第22話 駒は盤外から蘇生する 前編



―――普段通りに望んではならない。



U2部隊と相対する際に守らなければならない心構え。

それはおそらく、この一点に集約される。

彼らの抱いた『夢』は、私たちの常識では測りしれないほどに強大だからだ。



前回における、隠れ家で繰り広げられた戦いにも、それは顕著に顕れている。



セイキン、BUNZIN、安眠、オタさく、日常演舞、田中みこ、ふぁっきゅー・・・。



―――彼らは規格外すぎた、途方もなく。



まともに戦おうとすれば封じられる。

その現実こそが、U2部隊の厄介さを示していた。



対してこちらが掴んだものといえば、ようやく異世界の一端が垣間見えた程度にすぎない、言わば攻略の糸口のみ。



これで相手の本拠地に乗り込むのだから、相当な不利を覚悟した上での警戒態勢を敷いておくべきだろう。



もえれいか「ひぇー、しっかしこりゃまた凄ぇな・・・。」



校舎内のホールへと到着するなり、これまでとは明らかに異なる亜空間が、私たちの前に展開されていた。



「学校というよりは高層ビルなのだ・。・;」



遥か頭上を見上げて、しみじみと呟く。



ふわっと小学校———果たしてどれほどの広さなのか、具体的な距離が掴めない。

いや、広さという概念があるのだろうか?

眼前の廊下は無限のように果てしない。

入り口には階段こそあるものの、それもまた上下共に長さの規模がおかしい。

この場所が、ただの小学校ではないことは一目瞭然であった。



キリト「ラスボスのダンジョンに足を踏み入れちまった感じがプンプンするぜ。」


真中あぁあ「んー。まあ、言いたいことは分かるけど。」


スノーれいか「キリトさん。ゲームをやらない人間にも理解できるように仰って下さい。」


どりゃれいか「超やばい、って感じ?」


しぇいぱー君「簡潔だね、最初からそれでいいと思う・_・」



「私たちのやるべきことは一つなの・。・! 捕らわれた仲間を救出して、U2部隊の本拠地を徹底的に叩くのだ・。・!」



迷路のようにも見えるその光景を前に、私は即座に決断を下す。

ずいぶんと物々しい雰囲気だけど、ここで迷っているわけにはいかない。



U2部隊の本拠地『ふわっと小学校』の守備は、今はがら空きのノーガード状態であるだろう。

みんと帝国への侵攻に注力しているだろうから。

つまり、私達にとっては千載一遇のチャンスである。



レジスタンスにとって、このチャンスは逃せない。

全戦力で、ふわっと小学校に殴りこみ、一気に制圧。

それが今回の計画、故にここでは止まれない。



戦力差がある戦いにおいて、短期決戦で一気に決める戦術は正しい。

それに今の私たちには、異世界や敵勢力の情報が少なすぎる。

U2部隊の目的が判明するかもしれないというだけでも、この計画には実行する価値があった。



4410「この学校には私達の他に、五人の生命反応が私のレーダーで確認できます。U2部隊がみんと帝国へと進撃している証拠と言えるでしょう。五人のうち四人が、『収穫』された私たちの仲間、もう一人は敵として見ていいかもしれません! とまあ、そう決めつけるのは早計ですが・・・。」



レキモン「要はそいつらを、このだだっ広い亜空間から探し出さなきゃいけないんだね。任せてよ。腕を切られようと、脚の方は健在だから。必ず役に立って見せる。」



もはや前置きは不要とばかりに、次々と作戦方針が切り出されていく。



姫れいか「U2部隊さんからしてみれば、私達の侵攻は完全に奇襲ですからねっ。」



スカイれいか「異世界を創造した躁霊の本拠地なんでしょ? 奇襲だからといって油断は禁物。間違いなく、何かの罠や仕掛けがあると思っていいよ。」



どの戦場でも同じことだが、罠というものは相手に見えていない状況でこそ、効果は絶大なものとなる。

故に、何重ものブラフを張って、U2部隊はその位置をこちらに悟られないように隠してくるはず。



私が体験してきた戦いとは違う。

これは、力押しで来られるよりも遥かに厄介ッ。



だけど―――だからどうしたって感じだ。



この計画は、希望的観測に基づいたものにすぎない。

しかしそれでも、私は烈風だ。

突破前進あるのみなんだ。

躊躇して足を止めるなんてこと、それこそ私らしくもない。



「上等なのだ・。・ 今ここで誓うなの・。・ 仲間を救出して、異世界の秘密を見つけて、全員で生きて帰るのだ・。・!」



その程度の自覚は、私を始めとして全員が持っている。

厳しい修行を潜り抜けてきた、だからこそ遅れは取れない。

仲間の為、そして己の為。



各々が戦う理由を胸に抱き、そして―――。



キリト「行くぞお前らァ!!」


レジスタンス総員「応ッ!!!」



先頭を突き進むキリトの号令に、気合を込めて応える仲間たち。

彼らの顔ぶれには、充分な覚悟と闘志が漲っている。

それぞれが少人数のグループに分かれ、広大な学校の調査を開始した―――!









―――第22話 駒は盤外から蘇生する 前編













―――ふわっと小学校 72階



キリトは階段を駆け上っていた。

彼の役割は、持ち前の超越速度を活かして建物全体の広さを調査すること。

ソロプレイが得意なキリトにとって、色々と都合がいい課題と言えるだろう。



キリト「おかしいだろ・・・ッ。」



いつまでも連続する光景に、その顔は痛ましげに歪んでいる。

湧き上がってくる激情は、それに対する怒りではない。



安眠「待ってよキリト君んん!! 置いてかないでぇぇぇぇええッ!!」



既に相当の段数を駆け上がってきたにも関わらず、平気な顔してついてくるそいつに、キリトは改めて思わざるをえなかった。



キリト「(狂ってるッ・・・俺の何がそんなに気に入ったんだッ!?)」



最強格であるこの二人が同じ場所に固まっているという、組織の範疇においては正しく悪手。

階段から廊下へと急カーブを決めても、一切の遅れなく追いかけてくる安眠ちゃんを見て、キリトは仕方なく声をかける。



キリト「しょうがねぇ、ついてこい安眠! さっさと全階の確認を済ませて仲間の元へ戻るぞ! 遅れるなよ気合を入れろッ!」



安眠「そっちこそ、足引っ張るんじゃないよキリト君! 私はまだまだ速く走れるんだからねぇぇエッ!! うふふふふっふふふっ!」



自分自身にも言い聞かせるように、隣を疾走するキリトを励ましていく。



キリト「うん。そっちも気を付けてね、心配してるんだから。」



何ということはない一言で返される。


安眠「(・・・?!?!)」



が、聞いた安眠ちゃんは思わず眉をひそめていた。

ここはいつもの流れなら、『気持ち悪い笑い声を出すな』あたりの悪態が帰ってくるタイミングではなかったか?



安眠「・・・キリト君、何か悪いものでも食べた?」



少なくともこの二人はまだ、改まった気遣いをされるような間柄じゃない。



キリト「何言ってるんだ。俺はいつだって、お前のことを誰より守り抜くと決めてるんだぜ。」


安眠「―――は、い?」



更に重ねて優しい言葉を掛けられ、困惑の表情を浮かべる安眠ちゃん。

たとえ天地が逆になろうと、キリトはこんな台詞を真顔で口にするような男ではない。



キリト「俺はいつだって真剣だぜ―――お前のことだけを考えてる。」


安眠「おうぇぇ、気持ち悪ッ―――!?」



まして、その対象が自分であるなどありえないと、安眠ちゃんは誰よりもよく知っている。



安眠ちゃんはもはや、キリトに対する明確な異常を感じ始めていた。



、隣を行く相方の反応に渋面を浮かべている。



キリト「・・・お前、頭どうかしちまったんじゃねぇのか?」



ゆめちゃん「私はどうもしてないよ。それより、キリト君を頼りにしてる。お願いね? 信じてるよ、キリト君―――。」



明らかにいつもとは態度が違う。

絵に書いたような女らしさというか、妙に馴れ馴れしいというかってそれは同じか・・・とにかく、自分が知る安眠ちゃんの振る舞いとはかけ離れている。

隠れたこういう一面があったとしても、自分にだけは絶対に見せないだろうとキリトは確信していた。



キリト「うぷ・・・おい、気色悪い冗談も大概にしろ。マジで鳥肌立ってきたわ。」



不気味さから無意識に距離を開けるキリトだったが、知ってか知らずか相手は逆に近寄ってきた。



ゆめちゃん「照れないでよ、ばぁか。私とキリト君はお似合いなんだって、昔からよく知ってるでしょ?」



そいつは微笑しながら肩をすり寄せてくる。

百万歩譲って二人が恋人同士であったとしても、状況を考えれば常軌を脱した言動だと言えるだろう。



事ここに至って、キリトは完全に異常を確信した。

既に何者かの術中なのだろうか、あるいは心身に変調を来たしているのか・・・いずれにしろ、この女性には喝を入れる必要があるとキリトは決心する。



だからこそ―――。


キリト「この馬鹿野郎、目ぇ覚ませ!!」



キリトは吼えて―――。



安眠「本物のキリト君は何処にやったのぉぉぉぉおおおオオオッ!!」


安眠ちゃんもまた叫んだ、のだが。



キリト「なにッ―――」


安眠「———えぇッ?」



同時に放った大声は、



異常事態に対し、反射的に肉体が起動する。

大きく後ろへ飛び退いた二人は、互いに背中で誰かとぶつかる。



キリト「おま―――なんでそこにいるんだ!?」


安眠「キ、キリト君! 本物のキリト君だぁ!」



肩越しに振り返った先には、今しがたまで隣を疾走していたはずの相方の顔があった。

そして、困惑する二人の前方には・・・。



ゆめちゃん「ああキリト君、本当のあなたはそこにいたんだね。」


キリト(偽)「俺はいつだってお前の傍にいるぜ、ゆめちゃん。」



あろうことか、の男女の姿があった。

その目は、すぐ前にいる互いの相方のみを映している。

偽物の存在など、文字通り眼中にない。


そして交わし合うのは、蜜のように甘い恋人同士の会話だった。



キリト「なんなんだ、ありゃあ。」


安眠「こ、この、私のキリト君をッッ、あの女誰ッ! ねぇ誰キリト君!」



会ったならば死を呼ぶという、本物そっくりの二重存在ドッペルゲンガー

瓜二つの容貌は、まさにそんな妖怪をも連想させる。


明確な差異は女性の方。

そして何より、その口から出る言葉の数々である。



ゆめちゃん「愛してる、キリト君。安眠ちゃんより私のことを選んでくれて、本当に大好き。私もずっと好きだった。」


キリト(偽)「俺もだぜ、ゆめちゃん。お前に比べたら、安眠なんざいらねぇよ。」



見つめ合う二人は想いを語り、互いを求めて情愛の焔を燃やし続けていた。

現実に存在するキリトと安眠ちゃんを置き去りにしたまま、まるで誰かの描いた脚本を読み上げるように。



そう、現実の二人はこれが何であるのかをもう理解していた。



目の前で織り成される恋愛劇こそ、キリトとゆめちゃんの『夢』である。



この二人の関係を、”こうであるべき”と望み続けた世界の妄想が具現化したものに他ならない。

であれば、続く展開を予想するのは容易かった。



ゆめちゃん「ねぇそこの人たち、目障りだから消えてくれないですか? どう考えたって、私たちの方がニーズのあるカップリングですよね。そっちは誰も求めてないと思います。」



キリト(偽)「現実も夢も、その差は大して変わらねぇ。ならよ、俺らがお前らと入れ替わっても文句ねぇよな。」



彼らは”これ”が正しいと思っているから、立場の交代を望んでいる。



キリト「・・・これが話に聞いていた『ふわっと小学校』の特性か。妄想体ってのは、こうやって突然創られるんだな。しかしゆめちゃんてお前、懐かしい名前だぜ。恥ずべき過去なんだよそれは。そして一番許せねぇのは、俺の顔と声を真似たお前だよ。」



安眠「あの野郎はキリト君じゃない。あの野郎はキリト君じゃない。あの野郎はキリト君じゃない・・・ブツブツブツブツ。うわああああぁぁぁぁぁッ!?! 私のキリト君はそんなこと言わないもんッッ!!!」



キリトと安眠ちゃんはそろって怒りを爆発させた。



キリト「俺とお前が同じだと? 冗談じゃねぇ笑わせんな。お前らはただの『夢』に過ぎないぜ。俺たちが築いてきた時間と関係は、創作なんかじゃ決してない。恋愛脳どもに教えてやるよ。男女の関係は何も愛情ばかりじゃない。友情や信頼も育んでいくんだよッ! 今からそれを教えてやるッ!」



それだけは譲れないという気概を込めて、キリトは己の偶像と向かい合う。

自分自身と戦うこの戦況は、言わずもがな生存難易度が高い。

偽物とはいえ相手があのキリトでは、苦戦ですら生温い死地と化すだろう。



しかし、その相手に対して安眠ちゃんは―――。



安眠「私とキリト君の恋路を邪魔する奴は殺すッ!! ああ思い出した! 私って年下の女が嫌いなんだよね♪ うふふっ。ゆめちゃんとか言ったっけ? 恋のライバルとして、あんたとは絶対に仲良くできそうにないからさァァッ! 私がキリト君の正妻ポジッ! それだけは間違えてんじゃないわよコラァァァァッ!!」



キリト「・・・。」



そして戦端は開かれる。

陰と陽、互いの存在を賭けた奇怪な死闘の幕はこうして上がったのだ―――。










―――ふわっと小学校 四階



4410「ッ!? 悲哀さん・・・なのですか? 何があったのです? 囚われていたのではないのですか?」



悲哀れいか「ああ4410さん・・・これは幻なの? 信じられない・・・。」



奇々怪々な現象は、当然ながら各地でも起こっていた。



悲哀れいか「ぎりぎりで脱出できて・・・U2部隊を振り切ってなんとか逃げてきたの。けどここで力尽きちゃって、4410が来てくれて助かっちゃった。」



4410「他には? 同じく囚われている三人の行方については? レトさんはどうしたのです?」



悲哀れいか「レトさんは今どうでもいいじゃん。それよりほら、早くこっちに来て私に手を貸してちょうだい。」



真っ暗な教室にただ一人、悲哀れいかは座り込んでいた。

差し伸べられる手に対し、4410は―――。



4410「悲哀さんとよく似た別人ですね、あなた。彼女には自傷癖がある人でしたが、仲間意識は誰よりも強く持っていた! あなたは誰ですッ! 私のレーダーは誤魔化せませんよッ!!」



すぐにこれが罠であることを看破する。

その途端、悲哀れいかから莫大な殺意が迸った。



悲哀れいか(偽)「・・・残念、私の手を握っていれば、一緒に『夢』の世界へと墜ちていけたのにね。」



ナイフを取り出し、戦闘態勢を取る悲哀れいかに対し、4410もまたそれに応える。



4410「偽物だろうと容赦はしません。一切の慈悲も無く撃ち殺してあげましょう! 出力最大、オーバードライブッ―――!」











―――ふわっと小学校 47階



天かす「ねぇ、私の事無視しないでよ。いつまで変な動画枠続けてるの? 早くDM返してよ。そっちから誘ってきたんじゃん。ここまできて私の事無視するっておかしくない?」



目の前に顕現したその『夢』に、男は低く笑った。



???「目覚めて早々これかよ。は、また随分と滅茶苦茶な異世界を創ったんだな。過去のトラウマと向き合え、か。いいぜやってやる。出遅れちまって悪かった。俺はここから始めようか。———なぁオイッ! これは『れいか』の物語だッ! 天かすッ、貴様はお呼びじゃないんだよ消え失せろッ!!」



レジスタンスに、黒いモヤから救い出されたその男。

未だ名前が判明しないその人物は、自らの罪に対して何を思うのか―――。













―――ふわっと小学校 校長室



No.11 Kent「・・・安眠のやつ、無事だったんだな。まぁあいつは最初から、U2部隊とはどこか合わない風潮があったよ。フリーれいかの配信は一度も見たことが無いとすら言ってたしよぉ。・・・そうやってキリトの傍にいる方が、いつものあいつよりあいつらしいや。ほんと、自由で羨ましいったらねぇ。」



かつて味方同士で会ったその女性に、Kentは達観したような表情を浮かべる。

校長室には、侵入者を監視できる設備が整えられていた。



No.11 Kent「レジスタンスがどうしてここに攻めてきたのかは、ぶっちゃけ本当に分からねぇ。けど来たなら来たで、存分に味わってもらおうじゃねぇか。」



奇々怪々な戦場を遠くから眺めつつ、Kentは口元を歪ませる。

レジスタンスの想定通り、U2部隊は自らの拠点に罠を張っていたのだ。



No.11 Kent「ボス―――フリーの躁霊の七つの相、つまりボスは七つの異能を持っている。その一つがこれ、ふわっと小学校そのもの。恋愛の試練さ。」



―――恋愛の相。

それが、『ふわっと小学校』というフィールドそのもの。


フリー(躁)の、”七つの相”の内の一つ。

その相が創り出した学校そのものが、一種の異能と化しているのだ。



No.11 Kent「ボスの顔がコロコロ変わるのも、己の中に七つもの力を貯め込んだ代償なんだろうな。相の一つ一つが、様々な性格として表に出てきちまっている。」



七つの相とは即ち、人類への試練に他ならない。


その内の一つ―――恋愛の相。


出会い厨行為が多発するれいか界隈において、等しく顕著である相。

学校という青春舞台において、恋愛というピースは欠かせない要素であろう。

あるいはトラウマとでも呼ぶべきだろうか。



No.11 Kent「つまり、このふわっと小学校を襲撃するならば、恋愛の試練と対峙することになる。どこの階に逃げようと、己のトラウマである恋の守護者が具現化して、攻め込んできた敵を篭絡してくれるのさ。」



夢の具現化が著しく行われる『場』とでも呼ぶべき力。

これが、各地で起こっている奇々怪々な現象の答えだった。



No.7いちご「オートで俺らを守る壁になってくれるから、そこだけ見ればいい要塞だけどよ、全然効いてねぇじゃん。あいつら殺る気満々かよ。」



Kentの言葉に口を挟むその男―――U2部隊のNo.7、いちごであった。

この男は世に生を受けてよりずっとこうで、それは今後も変わらない。

楽しそうに胡坐をかきながら、侵入者を愉悦の笑みで観察している。



No.7いちご「こりゃ物足りねぇな。やっぱ俺らも動いた方がよくね?w」



指摘する調子は嘲りでなく、いちごはただ面白がっているだけ。

彼は何者も恐れず、ひとえにそれは負けというものを知らぬからに他ならない。



No.7いちご「つーかちゃんとここまであいつら来れるのかよ? どっかで気づかれるんじゃね? そうなったらつまんねぇぞ。」



などと話す口調はどこまでも軽薄であり、命の取り合いに臨む真剣さは感じられない。

徹底的に刺激のみを追い求めるこの男に、果たして人らしき感情が存在しているのだろうか。



No.11 Kent「慌てんなよNo.7。俺らが動くのはまだだ。お膳立ての必要があるのはお前も知ってるだろ? なぁ、みんと帝国の『鐵将てつしょう』さんよ?」



静かに佇んでいるその三人に、Kentは言葉を投げかける。

するとその内の一人、老獪な男が答えた。



hmm「ふーむ。参加型ミニゲームは一人では出来ませぬ。手順を踏まえる必要があります故。つまりは、盤の向かいに招かなければならないのですよ。そうでなければ、私の異能は何の意味も持てないのです。」



みんと帝国『鐵将てつしょう』———hmmである。



No.11 Kent「条件だけは無視できねぇ要素ってわけだ。まぁ、お手並み拝見だな。俺らの複合異能・・・その発端となる力、敵を誘い込むその一手。どう指してくれるのか見せてみな。」



No.7いちご「はっ! あいつらは気づいてねぇだろうな! 俺らU2部隊とみんと帝国が、既に同盟を結んでるってことによ! 愚かすぎて笑えてくるぜ! こっちが狩る側だってことに、いつ気付くんだろうな! ひゃははッ!!」



彼らは待っている。

食い付きそうな場所にあざとく餌を撒きながら―――。












―――ふわっと小学校 地下1階


~少女視点~



もえれいか「っておい、これいきなり迷わせにかかってやがんな・・・。」



確かになるほど、階段を下りた途端に道が縦横無尽に分岐している。

無限迷宮よりも質が悪いかもしれない。



「一つのフロアだけでも広すぎるなの・。・; けど幸いここからでも見通しは悪くないのだ・。・ どう進んでも先が見えなくなることはなさそうなの・。・」



先を進むだけなら、なんとでもなりそうだが―――罠や分断工作と、考えられるリスクはいくつかある。



ヴィオラ「どう進むかっていうのも大事だけど、このダンジョンみたいな場所での立ち回りは既に予習済みだ。そうだよな皆!」



その問いに対し、私達修行組はそれぞれ考えていたことを口にする。



リオれいか「異能持ちとの戦いにおいては、その発動条件に嵌らないことが大事! だよね?」



ひげれいか「相手の目を見ると発動、相手の言葉を聞くと発動―――こんな感じで、異能の中には何か条件を達成しないと発動しないパターンがあるでちゅ!」



どりゃれいか「それに対するこちらの策は、まず異能という不確定要素を予測すること。地形や人物を注意深く観察することだね。」



連続する十字路を見ながら、私は仲間たちに向いて言う。



「これは普通に進んでいたら絡め取られる、おそらくそういう仕組みだと思うなの・。・」



ヴィオラ「正解。明らかに誘引されているね。ご丁寧に向こうから教えてくれているんだよ。」



しぇいぱー君「まあ、師匠の言う通りだね・_・ これだけ物々しく仕掛けておいて、何もないんじゃ話が通らない・_・」



リオれいか「で、私たちが警戒するポイントってのは・・・仕掛けられた罠を看破して、踏まないように進んでいくべし! だよね?」



そこまで言われて思い当たるのは、これまでにおけるU2部隊の言動、そしてこの場所との符号性。

今、私たちがいるこの小学校は、ようにも窺える。



捕虜にしたU2部隊からの情報で、彼らは自分自身を『駒』と表現していたということを思い出した。

あのセイキンが殺されそうになった時も、あいつらは『盤外』という言葉を口にしていた。

加えて待ち受けているのは壮大なダンジョンであり、これらの状況証拠より導き出される推測は―――?



もえれいか「これってさ、なんじゃないかな。オセロとか将棋とかのさ。少し上からの目線で考えると、この空間全体が区切られた盤面に見えてこない?」



翔・。・太「・・・ここを進んでいく我々は、要は『駒』に見立てることが出来るというわけか。」



どりゃれいか「いいね。そういう発想力も戦場には必須ってことかぁ。」



ヴィオラ「もえれいかの論は、口にしてみると遊びの類いだね。しかし信憑性のある論だ。理解し難い分類だけど、筋は一応通ってるから無視はできない。」



ひげれいか「現状、私たちは全くの自由でちゅ。敵地に身を置いているにはいるけど、こうして動けるし制約が課されている様子も全くないでちゅ!」



もえれいか「だから即ち―――ここでの進み方で、あーし達にどのような『駒』の役目に振られるのか、それを決めるんじゃないか?」



しぇいぱー君「要するに、適正テストみたいなもんだべ・_・」



どりゃれいか「あるいはチュートリアル、だね。」



「・。・」



誰だよこいつら。

頼もしすぎるだろ。



お世辞にも頭が良いとは言えなかったポンコツ修行組が、以前までとは明らかに知能レベルが底上げされている。

決して、体力的にも精神的にも強くはなかった面々が、虎に化けている。



戦力を集結させた分、混乱も大きくなるのが普通なのだが、事ここに至って私たちは違うのだ。

ヴィオラさん・・・最高の師匠だよ。



「でもそれって、もし私たちがこのまま真っすぐ進んだら『歩』になるってことなの・。・?」



ヴィオラ「端的に言えば、そういう事になる。無論細かいところで色々な条件付けはあるんだろうけど。」



確かにこれは、自分で口にしてみると荒唐無稽な論だ。

こうして命のやり取りをする真剣勝負に、まったく似つかわしくもない。



―――しかし異能という未知に対しては、これでも慎重さが足りないのだ。


常識を捨て去ってでも、その脅威に備えていかなければ勝てない。



しぇいぱー君「んじゃま、そういうことで進むべ・_・」



仲間たちも感覚としてそれを分かっているのだろう、互いに頷いて確認しあう。



ヴィオラ「この場はランダムに動いてみよう。直進なら歩や香車になる。そう仮定して、なるべく複数の属性を獲得しておくんだ。」



どりゃれいか「幸い今は敵の姿も見えないしね。うん、やっぱりゲームのチュートリアルっぽいんだよなぁ。」



リオれいか「香車って結構役に立たない? 直進のみとかクールじゃん!」



ヴィオラ「勿論それらが効率的な局面もあるだろうけど、ここでは極力裏をかくように動いていこう。いやむしろ、駒としては有り得ないほど不規則な挙動を心がけるべきかな。そうしていれば、異能の条件そのものを崩せるかもしれない。」



「なるべく可能な限り、強い駒になれるようにと仮定して進むなの・。・!」



方針が纏まり、通路の奥へと私たちは駆け出していく。

ここを一度進んだならば、もう後戻りの道は無いことを知らずに―――。













―――ふわっと小学校 校長室



そのレジスタンスの様子を見据えながら、彼らは笑いを隠さない。



No.11 Kent「おうおう、連中なんか言ってるな。駒、嵌める、口だけは達者だぜ。。」



hmm「ふーむ。それなりに勘は働くようですな。実に小賢しく、それでいて面白い。」



言うなれば全ては掌の上であり、彼らの奮闘など猿回しを見ている気分に等しい。

まるで蟻地獄へと落ちて来た昆虫を、舌なめずりして待つ捕食者のように。



―――そう、全て彼らの計算通り。



No.7いちご「くくくっ、あいつらいい線行ってる。だけどやっぱ、頭がいい奴ほど嵌っちまうんだよなぁ!」



それなりの見解を導き出し、少女達が迷路を彷徨うその姿は、彼らにすべて筒抜けている。

ゆるゆると語った先の口調からは、有り体に言えば余裕が窺えた。



No.11 Kent「―――なぁNo.7、俺は意外だったね。あんたはなんつーか・・・自ら進んで、戦場に足を踏み入れるタイプには見えなかったよ。他のU2部隊と一緒に、みんと帝国に向かう選択も出来たってのに。そもそも、戦闘タイプの異能じゃなかったろ?」



No.7いちご「うるせぇ、何回目だその話! 誰に言われたからでもねぇ、俺が選んだんだッ! お前の為でもねぇぞ、ただひたすら俺の為ッ! 生まれ変わった俺の力を今すぐ披露してやりたい奴がいるんだよ! 今まで俺を見下してきた開演野郎っ、それとあいつもっ・・・あとはあのロリにだってそうさッ、俺という変革者を見せつけてやるんだッ!」



自分の目的は復讐であることを、いちごは明確に主張した。

レジスタンス滞在時に弄ばれた傷と恨みを、至高の体験で昇華させる為に。

己が変わったという認識を、思いを成就させる為に。



No.7いちご「んな話はどうだっていいだろ! 早く遊ぼうぜ! お前らッ、誰と殺し合いたいんだ? !」



No.11 Kent「俺は断然、あのお嬢ちゃんだ。前に戦った時から、どれほど闇が化けているのか―――あんたらは誰にするんだ?」



Kentは、少女をモニター越しに狙い澄ます。

彼の対戦相手は初めから決まっていた。



hmm「ふーむ。噂に聞いていたひまれいかは既に死んでいる身。ならば、次の知将と呼ぶに相応しい者を選抜したいところですが―――。」



ゲーム相手には聡明な人間が好ましい。

因縁というほどでもないが、hmmは一人の女性に目をつける。



hmm「知性に溢れていながら闘志もある。頭も回れば肝も据わっている。戦士として、指揮官として、優秀なのは間違いない故。この方ならば対戦相手として楽しめましょう。残りお二方はいかがかな?」



Kent、いちご、hmm、そして―――。



鎧武者の男「・・・俺はもう、戦う相手は決めてある。」



夜叉面の女「血が見たい。この手で殺したい。叶えてくれる奴はいるかしら。」



仮面で顔を隠した男女一組がいた。

その二人もまた、自らの対戦相手を吟味する。




~現在状況~

★レジスタンスメンバー(総勢22名)

・地下探索隊

少女(フリーの鬱霊)、ヴィオラ、もえれいか、しぇいぱー君、翔・。・太、ひげれいか、リオれいか、どりゃれいか


・一階入り口

めんちゃん、あっちゃん、ゆうれいか、べるれいか、リーダー(観測不能)

逃げ道を確保しながら待機。


・二階~

スノーれいか、真中あぁあ、スカイれいか、レキモン、姫れいか


・その他

キリト、安眠ちゃん、4410、???れいか

ふわっと小学校の罠に嵌り戦闘中。



★U2部隊及びみんと帝国(総勢5名)

・校長室

Kent、いちご、hmm、鎧武者の男、夜叉面の女




hmm「重ねて申し上げておきますが、此度の盤面は人数制限があります故。一度に嵌めることが出来るのは五名まで。即ち、我々と同じ人数でなければならないのですよ。」



No.7いちご「つっても、見たところ雑魚しかいない感じだけどな、ひゃははっ!」



No.11 Kent「言っておくと、『恋愛の相』に囚われた奴等は除外だ。あれはあれで充分役に立つ。めんちゃんとあっちゃんは、U2部隊の称号を持つ化物。あの二人を選ぶのもいいが、そんときゃ覚悟して挑みな。」



未だ標的を見定めている夜叉面の女に対し、他の面々は言葉を紡ぎながら待ち続ける。

やがて―――。



夜叉面の女「・・・決めた。彼みたいな覇気ある男性―――身体が火照る、ああ殺したい。その相手があの彼ならば、さぞかし良い体験になる。」



―――ここに、互いの対戦カードが確定する。



No.11 Kent「・・・よし、始めるぞ。複合異能の用意はいいか?」



No.7いちご「余裕だわ、テメェらこそヘマすんなよ? どんな盤が出来ようと俺は負けねぇ。あっはっはははッ!!」



闇を覗くとき、闇もまたこちらのことを覗いている。

大音声は轟々とした闇の笑い声を伴って収束する。



hmm「ふーむ。それでは皆の命、預からせて頂く―――『闇の頂点ゲーム』!」



因果の固定で参加者を断定し、盤上の異能で封じ込む。

闇の補強によって、空間はさらに強固と化していく。

このゲームは強制参加、何者だろうと例外はない。



No.11 kent「さて、どんなゲームになるんだか―――。」



異能を発動させる文言と同時に、周囲一帯をhmmの盤上へと堕とし込んでいく。

光が迸り、漆黒の闇が分割されていった―――。











―――盤上空間


~少女視点~



「―――!? 何が起こったなの・。・?!」



幾多の入り組んだ迷路、そして分岐路を駆け抜けていたその時だった。

まるでこれから、お前たちは更なる袋小路の闇に嵌り込むのだと言うかのように。



校舎中に声が響いたのと同時に、



突然、別の場所へワープしていたという異常事態である。



それでいて、遥か天空から視線を受けているような違和感。

まるで釈迦の掌に落ちた孫悟空、宇宙にも匹敵する広大な盤面で猿よ踊れと、抜け出してみろと告げるように。



「私はまんまと、敵の罠にかかってしまったなのね・。・; あれだけ皆で注意深く進んでいたのに結局は―――いや、まだこれからなのだ・。・」



頭を冷やせ・・・そう自分に言い聞かせる。

ここで思考を手放せば負の連鎖に嵌るだけだ。

判断力を失った状態で臨んで勝てるほど、U2部隊たちは甘くない。



「・・・夜なの・。・? やけに薄暗く、それでいて神秘的な空間なのだ・。・」



私は身構えながら思う・・・この全身を襲う違和感には覚えがある。

あの躁霊と対峙した時に幾度も起こったそれと同じだ。

既存の世界法則、その上から新たな理で全てを塗り潰してしまうあの切り替わりの感覚だった。



「足元は茶色の板のようで・・・黒線が均等に敷かれているのだ・。・」



現実の法則が『夢』の中では意味を成さないのと同様に、今この場は、敵が創った掟に支配されているのが理解できる。



なぜなら、



そう―――



そして今の今まで、



―――否、

彼女らも、現在置かれた状況を悟ったようだ。



スカイれいか「なんなのこれ、泥に浸かったかのように上手く飛べないわ。」



姫れいか「あのあのっ、私たちさっきまで別々の階を捜索していた筈ですよねっ?」



どりゃれいか「驚いた。これって本当に将棋なのかな? 周りの景色といい、小学校とはまた別の空間へと、僕らは場所を移されたと仮定できるね。」




★レジスタンスチームの盤上

少女、どりゃれいか、スカイれいか、姫れいか。

計四人。




別の階を探索していた筈の二人、姫れいかさんとスカイれいかさん。

修行組である、どりゃれいかさんと私。

中堅クラスが三人で、スカイれいかさんが達人クラスの使い手。



戦力的にはまずまずと言ったところだが、しかしこれはまずい。

彼女らとの連携が即席で上手くいくのだろうか、そこだけが若干不安である。



スカイれいかさんは風を扱っての武闘派。

だが、残りの二人に関しては戦う姿を見たことが無いのだから。



スカイれいか「・・・まんまとしてやられたってことね。あんたら説明しなさい。将棋ってのはどういうこと?」



姫れいか「ま、まずは慌てずに騒がずにですっ。」


「なのだ・。・ ここまでは、もえれいかさんの予想通りだったなの・。・」



少なからず、動揺の走っている二人に私は告げる。

この盤上という異能そのものを崩すという狙いは得られなかったが、次善策が機能したのは確かなはずだ。

今の私たちが将棋の『駒』というならば、ある意味で本来の力量より強くなっている。



どりゃれいか「二人に確認なんだけど、ここに来る前にどういう道順で探索してた? いや、悠長に話している時間はないか。―――敵さんのお出ましだね。」



スカイれいか「・・・気配は四人分ね。」



「・。・!?」


姫れいか「えっ!?」



禍々しさを感じ取り、私たちは一斉に振り返る。



鎧武者の男「・・・。」


夜叉面の女「・・・。」


遠く離れた地点に、鬼の面を被った者が二つ。

いずれも無言の圧を放ちつつ、私たちと向かい合う。



そして彼らの背後から歩いてくる―――見知った顔が二つ。



No.7いちご「―――久しぶりじゃねぇかお前ら。はっ、元気してたかよおい。」



姫れいか「いちご・・・ちゃん・・・。」


スカイれいか「あんた・・・どういうつもりよ。」



要救助者であるはずの彼に、私たちが警戒するのも仕方がない。

何故なら―――。



No.11Kent「この学校まで攻め込んで来たからには、それなりの覚悟は出来てるんだろ?」



「Kent・。・!」



★敵チームの盤上

Kent、いちご、鎧武者の男、夜叉面の女。

計四人。



どりゃれいか「・・・話に聞いていた、U2部隊の一人。『黒腔ガルガンダ』の使い手Kent。つまり、この空間は彼の? いや、それだと説明がつかない点がいくつかある。」



姫れいか「いちごちゃんっ、ぶ、無事だったんだねっ。U2部隊に捕まったんでしょ? 今、私たちで助け出すから―――」



スカイれいか「やめなさい姫れいかッ、無闇な行動はよしてッ! 使ッ?!」



姫れいか「っ、そ、そうなのですかっ?」



すんでのところで、彼女は踏み留まる。

そうか、姫れいかさんは言霊系の異能だから気づかなかったのか。



No.7いちご「さぁやろうぜ。楽しい勝負の始まりだぁ!」



嗤いながら、その男は対面する私たちへと告げた。

彼は明らかにこちらを敵視している。

飛ばされてくる鋭利な殺気が、何よりの証拠だった。



No.11Kent「焦るなよ。順番に狩っていこうや。ああ、お前に勝てる奴なんかいない。ぶちかましてやれ。」



No.7いちご「一人は知らねぇ顔だがよ、スカイれいかとロリがいるのは僥倖だぜ。レジスタンス時代の模擬戦の時から、どっちも気に食わなかったんだッ! そして姫れいかよぉ! お前ぇにも見せてやる。生まれ変わった俺の力をッ!」



姫れいか「―――っ。」


スカイれいか「・・・屑ね。すっかり舞い上がっているじゃない。」



どりゃれいか「あいつらはこの局面にも変わらず不動、それは万事が計画通りに進んでいるということなら・・・何もかも織り込み済みということになるね。」



「姫れいかさん、冷静に落ち着くのだ・。・ 今は情報を集めるなの・。・」



姫れいか「う、うん。大丈夫。平気だよっ。えっと、その、異能が使えないって言ってたのは?」



辛いだろうに。

無理して平静を装っているのが分かってしまう。

しかしそれを案じる余裕も隙間もない。



ここはすでに戦場―――今から殺し合いが始まろうとしている。



一つの見逃しが仇と成り得る。



見渡す限り永久の闇を思わせる亜空間、ここより元の世界に帰還するには勝利こそが唯一の条件で、絶対の不利だと分かっているがそれでも腹を括るしかない。



勝つために、この修羅場を突破する為に

一言一句聞き逃さずに、些細な発見も見逃さずにいくべきだ。



「私の黒焔も発動できないなの・。・ うまく言えないけど、身体の一部が動かない、とにかく変な気分なのだ・。・」



それを確かめるように、私は自分の手を開閉して、この空間での具合を確かめる。



どりゃれいか「この空間に入った時の違和感。、とでも言ったところかな。うん、やっぱりこれは将棋だよ。僕たちは『駒』になったんだ。彼らが仕組んだ罠によってね。」



「自分の身体が動かないのみならず、かのような感覚もあるのだ・。・」



ただ単にハンディキャップを負っているだけでなく、これまでにはなかったアドバンテージも同時に付与されている。

この展開を想定し、様々な挙動を採りながら進んできたのは無駄じゃない。



スカイれいか「あんたら・・・頭の回転が速いわね。私も同意見よ。現状、この場が敵の盤上であることに疑いの余地はないわ。地面の黒線といい、夜空の光景といい、随分と趣味の悪い空間操作の異能ね。つまりこれは対戦状なのよ。私らは『駒』として選ばれた。」



創造された遊戯の世界。

上空に瞬く軌跡は、まるで何かの形状を描いているようであり、それは喩えるならば―――。



「———どうみても将棋なのだ・。・」



夜空にはいつの間にか、光沢が浮かび上がっていた。

ただ、気になるのはそのマス目の多さ。

通常の将棋盤であれば九×九に区切られているが、眼前に展開されている空間は明らかにそれの倍近くはあろうかという分割が為されている。

ざっと見たところ十五×十五。



スカイれいか「ともあれ、現状こうなった以上、奴らが仕組んだ盤面で踊るしかないわ。いえ、それとも掌と言うべき? 分からないのは、彼らが攻め込んでこないということだけど―――」



姫れいか「あ、あのあのっ。一ついいでしょうかっ?」



遠慮がちに、口を開く姫れいかさん。



スカイれいか「ええもちろん。というより、気付いたことはどんどん言ってちょうだい。」



姫れいか「はいっ。あの、この場所が『将棋盤』で、私たちが『駒』で、それじゃあ『』の方はいるのかなって―――」






―――――――――。

――――――。

―――。







―――ふわっと小学校 校長室


~ヴィオラ視点~



嵌められた。

それがここに飛ばされて、私がまず感じたことだった。

なんの抵抗も許すことなく連れてこられてしまった。



感心するのも馬鹿馬鹿しいくらいの空間操作能力だ。

目的は何なのか、それとも何も考えていないのか・・・ともあれ、直々のご指名なのは間違いない。



hmm「ふーむ。『リアルタイム将棋』ですか。レトロな感じで悪くないですな。それではまあ、退屈しのぎといきましょう。」



自身のみが解し得る私的言語を用いて、hmmは戦況の感想を述べた。

警戒し、身体を強張らせる私を挑発するかのように、目の前の彼はことさらにその声を張る。



hmm「いや、君たちが嵌らないようにと言い続けて動いているのがおかしくてですね。とっくに嵌っているとも知らずに。」



この男が有する異能は、如何な実力者であろうとも一人で出来る所業の域を超えている。

だからこそ下準備が必要であり、そしてそれは・・・。



hmm「ふーむ。先程から黙りこくっている様子。ここまで来たのは褒めてあげましょう。あなたの指揮官ぶり、拝見させて頂きましたよ。」



ヴィオラ「・・・。」



言葉を発するわけにはいかない。

会話をすること自体が、何かのトリガーになってしまう可能性もあるからだ。

だがしかし、嵌ってしまった以上、もはや相手の土俵でやるしかない。



やるしかないのだが・・・それにしてもこれは・・・。



これは―――ガチのマジで将棋なのか?

この命を懸けた戦場で、こんなものを目にすることになろうとは。



見たところ、今から行われようとしているのはどうやら将棋。

王将、金銀などお馴染みの駒に加えて猛豹、猫匁、嗔猪、鳳凰、麒麟・・・。

見慣れない無数の駒が、盤上に整然と並んでいる。



―――っておい、私の知ってる将棋と違う!

何だこれ、まず何をすればいいのか分からない!



hmm「これは言わば『』。ただの将棋では味気ないということ。しかし一応はゲームの範疇です。双方合意したルールに則ったまで。」



そこまで言われて私は気付く。



まさかこれは、ということなのか?

そういう意味では、きっと敵にとっても一方的に有利なだけのルールじゃない。

ある意味フェアと言ってもいいだろう。



hmm「ですからどうか、無言はやめて頂きたい。将棋の大会ではないのですから。私はあなたとの対局を楽しみたいだけなのですよ。無論、生死を賭けてですがね。」



普通に語り掛けてくる勝負師を前に、私は肩を竦める他ない。

ああ、この男は単純に―――。



ヴィオラ「ゲームが好きなんだな。将棋なんてマイナーもいいところなのに。」



この男は遊びに飢えているだけだ。

妄執とも言い換えられるそれは、もはや数刻後に訪れる対局の熱しか見えていない。



hmm「・・・いいえ。マイナーとてゲームには違いありませんよ。テレビゲームやフリーゲーム、格闘にRPGにノベルにパズルにレースに演奏に、果てにはリアルのボーリングやカジノなども立派なゲームです故。今回のケースも同様、どんなゲームだろうと勝たせていただくだけのこと。」



ヴィオラ「・・・生死を賭けたゲームと言ったね。なら、対局を受けなかったら? 今ここでリアルファイトして、君をタコ殴りにすることだって出来てしまう。」



いつかの修行風景を思い出す。

ゲームの電源を切ってしまうのと同じように、こちらがちゃぶ台返しをしたらどうなるのか。



hmm「それはおススメしませんよ。君はこの対局から逃げることは許されない。いいえ、できるわけがないのですよ。」



ヴィオラ「敵の言葉を素直に聞くとでも―――」



hmm「。ふーむ、大方は綺麗に配置されているようですねぇ。」



ヴィオラ「な、にィッ・・・!?」



その言葉が放たれたのと同時に、私は将棋盤を見渡し理解した。

仲間とのリンクが途切れているのは、ただ単に、私だけが閉じ込められたのだと思っていた。



ヴィオラ「人間を―――『駒』にしたのかッ!?」



hmm「ご明察です。とはいえ、。このゲームを創造した私だけが、誰がどの駒に該当しているのか分かるのです。理解出来ていますか? これから君は、仲間の命を背負いながら、大切な仲間かもしれない駒を手に持ち、私と将棋を指すのですよ。」



なんだよそれ、そんなの、話が全然変わってくるッ!

まさかこいつ、私以外のレジスタンスメンバー全員を『駒』にしたのか!?



だとしたら・・・自陣の駒数は65枚。

歩兵や香車といった種類別に分けたら29種類。

私達レジスタンスの総勢は22名・・・有り得る。

仲間全員が『駒』にされ、人質にされているとしたら最悪の展開だ。



ヴィオラ「・・・あんたの『駒』は? 機械兵や他のU2部隊が揃っているのか?」



hmm「・・・ふーむ。敵にそこまで話す義理もありません。ゲームは開始前から既に始まっています。真実と虚実を織り交ぜた情報戦をね。あくまで、真実を公正に伝えるべきなのはルールのみ。ですが一つだけお答えしましょう。私はU2部隊ではなく、みんと帝国の戦闘員、名はhmmです故。」



ヴィオラ「―――ッ、あんたッ、プレッシャーの掛け方がいちいち上手いなぁ!」



衝撃的な言葉の数々に、身体が震える。

そうだこいつの言う通り、戦いはもう始まっている。



hmm「ふーむ。焦っていますね。これぐらいのプレッシャーは跳ね返してくれると見込んでいたのですが。チュートリアルのないゲームは初めてで? 私は君の対応力に期待しています故、どうか喰らいついて来てくれると助かりますよ? 私がその分楽しめないですからねぇ。」



考えることは無数にあった。

互いの命を懸ける勝負に、こんなマイナーなゲームをやらされること。

異能対策が完璧に外されたこと。

仲間の命が自分の手にかかっているかもしれないという責任感。



中でも最たる疑問が、何故U2部隊の本拠地にみんと帝国の人がいるのか?

もしこれが事実なら―――いいや、今は余計な事を考えるな。



これはリアルに命のかかったデスゲーム。

私が負けた瞬間に、おそらく問答無用で全滅となる『ルール』なのだろう。



ヴィオラ「―――ここは任せて皆。必ず勝つ。誓うから。」



私は決意し、将棋盤の正面に座り込む。

無茶でもなんでも、やるしかない。



ヴィオラ「いいよ。その『闇のゲーム』、あんたの異能を打ち負かしてやる。実は隠れたゲームマニアなんだよね私は。」



私の言葉に薄く笑いつつ、hmmもまた反対側へと座り込む。



hmm「先手はくれてあげます―――来なさい。」



不敵な所作で手招きをするhmm。

つまりは己こそが格上という自信の表れで、やりもしない内からそう来られると正直言ってカチンと来る。



待ち受ける大勝負に、私は一つ深呼吸して―――駒を手に取り指した。



―――▲10六 歩兵。



―――△4六 歩兵。



ヴィオラ「・・・ッ。ノータイムでッ。」



hmm「別に待ち時間も定めていませんよ。ミニゲームらしく、ゆるーくいこうではありませんか。」



こうして、闇のゲームとやらが始まった。

自分の指した一手次第で、皆の運命が傾いてしまうという常軌を逸したこのゲームを―――。










―――盤上空間


~少女視点~



「視えたのだ・。・! 私たちの大将はヴィオラさんなの・。・」



スカイれいか「・・・視えたって。はぁ、あなたのそれ、本当にチートよね。」



どりゃれいか「物語を盗み見る力だっけ? いつ頃から出来るようになったのかは不明とも言ってたっけ。」



思考透視にもよく似た、

黒焔とはまた別の理なのか、この力が無力化されていないということが希望の光となっていた。



「ちょうど対局が始まったところで途切れてしまったのだ・。・ それでもヴィオラさんならやってくれると信じているなの・。・」



敵の対局者については―――まだ言わない方がいいかもしれない。

あのhmmという男は、かつて視た『みんと帝国』の夢に出てきた人物と全く同じだ。

余計な混乱は死を招くだけ、ならば今は戦闘に集中するべきだ。



スカイれいか「・・・まあいいわ。対局の方はヴィオラに任せるとして。私はいつも通り戦いに集中させてもらうわね。あの鎧武者は頂くわ。」



私の意図を読み取ったのか。

呟き、呼吸を整えて己の力を引き出すことに集中するスカイれいかさん。

その姿はまるで武道の熟達者を思わせる。



姫れいか「私は・・・やらなければ、伝えなければいけない相手がいますっ。」



スカイれいか「姫れいかさん・・・そうね、あいつは任せたわよ。」



"彼"とは個人的な関わりがある姫れいかさん。

ここは信じよう。

その目に宿った意思の光が、何事にも挫けないと主張している。



どりゃれいか「それじゃあ僕は、夜叉の面を被った人と戦おうかな。」



どこか虚無を感じさせる鬼面の奥には、今もこちらを捕捉していることだろう。



「私はKentなのだ・。・ 前回の因縁もあって、誰にも譲れないなの・。・」



私たちは覇気を高め、敵たちにそう言い放つ。

必ず倒すぞ。

迷いなどない。



―――すると、その時だった。



「うおっ、身体が浮いたのだ・。・!?」



これまでに経験したことのない不思議な感覚に、天上の何者かから身体ごと持ち上げられたかのような印象を覚えた。



どりゃれいか「盤面が動き始めたんだ!」



これが駒としての加速、一手を指すということか!?

突進体勢に入った私は、拳を強く握りしめて―――。



「はああああああッ!・。・!」



気魄とともに、先制の一歩を踏み出した。

通常の倍にも等しい速さ。

それはおそらく、私がヴィオラさんの指す一手通りに動いているからなのだろう。

自分にはない発想であり、こんな動きを自らの意思で取ったことは初めてだ。



しかし強く自覚する。

これも間違いなく私の意思なのだと。



「行くなのォォッ!・。・!」


鎧武者の男「―――させない。」



拳撃がKentの胴体を捉えようとした瞬間、間を置かずに襲い来るのは無数の連撃。



スカイれいか「あなたの相手は私よッ!!」



同時に後ろから、スカイれいかさんが迅雷の速度で私のフォローへと入った。

目の前で風刃と凶撃が火花を上げて激突し、加えて余した鎧武者の攻撃を身体を捻って回避する。

その背後にはどりゃれいかの速攻が唸りを上げていた。



どりゃれいか「どりゃああああッ!」



ほぼ無拍子と表して差し支えのない同時挙動、流れの中での連携、そして攻防。

手番を待ってからの対局だなどと、とんでもない。

高速戦闘の極みが今、私たちの眼前に展開されている。



No.11Kent「まずは肉弾戦だ、手並み拝見といこうじゃねぇかお嬢ちゃんッ!」



無論こちらだけでなく、連中の攻撃もまったく途切れることはない。



「これがッ、駒と駒の衝突ッ・。・!」



夜叉面の女「ふっ!」



僅かの間すらも与えられることはなく、死の匂いを濃密に纏った鬼面の赤刃が雨の如く襲い来る。



「ッ、おおおおおッ・。・!」



どれもが致命の刃を刹那の見切りで弾き飛ばす。

鬼面に覆われた女の視線は窺えないが、嘆きにも似た念が伝わってくるかのようだ。



そして同時に、幾手が交したことで確信を得た。



―――やはり今の私たちには、定められた『駒』の役割が直接的に作用している。


―――『駒』の死角からの攻撃はどうやら認識できないようで、先程から何度か冷汗をかかされている。



つまりはこうだ。

要するに、仮に私が『銀将』の型に嵌められていた場合、左右と背後にはまったく脆くなるということだ。

現状、事なきを得てはいるものの、意識しておく必要があるだろう。



同時に、そこを衝いていくのがこの盤上では重要な立ち回りとなる。

たとえ私たちの力量が未だ敵より劣っていても、奴らが対応する『駒』の死角を衝けば倒せる。

そういう意味では非常にフェアだし、チャンスがあると思っていい。

アドバンテージも付与されているというのはそういうことだ。



「・・・なんとなく慣れてきたのだ・。・!」



加えてどうやら、ここにきて私は自分がどういう『駒』にされているのかが見えてきた。



―――所持しているであろう特性は、おそらく『金将』。



先の、迷路にも似た道程でフレキシブルな動きを意識していたためだろう。

意表を衝くような攻撃には不向きなものの、弱点の少ない特性を得ることに成功している。

それはもしかしたら、私の特質や精神性も考慮したうえでの配役かもしれない。

普段とは似ても似つかない劇的な武器を手に出来たわけではないが、そのぶん慣れれば立ち回りに苦労することがないッ!



こちらとしては、己の行動範囲らしきものが把握できればそれで充分。



これは言うまでもない変則勝負。

『駒』の立ち回りを頭に強く意識したままで即時の判断を求められる、相当に厄介な代物だ。

そして、このままただ受けているだけでは戦況が好転することなどなく―――



「せいやなのッ!・。・!」



修行で培ってきた格闘の動き。

片足を軸として、半円を描きながらKentの拳打を紙一重で躱す。

そのまますかさず、必倒連打の滅多打ち。



No.11Kent「おっとぉ、防御成立ぅ!」



拳を交えた限り、Kentの持つ『駒』の能力は私と同じ『金将』であるようだった。

その機動性はさして広いものでなく、しかし隙を生じぬ小回りで駆動してくる。



「流石のU2部隊、手強いのだッ・。・!」



Kentが中央に位置することによって、敵側にとっては実に効果的な盾となっているのが実感として分かった。

難攻不落の不沈艦、まさに王の近衛。

立ち回りながら、私は改めて、Kentが完成された実力を有していると感じていた。

端的に言って半端じゃない、単純にただ強い。



だけどそれでも、正直なところ悪くない。

ここであいつの足を戦場の一点に止めておけば、仲間への被害も最小に抑えられる。

いや、何を腑抜けたことを―――もうこれ以上の犠牲は出すつもりはないんだ!



No.11Kent「金なし将棋に受けてなし。この格言通り、金将が機能不全になれば即座に戦線は成り立たなくなるぜお嬢ちゃん! 言うなれば核を失った状態と同じッ! 頼れる『駒』を請け負った者同士、踊ろうとしようやッ!!」



「もう誰も死なせないのだ・。・! 私は金将としてッ、仲間たちの防波堤となるなのッ!・。・!」



責任は重い。

一歩も引けない。

だがそれは、こうして戦場に立っている以上、当然のことであり望むところ。

心を燃やし受けて立つ。



No.11Kent「いい啖呵を切ったなお嬢ちゃん! 以前より技の威力も上がっているじゃないか、ミラーマッチとしても悪くないッ!」



私の繰り出した打撃をすべて受けきるKentは、その顔から不気味に笑みを浮かび上がらせる。

ああまったく、この黒裸の変態とまた戦うことになるとは、意地の悪い偶然なのか・・・いや、これすらも物語が設定した舞台装置なのだろう。



スカイれいか「―――少女ちゃん、後ろッ!」


「応ッ・。・!」


鎧武者の男「ッ?!」



背後から襲う攻撃を一切見ずに弾き飛ばした。

そこから現れたのは鎧武者で―――



「えっ、今の攻撃―――」



何か違和感。

私は今の拳を知っているような―――?



姫れいか「そ、そこですっ!」



急加速をもって私の背後から、文字通り飛んできたのは姫れいかさん。



漆黒の亜空間をライドするように、攻撃位置を読ませない複雑な軌道を描きながら側面からの蹴りを放った。



No.7いちご「はっ! おせぇよぉッ!!」



存分に遠心力の加わった一撃が向けられた相手はいちごで、躱しつつそのまま大きく距離を取るように下がっていく。

再び逃げていくいちごに向かい、姫れいかさんは言葉を放つ。



姫れいか「ここまで来たよっ、いちごちゃん! 確かにいちごちゃんの言う通り、私は戦闘に向いていないのかもしれないし、仲間たちに迷惑だってかけてるよっ。けどっ―――」



No.7いちご「うるせぇんだよグダグダとッ! 何か言いたきゃ俺を倒してみろッ! できるわきゃねぇーけどな!? 第一、おめぇみたいな雑魚の言葉に耳を傾けるわけねぇーだろがッ!!」



言い募ろうとする姫れいかさんに、しかし、交差と激突の果てに弾き飛ばされてしまう。



姫れいか「くっ、は・・・っ。」



顔面に一撃をもらいつつ、それでも伝う血の筋を舐め取って、口にするのは彼女の心にある矜持だった。



姫れいか「私にもっ、懸けているものがありますっ! 月並みな言葉になっちゃうけど、生半可な気持ちじゃないっ! 引けと言われてはいそうですかっていかないんだよっ!」



No.7いちご「・・・・・・・。」



どりゃれいか「姫れいかさん、熱くなるのはいいけど、頭は冷静に保っておこう。急いだらことを仕損じるよ。」



戦闘機のような高速機動で近づいてきたのはどりゃれいかさんだった。

それと同時に―――。



夜叉面の女「ッ、あなたやはりッ・・・。」



どりゃれいか「僕とのタイマンは嫌なのかな? けど仕方ないのかもね。」



急展開の連続に、思考が置いてかれそうになる。



「どりゃれいかさん、助かったのだ・。・!」



傍にいたはずのスカイれいかさんは、いつの間にか距離を置いたところで緊迫した攻防が続いていた。

目まぐるしく変化するこの状況、ヴィオラさん達の対局が激しく、複雑に展開されてきた証拠だ。



どりゃれいか「僕は将棋について明るいわけではないけど、一通りの定石くらいは踏まえているよ。ねぇ、お姉さん。あなたの隊列って、金底の歩に等しいよね? 周辺範囲に手の回る金将、その弱点とも言われる後方を小駒である『歩』で補う。面制的に効果的とされる戦術だ。」



夜叉面の女「・・・・。」



どりゃれいか「僕とのタイマンを無視しつつ、奇襲を狙ってきたその手は―――もはや『歩』ではなく『香車』。当たってるかなお姉さん?」



―――戦闘センスの塊。



そう表現する他ない。

おそらく、この盤面で一番冷静さを保っているのはどりゃれいかさんなのかもしれない。



その冷静さを肌で感じ取った彼女もまた―――。



姫れいか「分かってますどりゃれいかさんっ、いや分かってないのかもっ、でも大丈夫ですっ! この期に及んでまた、立ち直れない失敗をするのはまっぴらですからっ! ―――もう嫌なんですっ! 自分が、自分だけが皆に遅れをとってるのはっ!!」



激している彼女は、その内心が冷静でないのは明らかだ。

しかし溢れんばかりの熱が、今の姫れいかさんを強くさせているのも事実。

この場でそれを使いこなせるかは対局者であるヴィオラさん次第。



No.11Kent「余所見は禁物だぜお嬢ちゃん!」



先の探り合いから一転、まるで決着を狙うかのような突進に対して、私は鋭角的なステップワークでその勢いを殺していく。



「ッ、他の皆を気配りする余裕がないのだ・。・;」



両者の交差するそのとき、僅かな小競り合いこそ起きるものの・・・刹那で盤面が変わっていく。



対局と聞いてまず連想したのは静寂の空間であり、これより展開される戦闘も一種独特なものになると思っていた。



しかし実際はまったく違う。

いくつもの情報が同時に処理され、流れるような攻防が連続して繰り返される高密度な局面なのだ。



盤面の神たるヴィオラさんとhmmが全体を動かしているため、互いの挙動が連続していくのは当たり前であるこの状況。

加えてただの傀儡などではなく、私たちの思考も確かに身体へ乗っている。

すなわちのところ、二人分の頭脳を乗せた別の生物になったかのような心持ちだ。



―――将棋とは、駒を同時に複数動かすという、高等演算にも似た能力が求められる。

普通に考えれば幾らも経たないうちに疲労してしまうだろう。



よってヴィオラさんとhmm、今は姿の見えない二人を支えているのは鋼の精神力であり、そこは両者とも相当なものであることが窺える。



スカイれいか「ずいぶん度胸が据わってるじゃない。また逃げようとせずに、まるでいつものあなたじゃないみたいよッ!」



鎧武者の男「・・・。」



スカイれいか「無視ね。なるほどいいよ、構わないッ! ここで多少痛い目に遭ってでも、すべてを話してもらうからッ!」



最小の動作で無駄のない最大効果を得んとする動きは熟達のものだった。

襲い来る鎧武者の拳を真正面から貫き、その突進の勢いのまま彼女は攻め立てている。



スカイれいか「あんたなんでしょ? そんな仮面を着けたって、分かるってのよ私にはッ! 下手な変装してないで、さっさと素顔を見せてみなさいッ!」



鎧武者の男「―――ガァァッ!!」



スカイれいかさんの声に鎧武者は無言で、ただ機械的な動きをもって押し返す。

力比べ、となれば単純な腕力の勝負。



スカイれいか「ぐ、うううぅッ!!」



「スカイれいかさん、加勢するなの・。・!」



放たれた剛拳に私は割って入る。

そうだ、私たちは決して一人じゃない、こうして互いに助けることが出来るのだから。

そして、ここで一つ確認しておくことがある。



「それは本当なの・。・!?」



眼前の鎧武者が、ふじれいかさんだと言ったこと。

凛としたその瞳は鎧武者を向いたまま、彼女は答えた。



スカイれいか「分からないわ、私にだって確信なんてない。ただ、そんな気がしただけよ。ごめんなさい、もう大丈夫。忘れてくれて構わない。」



体勢を直したスカイれいかさんは再び構える。

あれがふじれいかさんだと言われても、似ているのは背格好だけであり判然としない。

だがしかし―――。



「スカイれいかさん、任せたなの・。・ そっちの思うように立ち回って、ただ、あの鎧武者がふじれいかさんだったら連れて帰るのだ・。・!」



スカイれいか「・・・疑わないの? 結構な荒唐無稽を言っている自覚はあるんだけど。」



「疑わないなの・。・ 私も同じ違和感を感じたのだ・。・ スカイれいかさんはふじれいかさんと一番長く一緒にいたから、仲が良かったのは間違いないなの・。・! だからこそ分かることもあると思うのだ・。・!」



それに、敵を倒す以外の目的があるというのも悪くない。

それは戦いの中で、きっと力になるはずだ。



スカイれいか「・・・ありがと。」



戦況は一瞬の凪に入り、私たちは互いの死角を補うよう、背中合わせの円陣を組む。

そして、ここにいるべきもう一人の仲間のことを思っていた。



「ヴィオラさん・・・信じてるのだ・。・」



今も、こことは隔絶された空間で、hmmと一対一の対局に臨んでいるはずだ。

透視する隙が許されない現状では、ヴィオラさんの勝利を願うことしかできない。



スカイれいか「でもまあ、なんとかいい感じね。みんなしっかり動けてる。姫れいかは、体力大丈夫なの? 最初から結構飛ばしてるけど―――」



姫れいか「はいっ、問題ないですっ。ヴィオラさんがどこかで頑張ってるのに、『駒』役の私たちがそう簡単に引けませんっ!」



その言葉に、私たちの心の焔は燃え上がる。



どりゃれいか「その通りだね。よく言った。彼女もきっと、辛い中だろうと頑張っているだろうさ―――!」












―――ふわっと小学校 校長室


~ヴィオラ視点~



同時刻。

対局開始から40分経過。

現在72手目。



▲13九、桂馬―――。



長考の末、私はようやく一手を指す。

冷や汗が一筋背中を伝っていくのが感じられた。



hmm「ふーむ。こちらの変化を気取られましたか。はてさてこの守り、どう崩したものやら・・・。」



正面に座しているhmmは自らの手を顎に当て、盤面をじっくりと眺めている。

何か致命的なミスがこっちにあったんじゃないか・・・それを思うと気が気ではいられない。



―――△8八、奔王。



ヴィオラ「ッ!?」



後手が打たれ、私はその大胆さに息を飲んだ。

盤面の中央に躊躇なく運ばれた大駒の動きは、この類のボードゲームの定石を逸脱したものだったから。



将棋、チェスなどのゲームは駒同士が密に連携を取っていくのが約束事。

いわゆる遊び駒を極力減らして、数で相手を上回るというのがセオリーだったはずじゃないのかッ?



hmm「ふーむ。やはり少々、撹乱させて頂きましょうか。」



なのに、今の一手。

飛車と角行の動きを併せ持った正真正銘の大駒を、さも投げ捨てるかのように盤の真ん中へと無造作に打ち込むその考えは、正直言って理解が出来ない。

考えがまったく読めない故に、対処に神経が擦り減らされる。



だから私は再びの長考へと追いやられて、結果・・・。



―――▲13十、歩兵。



先に位置取らせた桂馬を補強するかのような、守りの一手を強いられた。



呑まれるな。

そう自分に言い聞かせる。

だがしかし、しかしだ。

一手指すごとに、精神力が削られていくんだよ。



極力、駒を取られてはいけないという前提条件が、じわじわと私の集中を蝕んでいくんだよ。



全体を見回し、戦況を判断した上で全てを同時に動かし立ち回る。

そして、誰がどの駒に該当しているかはこちらからじゃ分からない。



この手に持った駒が、盤の端に位置する駒が、私の大切な仲間そのものかもしれない・・・。



そう、このゲームにおける一番の脅威は間違いなくそこなのだ。



戦術として、

それがもし少女ちゃんだったら、他の修行組だったら、キリトや姫れいかだったらどうしよう?



一枚取られると、その駒に該当していた誰かが死んでしまう。

こちらから同じ駒を取り返せば回復や復活になるのかもしれないが、何にせよ背筋が凍る駆け引きだ。

指し手という俯瞰の目線で、仲間の生死を、ゲーム感覚のまますり潰すおぞましさ。



その苦痛、精神的疲労は甚大、判断力もどこまで保つのかなんて分からない。



しかし―――。



ヴィオラ「これも死闘っちゃ死闘か。はははっ。」



私は無理にでも微笑む。

無茶でもなんでもやるしかないのだ。



幸いなことに、この将棋というレギュレーション自体が、私に向いているといえば向いている。

今のところ盤上の局面は、それなりに誤魔化せてはいるだろう。

序盤としては、まずまず上出来の立ち上がりと言えるはず。



hmm「・・・ふふっ。そこで笑いますか。命のかかった闇のゲームだというのに。」



ヴィオラ「いいや。色々と昔を思い出していただけだよ。」



心のどこかでよかったと思うのは、ゲームのためにあれだけ毎日モニタに向かって積み重ねてきた時間が活きているということだった。

ゼルダとかペルソナとか、果ては誰も知らないフリゲまで。

名作も地雷もたくさんやったけど、そのどれにも意味があったんだなと感じられる。



人生色々、何が活きるか分からないから面白い。

だから気を強く持て。

一歩だって引いちゃ駄目だ、みんなを助けたいのなら。



―――△6八、麒麟。



hmm「さあ、あなたの手番です故。」



断続的に駒を動かす。

思考のリズムを途切れさせず、幾通りの未来を見通すんだ。



どうやらhmmは駒の連携を止め、個人戦に切り替えたようだ。

ならば上等、こちらもそれに応えるまでッ!



ヴィオラ「信じてるぞッ、みんな―――!」












―――盤上空間


~少女視点~



鎧武者の男「・・・・。」


No.11Kent「今度は受け止めきれるかぁ?!」


夜叉面の女「はぁッ!」


No.7いちご「ひゃはぁァッ!!」



敵側の四人が、



すなわち、異なる方向への同時跳躍。

なるほど、別方向から来られてしまえば、迎撃する私側も取れる手段は多くない。

だとすれば、こちらも戦力を分けての応対となる。



敵個々人のレベルなど、今さら確認するまでもなく達人揃い。

連携という武器を失った私たちが崩せるかどうかは見えず、しかし・・・。



姫れいか「びびりませんっ! 望むところですっ!」


どりゃれいか「受け持ちは先に決めた通り。準備は出来てるね皆?」


スカイれいか「私は正直お誂え向きの状況なのよ・・・粋な巡り合わせってやつだわ。」


「Kentとの謎の腐れ縁、ここで終わらせてやるのだ・。・!」



見据え、闘志を発露する。

それぞれ、自分の手で決着を付けたいと願っている。



ヴィオラさんにとっては四面指しの状況になる。

おそらく、かなりの負担になるだろうが、それでも頼むぞ、信じている。



そう小さく呟いて、私は再び覇気を身体に巡らせた。

―――『駒』側のこちらは任せろ。

ヴィオラさんの描く盤面通り、決して遅れなどは取らないとここに誓う―――!








~現在状況~


・リアルタイム将棋

ヴィオラ(王将) vs hmm(王将)

少女(金将) vs Kent(金将)

どりゃれいか(駒不明) vs 夜叉面の女(香車)

姫れいか(駒不明)vs いちご(駒不明)

スカイれいか(飛車)vs 鎧武者の男(駒不明)


・ふわっと小学校 恋愛の相

キリト&安眠 vs キリト(偽)&ゆめちゃん

4410 vs 悲哀れいか(偽)

???れいか vs 天かす


・非戦闘状態

もえれいか、しぇいぱー君、翔・。・太、ひげれいか、リオれいか、めんちゃん、あっちゃん、ゆうれいか、べるれいか、リーダー(観測不能)、スノーれいか、真中あぁあ、レキモン。







どりゃれいか「それにしても、。異世界の真実を知っている僕がいたから、ってのも原因なんだろうね。思考や行動を反映してのゲーム盤生成。。うん、本当によく似ているよ。」



誰にも聞こえない声量で、一人呟くその少年。

他の仲間たちは皆、遠く離れた地点で既にタイマンを始めている中―――。



どりゃれいか「僕が優しくなれるのはこの戦闘限りだよ、お姉さん。。だからこの借りだけは返す―――絶対に救ってみせる。」



夜叉面の女「・・・何を言おうと、私は揺るがない。面を被る行為とは即ち、変身を意味する。それは、まったくの別人になることと同義。今の私は、血が見たくてたまらない殺人鬼でしかない。さあおいで。殺してあげるッ!」



一人はかつてのリターンマッチ。

一人は去っていった仲間を追いかける為に。

一人は仲間を振り向かせるために。

一人は借りを返すために。

それぞれが、因縁を持って戦うこの盤上。




これより先、戦況は中盤へと差し掛かるのだが―――。




?????「面白いことになってるじゃないか。やれやれ。『ふわっと小学校』の特性だったか? 確かにここからなら、妄想体だろうと盤外からの蘇生も可能となる。今すぐにでも復活したいところだが、如何せんタイミングだな。あの将棋とやら、ヴィオラ自身も気付いていない、隠されたルールがありそうだ。」




盤上とはまったく関係のない人物が、




?????「。それまでに、盤外からの蘇生は間に合わせるさ。ひひ。」





―――第三の分岐点までおよそ一日と8時間。


本丸はあくまでみんと帝国。

しかし、その道のりは未だ険しく、遠い―――。




つづく。






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