第23話 駒は盤外から蘇生する 中編


ひひ。

将棋か・・・古風なゲームだ。

これはまた奇妙な戦闘が始まったな。



だがその奇妙さに対し、誰もが戦う決意を滾らせている。

敵味方問わず、全員が主人公となり得る程の活躍をしている、またはこれからするかもしれない。

立派で、結構なことだな。




―――さて、本題に入ろう。




この物語は、我々れいか生主を題材にしている。

ニコニコ生放送に根深く住みつく勢力だ。

主に『・。・』の顔文字を使用して配信している。



ではその、れいか生主とは何だ?

その問いに対し、詳細な答えを出せる者はいない。



ただ言えるのは、



ここで、フリーれいかの鬱霊と躁霊に着目してみよう。

いわゆる真の主人公と、ラスボスの二人だ。



彼らは物語の中で、世界の転生を目指す側、その転生を阻止する側と、20話目にしてようやく双方の目的が定着したというわけだ。



世界。

なるほど、スケールは大きい。

転生世界の魔王と、それに刃向かう勇者。



では、もう一度言おう。



れいか生主に過大評価はするな。



れいか生主が、世を統べるに足る大物だって?

転生世界の魔王になるだって?

なにやら随分と壮大な野望を語っていたようだが。



ひひ。

馬鹿を言わないでくれ。



本物のフリーれいかを見たことがあるか?

彼らの生放送を見たことは?



彼らの本質は、





それがニコ生界を巻き込むという、途方もない規模に膨れ上がっているだけだ。



やりたいからやっているだけ。

子供と何の違いもない。




―――ここで断言しておこう。







彼も、彼も、彼女も彼も、揃い揃って小物なのさ。

れいか生主だけではない。

U2部隊や、モブキャラだろうと例外なく。

無論、私も含めてね、ひひ。



どいつもこいつも自分の主義に盲目で、異なる思想を受け入れる器なんて微塵も持ってはいない。

それが、れいか生主の『真実』だ。



暴力、知力、財力、陰力、未熟者が突出した、それらを持つパターンがうんざりするほど、物語の中に満ち溢れているのさ。





それこそが―――『夢』の根源。



君たちもそろそろ、



でなければ、真の意味で『あの子』に勝てない。

勝つまで、夢は終わらない。



今までの因子点を覚えているか?


『世界への無関心』『男と女』


物語の最中に挟まれた意味深なキーワードさ。



三回目の分岐点は近づいている。

つまり、三つ目の因子点も判明する頃だ。

覚えておいて損はない。



これから恐らく、お前たちは本当の意味で、異世界の『真実』を目の当たりにするだろう。



何故、異世界が生まれたのか。

解き明かすために、少しでも勝率は上げておきたいのだ。

だからお前が必要なんだよ。



ひひ。

さあ。

私は何度だって伝えてやるぞ。






私を騙る妄想体よ。


とっととその盤外から蘇生しろ―――!












―――ふわっと小学校 47階



???「。」



恋愛の相に囚われ、戦闘を継続していた彼はたまらず、そして分かりやすく苛立ちを顕にした。



天かす「事実じゃん。貴方の弱さが、この物語を生み出した元凶の一つでもあるし。」



???「分かってんだ。全部。全部ッ、俺が全部悪いってことぐらいッ! ・・・夢が見たかった。こんな世界もあり得るんだって、誰かに見てほしかった。今更すぎるかもしれねぇ。だけど誓ったんだ。これは『れいか』の物語だッ! 殺す物語じゃねぇんだッ! だからッ、俺らが正すしかねえだろッ!」



その男は一人、天に吠えていた。

贖罪か懺悔か、または両方なのか。

彼の本心は、彼にしか分からない。



ぴた「なら、どうするのかな。」



???「―――・・・ッ?!」



新たに具現化された敵に対し、彼は過去最大の驚きを見せる。



天かす「また一人、夢の妄想が生まれた。人類の誰かが望んだ妄想体が生まれちゃったよ。いくら吠えたところで、世界の夢はもう止まらない。何もかも手遅れ。現実世界は既に取り返しがつかないのに、まだ立ち上がるつもりなの?」



ぴた「立てるよ。まだ頑張れるよね? 私たち程度の反撃じゃ死なないよね? 自分のした事なのに、自分の責任から逃げはしないよね?」



???「・・・当たり前だろぴた。もう現実世界が詰んでいるとしても、俺たちが僅かな希望になるしかねぇんだ。悪趣味なシナリオは間違っているって証明するんだ。そうだろキリト―――!」














―――ふわっと小学校73階




春巻き「ああキリト君立派だよ。見てるだけでドキドキしてきちゃう―――!」



なのちゃん「ねぇどうキリト君、軽く化粧でもしてみたんだけど。似合うかな? キリト君の趣味に合ってるかなぁ?」



布団ちゃん「腹筋、胸筋、上腕、お尻・・・それから、それから、うわっ、どうしよう私。いけないわ、そんな。」



ゆめちゃん「ねぇキリト君。女の子たちに囲まれて興奮してる? でも本番はこれからだよ? 私たちが、もっと興奮させてあげるから!」



天かす(二人目)「なんでみんなわたしの事無視するん。あーーーーもーしね。いいよ返信いらない。嫌いだし。構ってあげたのにもーういいよ! しねほんとに死ね。最近うざいし。全員ムカつくし嫌い。なんで嫌われるんかわからんけどもーいい。LINE消したし。全部消したしね。どーでもいい人間だから会話してただけ。だって無視されても嫌われたなんて思わんし。傷つかんし。めんどいでしょ!?」




キリト(偽)「騒ぐなよ、馬鹿。俺だけを見ろ。そして、覚悟が決まったら目を閉じろ。静かに、眠るようにだ。心配するな。その間に全部終わる。俺に任せて、いい夢見ろよ。お前たちは―――綺麗だ。」



もはや無尽蔵に溢れてくる『夢』の妄想体。

すなわち、キリトがそれほどまでに、女性たちへと手を出していた証明でもある。



安眠「キリト君がッ、女遊びなんて下劣な行為ッ、するわけないだろッッ!!?」



キリト「俺が女だったら、間違いなくブチ殺しているぜ・・・。」



キリト(偽)「熱いな、お前は。あんなことしてくっから、俺も火が入っちまったよ。どうしてくれんだ? なあ、全部お前が悪いんだぜ? 分かってんのかよ、責任取れ。全部お前の自業自得なんだからな。」



まるで己にも言われているようで、キリトはため息をつく。

改めて言われずとも、それは充分、身に染みて理解していることで―――。



キリト「―――やれやれだぜ。」



いずれにせよ、彼らは暫くここで闘い続ける。

目の前の脅威を減らすため、キリト達は戦闘を再開した―――。













―――第23話 駒は盤外から蘇生する 中編













~現在状況~


・ふわっと小学校 恋愛の相メンバー


4410 vs 悲哀れいか(偽)


???れいか vs 天かす&ぴた


キリト&安眠 vs キリト(偽)&ゆめちゃん&春巻き&なのちゃん&布団ちゃん&天かす(二人目)




・ふわっと小学校 探索中メンバー

もえれいか、しぇいぱー君、翔・。・太、ひげれいか、リオれいか、めんちゃん、あっちゃん、ゆうれいか、べるれいか、リーダー(観測不能)、スノーれいか、真中あぁあ、レキモン。







―――盤上空間



・リアルタイム将棋

ヴィオラ(王将) vs hmm(王将)

少女(金将) vs Kent(金将)

どりゃれいか(駒不明) vs 夜叉面の女(香車)

姫れいか(駒不明)vs いちご(駒不明)

スカイれいか(飛車)vs 鎧武者の男(駒不明)





―――対局開始から一時間が経過していた。



光沢に照らされた亜空間を、あたかも飛び回るが如き勢いで疾駆して、その両者は削り合う。



―――スカイれいかと鎧武者の男である。



保持する『駒』の属性は飛車に角行という、双方が大駒の能力をその身に宿している。

放たれる攻撃は必殺の威力を秘めており、故に逆説となるが迂闊には動けず、繰り出されるのは牽制となる。



鎧武者の男「ッダァ!!」



鎧武者の拳は速度、威力ともにほぼ倍化しており、言うなれば機動性に長けた砲台という冗談のような状態と化していた。



スカイれいか「でも避けれないスピードじゃあないわ。」



無論のことスカイれいかの動きも、本人の潜在能力を超える域で引き出されてはいるものの、駒の位が同じであれば指し手の格が勝負を決する。



その点、鎧武者の男はまったく疑問を持っていない。

余計な感情は捨ててしまったのだから。

己がすべてを鎧に納めて、ただ冷たい拳を振るうのみ。



スカイれいか「馬鹿馬鹿しいわね、こんな茶番。」



戦況に動きがないことに彼女は焦れたか、その迸る能力を駆使して迫り来る。

鎧武者はただ構えて応戦するだけ。

彼には快も不快もありはしない。

目の前の敵を無感動に殺していくだけの駒に過ぎない身なのだから。



スカイれいか「やっぱり拳を交わえば分かるわ。あんたはふじれいかなんでしょ、どうしてそんなに澄ましていられるの。一度私たちを裏切って、出会った場所はまた戦場で、私は怒ってて、・・・———ッ、聞こえているんなら返事しろっ!」



睨み合い、迫り合って火花が散った。

ああ、この少女は何を言っているのだろう?



スカイれいか「あんたがダンマリ決め込んでるなんて似合わないのよっ!」



似合うも何もない。

これがただ私の使命で、目の前の少女はそれを解さず、ただ支離滅裂な言葉を繰り返すばかり。



鎧武者の男「・・・・。」



そして、話していながら攻防の流れがお留守になるとは、正直とても理解し難い。

遠慮なく、致命の撃を叩き込ませてもらう。



鎧武者の男「ダァッ!!」



躁状態と化して力が跳ね上がることもあるだろうが、それは概ね一時的なものであり、勝負全体から見れば錯覚の範疇なんだぞ。

持てる能力自体に変化などなく、ならば十全に行使できない状態というのは欠点以外の何物でもない。



スカイれいか―――目の前の少女はまさにそれ。

言わせてもらえれば酷くみっともない。

ここは戦場、私たちは戦士だぞ?

見るに堪えない、まるで私自身を見ているかのようだ。



だからもういい、終われよと、そう思ったときに―――。


あにはからんや、確信していた必勝の拳は空を切った。



そしてスカイれいかは、いま間違いなく九死に一生を得たというのに、まったく頓着していないかの如くどうでもいい台詞を重ねていく。



スカイれいか「戻って来なさいよ、ふじれいか。あんたは確かに図体でかくて要領悪くて、いつも臆病で、そのくせ一人ではいられない『寂しがり』だったけど、そんなふじれいかのいる門番生活も悪くないって、私は思ってたんだからッ・・・!」



どういうことだ?

少女の挙動速度が更に上昇しているだと?



鎧武者の男「。」



レジスタンス側の指し手、ヴィオラ。

なるほど、なかなか有能らしい。

この僅か短時間で、ここでの理を把握している。



しかしそれでも、私たちの指し手には届かない。





『真実』がどれだけ悪辣なものであるのか、少女達は知らないのだから無理もない。



事実、私たち仮面衆は己の属性に縋りついていたがために、残らず『駒』として敵の盤に落とされた者たちだから。

よって今は、その属性に相応しき『駒』として、鎧武者たる本分を果たすのみ。



鎧武者の男「このゲームの勝利条件、そこを狙う。」



瞬間、迫るスカイれいかをして鎧武者は飛んだ。



向かう先は相手の中枢であり頭脳。

戦況を俯瞰し指している『王将』を狙い打てば、そこでこの戦線は崩壊する。



スカイれいか「はああああああああッ!」



だが、横合いより薙がれた一撃に鎧武者は叩き落とされる。

その烈風にも似た速度に応じるべく身を起こすと同時、懐に潜られて―――。



スカイれいか「余所見してんじゃないわよ、馬鹿。ちゃんとこっち見て話せッ!」


鎧武者の男「・・・・。」



考えない。

ただ粛々と、封じ込む。

ああ本当に愚かだ、こんな距離まで近づきやがって、そこは私の間合いだぞ?



至近の距離から無数の連撃を放つ―――同時に、これでは仕留めるまでには至らないだろうと考えていた。

とても躱しきれるものではない拡散攻撃だが、スカイれいかの速度なら痣程度で済むだろう。

故にこれは仕掛けの合図であり、勝負は次の一手となる―――。



スカイれいか「ふ、ざけるなッ・・・!」



だというのに―――事態はまったくの予想外。

彼女はさらに一歩を踏み出し、必中の間合いに到達していた。

成っている駒なのだから当然、しかしこれは。



鎧武者の男「ッ、・・・・。」



懐の内の内までに入られて、思わず鎧武者は息を飲む。

無謀な行動による当然の帰結として、スカイれいかは幾本かの拳をその身に受けてしまっていた。

腕と脇腹にめりこんだ圧力は、決して軽度のものではない。

二の腕の筋肉は間違いなく断裂しているはずで、継戦能力は大きく下がっているだろう。

それを無視してこの常識外れの接近とは―――いったい何を考えている?



スカイれいか「やっぱりあんたはふじれいかよ。そうじゃないなんて言ってようが関係ない。この戦い方が、あいつじゃなくてなんだってのよォッ!」



拳を握りしめ、ゼロに近いこの間合いで『四つの風』を半回転。

鎧武者の測頭部へと、唸りを上げて放たれた。

結果、咄嗟の回避を試みるも、完全に躱し切ることは不可能で―――。



鎧武者の男「————。」



鎧に深く亀裂が走り、次の瞬間には粉々に砕け散った。

攻撃が初めて、まともに届いたのだ。



そしてスカイれいかは、己がパンドラの箱を開けてしまったのだと直感する。



ふじれいか「ああ・・・・。」



スカイれいか「ッ・・・見ない間に随分とやつれたじゃない・・・。」



砕け散った仮面も落ちる。

ここに曝け出されたふじれいかは、相対するスカイれいかを見つめていた。

感情の読めない瞳はだが徐々に、焚火のような熱を放ちながら燃え始めている。



―――その瞳が、言っていた。


―――なぜ暴く、そんなにお前は惨たらしい死を望むのかと。



ふじれいか「なんだ、スカイ。」



と、意味の分からないことを口にした。



ふじれいか「見直したよ。同じ『大正義』として、少し見誤っていた。」


スカイれいか「なに? 『大正義』? 何を言ってるの?」



その風貌は、スカイれいかのよく知るふじれいかと同じもの。

しかし、瞳に浮かぶ色はまったくの異相を浮かべていた。

なぜか共感を伴って見下ろすような視線は、洗脳や人格矯正の類では有り得ない。



別人なのか、だが赤の他人では絶対にない。

そう思考が走りかけたとき―――。



ふじれいか「あの時も言ったじゃないか。私は『』を知った。だからもう、何もかもどうでもいい。」



彼女の疑問を読んだように、ふじれいかはしごくあっさりとそう言った。



ふじれいか「―――『変革巨大神話』」



同時に、ふじれいかは駒の属性を『成り』へと変貌させた。



スカイれいか「ッ―――『四つの風』ッ!!」



既に『成り』を成立させていたスカイれいかも、異能を再発動させる。

だがしかし、先の攻撃による負傷で反応速度が鈍っていた。



スカイれいか「ぐう、ううううっ・・・!」



両手に構えた剛拳の突撃を、こちらも構えた風の壁で押し返す。

しかしそれでは前回と同じ―――ではない。




ふじれいか「―――、発動。」



それは彼が戦法を切り替えた瞬間。

今、巨神は縦横に殺戮を振るう修羅そのものへとなったのだ。



ふじれいか「―――『岱御・神話黙殺』」



不吉に、どこまでも無の心で、ふじれいかはここに覚醒する。



スカイれいか「なっ??!」



そのとき、スカイれいかの目の前に、腕が六本同時に現れた。

数自体はこれまでのものと比べて多くはない。

しかし腕そのものが巨大すぎる。

それぞれ別の軌道を描きながらスカイれいかに向けて襲い掛かる。



スカイれいか「―――――ッ。」



咄嗟に大きく躱す。

ああそれでいいだろう、ただし、これまでならば。

ふじれいかは薄く嗤い、そして次の瞬間―――。



スカイれいか「う、あああああッ!!」



両肩、両腕、そして両膝。

機動性を軸とする『飛車』において最も重要なそこを神拳が容赦なく抉り、まるで噴水のように大量の血が噴き出した。



ふじれいか「ほら、お前は間違いなく実力者だよ。」



一瞬にして満身創痍となったスカイれいかを見下ろし、だがふじれいかはその程度で凌いだことを讃えていた。



スカイれいか「(覚醒異能ッ?! ふじれいかの腕が増えたッ?!)」



衣服の背部を弾き飛ばし、剥き出しとなったふじれいかの背からは、新たに四本の腕が現れていた。



つまり計六本。



そのすべてが圧を放ち、蜘蛛の如くギチギチと蠢いている。

それがただの伊達じゃないことは、スカイれいかの様を見れば瞭然だろう。



―――常人は、たった二本の腕さえ訓練なしでは満足に使えない。



楽器の演奏にしろ、競技用具の取り扱いにしろ、いざとなれば全く思い通りにならない己の四肢に不満を持った経験は誰だってあるはずだ。



それを矯正し、練磨を重ね、思うさま己を操れるようになった者がいわゆる達人と呼ばれる類。

だがそれにしても、人間である限り手足の数は決まっている。



普通ならそう。

だが『夢』は普通の世界じゃない。

望めば腕を三倍に増やす事も可能となる。



そして、六本の腕を同時に操れる技量を持つ者。

それを可能にした資質と鍛錬。



人間に可能な情報処理力を超えているとしか思えない『神』の所業だ。

ふじれいかの覚醒異能は、異常な域で極まっている。



ふじれいか「今までの私と対峙した者は大方、寄ればなんとかなると思い込む。あの少女も同様にな。少々調子を狂わされたが、結果的にこうなった。寄られる前に、そこに対する罠を張るのは至極当然のことだろう?」



スカイれいか「ずいぶん、お喋りになったじゃないの・・・鎧がなくなって、どうしたっていうのかしらね。いいわ、来なさいよ・・・あんたの”覚醒異能”だっけ? それくらいの攻撃、軽く凌いであげるから。」



ふじれいか「―――では、遠慮なく。」



そうして、再び阿修羅との乱舞が始まった。

絶対優位の体勢から、ふじれいかは六連の神拳を続け様に放つ。

そのいずれもが軌道こそ異なっているものの、的確に急所を狙っていた。



スカイれいかは立ち上がって風を纏う。

傷を負い、大量の血を失おうとも未だ集中は途切れていない。

嵐に呑まれながらも致命は避け、反撃の糸口を探っていた。



スカイれいか「(―――ッ、捌き、きれないッ! ”あれ”に触れた物質は消滅するッ!)」



しかし、ふじれいかの攻撃は速度と鋭さ、そして何より奇怪さが天井知らずに跳ね上がっていく。

六つの指向性を持つ拳はその一つ一つが独立した生き物のように、スカイれいかの全身を抉って抉って抉り続ける。



四つの風に対し、六腕の大仏である富士神。

まったく勝負になっていない。



スカイれいか「あ、グゥッ―――。」



肉を裂く手応えが、濡れ湿った轟音と共にスカイれいかの耳へと伝わってくる。



スカイれいか「はぁ・・・は、ぁっ・・・、ッ・・・。」



まるで花瓶の水を零したように、地面に血溜まりが広がっていく。

狙った箇所にはすべて命中しており、もはやスカイれいかは呼吸も乱れて、自らの血に溺死しそうな有り様だ。



ふじれいか「しかし―――。」



なぜまだ、生きている?

スカイれいかは耐久において人並みかそれ以下だ。

回復力で凌いでいるわけじゃないのは一目瞭然。



では、やはりこういうことかと、ふじれいかは確信をもって思った。



いよいよもって、彼女も同類なのだろうと。



ふじれいか「。」



呟くように独りごちて、刺拳を放つ。



ふじれいか「。」



胴を断ち割る横薙ぎが、霧のような赤色を飛ばす。



ふじれいか「。」



過ぎ去った過去を掘り起こすかのように。

なお一層、容赦なく穿ち縫いていく。



ふじれいか「記憶喪失だった少女との模擬戦だ。スカイ、覚えているか?」



スカイれいか「・・・っ、何、よッ?」



ふじれいか「そんなに血を流して、まるで模擬戦時の少女と同じだ。かつて少女も、あの試合で同等の裂傷を与えられていた。スカイ、お前の手によってだ。お前は無感情のまま、ひたすら敵を傷つけ殺していく。」





すなわち、決して覚悟や精神力の話ではない。



スカイれいかは




「私と同じ、壊れている人間だ。お前の友達は修行や現実逃避で戦を虚構にすり替えていたようだが、お前は違う。スカイ、お前は最初からの人でなし―――」



スカイれいか「ごちゃごちゃごちゃごちゃ―――やっかましいのよォッ!」



皆まで言わせず、スカイれいかは吼えた。

同時に放った風刃の一閃で、ふじれいかを間合いの外まで吹き飛ばす。



ふじれいか「スカイれいかの『真実』はそういうことだろ? どう森みたいな平和的ゲームよりも、ブラッドボーンのような残虐ゲームの方が楽しいんだろ? 人を傷つけるゲームを好むんだろ? 穏健派のママが聞いて呆れる。まぁ、現実世界の失われし記憶を持たない妄想体に言ったところで、俺の言葉は伝わらないとは思うがな。」



言われた言葉の意味も、ハナから耳に入っていないし興味もない。

ただ勝ってこの場を終わらせるため、全霊を振り絞るのみと決めている。



スカイれいか「・・・ふじれいか。いいから、とっとと掛かってきなさい。私は何度だって立ち上がる。あんたの拳なんか、全然効いていないんだから。」



スカイれいかの瞳は、あくまでふじれいかの姿を見据えている。

そして再び、両者は激突を始めるのだった―――。











―――盤上空間左辺



どりゃれいか「あの二人、異能を復活させているね。せめてその条件が判明できたら良かったんだけど。」



探り合いから始まった彼らの一騎打ちは、ここに凄絶の色を帯びてくる。

『大駒』を担った両者は出力においてなら互角のはずで、現状はスカイれいかが不利に見えるも、先程までのペースを取り戻せばまだ分からない。



あの二人はどこか雰囲気が似通っている。

それは能力や特質のみならず、おそらくもっと根底のところで。



鎧が砕けてからのふじれいかは、徐々に地金とも言うべきものが見え始めていた。

同時に、苛立ちめいたものも言動から感じさせる。



そう、あたかも今まで、本人の思念を鎧に塞がれていたかのような・・・。



スカイれいか「どうしたのよ、拳が鈍ってきてるじゃないのッ。そんなものじゃ私には届かない―――遠慮してる暇があるんなら、もっと本気を晒してみなさい!」



ふじれいか「よく吠える。自分の得意分野が見つかって嬉しいのかスカイ?」



スカイれいか「だからあんたは何を言ってるのよッ!!」



大音声と共に、両者は何度目かの激突を繰り返す。

心配をしたが、傷の多さに比べてスカイれいかはまだまだ保ちそうだった。



どりゃれいか「(あのふじれいかという人は、異世界の真実を知ったのか。だからこそ、覚醒異能までも発現できている。対するスカイれいかさんの方は第一段階、力の差は歴然だけど、それでも流石の火事場力と言えるね。)」



あの競り合いはしばらく続いていくかもしれない。

あの気魄があれば、押されはしても早々やられはしないだろう。



どりゃれいか「———なら僕も、僕自身の敵に集中するべきだね。」



夜叉面の女「・・・・。」



目の前に立ちはだかる赤刃の使い手。

その構えには一切の隙がなく、こうして向かい合っているだけでも圧倒される。

まるで血に飢えた妖刀、そしてかつての恩人。



どりゃれいか「僕と一対一になったのは、お姉さんのご指名なのかな? こちらとしては都合が良いね。思ってもみなかったでしょ? 僕がここに立っていること自体がさ。」



夜叉面の女「————。」



夜叉は先程までと違い、黙して語らない。

しかし、沈黙をもって同意を示しているのが伝わってくる。



どりゃれいか「一度限りだよお姉さん。この場においては僕も自重する。お姉さん、あなたは恩人だから殺さない。救って見せるからね。」



そう告げ、彼は体内の覇気を最大域へと練り上げてから、己のを握り込む。



どりゃれいか「異能が使えない今、僕もスカイさんと同じように『成る』しか道はない。だけど僕には、僕だけにはこの武器がある―――。」













―――ふわっと小学校 校長室


~ヴィオラ視点~



hmm「ふーむ。ようやく成りましたか。遅いですね随分と。それでも自称ゲーマーなのですか?」


対局開始から、おそらく二時間が経過しようとしていた。



―――△4七、飛鷲。



ぱちり、と乾いた音を鳴らしてその一手を指す。



盤面の状況は、各種の駒が出鱈目とも言える密度で入り乱れている。

僅かの集中を解くことの許されない流れだった。



すべての手持ちを保つことは不可能で、恐ろしいのはやはり失った仲間が誰かというのがこちらかは分からない点。



誰との会話もできない、ただhmmと二人きりというこの状況が、私の中でネガティブな考えを増幅させる。

余計な事に思考のリソースを裂いている余裕なんてないというのに。



ヴィオラ「(みんな、誰が死んでしまったんだッ・・・?)」



緊張のあまり、さっきからずっと喉が渇く。

ただ黙したまま、拳を握りしめて不安に耐えた。

弱みを見せてはいけない、付け込まれたらそこで終わりなのだから。



そんな私にhmmは視線を向けながら、さして面白くもなさそうに口元を歪めた。



hmm「傑作ですね。びびっているとは片腹痛い。まあいいでしょう。感情に振り回されるのは女の可愛い特権です故。さぞかし男受けもよさそうですね。それを思い出させてあげたのですから。感謝の一つでもしてほしいところですがね。」



ヴィオラ「———男が無粋っていうのも、ロクなことないよ。」



言われてばかりじゃ馬鹿馬鹿しい。

私は精一杯皮肉っぽい顔を作って、鼻で笑うように返してやった。



ヴィオラ「私だったら、ノーサンキューだね。お引き取り願っちゃうよ。」



hmm「ほぉ、これはまた言いますね。」



そんなこちらの挑発に、彼は一瞬目を丸くしたあと、亀裂が入るように笑みを深めた。

その表情は、まさに凶相というべきもので―――。



hmm「いいですねぇ。なかなかどうして大した度胸だ。」



この状況下で威圧を受けつつも、私はべっと舌を出す。

それは単なる強がりでブラフの一種―――肝の太い女だと思わせておいて損などないのだから。



しかし実際、折れそうな心をどうにか繋ぎ合わせていることなんて、彼も見抜いているはずだ。

それでもすんなり曝してやらない。



ヴィオラ「(みんな・・・みんなッ。)」



私は本当のところ、仲間内で一番弱く脆いのだ。



正直ここにいる資格もあるのかどうか分からない。

大見得をきって修行監督なんてやってみたけど、自信は本当、全然なくて。



それでも。


少女ちゃんが私に修行を頼んできた時、師匠と呼ばれた時―――嬉しかったのだ。



だから、泣き言を漏らすな。

そんな贅沢、この状況では許されない。

決して負けられないんだ。



自分のことを強く叱咤し、私はこの対局中に立てた一つの仮説に意識を持っていく。

勝負は変則的であるものの、その大枠は将棋である。



そして将棋には『成り』というものが存在する。



敵陣に深く侵入することによって、各駒の役割が変わるというルール。

つまり、現代風に言えば覚醒というシステムだ。



ヴィオラ「(成っている駒は飛車のみ。だけど、同じく成られている角行に睨まれて動けない状況。それをカバーする為に、付近の駒を成らせていく。)



迷っている暇はない。

だがそんな私を気にもせず、変わらずhmmは笑っている。

何か、また新しい玩具でも見付けたかのように。



hmm「ふーむ。どうやらこっちでも始まった様子。お決まりの決闘ごっこですか。武人でもない彼らが笑わせてくれますね。私は博徒ですから、そういう気持ちは全く分からないのですが。」



彼はそうつぶやく。

己はそういうものだと言い切る彼は清々していて。



ヴィオラ「(え・・・?)」



だけどそのとき、一瞬だけ、hmmの目に広がった暗い空洞が、私はとても気になった。



錯覚かもしれない。



でも何か―――をしているんじゃないだろうか。



そんな不安が、胸にじくじくと広がっていくのを感じたんだ―――。












―――盤上空間左辺





眼前にある人間の息の根を、自らの手で止めてしまいたい。



そう、『殺人欲求』こそが私の原初の衝動であり、それを叶えるために自傷すらも行ってきた。

血をすすりたい、心臓を食い破りたい、その気持ちを封じてきて、もうどのくらいになるのだろう。



殺人に焦がれる根源的な理由は特にない。

子供の頃、虫を殺せば高揚したでしょう?

それと同じ。



この手で生命を潰すこと。

未来の可能性を奪うこと。

それが快感なのだから。



決して珍しいものではなく、それこそすべての人間が当たり前に持ち得る感情。



だから、私はそれをずっと胸の奥に秘めていた。

如何なる時を過ごしていても、たとえ誰を前にしても。



夜叉面の女「ああ堪らない。はやく殺らせて―――。」



肉を裂き、骨を砕き、悲鳴を聞き、命乞いを蹴りたい。

誰であろうが興味はないが、相手が強ければそちらが良い。

達成の快感は困難に比例して跳ね上がるから。



そして―――この少年は合格だ、実にいい。



嵐の如き迅さの刃を叩き込む―――捌かれる。



こちらの攻撃から隙を利し、返しの撃が襲い来る―――私もそれを捌く。



どりゃれいか「どりゃあああッ!!」



叩き付けられるような気魄。

若くして練達の格闘術。

強い、強いじゃないのこの子―――もっと本気を見せてみろッ!



夜叉面の女「ォォォォオオッ!!」



極上の殺人となり得る可能性に、興奮が止まらない。

この手で命を奪い、その屍をなお屠る・・・ああ、想像するだけで素晴らしい。

殴る、極める、折る、抉る。



殺すために、私は技を磨いてきたのだ。



これまでの人生、青春、すべてを懸けて。



―――それが私、が思い描くただ一つの『夢』である。



どりゃれいか「ふざけないでよ、お姉さん。」



この少年は何か言っている。

どうしたのいったい、戦闘中に。



どりゃれいか「ようやく分かってきたよ、お姉さん。あなたの『真実』を。」



そんな御託はどうでもいいから、もっと私を愉しませてよ。



どりゃれいか「お姉さんの戦いの根底にあるもの、それは快楽主義。―――くだらないね。ただ殺したい。尖ったその感情だけが伝わってくるよ。」



うるさい黙れ。

聞く耳持たない、もう少しで殺せるんだ。

さあ見せてよッ、醜く無様に死んで血塗れに!



どりゃれいか「それほどの使い手が、なんで己の気持ちを律することができないんだろうね。」



そんなものは興醒めだ、これ以上よせよ鬱陶しい。



夜叉面の女「ォォオオオッ!!」



応戦し、相手も構える。

絶体絶命の状況で、しかし少年は澄み渡る水のような目をしていた。

ああ、相容れないとでも言うつもりなの苛立たしい。



止めの一撃を叩き込まんと、私が猛然と襲い掛かったその時に―――。



どりゃれいか「何でお姉さんはッ、ッ!!」



相手の力が跳ね上がる。

渦巻く覇気が、少年の身体に行き渡るのがここからでも見て取れる。

潜ませていたというの?

そんな様子など、どこにもなかったはずなのに―――。



夜叉面の女「―――ッ。」



息を飲む。

歯噛みをする。

そして、反撃をする間もなく懐に入られて。



どりゃれいか「どりゃああああああああああぁぁあああああああッッ!!!」



深く顔を覆っていた私の夜叉面を、少年の猛撃で熱く鋭く弾かれる。



渾身と言える武装での一撃に、面の一部が砕け、剥がれ落ちた―――!



悲哀れいか「・・・・・。」



どりゃれいか「・・・やっぱりお姉さんだったね。」



露になったその目に浮かぶのは憤怒か、それとも屈辱か。

悲哀れいかはどりゃれいかを睨み、震える唇で声を漏らした。



悲哀れいか「う、ぅぅ・・・。」



自我を封じる役割を持つ鎧や鬼面。

それらは間違いなく、誰かの異能によるもの。

つまり破壊さえすれば、元の性格に戻るということ。



どりゃれいか「(どうだ・・・?)」



だがしかし。

彼女もまた、ふじれいかと同様に。



全てが手遅れなのだ。

その鬼面は、自我を封じていたわけではなく―――。



悲哀れいか「降れよ悲熱―――『鮮血涙雨ブラッディーレイニー』!」



異能発動―――。



一転、怒涛の結界展開にどりゃれいかは気を引き締め直す。

如何にこちらが優位に立っても、相手が『成り』を成立させてしまえば関係ない。



悲哀れいか「ああァあぁあっぁぁあぁぁあッ!!」



獣の目で少年を追い求める悲哀れいか、この獣性こそが彼女の本性か。



どりゃれいか「届かせないッ!」


悲哀れいか「オアアアアアアッ!!」



相手の間合いを完全に読んだ、渾身のカウンターが炸裂する。

だが脇腹に武装が深々突き刺さっているにも関わらず、悲哀れいかは未だ衰えることがない。



その濁った目はもはや狂乱めいており、正気などとはほど遠い。



悲哀れいか「いいねぇ、小僧ォォォッ。もっとやれよ、殺してみせろッ! そんなもので終わってどうするッ!」



これはきっと、常日頃より蓄積させている感情なのだろう。

それがただただ―――。



どりゃれいか「恐ろしいね。憐れみすら覚えるよお姉さん。」



なんだこの女は、ではなく、なんだこの集団は、である。



衝動のみを追い求め、挙句にネット弁慶と化し、手酷く歪んで壊れてしまっている。



『れいか』とは―――こんな化け物を生み落としてしまうのか。



どりゃれいか「(ふじれいかと同じように、お姉さんの方も面を破壊すれば自我が戻る。そう考えたのは甘かったか。もはやお姉さんに、僕の声は届かない。あそこまで『夢』を否定され、『真実』が浮き彫りになってしまったら―――もう命のやり取りをせざるを得ないッ。)」



世界の全てを知っているかのような思考体勢のどりゃれいか。

それに対し膨れ上がる強さの気配と、間を置かず襲い来る数億の雨刃。

迎撃態勢に入るも、防御が間に合わず。



どりゃれいか「(僕が本気を出すのは簡単だけど、そうなればレジスタンスを去ることになる。せっかく無害な少年として潜り込めたのにさ。)」



この緊急事態を乗り切るには、自らの正体を明かすことと同義となるわけで。

すなわち、本来の力の解放である。



どりゃれいか「(ここらが潮時かな・・・僕も本性を見せ―――。)」



スカイれいか「伏せなさいッ!!」



どりゃれいかが決断する刹那。

迫り来る赤雨に対し、間を置かずにぶつかるのは風災の壁。



―――致命の攻撃を防いでくれたのはスカイれいかであった。



風の走る鮮やかな軌跡を宙空に残して、どりゃれいかの前へと躍り出る。



スカイれいか「気を付けなさいどりゃれいか! さっきから狙ってきてるわ!」



No.7いちご「ヒュウゥウ!! バラしてんじゃねぇぞ風野郎ッ!!」



その言葉に炙りだされるようにして。

闇の中から浮かび上がってきたのは―――いちごだった。

好奇心の塊に覆われた佇まいで、僕たちをただ冷徹に見下ろしている。



だが、次の瞬間。



No.7いちご「―――『独尊実現ユーモアオネスト』!!」



ふじれいかと悲哀れいかに続き、この男もまた『成り』を獲得する。

それに身構える僕たちだったが、しかし具体的に何かが起こった気配はまったくない。



スカイれいか「(不発?!)」



どりゃれいか「(ブラフか!?)」



いずれにせよ確かなのは、このとき拍子を外されたという事実に他ならず―――。



No.7いちご「ひゃはははーーーッ!!」



その隙を衝いて迫り来る連携に、手もなく弾き飛ばされていく。



悲哀れいか「血を見せろォォオオッ!!」



まずは拳打、続いて赤雨の刃―――対して空を切り裂くような風壁、と同時に連携。



どりゃれいか「ははっ、タイマンじゃなかったのかな。でも助かったよ。流石の見切りだねスカイさん。」



豪雨を『四つの風』によって強引に消し飛ばす。

壊れているから何だというのか―――この人は真実、頼れるよ。



どりゃれいか「(・・・まだ僕が物語に参加しなくても大丈夫なのかな。)」



少なくとも己の出番はここではないと、どりゃれいかは安堵する。



―――相応しき場面はきっとくる。


―――その時が訪れるまで、今は自由を楽しもう。



スカイれいか「どりゃれいか! 私の風を一つ貸すわッ! それで悲哀の雨も防げるはずよッ! それと姫れいかッ!」



姫れいか「はい、ここにいますっ!」



遅れて来た姫れいかと合流する。

背中合わせのフォーメーションを組み、背後からの襲撃可能性をまずは消そうとした矢先、そこに。



姫れいか「んっ、ぐッ!?」



無拍子にも近い襲撃が姫れいかを襲い、すんでのところで彼女は身体を反転させて躱す。



No.7いちご「ちっ、当たらなかったかよ。」



スカイれいか「なっ?!」





いや、今のが予測などというものか?

あまりに対処が早すぎる。



悲哀れいか「ふほほほ、いいなぁ・・・もっとやらせろ、命を寄越せェェッ!!」



どりゃれいか「グ、ウッ!!」



悲哀れいかの蹴りをまともに喰らい吹き飛ばされる。

これまで一度も使用してこなかった足技に対し、僅かだが反応が遅れたのだ。

激しい痛みが走り、骨がいかれてしまったことを告げている。



どりゃれいか「(あのいちごという人は動きからしておそらく『桂馬』、そして異能が発動したことは僕の目から見ても明らかだった。だけど解せない。何かが起きた気配を全く感じないなんて。いちごだけじゃない。お姉さんの方は今、無差別殺人鬼と呼べる何かに変貌している。だったら何故、? 面が割れた今、お姉さんは暴走状態に等しい筈なのに何故―――?)」



吹き飛ばされつつ、流れる血を拭いながら思考を止めないどりゃれいか。

その様子を、高揚した表情で悲哀れいかが追いかけていく。



姫れいか「どりゃれいかさんっ!」



スカイれいか「あっちも相当ヤバい状況ッ、どうやら『成り』をしているのは私だけ・・・意識を張り巡らせるッ―――!」



そしてまた、六腕の富士神へと跳んでいくスカイれいか。

状況が状況なだけに、敵を一人でも自由にさせると、それはチームの崩壊を意味する。



No.7いちご「はっ、まだ生きてんのか姫れいかァ! よぉオイっ!」



スカイれいかとふじれいかは依然として、終わりなき打ち合いを演じている。

この盤面で、最も厳しい立ち回りを強いてしまったのかもしれない。



姫れいか「(だけどっ、あと少しだけ任せたよっ。こっちが終わり次第すぐに向かうからっ。)」



異能を取り戻すには、将棋で言う『成り』を獲得するしかない。

それが分からないほど、姫れいかは決して馬鹿ではなかった。



姫れいか「今のが、いちごちゃんが手に入れた異能なの?」



No.7いちご「ああそうさ! これが俺の『独尊実現ユーモアオネスト』だッ! 戦闘向きの異能じゃなくて安心したか姫れいかァ?! この力の前には、あの開園野郎ですら退けることができたッ! 正真正銘、無敵の能力よォ!」



口が軽いのは相変わらずだが、しかし、それを帳消しにできるほどの力がこの男にはあるのだ。



「———相変わらず元気な口ぶり、いや、子供っぽいのだ・。・」



姫れいか「少女ちゃんっ!」



そこに現れるは、『金将』の駒を請け負った少女。

Kentとの衝突を受けきった彼女は、一旦ではあるが盤面の後方へと登場する。



No.7いちご「・・・はっ、ロリも来たかよ。ちょうどいいなぁおい―――。」










~少女視点~



対峙するは、姫れいかさんといちご。

その間に入り込むように、私は『駒』の動きと連動して登場した。



「いちごちゃん、答えろなの・。・ 仲間同士で争うのは間違えてるのだ・。・! 私たちはU2部隊に囚われたいちごちゃん達を助けるために、この場所へと死にもの狂いで攻め込んだなの・。・! それなのにいちごちゃんは―――。」



No.7いちご「あーあーあーッ!! もういいぜそのくだりはッ!! 姫れいかにも言ったけどよォ、俺、自分の意思でU2部隊のNo.7になったんで! そこんとこよろしくなッ!!」



「・。・!?」



衝撃の発言、思わず姫れいかさんの様子を覗く。

彼女はいちごちゃんから目を逸らさず、悲しそうな顔で目に涙をためていた。

おそらく、何度も何度も叩き付けられた言葉なのだろう。



姫れいか「・・・いちごちゃんが言っているのは本当ですっ。レジスタンス壊滅時に、いちごちゃんが北上双葉さんの後をついていく姿、私はそれを目の前で見てましたからっ・・・! 私が瓦礫に潰されて何も出来ない中、いちごちゃんは目の前でっ、うううっ。」



No.7いちご「・・・なんだよ。あの時見られてたってか? ちっ・・・。」



「姫れいかさん―――。」



それは初めて聞く話であり、姫れいかさんが隠していた情報。

以前から彼女の様子がおかしいとは思っていたが、まさかそんな真実を一人で抱えていたなんて。



姫れいか「誰にも言わなかったのは謝りますっ。けれどっ、私はいちごちゃんに『裏切り者』の烙印を押したくなかったっ! いちごちゃんは大切な『仲間』なんだからっ! 戻る場所が必要だと思ったからっ! いざとなったらっ、私の命を懸けてでも助けたいと思ったっ!」



No.7いちご「・・・・。」



姫れいかの立ち振る舞いに何かを感じ取ったのか、いちごは珍しく静止する。

その態度を見逃さなかった姫れいかは、彼に一番聞きたかったことをぶちまけた。



姫れいか「振り向いてほしかったっ! けど振り向いてくれなかったっ! 私は息をして、手を伸ばしていたのにっ! ただ、いちごちゃんも知った人の死に顔は極力見たくないっていう、そういう気持ちもあったのかもしれないっ。だけど―――違うんでしょっ? 分かってるっ、いちごちゃんはこう思った。姫れいかなら、ってっ!」



緊張が走る。

噛み締めた歯の軋みが聞こえる。



姫れいか「そんな風に見られる私自身が、私は一番許せないんだよっ!!」



戦場で敵の生死を確かめないことは、誰であろうと愚かな行為。



つまりいちごは、



その苦しみは途方もなかっただろう。

仲間に役立たずと見られる以上の絶望はないのだから。



姫れいか「答えてよいちごちゃんっ! 私はそんなに頼りないのっ? すぐ死にそうな、雑魚だと思っているのっ!?」



己はやれる。

舐めないでくれ。

そして何より自分自身に知らしめたいと強く願う。



そう祈り、放たれた言葉に対し、いちごはあろうことか―――。



No.7いちご「。」



姫れいか「―――。」



極悪の笑顔を以てして、その問いに答えていた。



No.7いちご「お前なら、こういうこともあるだろう、か。はっ、なるほど。白状するぜ、確かに思った。だって弱いじゃん。すぐ死にそうだから死んでいても疑わなかった、それのどこがおかしいんだ?」



それは彼女を深く傷つける事実だったが、いちごは悪びれずに言葉を紡いでいく。



No.7いちご「つーかよ、さっきから黙って聞いてりゃあ仲間仲間って、気色わりぃんだよ。俺はお前らのことを仲間だとは思ってねぇよ。最初は女だらけのハーレム作って、最高の異世界生活を楽しむつもりだったのによぉ。」



「――――ッ、~~~―――ッッ・。・!!」



もはや挑発ですらない平板なその口調に、私の中の『闇』が弾けそうになる。

それは根本的な怒りであり、この上ない激怒の感情。



姫れいかさんも、分かっているはずなんだそんなことは!

いつも自信が無さそうな態度で度胸もなく、身体もたいして強くない。



だけど今の姫れいかさんを見てッ、よくも抜かしやがったッ、黙れよこの―――!



「―――。」


姫れいか「———っ。」



と、



ぶん殴ってでもその口を閉ざしに行きたいのだが、駒を動かす指し手の助力が無ければ動くことも出来ない。



―――。



No.7いちご「俺はずっと言い続けていたぜ? この世界はイカれてて嘘っぱちだッ! どいつもこいつも性別を偽った姿しやがってッ! ふぁっきゅーれいかに姫れいかッ、『真実』はどっちもハゲたおっさんだろうがッ! なのに、この世界じゃあ皆がイケメンと美少女の嵐ッ! 吐き気がするんだよッ! お前ら『れいか』は底辺ブサイク集団だったろうがッ! 俺はずっとッ最初から言い続けていたッ、言い続けていたんだッ!!」



「それは―――。」



れいか生主の、本当の性別。

この異世界に足を踏み入れた者は、『枷』によって、現実とは異なる身体を与えられる。

無論、それはU2部隊だろうと妄想体だろうと、外からやって来たキリトだろうと例外はない。



だがしかし、妄想体だけはその変化を認識できない。

『枷』によって、己をれいか生主だと思い込んでいるからだ。

彼らはこれが自分達の姿だと信じて疑わない、疑うことが出来ない。

所詮、彼らは現実世界で死亡し、れいか生主へと転生した身に過ぎないのだから。



そしてこれらは、私の片割れである躁霊から得た情報だ。

妄想体は己の性別に疑問を持たないように造られていた、という結論。



つまり裏を返せば、れいか生主の性別に疑問を持つ人物は『本物の人間』という証明にもなる。



つまりつまり、それもまた―――。



「いちごちゃんは―――私が生み出した妄想体じゃなくて、U2部隊と同じ本物の人間だったなの・。・?!」



U2部隊側の人間として、フリーの躁霊に召喚されていた可能性。

『本物の人間』なら、U2部隊かキリトと同じ外から来たかの二択しかないのだ。

そして実際、彼はU2部隊の一員となっている。



いちご「こうも言い続けてるぜ。『俺はれいかじゃない』ってよおォッ!!」



姫れいか「・・・そんなっ。」



私と同じ答えに至ったであろう姫れいかさんも、思い当たるフシがあるのだろう。

言われてみれば、という朧げな記憶だったが間違いない。

例えばそう、ゆうれいかが営業していた鍛冶屋での出来事だ。



いちご『おっ。いつぞやの格闘娘! それとこっちは・・・ウヒョおおおおおお!!!!! いい女じゃねぇか! おいお前! 女だよな!? こんな美少女が男なわけないよな!?』



いちご『はっ! マウント取らなきゃやってらんねーよ!? 俺は・。・じゃないんだからな! こんな待遇、反吐が出るぜ! 俺は暇じゃねぇんだ!』



いちご『お、俺はいちごって名前だ。・。・でもないのに、この世界に召喚された被害者さ。もう一度言う、俺は決して・。・じゃない。よろしく頼むぜ。』



ふぁ『ふぅ。いちご。いい加減認めなさいよ。あなたは・。・よ。現実世界でのことを忘れたの?』



いちご『違うだろうが! 俺はたかだか数回、・。・の顔文字を配信で使ってただけさ! それ以上もそれ以下でもねぇ! 俺は断じて・。・じゃねぇっ!!』



いちご『おい! 俺を置いて話を進めるな! 女! まだ俺の質問に答えてねぇぞ? お前の本当の性別はどっちかって聞いてんだ!!』



彼は本当に、最初の最初から切実に、この異世界に対して疑問を投げかけていたのだ。

自分一人だけが別空間に迷い込むその恐怖もまた、常人には理解できない苦しみであろう。



―――しかも今にして思えば、何から何まで滅茶苦茶な会話だ。



中でも最たるものが、この場に『本物の人間』が二人も居たという事実。

いちごとふぁっきゅーれいか。

現実世界の失われし記憶を、さも当然のように彼らは語っているが、それは妄想体の原理としてはありえないのだ。



・・・私がふぁっきゅーちゃんの洗脳状態にあったとはいえ、ここまで大胆に曝け出されていたことも同時に腹立たしい。

あの時は何も疑問点を持たなかった会話劇も、蓋を開けてみればなんとやらだ。



もちろん、いちごの意味深発言は鍛冶屋だけに留まらない。

後は何だろう、闘技場での模擬戦大会か、そこでふじれいかさんと戦った時だ。



私は、巨神化したふじれいかさんの股間を滅多打ちにするという、男性なら誰もが目を瞑る戦法にて勝利を収めた。

確かその時に―――あれ?



何故だろう、



流石に一言一句を覚えているほど、私の頭は超人染みてはいない。

だけど何か見落としているような―――いちごの他にも、性別の件で怪しい発言をしていたような?

あの模擬戦にはまだとんでもない謎が秘められていそうで、閃けない自分がもどかしい。



姫れいか「じゃ、じゃあなんでいちごちゃんはっ、レジスタンス側にいたのっ!? U2部隊側の人間なら、レジスタンスじゃなくてふわっと小学校に召喚されるはずっ。もしやスパイとして・・・けど、機械兵には襲われていた―――。」



No.7いちご「くっくっくっ・・・。」



姫れいかさんの問いに対し、いちごは低く笑うだけ。

至極真っ当な疑問だったはずだが、それにしても一体何故?



No.7いちご「総ては、。」



そしてまたもや、意味不明な言葉を口にした。



No.7いちご「くっくっ、あぁーーははハははッッ!! なーーんにも分かってねぇようなそのツラ! 最高だぜッ! 俺はもう、お前らとは違うッ! 俺は異世界の『真実』を知っている側の人間ッ、真の強者になったッ! 異能もッ、覚醒異能として進化中だッ! もう誰も俺に逆らえないッ、そんな世界を目指してやるんだッ、この『独尊実現ユーモアオネスト』で俺は転生世界の王になるッ!!」



また―――『真実』か。

『覚醒異能』といい、さっきから要領を得ない言葉ばっかりだ。



「いちごちゃんの言う『異世界の真実』ってのはそんなに重要なの・。・? 私たちも真実を知ったのだ・。・ 周りが妄想体で、世界が偽物だから何なのだ・。・? 私はそんなの―――」



No.7いちご「馬鹿かロリ、。それじゃあ真実を全て知ったとは言えないぜぇぇえ??!」



待ってましたと言わんばかりの武装理論で、いちごは早口でまくし立ててくる。



No.7いちご「まぁ当然か。お前らの壊れちまった脳みそじゃあ、何年たっても『真実』に達することは無理な話だなぁ。なんせ”あの”れいか生主だからなぁ~~、色々と壊れちまってる存在だからなぁ~~ッ!」



「私たちのどこが壊れているというのだッ!・。・!」



たまったものではない。

その言葉はこれまで以上に、仲間を侮辱されたのと同義だ。



No.7いちご「壊れてんだろうが。あっちのふじやスカイ、そこの姫れいかだってそう。俺との繋がりは精々、特殊保護部隊として俺を監視すること。それもたった数日間ぽっちの話。たったそれだけの繋がりなのに仲間仲間って、どこか厚かましくて、馴れ馴れしくて、おかしいとは思わなかったのかよ? 夢に酔いすぎだぜ、ふざけた話さ!」



姫れいか「なに、を・・・。」



No.7いちご「仲間って単語は意味ねぇんだよ。俺はFF14で、それを思い知った。俺に仲間はいらねぇってなぁ。教えてやるよ夢の奴隷どもがッ。大好きな奴、大嫌いな奴、そういうのに関係なく―――!」



「・。・!」



No.7いちご「例えば俺が結婚したとするッ、毎晩ヤリまくって、ずっと一緒にいたとしても、どっちかの寿命が来たら必ず離れ離れになるんだよッ! 事故とか気持ちが離れるとかで別れる可能性だってあるッ! 、俺は怖いんだよッ、気持ち悪いんだッ!! 当たり前のように仲間仲間ってにじり寄ってくるッ!!」



―――反論ができなかった。



いちごという人物は、心に強い劣等感を抱えており、それ故に虚栄心が強い。

放たれる言葉はいつも重みが無く、どこかで借りてきたようなペラペラの安っぽい台詞ばかりなのは私達も流石に分かってはいる。



だがしかし―――正論が綺麗であるだけに何も言い返せないのだ。

言葉の内容は、出会いの果てに生まれる別れが”痛い”という意思の元、だったら仲間など最初から必要ないという主張。

そして、その痛みを一切無視した私達に対する畏怖。



No.7いちご「れいか生主ってのは、大概どこかの集まりに湧いてきてッ、いつまでもいつまでもみっともなく傷を舐め合っているッ! 『寂しがり』もここまでくると病気だぜッ!? お前ら死ぬまでパソコンの前でカタカタすんのかよッ!!」




―――寂しがり、寂しがり、寂しがり・・・。





『世界への無関心』、『男と女』に続く、三つ目の因子点。


『寂しがり』

このキーワードもまた、





「ッ・。・??」



己の身体に、急激な悪寒が走る。



たった今、―――いや、そんなあやふやな気配は二の次だ。



私は今、過去最高に滾っている。

人との別れは避けられない、それは自明の理だ。



それでも、、笑うんじゃあないのかッ!?



みんなで一緒に笑うことで、別れの不安を吹き飛ばせるんだよ。

みんなで笑えば、一人じゃないと実感できる。

また会えるかもしれないって、次の再会が楽しみになる。



―――そうやって強がりを言い合って、『また会おうね』って約束して、それぞれの道を歩いていくんだよ。



みんながそうなんだと、私は信じたいッ!

この気持ちを『寂しがり』の一言で済ませてたまるかッ!



「要は甘ったれてるガキの理屈なのだ・。・ そのFF14の仲間とやらに、とびきりの笑顔でお別れできなかったいちごちゃんの性格の方に、問題があったのだと簡単に予想できるなの・。・!」



No.7いちご「―――ッッツ!! んだテメェこの糞ロリがああぁああッツ!! あの時は俺の方からッ、丁寧な言葉づかいで俺の方から論破させてやったんだッ!! そうだ俺の方から喧嘩を制裁してやったんだッ!! 俺は何も悪いこと言ってねぇぇええええんだからよぉおおッ!! はい論破ああぁああッ!!」



「経験が少ないから、最後はそうやって感情を爆発させるしかないなのね・。・ いい勉強をしたと思って、さっさと降伏するなの・。・ どこかで仕入れてきた借り物の言葉で虚勢を張るだけのお子ちゃまの相手をする程、大人は暇じゃないのだ・。・」



No.7いちご「―――グッ、~~~―――ッッ??!?!?!」



顔を真っ赤に染め上げ、怒りを露にするいちご。

しかし、それは一瞬の出来事。

口の回るこの男は、そのマシンガントークを決して途切れさせない。



No.7いちご「だがッ、俺は『真実』を知っているッ! その圧倒的優位さは揺るがないんだよ馬鹿共がッ! ついでにその『真実』を、強者から底辺情弱者に施してやるぜぇッ!? 数多の『真実』の中から最もエグいやつさッ! 異能の発現方法は知ってるよな? それは修羅場を経験することが一番の近道ッ! ロリが異能に目覚めたのも、あの模擬戦があったからだッ! レジスタンスリーダーが模擬戦大会を開催したのにはそういう意図もあったッ。手っ取り早く異能を発現させるには、戦闘という手段はいい手だからなァ! でもその異能はなぁ~~、―――。」



No.11Kent「―――よせよいちご。やれやれ、これだから新入りはお喋りでいけねぇや。そっち方面はトップシークレットって言っただろうが。おいそれと口に出したら、俺たちのボスに殺されちまうぜ?」



「・。・!? kent・。・!」



No.7いちご「はっ、そうならねぇようにお前が止めてくれたんだろうが。俺の都合の良いようになァ!」



敵の『金将』であるkentが、ここまで深く入り込んできた意味は一つしか無い。

とにもかくにも、決して奴に『成り』を成立させてはならない。



通常、将棋には金将の成駒は存在しない。

しかしここは『夢』の空間、楽観視はできない。



おそらく、Kentが異能を取り戻したその瞬間―――こちらの王将は死ぬ。

Kentの異能は万能性に優れている、故にこの盤面がどう変化するのか想像に容易いからだ。



No.11Kent「って、考えてんだろ? 駄目だぜそれじゃあ。あいつのヤバさをまだ分かってないようだなお嬢ちゃん。」



「えっ・。・?」



No.7いちご「じゃあな馬鹿共! お前ら風に言えばまた会おうぜってかァ?w ぎゃははっはッ!!」



言葉の勢いのまま、いちごは後方へと跳んでいく。

成りを獲得していた『桂馬』は、確かに後進することも可能だった筈だ。



姫れいか「あっ、いちごちゃんっ、逃がし、ませんっ!」



それと同時に、姫れいかさんも跳躍し、いちごの後を追う。

指し手であるヴィオラさんが、そういう風に駒を動かしているのだろう。

つまりはまた、一対一のタイマンに戻ったということだが―――。



結局、



盤面が劇的に変化したわけでもなし。

いたって普通、得体のしれない圧はあるものの、それはレジスタンス滞在時にも感じたものだ。



まてよ?



レジスタンスにいた頃の彼は、何か他にも奇妙な発言をしていた気がする。

そうだ、あれは会議の後の―――。



いちご『また会うとはな。へへっ、??』



いちご『分かっちまったんだよ。。お前らのやる事成す事が、後々の俺様に利益として帰ってくる・・・!』



いちご『あー?難しく考えなくていいぜぇ? 。あひゃひゃひゃ。』



「まさか―――。」



思い出すのと同時だった。

何かとても、とてつもなく嫌な予感がした。

その漠然とした不気味さから、衝動的に姫れいかさんの方へと振り向く。



そして次の瞬間に起きたことは―――。



姫れいか「がッ、は・・・。」



No.7いちご「俺が雑魚を殺せないとでも思ってたかよぉ? ま、どっちにしろここで死ぬようじゃあ、俺の役に立つ人材じゃあなかったってことだなぁ?」



影より暗い微笑の一撃が、姫れいかの胸を貫いていた―――。

そのままあと一捻りで、重要臓器がずたずたにされると分かってしまった。



が、にも関わらず姫れいかは太い笑みを浮かべている。



姫れいか「私も『成る』ためにはっ、玉砕覚悟で特攻しかなかったからっ、けどこれでいいの。これで―――私の異能は、戻ったっ!」



No.7いちご「ば、う、うおおッ??!」



いちごは反射的と言っていい動きで姫れいかを投げ捨て、後方の後方へと後ずさっていく。

結果として、姫れいかは死を免れた、免れはしたのだが―――。



姫れいか「はぁっ、はぁっ、はぁっ、あぅ、うううぅ。」



言い、立ち上がる。

もはや指を動かすのすら困難であるはずなのに、限界の力を振り絞って。



姫れいか「皆、信じてっ―――というより、信じてくださいっ。情けないし、雑魚だけど、今回だけは皆の為に、自分の為にっ!」



ボロボロになりながら、強く言い切る姫れいかの姿に私は状況も忘れて胸を打たれる。

ああ、そうだ、そうだとも、無論信じているとも。



互いに視線を交わし合い、もうそれだけで充分だ。

これ以上の言葉はいらない。

私たちは覚悟を決め、頷いて―――。



姫れいか「―――『姫様命令』っ!! この盤上空間そのものに命令しますっ!!」



No.7いちご「あぁッ??!」



出血の止まらないその身体で天井を見据え、姫れいかは続ける。



姫れいか「私は雑魚くてもっ、卑怯者じゃないっ。みんなっ、見逃さないでっ、一瞬だけだよっ!」



宙空を睨みつけ、己の中で『夢』を高めていく姫れいか。

どこまでも―――まるでそのまま破裂してしまうかのように。



姫れいか「聞いてこの異世界の創造主―――私たちの居場所を生んでくれたあなたに一つ言いたいっ! そこだけなら、感謝はしたいんだけどっ!」



迸るのは、魂から絞り出す咆哮。

”姫”という、絶対的我儘であり、命令という名の権利。



姫れいか「あんまヘラヘラ見下してんじゃないわよおおおおおおォォッ!!!」



それと同時に、姫れいかの渾身が炸裂した。

周囲一帯を巻き込むように迸る嵐は、まさしく今までに見た誰のどんなものよりも巨大な規模だった。



視界すべてが白光に包まれるほどの衝撃波が走り、釈迦の掌たるこの盤面世界に今、間違いなく。



微かな”ひずみ”が生じる音を、私は確かに聴いていたんだ―――。











―――ふわっと小学校 校長室


~ヴィオラ視点~



hmm「・・・ほぉ。」



一瞬だけ、ほんの刹那ではあったがhmmの表情に驚きが浮かんだ。

まるで何か奇妙なものでも見たかのように。



ヴィオラ「(違う、見ることが出来たんだッ、姫れいかさんが命を懸けてッ・・・。)」



たった今、姫れいかの異能により、本来情報的に断絶されている此方こちら彼方あちらの壁をキャンセルされた。

その綻びが生じたのは瞬きにも満たない僅かな間で、今は元通りに戻っている。



だがその隙に、という事実は変わらない。



ヴィオラ「(人間駒はお互いに4枚ッ、あっちの駒にはふじに悲哀に、あっちの駒は少女ちゃんでそれから―――。)」



彼方あちらの状況、誰がどの駒で、どうなっているか。

それが判明したという事実は大きい。

故に、姫れいかの功績は賞賛されるべきもので、だからこそhmmにとっては小癪な事態だ。



普通なら、そう普通なら。



hmm「私の『闇の頂点ゲーム』は、そんなに容易く穴が開く代物ではないのですがね。」



普通なら歯噛みの一つもするのが道理だが、依然この勝負師は笑っている。



hmm「良かったですね。事前に麒麟を取っておいて。でなければ姫れいかという人物は死んでいましたよ?」



姫れいかが対応していた駒は『麒麟』。

初期配置で一枚しか持てない駒で、一度取られるとそこで終わる。

希少で替えが効かないという特性が、なるほど姫たる属性と合致していると言えるだろう。



その駒を、hmmは今取ったのだ。

kentの駒で動きを封じ、いちごの駒で刺し殺した。

しかしここに至るまでで、hmmも麒麟を取られている。



よって盤上から麒麟は消えたが、手元には持っているので麒麟は死なない。

再投入をしない限り戦闘不能状態だが、ともあれ事態はそういうことだ。



hmm「ふーむ。最後っ屁にしてはえらく大掛かりなことをやられましたが。まあいいでしょう。こっちが甘かったというわけで。ねぇ、いちごさん?」



ただ勝手に納得し、変わらず意味不明な独白を、ヴィオラはまったく聞いていなかった。



ヴィオラ「(駄目だ・・・どうかしてる。駒が見えたからなんだってんだ。私は今、仲間の一人を捨て駒にしていたッ! それが姫れいかさんだったなんて知らずにッ!)」



―――本人が想定していたよりも、限界は近づいていた。



対局開始から二時間と四十分。

よくもここまで持った方だと言えるだろう。

仲間の窮地、目の前の盤面、恐怖と焦りは増えるばかり。

何も感じない人間が強いなんてのは幻想だ。



皮肉にも、駒が誰なのかを理解することで、ヴィオラの精神は崩壊寸前まで追い詰められていた。



ヴィオラ「(向こうの駒にふじとスカイといちごッ! 要救助者の三人ッ、そんなのどうしようもないッ! どちらかの陣営が必ず死ぬ闇のゲーム。もし私たちが勝てば、敵陣営にいる要救助者は死んでしまうんだッ!)」



hmm「・・・・ふーむ。」



一度は誓った。

絶対勝つのは自分達だと、その未来を誓ったのだ。



それでも、救うべき対象を殺してしまったらそれこそ本末転倒。

ここに攻め込んだ意味が無くなってしまう。



ヴィオラ「(どうするッ、どうすれば、どうすればいいッ? 対局開始から相当の時間が経過してる、けど誰も助けには来れないッ! この校長室とやらも何らかの結界が働いていると見るべきッ! 何か、何か突破口は無いのかッ!?)」



もはや事態は、どうやって将棋に勝利するかではなく、どうやって駒の全員を救えるのか、に変わっていた。




ひまれいか「―――ひひ。それでも私の後継か?」




その時、想像だにしない出来事が起こっていた。

聞き覚えのある声に、絶対に有り得ないその声に顔を上げると―――。



ヴィオラ「―――え?」



hmm「なっ?!」



偶然か、それとも必然だったのか。

この将棋という、頭脳派が活躍する戦いにおいて強く願われた『夢』が―――。



ひまれいか「私だよ。よもや見間違える必要があるか? まったく、たかだか数時間の拘束で視野が狭まるとは愚かすぎるぞヴィオラ。」



彼女のチャームポイントである、ぶかぶかの魔女帽子。

それにこの、なんというかちょっとイラっとくる言い回しはまさに―――。



ヴィオラ「ひまれいかさん、どうやって、あなた死んだんじゃ!!?」



オタさくと相打ちになった筈である彼女の登場に、ヴィオラは勢いよく転げ落ちる。

死者? 亡霊? 

いずれにせよ、この存在感は本物だ。



ひまれいか「。みんと帝国のhmmだったか? 素敵な戦場を用意してくれてお礼を言う。おかげで『夢』として望まれるまま、こうして私達は復活できた。」



復活?

死者蘇生の異能か?

ちょっと意味が分からない、頭が痛くなってきた。



hmm「ふーむ。確かにこの建物は『夢』の具現化を引き起こしている唯一無二の場所。・・・理屈は理解できましたが、あなたは先程『私達』と言った。他にも転生者はいるのですかな?」



ヴィオラ「あ・・・。」



その言葉が放たれるのと、お茶の香りがしてきたのは同時だった。



ヴィオラ「あ、あああぁあっ!!」



ひまれいか「まったく、本来は私一人でよかったんだがな。おかげで、盤上からの蘇生に時間が掛かってしまったよ。」



今度こそ、ヴィオラは仰天する。

彼女はまさしく、あのBUNZINに目の前で喰い殺された人間―――!



ゆのみ「お茶が入りましたよ。長時間のボードゲームにはお茶がつきものですからね~。人数分ありますから、これでリラックスしてくださいな。」



ヴィオラ「ゆのみッ!!」



それが本当にゆのみさんだったのか、もはやどうでもよかった。

乾ききっていた口に潤いをもたらす為、ヴィオラは我を忘れてかぶりつく。



ヴィオラ「熱ッ、ゥ―――!!」



ゆのみ「あらあら。そんなに急がなくても、お茶は逃げませんからね。」



hmm「・・・ふーむ。私ですらこの展開は予想していませんでしたね。」



受け渡された湯飲みに口を付けず、そのまま机の上に置くhmm。



ひまれいか「さて、いい加減に落ち着いたかヴィオラ?」



ヴィオラ「・・・落ち着いたさ。落ち着いたけどマジで意味が分からない。後で全部説明してくれるんでしょうね!?」



ひまれいか「無論だろう。すべては将棋に勝利してからの話だがな。ひひ。。異論はないだろうhmmよ。。」



hmm「・・・現実世界の失われし記憶を。ふーむ。どうやら、一度死んだことで『真実』を得たようですね。」



ひまれいか「ひひ。私は以前、北上双葉の思考を透視して、既に『真実』は理解しているつもりだった。―――やはり死んでみるものだったな。。酷すぎて思わず、盤外から蘇生してしまったではないか。」



ゆのみ「粗茶ですが、おかわりをどうぞ。」



ヴィオラ「―――えっ、今?」



真剣な話し合いに、強引に入り込む極度の天然さ。

ああ、この着物といい、雰囲気といい紛れもなくゆのみさんだ。

本当に、死後の世界から蘇生したと言うのか。



ひまれいか「聞いた通りだ。私とヴィオラ、二人掛かりで速攻終わらせるぞ。駒の属性はあらかた予習済みだ。」



ヴィオラ「いや、けど向こうの盤面にはふじや悲哀さんが―――。」



ひまれいか「二度も言わすな。? 。少女達も待っている。」



ヴィオラ「あ―――!!」



自らのリンクが再接続されていたことに、ヴィオラは三回目の大声を上げる。

視野が狭まっていた中では、決して辿りつくことが出来なかった突破口!



ヴィオラ「い、いやそれでも勝ってしまったら駄目なんだ! 敗者は全員死ぬ、そういうルールが課せられているんだ!」



ひまれいか「いいから黙って駒を進めろ。私も同時に駒を指していく、遅れずに付いて来い。なあに、心配するな。・・・hmmよ、本当の頭脳プレイをお見せしよう―――。」














―――盤上空間 及び ふわっと小学校 校長室(リンク中)


~少女視点~



そのとき感じたのは、この状況では有り得ない光景。

亜空間の向こう側に、ヴィオラさん達とhmmの存在を感じ取る。

何も聞こえなかったし、詳しい理屈は分からない。

ほんの一瞬、その姿が見えただけ、でもそれで充分だ。



ただ一人、私は王将hmmに向けて疾駆する。

この好機を無駄にはできないと直感したし、ヴィオラさん達も私をそう動かしていると確信していた。



No.11Kent「チィッ!!」


ふじれいか「ッ!!?」



敵駒は明らかに焦りの色を見せ、私を追うべく向きを変えた。



「―――スカイれいかさん頼むなの!・。・!」



スカイれいか「分かってるわよッ!」



姫れいかさんが戦闘不能になり、どりゃれいかさんの安否が不明の今、この場で頼れるのは彼女しかいない。

私よりも血に塗れ、満身創痍同然だったが、そこはあえて無視をした。



スカイれいかさんを信じる。

ヴィオラさんを信じる。

私が成すべきことは一刻も早く敵陣に潜り込むこと。

そのとき曝される無防備を、仲間たちに守ってもらわねばならない。



スカイれいか「くッ、ああああァ―――!」



富士神の六連撃を、スカイれいかさんが身体を張って受け止めた。

私に対する追撃が遅いのは、ヴィオラさんが奴を牽制する駒を指したからだと感じられる。



分かる、分かるぞ。

姫れいかさんの一撃により、この世界に綻びが生じたからだ。

刹那で塞がった穴ではあるが、その隙間を逃さずに私たちは”リンク”した。



それが、話に聞いていたヴィオラさんの異能。



今はその残滓、瞬く間に消えてしまうリンク。

その繋がりが消え去る前に、ラインを不動にしなくてはならない。



理屈を無視して、そう感じたのだ。

故に早く、敵陣へと―――。



hmm「させません、甘いですよ?」



盤上に広がるhmmの声。

今の私は、ヴィオラさんの異能によって繋がっているから聞こえるのだ。

同時に、私の背後から急襲してくるいちごの気配。



ヴィオラ「どっちがッ!」



だがその一手を、ヴィオラさんが読む。



ヴィオラ「ごめん姫れいか―――でも頑張って、信じてるからッ!」



苦渋に耐えるような声で、だけど絶対の信頼を込めた態度で、ヴィオラは『麒麟』の駒を再び盤上に指していた。

その結果が意味するところは、ただ一つしかありえない。



姫れいか「・・・気にしないでくださいヴィオラさんっ。一回カッコつけて消えた後にまた出てくるのは・・・ちょっと決まらないですけど、私らしいっちゃ私らしいですっ。」



No.7いちご「テメェは・・・どこまでッ―――!」



戦闘不能だった姫れいかさんが、ここに意識を取り戻す。

そして再び、いちごの進路を妨害する。



姫れいか「・・・どうかな、いちごちゃんっ。これでも役立たずだって言えるかなっ? 私はもう、退く気はないよっ!! 早く、みんなっ、こっちは任せてっ!」



No.7いちご「姫、れい、かぁあああぁぁああああああァあああッ!!!」



ああ、分かっている。

姫れいかさんの勇気を無駄にはしない。



「行くなのぉおおおおおッ!・。・!」



その心を抱いて疾駆する。

変わらずKentが追ってくるが、しかし遅い。



ヴィオラ「もう少し、あと一歩ッ!」



もはや、何も恐れることはなく―――。



「掴んだッ―――異能発動ッ、『虚滅焔バニッシュメントオーバーフレイム』!・。・!」



最後の一歩を踏み込んだ今、ここに『成り』は完成する。



「この場に蔓延する負のエネルギーを私の力に還元するッ、黒焔ッ!・。・!」



―――最初に姫れいかが空けた穴、それが勝敗を決めたと言えるだろう。



そこで瞬間的に繋がった意識のラインがあったからこそ、この結果を可能とした。

でなくば、hmmの異能を崩すことなど出来はしない。

しかしここに至るまでの、複雑な盤面の流れが不可能を可能にした。

それは紛れもなく、仲間たち全員が導き出したものであり―――。



ヴィオラ「!」



なの・。・!」



闇のゲームにおいて、成った『金将』は飛車の属性を獲得する。

迫るKentに向けて放たれた一撃は、これまでの間合いを遥かに超えて撃砕した。



No.11Kent「おおおおおおォォッ??!」



迸る断末魔の中、私とスカイれいかさんは、たった一つの目的のもと再動を開始する。

まだふじれいかが残っているが、そこに頓着などしなくていい。



何故なら将棋の絶対ルール。

『王将』を取れば勝負は決するのだから。



hmm「ふーむ。これが話に聞いていた『鬱霊』の異能。なかなかどうして、魅せてくれますね。」



そこにいるのかhmm。

視えた盤面、王手まで続く道筋を、私は完全に脳裏に描いて―――。



スカイれいか「さあ後はッ!」



「hmmを詰むだけなのだッ・。・! それでこのゲームを終わらせるなの・。・!」



私たちはその一手を信じている、頼むぞヴィオラさん―――。



ヴィオラ「これ、は―――!!」



少女ちゃんが『成り』を決め、同時に流れ込むみんなの心。

電流にも似た啓示が、私の中を駆け巡った。



ひまれいか「ひひ。流石だなヴィオラ。ここでもう気付くようなら、後は私の指示なしでもいけるだろう。」



見える。

これは、間違いないッ!



ヴィオラ「7十、龍王。11十三、醉象すいぞう・・・。」



続けて角鷹かくおう飛牛ひぎゅう飛鹿ひろく、桂馬、鳳凰ほうおう―――他にも数多ある持ち駒を続けていけばッ!



これより先、十七手目。

6十四に少女ちゃん・・・その一手で詰める、確実にッ!



これをこのまま、思う通りに盤へ指せば、hmmの敗北は決定する。

はず、なのだが・・・。



hmm「ふーむ。どうしました? あなた達の手番です故。」



こいつは、まったく気づいてないのか?

変わらずにやにや笑ったまま、彼は自身を破滅させるはずの一手が来るのを待っている。

その態度に、言いようのない不安を覚えた。



もしや、私の気付かないところで抜けや返しの手があるのかもしれない。

勝ったと思った瞬間に、奈落の底へ落とさせる・・・実際よくあることだ。



ヴィオラ「・・・ッ。」



だから、私はここにきて躊躇を覚えた。

これを指していいのか、いけないのか、即断できずに長考へ入る。



見ろ、見ろ、見るんだ私―――盤上のどんな可能性も見逃すな。

自分が組み立てた勝利への道筋に、穴は無いのか、大丈夫か?



考え、考え、あらゆる面から見た結果、どこをどうしたところで正着はここしかないと確信を得た。



そのときに―――。



ゆのみ「粗茶ですが、おかわりをどうぞ。」



hmm「ふーむ。もらいましょうか。最初は躊躇いましたが、飲んでみるとこれはいい。勝負の熱を程よく冷ましてくれる。」



彼の言葉に釣られる形で顔を上げた。

至近距離で目と目が合う。



ヴィオラ「・・・・ぁ。」



私を視るhmmの目に刹那だけ揺らいだものは、先ほども感じた奇妙な違和感そのもので。

それはもっと前にも感じたことのあるもので・・・。



ヴィオラ「―――そうか。」



私が何かを勘違いしているかもという直感が、未来予知にも等しい域で全ての謎を解いていた。



これまでの言動、諸々、彼はすなわち、私にこの正着手を―――指させるための誘いをしている?



パチリ。



hmm「―――。」



私が指した一手を見て、hmmは目を見開いた。

そして呆れたように笑いだす。



hmm「あなた、自分が何をしたか分かっているのでしょうね?」



ヴィオラ「当然、言われるまでもない。」



今、

替わり指した手は悪手そのもので、一気に盤面の形勢は逆転している。



ひまれいか「―――ひひ。ヴィオラよ。お前はもう紛れもなく次代の知将だよ。」



謎を解けない人がこの状況を見ていたら、目を覆う有り様なのは間違いない。



ヴィオラ「十九、いや、二十一手先かな。」



hmm「あなたの詰みです。」



ヴィオラ「うん、そうだね。」







代わりに湧き上がってくる力のまま、別の台詞を紡ぐのだ。



ヴィオラ「仲間の力は我の元に―――『友との繋先フレンドリンク』!」



まったく、自分は博徒だなんてよく言ったよ。

この人、ハナから将棋なんてやっちゃいない。



今、わたしに起こっている現象が、その事実を証明している。



瞬間、、hmm目掛けて襲い掛かった。



hmm「ちっ―――よく見破りましたねっ!」



そしてもちろん、この土壇場でそれを成せたことには相応のカラクリがある。



ヴィオラ「全部無視できる裏ルールがあるんでしょ? 負けた側が、その瞬間だけは。」



正しくは、負けを認めない限り、か。



ひまれいか「この『リアルタイム将棋』に関わらず、hmmが創り出したゲームは、? 。―――お前の異能は、。現実世界で言う、さ。そこには生主だけの特権、ゲームそのものを消去するという裏技がある。言い換えると、相手の合意を得ることで敵をゲームの世界に落とし込む。そして、そこの勝負に負ければ、ルールに則り命を落とす。だがそれはあくまで、ゲームが貼られている間のルールだ。生主という、異能の発動者がゲームを強制終了してしまえば関係ない。あのままヴィオラが正着手を指していたら、おそらくお前はゲームをやめる。そうなれば、王将であるお前もヴィオラも例外ではない。駒の役割を持った連中は全員消えて死ぬ。要は、私達を道ずれにしようと画策していたというわけだ。ひひ。」



相変わらず話の長いひまれいかに対し、ヴィオラは自らの推理が当たっていたことを理解する。

敵味方問わず全滅するという、まさに最悪と言える未来を読んでみせたのだ。



事実私も、ついさっきまでは完全に嵌っていた。

これは将棋で、勝負だからと、そこでの勝ち負けにのみ目がいっていた。

この手の掛けや、ゲームに自負がある人ほどそうなるだろう。

勝負師なのだから、そこにプライドを持っている。



サッカーで負けた後に、相手チームを皆殺しにすれば勝てると思うようなサッカー選手はいない。

当たり前だ。

いたとそれは、もうサッカー選手と呼べないだろう。



ヴィオラ「あなたは博徒なんかじゃない。勝ち負けなんかどうでもいいって思っている。」



hmm「だからどうしたというのです? 仕掛けを看破したことは見事ですが、それを止める手段は考えているのですかな? むしろこちらがやりやすくなっただけのこと。こうなれば今すぐ、私もろとも道連れに―――。」



ひまれいか「その前に、お前が手に持っている湯飲みの中身を見てみることだ。」



既にhmmへの『思考透視』を成功させているひまれいかは、次なる一手をここに晒しだす。



hmm「湯飲み? ―――なんですッ?!?」



そこにすっぽりと、が入れられていた。

無論、それはお茶ではない。

むしろお茶を吸い取り、”それ”はみるみると巨大な姿へと変貌し―――。



ひまれいか「盤外からの蘇生に成功したのは、私とゆのみ、二人だけだとは言っていないが。ひひ。」



ヴィオラ「み、!!!?」



hmm「な、な、なッ、なんですかこの緑の化物はッ!?」



存在したるは、緑一色の化け物―――それしか表現方法が見つからない。

レジスタンス内のペットであり、隠れ家壊滅時に命を落とした珍獣。



緑一色「四川省ッ―――やらせろッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」



hmm「がはッ?!」



人間サイズまで成長したそれは、hmmの顔面へと猛烈なボディーブローをかましていた。



その名を緑一色―――



つまりそれは、



ひまれいか「まったく、この私がキチガイを利用しての一手とは、後世に残るほどの恥だ。将棋盤は消え―――代わりに四川省へとゲームは変貌する。hmmの支配ではなく、緑一色が主催するゲームへとな。支配者が変わればルールも変わる。もう闇のゲームとやらは終わったんだよ。誰も死なないルールへとな。後は適当に解除しろ、緑一色。」



緑一色「もう将棋盤へのハッキングは済ませてあるし陰キャのプログラミング力を舐めないでくれよ。ゲームのプロテクトを解くなんて陰キャの俺の腕前ならサーバーを覗き込むのと同じくらい楽勝だしそれはそうとプリキュア殴られるところ見ると興奮しない?」



下手をすれば、ひまれいかよりも読みづらい文法で、緑一色は自慢げにそう答える。



そして次の瞬間―――。



ひまれいか「―――顛末は聞こえていただろう。とりあえず、無事で何よりだ。」



「―――なの・。・! 必ず勝てるって、信じてたのだ・。・!」



どりゃれいか「驚きだね。死んだって聞かされたのに、こうして僕たちを迎えている。」



スカイれいか「少女から聞いてるわ。ゆのみ、回復湯はあるのよね? それを私達全員に、ふじや悲哀にもお願い!」



ゆのみ「ちょ、ちょっとスカイれいかさん!? すごい怪我じゃないですかっ!? はやく横になって安静に―――!」



hmm「なあァッ・・・?!」



『駒』である”私たち”は、ついに盤外からの蘇生を果たす。



見慣れない広大な場所―――校長室だったか?

ここであの対局が行われていたのか。



ふじれいか「――――。」



悲哀れいか「・・・・。」



どりゃれいか「いつつ・・・どうやら戻ってこれたみたいだね。やったじゃないか少女ちゃん。」



敵の異能の支配下にあったふじれいかさんと悲哀れいかさんは、両者共に気絶していた。

どりゃれいかさんとスカイれいかさんの大健闘による賜物だ。



姫れいか「よかった、本当に―――。」



そして忘れてはいけない。

私はこの盤面で、姫れいかさんに一番大切なことを学んだのかもしれない。



臆病なところもある彼女―――だがしかし、勇気の使いどころを知っている。



恐怖を感じないでいることなんかは強さじゃないんだ。

怖くても、辛くても、すべてを呑み込んで進む気概。

たとえどんな失敗を犯し、敗北を喫しても、折れずに立ち上がる心の強さ。



それは指し手であったヴィオラさんも同様だ。

一度は恐怖に押し潰された彼女も、仲間の為に、複雑な盤面を三時間かけてやりきったのだ。



駒の役割であった、スカイれいかさんとどりゃれいかさんも同様に、敵側の駒を命懸けで抑えてくれていた。

だからこそ、私が王手を決めることが出来た訳で。



つまり、誰か一人でも欠けていたら勝てない勝負だったのだ。



まさしく、仲間がいたからこその勝利―――!



No.7いちご「馬鹿じゃねぇの―――何が仲間だッ!!」



その怒号と同時に、いちごの背後から『黒腔ガルガンダ』が出現した。



No.11kent「ッ?! ―――!」



姫れいか「い、いちごちゃんっ?!」



No.7いちご「クククッ、あっはははーーーッ!! そりゃそうだッ! 俺がここで捕まるわけがねぇんだッ! ほらみろッ! 俺の都合のいいように世界は回るッ! じゃあな雑魚どもッ―――!!」



咄嗟の出来事であった。

いちごは『黒腔』に入り込み、そのまま闇に消えていく。



どりゃれいか「逃げた・・・。ある意味大物だね。」



姫れいか「・・・っ。」



No.11Kent「ちっ、因果操作には逆らえねぇってか? まあ、あいつだけでも逃がせただけ良しとすっか。」



その様子を、



これでは盤上と同じ。

何かの流れに邪魔されたかのよう。

いや、もしかしてこれこそがいちごの異能なのか?



彼がここで逃げることが、彼にとって一番最良の運命であるかのように。



ひまれいか「問題ない。奴の異能はおおよそ予測がつく。今は捨て置け。」



どりゃれいか「ああ―――。」



将棋盤という闇のゲームを、私たちは打ち破った。

封じられていた異能も元通り、己の中に戻ってきた自覚もある。



当然、それは敵側も同じ事―――!



hmm「やれやれ。よもや直接、私が手を下すことになるとは。」



No.11Kent「そう言うなよhmm。大分予定が狂ったが、俺たちはまだ負けてねぇ。そうだろお嬢ちゃん? 俺たちはピンピンしてる。いちごが居なきゃあ、あの結界を張ることは出来ないが―――これで終わったとは思ってねえよな?」



「望むところなのだ・。・!」



ゆのみ「私も力を貸しますよ~。」



どりゃれいか「僕もまだ動ける。スカイさんと姫れいかさんは要救助者の看護をお願い。どっちみち、その傷じゃ満足に動けないだろうしね。」



姫れいか「はっ、はいっ!」



スカイれいか「・・・わかったわ。ふじと悲哀はこっちで任せて。勝ちなさいよあんたら! 私の予想が正しいなら、敵はまだもう一段階上の異能を持っているッ!」



緑一色「キエエエェェエエッ!!」



ひまれいか「心配するな。私を含め三名が蘇生したんだ。大船に乗ったつもりでいるがいい。言うなればこれはサドンデス。? ひひ。」



ひまれいかさんの言う通りだ。

今の私たちに敵はない。

頼り甲斐のある仲間がいる。

どんな窮地に落とされようと、私たちは乗り越えてみせるだろう―――!








〜ふわっと小学校 校長室 現在状況〜


・レジスタンス組

少女(フリーの鬱霊)

ヴィオラ

どりゃれいか

ひまれいか

ゆのみ

緑一色


スカイれいか(負傷中)

姫れいか(負傷中)

ふじれいか(負傷中)

悲哀れいか(負傷中)



・敵サイド


U2部隊No.11 kent

みんと帝国『鐵将てつしょう』hmm





hmm「覚醒異能発動。乱嵐せよ―――『曼荼羅マンダラ』!」



No.11Kent「同じく覚醒異能発動ッ―――『魍魎不幸和声モンスターサウンド』!」





ついに、駒からの蘇生を果たしたレジスタンス組。



U2部隊のkentと、みんと帝国のhmmを、今まさに追い詰めようとしていた―――。




つづく。

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