第6話 買い出し

「どうしてこうなったのだろうか……」

「どーしてですかねー。あっ、これコーネリアさんの分です。どうぞ」


俺は今ギルド一階に併設されている酒場で頭を悩ませていた。横では串に刺さった肉を両手に持ってキャルフが幸せそうに肉を食っている。目の前に山盛りに積まれた肉を少しだけ小皿に取り分けこちらに寄こす。

調査隊の隊長に俺の意志を無視して就任させられた後の話し合いで今から出発すると森につく頃には夜になって危険度も上がるということで、今日のところは全員の自己紹介で済ませ、明日の朝に街の正門へ集合してまとまって行動することになった。

俺としてはキャルフに手持ちの道具を壊されてしまっているのでその補充期間を確保したい思いで時間を先延ばしにする提案をしたのだが上手く話が進んでよかった。

なお、下に降りた時にはセッカ達の姿が見えなかった。カウンターの受付曰く俺らが二階に上った後、嬉しそうに飛び出していったそうだ。師匠がいない間に羽を伸ばしに行ったのだろうか。あいつらに渡した額的に2、3日で調査終わらせて帰ってこないとな。


「おまえのせいだよな!?てかおまえどんだけ食うんだよ!?」


次々とキャルフの前に次々と空皿が詰まれていく。その体のどこにそれだけの量が入るんだろうか。残念ながら医学は専門じゃないんだよな。


「んぐんぐ。いやぁ、てっきりコーネリアさんが目立ちたくて言ったものだと。こう、子供が自分にかまって欲しいときに取る態度的なものかと。嫌なら嫌とはっきり言ってくれれば良いのに。すみませーん、同じやつもう一皿追加でー!」

「よし、お前俺のこと馬鹿にしてるな?勿論ここの飯代自分で払うんだよな?」

「へぁっ!?」


素っ頓狂な声をあげて口から食べてた肉を落としている。汚い……。


「待ってくださいよ!私基本的にお金は全額借金への返済に充ててるせいで貧乏なんですよ!お金持ってませんよ!?さっき私の財布見ましたよね!?」

「俺に払わせる気満々かよ!?」

「だってコーネリアさん衣食住保証してくれるって話だったじゃないんですか!衣住は最悪最低限のもので良いですけど食は満足させてください。借金雪だるまになってから調理された料理なんて久しぶりなんですよ!?

私体質的に結構な量を食べないと本領発揮できないんでそれはコーネリアさんも困るでしょ?ほらまた少なくなってるであろう魔力分けてあげますから」


確かにマスターがそんな条件を勝手に話していた気がするが俺はそれに同意したつもりないんだが……。魔力生成に大量のエネルギーが必要ってことか。その魔力分けてもらってる手前必要経費と思うべきか。さすがに魔水晶使うよりは安く済むだろ。

キャルフの手から流れ込む魔力を受け取りながらそんなことを考える。


「わかったよ。奢ってやるから食いたいだけ食え」

「やったー!コーネリアさんわかる人ー!てかよく生成量より流出量が多いのに今まで生きてこれましたね。私初めて見ましたよこんな体質?呪い?」

「まあ普通ならここまで成長なんてできずに死んでるからな。俺が生きてるのはこの義眼とこれをくれたマスターのおかげだ。呪いってのはまあ当たらずも遠からずだが……。この体質について原因は大体わかってるんだが治療方がわかってないんだ」


そう言ってキャルフの取り分けた肉を食べる。おっ、美味いなこれ。


「まあ持ちつ持たれつってことで。治されると私の価値駄々下がりなので治さないでくださいね」

「断る。この体質を治すのは俺の生涯目標の一つなんだよ。安心しろ、借金返済までに例え治ったとしても契約は違えることはねえよ」

「それなら問題ないです。いっそ治すの手伝いますか?魔力渡しも結構面倒なので」


キャルフが心底安心したような笑顔でそんな提案をしてくる。魔力の譲渡なんて余程魔力の扱いが上手い魔法使いでもなきゃできない技術だからな。個人個人で変わる魔力の形質に合わせて渡す必要があるからだ。まあ受け取る側の俺が変えればいいんだけどな、向こうがやってくれるなら言う必要もないだろう。


「ああ、それはありがたい。俺がずっと探してるものを見つけてくれるってんなら俺の分の借金全額チャラにしてやっても良いぞ」

「マジですか!?約束ですよ!?やった!これで借金が減った‼よしお祝いです、食べましょう!お姉さん!これと同じものもう5皿ー!」


そう言ってまた追加で注文をする。人の金だからってこいつ……。


「おまえもう解決したつもりなのか?俺が15の時から探し続けてるもんだぞ。そうそう簡単に見つかるわけねえだろ」

「自分が苦労したからってそれが難しいと思っちゃいけないんですよ?そいやコーネリアさん今いくつなんです?」


自慢気に何かの格言か何かを語ってくる。


「それ自分で考えた格言か?今年で23だが」

「いえ、私の親的な師匠的な人が良く言ってた言葉ですよ。でもあれはあの人が天才だったんで嫌味にしかなってなかった気がするんですけどね。私より年上なんですね。ちなみに私はまだ生まれてから18ですよ」

「何故そこで胸を張る。機人は生まれた時点で知識を持って生まれてくるんだろ?実質15そこらスタートと変わらないだろ。……つまり」

「あー!ダメですよコーネリアさん!それは女性には言っちゃいけないやつですよ!」

「お、おう」


いきなり凄い剣幕で言葉を静止させられたので驚いて返してしまった。そもそも機人は老化しないから年齢が禁句ってのがよくわからない話だが。


「まあコーネリアさんの体質のことは一旦置いておくとして。この後どうするんですか?わざわざ出発を明日の朝にしたのはなんか理由があるんですよね?」


追加で来た皿のものを食べながらそんなことを聞いてくる。そこまで気づいたのなら何での部分を自分で考えてほしいんだがなぁ……。


「ああ、おまえの壊したものや代用品を調達するんだよ」

「いやー、もうお腹いっぱいだなー。コーネリアさんどうぞ」

「要らねえよ!?いいからもう食っちまえ!それ食ったら出るぞ」


ぎこちない笑顔を浮かべながらまだ手付かずの皿をこちらへと寄こす。機嫌の取り方が下手というにも程がある。


「わかりました。急いで食べてしまいます!」

「焦らなくていいからゆっくり食えよ……」


会計いくらになるんだろうな……。

山のように高く詰まれた皿を見て手持ちで足りるか不安になりながら美味そうに食うメイドの様子を眺める。



* *


「いやー美味しかった、満腹満腹。コーネリアさん、ごちそうさまでした」


会計を済ましてギルドを出るとキャルフが腹をさすりながら感想を言うと深くお辞儀をしてきた。そのお辞儀はやたら様になっていて本当にどこかに仕えていたと言われても不思議に思わないものだった。もしかしたら設計目的がどっかの貴族や王族の護衛側近か何かだったのかもしれないな、

ちなみに会計はシル銀貨20枚ほどだった……毎食これをされるのは勘弁願いたい。安い多いが売りのギルド酒場でこれは変なとこで食事したら破産コースまっしぐらだ。


「今度からはもっと控えてくれると俺の懐が助かる。てか控えろ」

「そんな!?うぅ……わかりました。次からは八分目くらいで済ませます」

「あーそれでもきついんだが……俺は機人に会うのはキャルフが初めてなんだが。機人の食事ってみんなこうなのか?種族的に大飯食らいだったら迷惑かけてすまんがも鵜少し六分目くらいで我慢してくれないか」


機人が大飯食らいって話は聞いたことがないが会って初めてわかることもあるしな。ここら辺は神魔大戦時代に竜による支配がいち早く行われたらしく、神を殺すための機人たちが用なかったということで個体数が少なく滅多に見ることがない。


「いえ、人によりますよ。それこそ機人って言ってもいろんな人がいますからね。私みたいにほとんど生身だったりするのもいれば、全身機械みたいな人もいますし。食べ物だって私みたいな普通の食事から油や魔水晶を食べる人まで様々ですよ。そもそも経口摂取しない人もいますからね」

「魔水晶を食うのか!?あんなもの食って大丈夫なのか!?」


魔水晶は魔物や魔族たちの魔核と呼ばれる器官が長い年月をかけて結晶化したもので質によりけりだが高い魔力が込められている。武器防具や魔道具の材料、魔法使用時の魔力を肩代わりしてくれるなどの用途に使われる。当たり前だが食い物ではない。

仮に食えても魔核由来の魔力を直に取り入れたら体にどんな悪影響が出るか予想ができん。


「私は食べませんよ?そういう人たちもいるってだけです。大体そういう人たちは何故か自分たちは特別であるって感じで嫌味で私は嫌いですけどね」

「ここら辺じゃ機人あんまり見かけないですもんねぇ。魔界との境界線付近の国とか多いですよ、機人。コーネリアさん行商人って言うならいろんな国を旅してるんじゃないんですか?」


仕入れのために商店街へと向かいがてらそんな話をする。


「あー、俺はこのシルドランセを拠点にその周囲の国を周ってる程度で遠方まで探しに行ってないんだ。理由はまあ体質なんだがな、この目のメンテナンスに特殊な設備が欲しくてな」


特殊な設備ってのは目のメンテナンスというより俺のメンテナンス用と言えるかもしれないがな。義眼を抜くと尋常じゃないレベルで魔力が抜けるので体に魔力を入れ続ける設備が必要になるわけだが。


「あれ?そう考えるとキャルフがいれば遠出にも問題がないな」

「今コーネリアさんの中で何が完結したんですか?私を置き去りにしないで欲しいんですけど。全く事情はわかりませんが私が何かに利用されるんだろうなってことだけはわかりましたよ」


目の前の歩く魔力供給機を見る。出会ってからこれまで雑に扱っても機嫌を損ねる様子はなかったがこれからは細心の注意を払おう。体質治すまでの我慢だ。これで創造主の話でも聞ければ一緒に行動するメリット・デメリットの天秤がデメリットからメリットに傾くんだが、機嫌を損ねかねないし慎重に行こう。


「コーネリアさんから嫌なことを考えてる感じがします……。まあでもそんな近国だけ調べて情報がないって言いきるのもどうかと思うので、やっぱり探してみれば案外簡単に見つかるかもしれませんよ?てか8年もかけたらこの近辺には情報なさそうとか思いそうなもんですけど」

「思ってるよ!しかも調べれる場所も青等級の入って良い区域だけだぞ!調べるにも限度があるから高い金払って遠方の知識や古文書とか薬を仕入れてるんだよ。何のヒントや解決策にもなりやしなかったがな」


薬の中には一定時間魔力の生成量を跳ね上げるものとかもあったが副作用で効果が切れた後に生成量がガタ落ちするという死の淵を彷徨う羽目になったり、古文書の解読で得た魔力制御の方法を試してみたら魔力の流れが完全に止まって漏れ出ることはなくなったが動くことすらできなくなったりとか散々な結果に終わっている。

ならばいっそと得た知識を使って研究も行っているが芳しい成果は出ていない。真逆の飲んだものの魔力を根こそぎ吐き出させる薬とか言う禁薬とかならできたけどな。


「コーネリアさん安心してください。そんな怪しい物じゃなくて私にお金使ってくれれば魔力いくらでも分けてあげるので。いっそ借金チャラに」


俺の肩に手を乗せ、魔力を流しながらキャルフがそんな言葉を言う。今はこんなに要らんのだが魔力……。


「チャラにはしねえよ。まっ、確かに藁にも縋るレベルのものにムダ金払うくらいならお前の飯代払った方が遥かに安いからこれからはそうするさ。ただし食いすぎるなよ。俺とセッカ、ジノスケの飯代まで食うんじゃねえぞ」

「むぅ、気を付けはします。ですが私の胃袋ちゃんが欲しいと訴えたら私は止まれないのです。空腹はキャルフをも殺すのです」

「いや、止まれよ。意味の分からん格言を作るな」


何だよその格言。おまえはどちらかというと殺す側だろ。空腹に我を忘れて目に付く肉に齧り付いてもおかしくない……食事にだけは気を付けよう。


「いや、これは私がラントに住んでいた時によく言われたことで……。まあ良いです。我慢できるように努力はします。できなかったらすみませんと先に謝っておくので怒らないでください」

「いや、普通に怒るからな?ストップって言ったらやめろよ?」


食わせる時は食い放題とかに行ったほうが良いんだろうか……。食いすぎて出禁になる未来が見える。


「尽力します。便利ですよね、尽力って言葉。頑張ったけど結果はついてこなかった。でも頑張ったから責めるに責めれない」

「殴って良いか?」

「ダメですよ!?」


ふざけたことを抜かすので一発殴ろうとしてしまった。いかんいかん。さっき扱いは慎重にしようと思ったばかりじゃないか。


「さてそれはそうと私たちは何処へ向かっているのでしょう?何か買いに行くのはわかっているのですが」

「あー、言ってなかったな。卸売市場だよ、といってもこの時間じゃあんまり期待できねえけどな。市場が盛んなのは朝だからな。生鮮系の素材は朝に卸されて各市場へと消えていっちまうからな。昼も回ってしまった今となっては何が残っているやら……。」

「それなら明日の朝にでも出直せばよかったのでは?調査期限一週間もあるわけですし」

「そうすると他の冒険者たちが痺れ切らせて先に行っちまうと思うぞ。明日の朝だって全員がきちんと待てるとは思ってないしな」


冒険者なんて山賊や盗賊になるような奴ら、社会のはみ出し者の受け皿としてリンターさんが各国に武力振りかざして作った仕組みだからな。リンターさんを慕ってなったような人はいいが、近年はなること自体が楽なせいなのもあって変な奴も増えてきた。そろそろ仕組みを見直した方が俺はいいと思うが。


「冒険者って結構ガバガバな仕組みみたいですもんねぇ……。私が言うのもなんですが入会時に名前以外全く個人情報聞かれませんでしたよ。いいんですかね、あれで」

「まあリンターさんが自分みたいな奴らのために作った仕組みだからな。穴は結構あるんだ。それでもマスターと一緒にやってた頃は良かったんだがな。マスターが離れてからは運営に少し綻びが出始めてるっぽいな」

「えっ!?マスターさん昔冒険者ギルドで働いてたんですか!?」

「そりゃマスターとリンターさん元夫婦だぞ。今は離婚してるがな。子供もいるぞ」


そういや、リンターさんを紹介したときギルドマスターって方に反応してメウチ姓の方にはなんも反応してなかったな。耳を通り抜けてたのか単に気付かなかったのか。


「ちょっとその話聞きたいんですけど!すごく気になります!」


欲しいものをねだる子供の様にコートの袖を引っ張る。やめろ、伸びるだろ。


「あー、わかったわかった。また今度話してやるよ。もう目的地に着くから買い物が先な」


そう言って少し遠くに見える錆び付いた商店街の門を指差す。

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