第5話 どうして俺が……

階段を上って二階の広いスペースに出る。何組かの机と椅子が並び、普段はクエストを受けた奴らがここで作戦などを話し合う会議スペースとして使われている。

今はその机をいくつかくっつけて大きな会議机として活用してるらしく10人近い人影が机を囲っている。貸し切り状態なのかその机を囲っている人以外に人影はない。


なおのこと俺達にかまってないでこっちを優先しろよ。

目的達成できるから俺としてはありがたいけどさ。調査隊に参加している皆さんには良い迷惑だろ。……皆さんの怒りがこっちにも来ませんように。

机の吹き抜け側にいるリンターさんがこっちへ来いと手で合図を送ってきている。


「おーい、コーネリア早くしろよ!みんな待ってんだぞ!」

「あんたが急に飛び降りて俺ら待たせたんですよね!?もうちょっと上に立つ者の責任ってのを持ちませんかね!?」

「落ち着いて、シノ。リンターさんがこうなのはいつものことよ。いくら言っても聞かないんだから諦めて。この人のできることなんて各国に対しての圧力位よ、脳みそが滑々なのだから」


大柄な髭面の男とぬいぐるみを抱えた少女がなにやらリンターさんへの文句を言っている。少女の方毒舌だな……。まあその意見には同意だけど。横のもう一人の脳みそツルツル女のマフラーを引っ張って調査隊の皆さんに合流する。


「すみません。どうやら俺達のせいで皆さんにご迷惑をお掛けしてしまったようで……。今回この調査隊に加えていただくことになったコーネリア・ラインヴァルト・アイゼンシュタットです。こっちがキャルフ・エメラルです。よろしくお願いします」


挨拶前に出会い頭に謝罪をしておく。なんで俺が謝らにゃならんのか。


「コーネリア?あんたがあの"開術師"のコーネリアさんか?あんたのとこの商品いくつか使わせてもらってるよ。魔食玉とかなかなか便利でよく使ってるよ。俺の名前はシノ・アルディ、赤等級だ。今回は一緒に頑張ろうや」


さっきリンターさんに文句を言ってた髭面の男、シノと名乗ったその男が握手を求めてきた。うちの商品の愛用客に加えて赤等級かこれは仲良くしておかないとな。

魔食玉はドレインフラワーという植物の種を加工して作っている。機能としては着弾地点を中心に3mの空間魔力を根こそぎ食らって種が発芽する仕組みになっている。魔法攻撃を無効化する便利アイテムとしてなかなかの評判である。

問題はあまりに魔力量が多いと種が発芽前に腐ってしまってゴミになることだな。玉の中には除草剤も入っているので使用地点でドレインフラワーが繁殖するなんてこともないばっちりのアフターケア付き。



「こちらこそよろしく。あんまり称号では呼ばないでくれると嬉しい、こっぱずかしくてな」


差し出された手を握り返す。


「いや、シノ。その人も青で<称号持ちネームド>なんてすごいんだろうけど、そんなことよりそこのメイドのことをキャルフ・エメラルって言ったわよ」


ぬいぐるみを抱いた少女がキャルフを見て驚きと絶望を混ぜたような顔をしている。あのぬいぐるみはなんのぬいぐるみだ?口が裂けてて怖いんだが……。

それにしてもしばらく冒険者ギルドに顔を出してなかった俺の耳にも入るくらいの良くない方面の有名人ではあると思っていたが。お前は何をしてきやがった!?


「おいマジかよ。キャルフってあの」

「"滅拳"」

「おい目を合わせるな、絡まれるぞ」

「すれ違っただけで因縁つけてくるとか、因縁つけて何十人も殺してるらしいぜ……」

「俺が聞いた話では捕まえても牢屋壊して逃げるからどの国も捕まえるの諦めたらしいぞ」

「マジかよ、大犯罪者じゃん。なんでそんなのが冒険者してんだよ」

「てかそいつと一緒にいるあの男は一体……」

「かわいいなぁ」


他の調査隊参加者もキャルフの名前を聞いてざわざわとし始めた。俺にもなんか被害が向いてきたような気がするんだが?

てか脱獄囚なの?初耳なんだが?

横を見るとキャルフが冷や汗をダラダラと流している。


「おい、キャルフ。お前は今日まで何をしでかしてきたんだ。過去の話をしなくても良いって言ったが俺も巻き込まれることになる内容なら先に話せ。ことによっては憲兵に引き渡すぞ」

「いや、あのですね。とりあえずこれだけは言っておきます。私はまだ誰も殺ってはいません。確かに何回か牢屋の壁ぶっ壊して逃げたり、因縁つけてきたやつの骨へし折ってやったりはしましたが!」

「憲兵さーん!」

「わー!わー!わー!」


憲兵を呼ぼうとしたところをキャルフが両手を振りながら前に出て防ぐ。


「なぁ、あれがほんとに”滅拳"なのか?」

「なんか残念な人間な空気を感じるぞ……」

「同姓同名の別人ってことはないか?」

「いやでも、タグは緑色だぞ。緑等級なんてそんな数がいるわけじゃないしやっぱりあの女が噂の”滅拳”なんじゃないか?」

「"滅拳"が組んでるのは犬人族じゃなかったか?最近乗り換えたのか?」

「自分で脱獄歴あるとか言ってるし"滅拳"であってるんじゃないか?」

「はぁはぁ……」


キャルフの溢れ出る残念な子オーラに調査隊の冒険者たちから疑問の声が上がっている。このままこちらが危害を与える心配がないと思ってもらいたい。……なんか変なのが一人混じってる気がするな。


「いいか、キャルフ。俺の言うことは絶対守れよ?じゃないとマスターにチクるからな。さすがのお前もあの人の相手はきついだろ?」

「そこで自分でどうにかしようとしない辺りコーネリアさん情けなくないんですか?あぁ!ごめんなさい!謝ります!謝りますからマフラーを引っ張らないで!!」


マフラーから手を放してやるとすぐにマフラーをパッパと叩いて身繕いをする。


「コーネリアさんすぐに暴力に訴えるのは私どうかと思うんですよ。不満は口でまず言いましょう?大切なのはコミュニケーションです」


マフラーを整えながら文句を垂れてくるキャルフ。


「おまえだけには言われたくねえよ!?口で言って聞くのか?聞かねえ結果の借金じゃねえのか!?」

「すごい!出会って半日も経ってないのによく私のことがわかりますね。その通り……ああ!やめてください、大切なんですこのマフラー!伸びちゃうから‼」


流石に何度も引っ張ってきたせいか今回は掴む前に感づかれて避けられてしまった。

そもそもキャルフが本気になったら俺なんか叶うわけないんだから別の暴走抑止の方法を考えておくか。


「あの……あなた本当にキャルフ・エメラルなのよね?あの”滅拳”の」


人形を抱いた少女がキャルフに尋ねる。


「そうだけど、あなたは?」

「ごめんなさい、まだ自己紹介してなかったわね。私の名前はネムよ。あなたには良くない噂ばかり聞いてきたからどんな人かと思ってたけど。想像より全然愉快な人だったのね」


ネムと名乗った少女はニコリとキャルフに笑いかける。

何故ここでキャルフを煽る。また七面倒なことになるだろ。


「いやーそれ程でも」


嬉しそうに頭の後ろに手を回して照れている。どうやら褒められたと思っているらしい。脳内花畑だなこいつ。


「……本当に愉快な人。戦闘になったら噂の"滅拳"の力が見れるのを楽しみにしてますね」


少し驚いた顔をした後、片手でスカートを持ち上げキャルフにお辞儀をしてシノの後ろに戻っていった。すまない、キャルフの脳が花畑で本当にすまない……。もめ事にならなくてよかったんだが、煽りを素直に受け取られて恥ずかしいんだな……シノの後ろに震える肩が見える。


「ああ、なんだすまんな。ネムはこういうやつでな。腕は立つんだがちょっとめんどくさいんだわ」


謝罪をしながらシノはキャルフの方を見る。だが頭の上にはてなマークでも出てそうなくらいキャルフは何を言われてるのかわかっていない様子だ。


「お互い苦労してるみたいだな……」

「全くだ……」


がしりと再びシノと堅い握手を交わす。


「頑張ろうぜ!」

「ああ!」

「あー……もういいかそこのバカ達。会議始めるぞ?」


リンターさんが退屈そうに机に肘をついて俺とシノを見ている。この人自分が会話に入れないと露骨に態度に出すな。リンターさんに馬鹿って言われるのすごく不服なんだが。


「リンターさんにバカって言われるのすごく不服なんですが」


ぼそりとネムが俺含めてここにいる全員が思っているであろうことを呟いた。思うだけにしておけよ。キャルフにあしらわれて気が立っていたのだろうか。


「ほう、ネム。いい度胸だ。後でちょっと付き合ってくれや」

「ひっ!」


リンターさんがこめかみに青筋を立てながら笑う。ネムはそれを見てシノの後ろに隠れてしまった。なんでこんな人が世界を救った英雄だの呼ばれてるんだろう。めんどくさい近所のおばさんレベルなのでは……。見た目は若そうに見えるけど森人は一定年齢以降極端に老化が遅くなるからそう見えるだけであって、この人確かもう60超えてたよな。


「おっ?コーネリアおまえも何か言いたそうだな。言ってみろ」

「さあ、そんなことより会議を始めましょう。俺たちは一体どこをどのように調査してきたらいいんですか?」

「おまえ誤魔化すなよ。絶対私の悪口思っただろ。私の女の勘がそう言ってる」

「いや、いい加減リンターさん始めてくださいよ……俺らどんだけ待たされるんすか……」



リンターさんが突っかかって来たがこれまでずっと待たされていた冒険者たちからそうだそうだと不満の声が上がると不満そうに話を始めた。


「あー、さっきも話したがコーネリアとキャルフが合流したのでまた初めから説明を始めるぞ。質問は挙手すること。

それじゃ今回おまえらに集まってもらった理由だがこのくそったれみたいな残暑をどうにかして欲しい。

ホントに暑い、農家の方々からこの暑さで未だに元気な巨大蟲共の討伐依頼がてんこ盛りだよ!それに冷房代金だってタダじゃねえんだぞ!今年のキノコ狩りできねえかもしれねえしよ!私の年一の楽しみだぞ、くそったれ‼

さて調査で逝ってくれた紫等級の冒険者の話ではシルヴァ森林の中心に行くにつれて気温が上昇して中心付近は熱帯もかくやの暑さらしい。

今年だけならまだしも来年もこんなことになったらたまったものではないので原因の究明・解決をお前らにやって欲しいってわけだ」


そう言ってリンターさんは机の上にひかれているシルヴァ近郊の地図に書かれた大体の気温図を示す。紫等級の奴らは死亡確定なのね。てか解決の目的キノコ狩りかよ!?


「まあでだ、さっきのコーネリアの質問だが目的地は森の中心。ヴィネガリートレントの群生地だがおまえらの実力なら問題ないだろ」


ヴィネガリートレント、別名は迷大木。他のトレント種と違って物理的な攻撃はしてくることは滅多にないが擬態能力がやたら高く他の木との見分けが本当につかない。その擬態能力で生き物を迷わせ弱ったところを捕食するという面倒な生態をしている奴らだ。整備された道がある限り被害に遭うことはないが今回は森の中の探索だと面倒だな。

まあ、ちょうど良いか。原因がわかったら他の方々には悪いがヴィネガリートレントに迷わされたということになってもらおう。その隙に俺らで解決してとっとと帰ろう。


「あとあれな。わかってると思うがこの暑さで夏に元気な虫けら共はいまだに元気満々だから気を付けていけ。いくつかシルヴァ森林で見られなかった生物の目撃情報も出てる。生態系を壊す可能性ともしかしたらこいつらが何か関係してるかもしれないので見たら報告&駆除するように」

「はーい、先生。質問です」


キャルフが勢いよく手を挙げる。周りからの視線が痛い……。


「何だキャルフ嬢」

「今回の報酬は如何程でしょうか。あと駆除した奴が多ければ報酬増えたりしません?増えたら私ちょっとやる気出ちゃうなーって」


凄い現金な質問だな。借金返済のために少しでも金が必要なのはわかるけどもうちょっと言葉選んだらどうだ?周りから感じるドン引きオーラがつらいんだが……せめて俺を巻き込まないでくれ。どうにかしろ保護者って目を感じるぞ。


「そうだな。とりあえず今回解決まで成功したら全員に70シル銀貨を渡すつもりだ。駆除したものによっては追加で報酬も出そう。期限は一週間。一週間以内に解決しないようなら報酬はなし!調査隊とは言ってはいるが今回は隊長もいないので各自で出てもらって構わない。一週間もあってこんだけ数いればどうにかなるだろ」

「はっ?えっ、ちょっと待っ!?」

「どうしたコーネリア?そんなコミュ障みたいな変な声出して」


つい驚きで変な声を出してしまった……。まずい、各自で調査されたら先に俺達が解決をするっていうマスターからの依頼が達成できなくなる。それは避けたい。


「いやほら、紫等級二人が行方不明になるくらいだし各自調査は危険じゃないかなと思いまして誰かを隊長として全員で行動した方が良いんではないかと」


平静を装いながら団体行動を提案してみる。


「と言っても今回青等級以上募集だからシルヴァ森林にいるような奴らに後れを取るような奴はいないだろ。一応討伐依頼として今回個人での受注受付はしてないから問題ないと思うが。おまえ、キャルフ嬢と一緒に行動するんだろ?戦闘面においての不安なんて皆無だろ。

それに誰が隊長なんて七面倒なことやるんだ?そんな団体行動の指揮とかできる奴は冒険者なんかやらねえよ!私は私みたいなやつが食いっぱぐれないためにこのギルド作ったんだぞ」


リンターさんが自分を出すと説得力あるわぁ。冒険者に集団行動できる奴なんて稀中の稀だしな。そうなると急ぐしかないか。


「そりゃもう言いだしっぺの法則でコーネリアさんがやってくれますよ!むしろやりたくて言ったに違いない‼」

「なっ!?」


キャルフが横から余計なことを抜かしやがった。これ以上俺に心労被れって言うのかこいつは!?


「ほう。なんだコーネリア、隊長やりたかったのか。それならそうとはっきり言えばよかったのに。みんなそれで良いか?」

「俺らは問題なし」

「異論なし」

「私たちも構わないわ」

「よーし決定~。じゃあ、これからの行動方針を隊長、発表お願いしまーす」


俺が何も言ってないのに隊長になるのが確定してしまった……。初対面の奴に何の異論もなく指揮を任せられるんだ。ああ、そっか冒険者だもんな。気に入らないなら聞かなければよいとでも思ってるのか……。

リンターさんがものすごく良い笑顔でこちらに手を差し出している。ああもう、やらねえよなんて言える空気じゃないよこれ。仕方ない、やってやろう。ああ……胃薬が欲しい。

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