第3話獣

 頼子は、もう半分以上も獣になりかけていた。


……ヤスミ。綺麗。かわいい。乳首を食いちぎりたい……ヤスミの子宮に吸い込まれて、溶かされて細胞になってヤスミと混ざり合いたい。血肉になりたい……!

 支離滅裂で不条理な妄想が駆け巡ると脳から濃厚な性欲があふれ出してくる。

 それと同時に頼子の奥からも熱い飛沫があふれ出しヤスミの肌を艶やかに濡らした。


「ウウッ……ウウウッ」


「あっ。……暖かい。頼子さんの。きた……。お願い! 早く胸に摺り込んで! 濡れてる肌を舐めた舌でキスしてよ! 早くゥ!」


ヤスミの『おねだり』が頼子の心を燃え上がらせた。


「ウッ! ウッ! ウウウッ!」


激しく腰を振り、繁みと繁みが擦れ合う感触に陶酔しながら、頼子は最後の一滴まで愛のスコールをヤスミにふりかけた。

その出口が快感でジンジンと痺れる。

液化した宝石みたいな露に濡れたヤスミの肌をめちゃめちゃになめまわすと、それを味わう間も惜しんで頼子はヤスミと唇を重ね、その舌をヤスミの口中に差し入れて溶けろとばかりに絡みつかせた。


「美味しい。これ、私と頼子さんの味だね。強いお酒みたいにぴりぴりする」


嬉しい言葉に理性がキレて僅かに残っていた露が噴き出て頼子の脚とヤスミの花弁に滴り落ちた。


「あうっ……! ……はぁぁぁ。ヤスミ……」


『ねえ。ちょっと。聞いてんの?』


 電話口から、微かな苛立ちを含んだ声が質した。


「え? ああ、う、うん。聞いてるヨ」


 頼子はしばしの間ヤスミとの関係を回想するのに気を取られて無口になっていたらしい。電話の声は、ため息まじりに告げた。


『仲よかったでしょ? これは知らせた方がいいってコトになったから、こんな真夜中に、あたしが代表して電話したんだから、こっちの身にもなってよね』


「ああ、うん。ごめん」


 頼子はやはり感情の籠らない声で返事をしていた。

 ふたり『けもの』になって愛しあった夜の記憶は鮮明で、それだからこそ実感がない。

ただの友だち程度に私たちの事が解るものか……そんな気持ちもあったのかもしれないけれど、とにかく実感がなかった。


『結婚するぐらい完全なレズカップル成立してるよねって話してんだよ、みんな』


『レズカップル』……頼子の胸に動揺がはしったのは、その言葉を聞いたときになってからだ。


「……え?」


頼子の声が微かに震えると、友だちは前後のはっきりしない話を続けていた。



「う……ううん。違うよ。そうじゃない」


『ホントにそうなの? あのね、それがイケナイとかってんじゃなくてね、もし、そうだったんなら、もうちょっと、それなりの反応があるんじゃないの? 恋人でしょーが?』


頼子は内心で首を傾げていた。

確かに私はレズで、今でもそうだから、それは否定しない。ただ、友だちのいう事が、およそ半分しか合っていないから返答に困った。

まして、これに関しては、結構、心にキズだった。

 頼子はふたたび、あの真夜中の時間を思い出していた。


 

「あ、あ、あ、アアッ! またイク! あああッ!」


激しく頭を左右に振り乱しながら、いちど達したあと、ヤスミは胸いっぱいに溜めた息をゆっくりとはきながら微笑を浮かべて頼子に囁いた。


「私、もう獣に変身できそう。虎とか豹がいいけど、水牛とか似合うかな? かわいいし、頼子さんに食べられたいし」


 ちょっと嬉しそうなヤスミの声に答えるかわりに、もういちど深く短いキスを交わすと、頼子はヤスミの腋の下に舌を這わせて舐めまわした。


「さあ、獣になる呪文を言うのよ。変身……って」


「……へんしん。……あ。あ、あ! そこ、いいっ! 感じる! 頼子さん、もっと抱いて! 私を犯して! 犯してよお!」


まるで唄うような叫びに、頼子もまた声に出して愛の証明を要求した。


「いいよっ。めちゃくちゃに犯してあげる! だから、私の名前も呼び捨てにして! いっぱい、いっぱい呼んでっ。お願い!」


「よ……頼子。あっ! ああ! 頼子! 頼子! 好き!

好きいいいっ!


ふたりはベッドに半身を起こし、お互いの名前を呼び合いながら、脚を交差させて貝殻を割り、ひとつになった。腰を揺らすたび花弁の擦れ合うたび、目の眩む刺激と悦びが身体を貫く。

「ヤスミ、ヤスミ、来て! もっと激しく! ンあッ!

ヤスミ! ヤスミ! 好き!好きいいい! あーっ! イク。イク、イクッ! いくゥっ……!」


はぁはぁ…はぁはぁ…はぁ…うっ…。


わずかの間にいったい何度堕ちだたろう?

7回目までは覚えているけれど、そのあとの、獣になりきってしまってからは、ずっとイッたままだった気さえした。


『狂う』って、こういう感じなのかな? ……うっ。


自分の手が自分の肌に触れただけで甘い痛みと一緒に底なしの快感が脳を貫く悦びに、頼子はビクリと身震いして、この身体には、これほどの快楽を創り出せる能力が秘められていたのかと、自身の猛り狂う性欲の深さに驚き、もちろん出来はしないけれど自らの舌と唇で愛液でびしょ濡れの花弁に愛の口付けをしたくてどうしようもない衝動に駆られた。

それが出来る四つ脚の獣が羨ましい。

ほんとうの満足。ヤスミとのセックスは、どんな美句で飾っても足りない悦楽をくれた。

この快感を知った今、飲酒や喫煙の欲求なんて時間の無駄にしか思えない。まして小説で色に例えられた性感を高める薬などは馬鹿々しくて興味も失せてしまった。

愛だ。性欲が恋に、恋が愛に進化するとき、あらゆる快楽は可能性を跳躍する。


……ヤスミ。


頼子は心のなかで愛の塊のような、その名前を呼んでみた。途端に、秘宮が熱くなり、束の間の冷静は押し寄せる性欲の波に砕かれる。


欲しい! ヤスミが欲しい! ヤスミと一緒になら今すぐ死んでもいい! 死んで結ばれるなら命なんか要らない! ヤスミになら殺されたっていい!



心の中では、そう叫びつつ、頼子は自分の胸に顔を埋めたまま、まだ興奮から覚めやらぬヤスミの頭を優しく抱き包み、自然なウェーブがかかった栗色の髪を指ですき、何度も口付けの雨を降らせる。

「ああ……ヤスミ。愛してる……」

叫びたいのを我慢して、やっとの思いで小さな声を紡いだ。

するとヤスミは、いちど頼子の胸に頬ずりしてから顔をあげ、幸せそうな微笑を見せると頼子の胸の谷間にツンと硬く濡れた舌を刺すようにたてて、先端だけを震わせながら身体ごと頭を下へ、下へ、ゆっくりと移動させはじめた。

まるでおろしたての筆のようなヤスミの舌は文字でも綴るみたいに……いや、ようにではない。舌先が頼子の素肌に文字を綴っているのだ。


「……ンッ」


新しい快感の刺激と次への期待に頼子は眉を寄せて両目を瞑る。そして、研ぎ澄ました神経でヤスミの舌が綴る文字を肌で読んだ。


ヨ・リ・コ・ア・イ・シ・テ・ル。ヨ・リ・コ。


「ううッ!」


叫びにならない声に喉を震わせ、頼子は横たわる背筋を弓形に大きく反らせてシーツを掴んだ。

文字を読み解いた途端、頼子の心臓が愛しさに弾み全身の血がたぎった。秘宮へ続く肉管から愛の蜜が溢れた。でも、それで終わりではなかった。


ヤスミ! そう叫ぼうとするより早く硬く尖ったヤスミの舌先は、筋肉質な頼子の腹筋、その直ぐ下の窪みに刺さって先端だけを蠢かせていた。

「あぁ!? そこは……!」

そこは子宮の直ぐ上。頼子の脳裏に薄いお臍(へそ)の底から皮膚を突き破って体内に入ってくるヤスミの舌が、そのまま止まることなく自分の秘宮の壁をも貫き中に到って甘い唾液を吐き散らすことで自分が受胎し、ヤスミと自分の分身、愛の結晶を身籠もる。

そんな理屈を無視した幸せの幻想がイメージされる。


「あ……あ……ヤスミの子ども……産む……! ヤスミも……私の赤ちゃん……孕んで……!」

脳がとろけるような快楽に溺れながら出鱈目な願望は声になって唇から漏れた。すると窪みの中で硬さを増した舌先がひきぬかれ、微熱を帯びたようなヤスミの艶声が聞こえた。


「うん。いいよ。私、頼子の子どもなら産みたい。痛くても平気。ふたりで可愛い女の子作ろう。……私、頼子を妊娠させる! いいよねっ? いいんだよねね?! 今なら舌から精子を出せそう! 膣の中にいっぱい! 出て! お願い! 私に精子出させて!」


ヤスミの舌が下腹部の谷間から滑り込んでくるのを感じながら、頼子は祈るように胸に両掌を組んで叫び返していた。


「孕ませて! 私、ヤスミと結婚したい! もっと奥まで入れて! 膣に、なかに出して! 出してええ!あああ! ……いくっ、イクッ、いくうう! ……ハウッ!」


そう叫んで股間に埋もれたヤスミの頭を抱きしめたとき、頼子の意思が弾け飛んだ。

気を失うほど強烈な快感が思考を停止させたらしく、次の記憶はヤスミの美しい裸体を優しく抱きしめているところから再開されていた。

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