第4話『酸とは魔美』

 (大海物産 AM 10:00)



「えっ、私らがそれ行かなきゃいけないんですか?」

 出社してからいきなりの意外な指令に、八神奈津子は驚きを隠せなかった。

 課長の大倉は、済まなさそうに言った。

「まぁ、そう言うな。現場を知るオレとしてもどうかと思うんだが……社長が懇意にしている筋からの依頼なんだ。どうにも断れないんだよ。可哀想に、広報部と技術部の連中は全員かり出されるらしい」

「何てこと!」

 絶望のあまり、奈津子は卒倒しそうになった。

「今日は大事な日だっていうのにぃ!」



 彼らが一体何を苦悩しているのかを説明せねばなるまい。

 実は、本日2時30分より近くの総合市民文化交流会館というところで、あるシャンソン歌手のコンサートが開かれる。

 その歌手の名前は、菱川由里子。

 大海物産の大口の株主の一人でもあり、何かと社に貢献している人物の知り合いらしいのだ。

 そこで、大海物産の社員の方に是非聴いていただきたい、ということでお声がかかったのだ。



 その歌手が人気の歌手で、一般からの申し込みで客席が埋まれば問題はないのだが、どうもデビューから半年くらいにしかならない駆け出しであり、はっきり言って『無名』の人物であると言っても差し支えない。

 実のところ、チケット発売より三ヶ月を経過していたが、ほとんど席が埋まっていなかった。

 しかし、主催側としてはそれではあまりに体裁が悪い。

 そこで苦肉の策で、大海物産の社員に白羽の矢が立ったのだ。



 2時半開始で、休憩をはさんで第一部と第二部があり、終了は4時半。

 このコンサートに行く時間も公務とみなし、しかも特別に終了後は社に戻らずとも直帰を認める——

 社長直々の、そういう太っ腹なお触れまで出た。

 しかし。大海物産の社員たち、特に営業課の面々にとっては、まったくありがたくなかった。むしろ、大迷惑である。

 学校で、授業がなくなった! と言って喜ぶのとはわけが違う。

 モノを売る、というのは自由競争の厳しい世界なのだ。

 他メーカーに対しては、やるかやられるかの世界でしのぎを削り合っているのだ。

 特に今日は、宿敵『ありがた屋』の株主総会が開かれ、新商品やどの分野の食品に力を入れていくのかなど、販売戦略におけるガイドラインが発表されるのだ。

 だから一刻も早くその情報を仕入れて、早急に対策を練らねばならなっかったからだ。



 ありがた屋食品の株主総会が2時。

 こっちは、コンサートに遅刻せずに行くには、2時には社を出る必要がある。

 本来、現場を知る者ならこんな時に悠長にコンサートでシャンソンを聴けなどとは、口が裂けても言えないところである。

 しかし。そこは日頃何かと便宜を計ってくれている大物株主の頼みだから、社長も断るに断れなかったのだろう。

 何とか、営業課においては課長及び数名の者のみ、特別に社に残ることを許されたが、販売企画二係の係長・奈津子以下5名の部下はコンサート行きを命ぜられた。

 販売企画二係の面々は、実に後ろ髪引かれる思いで社を後にした。



 (市民文化交流会館 PM 2:00)



 シャンソン歌手、菱川由里子は舞台装置を見て唖然とした。

「あの~、この照明どうにかなんないんですか?」

 会館の職員であり、今回のコンサートの司会者でもある今川義子は、ズレた眼鏡を直しながらさらっと答える。

「はい。残念ながらこの第二イベントホールはさほど広くありませんので。場所柄、どうしてもこうなってしまいます」

「…………」

 由里子の表情が曇った。



 彼女はデビューしたと言っても場数を踏んでいないため、まだまだ舞台度胸というものが十分に身についていなかった。

 今までの会場では、舞台は明るくても客席は真っ暗だったため、客の顔はほとんど見えなかった。

 しかし、今回の会場は何せ狭い。全員座っても、60人ほどである。そして奥行きもあまりない。

 だから、普通に舞台照明を使うと、イヤでも客席側も明るくなる。

 つまり、聴衆一人ひとりの顔が、ハッキリと丸見えで、目のやり場に困ってしまうのだ。

 かといって、舞台照明をさらに落とすわけにもいかない。

 そういう経験が初めての由里子は、歌っている最中の目のやり場をどうしようかと真剣に悩んだ。

「……どうせ今日も、そんなに興味のない人が来るんだろうなぁ」

 大家の歌手でもない限り、まずシャンソンなんて進んで聴きにこない。

 きょうびの若者は、そんなオカタい音楽にはまず興味がない。

 客のほとんどは年寄りか、義理のある人が知り合いを説き伏せて連れてきた人々で占められていた。

 彼女の予想通り、その日の客席は単に『興味がない』どころか、『本来それどころではない』人たちのかたまりで埋め尽くされることになる。

 その恐ろしい未来を、この時由里子はまだ知らなかった。



 (市民文化交流会館 PM 2:15)



 この日、コンサートの受付に立った市民文化交流会館の職員・三田村邦子は、非常な恐れに囚われた。

 開演20分前ほどになって、やっとちらほらと客がやってきたのだが——

「いらっしゃいませ、ようこそ~」

 彼女は丁寧に頭を下げるのだが、誰一人笑顔で答えるものはいない。

 まず第一に、みな鼻息が荒い。

 男も女も、老いも若きも、皆北島三郎のように鼻の穴を膨らませて『フンッフンッ!』と言いながら、大股でドスドスとやってくる。そして顔つきはというと、それはもう目を釣りあがらせて、今から人を襲うんじゃないか、と勘ぐってしまうほどの凶悪な顔つきをしている。

 交番に貼ってある『この顔見たら110番!』の顔など、彼らに比べればマザー・テレサほど柔和に見える。

 しかも、皆普通に歩いていない。遅くても早歩きか競歩、すごいのは全力疾走。

 恐ろしいスピードで、パンフレットをひったくっていく人、人、人。

 そして、受付の隣りのテーブルには、500ml入りのペットボトルのお茶を人数分置いてあるのだが、皆野蛮な手つきでそれをひったくっていく。

 その光景は、さながらマラソン大会の給水所である。



 ……別に刑務所の慰問コンサートでもないのに、今日は一体何??



 なまはげのような怪しい動きをした大海物産の社員たちは、次々と会場入り口に吸い込まれていった。



 (開演5分前)



 最前列の真ん中に座らされた奈津子は、隣りに座る部下の二宮篤志に声をかけた。

「向こうには、誰が?」

 当然、向こうというのはライバル社 『ありがた屋』の株主総会のことである。

「篠塚のやつが、潜り込んでます。情報は逐一、社員皆のケータイにメールに一斉送信されてくることになってますから。ケータイをマナーモードにしとくように、とのことです。まぁ、どっちにしろコンサートですから、そうしなきゃいけないんですけどね……」

 それを聞いた奈津子は、自身のケータイをバイブのみのマナーモードにして、隣の二宮に『ケータイをマナーモードにしろ』と、全社員に伝言を回しておくよう頼んだ。

 すると、伝言ゲームよろしくその注意はその場の社員の間を駆け巡った。



「ところで、シャンソンって何ですか?」

 二宮の質問に、奈津子はあきれた。

「あんた、そんなことも知らないの? フランス語で『歌』っていう意味。日本でシャンソン、っていうと1970年代以前に流行したフランスの歌謡曲のことを指すの。有名どころでいうとほら、美輪明宏とかならあなたも知ってるでしょ?」

 二宮は、わが意を得たり、とばかりに手を叩いた。

「なるほど。『オーラの泉』みたいなのが今から始まるんっすね?」

「……バカ」

 奈津子は座席のシートに深々と身を預けた。



 …クソッ。こんなところでのん気に歌聴いてる場合じゃないのにぃ!



 奈津子は実のところ、敵陣の情報が伝わり次第すぐにでも作戦会議を開きたかったのだ。

 歌手には申し訳ないが、美しい歌を聴いて心豊かにする、という心境ではまったくなかった。

 開演2分前になって、最後列の社員が首を傾げて奈津子のもとにやってきた。

「あの、『ケーシー高峰とマネーゲームをしろ』っていう意味不明な伝言が回って来たんですけど、これってどういう意味ですかね?」

 ……間違って伝わってるやん!!

 伝言ゲームのように情報を回したことを、奈津子は後悔した。



 (プログラム・第一部)



 いよいよ、菱川由里子が登場し、コンサートが始まった。

 司会の今川さんが、由里子の経歴を紹介してゆく。

「え~、菱川先生は去年までは小学校の教員をされておりましたが、周囲の勧めで意を決してシャンソン歌手としてデビューされました。今年の夏には、CDも発売予定でありまして……」

 会場全体を見た由里子の顔が、引きつった。

 みな、殺気立っている。

 特に、最前列の真ん中に座っている女性は、にしおかすみこのように目をむいて座っている。



 ……アリババと40人の盗賊!?



 これでは、興味がなかろうがまだニコニコして聴いてくれる爺さん婆さんのほうがマシだ。

 しかし、プロはどんな時でも変わらぬ歌と笑顔を提供しなければならない——

「それでは、お聴きください。最初にお送りする歌は、『ミラボー橋』」

 今日ピアノ伴奏を担当する、東京芸大の音楽講師もされているという榊奈央子先生のしなやかな指が、鍵盤の上を縦横無尽に這いまわる。



 Sous le pont Mirabeau coule la Seine

 Et nos amours faut-il qu'il m'en souvienne

 La joie venait toujours après la peine



 小声で、二宮が奈津子にささやきかけてきた。

「今、歌の題名何て言ってました? ミラ・ジョヴォヴィッチ?」



 アホか、と思ったが声には出さなかった。

 シャンソンの何たるかを知っているとはいえ、大して興味もない奈津子自身も『うまい棒』くらいにしか思ってなかった。



 Vienne la nuit, sonne l'heure

 Les jours s'en vont,je demeure



 その時、大海物産の社員全員のケータイが振動した。



 ……おおっ、情報が来たっ!!!



 由里子は、表面上にはまったく出さなかったが、内心は大きく動揺していた。

 何とギャラリーのほぼ全員が、気味悪いほど同じタイミングでケータイの液晶画面を開けたからだ。

 その瞬間、由里子の歌声に聴き惚れている者は誰一人としていなかった。



『主力商品・ありがた屋の海苔に新パッケージ・CMに嵐起用の模様』



「ななななななななな何ですってぇぇぇぇ」

 呪いのビデオを見て一週間後に貞子に襲われたかのような歪んだ顔をした奈津子は、思わず声を上げた。

「かっ、係長! ここじゃまずいっすよぉぉ」

 隣りの二宮が、奈津子を押さえ込みにかかった。

「むごおおおおおっ」

 鼻と口を押さえられた奈津子は、二宮に覆いかぶさられた。

 はた目には、襲われているように見えなくもない。



「もっと…そこ…いいっ…出るぅ…」 



 由里子は、青ざめながらもプロ根性を見せて歌い上げた。



 Les mains dans les mains restons face à face

 Tandis que sous le pont de nos brás passe

 Des éternelles regards,l'onde si lasse



 奈津子が本当に言いたかったのは、『もう外に出る~~!』だったのだが、二宮に口やら鼻やら押さえられたおかげで、こんな変な音声に変換されてしまった。

 この時、販売企画二係の誰もが思った。

 二宮と係長はとうとう『デキて』しまった——

「あっふうん!!」

 観衆の目の前に、ハイヒールを履いた奈津子のおみ足が、高く上がった。



 …ここって、少なくともキャバクラじゃないわよねー。



 由里子は、このまま歌い続けられるかどうか不安になった。

 頭が真っ白になり、何度も歌詞を忘れそうになったが、『うまい棒』は何とか無事歌い終わった。

 …ってあれ、ホントのタイトルは何だったっけー?

 観客がプンプン発散する低レベルなオーラに、次第に毒されつつある由里子なのであった。



 やっと暴れる係長を鎮めることに成功した二宮は、自分の席に座った。

 座席で無様にひっくり返っていた奈津子も、ハァハァ言いながらも何とか体を真っ直ぐに戻した。

 その頃には、すでに二曲目に入っていた。

 曲は、『サン・トワ・マミー』。



 正常な神経を失った奈津子には、エスパー魔美の顔しか思い浮かばなかった。

 今度はわけの分からないフランス語でなどではなく日本語で歌われたから、意味は分かるのだが、奈津子たちにはもうそれどころではなかった。



 奈津子のはらわたは、八幡製鉄所の溶鉱炉のように煮えくり返っていた。

 嵐は、大海物産が是非CMにと数年をかけて交渉してきた大物芸能人だ。

 ありがた屋以外のもうひとつのライバル社・大森屋の加藤あいに対抗できるのはこれだ! と強気の交渉を続けてきたのだが……のりとか海産物のイメージが迷惑だったのか、事務所の壁は高く、なかなか首を縦に振ってくれなかったのだ。

「…悔しい! こっちは吉本の芸人あたりで妥協しようとしてたのにぃ!何よ、こっちはダメであっちならいいってわけ!?いったいアタシたちのどこが気に入らないって言うわけ??」

 お見合いで断られた女のような腹の立て方をしながら、奈津子の脳細胞は、シナプスは……ブチブチと切れまくった。

「係長、大声を出してはなりません!」

 奈津子が悔しさにわめくのではと恐れた二宮は、隣の奈津子に再び覆いかぶさって、口元をふさいた。見る角度によっては、キスをしていると思われても不思議ではない。

 


 次の瞬間、ピアノの榊先生が、キーを半音叩き間違えた。

 せっかくの名曲が、ものすごく間抜けな曲調になり、台無しになった。

 大海物産の社員たちも、あまりにも破廉恥な奈津子と二宮の関係に、青ざめた。

 もちろん、それも誤解である。

 ピアノ奏者は真っ青になりながらも、伴奏を軌道に戻した。

 由里子も、思わずピアノにつられてジャイアンのように音を外してしまった。



 …耐えるの。耐えるのよっ、由里子! 笑って、笑ってキャンディっ!

 ここでコンサートを台無しにしたら、プロじゃないわっ!



 くんずほぐれつした挙句、奈津子の丸いお尻が、タイトスカート越しにニュッと突き出た。

 それは、舞台のスポットライトからの余分な光を受けて、くっきりそのシルエットを浮かび上がらせた。

 下手に明るい会場だから、由里子はもろに見てしまった。

 奈津子のあられもない 『ぷりぷりオケツ』 を。

 ……こっ、こんなところでクレヨンしんちゃんのネタをすなっ!!

 由里子は、いつしか奈津子の一挙手一頭足にツッコミを入れずにはいられなくなっていた。



 ……私って、ここで何をしているのかしら?

 ここは誰?

 そしてあなたはどこ?

 あれ、ちょっと違うかも。



「プゥゥゥゥゥゥゥゥゥ~~~~~」

 ホール中に突然響いたその鈍い音と臭いは、千の風になって劇場中に充満した。

 奈津子が昼食時に何を食べたのか、誰もが聞くのを恐れた。



 ダーーーーーン!!



 鍵盤を全部、いっぺんに押したような、嫌な音が鳴った。

 何が起こってしまったのか分かってしまったが、由里子は見たくなかった。

 でも、首をそちらへ向けずにはいられなかった。

 ピアノ奏者の榊先生は、目にいっぱい涙を溜めて、お腹を抱えてヒクヒクしている。

 どう見ても悲しくて泣いてるのではない。笑い涙だ。

 榊先生は、必死で笑いをこらえているのだ。

 悪いことというものは、続く時には続くものである。

 ありがた屋の情報が、篠塚特派員よりもたらされたのだ。



 『ありがた屋・明月食品と業務提携も視野に入れると発表』



 その文字が皆のケータイの液晶に踊った瞬間。

 一同は、深夜0時を過ぎてモノを食べたグレムリン状態になった。

「おうっ、お~とといきやがれっ!」

 やまんばのように髪を振り乱した奈津子は、絶叫した。

「係長おおおおおおおっ」

 一人では押さえ込めないと判断したのか、二宮プラス反対側の席の社員も身を乗り出し、二人がかりで奈津子を押さえ込みにかかった。

 奈津子の怒りは、もっともだった。もし仮に、その2社の業務提携が実現すれば、乾物業界のシェア勢力図が一気に塗り替えられることになる。

 社員たちは、冷めた目で三人を見た。

 ……ああ、とうとう3Pが始まった。



「ワタシを…イカせてちょうだいっ。ダメッ、イクう~~~~~」

 奈津子のアッフンアッフンというあえぎ声とともに、座席のミシミシいうリズミカルな音がはっきりと聞こえてくる。

 由里子に、とどめの一撃が客席から来た。

 横隔膜が、ちぎれるように痛い。

 あまりの耐え難い笑いと苦痛に、由里子の 『プロ根性』 は風前のともし火であった。



「アアアアアアアアアアアアアアアア~~~~~~~~」



 誰もが、異常に気付かなかった。

 オペラでもそういう発声がありそうだから、パフォーマンスの一環だと思った。

 しかし……

 断末魔の大絶叫のあと、ヘナヘナと由里子は舞台の上で力尽きて倒れ込んだ。

 さぁ、あわてたのは、司会進行をしていた会館の職員、今川さんである。

「ああっ、菱川先生っ!」

 コンサート会場は、一時騒然となった。



 もちろん、奈津子が本当に叫びたかったのは、こうだ。

「わ、私を(社に) 行かせてちょうだいっ。駄目っ、(私はどうしても)行くんだからぁ~!」

 ライバルが強大になるかもしれないとと聞いて、すぐにでも社に帰って対策会議を開きたかったのだろう。愛社精神にあふれる行動だったのだが、皮肉にも三文AVのラストシーンのごとく卑猥なセリフになってしまっていた。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 一週間後。

 大海物産の営業課・販売企画二係のもとに宅急便が届いた。

「係長、これ、中は何でしょうね…?」

 奈津子のデスクに大きなダンボールを置いた部下の新人OL・美佐子は首を傾げる。

 差出人の名前を見ると、『菱川由里子』 とある。

「ああ、あのシャンソンのー」



 実は、あの大混乱のあと、コンサートは中止になった。

 事情を聞きつけて、歌手の後援者である株主が何事かと怒鳴り込んできた。

 しかし。奈津子を始めとする社員たちの申し開きを聞いているうちに、外部の人間には計り知れない現場の苦労、というものが、何とはなしに株主様に伝わった。

 そこで、日が悪かったのだということになり……

 コンサートは、延期となった。

 そして、社員たちが安心して聴けるような日を設定し、追って知らせてくるということになった。



 ……延期とか言わずに、もうなしでいいんじゃ? 



 そう思っても、口が裂けても言えない奈津子たちの立場なのであった。



 贈り物の箱の中を開けると、中に詰まっていたのは数え切れないほどの 『うまい棒』。

「わあっ、おいしそうっすね~」

 コンサート会場で、何度も奈津子の操(みさお)を奪った二宮が近寄ってきた。

 こういうことには敏感な二係の面々は段ボールに群がり、うまい棒をおいしそうにほおばった。

 カールした巻き毛に指をからませながら、うまい棒を片手に美佐子は考え込んだ。

「でも、何だってよりによってうまい棒なんでしょうね??」

「そ、それはね、多分……」

 奈津子は続きを言えず、うまい棒をのどの奥までいっきに突っ込みすぎてムセた。



 サラダ味とめんたい味を、奈津子はすでに二本たいらげていた。

 次はたこ焼き味にしようと、目をギラつかせて段ボールに手を伸ばす。

 そう。彼女には、なぜうまい棒なのかその理由に見当がついていた。



 奈津子の頭の中では、演歌調の 『ミラボー橋』が鳴り響いていた。




  ~終~

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