第8話 巨神ふじれいか

ふぁ「着慣れているわね・・・。」


時刻は午前5時。

地下の隠れ家宮殿内、ふぁっきゅーれいかの部屋。


少女は寝間着を脱ぎ捨て、元の目立つ服装へと着替えていた時だった。


「異世界の服といっても、基本は同じだと思うなの・。・」


見方によってはキャミソール。

かなり分厚いスカート。

首元まで隠れる小型ジャケット。

両腕にシュシュ。

次々と慣れた手つきで着替えていく少女。


ふぁ「ええそうよ。基本は同じ。派手に見えても既視感が募る。つまりあなたは・・・現実世界では女性だったのね。」


「そ、そういう話なの・。・?」


「あなたも知ってる通り、この世界に召喚された『名前持ち』は、異なる服装と外見を与えられる。ここまでは話したわよね?」


「ま、まさか――」


異なる服装と外見。

話の流れから察するに・・・。


そのものが変わっている可能性・。・?」


ふぁ「必ずしも変わっているわけじゃないわ。だけど一定数はのよ。現実とは異なる性を与えられた人間がね。」


そういえば・・・。

誰かが『性別』について・・・怒鳴っていたような・・・。

あれは誰だったっけ。


ふぁ「見分けるポイントは、女性物の扱いに慣れているか否かよ。あなたみたいに女性ファッションを着こなす子は、現実で着慣れていた証拠。つまりだと断定できる。・・・失礼な物言いでごめんね。逆に、着慣れていないのは・・・まあそういうことよ。」


「ふぁっきゅーちゃんはどっちなの・。・?」


ふぁ「初めに言っておくわ。その問いには誰も、絶対に答えないでしょうね。」


綺麗なカウンターを決めたつもりが、更なる追撃クロスカウンター。

少女は納得いかないといった様子で、頬を膨らませている。


だがしかし、冷静に考えれば

例えばの話、ふぁっきゅーれいかを一例として見てみよう。

異世界においては、女性の姿。

だが、現実世界では必ずしもそうだとは限らない。

もし現実世界では、脂ぎった加齢臭満載の30代デブ男だとしたら?

・・・言えるわけがない。

そんな男がだ。

異世界で女性の姿となり、女性の振る舞いをしながら過ごしていく。

まだ幼さが見える少女と、同じ部屋で一夜を過ごしたなどと。

もちろんこれは仮の話。

実際にふぁっきゅーれいかの本当の性別がどちらなのか、それは本人の口から語られるまでわからない。


だがそもそも

誰が男か、誰が女かなんて言ってはいけないし、思う必要もない。

同じ異世界、ルールに則った者同士。

我も人、彼も人。

ゆえに対等。

それだけで十分なのだ。

異世界内で、相手の本当の性別を聞くことなど言語道断。

それはいつしか、隠れ家において暗黙のルールとなっていた。


「・・・って、私の性別を探ったことはルール違反にならないなの・。・!?」


ふぁ「わかりやすいあなたが悪いのよ。あなたって、やることすべての挙動が可愛らしいもの。」


えぇ・・・。

何その理由・・・。


ふぁ「あなたはこれから王の間で行われる会議に赴くわ。そこにはリーダーだけでなく、このが集まってくる。」


「言いたいことは分かってきたなの・。・つまりはその誰にも、性別のことは聞いちゃ駄目ってことなのね・。・v」


野太い声「。」


一瞬にして部屋の空気が変わる。

それもそのはず、少女とふぁっきゅーれいかは今だだ。

そこに一人の大男が部屋に入ってきたこの状況。


野太い声「記憶喪失の子も一緒か。手間が省けたというものよ。」


ふぁ「珍しいわね。あなたがここに来るなんて。どうしたのふじれいか?」


・・・あれ?

思ってた展開と違う・・・。


途端、固まるふぁっきゅーれいか。


ふぁ「ああ・・・えと・・・あああああああああ!!!!??ふ、ふじれいか!い、今すぐ部屋から出ていきなさいっ!!」


いきなり叫びだすふぁっきゅーれいか。

青ざめた顔で、少女の体を毛布で隠していく。


ふぁ「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」


野太い声「私からも謝らせてくれ。どうやら失念していたようだ。・・・安心するといい。はっきりとは見ていない。」


部屋の外から野太い声。

今のうちにと、少女とふぁっきゅーれいかは着替えを済ましていく。




「しかし驚いたのだ・。・いきなり入ってきたから頭が真っ白になったなの・。・」


部屋の空気は落ち着きを取り戻していた。

突如現れたこの男、ふじれいかも部屋の主に迎えられ、腰を下ろしている。


野太い声「改めて・・・ふじれいかというものだ。先程は済まなかったな。」


「気にしてないなの・。・」


少女は心からそう思っていた。

事前に男だの女だのという話を聞いていたからだろうか、不思議と嫌悪感は無い。

いやそもそも、あの時は唐突すぎて頭が回らなかったこともある。

さも当然のように入ってきた大男のふじれいか、それをふぁっきゅーれいか。

かと思えば、いきなり恥じらいだすふぁっきゅーれいか。


必然的に、一つの疑問が生まれる。

だが少女は、それを心の中に押し留めておくことにした。

これ以上、場を混乱させるわけにはいかない。


ふじれいか「そう言ってくれると助かるよ。」


和やかに微笑みながら、ふじれいかは答える。

少女は心の内を見透かされたような気持ちになっていた。


「あっ・。・!あのとき王の間で護衛をしていた人なの・。・?」


少女はようやく思い出す。

少女とふじれいかは、前に一度会っていた。

リーダーの護衛の一人として、あの場に立っていたのだ。


ふじれいか「覚えてもらって光栄だ。あのときは災難だったな・・・なんて言うつもりはない。今でも悔いている、あのとき主を守っていればと思うとな。」


ふじれいかの瞳に静かな炎が宿る。

少女もそれはわかっている。

わかっているからこそ、受け止めるしかない。


つまりは、あの少女の蛮行をふじれいかは許していなかった。

護衛という立場からすれば、それは当たり前で当然の気持ちだろう。


よく見るとこの大男、ふじれいかだったか。

対峙してみて、ようやくわかる。

この男もまた強者。

全く隙が無い。


顔は強面、はちきれんばかりの筋肉量、身長はおそらく二メートルを超えている。


ふじれいか「だが、だ。今は違う・・・。」


かと思えば、静かな物言いで周囲を落ち着かせる一面。

ふじれいかの瞳は、元の優しげなものに変わっていた。


ふじれいか「。私にはそれだけで十分だ。依然、危険人物であることに変わりはないが・・・少なくとも、分かりあえる奴だと判断した。」


ふじれいかがこの部屋にやってきた理由は二つある。

一つは少女と直接話すこと。

即ち対話。

隠れ家にとって危険因子か否かを判別するために。

自らの判断が正しいのか確かめるために。


ふぁ「それで?実際会ってみてどう?この子はどう見える?」


ベッドに座っている少女。

緊張の眼差しでふじれいかを見つめる。


ふじれいか「・・・わかんね。」


少女は勢いよくズッコケる。


ふじれいか「はははっ。いや、わからないんだよ。。あのときの反抗的な目ではない。おしとやかな少女そのものではないか。まったく同じ人物とは思えない。まるで多重人格のようだ。・・・いやまて、それこそがこの少女の異能なのか?」


ふぁ「・・・うーん。私もその説は疑ったんだけど、何か違うと思うのよね。」


その発想は無かったと少女は考え込む。


戦うときに少し強気な性格になる私。

それ自体が異能?

なにそれ。

どうせなら、もっと使い勝手よさそうな異能のほうがいいかも・・・。


ふじれいか「この隠れ家を乗っ取るなんて聞いたときは、それこそ寿命が縮むくらい驚いたなぁ。」


う・・・。

確かに言った記憶ある・・・。

今思い返すと・・・とんでもなく失礼だ。


「こ、ここに来た理由は二つと言ってたのだ・。・もう一つはいったい何なのだ・。・?」


軽い気持ちで、少女は話題を変える。


ふじれいか「・・・。それはだな・・・。だよ。信じるかどうかはお前たち次第だがな。」


ふぁっきゅーれいかの目の色が変わる。

その様子を、隣で座る少女も察知する。


ふぁ「待ってふじれいか。もうなんとなくわかったわ。あなた・・・それでいいの?。」


ふじれいか「いいんだよ。私がきめたことだ。・・・決心がついた。この少女は何も悪くない。」


少女は不穏な予感を感じずにはいられなかった。

話の流れがおかしい。

いやそもそも、

それにようやく気づく少女。

ふじれいかは立ち上がり、少女たちに背を向けながら口を開く。


ふじれいか「。」


告げ口。

それは他人の秘密や悪行を、密かに他に告げること。

いわば密告、裏切り行為。

・・・誰に対して?

決まっている。

王の間でふんぞり返っている護衛対象なんて一人しかいない。




部屋の出口をずっと見つめる少女。

そこにはもう、ふじれいかはいない。

とっくに帰った後である。

時刻を見ると午前5時47分、会議まで10分弱といったところか。

少女はふじれいかに言われたことを、頭の中で反復させる。

一体何が起こるというのか・・・少女には想像がつかない。


ふぁ「考えてもしょうがないでしょ」


立ち上がるふぁっきゅーれいか。


「・・・ふぁっきゅーちゃんは、これから会議で何が起こるか、予想できてるなの・。・?」


少女はすっかり、恐怖のイメージに飲み込まれてしまったようで、続けて立ち上がることができず、そのまま座り続けている。


ふぁ「あのクソリーダーの考えつくことなんて、たかが知れてるわ。とにかく、ただの会議にならないことだけは確かね。・・・戦闘の準備をしておきなさい。」


少女は息を飲む。

既に賽は投げられたのだ。

会議までの残り数分、少女は覚悟を固めていくことに努めるのだった。










ふぁ「一体これはどういうことなのよリーダー!!」


場所は王の間。

だが昨日とは様子が違う。

まず目立ったのが、両サイドに設置された土の壁である。

見覚えのある壁、かなり高い。

いや、壁にしては横幅が広すぎる。

まるでこれでは展望台だ。

その遥か高さに位置する展望台の頂上に、リーダーたちはいた。


フリー「なに、ただの余興だよ!!おチビちゃんの歓迎パーティさ!!」


その身体にはもう、怪我一つも見当たらない。

少女は少しだけほっとする。

大怪我よりも、さらい酷い致命傷を負わせた罪悪感は消えない。

今度会ったときは、必ず謝ろうと決めていた少女。

だがこれは、もはや謝れる状況ではない・・・。


なぜなら、リーダーを中心として、何人もの人間が列を束ねていたからだ。

ざっと数えると七人、リーダーを加えると八人か。

そして驚くことに、少女はそれら全ての顔を知っていた。


ひまれいか「どうやら少し混乱しているようだ。わが主よ。状況の説明を。」


フリー「ったく、流石はひまれいかと言っていいのか?どっから嗅ぎつけたんだこのアホ!こんな大所帯引き連れてきやがって!」


ゆうれいか「僕は~あの子が心配だから様子を見に来ただけだよ~。」


いちご「俺はちげぇからな!?断じて心配なんかしてねぇからなぁ!?もう一度言うぜ!?俺は断じてそんなんじゃねぇ!この命令クソ野郎に連れてこられただけだからな!?」


姫れいか「いちごちゃんおすわりおすわりおすわりいいぃぃ!!!」


ドスッ!ドスッ!ドスッ!


活発そうな声「あわわ・・・。」


ふじれいか「・・・来たか。」


昨日見た顔ばかり。

リーダーと護衛の二人はもちろんのこと、それを取り囲むように騒ぐ集団。

そして最後の一人は、遠く離れた高台に座っている。


キリト「・・・。」


そう、キリトであった。

この中では明らかに別格。

決して、ぼっちだから離れているとかそういうのではない。


「これが・・・会議なの・。・?」


少女はわかっていながらも、聞かざるを得なかった。

少なくともこの状況、少女にとっては異常でしかない。


ふぁ「でしょ・・・。明らかにおかしいわ。いつものメンバーじゃない・・・。答えてよリーダー!!一体これはなんなの!?」


再び大声を張り上げるふぁっきゅーれいか。

それに答えたのは、まさかのキリトだった。


キリト「こいつの実力を測るためだよ。」


キリトの異能によるものだと気づいた人物はただ一人。


フリー「余計な事するんじゃねぇよキリト。殺されてぇか?」


キリト「手間を省いただけだ。」


その言葉を最後に、ふぁっきゅーれいかが絶句する。

意識がようやく追いついたところでもう遅い。


ふぁ(ど、どうやっ・・・て・・・。)


ふぁっきゅーれいかのそばにいた少女を、

その事実を・・・認識できない。


否、認められるわけがない。

気付いたら、いなくなってたなんてそんな・・・!


ふぁっきゅーれいかの警戒網など、キリトにとっては意味をなさない。

速さの超越に対抗できる術はないのだから。

彼女は未だに、少女が連れ去られたトリックを看破できず、唇をきつく噛む。


そしてそれ以上に驚いていたのが少女自身である。

感覚は瞬間移動に等しい。

それほど唐突に、見ていた景色が変わっていたのだ。


「・・・あ、あなたがやったなの・。・?」


キリト「・・・。」


無視。


いちご「なんだよおい。あのロリ急にいなくなったぞ?どこ行ったんだ?」


姫れいか「・・・見ておくといいのですよ、いちごちゃん。今から起きることを。きっといちごちゃんにも必要なことだから・・・。」


フリー「おいチビ!!聞こえるか?今からお前には。そこのキリトが言ったように、これはお前の力を測るためでもある!難しく考えなくていい、歓迎会のように楽しんでいけ!」


つまりは演習。

土の壁で作られたものはまさに、臨時闘技場だったのだ。


フリー「お前と戦うメンバーはこちらのほうで決めさせてもらうぜ!危なくなったときはすぐに止めさせる!一戦ごとに回復の機会も与えよう!公正を期すためにもふぁっきゅーれいか!お前に審判の役割を果たしてもらう!」



ふぁ「・・・いいわ。審判を務めましょう。」


ふぁっきゅーれいかにしては物分かりがいい返事である。

いや、逆らえるわけが無いのだ。



それに向こう側にはキリトがいる。

彼はリーダーとの存在だ。

下手に敵に回すよりは大人しく従った方が賢明である。


キリト「降ろしてやる。俺に掴まれ。」


ぶっきらぼうに口を開くキリト


「・・・その必要はないなの・。・v」


何の前触れもなく、

土の壁に数度、手足を伝っていき、落下の速度を弱めていく。

そしていつの間にか地面にピタリと、綺麗な着地を決めていた。


いちご「・・・すっげ。」


あれほど騒いでいたいちごも、見とれるほどの舞いである。

少女は遥か高みの先、リーダーを睨みつける。


「いいなの・。・!その勝負、楽しませてやるのだ!・。・!」


少女の大声が、響き渡る。

ここにいる誰もが、少女に注目していた。


フリー「ははっ!!そうだぜッ・・・!楽しまなきゃ損だ!!」


決闘の合意が下された。

もうそこに、あの少女はいない。


――今そこにいるのは、戦場の住人だ。


ふじれいか(・・・あの瞳だ!)


ふじれいかは思い出していた。

昨夜同じ場所での出来事、あのときの少女の瞳を。

今と全く同じ、あの瞳・・・!


フリー「ふじれいか、。」


ふじれいか「!??私、ですか!?」


フリー「バレてないとでも思っていたのか?これはお前への罰だ。密告した本人自らが戦いに参加する。いいシチュエーションだろう?」


ふじれいか「わ、私ではおそらく城が保ちませんよ・・・!?」


フリー「何度も言わせるな。初戦はお前だ、ふじれいか。というかお前、実のところあのチビと戦いたいんだろ?。」


・・・・・。


ふじれいかは、思わず笑みをこぼす。



ふじれいか「・・・感謝します。」


その台詞と同時に、高台から勢いよく飛び出していった。

少女とは違う、ブレーキもかけずに地面に一直線へと!


ドシィィィィィィイイイン・・・!!!


姫れいか「地響きが・・・!」


ありえないほどの土煙が、王の間を覆いつくしていく。

少女とふぁっきゅーれいかはもちろん、展望台にいる人たちにまで被害が拡大していた。


ひまれいか「・・・勘弁してくれ。目に染みるではないか・・・。」


いちご「あいつは!?あのロリは無事なのか!?」


次第に土煙が晴れていく。

ある者にとっては予想通り、ある者にとっては予想外の光景が広がっていた。


ふぁ「・・・ふじれいかっ!」


巨人。

そう例えるしかないが、少女と対峙していた。

ふじれいかが着地したであろう地点には、大型のクレーターが空いている。

ふじれいかの姿は見えない。

否、すでに見えているのだ。


キリト「・・・初戦からトバしてくるじゃねぇか。まあお手並み拝見か。」


いちご「まじかよ・・・。聞けばあいつ、俺と同じ無能力者なんだろ!?あんな巨人に・・・勝てるわけねぇじゃねぇかっ・・・!」


全長40m。

土の高台を余裕で越した高さ。

両腕、両足の太さ、ともに6m。

元々強面だったふじれいかの顔は、もはや人間の顔ではない。

皮膚全てが、岩のような物に覆われている異形と化していた。

その巨体はズシリと動き出し、戦闘態勢を取っている少女に向かって口を開く。


ふじれいか「これが私の異能、『変革巨大神話』、故に巨神。」


喋るだけでも底知れない威圧感を放ち続けるふじれいか。

声の振動だけで、地震にも似た揺れが襲い掛かるのだ。


姫れいか「だ、駄目だよこんなのっ!どうしてふじれいかなのっ??これじゃあの子、死んじゃうっ!」


ひまれいか「いや、。」


ひまれいかだけには視えていた。

少女の本心を。


ひまれいか(そこでその感情は中々出せないものだ。)


笑っていた。

少女は目の前の巨人相手に対し、笑って見せたのだ。


「ふぁっきゅーちゃん・。・戦闘開始の合図、よろしくなのだ・。・」


不安にさせまいと、ふぁっきゅーれいかに向き直る少女。

すでに戦闘モードといった表情で、戦闘開始の合図を強請る。


フリー「よし、いいぞ。試合開始の宣言をしろ!ふぁっきゅーれいか!!」


ふぁ「っ!・・・これより、模擬試合第一試合を始めるわ!双方構え!」


両者、対戦相手の方に向き直る。


ふじれいか「手加減はしない。記憶喪失の子よ・・・。」


「・・・こっちのセリフなのだ・。・v」


挑発するように、片手で仕草を取る少女。


キリト「・・・意気や良し。」


いちご「まじでか・・・。本当に・・・始まっちまうぞ・・・。や、やべぇっ!逃げないと!」


試合開始前の、無限とも思えるような時間。

この勝負カード、もはや勝敗云々の話ではない。

勝負にすらならないという話だけでは留まらない。

こんな巨人が暴れだしたらどうなる?

土の壁など即座に破壊されるだろう。

そうなれば、ここにいる全員が危うい。

少なくとも、いちご、姫れいか、ゆうれいかはそう思っていた。


だが、その思いは・・・。


ふぁ「戦闘開始ッ・・・!!」













流麗かつ激烈、連撃の打撃音が響き渡る。

針の穴を通すような武術の冴えが、ふじれいかの障壁を易々と突破し、その長身を吹き飛ばしたのだ。

粉々に爆散し岩片が砕け、ふじれいかの皮膚が露になる。

だが、それも刹那の一瞬のみ。

次々と岩片が再生され、顔の負傷が元通りとなっていく。


しかしだ。

その程度で、少女の猛攻は止まらない。


展望台の土壁が、音を立てて軋み始める。

撒き散らされた岩片が、無差別に周囲に襲い掛かった。


フリー「は、はははははははっ!!やるねええぇ!!一発決めやがったぞ!!」


一際激しい拍手が一つ。

楽しそうに喉を震わせ大笑いするフリーれいか。

攻防を目で追えたのは、いちご以外の全員であった。


いちご「砂埃で見えねぇっ・・・!なんなんだよ!!何が起こってんだよ!!」


姫れいか「いちごちゃん!お口チャック!」


ビシィィィッ。

全身硬直するいちご。


活発そうな声「うわー。昨日より全然速くなってるじゃん。どういうことなの?」


フリー「成長レベルが著しく磨かれているな!この時点で、あれだけの威力を発揮できることも驚きだが、おそらくまだ全快ではないだろうぜ!この程度では終わらない筈さ。俺が見込んだだけはあるっ!」


ひまれいか「それだけじゃない。巨人に立ち向かっていく勇気と気概も兼ね備えているのさ。」


そう言いながらひまれいかは、密かに少女の思考を盗み取る。


ひまれいか(そうだ。・・・分かっているじゃないかこいつは。ふじれいかのを躱したな。優勢だろうと決して油断していない。あれだけ啖呵を切った割には、慎重な思考を維持出来ている・・・。)


少女は、倒れそうになっているふじれいかへの追撃を躊躇っていたのだ。

否、ふじれいかの狙いを看破していた。

少女は地面に着地し、巨神を睨みつける。


色気を出すな。

勝てると思うな。

常に疑い、全体を見ろッ・・・!


こいつら相手に真っ当な戦いが出来ると錯覚すれば死に繋がる。

戦闘前から不意打ち成功までずっと!

今この時まで、一瞬たりともその考えは捨てていない!


こいつら油断を誘うためなら、本当に腕の一本くらいは余裕で差し出すはずだ。

たかが不意打ち一発決めたくらいで、色めきたつほど素人じゃない!

食いつかないぞ、舐めるんじゃないッ!


ふじれいか「・・・・はははは。よく見破った。」


巨神が体制を整える。

穢れた岩を纏った姿は依然変わらず、負傷の有無も分からない。

不死身なのか、この男は。


ゆうれいか「・・・やられたフリして機会を伺う、まあ基本だよね~。」


少女の両腕は、連撃の影響で痺れているのか、確かめるように拳を握っては開き、含笑しながらゆっくりと手招く。

巨神のふじれいかに比べれば、遥かに小柄な体格だろう。

だが、滲み出る危険な気配は全く劣るものではない。

王の間にいる誰もが理解するしかなかった。

この少女は、強い。


「あのまま私が追撃していたら、握りつぶされるか壁に叩きつけられるかのどちらかになっていたなの・。・もういい加減、はやめろなの!・。・!」


ふじれいか「では・・・遠慮なく。」


大質量が音もたてずに、少女に向かって壁と化す。

正真正銘、全体重をかけた全力の右フック。

巨人には似つかわしくない圧倒的な速度。

大地が粉砕され、大気の波動が満遍なく弾け飛ぶ。

ギリギリで避けていた少女は、土の壁を走り上っていく。

そのまま巨人の顔面目掛けて飛び出した!


ふじれいか「ぬうぅ!さすがに素早い!これならどうだあああぁあ!!」


大質量の・・・連撃!

いかに素早い少女でも、空中で躱すことは不可能!


「っ!!ぁああああああぁああああああっ!・。・!」


襲ってくる拳に、真正面から鉄拳を打ち込む少女。


ふぁ「む、無茶よっ・・・!」


空気が歪に揺れながらも、目の前の光景は狂気じみていた。

厚さ6mほどになる岩拳を、わずか10㎝にも満たない少女の鉄拳によって


ひまれいか「痛烈だな。あれじゃ身が持たん。」


いなすだけでは、拳を止められない。


ふじれいか「そこかあああああああぁぁぁぁ!!!!」


少女めがけて正確に狙いをすまし滅多打ち。

真正面から受け止めようと、少女も応戦するが所詮は子供だまし。


無尽蔵のスタミナを有しているとはいえ、少女にも限界はある。

・・・体格差だけはどうしようもない。

巨神の拳に宿る力は1000トンを余裕で超えている。

これこそが、全身全霊のふじれいかの全力。

少女のちっぽけな拳がいかに強くとも、天と地ほどの差は埋められない。

最初の不意打ちでよろめいたのはまさしく演技。

ふじれいかが本気を出せば、隕石をも弾き返して見せるだろう。

まさしく巨人、動かざること山の如し。

彼は大地そのものなのだ。


少女の拳力が落ちていく。

その隙を、巨神は決して見逃さない。

均衡が崩れ、少女は土壁へと吹き飛んでいく。


だが――。


まるでそれが必然であったかのように。


体格差がなんだって?

何もこっちは、パワータイプじゃない・・・。

私が得意とするのは、だッ!!


から、壁に叩きつけられる衝撃に慣れていたことが幸いしたのだ。


まだ私がこの世界に来て何も分からなかった頃。

いきなり襲い掛かられて、壁まで飛ばされたあの時と同じ。


受け身を取りながらッ・・・!


過去を超えるッ!!


受け身と同時に、姿


ふじれいか「消えっ――。」


土の壁深くにめり込んでしまったのかと、ふじれいかは警戒する。

否、気づいていない。

少女の神速に。

既にその場を離れ、勝敗を決めんと連撃を叩き込もうとする少女の姿に。


最初の不意打ちで確信した。

私が眼前に拳をねじ込む直前まで、あいつは私の姿が見えていなかった。

土の壁を走り上った瞬間も見えていなかったということだ。

あの連撃だってそう!

あれは自らの周りをがむしゃらに殴っていただけ!


つまりッ!

私の走りはあいつに認知されていないッ!!


――ズガガガガガッ☆


突然の激しい打撃音。

それと同時に・・・。


ふじれいか「がああああああぁああぁああああっ!!!!?」


巨神のが散る。

そしてみるみると、巨大化が解けていく・・・。

ふじれいかは白目をむき、泡を吹いて倒れていた。


ふぁ「そ、そこまで!・・・試合終了!」


審判が割って間に入る。

急な展開に、展望台で見ていた誰もが絶句する。


キリト「・・・見事だぜ。」


先に口を開いたのはキリト、そして――


ひまれいか「・・・これは認めるしかないな。わが主よ?」


フリー「ああ。・・・決着だ。一回戦はチビの勝利だ!」


王の間が喚き立つ。

ある者は惜しみない称賛を、ある者は冷えた目で淡々と。

激しい戦いを繰り広げた両雄の戦士を褒め称えた。


いちご「マジかよ・・・。あいつあんなに強いのか・・・。」


信じられないといった様子で少女を見つめるいちご。

お口チャック状態が解放されたにもかかわらず、彼は沈黙を続けていた。

やがて思い出したかのように口を開く。


いちご「ってか、最後どうなったんだ・・・?急に倒れたよなあの巨人。」


姫れいか「あの痛みは耐えられないと思うのです・・・。不意打ちならなおのことだよっ。」


ゆうれいか「う~ん。結構痛いもんなんだね~。僕はよくわからないけど~。」


姫れいか「・・・あっ。わ、私もよく分からないですけどねっ!どれくらい痛いのか、私っ、全然わかりませんっ!」


いちご「何急に焦ってんだお前・・・?」


わいわいと、展望台にて騒ぎ出す一同。

それとは裏腹に、戦場跡地は静寂に包まれていた。


ふぁ「よし・・・。治ったわよ。」


「ふぁっきゅーちゃんありがとうなの・。・」


ふぁっきゅーれいかの異能『時間逆行』によって、少女の怪我は回帰する。

戦闘時の闘志も収まり、元の優しい目つきへと戻っている。


ふぁ「しかしえげつないことしたわね。あなたの戦略、肝が震えたわ。・・・けどよく無事でいてくれた・・・。心配したんだから・・・。」


ふぁっきゅーれいかが少女を抱きしめる。

少女もまた、照れながら身を任せる。


ふじれいか「完敗だ。記憶喪失の子よ。」


同じく治療が済んでいたふじれいかが、二人に言葉を投げかける。


ふぁ「毎度毎度、空気読めないわねあなた・・・。」


ふぁっきゅーれいかは抱擁を止め、少女もまた、ふじれいかの方に向き直る。


「卑怯とは言わせないなの・。・お互い様なのだ・。・v」


ふじれいか「ああ。君の強さ、見せてもらった。あれほど気持ちよく戦えたのは初めてだ。いつもは全力を出す機会はそうそうないからね。」


それもそうだろう。

あのような巨神を相手に出来る名前持ちなど、それこそ限られている。

ふじれいかにとって、この一戦の経験値はとても大きい。


ふじれいか「ただ・・・今度からはのプロテクトをゆうれいかに作ってもらうさ。あれを何度も経験するのは・・・精神的に折れそうだからね。」


「・・・あれってやっぱり痛かったなの・。・?結構な数を打ち込んでしまったのだ・。・」


いくら岩片に覆われていようと、現段階での少女の拳なら破壊は可能。

で、あるならばだ。

その先の皮膚が露になった急所を連撃していけば・・・。

少女の並外れた速度を生かしたが故の、徹底的な戦略の詰め。


ふぁ「いやあれは痛いわよ・・・。・・・あ、いや、痛そうに決まってるわよ。」


どちらともなく、笑みが零れだす。

こうして終わってしまえば、ともに戦友と化す

最初は強面で怖そうな男だと思っていた。

だが認識を、少女は心の中で改めるのだった。


フリー「よし、各自の治療は済んだな?これから第二回戦だ!ふじれいかが展望台に移動し終わったら始めるぞ!!」


頭上から、フリーれいかの声が響く。

破壊されていた土の壁が、いつの間にか修復されている。

おそらく、ゆうれいかが治したのだろう。


そう。

これはまだ所詮前座。

何も終わっていない。

まだ二回戦と三回戦が残っているのだ。


「・・・上等なのだ・。・!誰が相手でもかかって来るなの!・。・!」


次なる戦いに備え、少女は再び闘志を燃やしていくのだった。








――同時刻。


安眠「やあ。よく集まってくれたね!やっぱり私だけだと不安だからさ!さっさとここ殲滅して、基地でおいしいもの食べようね!」


隠れ家入り口前。

安眠ちゃんの他に、新たな人影が二つ。


全身真っ黒の男「いやいやまずいっしょ。これ、ボスには極秘でやってるわけだよね!?バレたらどうなるか・・・。」


ツインテ娘「大丈夫だよ~。私たちは敵対主力を倒しに行くだけ。ひょっとしたら褒めてもらえるかもしれないし~。」


安眠ちゃんの部下である二人は、互いに顔を見合わせる。


全身真っ黒の男「・・・そうか。そうだよな!だったんだ。俺たちがその役割を担ったところで変わらないよな!」


安眠「そのとおーり!・・・さてと、時間が無いから手短にいくね。ここから先は正真正銘の死地。逃げ出すなら今のうちだよ?」


何をいまさらというように、二人は肩を竦める。

ここに集まった時点で、覚悟は決まっているというのに。


全身真っ黒の男「U2所属、No.11 Kent。逃げ出すわけねぇだろ?」


ツインテ娘「同じくU2所属、No.9 北上双葉。私たちは一蓮托生だよ~。」


安眠「うわぁ!恥ずかしげもなく慣れない台詞!そのノリ、嫌いじゃないかも!」


隠れ家入り口の方へ向き直る安眠ちゃん。

笑みを浮かべながら、突入の合図を待つKentと北上双葉。


安眠「U2所属、No.5 安眠!」


高らかに。

それはもう楽しそうに。


安眠「これより同志の力を借りて・。・殲滅作戦を開始するっ!!」




つづく


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