第2話 偶然に決まっている。

「……何、これ」


 久世くぜうららの死から一週間後。

 昼休みに自身のSNSを確認していたゆいは、先日の投稿に対して寄せられたメッセージに背筋が震え上がっていた。メッセージ自体は善意のフォロワーから寄せられたもので危険性はない。問題なのは指摘内容だ。


『いつも楽しく拝見させて頂いています。突然ですが先日投稿されたお写真について、決して怖がらせるつもりはないのですが、背後に奇妙な女の人が写っていたことが気になりましたので、ご報告までに――』


 結はすぐさま先日の投稿を見返した。

 友人達と一緒に郊外の遊園地へと遊びに行った際の写真を、数回に分けてアップしたのだが、遊園地帰りに隣接するショッピングモールで写した一枚にそれはいた。


「……漆黒婦人」


 図らずも久世麗のSNSを拝見する内に見慣れてしまった、女優帽を被った特徴的なシルエット。遠目だが、結たちの背後の人混みに紛れた漆黒婦人が確かにカメラの方を見つめていた。表情まで読み取れるような距離感ではないが、漆黒婦人は口元に笑みを浮かべていると、結は悪寒と同時に確信した。


「結、青ざめた顔してどうし――嘘っ! これって漆黒婦人?」


 スマホの画面を覗き込んだ友人の上井草かみいぐさ有希ゆきは、両手で口を抑え後退った。一緒に写真にも写っている、結と一緒に外出した友人の一人だ。

 直接の関連性は不明だが、久世麗の周辺に出没していた漆黒婦人が、彼女の死から程なくして自分達の周辺にも現れた。気味悪さを感じずにはいられないだろう。


「これって、昨日モールで撮った写真だよね?」

「……うん。今さっきフォロワーさんから指摘が来て」

「全然気づかなかったよね」

「背後で死角だし、そもそも居るとは思わないもの……それにしても、どうして漆黒婦人が私の写真なんかに」

「漆黒婦人じゃなくて、似たような恰好の人がたまたま写り込んじゃっただけだよ。うん、そうに違いない」


 有希は明後日の方向を見たまま、半ば自分に言い聞かせているかのようであった。

 公表はされていないが、久世麗の死は殺人で、彼女の周辺に頻繁に出没していた漆黒婦人が犯人ではないかという噂が徐々に広まってきている。殺人犯とニアミスしていた可能性など否定したいだろう。もちろん彼女の言うように、漆黒婦人と似たファッションの人物がたまたま写り込んだだけという可能性も十分に考えられる。


「……だよね。偶然に決まってる。珍しい格好だけど、まったくいないわけじゃないだろうし」


 有希と同様の不安を抱えながらも、結は異なる可能性に対する懸念も抱いていた。

 憧れの存在であった久世麗の訃報を耳にした日、何かの間違いであってほしいと、結はネット上で久世麗に関する情報を片っ端から調べていった。

 そんな中、たまたま発見してしまったのが、不謹慎ながらも久世麗の死を受け盛り上がりを見せていた、漆黒婦人の都市伝説について探求するオカルトマニア達のやり取りである。人の死をオカルトに結びつける不謹慎さに憤りを覚えながらも、同時に内容が印象的だったので記憶に留まっていた。


 ネーミングのみが独り歩きしている漆黒婦人の都市伝説の内容について、元がマイナーな都市伝説だけあり情報が錯綜しているが、全てにおいて共通している点は三つ存在するという。


 一つ、漆黒婦人が狙うのは若い女性で、好みが存在する。

 二つ、漆黒婦人に気に入られた女性は近い内に死を迎える。

 三つ、お気に入りが死んだ場合、漆黒婦人は次のお気に入りを見つける。


 都市伝説を真に受けるなんて馬鹿げていると頭では分かっていても、感情は確かに恐怖を抱いている。


 お気に入りだった久世麗が死に、漆黒婦人が次のお気に入りを探しているとしたら? そして次のお気に入りを見つけてしまったとしたら? 


 そう思うと、体の震えが止まらない。


「……結、大丈夫?」

「大丈夫。どうせ何も起こらないよ。どうしても不安な時は大人にも相談するから」


 今の時点で大人に相談しても、心配し過ぎだと一蹴されてしまうのがオチだろう。まだ大人に相談するタイミングではない。


 オカルトを本気で信じているわけじゃない。だけど、不審者とオカルト、二種類の不安を同時に抱え込むなんて耐えられない。

 ならば、オカルトに詳しい人物に相談し、せめてオカルト方面の不安だけでも払拭ふっしょくしたい。


 ――陸人りくとならきっと力になってくれる。


 結はオカルト方面の知識には明るい知人に一人だけ思い当たった。


「ちょっと、結?」


 善は急げと、結はそそくさと教室を後にした。

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