第4話南ちゃん

『もしもし。ちゃんと聞いてる? メモとった?』

受話器越しの無粋な声で頼子は我に返った。


「あ。ごめん。突然だったから、実感がないっていうか、考えがまとまらないっていうか……」


つっかえつっかえな応答に、友だちのつく盛大な溜め息。そして、ほんの少し苦情混じりな、それでも頼子を励まそうとする誠意は感じる声は促す。


『あんたがドライな性格なのは知ってるけどね。『元』が付いても恋人だったんだからさ。……あんたとはセフレ程度までしか発展できてない、この、あたしからしたら羨ましい相手だったんだぜ。せめて泣いてあげなよ。今じゃなくていーからさ。それったって供養の一種だと思うよ』


「……セフレ…って。私は、そんな……」


頼子は、ちょっと慌てて取り繕ろうとしたが、自称・セフレの彼女はピシャリといった。


『ハイ。カッコ付けないっ。……こっちはこっちで、あんたの彼女になるつもりでエッチしたんですからね。……惚れてるから抱かれたんだぞ。そんな場面でだね、先に寝ちゃったアンタが、寝ぼけて違う子の名前呼びながら、あたしに抱きついてきた日にゃ、コレは敵わないな……って思うのが自然っしょ? 恋敵ですヨ、恋敵。その憎っくきカタキの訃報を伝える役を引き受けたのはね、彼女が、アンタの、ずっとこだわった元恋人だと思えばこそなんだかんね!』


話がヘンな方にズレてきた。

そういえば、あなたは『私の彼女』なお方でしたよね。しかし、寝ぼけて名前を間違えるなんて、あまりに失礼なヘマをしたもので、それを責めなかった南ちゃん。あなたは偉い。私はクズでございます。



「……ごめんね、南ちゃん。私が悪いよね」


頼子ことクズの私がしおらしくスマホに向かって頭を下げている気配を声から感じ取ったのか、友だち以上で彼女未満な南ちゃんの声が、ちょっぴり優しくなった。


『ま、まあ、解ってくれたら、それでいいヨ。はあ……。結局さ、何だかんだ言って、あたし、あんたに惚れてんだよね。諦めがつかないっていうかさ。あ。心配しないでね。こういう機会に次のデートの約束を取り付けたり、今、電話エッチ誘ったりするほど無神経じゃないからさ、あたしも』


南ちゃんはハキハキと宣言した。

ルックスは良い。身体の相性も。何よりカラッとした性格を考慮したら、南ちゃんって頼子には勿体ないくらいの世話女房タイプなのは充分に解っている。だから関係を明確にできないままセフレ状態が続いているのだ。ただ、頼子にはヤスミという恋人がいて、その特別な位置だけは動かせない。

実際、ほんとうの遊びでSEXをしたぐらいで「私が彼女でございます」みたいな態度になる図々しい子は容赦なくバッサリ切り捨ててきたのが頼子だった。

秘密のレズビアンクラブでしりあった子たちだけれど、南ちゃんは、格別準カノ。他の友だちとは扱いが違って当然。それをみんな承知しているから、元カノの訃報を知らせる死神みたいな役を押し付けられたのだと予想はついた。


『とにかくさ。彼女のお墓があるお寺の場所は伝えたからね。……あとは、あんたの思うようになさいな。それで気が済むようにして、落ち着いたら、その、あたしを………クッ! ………ごめん。アンタの声聞いてたら我慢できなくて、バレないようにオナニーしてたんだけど……えへへ。今、イッちゃって… …』


可愛い少年声。吐息まじりの照れ笑いが、頼子にも、内緒の悪戯を白状する余裕を与えてくれた。


「謝らないで。私も、南ちゃんの声を聞きながら……してたから。う。今……イ……クッ……!」

つかの間の沈黙。

電話越しに、お互いの息づかいがだけが聞こえた。


『……ふう。結局、ヤッちゃったね、電話エッチ。なんか、頼子先輩に申し訳ない気分』


「……え? なんで?」


『だって、そうじゃん。いくら亡くなって三年だって、それを知らなかった、あたしたちにとっては、今夜が御通夜なんだぜ。御通夜に来てだな、実質、若後家さんになったアンタと、こっそり電話エッチなんてだね、安っすいレディコミじゃあるまいし……』


いや。違う。そうじゃないんだよ、南クン。

私が『何で?』って訊いたのは、何ゆえに、ここで先輩の名前が出てくるのかって話なのだ。

おまけに先輩の名前と私の名前が混じっちゃってるし。頼子は私。先輩は違う人だよ。名前は……。あれ? なんで忘れてるんだ、私。SEXするときも『先輩』って呼んでたから、名前を呼び慣れないのは確かにそうなんだけど。やだ。ちょっと待って。なんだか名前と配役がシャッフルしてんじゃない?

頼子は一瞬の混乱に狼狽した。まだ28歳。いくらなんでもボケるには早過ぎる。まずは冷静になろう。


「あ、あのね、南ちゃん。ちょっといいかな?」


『なあに? さっきの電話エッチがノーカンとかなら却下だゾ」

違う、違う! 電話エッチはいいんです! 実際、お互いに欲情しちゃって、気持ちよくイッたわけだし。

いや、そうじゃなくてねーーー


「あ、あのさ。亡くなったの、間違いなくーー」


ヤスミなんだよね? ……微かに上ずる声で質そうとすると、南ちゃんはキッパリと答えた。


『そう。頼子先輩。アンタが処女を捧げた元恋人』


その答えに、頼子は絶句してしまった。

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