第7話 キャルフのマフラー

シルヴァ魔法商店街。魔法関連の素材の卸売市場に併設された各種専門店が立ち並び、卸市が開く早朝は活気に溢れているが正午も回った今はちらほらと観光客が見える程度しか人通りがない。上を見れば、観光名物となっている各店舗が目立つために競いあった結果生まれたどぎつい色の看板群が天を覆う様に乱立している。


「わぁ……すごく怪しい場所ですね……風俗街か何かで?天井見ると目が痛いんですけど」

「最初はこんな感じじゃなかったらしいんだがな。何処かが始めた目立つ看板を他が真似てあとは醜い競争の結果こうなったらしい。下手に壊すと上が全部崩れるとこまできちまって、撤去もできず今やこの街の名物の一つになっちまったんだそうだ」

「貿易国家の卸市場っていうからどんなとこかと期待してましたが魔窟でしたか……」

「まあ待て、ここは併設された商店街だ。卸市場自体はこの先だ」


商店街を抜けた先にある卸市場は周辺各国から集まった希少な素材や魔道具を見るだけで楽しめる。ここがあるからこの街は商人の街として栄えることができたと言われている。


「じゃあそっちに期待することにします。さあ行きましょう!」

「おい、待て!迷子になるのが落ちだから俺から離れるんじゃない‼」


正面門から卸市場までは大通りの一本道だが一度路地に入れば出ること困難な迷宮商店街。それを利用したスリも多発している。……キャルフの財布空だから関係ないか。


「で今回ここに探しに来たものってなんです?私が壊したもの全部がここで揃うとかいうわけじゃないですよね?」

「おまえが壊してくれちゃった俺の鞄の修理素材だよ。少なくともコートの防御術式は直したいから魔法筆を買わなきゃいかん」


使用者の魔力をインクとする魔法筆は術式刻印やスクロール、魔術書を作るのに必需品なのだが、コートの胸ポケットに入れてたせいでキャルフに吹き飛ばされた時真っ二つにへし折れてた。魔法学院の卒業祝いでもらった記念品だったんだがなぁ……。


「逆に考えてください。私の蹴り一発で壊れるようなものを新調、強化するいい機会だと。ごめんなさい‼暴力反対です。今すぐその私のマフラーに伸ばしてる手をやめてください!」

「チッ」

「舌打ち!?すぐに暴力に訴えても何も解決しないんですよ!私が言うんですから間違いないですね。むしろ主に懐が損をします!

ギルドでも言いましたけどこのマフラーホントに大切なんでやめてください、私も怒りますよ?」

「それが分かってるのにやるのか。わかったよ、もうマフラーは引っ張らないようにする。それにしてもこの暑い中なんでマフラーしてるんだ。仕舞っておくとかしとけば良いのに、なんか特別な効果でも付与されてるのか?」


ギルドで鑑定眼を使ったときはキャルフの魔力のせいで他のものがろくに見えなかったがただのぼろいロングマフラーではないのだろうか。

義眼の調整もしないとな……。キャルフが近くにいるだけで毎度エラー吐かれても困る。


「いえ、このマフラーは別に大した能力ありませんよ。特殊な材料でできてるのでやたら丈夫ですけどね。何かは秘密です。言ったら間違いなく売って金にしろって言われるのが分かってるので」

「そうか、なら今すぐ売ってきてやる。幸いここにはそういう店がたくさんある」

「やめぇええええてぇええええ!この子は!この子だけはぁああああ‼」


マフラーを奪い取ろうと手を伸ばすと、瞬時にマフラーの垂れさがった部分を大事そうに自分の胸元に抱え込み、道のど真ん中で座り込むキャルフ。

往来を行く人々が何事かとこちらを見てくる。話声を聞くに、どうやらこいつが俺と自分の身体で何を守ってるのかを分からないようにしてやがるせいで、通行人からは子供か何かを守ってるように見えているらしい。

ちょっと待て、今憲兵とかワードが聞こえたぞ!?


「わかった!冗談だって!売らなくて良いから今すぐその真似をやめろ!」

「なら良いんですよ。さあ卸市場に行きましょう」


発言を撤回した途端、座り込みをやめてこちらに笑いかけてくる。

こいつ、妙に頭回してきたな。なんていうか、手慣れてる感じがしたぞ……。


「おい、キャルフ。こんな技どこで覚えてきた。おまえの頭で絡めてなんて思いつくとは思えん」

「コーネリアさんの中での私の評価が解せないんですが!?今日会ったばっかりの相手に言うセリフですか!?」

「いきなり見知らぬ他人ごと扉を蹴破る奴にそんな頭があるなんて思わねえよ!」


自分の経歴を見てみろって話だ。もしかしたら頭は回るが激情型過ぎて生かしきれてないだけかもしれない……。今腕を組んで反論を一生懸命考えてるのを見るとやはり頭が足りてないらしい。


「馬鹿の自覚を持てたところでとっとと買い物を済ませようか」

「待ってください!私は単に理性が仕事してないだけなんです!きちんと考える頭はあるんです。聞いてますか?コーネリアさん、どんどん先に行かないでくださいって。待って、置いてかないでください!

馬鹿じゃないんです!数学や知識は生まれた時から持ってるからめちゃくちゃ得意なんですよ」


何かをほざいているがこんな往来で漫才に付き合う気もないので無視して先に進む。

そんなことで時間潰してたら、ただでさえ物がないっていうのにもっとなくなるわ。

それにしてもすごいな機人。誕生から常識やら法などのあらゆる知識を有するって話は本当だったんだな。演算能力も優れてるのか。

なんできちんと知識と持ってて優秀な頭も持ってるのに生かせないのか……。心までは神の力を使っても決めれないってことなんだろうな。

心まで決めれたら神様たちも絶滅の危機なんてなってないだろうしな。


「そういえば売らないと約束するからもう一度聞くが、そのマフラーの素材はなんなんだ?触り心地はお世辞にも良いとは言えなかったぞ」

「そういう素材ですからね。本当に売りません?売ったら本当に私ブチ切れますよ?多分この街くらいなら壊してやりますよ?」


真剣な眼差しをしてこちらを見てくる。それ程大事なものなのだったのか。適当に引っ張ったのは悪かったな……。直せるようならついでに素材買って修復してやるか。


「売らないから安心しろって。約束破ったらマスターの分の借金を俺が肩代わりしてやっても良い。ぼろくなってる様に見えるし、ここで素材買えるようなら修復してやるよ」

「あー、いやぁ……さすがにここでは素材は売ってないと思います。ご厚意はすごくうれしいんですけどね」


頬をぽりぽりと掻き、申し訳なさそうに答える。そんな希少素材を使ってるのか。それともここいら近郊では手に入らないって話か?キャルフの住んでたって話のラントで手に入れたものならそれもありうる話か。

キョロキョロと周囲を覗うキャルフ。その後、手を振って頭を下げるように指示してくる。高級品らしいからな、誰かに聞かれて盗難されるのを恐れてのことか。

キャルフ程の実力ならチンピラごときに奪われるとは思えんが……不注意で持ってかれるとかありそうだな。

耳打ちができるように腰を屈めると手を筒状にしてキャルフが囁く。


「いいですか?驚かないでくださいね。このマフラーは純度100%、竜の体毛でできています」

「はぁあ!?」

「驚かないでって言ったじゃないですか!皆が何事かって見てますよ!」


竜!?核に竜の心臓を使ってるってことはその竜から取った素材だろうか。こいつを作ったやつは一体何者なんだ。


「それはワイバーンやドレイクとかの眷竜や竜人ドラゴニュート蜥蜴人リザードマンの髪の毛とかではなくてか?」


周囲に聞こえないよう小声にして会話をする。確かに下手に聞かれるとまずい会話内容だからな。体毛なら竜から貰った可能性もなくはないが竜信仰の国で竜の素材なんて出したら一大事になるのは目に見えてる。

道行く人々の皆が皆信心深いわけではないが竜教の連中に聞かれたら事にやっては殺されかねない。傷つけたや死体から回収したとかなら殺されるだろうし、分けてもらったとかなら殺されなくても今度は崇められかねないしで百害しかない。


「違いますよ。正真正銘竜の体毛です。ここだけの話、さっき話した私の師匠"竜殺し"なんですよ」

「はぁ!?」

「だから声が大きいですってば!そりゃあの人の強さは私も頭おかしいと思いますけどね」


竜の強さはとても人間一人がどうこうできる強さではない。それを殺したということ自体がとんでもない話だが、竜は信仰されてる存在だ。

だが竜同士の争いで弱ったところを狙ったとか化け物レベルの奴らが数十人でかかえればあるいは可能なのかもしれない。

ワイバーンの討伐ですら抗議活動する竜教とかいう頭のおかしい連中すらいる世の中で竜を殺した!?

加えて竜を殺したらその竜の支配域からは魔素が極端に消え、生態系が盛大に狂う。

まず殺そうと考えることが頭おかしい存在を殺した!?そんなことしたら世界中で一大騒動になるはずだが、そんなニュースが流れた記憶はない。頭が痛い……。


「コーネリアさん!?大丈夫ですか!?」


あまりの驚きに脳が処理限界になって立ち眩みを起こしたらしい。視界が揺らいで倒れそうになったところをキャルフが支えてくれた。


「ああ、すまん。ちょっとあまりにも突拍子もなくてな。……その話は本当のことなのか?」

「本当ですよ?あっ、口外しないでくださいね。一応借金肩代わりしてもらってる恩人なので譲歩しただけですので口外すると死んでもらう必要が出てきちゃうので」

「物騒だな!?これ以上聞くのは怖いからもう聞かねえよ。関わり合いにならない方が良さそうだ。裏も取れないし俺の中では法螺話ということで処理しておく。さあ早いとこ買い物済ましちまおう」


先に進もうと足を前に出すと袖を引っ張られる感覚がした。後ろを振り向くとキャルフが楽しそうにこちらを見ている。

何でこいつめちゃくちゃニヤついてるんだ。なんか面白そうな玩具見つけた子供みたいな表情……。

力を込めて引っ張られて腰を屈めさせられる。


「ちなみに魔界に住んでた願竜とか言う竜の体毛らしいんですよ。ほら魔王討伐の話で魔界の一部が壊滅的な状況だった話あるでしょ?」


確かに魔王討伐のおり、英雄御一行が魔界に入ってしばらくの間魔素がほとんどなくろくに生き物もいない死の荒れ地を歩いたって話は聞いたことがあるが……。


「それをおまえの師匠がやったって言うのか?」


キャルフはニコっと笑って引っ張っていた俺の袖を放す。

関わり合いになりたくねぇ……。いや、でもそんなとんでも存在なら俺のこの体質についてなんか知ってる可能性もあるか。竜殺したってことは師匠=キャルフの創造主である可能性もあるしな。


「まあ、そのマフラーがあり得ないくらいの高級品だってことはわかった。そんなものを無碍に扱ってた俺と無碍に扱ってるお前に戦々恐々だよ」


竜の毛とか一本でもあれば屋敷が買える程の高級素材だぞ。それをマフラー編む程の数って……。数カ国分の国家予算あっても怪しい気がするわ。俺そんなもの引っ張ってたのか。手が震えてきた……。


「失礼な私は大切に扱ってますよ!これ貰ったの私が故郷出た時なのでかれこれ8年前なので流石に薄汚れてきただけですよ」

「おまえ、さてはきちんと洗ってないな。後で貸せ。俺が新品レベルまで綺麗にしてやる。解れも可能な限り直してやる。そんな国宝レベルのものが雑に扱われてると思うと許せん」


雑に扱ってしまっていた俺が言うと何とも言えない気がしないでもないが。なればこそ俺が直さなくては。そうと決まれば市場で使えそうなものを買い揃えなくては。


「傷つけないでくださいよ?盗んだりしてもダメですよ?」

「そんな不安なら後ろで見てろ!むしろ手入れのやり方ってやつを叩きこんでやる!ほれ行くぞ、急いで買うもの買ってマフラーを直すんだ」

「急にやる気が上がりましたね!?コーネリアさんこういうの好きなんですか?」

「俺の行商で扱ってるもののメインは俺の開発した魔道具や薬品、そいつみたいな高級素材、高級魔道具だ。俺の体質改善に使えなさそうなものを売り物にしてたらそうなった」


竜の素材とか扱ったことないけどな。眷竜たちの素材ですら希少品で滅多に扱えないというのに。


「じゃあこの服とか私の使ってる武器とかも好きそうですね。マフラー直してくれるならお礼に後でこの子たちについても教えてあげますよ」


自慢気にメイド服の裾を摘まみ上げて笑いかけてくる。


「それは趣味か何かじゃなかったのか。もしくはどっかで王族や貴族の護衛戦闘メイドでもしてたのかと思ってたわ」

「違いますよ!?いや結構気に入ってますけど……。それでも私だってもっといろいろとオシャレしたいんですよ?」


すれば良いと思うんだが、そう言うってことはそのメイド服以外を着れない代わりに何かしらの加護か何かを受けれる呪いって感じか。詳しくは後で話してくれるらしいしその時に聞けば良いか。


「詳しくは後で話してくれ。今は少しでも使えそうなものが残ってることを祈って市場まで走るぞ!なければここら辺の店舗ひたすら回ってかき集めることになるから覚悟しておけ」


初めて竜の素材を弄ることができることに一入ひとしおの喜びを感じているのがわかる。久しぶりに興奮で身体が熱くなるって感覚を味わう。


「それは構わないですけど私お金ないの忘れてませんか?」

「……奢ってやる、今回だけだぞ!」


今は金のことより竜の素材を弄れることの方が重要だ。この機会を逃したら二度と来ない可能性が高い。解れを直すついでに出た破片譲ってもらえないか交渉しないとな。

キャルフに聞こうと後ろを見ると路地の前で突っ立って奥を見つめていた。


「どうした?何か路地にいたのか?」

「いえ、なんかそこの路地で良くない感じの匂いがしたので確認してみたんですが何もいませんでした。気のせいだったようです。」

「おいおい、まさか話聞かれたってことはないよな」


チンピラ程度なら返り討ちにもできようが竜教の関係者とかだと面倒事の度合いが違いすぎる。


「私の声は聞こえるような大きさで話してないんで大丈夫だと思いますが、もし聞かれたとしてもそれは間違いなくコーネリアさんのせいなので私は悪くないですからね!今回は責めないでくださいね!」

「わかったわかった。驚いて大声上げちまったせいで注目集めたのは俺のせいだ。警戒はしておくことにしよう」


我ながら悪手だったとは思うが、やってしまったものは仕方ない。なんとしてもマフラーを守らねば、これが俺のせいで失われたとかなったら生きていけん。


「それよりコーネリアさん、あそこがもしかして市場とやらですか?」


キャルフが遠くに頭だけ見える市場入口の巨大看板を指差す。よく見えるな……。言われて初めてここから見えること知ったぞ。


「ああ、そうだよ。よく見えたな、言われなきゃわからなかったぞ」

「よし、それじゃ行きましょう!美味しい物があると良いですね」

「おまえ、目的最初からそれだったな!?残念ながら食い物はねえぞ!」


絶望した顔をして固まっている。お前ここに来る前に肉大量に食っていただろ……。

探せば食えるものもあるかもしれんがそれは食用可であって美味しいものではないだろう。


「はぁ……じゃあ早いとこ買うもの買ってしまいましょう」

「やる気急に失くしたな!?ほれ、走れ!急ぐぞ」


やる気を失ったキャルフの手を引いて市場門目指して走る。

ワイバーンとかの素材があると良いんだがな。当初の自分の失った魔道具の補充という目的なぞすっかり頭から抜け落ちて、マフラーの修理に気持ちを持ってかれていた。

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リュウセイのソウワ 茶種 @teaseed

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