第5話『ピッチピッチチャップチャップRUN・RUN・RUN!』

(AM 7:30)


 よく晴れた、土曜日の朝。

 ジリリリ……とがなりたてる目覚まし時計を止める。

 ファア~と大きなあくびをひとつした八神奈津子は、ベッドから抜け出た。

 そして、クローゼットからスーツを出すと、着替えを始めた。

 ボーッした頭でワイシャツのボタンを留めていると、気が付いたら一段かけ違えていた。

 洗面所に行って、自分の顔を鏡で見る。

 髪の毛が全部逆立っていて、竹ぼうきのようになっていた。

 そのままエレキギターを持って演奏しても、あまり違和感はなさそうだ。

 必殺の『寝癖直しスプレー』を吹き付けて、髪の毛をなで付ける。

 どうも、シャワーを使っている時間的余裕はなさそうだった。



 ……土曜日にあまり慣れないことするもんじゃないなぁ。



 簡単に朝食を済ませた奈津子は、寝ぼけまなこをこすってマンションを出た。



 普段の奈津子なら、土曜日は10時過ぎまで寝ているところだ。

 彼女は、大海物産という会社の販売企画二係の係長だ。

 一応、土・日は基本的に休みなのだが、今日に限ってはどうしても例外として出かけなければならなかった。

 このところ、食品会社を震撼させる事件が、最近立て続けに起こっている。

 偽装事件。賞味期限のごまかし。中国産の食品の事件ー。

 そこで急きょ、大手の食品会社のブレインが集い、経営や衛生管理・はたまた販売戦略に関して改めて問い直そう、という趣旨の食品会社合同のシンポジウムが開かれる事になったのだ。

 そして、かわいそうなことに奈津子は『販売企画部門』のプレゼンテーターとして、大勢の前で発表するはめになってしまったのだ。

 お陰で、ここ一週間はせっかくのアフター5をみなその発表原稿の作成に当てた。

 面倒だったが、パワーポイントを使ってスライドまで作った。

 早く起きることもない土曜の朝に無理に目覚めた奈津子は、思考回路が活性化しないまま、最寄のJRの駅へと歩いた。



 (AM 8:30)


 奈津子は、徒歩でようやく駅のホームに到着した。 

 ホームのベンチに腰掛け、カバンの中身を必死にをガサゴソとあさってー

 シンポジウムで発表する内容を書き付けた原稿を、引っ張り出した。

 そして、本番で焦らなくて済むように、読みながら内容を頭に叩き込んでゆく。

 5分ほど原稿に目を走らせていたが、奈津子はいつしか気持ちの悪い違和感にとらわれ始めていた。



 ……何かが、いつもと違う。



 そしてそれは一体何だろう? 奈津子は必死でその正体を突き止めにかかった。

「し、しまったああああああああああああ」

 そう、今日は土曜日。

 違和感の正体は、奈津子がいつも乗っている8時半の普通電車。

 それが、時間になっても来ない。

 当然だ。今日は土曜日だから平日とはダイヤが違うのだ。

 普段、土曜日には出勤しない奈津子は、まんまと罠にはまったのだ。

 支度に思いっきり時間がかかってしまったので、時間的にはさほど余裕がない。

「つっ、次の電車は!?」

 土日祝用の時刻表を見ると…次の電車は8:40、つまり10分後。

「じゅ、10分くらいの遅れならまだ何とかなるかしらね……」

 一応、開会前に発表者同士が集まっての打ち合わせもある。

 ゆえに奈津子は、何が何でも遅れるわけにはいかないのである。

 開始までのタイムリミットは、AM 11:30——。



(AM 8:40)


 土曜日だったが、いつもと変わらず車内は混んでいた。

 さすがにすし詰めというほどではなかったが、つり革をつかまずに立っている者も大勢見られた。



 ……土曜日でも、忙しい人は忙しいんだなぁ。ご苦労様なことで。



 この状況ではゆっくり原稿も見れないので、頭の中で覚えている発表内容を整理していた時ー

 奈津子は、またまたヘンな違和感を感じた。

 彼女のすぐ横には、制服姿の女子高生が立っているのだが、どうも様子が変だ。

 顔を真っ赤にしていて、ベソをかいているかのような涙目だ。

 奈津子があごを引いて視線を下げると——

 混んでいるのをいいことに、中年オヤジが股間をピッタリと女子高生のお尻に引っ付けている。

 しかも、オッサンの右手はチェックのプリーツスカートの中に潜り込んでいるではないか!



 ……痴漢だわ!!



 さぁ、奈津子はカンカンに怒った。

 私という狙い得の美人が横にいながらっ、な~んでこの子なのよ!

 あんたには、この大人の色香が分からないわけぇ?

 そんな青臭いガキんちょ娘より私の方がず~っと食べ頃なのにぃ!



 32歳の男なし、さびしいOL奈津子は、ちょっとズレた意味で怒った。

 だからといって、仮に1億歩譲って奈津子に痴漢行為をはたらいてきたとしても、喜ぶどころかそれはそれで、激怒して撃退していたはずである。

 後で言い逃れされないため、オッサンの手がスカートの中に入っているのを写メで捉えた。

 カシャッ、という機械音にオッサンが気付いた瞬間。

 奈津子はその腕をガッとつかんで、声高く叫んだ。

「ち、痴漢ですっ! 私が証拠も押さえました! すぐに車掌さんを呼んでくださいっ」

 オーッ! と周囲の乗客から歓声が上った。



 協力的な乗客の伝言ゲームにより、人並みを掻き分けて何とか車掌がやってきた。

 そして、しきりに奈津子にお礼を言う。

 頭が真っ白になって、声も出せずにいた女子高生も、奈津子に感謝して何度も頭を下げた。

 そして、取り調べのために次の駅で犯人の男は降ろされ、引き渡されていった。

 証拠の写メは、教わった鉄道公安官のメルアド宛に送信後、削除することになった。

 やっと騒動が一件落着して、奈津子は満足気にうなずいた。

「うん。いいことをすると、やっぱり気持ちがいいものね!」

 しかし。奈津子は本来、そんないい気分に浸っている場合ではなかったのだ。

 ハッと我に返った奈津子は、次に電車が滑り込んだ駅の駅名を見て、絶叫した。

「し、しまったぁ! 乗り過ごしたぁぁぁぁ!!!」



(AM 9:30)


 本来降りるべき駅を、5つも乗り過ごしてしまった。

 ここから逆のホームへ行って、電車を捕まえてリターンしたとしても——

 恐らく、間に合わない。

 その後、さらに連絡している地下鉄に乗り換えねばならないから、正攻法で行くとかなり絶望的だ。

 とにかく、その駅で飛び降りた奈津子は、必死で考えた。



 ……電車でのコースは目的地に対してかなりカーブを描いているから、本来遠回りだ。

 でも、車だったらどうかしら?

 目的地までダイレクトに真っ直ぐ行けるから、時間短縮になるかもしれないわね。



「加速装置!!」

 分かる人にしか分からないマニアなことを言いながら、奈津子は全力でホームの階段を駆け下りた。

 目指すは、駅前のタクシー乗り場。

 交通費は割高になってしまうが、とにかく今はどんな手を使っても間に合うことが最優先だ。

 覚悟を決めた奈津子は、駅構内を激走した。



 (AM 9:50)


 途中までは順調に車が流れていたのに、ある所から急に渋滞につかまってしまった。

 奈津子は、タクシーの後部座席から身を乗り出して叫ぶ。

「ちょっと運転手さん。他に道はないの!?」

 トロトロ進んでは、またブレーキを踏む。

 その繰り返ししか出来ないタクシーの運ちゃんは、済まなさそうに答えた。

「今日に限ってねぇ、何だか駅伝が行われているみたいなんだよ。あちこちで通行規制があって、それで思うように進めないんだと思うよ」

「ええええええええええ」

 奈津子は、心臓をぎゅっとつかまれたかのようなショックを受けた。

 これで、確実に寿命が3ヶ月くらいは縮まったはず。

 これで小じわも、きっと白髪もー。あああああああああああああああああ!!



 しかし。これでめげないのが奈津子の真骨頂であった。

「運転手さん。何とか時間内に目的地に着く方法って、ないものでしょうか?」

「……そうだなぁ」

 この道15年のベテランである彼は、一つの秘策を思いついた。

「ちょうど、この先の道路がマラソンコースになっているはずなんで、そこを過ぎればきっと車が流れているんじゃないかなぁ。ここで降りて、何とかそこまで走れば、あるいは間に合うかもしれねぇ」

 成せばなる、成さねばならぬ何事もっ! 奈津子は、決心した。

「オジサン、ありがとねっ!」

 料金を払い、釣りは取っときな! とカッコよくタクシーを飛び出した。

 とはいっても、お釣りはたったの20円ぽっちだったのだが。



 (AM 10:00) 


 沿道は、旗を振る応援の人々でごったがえしていた。

 歩道は走れないと踏んだ奈津子は、車道…つまりはマラソンコースに躍り出た。

 そして社運がかかっていた命がけの奈津子は、またたく間に10人の選手をごぼう抜きにした。

 奈津子に追い抜かれた選手達は、あっけにとられて奈津子の後姿を見送った。

 先頭集団の前を走る中継車から身を乗り出したリポーターは、実況中継をするべくつばを飛ばしながら必死にマイクに向かってしゃべる。

「ただいま第4区の中間地点です。先頭は、変わらず日体大。そのすぐ後を中央大と山梨学院が追う形です。4位の明治大には500メートル以上の差がついており、こちらからは見えませんっ」



 その時、恐るべきものをリポーターは目にした。

 どう見ても、OLの通勤用のスーツにしか見えない服装で、先頭集団に追いついてきた女性が見えた。

 見間違いでなければ、彼女の履いているのはヒールだ。

 タイトスカートごしにくっきりとお尻の形を浮かび上がらせながら、大きな口を金魚のように開けて、ハァハァと必死で息継ぎをしている。

「とっ、突然コース内に乱入した女性が、先頭集団に混じって走っておりますっ! しかも……これはすごい! 遅れずに走っています。いくら初めから走っていないとはいえ、選手たちの速度に劣らないというのは驚きですっ。かつて、こんなすごい飛び入り事件があったでしょうか?」

 沿道の観衆も、「姉ちゃん、ガンバレ~」などと、旗を振って奈津子を応援した。

 奈津子の脳内では、『みどりのマキバオー』の主題歌が鳴り響いていた。



 途中の給水所で、のどの渇いた奈津子は、止まることなく水をひったくる。

 その姿がまた、素人とは思えないほどサマになっていた。

 テレビ中継を見ていた茶の間の人々も、笑えるアクシデントに喜んだ。

 ゴール地点でモニターを見ていた日体大の監督は…

「この人、若かったら女子マラソンにスカウトしたのに!」

 ……と、逸材を見逃していたことを悔いた。



(AM 10:20)


 奈津子とて、マラソンに参加するつもりで走っていたのではない。

 やがてコースを外れた奈津子に、観衆からは彼女の離脱を惜しむ声があがった。

 テレビの前に釘付けになっていた人もまた、しかりだった。

 しかし、自分がそんなに全国を盛り上げているとはまったく思っていない奈津子なのであった。

 彼女は、国道前でデン、と仁王立ちして、行きかう車の中にタクシーを捜した。

「ぜっ、ぜんぜん来ないじゃないのよ!」

 もしかしたら、マラソン大会を意識して、タクシーもここらを避けているのだろうか。

 たまらず近くの公衆電話からタクシーの配車サービスに電話してみた。

「ええっ、今から20分もかかるですってぇ!」

 そんなに一箇所にじっと待っているなんて、耐えられない。

 ……今すぐ動くものに乗るんじゃなければ、意味がないのよう!!

 そんな奈津子の目の前に、珍しいものが見えた。

「じ、人力車??」



 体格のいい若者が、人力車を前にして暇そうにしゃがんでいる。

 わらにもすがる思いで、奈津子は駆け寄った。

「お兄さん、乗せてちょうだいっ」

 若者は奈津子に気付き、健康的な白い歯を見せて笑った。

「まいどー。さぁ、乗った乗った!」

 しかし。行き先を告げたとたん、若者は絶句した。

「エエッ、そんな長距離…僕の身が持ちませんよ!!」

「だまらっしゃい!」 

 シンポジウム会場に遅刻せずに着けるなら何でもする!という心境だった奈津子は、まさに鬼であった。

 奈津子に一喝された若者は、恐怖に震え上がった。

「とにかくっ。限界まででいいから、目指してちょうだいっ」



 走り出した人力車の上で、奈津子はケータイを取り出した。

 数回のコール音の後、先方が出た。

「……オブライエン」

 ウソこけ!

 コイツ、24(トゥエンティーフォー)の見すぎや——

 そう思ったが、ここは部下の二宮の趣味に合わせてやることにした。

「クロエ、オレだ! ジャックだ!」

 人力車を引く若者は一瞬エエッ? という顔をして振り向いたが、奈津子がすごむとおとなしく走る事に専念した。

「ジャック。まもなく作戦時間です。支部長が心配してますが……今どの辺りですか?衛星では確認しづらいので」

「まだ、ホワイトハウスだ! パーマー大統領暗殺に関わったグループの襲撃で、足止めを食っている。何とか切り抜けてみるつもりだが、CTUに着くのはもう少し遅れるかもしれん! 本当に、すまないと思っている!(ウソコケ)」

「了解、ジャック」

 ケータイをたたんだ奈津子は、目を皿のようにして道路を観察した。

 しかし、タクシーを見つけることはできない。

 さすがの奈津子の鉄の決心にも、ここへ来て揺らぎが出てきたのだった。



 (AM 10:50)


「もう、勘弁してくださいっ」

 ハァハァゼイゼイと、オーバーヒートしたエンジンのように若者は道路に転がった。

 機械ではない、生身の人間の限界であった。

 これだから、生身の人間は不便だー。

 などと、銀河鉄道999に出てくる機械伯爵のようなことを考えた。

 再び元気になるにしても、どれくらい休ませればまた走れるかしら?

 エジプトの奴隷をこき使うピラミッド建造の役人のような残酷なことを考えていると、そこへ石焼いも屋の軽トラックがゆっくりと走ってきた。

 先ほどマラソンコースで全力疾走したせいでお腹のすいていた奈津子は、焼き芋を買う気になった。



 …丁度いいや。このお兄さんにもあげたら、燃料補給にもなるでしょ。



 いったん人力車を降りた奈津子は、自販機でお茶を買ってから歩道で手を振り、焼きいも屋を呼び止めた。

「オジサ~ン、焼き芋1500円分ちょうだい!」

 トラックはゆっくりと停車し、運転席からはねじり鉢巻をした気の強そうなオヤジが降りてきた。

「へいっ、毎度」

 陽気なオヤジは、そんなスーツ姿で、これからご出勤で? などと気さくに奈津子に話しかけてきた。

 奈津子は、自分の置かれている苦境を、ベラベラとしゃべった。

「そういうことですかい。なら」

 オヤジは、ようがす! と言ってポン、と手を叩いた。

「ここまでの料金を、人力車の若けえのに払ってきてやってくださいまし。あっしが、今から姉さんを送って差し上げやしょう!!」



 軽トラックの助手席に乗り込んだ奈津子は、心配して聞いた。

「このトラックって、そんなに速くは走れないんじゃ? ゆっくり走ってたら、とても11時半には間に合わないんだけど」

 そりゃごもっともな質問です、とオヤジは頭をかいた。

 しかし、彼の目は絶対に着ける、という自信に満ちた輝きを放っていた。

「まぁ、あっしに任せてくださいよ」

 彼が、運転席前のどこかのボタンを押した瞬間——

 ウィィィィ~ンという機械音が、車内に響いた。

 車高が、みるみる低くなっていく。

 オヤジはハンドルを外し、レーシングカーと同じ仕様のハンドルに付け替えだした。

 目の前に、不思議な操作パネルが現れ、いびつな計器類にライトが灯った。

 グォン・グォンという、尋常ではないエンジン音が響く。

 オヤジがアクセルをふかすと、爆発するような排気音がして、奈津子は思わず耳をふさいだ。

「ヘッヘッヘッ。見てくれこそ軽トラックですがね。思いっきりチューンナップしてるんでさぁ。マツダRX-7に使われているのと同じロータリーエンジン搭載なんっすよ。いざとなったらニトロも積んでますし、遅れることはありませんぜっ、っと!」

 ガクン、と奈津子の背中が前のめりになった。

 シートベルトをしていなければ、完全にむち打ちになっていたことだろう。

 焼きいも屋のトラックは、信じられないスピードで国道を走り抜けた。



 (AM 11:05)


「ちょっと、焼き芋屋さ~ん」

 芋を買おうとした女子大生は、迫り来る焼き芋屋のトラックに向かって手を上げたが——

 驚愕に目を見開いた。

「きゃああああ」

 レーシングカー並みのスピードで彼女の前を通過した焼きいも屋のトラックは、恐ろしい風を巻き起こした。

 彼女のスカートは見事にまくれ上がり、マリリン・モンローばりの格好をするはめになった。

「…………」

 今のは一体何だったのか理解できぬまま、彼女はその場を去った。

 結局、焼き芋は買えなかった。



 (AM 11:25)


 キキキキキキ~~~ッ



 タイヤのゴムが思いっきり擦り減るのではないか、と思えるほどの摩擦音を立てて、焼きいも屋の改造車は停止した。

 奈津子は助手席から、転がるようにして奈津子は飛び降りた。

「やったぁ、間に合った!!」

 奈津子の目に、涙がジワッとにじんだ。

 色々大変だったけど、神様は最後まで私のことを見捨てなかった。

 結果、無事間に合って本当に良かったー。



 彼女が息をはずませて会場前の石段を上っていくと、そこに奈津子の同僚たちがズラッと待ち構えていた。

「あら、みんなこんなところでどうしたの? 会場にいなきゃ、もう始まっちゃうでしょ?」

 部下の二宮が、一歩前に進み出た。明らかに、怒っていた。

 「…冷静に聞いてください。大倉課長がね、シンポジウムの開始時間を間違って伝えていたんですよ。11時半じゃなくて、本当は一時半」

 そう言えば、本来は賑やかなはずの会場はひっそり静まり返っており、一人二人のスタッフが準備作業をしている以外には、誰もいない。これはもう、明らかに——



 ななななななな何ですってええええええ

 大倉課長のドアホウウウウウウ男どアホウ甲子園!!



 奈津子は、五つ数えた怪物くんのごとく爆発した。

 どうも奈津子は、怒りに我を忘れると言葉のはしばしに古いマンガが出てくるようだ。

「かっ、係長! 抑えてっ。殿中、殿中でござる~~!!」

 奈津子の部下である二宮と篠塚は、ジタバタ暴れる奈津子を両脇から抑えた。

 放っておけば、大倉課長にイタ電をするのは目に見えていた。

「フーッフーッ」

 怒りで我を忘れた猫状態だ。

 そこへ、先ほどのオヤジが両手いっぱいの焼き芋を抱えて大海物産の社員たちのもとへやってきた。

「まぁまぁ。過ぎてしまったことは仕方ないやね。ほら、食いねぇ食いねぇ、芋食いねぇ! 嫌なことはこの際忘れちまいましょう!」

「もうっ」

 奈津子は、焼き芋を引っつかむとグフーッグフーッと言いながら芋にかぶりついた。

 他の社員たちも、必要以上に早く着いてしまったことへのやるせなさをかみしめながら、涙にむせんで焼き芋をほおばるのだった。



 …あ~あ、分かっていたら、もう少し寝れたのに。



 奈津子に至っては、焦ってあんなドラマチックな修羅場をくぐらなくてもよかったのに、である。

 会場の前の石段に腰掛け、一同はひたすら芋をヤケ食いした。



 お陰で大海物産の社員一同は、本番のシンポジウム会場で、プゥプゥおならをこきまくることとなり——。

 音とニオイで、他の参加者の大迷惑となった。

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