不審人物が暗躍しているとすればそれは、オカルトマニアではなく、警察の領分だからね」


 結とて分かりやすい形で危険が近づいている可能性を考えていなかったわけではない。陸人の現実的な指摘により、改めてそのことを認識した。


 それでも、一人で不安がるよりはよっぽど状況は改善したと言える。

 オカルトマニアである陸人の仮説によってその方面の恐怖は薄れたし、不審人物にしても、一度の接触なら偶然で片付く可能性もある。その上、陸人経由で刑事と関係が持てるというのならまさに鬼に金棒だ。

 これ以上悪い状況にはなるまいと楽観視する程度には、結は落ち着きを取り戻しつつあった。


「小町、薪辺、もうすぐ昼休みが終わるぞ。そろそろ校舎に戻りなさい」


 二階の廊下を通りがかった担任教師の白木しらき数矢かずやが校舎裏に二人の姿を見つけ、窓枠越しに声をかけた。あと5分で昼休みが終わる。移動時間を加味すればそろそろ戻るべきだろう。二人は素直に「はい」と返答し、校舎裏を後にした。

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