第4話 剣士の目覚め

この世界はまともじゃない。


ろくなことしか起こらない。

少なくとも、今日までは。


出会った一人の可愛らしい女の子。

この世界に慣れていないのは、一目見てわかった。

場所から察するに、最近送られてきたんだ。

おまけに記憶喪失ときたもんでしょ。


最初は一端のナイト気取りで、この若すぎる少女を守りたいと思っていた。

だけどこの子は・・・予想を遥かに超える戦闘センスを持っている。



ふぁ(さっきの戦闘・・・明らかに名前持ちの・。・民!おそらく上位ランクの!いったい誰なのかしら・・・。記憶喪失・・・。もしかして本家れいか・・・?そんなわけないわよね?)


ふぁっきゅーれいかは、座り込んでいる少女を見つめながら長考する。

少女はこちらをじーっと見つめてきていた。


・・・相変わらず可愛いわね。この子・・・。


だが、それがいけなかった。

ふぁっきゅーれいか本日二度目の油断。

いつもの彼女ならしないミス。


男の一人が目を覚ましていた。

少女の不意打ちで最初に倒れた男である。

初めての不意打ちは浅かったということだろう。

男が今にも攻撃を与えんとする対象。

少女はまだ気づいていない。


ふぁ「・・・!後ろッ!!!」


声をかけたが遅すぎた。

もう男と少女の距離は目と鼻の先。

少女は、いきなりの怒声で足がもつれてしまっていた。

ガードするにも、間に合わない。

少女の人離れした気配察知も、戦闘状態の緊張が解けてしまえばゼロに等しい。

ふぁっきゅーれいかは手を伸ばしながらも、覚悟を決めてしまっていた。


キィン・・・・・。


鈍い金属音がした。

驚く少女の体は、大きな影で覆われていた。

そこには、黒いマントを羽織らせた高身長の男が、剣を構えていた。

否、少女に襲い掛かる刃を受け止めていたのだ。

ふぁっきゅーれいかは、涙ぐむ。


何をしているの私は・・・。


最大級のミスを心から恥ながら、ふぁっきゅーれいかは少女の手を握る。

少女は流石に動揺しているようだった。


「く、くそっ!誰だテメェ!!」


敵の男が喚き散らす。

だがそんな叫びも虚しく、男は袈裟斬りにされる。

・・・突如現れた黒い剣士によって。


斬られたことすらもわからないだろうなと、ふぁっきゅーれいかは息をつく。


倒れた男の体が黄金に輝き始める。


いつ見ても幻想的。


少女が震えながら抱きついてくる。


「・・・殺したなの・。・?」


・・・この子は記憶喪失だと言ったけど、それを信じてあげることができない私がいる。


答えるか否か決めあぐねていると、黒い剣士が口を開いた。


「追っ手をくい止める。お前たちは隠れ家に急げ。」


歴戦の強者を思わせる背格好に相応しい渋い声。

言われてふぁっきゅーれいかは気付く。

私達が通ってきた廊下から、複数の足音が聞こえる。

少なくとも、いい予感はしないだろう。

ふぁっきゅーれいかは少女をチラ見する。

まだ少し震えているが、問題なく走れそうである。


ふぁ「わかったわキリト。ありがとう。」


キリト。黒ずくめの剣士。


レジスタンスの中でも屈指の実力者。


音速ともいえるスピードで、敵の攻撃を受け止め、少女を救ったのだ。

・・・これ程の実力者に出会えることはそう無い。

ふぁっきゅーれいかでさえ、彼と直接出会ったのは初である。

彼らは上位メンバーと呼ばれ、孤高にして伝説の存在なのだ。


「ちょ、ちょっと待つなの・。・!倒れた男の体が光って・。・!あれは誰なの・。・!?あれじゃまるで・・・子供の姿なの・。・!!」


この狼狽、少女は何も知らないのか?

だとしたら無理もない。

私も初めて見たときは驚いた。




キリト「元の姿に戻っただけだが?何を止まっている?」


・・・馬鹿キリト。

私が言おうか迷っていたことを、躊躇わず言ったわね。


「元の姿に戻る・。・?・・・死ぬと戻るなの・。・?・・・一体何に戻るなの・。・?」


理解が早くて助かるわ。

だけど今は逃げないと。

新手が私にも見えた。

六人はいる。


ふぁ「今は後にしましょう。相当悪い状況よ。増援に囲まれる前に、目的地へ急ぎましょう!」


ふぁっきゅーれいかが少女の手を引っ張る。

少女は納得いかないという顔をしたが、渋々とその場を後にした。









キリトと別れてすぐ、少女が質問する。


「あの黒い人は一体誰なのだ・。・?助太刀にいかなくていいなの・。・?」


ふぁ「彼はキリトよ。二刀流の達人で私たちと同じ・。・よ。見たでしょ?キリトは・。・の中でも最強格よ。心配ないわ。」


「ふぁっきゅーちゃんがそう言うなら、わかったなの・。・」


本当にいい子ね。猪突猛進な所もあるけど。

隠れ家まではもう少しだから我慢してね・・・。


「キリトさんは確かに強かったのだ・。・!動きが速すぎて見えなかったなの・。・ダンディで格好良かったのだ・。・!今度会ったら、助けられた礼を言うなの・。・v」


・・・キリトの元の顔は教えない方がいいかもね。

なんにしても、この子を守り通すのが先決。


ふぁっきゅーれいかは、今一度集中する。

もうこれ以上、油断や失敗は許されない。

だが、その集中は、突如として切れる。

少女が、突然立ち止まったのだ。

ふぁっきゅーれいかは、どうしたのと声をかける。


「誰なのだこれは・。・!?」


なに?なんのことかしら?


「その子は一体誰なのだ・。・!?」


少女は震えながら俯いてしまっている。

少女の様子が明らかにおかしい。


・・・誰かの攻撃?!


ふぁっきゅーれいかは身構える。

味方が突然錯乱した状況は、敵の攻撃によるものだと、彼女は過去の経験を思い出す。

だが、その類いではないと頭を切り替える。

少女は震えながら、足元のガラス片を見つめていたからだ。


いや、まさか・・・ガラス片に映っている人間の姿を見ているのか?


ふぁ「・・・それはあなたよ。この世界におけるあなたの本当の姿よ。・・・鏡を見るのは初めて?」


想定できるパターンの中で、一番最悪なパターンだ。


「・・・これが・・・私なの・。・?」


少女は、自らの体を抱きしめながら震えている。

・・・信じられない物を見るかのように。

そして、少女は今更かのように、着ていた衣服に触れながら驚きの声を発している。

その怯えようは、嘘でも演技でも冗談でもなく、真実味を帯びていた。


まさか、そんな!

本当に何も知らないの!?

いや、待って!


!?


この世界に来て一番初めに気づける違和感でしょう!?


・・記憶・・・喪失・・・・?

だったらあの強さはなに!?


その日一番の困惑を見せたふぁっきゅーれいかに、少女は上目遣いで尋ねた。


「もしかして・・・、さっき襲ってきた連中も・・・別の姿ということなの・。・?」


ふぁっきゅーれいかは目を見開く。

いきなり切り込まれるとは思わなかったのだ。

おそらく、必死に推理したのであろう。


この子、可愛い顔して・・・賢いわ。


ふぁ「ええ、そうよ。言ってしまうとそうね。彼らも私たちと同じ、この世界に召喚された被害者なのよ。」


少女と同じ目線までしゃがみながら、ふぁっきゅーれいかは迷いなく答える。


「・・・・・・召喚・。・?・・・誰が召喚してるなの・。・?」


・・・そんなに震えないで。

あなたは私が守ってみせる。


ふぁ「それは分からない。確かなのは、あいつらが・。・を憎んでいるということよ。・・・殺し合いが起きてしまうほどにね。」


・・・それにしても、とふぁっきゅーれいかは思い出す。


・・・。












閉じられていた老兵の目が開いていく。

それは、対峙している男たちの意識を奪い取ろうとするほど壮絶で、抜き放たれた二刀の輝きすら消し去ってしまうほど戦慄を喚起する光だった。


伝説と謳われし英雄。

––––––キリト。


その眼差しは、正気の人間が持つものでは決してない。

人が有して然るべき一部を欠落させた者特有の、殺戮器械がそこにいる。


「一人で立ち向かうとは、いい度胸だなオォイ!」


その老兵への怒声はまるで、緊迫感を紛らわす為の、一種の恐怖から放たれたように見えた。


「アジトの場所教えろやクソ・。・よお?!」


同じような張子の虎がもう一人。


「おい、あの黒い衣に二刀流って、間違いなくあのキリトですよ。」


冷静に相手を分析する男が一人。


「キリト・・・いたなそんなの・・・クックッ。」


不敵に笑う男が一人。


「これはちょっと楽しめそうだね。リミッターを2・・・いや、3まで外してみるか。」


余裕綽々な男が一人。


「キリト、通称きっさん。・。・の顔文字を使っておきながら、某アニメに出てくる男性キャラクターの口調を真似てチャット配信を行う変わり者。その後あろうことか、顔出し配信を決行。とても二十代とは思えない、アトピーぽりぽりハゲデブ天パ眼鏡な姿を、全世界に披露してしまう。あのデブ顔をドアップにしながらの寝配信や、クソデブ姿の風呂配信を行うなど、普通の神経では考えられない奇行を続けていった。最初は気持ちが悪いと酷評だったが、『よく見ると愛嬌があって可愛い』『彼の笑顔で元気がでた』と、彼の楽しそうに笑う姿が、次第にファンを増やしていくことになる。この配信がきっかけとなり、他の・。・数人も次々と顔出し配信を行う。オッサン顔が続々と展開され、・。・=オッサン説がより真実味を浴びたのです。」


パソコンのカタカタ音を響かせながら、オタク特有の早口で、言葉の羅列を奏でる女兵士が一人。黒いローブを着ており、顔が見えない。


キリト「少し悪口がすぎないか?」


ここにきて初めて、キリトは口を開く。

女兵士は不敵に笑う。


女兵士「あら?効いちゃいました?こんなの、あなたが自分で行動した結果でしょうに。」


男たちはゲラゲラと笑う。


キリト「・・・認める。俺の顔出しが、・。・の未来を決定づけるトリガーとなったことを認める。」


キリトは二刀の構えを取る。


キリト「だからこそ、早く現実に戻らねばならない。俺の笑顔で、みんなに笑顔を与えるために。」


男の一人が噴き出す。


「いや別に認めてもらわなくても結構だわ。つかどうでもいい。俺らはただ殺したいんだよ!テメェの苦痛に歪む表情が見てぇんだ!!」


男の一人が何かをばら撒く。

それに合わせて、他の男たちも一斉に動き出す。


「俺らのコンビネーションを味わいな!」


一人はワイヤー照射、一人は術式展開、一人は巻物を広げた。

一人は袖からクナイを取り出し、自らの手を傷つけ、血を流す。

もう一人が、その血を利用し、両手で印を組む。

男たちの「複合異能」が発動し、キリトの目前には逃げ場なしの絨毯爆撃が放たれる。

その正体は途方もない数のクナイと石つぶてであった。

クナイには致死性の毒がびっしりと塗られている。

石のほうも「異能」なだけあって、それぞれが車一台分の落下に匹敵する。

それだけではない。

キリトの足元にはどこから沸いたか無数のまきびしが敷かれていた。

もちろんこれらも、「異能」によって、踏めば即アウトな代物だ。

わずか数秒での、この展開力はまさに圧巻の一言である。


だが。

男たちは、勝ちを確信した刹那、確かにその声を聞いた。


キリト「悪いが、お前たちのターンはもう無い。」


舞い落ちるクナイの一欠片を一目見た瞬間、キリトは跡形もなく消えていた。

数十万に達する投擲の網をすり抜けるなど不可能であり、まさしく消失したとしか思えない。


「!? 何処へいッッ?!!」


鮮血が飛び散った。

男の一人に深々と刃が突き刺さる。

胸を抉った二刀は回転し、心臓を潰すと同時に肺を断ち、肋骨を割りながら脇腹へと抜けていた。


・・・そこには、一切の遊びも無駄もない。

全てが瞬きの如く瞬間の出来事。

洗礼された動き。

キリトの身に傷一つすら見当たらない。


つまり、密度的に回避不可能な絨毯爆撃のすべてを躱したのだ。

ましてや、返り血一滴すらも、その身に浴びてはいなかった。

・・・力の差は明白であった。


「ま、待ったァ!!!」


男の一人が声を荒げる。


「こ、降参・・・だ! こ、この場はこれで手打ちといかねぇか・・・?」


見るも無惨な亡骸を抱えながら、震え声で許しを乞う男の姿。

人として、当然の戦意喪失である。


その男の喉元に、二刀がぶっ刺さる。

そのまま上へと、斬りとばした。

見えない天井に届きそうな、噴水ともいえる漆黒を誰もが見た。

首がなくなった胴体は、そのまま倒れて動かなくなる。


「よ、よしてくれよ!頼む悪かった!この通りだ!!」


「やめてくれっ!? ひ、ひぃぃいいいい!!!」


キリトは無視を続ける。

否、耳に入っていないのだ。

キリトは、最初の眼差しから何も変わっていない。


そう、最初から・・・



狂気の所業である。

先程の挑発とて例外なく、耳に入っていないのだ。

まさに器械。殺戮器械。

斬る。

悲しいほど躊躇いがない。

まるで本でも閉じるように。

裂く。

記憶喪失の少女やふぁっきゅーれいかの華麗な肉弾戦を「舞うように」と表現するなら、キリトのこれはまさに「淡々と」であった。

そう、冷えたように。

患者を診る医者のような。

怒涛という攻め込みな筈なのに、激流というものが見えてこないのだ。

すなわち、どこまでも当たり前の日常行為にしか見えない。

それは、見る者の常識を崩壊させる、完膚なきまでの殺戮マシーンであった。


気がつけば、その場に立っていたのは二人のみ。

キリトと、あのオタク臭する女兵士だけであった。

その二人を、亡骸から滲み出る黄金の粒子が囲む。


女兵士「・・・そんな。あの五人がッ・・・!!」


女兵士は膝から崩れ落ちる。

パソコンを抱きしめ、怯えながらも、辛うじて意識だけは繋ぎとめようと、唸り声を上げていた。

そんな女兵士の元に、足音もなくキリトが歩いていく。

女兵士は負けじと、キリトを睨んだ。


女兵士「私も殺すの?」


キリト「歯向かってくるならな。悪いが俺は戦闘狂じゃない。殺しあう必要はないんだぜ?」


あれだけ殺しておいて、よくもしゃあしゃあと言ってのけたものである。

つまり、戦おうという意思さえ無ければ、命の保証はしてくれる・・・と言っているのだ。

戦う意思を見せたあの男たちは殺された。

命乞いすら叶わずに。


そう、女兵士は事実、戦う気が無かったのである。

最初から男たちに任せて、傍観を決めこむ腹でいた。

それをキリトに見透かされ、結果的に命を落とさずに済んだのだ。


女兵士は観念したかのように、項垂れてしまった。

そんな女兵士に、キリトは尚、言葉を続ける。


キリト「俺の目的はただ一つ。この世界を生み出した元凶を倒すことだ。」


女兵士「・・・!!」


キリト「必ずいるはずなんだ。そいつを探し出すためにも、先ずはお前たちだ。お前たちは一体何なのか。お前には捕虜として来てもらう。洗いざらい話してもらうぜ。お前たちの組織と背景をな!」


キリトはニヤニヤしながら笑う。

女兵士はキリトの顔を見て、ハッと息を飲む。

その瞳はすでに、器械的なものではない。

ただただ気持ち悪い、欲情した獣のような。

テカテカした顔で。

欲望に忠実なオッサンが、そこにいた。


女兵士は、露骨に嫌な顔をしながら。




つづく




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