第2話『立ち食いうどん大決戦』

「きつね一丁、かけ一丁!」

 店のおばちゃんの威勢のいいかけ声が、狭い店内に響く。

「あいよ!」

 ねじり鉢巻をしたおっちゃんが、グツグツ煮立った熱湯の中に、真っ白な麺をくぐらせる。

 絶妙なタイミングで、うどんをぱっと上げる。

 どんぶりに麺を移すやいなや、芳醇な鰹の香り漂う特製ダシを、さぁっとぶっかける。



 ここは、駅前にあるうどんとそばの立ち食いの店。

 今年32歳になるお局(つぼね)OL・八神奈津子の最近の楽しみのひとつは、ここでうどんを食べることである。

 朝は、利用しなかった。

 電車の時間を気にしながら食べるのが、何とも落ち着かないのだ。

 余裕を持って電車の一本くらい気にしなくて済むような時間に行けばいいのであるが、奈津子は朝が弱い。いつも、起きるのは時間ギリギリになってしまう。

 社が引けて、帰り道に何の時間的制約も気兼ねもなくうどんをすする瞬間が、まさに至福のひと時であった。



 もっと気の利いたところで食べればよいようなものだが、いかんせん安くつく。

 懐具合が寂しい時には、ジャイアンのリサイタルに来てくれる子どもではないが、うどん屋はまさに 『心の友よ~!』状態なのだ。

 昔はまでかけうどん・そばが一杯220円だったのが、ここ5年ほどで280円に値上がりした。

 当然つられて、他のメニューも軒並み同じだけ高くなった。

「ごめんね、小麦が値上がりしてねぇ」

 顔なじみの店のおばちゃんは、すまなさそうに言っていた。

 家でニュースだけを見てる分には実感が湧かないが、こうした日常のささいな場面で改めて経済の動向を肌で感じたりするものだ。

 奈津子が周りを見ても、客の顔ぶれはほとんどがおじさんかおばちゃんで、たまに若者がいてもほとんどが男だ。

 でも、奈津子はそういうことにはほとんど頓着しなかったから、OLスーツ姿で堂々とうどんをすすった。



 セルフサービスになっている水を用意すると、奈津子はかぐわしいダシの香りを胸いっぱい吸い込んだ。

「あ~いい香り!」

 胃袋が、早く来やがれ! と野蛮に叫ぶのを、どうどうと落ち着かせる。

 かけうどんを前に、奈津子はいつもの儀式を始めた。

 この店は『天かすが入れ放題』になっている。

 奈津子がこの店をひいきにする理由のひとつである。

 カウンターには、天かすをてんこ盛りに入れた容器がデン、と置いてある。客はそこから、スプーンで好きなだけすくって取るのだ。ちなみに奈津子は、必ず大スプーン3杯と決めていた。

 そして何よりの食べ頃は、天かすにダシがしみかけた状態…つまり周囲はふやけたが一番中心だけがまだ侵食されていない状態の時なのだ。

 その時の天かすの噛み心地といったらなかった。

 周りフワフワで中はサクッ!

 彦麻呂ではないが、まさに『天カスのアルデンテや~!』と叫びたくなるのだ。

 天ぷらうどんを頼むよりははるかに安上がりで、しかもタダの天カスで最高に幸せな気分になれるかけうどんに、奈津子はぞっこんであった。

 頼めば刻みねぎも余分に入れてくれたし、のりまで付いたから十分言うことなしだった。



「…………!」

 奈津子は、まるでニュータイプかなんぞのように、ある気配を感じた。



 ……来るっ! この感じは赤い彗星——。まさか、シャアかっ!



 決してシャアなどではないのだが、それに匹敵するつわものではあった。

 湯気の立ち込める月見そばを手に奈津子の横に現れたのは、大友安蔵じいちゃん、75歳。

 この立ち食いうどん屋の常連である。

 彼と奈津子はつい最近、お互いを意識しあう仲になった。

 奈津子はうどん派だったのだが、安蔵じいちゃんはどうやらそば派のようだった。



 なぜ奈津子が安蔵おじいちゃんを意識するようになったのかというとー

 まず、割り箸の割り方が、ただ者とは思えなかった。

 この店の割り箸は、実に割りにくい。

 何も考えないで単純にさくと、くっついていたてっぺんの部分がどちらか片方に寄ってしまう。

 奈津子はどちらかというと不器用なほうだったから、結構気を使って割ったつもりでも、かなりの確率で失敗してしまいイライラするのだった。

 しかしである。安蔵じいちゃんが気合一発、「えいっ」とばかりに箸を割ると——

 ものの見事に、きれいに分かれるのだ!



 ……たっ、ただ者じゃない!



 奈津子は、一方的に安蔵じいちゃんを意識した。

 しかも、彼は食べ方の流儀が奈津子とほぼ同じであった。そして今——

 安蔵じいちゃんは、そばの上に載った生卵を、高速でかき混ぜだした。

「なっ、なんという妙技!」

 遠心力でも働いているのか、安蔵じいちゃんがどんなにかき回しても、卵は一定の距離以上を広がっていかない。

 どんぶり上の狭い局部的な範囲だけで、卵は見事に攪拌された。



 ……これだと、下の層は本来のピュアなダシがそっくりそのまま閉じ込められるはず。

 そして、すする時には下からはいつものダシが、上からはときたまごがー。

 そして、口の中で初めて、必要なだけダシとハーモナイズさせるんだわ。

 これはもう、シンクロ率90%以上だわ。碇シンジ君も真っ青よっ!



 何だかよく分からないことで感心する奈津子であった。

「お主、できるな!」

 奈津子は、隣りの安蔵じいちゃんに闘志に燃えた視線を送った。

 気付いたじいちゃんは、ニカッと大胆不敵な笑顔を浮かべて、奈津子を見た。

 二人の視線は、バチバチと火花を散らす。

 どんぶりを片手に二人の横を通りかかったサラリーマンは、あまりにも闘志むき出しの二人にドン引きしていた。



 次の日。

「いらっしゃい!」

 奈津子がのれんをくぐると、店のおばちゃんの威勢のいい声が飛び込んできた。

 ここは、料金は前払いである。

 入り口でおばちゃんに代金を支払ってから、厨房のほうで出来たうどんを受け取るのだ。

 かけうどん、と言いかけた奈津子だったがー

 壁に初めて見る変な張り紙がしてあるのに気付いた。

 奈津子は思わず、そこに書かれてある内容を読んだ。



『激辛うどん・そば15分以内に完食された方は、タダ! しかも、10杯分のお好みのうどん・またはそばへの引換券をプレゼント!』

 


 おっ!

 奈津子は、矢吹ジョー並に獣の血が騒いだ。

 何を隠そう、奈津子は大の 『辛いもの好き』 だったのだ。

 彼女は本気で、TVチャンピオンの激辛王選手権にでも出てみようかと思ったことがあった。

 しかし、ただ辛いものが平気であればいいというだけでなく、少し 『大食い』 の要素も含む内容だったため、断念した。



 ……辛いったって、こんな小さな立ち食いうどんの店が企画することだし、そんなに大したことないっしょ。



「おや、なっちゃん。もしかして、激辛のやつ挑戦するつもり?」

 顔なじみのおばちゃんは、ポスターを凝視する奈津子に気付き、少し青ざめた。

「これね、悪趣味なうちの店長が考えたんだけどね。悪いことは言わないから、やめといたほうがいいよ?」

 店員自ら警告してくるのだから、よっぽどすごい代物なのだろう。

 しかし、その警告が、奈津子のハートに火をつけてしまった。

 彼女は、『やめとけ』 とか 『無理だよ』 という言葉を聞くと、逆に挑んでしまいたくなるという、超攻撃的で強気な性格だったからである。



「待ちなされ!」

 その時、奈津子の後ろでガラッと引き戸が開いて、安蔵じいちゃんが入ってきた。

「その勇気ある挑戦、私も参加しようではないか」

「ああつ、イボンヌじいちゃんまでそんなことを!」

 奈津子はブッと噴出した。イ、イボンヌって何~!?

 聞けば、安蔵じいちゃんはクリスチャンなのだそうな。イボンヌは、どうやらミドルネーム・つまり洗礼名らしいのだ。

 だから彼は 『大友・イボンヌ・安蔵』。



 ……それって普通女性に付ける名前じゃ? おまけに、そんな世俗的な名前、使っていいの? マリアとかパトリシアとかクレメンスじゃなくていいのかぁ?



 しかし、そんなことを突っ込んでいる場合ではなかった。

 しっかりと握手を交わした二人の戦士は、声高らかに宣言した。

「激辛に挑戦します!」



 おばちゃんから、激辛挑戦に当たってのルールを説明された。



 ① 麺はもちろんのこと、ダシ汁を最後まで飲み干して 『完食』 とみなす。


 ② 水は、一切飲んではならない。飲んだ時点で失格。


 ③ 複数で参加の場合、誰か一人でも完食すれば全員完食とみなす。


 ④ ただし上記のサービスルールは、3名様以下に限る。


 ⑤ 失敗すれば、倍の料金を支払わねばならない。




 何ですって! 倍の料金!?

 お金にがめつい奈津子は焦ったが、まぁ勝てば関係ないや、と思い直した。

 水が飲めない、というのは辛そうだが、どんぶり二杯や三杯ではないのだ。

 たった一杯の完食でいいのだから、どうにかなるだろう。

 しかも、ルールによるとこの場合、安蔵じいちゃんか奈津子のどちらかが完食すればよいのだから楽勝のはず。

 


 激辛うどんを待つ間に、店内に流れていた有線の演歌が消えた。

 代わりに、スターウォーズの 『ダースベーダーのテーマ』が流れてきた。

「これ、何の冗談?」

 奈津子は目を丸くしておばちゃんに聞いた。

「いんやね、店長の指示でさぁ。激辛うどんの登場の時に流すように言われてんのよ。あと、挑戦中に流す音楽まで決まっとるでよ」

「何じゃそら」

 あきれている場合ではなかった。

「へいお待ちっ」

 奈津子と安蔵じいさんの目の前に、世にも恐ろしいうどんが運ばれてきた。



 汁が……真っ赤だ。



 赤、なんてありきたりな言葉では済まされない。

 おばちゃんが、二人の真横でストップウォッチを持って立ちはだかった。

「それではっ、ただ今より制限時間15分一本勝負を始めますっ」

 奈津子と安蔵じいちゃんは、互いを見つめ合った。

「おのおの方、ご油断召さるな」

 まだ若いうちに入るが、奈津子も巧みに切り返す。

「内蔵助殿。いつでも討ち入る覚悟は出来ておりまする!」

 狭い店内に、おばちゃんの声が高らかに響いた。

「ハジメっ!!」



 闘いのゴングは鳴った。

 気合い十分で、奈津子は箸で麺をつかみ、迷わず口の中へと放り込む。

 初め、何を食べたのか感覚がなかった。

 しかし、遅効性の毒のように、野火は次第に口の中全体を炎で舐め尽していった。

「はっふぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ」

 奈津子は椅子から飛び上がって、むせた。

 犬のように無様に舌を突き出したまま、ハァハァと荒い呼吸を繰り返す。

 奈津子が知る限り、こんな辛いものを食べたのは生まれて初めてだった。

 横を見ると、安蔵じいさんも顔を真っ赤にして、小刻みに震えている。

 心臓発作など起こさなければよいのだが。

 地獄の苦しみを味わう二人をあざ笑うかのように、店長のふざけた選曲によるBGMが背後で鳴り響く。



 ……今度は、ロッキーのテーマかよ。



 奈津子は、死ぬかと思った。

 これで水を飲めないなどとは、拷問に等しかった。

 まだ、たったの二口しか食べていない。

 まだまだ、戦いはこれからだというのに!

 中風にでもなったかのように、箸をプルプル震わせてうどんをつかみ、真っ赤な液体の中から引き上げてみる。

 白いはずのうどんが、汁に染まって薄紅色だ。

 しかも、地面に落ちたお菓子にたかる蟻のように、唐辛子の細かい粒が無数にへばりついている。

「このおおおおおおおおっ」

 あしゅら面、怒り! などとキン肉マンを見ていないと分からないようなことを叫びながら、奈津子はどんぶりを持ち上げて口をつけ、ゴクリと汁を一口飲んだ。



「ひげおあああああああああああああああ」



 どんぶりを放り投げたくなるのを辛うじて押さえた奈津子は、その場を離れて手足を無茶苦茶に振り始めた。

 さながら、出来の悪い阿波踊りのようなものだった。

 奈津子は、この激辛うどんを甘く見ていたことを後悔した。

 口の中のじゃりじゃりいう感覚からして、これは唐辛子を一瓶まるごと放り込んでるな、と分析した。

 しかも、味から察するにこれは七味唐辛子ではなくて『一味唐辛子』。

 まさに、刺激的な辛さだけが際立つ一品だった。

 それだけではない。どうもこれは、隠し味としてブラックペッパーとハバネロソースまでぶち込んでいるようだ。

 しかし、負けず嫌いの奈津子は、ここで引き下がるわけにはいかなかった。



 キャシャーンがやらねば誰がやるっ!

 ヤッターマンがいる限りこの世に悪は栄えないっ!

 


 おおよそマニアックとしか思えない懐かしアニメネタを叫びながら、奈津子は大口を開けてズルズルとうどんを吸い込んでいく。

「おおっ、何だ何だ!?」

「何でも、激辛うどんに挑戦中らしいぜっ」

 いつの間にか、会社帰りのサラリーマンたちが物珍しげに見物を始めた。

 奈津子と安蔵じいちゃんの周りには、次第に人垣ができ始めていた。



「フガァウォアアアアアアアアアアアアアア~~~~」



 のどが焼け付くような辛さに、奈津子は狭い店内をグルグル走り出した。

 ギャラリーたちは、のけぞって道を空けた。

 奈津子と安蔵じいちゃん以外は皆、壁にピッタリ背中をつけて立っている状態であった。

 客は誰も注文もせずに、ただ二人の無謀とも言える命がけの挑戦を見つめていた。

 店員たちでさえも、商売そっちのけで勝負の行方を見守っていた。

 奈津子は、鳥のように腕をヒラヒラさせながら店内を激走した。

「おおっ、『科学忍法火の鳥』 だっ!」

 オヤジたちの歓声が上がった。

「ロッキ~! ロッキ~!」

 大声援の中、残り時間は3分を切った。



 お尻の筋肉がやたらムズムズする。

 オナラを推進力にして飛び上がりたくなるのを我慢して、奈津子は必死に考えた。

 現時点で、どんぶりの中は残り三分の一。

 死ぬ気でかきこめば、何とかならなくもない量だ。



 …しかし。水も飲めない今の状況で、私に耐えられるだろうかー!?



 その時だった。



「ヒイイイイイイイイ~~~~ッ」


 カラムーチョのひいひいおばあちゃんのような悲鳴を上げた安蔵じいさんは、泡を噴いて後ろにぶっ倒れた。

「ああっ、イボンヌぅ~~!」

 聞く人が聞いたら誤解しそうな名前を呼びながら、店のおばちゃんが安蔵じいちゃんを支える。

 これで、もう奈津子が完食するより他道はなくなった。

 負けない、負けられない・・・。この戦いだけはっ!!!



 逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ…。



 死ぬ覚悟でガッツリどんぶりに噛み付いた奈津子は、頭から湯気を出しながら麺を全部食べ尽くした。

 あとは、数口分の汁を残すのみ!

「おお~っ」

 ギャラリーたちはどよめいた。もしかしたら、これは奇跡が起こるかもしれないぞ?



「ギャボオオオオオオオオオオアアアアアッ」



 ロケットのように飛び上がった奈津子は口に手を当ててそこらじゅうを跳ね回った。

 ギャラリーには、奈津子が焚き火の周りで踊り狂うインディアンに見えた。

 そこでまた、店内のBGMが切り替わった。

 スクール・ウォーズの主題歌が、またその勇気ある死闘を盛り上げた。



「頑張れええええっ」

「ホラ、もう少しじゃないか!」

「ニューヨークへ行きたいかぁぁっ!」



 何だかわけの分からない応援も混じる中、奈津子の目は文字通り炎と化した。

 化粧が噴出す汗で崩れていくのを感じたが、そんなことを気にしていられる奈津子ではなかった。

 顔こそ、妖怪人間のベラも青くなりそうなくらいのまだら顔だったが、今の奈津子は誰よりも輝いていた。

 奈津子は、覚悟を決めた。



 気合いだっ、気合いだっ、気合いだっ



 どんぶりを両手でつかみ、口元へ。そして、どんぶりを静かに傾けて重力に任せた。

「残り20秒!」

 


 奈津子の周りに、天使が見えた。

 赤ちゃんに羽根の生えたようなのが、わんさかと舞い踊っていた。

 まるで、森永のエンゼルマークそのものの姿に見える。



 ……とうとう、幻影が見え出したか!?



 もはや、奈津子を突き動かしていたのは闘争本能だけだった。



 1・2・3…………だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~っ!!!



 ついに奈津子は、汁を最後の一滴まで飲み干した。

 ぷはあ~っ、とプラズマ火球を吐くガメラのように、奈津子は息を大きく吐き出した。

 そしてそのまま、ヘナヘナと床に倒れ込んだ。

「やった~~~~~!!!」

 ギャラリーは奈津子の勝利の瞬間、惜しみのない拍手を送った。

 感動のあまり目に涙を浮かべる者までいた。



 店のおばちゃんは、万が一にも完食者が出た時に流すようにと、店長から言われていた音楽を流した。

 試合の終わったロッキーが、エイドリアンに抱きつくシーンのBGMである。

「よくやった、よくやった!!」

 実に、その場の皆は感心した。

 たかがうどんのただ券のために、これほどの死闘を演じさえした奈津子に対して、惜しみのない賛美を送った。



 それから数日後ー。

「いらっしゃ~~~い」

 聞きなれた店のおばちゃんの声に迎えられて、奈津子は店内に入った。

「かけうどん……」

 そう言いかけた奈津子だったが、またもや見慣れない張り紙を見つけた。



『新キャンペーン・わさびうどん・そば』


 ●15分以内に完食された方はタダ!

 ●しかも、10杯分のお好みのうどん・またはそばへの引換券をプレゼント!

 


「あんたに激辛うどんをあっさり完食されたのがよっぽど悔しかったんだろうねぇ。ウチの店長、またロクでもない企画考えちゃってさぁ……ってちょっとあんたまさか」

 奈津子の目がキラリン、と光った。

 ワサビは、奈津子の大好物だったのだ。



「待ちなされい」

 背後の声に、店のおばちゃんは慌てた。

「いっ、イボンヌじいちゃん、お願いだからもうやめといて…」

 しかし、奈津子と安蔵じいちゃんは無言で、その道の高みを味わった者にしか分かり得ない境地でー

 目で、語り合っていた。

 まぁ、誰もそんな境地を分かりたいとも思わないだろうが。

「……やるわね?」

 奈津子は安蔵じいちゃんを真っ直ぐ見つめた。

「やりますとも。今日の入れ歯はタフグリップでキメてきたですけん」

 安蔵じいちゃんは、まったく理由にもなっていない返事をしながら、決意のほどを表情に浮かべるのだった。



 全然懲りていない、二人なのであった。




  ~終~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る