第24話 駒は盤外から蘇生する 後編
彼女の人生は―――歌い手だった。
歌い手とは即ち、歌を生業とする者。
彼女はネットに『歌ってみた』動画を上げる。
同じ志を目指すパートナーと出会う。
今では二人一組の歌い手として歌い続けている。
という、何処にでもいる普通の女性であった。
そんな彼女が―――ある時、変な『
予兆など、まるでなかった。
驚くべきなのは、その夢の内容だ。
”れいか生主”という集団が入り混じる、奇怪で尚且つ壮大めいた謎の物語。
訳の分からない登場人物達が切磋琢磨に戦い抜いていく物語に、最初はくだらないと一蹴していた。
しかし、回を増すごとに夢は濃くなっていった。
ただのバトルではなく、メッセージ性を持つ内容が目立つようになった。
その中でも、特に印象に残っているお話がある。
格闘家に喧嘩を売る少年のことだ。
喚き散らす少年に対し、興行を生業とする格闘家は殴ることが出来ない話。
どれだけ馬鹿にされていようと一度手を出してしまえば、そこで格闘家の人生は終わる。
それを分かっていながら喧嘩を売る少年のお話だ。
その行為を、何か偉業でも成したかのように自慢し誇ってすらいた。
端的に言えば、現代人に対しての危機意識低下、それらへの叱責。
そんな『夢』を連日見た。
それが自分に、ある変化を促していると彼女は強く自覚している。
正確には、意識のちょっとした改革だ。
これまで考えていなかった角度で、ものを見るようになったということ。
まあ、とりあえず聞いてほしい。
その焦点になっているのは、他でもないパートナーとの関係だった。
私は一人の男性と、『歌い手』としてコンビを組んでいる。
仲はまあまあ良いが、喧嘩もする。
『歌い手』という間柄にある男女の常として何度も喧嘩をしてきたし、これからもするだろう。
だがそれは、果たして本当に喧嘩と言えるものだったのだろうか。
告白すると、彼女は父親以外の男に殴られた経験がない。
それにしたところで、幼い頃に拳骨を食らったという程度のものだ。
厳密な話、カウントしてよいものかは微妙と言えるだろう。
別に殴られたいわけではない。
しかし、そういう行為にいまいちリアリティを感じていない身なのは事実。
ならば覚悟はいったい何処に?
パートナーに文句を言うとき、それが原因で嫌われてしまうかもしれない可能性は考えていたと思う。
だけど、殴られる可能性についてはどうだったか。
私が見た『夢』と同じように。
暴力はよくない、それは自明のことだ。
しかし、リスクを正確に想定しないまま揉め事を起こすのも、同様に間違っているのではないだろうか。
やるはずがない。
そんな人じゃない。
信用と言えば聞こえはいいが、それは要するに舐めた行為だ。
手出しできまいと高を括った上で格闘家に喧嘩を売る馬鹿と何が違うというのだろう。
躾ける、育てる、しめる、総じて教育する。
恋人や配偶者、歌い手としてのパートナーに対して、そんな表現を用いる人種を、彼女は男女問わず軽蔑していた。
その理由を、正しく認識することが出来るようになっていた。
そういう輩はほぼ例外なく、相手の反撃をまったく考慮していないまま悦に入っている勘違い野郎だからだ。
殴り返される覚悟もなしに殴っている。
しめる?
しめた?
馬鹿を言え。
しめさせて頂いたのだ。
情や社会通念や法律の手前、相手が我慢し譲ってくれただけのこと。
修羅場の際、お前の人生を終わらせてやる、などと偉そうに言う奴もいるそうだが、ならばこちらはお前の命そのものを終わらせてやると返されたらどうするのだろう。
どのみち人生とやらを終わらされてしまうなら、殺人者になっても大差ない話ではないか。
相手にはそんな選択肢も存在すると、欠片でも考えているのだろうか。
これまでの自分は、きっと考えていなかった。
それがみっともなく、恥ずかしい。
もちろんこの現代社会において、野蛮な行為に走ることがどれだけリスキーかは知っている。
先に言った諸々もあくまで理屈の話だし、実際に行動へ移す奴はある種の人格破綻者だ。
それを賛美するつもりはない。
ないが、だからこそ重要なのは気構えじゃないのだろうか。
喧嘩の理由やどちらに正当性があるのかは、この際問題じゃない。
そういう場において、互いにしっかりと『覚悟』を持っているか否か。
相手が行使できる権利をすべて把握した上で、そのリスクを承知しつつものを言う。
それでこそ対等だし、筋を通すということじゃないのか。
―――連夜、この『夢』に触れ、彼女はそう思うようになっていた。
荒唐無稽な伝奇小説めいた物語であったけど、だからこそ一種の憧れを抱いている。
閉塞した現代社会に生きる身だから、その破壊者が清々しく見えるだけなのかもしれない。
だけど、人として大事なことを言っているのは確かだろう。
自分はパートナーを愛している。
家族や友人も愛している。
ゆえにしっかり真を持って向き合いたいし、相手にもそうしてほしい。
思うから―――そうだ、試してみよう。
その日、待ち合わせ場所に三十分も遅れてきたパートナーに対し、彼女はあらん限りの罵声を浴びせていた。
本音のところはそこまで怒っていたわけでもない。
ただ知りたくて、確かめたくて、そうした欲求に衝き動かされてしまったのだ。
パートナーである男性歌い手、彼は穏やかな人だった。
言い換えれば引っ込み思案で、臆病な人だった。
これまで何度も喧嘩をしたが、その八割くらいは自分のほうから吹っ掛けたし、理由の如何に関わらず謝るのは九割がた彼のほう。
だから、ねえ、あなたもしかして、私に手加減をしていたの?
自分が本気で怒ったら、私が壊れてしまうから。
そんな理由で正面衝突を避け続けていたの?
だとしたらごめんなさい。
今までの私は確かに甘ったれで覚悟がなかった。
あなたを怒らせるということがどういう結果を招くか、真摯に考えていなかった。
けど、今は違う。
考えている。
だからお願い、舐めないで。
小うるさい子供を扱うみたいに、適当な態度であしらわないで。
私は『夢』に出てきた、リスクを考えもせず調子に乗っている恥知らずではない。
最悪を想定しながらも伝えたいと思う、譲れないことがあるから、勇気を持って今あなたに相対している。
なのでお願い。
あなたもそうして。
ぶつかってきて。
欺瞞や妥協の関係なんて、そんなの悲しすぎるじゃない。
―――思い、信じて、熱くなり、そのとき本当に熱が生じた。
次いで衝撃。
平衡感覚の乱れと揺れる視界。
気づけば彼女は、数メートル吹き飛ばされて地面に尻餅をついていた。
頬が熱い。
呼吸が荒い。
鼻血が止め処なく溢れてくる。
ぶたれた。
そう認識するのと同時、湧き上がってきたのは歓喜の気持ち。
暴力はよくない、分かっている。
殴られたいわけじゃない、当たり前だ。
しかし自分は、そういうリスクも有り得ると覚悟した上でものを言ったし、実際に殴られた後もパニックにはなっていない。
つまり、彼と正面からぶつかろうとした自分の想いに偽りはなく、勇気は真実だったということだ。
それが嬉しい、嬉しいからこそ、このとき別の想いも生じた。
待てよ?
自分は確かに覚悟を持って臨んだが、はたして彼はどうなのだ?
私を殴ったこの人は、その後に起こり得る展開をどの程度考えている?
殴られた私が取り得る行動、権利、選択、自身のリスク。
それに対する覚悟のほどは、認識は?
まさか―――いやいやまさか、もしかして。
殴り返されないと高を括っているわけじゃないよね?
自分は男で、こいつは女で、体力差は明白だから余裕楽勝黙って従えなんてそんなこと―――。
違うよね?
あなた、そんな卑怯者じゃあないでしょう?
瞬間、彼女はバネ仕掛けのように跳ね上がり、その勢いのまま彼を殴り飛ばした。
―――そこに付随する異常性を、当の本人は気付いていない。
反撃に移った速度も、その威力も、女性という枠はもちろん人間の範疇すら超えていた。
吹き飛ばされた彼は壁にめり込み、爆弾でも落ちたかのように破壊を撒き散らしている。
こんなことは、たとえ猛獣でも出来などしない。
―――そう、まるで夢の中であるかのように。
―――あまりにも非現実、出鱈目な結果。
だけど、彼女はそれに気付かないのだ。
常人なら間違いなく即死級の攻撃を受けながら、立ち上がった恋人が再び殴りかかってくる様を恍惚と眺めている。
ああ、よかった、彼も覚悟をしていたのだ。
それが証拠に笑っている。
本気で、偽りなく互いの『真実』を曝け出し、ぶつけ合えることがとても嬉しい。
なんて幸せなことだろう。
痛い、苦しい、本気ね、本気よ。
ちょっとそんなにしたら死んじゃうじゃない、いやいやごめんよ、だけど覚悟はしているだろう?
殺されるかもしれない、殺すかもしれない、胸が掻き毟られるような恐怖とリスク。
だけどそれを呑み込んで、屈さず向き合うからこそ勇気は輝く。
そうだ、これこそがあるべき世界の形なのだ。
私たちには覚悟がある、勇気がある。
決して、奇形児などというものではない。
歌い手のパートナーである彼との殺し合い。
これはもはや情交だ。
そこに広がるのは、誰もが人の輝きを尊ぶ世界。
フリーの躁霊―――光の魔王よ。
私たちはあなたの触媒。
共に夢を見させてちょうだい。
フリー(躁)「勿論だぽよぉ(*´ω`*)v 異世界の力があれば誰もが勇者になれるぽよ(*´ω`*) その勇気と覚悟を永遠に守りたいぽよ(*´ω`*) だからもっとお前らのやりたいように、
降り注ぐ祝福を満身に浴びながら、彼女は彼と強く抱き合って至福のうちに目を閉じた。
―――そしてそのまま、二度と覚めない『夢』に落ちた。
―――自ら望んで、そうなったのだ。
アナウンサー「これにより、■■市で続く原因不明の死亡者は八名となりました。特に健康面で問題があったわけでもない方々が、ある日眠ったまま目を覚まさず息を引き取るということ自体は、間々起こり得るそうですが、それでもこれほど連続するのは極めて異例と言えるでしょう。」
どこかの現実で、それは告げられる。
アナウンサー「今回、亡くなられた両名は交友関係にあったとのことです。男性の方は、あの有名な歌い手、Kent氏との情報も―――。」
―――――――――。
――――――。
―――。
kent「俺たちは世界の夢と同化した。あの子が望むままに、世界は7つ目の異世界へと転生していく。そこからは同じさ。俺もアポカリプスを生き残った。」
北上双葉「・・・どこの業界にも、れいかっているんだね。」
kent「これだけは言える。れいか生主に少しでも関わったこと、それ自体が既に間違いだったのさ。だから俺たちは、『夢』に巻き込まれて―――。」
―――――――――。
――――――。
―――。
―――ふわっと小学校 15階
悲哀れいか(偽)「どうして? この『夢』はどんな想いも叶う。それを捨ててまで戦うなんて、私には理解できない。あなたと添い遂げるには、もうこれしかなかったというのに・・・。」
4410「御託は結構です。ええ、単純ですよ。私のレーダーが本物の悲哀さんを捕捉しました。というのも一瞬の反応でしたが。どうやら私の仲間がやり遂げてくれたようですね。」
ふわっと小学校の『場』が織り成す"恋愛の相"。
そこから始まった奇妙な戦闘は、各地を含めて終わりを迎えようとしていた。
4410「貴女が偽物だと断定できた以上、私に負けはあり得ない。さらばです夢の妄想よ。私は貴女という壁を乗り越え、仲間の元へと向かうのみ。」
悲哀れいか(偽)と4410の戦いは、誰が見ても決着と呼べるべき状況だった。
事実、ビームをモロに食らった悲哀れいか(偽)は、夢の如き儚さで消えかかっていた。
悲哀れいか(偽)「私が偽物なんて本当に悪い冗談。夢の『真実』を知らないくせして、ね? 本当に残念―――。」
4410「・・・貴女が誰であろうと、私にとっての本物は一人だけです。消え去れッ!」
決意し、放たれる滅却光線。
勝者は4410。
だが彼にとって、そんなことなど二の次であった。
4410「私は・・・まだ倒れるわけにはいかないのです。仲間の為に・・・重石へと・・・この機械の身体に限界が来る前に・・・!」
様々なテクノロジーを生み出す異能。
その代償はあまりにも―――。
―――ふわっと小学校 72階
安眠「つかれたぁぁー!! よくも私のキリト君を誑かしてくれたよね! 一人残らず消してやったわ、ざまあみやがれッ! これでキリト君の正妻ポジは私ッ、確定ッ! うふふっふふっふふふっ!!」
立ち上がる気力が無いまま、安眠ちゃんは勝利の雄叫びを挙げる。
キリト「今の戦いで十分わからされたぜ。俺という真実の醜さを。思い出させてくれやがって。」
安眠「・・・キリト君?」
勝者と呼ぶには似つかわしくない顔をしているキリトに対し、安眠ちゃんもまた空気を読んで黙り込む。
キリト「俺は・・・大学から逃げ、就活から逃げ、食事制限から逃げ、筋トレから逃げ、挙句の果てには女に逃げられて・・・馬鹿みたいな男、それが俺———キリトという男の『真実』なんだ。今回の因果応報とも呼ぶべき戦いで、嫌というほど思い知らされたッ!」
つまり先ほどの戦いは、現実のキリトの行動が反映されて起きた結果なのだ。
働かない日々、職につかずネット三昧、出会いを求めて女漁り、そんな堕落した日々のツケが帰ってきただけのこと。
彼は今、心の底から痛感していた。
なぜ自分はあんなことを―――?
キリト「俺は俺自身が許せないッッ!!」
安眠「でも私は―――"許すよ"。」
キリト「え?」
その一言が、キリトの苦悩を切り裂いた。
彼は信じられないものを見るような目で、安眠ちゃんへと振り返る。
先ほどの死闘も、元を辿れば彼が原因だというのに。
安眠「キリト君はさ、完璧すぎるんだよ。全て自分が、一度も失敗しないでやり遂げる必要がある・・・そんな風に思っているんじゃない?」
急な口調変貌に対し、キリトは黙って聞き入れる。
安眠「確かにキリト君にとって、今回の戦闘は色々とヘコまされることが多かった。———でも、そんなのは働いていれば当たり前の事なんだよ。」
キリト「俺、現実では働いてないんだぜ?」
安眠「あれ、そうだっけ?」
キリト「まあ言いたいことは分かるぜ。要は明日を今以上に頑張れってことだろ? そうやっていつかは、俺が犯してきた罪を乗り越えられるほどの強さを手に入れて見せる。お前みたいに前向きでいられるかどうかは別だけどな。」
安眠「・・・前向きなのか後ろ向きなのか分からない台詞だね。」
キリト「疲れただけだ。お前も口調直せ。真面目モードなんて一番似合わないぜ、気色悪いんだよ。」
安眠「・・・相手が相手だったし、私もしばらくは動けそうにないかも。」
この場で二人きり。
敵の急襲に備えながら、彼らは座り込む。
仲間がやってくれると信じてるから故に。
キリト「力の解放を二つ感じた。今からじゃ、どうやっても間に合わねえ。俺ら揃って満身創痍だしな。」
つまり、現在のふわっと小学校に限り、キリトと安眠ちゃんの力はこれ以上頼れないということ。
この侵略を成功できるか否かは、他でもない少女達にかかっているのだ。
キリト「勝てよあいつら。信じてるぜ・・・。」
侵攻開始から、三時間が経過。
決着は近い―――。
―――第24話 駒は盤外から蘇生する 後編
―――ふわっと小学校 校長室
〜少女視点〜
乱戦が始まる。
八体二だが、誰一人として気は抜けていない。
否、気を抜いていい相手ではない―――!
hmm「覚醒異能発動。―――『
その瞬間、起こったのは場と人物を対象とした強制的な転移だった。
hmm「———これは
陣形崩し。
配置の入れ替え。
私たちは敵の覚醒異能によって、結界内の各場所へと抗う間もなく飛ばされる。
No.11Kent「さーて、そんじゃ始めようか。」
幾何学的な曼荼羅の上に立ちながら、Kentもまた真の力を解放する。
No.11Kent「覚醒異能―――『
読めない、分からない、掴めない。
広がる亜空間は、これまで以上に意味不明な混沌と化す。
スカイれいか「また固有結界の異能ッ! ・・・あんたら気を付けなさい!」
どりゃれいか「呑まれれば喰われるよ。八体二なのを意識しよう。これは優位だ。それを忘れなければ勝機はある。さあ―――攻略を始めようか。」
No.11Kent「来いや。全力同士のぶつかりあい、舐めてかかったら殺すぜ。」
夜を圧する宣戦布告が、私達を瞬時に戦闘態勢へと移行する。
「はあああああああァッ!・。・!」
私は全身に黒焔を纏い、気を強張らせる。
やると決めた以上、思考と行動に延滞はない。
この場で採るべき役割分担を迷いなく見出していた。
「私が突っ込むのだ・。・! どりゃれいかさんは援護をお願いなの・。・!」
どりゃれいか「極めて単純な戦術―――数の有利を活かした選択だね。一番理に適っている。」
前提として、私とどりゃれいかさんは前衛以外有り得ない。
アタッカーとして槍となり、後衛のひまれいかさん達が支援する。
先ほどの将棋空間・・・hmmのことはヴィオラさんのリンクによって視ていたから、その性質も大まかには理解していた。
こうと定義しきれない人物ではあるものの、白兵が得意なタイプじゃないことだけは確かだろう。
だから、私がその懐に突っ込むのだ―――!
「将棋盤に招かれた借り―――ここで返させてもらうのだ・。・!」
距離は目算で十五メートル、接触まで半秒も掛からない。
相応の自信を持って駆け出した私だったが、次の瞬間、驚愕の事態が二人を襲った。
ひまれいか「むッ?!」
「なっ―――。」
どういうわけか、ひまれいかさんが目の前に現れていた。
どりゃれいか「瞬間移動か!? うッ、おおおおォォ!」
ヴィオラ「きゃあっ!!」
理解が追いつくよりも反射の域で、私とどりゃれいかさんは無理矢理身体を倒した。
あのまま駆けたら仲間と激突していたわけで、そうなると大ダメージは避けられない。
「ぎ、ぎりぎりセーフだったのだ・。・;」
文字通りギリギリの回避を決めつつ陣の上を転がり回る。
傍から見れば完全な一人相撲の様相だったが、そこに滑稽さを感じていられる状況じゃない。
「ど、どうして―――。」
いったいどんな理屈の出来事なのか、混乱覚めぬまま体勢を整える。
どりゃれいか「ヴィオラさん、どうして邪魔をするんだい?」
ヴィオラ「ち、違うよ。わたしは何もしてない!」
ひまれいか「お前たちが私たちの方へ向かってきたのではないのか?」
「・。・!?」
後衛の言っていることが正しければ、おかしな真似をしたのは自分のほう。
咄嗟に周囲を見回して、私は愕然と目を見開いた。
「反転・。・? いや、私が逆に走ったなの・。・?」
どりゃれいか「そうか、確かに―――駆け出す直前と、景色の前後左右が逆になっている。それはすなわちそういうことだね。正しいのはヴィオラさん達か。疑ってごめんよ。僕たちの方向感覚が狂ったみたいだ。」
不可解な空気を、どりゃれいかさんの素直な謝罪によって切り替わる。
そんな中、心底馬鹿にした笑い声が響いてきた。
その声もまた、どこか乱反射しているようで・・・。
hmm「くっくっく。本当に素直で真面目でひっかけやすい。くっくっ、当たり前みたいに読みやすい故ッ!」
そして、掲げたhmmの手に高密度のエネルギーが集中する。
危険を悟った次の瞬間、それが花火のように爆発した。
ひまれいか「―――ッッ!?」
ゆのみ「光弾?!」
襲い来る散弾に視界のすべてが埋め尽くされる。
しかもこれは、ただ真っ直ぐ飛んでくるわけじゃない。
一つ一つが標的を追尾するホーミングの性質を備えていた。
ヴィオラ「みんな動かないでッ! なんとかその場で撃ち落とすんだッ!」
どりゃれいか「ちぃっ、庇いに行きたいけど難しそうだね。この陣上で無闇に動き回るのは危険でしかない。」
「なの・。・ きっと上手くそこに辿り着けないのだ・。・」
そう悲観しつつ、自分は自分で向かってくる光弾の迎撃に移った。
異能に対し、理屈を立てようとも無駄なことだ。
今の私達は何かが非常に乱れている。
―――そしてそれは、次の刹那に痛みをもって証明された。
「がッ、ぐううゥッ!・。・!」
前方の弾を叩き落とそうとした瞬間に、真後ろからも衝撃を食らったのだ。
その他の左右や斜めからの攻めには対応できていたにも関わらず、本来もっとも容易いはずの正面攻撃を迎え撃てない。
結果私は、つんのめりながら
再び不覚を取った事実に歯噛みする暇もなく、うつ伏せに倒れている自分の下、そこに何かを感じていて―――。
今、私はまた踏んだ。
その認識を持つと同時に、上から追い打ちの光弾が迫る。
どりゃれいか「ッ?! そういうことかッ?」
間一髪、私たちは何とか回避できたものの、異常はここでも起こっていた。
なぜなら、左に避けたはずなのに、右に転がっていたのだから。
やはりおそらく、方向感覚を狂わされている。
「丁寧に一つずつ、最初は前後で次は左右といった感じなの・。・;」
ひまれいか「まるでゲームの反転バグだな。これ以上、光弾を避け続けるのもめんどがくさい。緑一色、もう解析は済んだんだろうな?」
緑一色「当たり前だろ種は俺の『
ひまれいか「時間が無いから要約する。きっかけは移動時だ。お前たちも”踏んだ”と直感したのだろう?」
「―――下なのッ・。・!」
緑一色「解き明かせ『
緑の化物がぶつくさ言うと、”それ”は私の目にもはっきりと見える、見えてくる。
「―――紋様・。・!?」
ゆのみ「キリーク、タラーク、マン、アン、サク、バン、カーン・・・
幾何学的な組み合わせを見せる曼荼羅の陣。
それを構成するパネルの一つ一つに、謎の文字を刻む光が浮いていた。
しかも、まったく一定ではない。
今このときも、梵字はランダムに輝きながら位置を変え続けている。
つまり、これこそが異常の正体だ。
緑の化物による異能のおかけで見えるようにはなったものの、あれを踏んだら、そこに対応する方向感覚を反転させられる。
ゆのみ「いわゆる干支の守護梵字! 曼荼羅と言うことはあるね! 最初に少女ちゃんは子の方角、北を意味するキリークの種字を踏んだ。結果として少女ちゃんの認識する北は北じゃなく、反対方向である南の牛に変わったんだよ。つまり前進しようとすれば後退する。二回目に踏んだのは西の方角、西を意味するカーンの種字。これだと左右、西が東に変わっちゃうんだ! 要は全八方向! どれかを踏めばどれかが狂う。そして罠の配置は流動的に、絶えず不規則に変わり続ける。それが曼荼羅なんだよ!」
hmm「・・・ふーむ。」
どりゃれいか「あの、ゆのみさんだっけ? 一体全体どうしてそんなに詳しいのかな。梵字なんて言葉初めて聞いたんだけど。」
ゆのみ「アトリエマスターにとってはこれくらい常識ッ!」
どりゃれいか「!?」
おそらく私も、どりゃれいかさんと同じ顔をしていたことだろう。
緑の化物もそうだが、ゆのみさんとは会議で顔を合わせただけの関係に過ぎない。
しかし、そんな私でも分かる変化。
キャラが変わりすぎではないだろうか?
確かもっとお淑やかで落ち着いてて、着物姿で湯飲みを片手に物静かな印象だった筈。
ひまれいか「簡単さ。盤外から蘇生した我々は―――真実を知り、真実の性格に戻ったのさ。」
「真実―――。」
スカイれいか「詮索は後にしなさいよ。今は現状に目を向けなさいッ! 怪我人を運んだまま光弾を避け続けたくはないでしょう!?」
どりゃれいか「緑一色だっけ? 君の『虚空記録層』はどの程度介入できるのかな? それ次第で作戦も建てやすいんだけど―――。」
緑一色「解析には時間がかかるんだよ出来ても精々世界の構造の一部を引っぺがすだけだ喋んじゃねぇ陽キャ野郎が」
どりゃれいか「!?」
「この空間、将棋より最悪な気がするのだ・。・;」
ヴィオラ「hmmはそういうやつなんだよ。強制転移の異能という極悪な嵌め殺し、にも関わらずノリがゲームめいているところがある。」
ほぼ完全な白兵封じと言っていい。
知らずに突っ込めば翻弄されるだけであり、気付けば気付いたで動けなくなる。
No.11Kent「―――闇世の永久。暗室の蝿。昏くの孟司。」
しかも、あのKentはこちらに一度たりとも手を出してきていないのだ。
意味不明な呪文を唱えながら動かない様は、どう見ても嫌な予感しかしない。
この陣においてKent達を倒そうとするのなら、全方向への広域破壊しかないと思えた。
スカイれいかさんが戦闘不能状態の今、私の全方位黒焔噴出しか手はない。
だがそれは未だ不安定な技故に、仲間を巻き込んでしまうから使えない。
ゆのみ「皆さん、右斜め前!」
突然、ゆのみが叫びだしながら、そのまま続ける。
ゆのみ「サクが出てる、踏んで!」
どりゃれいか「えっ、あ―――。」
意味を理解するより速く、私たちは反射的にゆのみさんの指示通り動いていた。
現状、狂わされているのは前と左だけだから、斜め方向への移動なら問題ない。
そして、効果はもう現れていた。
ひまれいか「あ、なに? これは、そうか・・・!」
そう指示された意図を全員が理解する。
姫れいか「相互反転・・・!」
「今まで気付かない自分の方が馬鹿だったなの・。;」
この『曼荼羅』という覚醒異能が持つ恐ろしさ―――それは方角の反転ではなく、方角を潰してくるところだ。
なぜなら前が後ろになったからといって、後ろが前になったわけではない。
それで勝てるはずもないのは当然で、だからこその相互反転。
後ろを前に変えることで、前進の自由を取り戻す。
ゆのみ「そっち、
ひまれいか「理解した!」
続いて、右を左に逆転させる。
これで左方向への自由も取り戻した。
これで前後左右、完全に逆向きの感覚状態に陥っているが、少なくとも不具ではない。
「後ろに行くと前に進む、右に行こうとすると左へ・・・この状態で普段通りに動けるかどうか、それでもやるしかないのだ・。・!」
ひまれいか「だが、ゆのみよ。それよりも驚くべきなのはお前の順応性だ。梵字の意味など私ですら知らんのだぞッ・・・! 普通の学問では絶対に習わんだろうがッ。」
謎の敗北感を滲みだす彼女に対し、ゆのみはにやりと親指を立てて胸を張った。
ゆのみ「クォータービューの反転仕様なんて、ゲームじゃしょっちゅうやってるんだから! また梵字の床を踏んだら、すぐに解決法を支持する! だからどんどん攻めちゃって!」
どりゃれいか「分かった、信じるよ!」
どの道、こうなればやるしかないのだ。
私とどりゃれいかさんは指示通り、後ろに下がって前に進む。
そして、極力斜め方向を連続させるじぐざぐ軌道で動き始めた。
後はこれ以上、下手な梵字を踏まないようにすればいい。
最初は確かに面食らったが、慣れれば可能な作業だろう。
hmm「ふーむ。これはたまげましたね。またしてもやりおる。」
再び放たれる謎の光弾。
それを前方だけに絞って迎撃しながら進んでいく。
複雑な挙動はなるべく取らない方がいい。
捌ききれない残りの弾は、他の仲間たちが相殺してくれている。
「これなら一点突破も容易いのだ・。・!」
どりゃれいか「行けるぞ・・・!」
最短ルートを突き進むこの連携に問題はない。
なぜならKentはともかく、この曼荼羅を展開しているhmm本人が動かないままだからだ。
最初の場所から一貫して不動のまま、それが私に確信を抱かせる。
「この曼荼羅という異能の梵字床―――どうやら、この結界のルールに嵌るのはお前たちも同じなのね・。・!」
不用意に移動して梵字を踏めば、敵本人も方向感覚が狂うのだ。
だからhmmはああやって、固定砲台のように動かない。
ひまれいか「策士策に溺れるの格言通りだな。敵を嵌めることに執心しすぎて自らの自由度を削ぐ。この光弾自体も、威力はさほどではない。」
緑一色「御覚悟を。」
「これで終わりなのだぁあああああ!・。・!」
あと一歩、黒焔の間合いに入るとき、踏まねばならぬ足場には運悪く梵字が―――。
ゆのみ「それは
どりゃれいか「(変化はない、仮にあっても再反転で狂った感覚が元に戻る? どっちに転んでも御の字だけどこれって―――。)」
hmm「阿保ですねぇ。洞察がまだまだ足りない。」
曼荼羅の首領は失笑した。
出来の悪い生徒を諭す教師のように。
一体何を言っている?
分からずとも、私とどりゃれいかさんは最後の一歩を踏んだ。
察するまでの一刹那で、私の感覚は上下逆さまに反転した。
「え、―――なァッ・。・;」
足場が空に、そして地面が頭上にある。
重力まで逆になった蝙蝠のような視界の中、見上げる下方にはhmmとKentの姿。
どりゃれいか「天井にも梵字が存在していた!?」
つまり、陣は上下に対の形で存在したのだ。
このとき私は、上の陣に強制転移させられたことになる。
hmm「まあいいでしょう。所詮私は、Kentさんまでの時間稼ぎです故。」
呟き、hmmは一歩踏み出す。
加えてまたもう一歩。
踏むと同時に、彼の姿が掻き消えた。
そして次の瞬間に、声はすぐ傍から聞こえてきた。
hmm「私が武闘派ではないと、まさかそう思っていたのですか?」
「あッ、ぐううゥゥッ―――。」
どりゃれいか「速いッ!?」
背後に出現したhmmが放った裏拳をまともに受けて、私は逆さまの天を転がった。
ようやくカラクリの全貌を理解したときにはもう遅い。
hmm「ふーむ。中台八葉の曼荼羅までは知らなかったということですな。」
再びhmmが一歩踏み出す。
するとまた掻き消えて、今度は下の陣へと移動する。
姫れいか「あっ―――。」
ヴィオラ「伏せてッ!」
そこには、無防備で硬直している姫れいかさん達がいた。
上下の陣を移動するということは、こういう真似も可能となる。
hmm「王手です。」
その光弾は重かった。
声もなく吹き飛ぶ彼女達を見届けてから、hmmは上方に倒れている私を見上げる。
hmm「降りてきなさい。ここまでやれば、もう説明はいらないでしょう?」
どりゃれいか「くっ・・・!」
立ち上がり、私とどりゃれいかさんは手近な梵字を踏んだ。
「下にばかり気を向けていたのだ・。・ いや、上にも陣があることに気付かせない為だったなの・。・?」
お互い、再び下の陣で向かい合いながら、私は攻めこみたい気持ちを抑える。
奇襲を受けてしまったのは、姫れいかさんとスカイれいかさん、そしてゆのみさんだった。
彼女らは至近距離で光弾を食らったために気絶している。
回復湯による再起を期待していただけに、この結果は凄惨でしかない。
ひまれいか「中台八葉だと? くそっ、思考透視をしたところで言葉の意味が分かるわけではないのかッ。梵字の解説役が倒れてしまったのは痛いぞッ・・・!」
ヴィオラ「ひ、ひまっさん!? ちょっと取り乱しすぎですよ!? 要はこれって、干支の梵字と中台八葉の梵字、八方向を示す曼荼羅は二つあるということでは!?」
ひまれいか「呪文か何かか!? 勘弁しろッ・・・私が初見の話題にめっぽう弱いことは知ってるよな? せめて事前に予習させろッ、でなければ話についていけんのだ私はッ! ああ分かってるさ、だからといってこれは言い訳にはならないッ。くそがッ、この失着は痛すぎるッ! 数の有利は何処へいったッ!?」
ヴィオラ「ひ、ひまっさん・・・?」
「現状、分かっていることは以下の二つなのだ・。・」
つまり、下の陣で同じ梵字を二度以上踏めば、そこに対応する上の陣へと強制転移させられる。
私は
足場へ集中せざるを得ない状況に追い込まれて、上下挟み撃ちの種を見抜くことは心理的にまず出来ない。
ヴィオラ「hmmめ、ほんとうにふざけた異能ばっかり使う男だね。」
どりゃれいか「まさか白兵に長けているとは思わなかったね。将棋が得意なだけのインドア派じゃない、近接戦闘も全力でこなせる。そんなの予測できるはずがない。」
緑一色「そんなの無敵じゃないか本当にタチが悪いな。」
単純な脳筋ではなく、ゲームで培ってきた頭脳スタイルを維持している。
これまで戦ってきた敵とは、やはりタイプが違う。
圧倒的な力や速度はないにしろ、これもまた強者たり得る資質。
ブラフや引っかけを最大限に活用し、奇想天外な一手を仕掛けてくる一人の詐欺師。
これが―――みんと帝国の『鐵将』hmmの実力!
「―――絶対に勝つのだ・。・」
どりゃれいか「hmmの瞬間移動、死角からの裏拳。防ごうにも僕たちの方向感覚は狂っている。厄介でしかないけど、だからどうしたって感じだよね。」
言って、互いに構えを取る。
私とどりゃれいかさんの感覚は未だに前後左右が逆のままで、hmmも幾つか狂ってはいるだろう。
奇襲の一連で、彼も負債を負っているのだ。
そこに期待をかけるしかない。
そしてまた、必死に足止めしてくるhmmを尻目に、未だ詠唱中のKentもまた放っておけない。
だいぶ時間を削られたのは確かで、ここからは時間との勝負となる。
hmmとKent、彼らの戦法は以下の通り。
hmmが前衛―――撹乱と時間稼ぎ、あわよくば奇襲を狙う役。
Kentが後衛―――何か飛んでもない一撃必殺技を実行中か?
ひまれいか「すまない落ち着いた。―――勝利のヴィジョンは見えたッ!」
ヴィオラ「移動方向は私がリンクで伝送するッ! だから少女ちゃん達は攻め込んでッ!」
緑一色「キエエエェェエエッ!!」
やることは一つ、私の黒焔でKentの異能を無効化させる。
その最中で、hmmを結界ごとぶち壊すッ!
「はあああああああああァァァァッ!・。・!」
どりゃれいか「どりゃああぁあああぁあッ!!」
hmm「歓迎しますよ。あなたがたが『
二対一となった上下曼荼羅の境界を、流星よりもなお速い超越の速度域で乱舞しながら激突する。
それは、正確に言えば速さではない。
移動という概念を根本から破壊する動きであり、もはや誰の目にも捉えられない。
それらすべてはテレポーテーション、共に空間距離を飛び越えた消失と出現の繰り返しであるからだ。
故に、ここで重要なのは物体運動の速さではない。
この奇想天外な『夢』の理に身を置いて、なお遅れを取らない思考の速さだった。
hmm「ふーむ。やりますね。ようやく気合が入って来ましたかッ!」
私とどりゃれいかさんの猛攻を、あろうことかいなし続けるhmm。
まるで空を飛ぶような感覚、空間把握能力の全力行使が求められる盤面。
ここはhmmの結界領域で、彼が敷いた領土。
その陣の特性を十全に使いこなすのは、むしろ道理とすら言っていい。
まさしくhmmは、異世界の中でも恐るべき使い手。
―――だがしかし、真に凄まじいのはhmmではなかった。
どりゃれいか「右下に
「こんな上下地面で、私を止められるとは思わないでほしいなのぉおォ!・。・!」
回転しながら中台八葉の陣に転移し、飛来した光弾を残らず叩き落とした少女達である。
今や二人は、一挙動ごとに上下に飛ばされる身でありながら、一切の混乱なくこの悪辣な『
すでに双方、前八方向への感覚がものの見事に反転している。
右は左に、前は後ろに、音も気配も完全な逆さまだ。
そのうえ重力さえ、くるくる入れ替わり続ける状況で、まったく動きが乱れない。
いいや、むしろ徐々に正確さを増してすらいく。
hmm「師匠からいい教育をうけたようですね。動きを見れば分かりますよッ!」
ヴィオラ「異能への対応力は一番鍛えてやったからね―――甘いッ!」
すぐ右隣に転移してきたhmmに対して、ヴィオラは全力で左に叩きつけるような蹴りを放った。
結果、逆さの感覚によって、中空に激突の音響が轟かされる。
矢継ぎ早に繰り出された光弾にも、彼女は顔面からぶつかるように踏み込むことで後方への回避を決めた。
そしてひまれいかと共に転移。
離れ際、上下逆に位置する少女達への意識も忘れない。
ひまれいか「『
ヴィオラさんの異能で繋がっている私たちに隙は無い。
どこから攻撃がこようとも、対処できる繋がりがあるのだから。
hmm「・・・ふーむ。なるほど、そういうことですか。」
言いながら、私たちの乱舞は無駄な動きが消えていく。
際どくなっている。
ほんの僅かな手違いで致命傷を負いかねない、そんな綱渡りへ迷いなく踏み込んで行くかの如く。
「私たちは強くなれた―――すべてはこの『
私達レジスタンス組の最終駅は、言い換えれば死ぬことだ。
それは単なる感覚麻痺や、自己に対するいい加減な認識によるものではない。
死にたいのかと言われれば否と答えるし、今も前提として、目的を達するまで生きる為に戦っている。
ただ、戦になれば人は死ぬと、その現実だけは徹底して刻み込まれたから知っている。
そこに例外として、己は神にでも選ばれているから死なないのだと錯覚をしないこと。
全方向感覚が逆向きに狂うのみならず、足場さえもが不規則に転移し続けるという場でパフォーマンスを維持するなら、それこそ五感を超えた超獣のような本能でも発揮するしかないだろう。
しかし、そんなものは人間に出来るようなことではない。
だが逆に、人であるからこそ可能なことも存在する。
それこそが―――生存欲求を潰してしまうという機能の獲得。
無論、ただの怖いもの知らずや死にたがりでは意味がない。
理性を残したまま特殊な死生観を武器化するのが重要であり、ここで求められるのは要するにオンオフだ。
スイッチを切り替えるように、生きるために死ぬという矛盾した概念を纏うこと。
何も珍しいものではない。
それこそが―――『覚悟』を持つということだと思うから。
ひまれいか「死ぬ気になれば生き残れる―――よく聞く話だが、その場の思いつきや開き直りで、生理反射まで抑え込むことは不可能だ。ああすればそうなると分かっていても、普通は身体がついて来ない。だからこれは、お前たちが積み上げてきた練磨の賜物なのさ。」
「まるで鍛え直されているような気分なの・。・ そうした意味では何処となく修行時代を思い出すのだ・。・!」
hmm「ふーむ。これは少し分が悪いですかな?」
一歩、hmmが踏み出し梵字を踏んだ。
同時に掻き消えるその姿。
hmm「ですが私も勝負師として、負けられぬ身です故ッ!」
次の刹那、現れた彼は私たちから十メートル近く離れた座標に存在した。
てっきりすぐ間近に来るものと身構えていただけに、空振りめいた肩透かしを受けてしまう。
―――そして、それは連続した。
「・。・!?」
どりゃれいか「なんだ・・・!?」
私達の眼前で、高笑いを続けながら転移を繰り返すhmmの動きは滅茶苦茶だ。
到底意図があるものとは思えない。
直接的な脅威になる行動は一切なく、牽制にしても間合いとタイミングの取り方が無意味だった。
これではまるで、子供がふざけているのと変わらない。
ひまれいか「くどいようだが解説させてくれ。物事には流れというものが存在する。最終的に詰める気ならば一見無茶でも相応の手順が必要なのだ。しかし奴の動きは滅茶苦茶で流れもクソもない。ここまで盛大に崩した後では修正できないぞ。奴は何を企んでいる?」
必敗の道筋は必勝同様、ある程度以上進めてしまえば降りることが不可能なのだ。
これはその一線を越えている。
私の目にはそう見える。
ヴィオラ「―――時間稼ぎだッ! hmmは勝負師なんかじゃないッ!」
ひまれいか「―――正解だ。」
その掛け声に対し、私は反射的に転移した。
時間稼ぎがhmmの狙い。
答えは実にシンプルであった。
「トドメなのおおおお・。・!」
どりゃれいか「これで
少女はhmmの背後を取っていた。
完全なる必殺の状況が具現している。
hmm「さあ? どうでしょうねッ!」
決着の時来たる。
振り向き様に放たれた裏拳に、少女は自ら飛び込んだ。
逆向きの法則に則るまま、死へ特攻することがここでは生に繋がると信じるがゆえに。
これまで通り、何百回も繰り返したことをもう一度再現する。
それで終わりと、私は疑いなく最後の一歩を踏み込んで―――。
「え―――?」
なぜか、自分の身体が当たり前に動いている事態を悟った。
感覚が反転してない。
右は右で、前は前。
よってこのとき、死へ向かえば必然として死が落ちる。
hmm「本当に馬鹿ですねッ!! 甘すぎるッ!!」
怒声は本気の罵倒だった。
どうしてお前は気付けないのだと。
―――既に『
つまり、全ての感覚はリセットされる。
「くッ、あああああああァァッ・。・!」
迫る死を目前にして―――しかし少女は動きを止めなかった。
なぜなら、少女が信じるものは一つ。
ヴィオラ「お前がやりそうなことは全部読めてんだよッ!!」
仲間が―――そこにいる。
hmm「ッ?!? あなたいつの間に―――!?」
羽交い絞めをするように、ヴィオラさんがhmmの背後を取っていた。
先ほどまで、遠く離れた地点にいたはずの彼女。
異能解除というhmmの真の狙いを瞬時に察知し、持ち場を離れ急接近していたのだ。
ヴィオラ「hmmはきっと名のある『れいか生主』だったんだろう。将棋や曼荼羅のように、様々なゲームを開催する主催者だった。けど最後にはゲームそのものを投げ出してしまう卑怯者! 勝負を楽しむ気なんて全く無いッ! むしろ相手を見下してすらいるッ! それがhmmという男の『真実』なのさッ!」
ひまれいか「(―――それも正解だ。やれやれ、私の『思考透視』に頼らずとも、人の心を読んで見せるかヴィオラよ。ひひ。考えてみれば、ヴィオラとhmmは将棋で三時間戦っていた。それだけ長く対面していたというのなら―――なるほど、少しは人の性格や癖とやらを見抜けるということか。)」
hmm「ふーむ。これは一本取られましたね。ぐッ―――!」
どりゃれいか「決めてくれ少女ちゃん!!」
その横から、どりゃれいかさんの武装が刺し込まれる。
私も、ここまできて躊躇はしない。
「燃え尽きろなのォオオ!・。・!」
―――『
hmm「ァ、ガァァアァッ!!?」
焼け爛れる音とともに、hmmは黒く燃えていく。
hmm「グッ、い、いいのですかな聞かなくてッ? みんと帝国の人物である私が、U2部隊の本拠地にいる意味をッ?」
ヴィオラ「どうせ答えないんでしょ? 何度も言わせないでよ。たとえあなたが洗いざらい話してくれたとしても虚言ばかりだろうね。味方に引き入れたとしても、悪戯に場を搔き乱すのが容易に想像できる。自分が楽しむ為だけに。それがhmmという男の『真実』なんだって。」
「潔く消えろなの・。・!」
hmm「・・・ふーむ。見事、なりッ。どうやら私はここまでの様子・・・。」
私を見落ろしhmmは笑った。
徐々にその姿が薄れていく。
ヴィオラ「hmm・・・。あなたも私たちと同じ妄想体。死ねば死体も残らない。」
消えていく。
そこに何を言うべきか、私は咄嗟に分からなかったが。
今は優先すべきことがあると知っていたから迷いはなかった。
「みんと帝国だろうと、U2部隊だろうと、私の道に立ち向かってくる者は誰だろうと切り裂いて進むなの・。・! たとえまた生き返ってきたとしても、何度だって倒してやるのだ・。・!」
死者が生き返る。
現実ではありえないことが、ほんの少し前に起きてしまっている。
本来ならば、それは真っ先に追及するべき疑問点なのだ。
どりゃれいか「確かに。これでさよならとは言えないよね。ひまれいかさん達のこともあるし。」
この異世界において、死の定義は未だ不明である。
死んだはずのひまれいかさん達が、今こうして生き返っているという事実。
そして、死後の世界を『盤外』と表現していた意味。
つまり、盤外から蘇生できる何らかの手段が異世界にはあるのだ。
それを解き明かすことが、異世界の真実を暴くうえで重要なのかもしれない。
hmm「ご明察ですよ。―――この場は私の負けです故。最終決戦の地にて再び相見えること、楽しみにさせていただきますよ・・・。」
完全に消滅する。
しかし少女達には、その捨て台詞がどこまでも心に響いていくのを感じていた。
―――みんと帝国『
空間が晴れていく。
術者が死んだことで、この『曼荼羅』は完全に解除されようとしている。
ひまれいか「―――もう察した者もいただろうが、みんと帝国とU2部隊は手を組んだとみるべきだ。それを抜きにしても、我々はみんと帝国の戦士を殺した。いずれ来る衝突は避けられないだろう。」
緑一色「いやあの男はここで殺しておいて正解だったよ『曼荼羅』の梵字紋章は俺の『虚空記録層』でなければ発見すらできなかった事実つまり俺がいなければ勝てなかった相手なんだよよく考えてみろあいつを捕虜にしたとして俺がその場に居なかった場合どうなると思うあいつの『曼荼羅』は厄介すぎだ捕虜としての制御も難しい殺すしかなかったんだよあれでよかったんだ。」
どりゃれいか「なんだろう。まともな正論を言ってるってのは分かるんだけど・・・僕だけかな、少し聞き取りずらいんだけど。」
ひまれいか「緑一色の喋り方はいずれ慣れる。それより―――。」
『曼荼羅』の特徴とも呼ぶべき上下の床も消えていく。
後に残るのは暗闇、そして―――。
「Kentという強者が残っているのだ・。・」
頭を切り替えろ、まだ戦いは終わっていない。
残る敵はただ一人。
U2部隊のNo.11にして『闇の始祖』―――Kent。
No.11Kent「へぇ・・・hmmの奴、死んじまったかよ。どうやら俺は間に合わなかったわけだ。」
よく見れば、周囲の暗闇は―――蠢いていた。
どりゃれいか「ただの暗闇じゃないねこれ。『
「確か『
眼前にゆらり顕れた気配を感じて睨む。
己の黒焔を、この手に固く握り込んだ。
「行くなのッ、Kentォォ―――――!・。・!」
No.11Kent「かかってこいよォォ、お嬢ちゃん共ッ!!」
人型を成す黒の集合体。
煙上に揺らぎ、闇に染まるKentから察せる感情は喜悦のみ。
「忘れているなの・。・!? お前の異能は私の黒焔に手も足も出なかったのだ・。・! 今回もやることは同じなのッ・。・!」
隠れ家での闘い―――私がKentと北上双葉を相手取った時だ。
私の黒焔には、負のエネルギーを己の力に還元できる能力を持つ。
黒に類するものも、簡潔に言ってしまえば負のエネルギーを連想させる色なのだ。
であるならば、この空間は私にとって脅威でもなんでもない。
「黒焔ッ、周りの暗闇を削ぎ落とし、私の力へ還元するなのォォ・。・!」
しかしその攻撃宣言と同時、Kentは歯を剥き出しにして可笑しそうに笑った。
少女に対しての愚弄だろうか。
ひまれいか「(いや、落ち度は何もない。いかに覚醒異能の結界だろうと、少女の黒焔は試す価値はあるッ。勝つために、ここは攻めて試すべき場面だッ!)」
No.11Kent「く、ははっ、いや失礼。少し驚いただけさ。本当に初戦と変わらない。女でありながら戦士の振る舞い、強くあろうとしたあの子の生き写しだよ。」
どりゃれいか「・・・。」
ひまれいか「(『あの子』か・・・。やはり『夢』の始まりは―――。)」
「私は確かに女で小柄ッ、それでも舐めないでほしいのだッ・。・!」
そうとも私は猪突猛進だ。
戦闘になれば強気な性格へと様変わりする、それが私だ。
こんなところで終われない。
No.11Kent「でも―――そのザマで、何か出来るつもりなのか?」
彼が指差し、瞬間、少女は我が身の異変に気付いてしまった。
「――――――。」
目に飛び込んできたのは、きちきちと醜悪に轟く魔虫の脚。
―――己の脇腹から、気付かぬ間にそれは生えていた。
闇よりいでし羽虫の脚。
如何なる原因かなど知る由もなく、それが少女の身体に寄生している。
理性は一瞬にして焼き切れ、あらん限りの声をもって少女は叫んでいた。
「ウ、ああァッ・・・アアアアアアアアァァァアアァァッ―――。」
ヴィオラ「少女ちゃんしっかりっ、こ、これは―――?!」
No.11Kent「ぶはっ! ひッ、ひはッ、あーっはっはっはっはっは!」
心底からの笑い声をKentは暗闇に響き渡らせる。
否、暗闇は晴れていた。
闇を纏っていたその姿が変幻していく。
―――質量を伴った暗黒が、微細な振動を繰り返しながら変容している。
もともと身体が真っ黒だったKentは、その存在自体が組み替えられていた。
人ではない、闇そのものへと。
No.11Kent「ちゃんと受け取れよ、似合ってるぜお嬢ちゃん。俺の『
そんな煽りも、今ばかりは少女の耳に入らない。
hmmを倒した達成感など、ものの見事に吹き飛んでしまった。
緑一色「待ってろすぐに謎を解析してやる俺は女がリョナられる展開は大好物だが虫系は駄目なんだムカデやゴキブリ特に夏場のセミはやばいあの羽模様とか最悪すぎでしょ!」
ひまれいか「(Kentの心が急に読めなくなったッ、あの黒い球体は何だ? 中にKentがいるというのかッ?)」
「あ、ああぁっ、う、あぅ・。;」
なんの前触れもなく我が身に降り掛かった悪夢に頭がおかしくなりそうだった。
胴と脚との接合部から黄色の体液が滴り落ちる。
糞便を掻き回したような悪臭が、今や少女から発生していた。
「く、ッ―――。」
怯む心をどうにか奮い立たせ、私は異形の脚を引き抜くように掴む。
しかし、伝わってきたのは鋭い感覚、すなわち―――。
「これっ、このおぞましいモノは、私の身体の一部になってるのだッ・。・;」
Kentの暗闇を黒焔に還元した瞬間―――何故か身体に魔脚を植え付けられていた。
大きさは腕の太さと同じくらい。
痛覚もはっきりと感じる、すでに私の身体の一部と言っていい。
ひまれいか「・・・記憶が確かなら、あれは女王蜂の脚だ。少女ッ、それ以上黒焔で奴の力を奪うなッ! さらに植え付けられるぞッ!」
脚は勝手に少女の身体を這いずり回った。
顔、喉元、脇、胸、下腹部、そして更に下へ下へと・・・衣服の内から身体中をまさぐられていく。
虫の脚には自分の意思が一切効かない。
「か、勝手に動かないでなのだ・。;」
駄目だ、このままでは堕とされる―――。
どりゃれいか「どりゃああぁあああああぁッッ!!」
暗闇の膨張体へと、どりゃれいかは突貫した。
策など何もない。
だが、この悪い流れを変えるために、状況を打破する糸口を探るが為の攻撃。
そんな想いで放たれた武装が、闇の集合体へとぶつかった刹那―――。
どりゃれいか「あッ、が、あああああああァァァッ!?」
その瞬間、彼の背中を突き破って油じみた虫羽が生えてきた。
羽脈をびくびくと震わせながら毒花のように開いていく感覚が、おぞましい震動となってどりゃれいかの内部を揺らす。
どりゃれいか「普通に攻撃してもッ、駄目なのか・・・ギッ、あぁぁッ!」
未体験の激痛により、どりゃれいかは不自由を余儀なくされる。
ひまれいか「解決策は何か、何かないかッ、おい緑一色! お前の解析は終わったのか!?」
緑一色「キェェェッェェェェェェエエェェッッ! セミの羽ガァア”アァグァヴォロベゲッッ!!?」
―――緑一色、セミの羽を見て失神。
ヴィオラ「いや複線回収早すぎでしょ!」
「どりゃれいかさんに緑一色さんまでっ、このままじゃヤバいのだ・。;」
ひまれいか「いらぬフラグを建てるからだ馬鹿一色めッ!」
No.11Kent「行ってる傍から生やすなよ。まだ序の口だぜ? ―――無秩序の蟲。廃人の領域。犇めく堕落。乱交の喝采。」
そして再び聞こえてくる詠唱。
『闇の始祖』としての増悪と、その終わりに向かって暗闇は膨張し続ける。
闇の空間そのものが、激しくうなりをあげていく。
どりゃれいか「―――舐めていた。止めないとまずいッ。」
少女とヴィオラとひまれいか、そしてどりゃれいかは揃って戦慄した。
―――あの詠唱を絶対に最後まで唱えさせてはいけない。
―――唱えさせたが最後、虫よりも最低最悪な最後を遂げてしまうだろうから。
「hmmが時間稼ぎをしていた理由がようやく分かってきたのだ・。・ Kentはおそらく、私達を一瞬で葬れる技を持っているなの・。・」
ヴィオラ「けれど、技の発動まで長い”タメ”がある。逆にこれほど長い”タメ”が必要ということは―――。」
ひまれいか「発動されたが最後、止める手段も皆無と考えていいだろう。逃亡などさらに不可能だ。」
どりゃれいか「さてと―――どう攻略してやろうかね。」
蠢く暗闇に囲まれながらも、闘志は毛ほども消えていない。
誰一人として、諦めてる者などいない。
これまで幾多の困難を乗り越えてきたのだから。
だからその突破法は、私でも驚くほどすんなりと見つかった。
いや、それはほぼ同時だったのかもしれない。
「みんな、私の案を聞いてほしいなの・。・」
ひまれいか「―――ほう。・・・心を読ませてもらって悪いが、やれやれ考えることは同じか。」
ヴィオラ「聞かなくても分かる。少女ちゃん、私たちは覚悟できてるよ。」
どりゃれいか「一生、虫のパーツを背負って生きていく覚悟か。ほんと、どんな『夢』を願ってこれほど悪趣味な異能を発現したんだろうね。Kent本人に聞いてみたいものだよ。」
私たちは、暗闇に潜む膨張体を睨みつける。
待ってろKent、そこから引きずり出してやる―――!
―――――――――。
――――――。
―――。
~No.11『闇の始祖』の鬱~
―――歌い手の価値なんてのは、所詮『容姿』で決まるのさ。
声で決まると思ってる情弱は消えてくれ。
歌い手に必要とされるのはとにかく女、美人、イケメンと相場が決まってる。
決められてしまっている。
なぁ誰が決めたんだ?
歌い手は歌も上手くて容姿も完璧じゃなきゃ駄目だなんて誰が決めた?
いつから時代は我儘になった?
いつから俺は―――狂気に呑まれてしまった?
いつから俺は―――カメラで顔を曝け出しながら歌うようになった?
・・・最初の生配信は新鮮さに溢れていた。
声に自信があった俺は、瞬く間に大手生主へと昇り詰めていった。
キー音が高い曲、アップテンポの激しい曲、ボカロ曲、無茶苦茶なリクエスト曲、歌えるものはなんでも歌ってきた。
声色を操るなど、俺にとっては難しくなどなんでもない。
俺の歌が求められている、否―――。
―――俺の声だけが求められているんじゃないか?
これはもう、断言してもいい。
歌い手という分化の闇と言うべきか。
歌い手のトップを目指していく以上、『顔出し』は避けて通れない。
何故なら、リスナーに求められていたから。
そして俺自身、承認欲求が高くなっていたこともある。
所詮、画面越しの歌では満足できるはずもない。
そうとも、狙うならもっと『夢』を大きくするべきだ。
ネットだけの活動に留まらず、この俺の歌唱力を国中に届けたい。
路上ライブなんてやってみるのはどうだろう、そこから有名事務所にスカウトされて―――。
『ねぇなんでこの人―――裸で歌配信しているの?』
いつから俺は―――姿を黒くして歌うようになった?
顔出し初日は思い出したくもない。
電気もつけず、一人真っ暗な部屋が俺にはお似合いなのさ。
少しでも希望を持った俺が馬鹿だったんだ。
男とか女とか、両声類とか、くだらないくだらない。
あの時の失敗は、今もなお更なる怒りを爆発させる。
容姿に拘って―――そんなのは歌い手がやることか?
どいつもこいつも、『声』を見ずに『容姿』を見ようとする。
どれだけ歌が上手かろうと、容姿が良くなければ虫けら同然の目で見られる。
―――ならお前らも、虫けらのようになってしまえ。
俺の気持ちをお前らも味わえ。
俺の声を見てくれない奴は俺になれ。
その悪意に相応しい
フリーの躁霊とか、異世界の真実とか、実のところどうだっていい。
俺にとっての願いはただ一つ。
世界を黒一色に染め上げる。
容姿が形容できないほどぐちゃぐちゃに。
そうすれば―――悪意は溶けて混ざり合って、世界は俺になるだろうから。
No.11Kent「その結末が”これ”だよ。二度と覚めることのない『夢』に捕らわれた。」
二度と戻らない現実世界。
二度と還れない現実世界。
異世界はU2部隊を楔とし、人々を夢に落とし込む。
フリーの躁霊が望むままに、現実世界と異世界を繋げていく。
―――たとえそれが七回目のループだとしても。
No.11Kent「あの躁霊は俺よりもイカレてる。だけど、あれ以上の男を見たことが無い。全人類に異能を与え、世界を混沌で染め上げる。現代人が無くしてしまった勇気とやらを取り戻させる、ただそれだけの一心で世界を転生させるんだとよ。燃えてくるじゃねぇか。」
歌い手のパートナーを思い出す。
思えば、そこが分岐点だったのかもしれない。
人ならざる力、望んでいた願望どおりの異能、夢のような力の獲得。
No.11Kent「欲しい力は手に入った。俺が歌い手頂点を取るための力を。」
この『
発動から処理まで、ある程度時間はかかる。
だが成功さえすれば、闇の領域内にいる
No.11Kent「(みんなが黒になれば、容姿によるいざこざも起こらねぇ―――。)」
ガアァン!!
No.11Kent「―――なんだ?」
詠唱を続ける中、暗闇の球体が激しく揺れた。
「Kentォォオオオォオオォオオォオオオオッッ!・。・!」
新たな脚が数本生え、粘液まみれの剛毛を震わせる少女と目が合った。
ありったけの黒焔をその手に掴みながら。
No.11Kent「―――お嬢ちゃん、なんて姿だい。そこまでやるかぁ?」
蜂の脚はもはや身体を覆い尽くさんとばかりに生えている。
だが少女の目には、勇気と呼べる光が戻っていた。
「黒焔は効いていないわけじゃなかったなの・。・! こうしてお前の防御を削ぎ落としてやったのだ・。・!」
No.11Kent「無理だろ。削ぎ落としたといっても小さな穴だ。たったこれだけの穴を開けるのにその代償はでかすぎるぜ? 俺を止めるにはほど遠い―――ッ?!」
今度こそKentは目を見開く。
防御の役割をこなしていた暗闇の壁が―――ほぼ全てが同時に掻き消えた。
視線に捉えた者はそれだけではない。
No.11Kent「お前ら揃いも揃ってなんて姿だッ。怖さを感じないのか? 一生元に戻らないかもしれないという可能性を軽視したかッ?」
ひまれいか「違うなッ、ここで下手をうてば私の名誉に傷がつく。私はそれが一番怖いッ、二番目以下の怖いことなんてどうでもよくなるくらいにはなッ!」
ヴィオラ「師匠として頼られているからッ―――私の『
「私の黒焔をみんなが使うことだって出来るのだ・。・!」
少女の他にもヴィオラ、ひまれいか、どりゃれいか。
―――仲間全員が黒焔を握っていた!
威力が足りず、Kentの防御壁を崩すことが出来なかった少女。
だが仲間のブーストも加わり、虫化の獲得を全員で補い合えば・・・!
どりゃれいか「黒焔は相手の闇を己の力へと還元する! 少女ちゃん一人に背負わせたりはしないよ。限界を超えてまで少女ちゃんを虫化させる、そんなことはさせられないッ!」
No.11Kent「・・・いちごの肩を持つわけじゃねぇけどよ。大勢の仲間連れてこっちは一人だぜ? 一人で立ちはだかる俺を多勢に無勢で袋叩きにしてさ。それって許せるのかいお嬢ちゃん? ―――俺と同じ闇がッ、鬱霊だったものが正義の味方気取りしてんのかッ!」
「―――狂気に身を委ねる方よりはマシなのだ・。・」
No.11Kent「異能の力は狂気ってか? そんなの今更だろうが? お嬢ちゃんも最初はワクワクしたんだろ? どんな異能が発現するか、その異能で何が出来るかを想像して身悶えたろ? 『夢』ってのはそういうもんさ。この異世界はどんな願望でも躁霊が自由に叶えてくれる。現実と変わらねぇリアルな力さ!」
「私も確かにそうだったのだ・。・ けど、今は―――。」
Kentが言うように、それは単なる妄想や幻覚とは違う、何かの力なのかもしれない。
でも、それに頼ることは―――狂気に頼るということ。
そして、狂気を持たない平和で穏やかな人達を裏切って、踏みにじって決別するということ。
異能も『夢』もいらない―――私がこの『
「分かっていないのはお前の方なのだKent・。・! それで悪役気取っているなんて、見てて恥ずかしいからやめるなの・。・!」
黒焔によって、Kentの負のエネルギー読み取った私達。
彼が歌い手として生きてきた背景、過去、そして罪。
狂気に呑まれる前は間違いなく、闇など欠片もない純真無垢そのもの。
Kentという
心の暗黒面は確かに誰もが持つものだけど、人は闇だけで完結しない。
闇だけで動いているのは本物の
誰にだって、闇もあれば光もある。
そこに意外なことなんか何一つとしてない。
No.11Kent「届いたぜ、お前らの勇気。ここまでこられたらいっそ清々しいや。」
―――『闇の始祖』と呼ばれたメッキが剥がれていく。
―――真実が、浮き彫りになってくる。
ひまれいか「戦隊ヒーローは悪の怪人を全員でフルボッコする決まりがある。これはもうルールであり、様美式なのだよ。」
ヴィオラ「伝わってきた闇の感情。歌い手についてはあまり知らない私だけど―――そんなものに私達は屈しない。」
どりゃれいか「つまり、僕達に勝てる要素なんか無いんだよKent。あんたの器はもう見切った。だから―――。」
続く言葉は分かっていた。
もはや何の隔てりもないKentに、狂気の圧に呑まれてしまった者にトドメの一撃をッ!
―――永きに渡る混沌の因縁、そのすべてを清算しよう。
「
炸裂する焔の奔流が螺旋となり、地獄の業火となってKentを襲う。
No.11Kent「・・・それが、お嬢ちゃんの辿りついた、ぐっ、境地かッ。」
一心不乱に足掻くわけでもなく、Kentは観念したように焼かれていく。
彼の持つ闇が、黒焔と化して熱量を上げていった。
ヴィオラ「終わったの?」
ひまれいか「そのようだな。我々に寄生していた魔虫が崩れていく。この結界も崩壊していくだろう。」
どりゃれいか「・・・やけにあっさりだね。潔すぎる。まだ何か手を隠しているんじゃ―――。」
No.11Kent「いや、俺が勝手に納得して、逝くだけだ。確かに今回の『・。・』は何かが違うかもな。俺と同じ闇属性の使い手、その覚悟を受け取った。ただ、それだけだ。」
その姿もまた、弱々しい声とともに掠れていく。
hmmと同じく絶命を迎えようとしている。
「Kent・・・お前は妄想体じゃなくて本物の人間なのだ・。・ 死んだら遺体は別の姿に変わるなの・。・?」
No.11Kent「ああそうさ。俺はいわゆる『夢と同化した人間』だ。―――覚悟しとけよお嬢ちゃん。扉を開けて物語を始めたのはお嬢ちゃん自身さ。だからこの異世界にいる『夢』という名の化けの皮を剥がしていくんだ。夢にいる全員と戦い、その鬱を受け入れるんだ。」
「それの意味するところは何なのだ・。・?」
No.11Kent「―――仲間と一緒に考えぃ。俺は『盤外』にて蘇生を待つとするさ。」
やがて、彼の身体はピクリとも動かなくなる。
遺体は黒焦げになりながらも、その亡骸は消えてはいない。
「最初から最後まで・・・真っ黒人間のままなのだ・。・」
―――U2部隊No.11『歌い手』Kent 絶命
無限数の暗闇が解けていく。
纏った影ごと失われていくその様は、まさに浄化と呼ぶべきものだろう。
ヴィオラ「・・・『盤外』か。彼らに本当の意味での消滅など存在しないってことなの?」
ひまれいか「話そうと思えば長くなる。まずは一度状況を確認すべきだ。それと、ふわっと小学校に散らばった仲間との合流だな。」
「そうなのだ・。・ 各々、自分に出来る最善のことを成すなの・。・!」
―――空間がぼやけるようにして、私たちは校長室へと戻ってきていた。
~リアルタイム将棋 及び 覚醒結界内での闘い 最終結果~
・レジスタンス側
少女、連戦を生き残り生存。
ヴィオラ、最後まで仲間を想い生存。
スカイれいか、将棋盤にて死闘を繰り広げながらも生存。気絶中。
どりゃれいか、数々の場面で司令塔となり生存。
姫れいか、将棋で大健闘を収め、負傷しながらも生存。
ひまれいか、初代知将の名に恥じぬ立ち回りで蘇生。
ゆのみ、曼荼羅の解析と回復湯による立ち回りで生存。気絶中。
緑一色、奇声を垂れ流しながら生存。気絶中。
ふじれいか、謎の鎧による精神汚染により、未だ危険な状態。気絶中。
悲哀れいか、謎の鬼面による精神汚染により、未だ危険な状態。気絶中。
・U2部隊 及び みんと帝国側
No.11Kent、闇の可能性を少女に託す。絶命。
No.7いちご、リアルタイム将棋を戦い抜き逃亡。生存。
『鐵将』hmm、盤外からの蘇生を宣言し、絶命。
ヴィオラ「この校長室も密室ではなくなったみたい。とりあえずここを拠点としていこう。少女ちゃん、怪我人たちをソファに運ぶの手伝って―――。」
烏骨鶏「あっれぇ~? hmmさんもしかして、やられちゃったでござるかぁ?」
「・。・?!」
ひまれいか「なっ―――?!」
幼女の忍者が部屋の中央に悠然と立っていた。
烏骨鶏「神田たけしの『
ヴィオラ「まだ新手がいたのかッ!?」
その幼女忍者に対し、私たちは同じ印象を感じ取る。
―――目が違うのだ。
まるでたった一つの感情を極限まで煮詰められているかのようで、とてもまともな人間がする目ではない。
そう、なんというか正気を失っているかのような。
ある意味、肉食獣に対する感慨に近い。
無駄や余分が一切ない、それを何かの外的要因によって消されてしまったような、そんな人間。
ひまれいか「hmmの名を口にしたな。―――要するに、みんと帝国の刺客ってわけだ。」
「・。・!」
烏骨鶏「なかなか優秀でござるね。U2部隊の兵士よりは私好み。けど、そろそろ体力の限界じゃないのでござるか?」
その言葉と同時に―――。
ヴィオラ「ッ、何かくる!?」
「戦闘準備なの・。・! ここまで来たら迎え撃つしかないのだ・。・!」
ひまれいか「(ん? どりゃれいかは何処へ行った? ッ、思考透視が解除されている? これは一体? 駄目だ考える時間が無いッ!)」
烏骨鶏「みんなには悪いけど、少しだけつまみ食いさせてもらうでござる!」
激突はもう避けられない。
だから私たちは集中し、身体の奥から闘気を呼び起こす。
連戦の連戦で疲れ切っているが、戦場においてそれは通用しないのだ。
烏骨鶏「いい顔してるねぇ―――『蜘蛛併せ・
宣誓と共に、周囲もろとも、天運の地獄へと引き込まれた―――。
―――ふわっと小学校 47階
???「なんでだよ、なんで、お前もッ!!」
天かすとぴた、二人の妄想体を見事倒したその男は、新たな侵入者と対峙していた。
否、それは侵入者ではない。
どちらかと言えば、彼女は拠点に戻ってきたのだ。
ただ一目、会いたかったためだけに。
???「お前までッ俺のせいでッ、どうしてなんだよ北上双葉ッ!!」
No.9北上双葉「やほ~。ようやく会えたねフリーれいかさん。それとも本名の方がいいのかな。私だけ『夢』を纏っていてごめんね。それでも一度会ってお話がしたかったんだ。」
その二人は、奇跡とも呼べる邂逅と言ってもよかった。
何故なら、盤内と盤外、決して交わることのない人間関係なのだから―――。
―――ふわっと小学校 地下20階
No.2田中みこ「みっこみっこみー☆」
そして三人目の新手、U2部隊の『無極』田中みこ―――現る。
No.2田中みこ「うん。一人でこんなことやって、みこは変な人。さてと、一体だれを味方につけたほうが早いんだろう。―――みんとを倒すための味方を。ボスを救うためには、レジスタンスと共闘手段を取るしかない。みこ、めんどくさいけど頑張る。」
どりゃれいか「待ちなよ。田中みこ。」
―――どりゃれいか 盤外をすり抜け降臨爆誕。
No.2田中みこ「ッ!? ―――??!」
―――本来ならば決してありえない光景。
あのU2部隊であるNo.2、その称号を持つ田中みこがたじろぐなど、あってはいけない光景が展開されている。
彼女の実力は言わずもがな、拮抗できる人間などいるのかどうか。
そんな田中みこが―――命の危険を悟ったのだ。
No.2田中みこ「なんで姿を晒したのかな。U2部隊『災厄』No.4どりゃれいか?」
No.4どりゃれいか「君の気配には気付いていた。」
彼がその身に纏う空気は、これまでのものとは異なる密度を漂わせた。
それに気づいた田中みこは、薄く微笑みながら―――。
No.2田中みこ「捕まりに来た? ううん、みこを倒しに来たのかな?」
No.4どりゃれいか「まさか。僕はただ楽しみたいだけだよ。その為にはね―――色々と邪魔なんだよ。『物語』の流れは僕が決めたいんだからさ。」
二人はどちらともなく武器を構える。
みんと帝国という舞台へ移る中、物語は大きく動こうとしていた―――。
つづく。
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