漆黒婦人がやってくる

湖城マコト

第1話 恐怖はSNSからはじまった。

「生まれ変わったら絶対にウララカみたいな顔になりたい」

「分かり。マジ憧れる」


 昼休みの教室では、昼食を終えた女子生徒たちが一団を作り、スマホの画面に釘付けとなっていた。女子生徒達の注目を集めるのは隣のS市在住の女子高生、愛称「ウララカ」こと久世くぜうららが更新しているSNSだ。


 S市の有名私立高校に通う久世麗は大人びた端正なルックスと抜群のスタイルから、学業と並行してファッション誌の専属モデルとして活躍している。

 アップした写真の私服やメイクのセンスも良く、同年代の女子高生たちにとって久世麗はアイコンだ。一方でSNSに投稿されるコメントには年相応のあどけなさや愛嬌あいきょうに満ちており、大人びたルックスとのギャップもまた魅力となっている。


 この日は先日の雑誌の撮影風景をアップしており、普段は覗けない撮影の裏側に、女子生徒たちは見入っている。


「この服可愛い。頑張れば買えそうな価格だし、バイトでも始めようかな」


 中でも一番熱心に見入っているのは、シュシュでくくった黒髪のポニーテールと170センチ近い長身が印象的な小町こまちゆいだ。


 結は久世麗が一般人だった頃からSNSをチェックしていた古参ファン。元々顔の系統、背格好共に似ており、結は積極的に久世麗のファッション参考にしている。

 時折SNS上に自撮りを上げており、その完成度の高さから本家久世麗から反応を貰ったこともある、ファンの間ではそこそこ有名な存在である。


「……ねえ、これって」


 和やかムードの中、不意に結が久世麗が投稿した写真の一枚を見て眉を顰めた。何事かと思い、友人達が結のスマホを覗き込むと、


「うわっ、漆黒婦人しっこくふじん、また映ってるよ」

「……こう何度もだと、流石に気味悪いよね」


 屋外での撮影の合間にスタッフさんに撮ってもらったという一枚。モデル仲間と笑顔でピースサインをする久世麗の背後。人混みの中に、一際目を引く長身の人物が一人。全身黒づくめで髪形は黒髪ロング。特に印象的なのは色白な肌と、衣服と同じく真っ黒な女優帽とのコントラストだ。

 目を引く風貌であることには間違いないが、そういった人物がたまたま映り込んでしまっただけならば問題はない。問題なのは、この漆黒婦人と呼ばれる人物が、久世麗がSNS上に投稿している写真に頻繁に映り込んでいるという点だ。気味の悪いことに、映り込む距離は徐々に近づいてきている。


 最初に姿が確認されたのは一カ月前。今回のように、久世麗が屋外での撮影の最中に撮った写真――背後の雑踏の中に、一際目立つ女優帽の人物が映り込んでいた。


 次は三日後。久世麗が休日に友人と遊びに出掛けた際のオフショット。

 カフェテリアで撮影した一枚にも、道路を挟んで反対側の歩道から、久世麗のいるカフェテリアを見つめる女優帽の人物の姿が映り込んでいた。

 一部のフォロワーはこの時点で女優帽の人物に注目したようだが、二回程度ならばたまたまという可能性も十分に考えられる。この時点で女優帽の人物の存在はそこまで話題に上がらなかった。


 五日後。美容室帰りの久世麗の自撮りの後方に、三度女優帽の人物の姿が確認された。二度までならまだしも、三度となると偶然とは考えにくい。フォロワーたちの間でも、久世麗の投稿した写真に頻繁に怪しい人物が映り込んでいると話題になり始める。


 同時期から本来の久世麗のフォロワーだけではなく、オカルトマニア達も彼女のSNSに興味を示し始めた。女優帽の人物の正体は何でも、オカルトマニアの間でも一部の者しか知らないコアな都市伝説、「漆黒婦人」ではないかという噂が流れ始めたからだ。

 しかし、元々一部のオカルトマニアしか知らなかったような都市伝説がまさか定説となるはずはない。一方で何かしら呼び方は必要だと感じたのか、都市伝説発祥だとも知らぬまま、「漆黒婦人」なる呼び名だけが独り歩きするという珍妙な状況が出来上がっていた。


 現実的に考えれば漆黒婦人の正体は特徴的な風貌をした熱烈なファンか、逆に嫌がらせ目的のアンチか。どちらかであろうというのが大方の見解である。

 久世麗自身も当然、頻繁に写真に写り込んでいる漆黒婦人の存在は承知しているだろうが、今のところ彼女が漆黒婦人について言及したことはない。

 大した問題ではないとスルーしているのか、あるいは事務所などに相談して水面下で対処をしているのか。それはSNS越しでしか状況を把握出来ぬフォロワーサイドには分からない。

 

 一つだけ確かなのは、初めてその姿が目撃されてから一カ月程が過ぎた今日の投稿にも、漆黒婦人が映り込んでいるということだけだ。


「ウララカ、大丈夫だといいけど」


 ずっと眺めているのも気味が悪いので、結は漆黒婦人が写っていない別日の投稿へとページをスライドさせた。

 オカルト話など信じてはいないが、怪しい人物が頻繁に久世麗のSNSに映り込んでいることは紛れもない事実。実体のない恐怖よりも、現実に存在する不審者の方がよっぽど恐ろしい。

 1ファンとして、同年代の一人の少女として、久世麗の身に何事も起こらないことを祈るばかりであった。


「ほら、そろそろ自分の席に戻れ」


 五限の数学担当でクラス担任でもある白木しらき数矢かずやが教材片手に入室。

 話題も程々に切り上げ、結たちは自分の席へと戻っていった。


 〇〇〇


「……ねえ結、ウララカのこと聞いた?」

「何かあったの?」

「……電車に跳ねられて死んじゃったって」

「嘘……」


 久世麗が非業の死を遂げたのは、二週間後のことであった。

 帰路につくため駅で電車を持っていた所、不意にホームから線路へと転落。直後に通過した特急列車と接触。即死した。

 自殺するような動機が見当たらないことから、警察では現在、事件、事故の両面から捜査を進めている。

 関係者の証言によると久世麗はこんを詰め過ぎるところがあり、モデル業と学業を両立させるため、睡眠時間を削って勉学に励んでいたそうだ。睡眠不足と疲労に起因した突発的な眩暈めまいによって、不運にも電車が侵入してきたタイミングで線路上へと転落した可能性が指摘されている。


 一方で、漆黒婦人なる不審人物が頻繁に久世麗のSNS上に上げていた写真に写り込んでいたという事実は警察側も把握しており、何者かが故意にホームから突き落とした他殺の可能性も考えられる。


 人気女子高生モデルの不審死ということもあり、慎重に捜査が進められている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る