第3話 相棒の目覚め
幾度も幾度も終わらない十字路が連続する。
縦横無尽の分岐が蔓延る迷宮めいた亜空間。
これまでにも様々な分岐が現れた。
沢山の部屋を覗いた。
もう何時間、こうして走っているかわからない。
少女は焦っていた。
出口なんてものが本当にあるのかも怪しい。
まだまだ足には余裕があるが、少女の心は折れかけていた。
少女は余計な事を頭から追い出し、踏み込む足を加速させる。
いつかくる希望を信じて。
そんな少女にまたしても、人影が立ち塞がる。
だが、様子がおかしい。
一人の女性が深呼吸をしており、それを取り囲むように、男が三人倒れている。
周りには夥しい血の跡。
戦闘の跡だとすぐわかる程だ。
恐る恐る近づく少女。
女性の方も少女に気づいた。
謎の女性「誰?」
落ち着きのある声だが、警戒心が隠しきれていない声質である。
少女は最初の一言を慎重に選び取った。
「私は・。・なの!」
謎の女性「・・・そう。あなたも・。・なのね。」
まさに謎会話。
助かったぁ。
まともな人だ。
もう襲われるのは懲り懲りだよ。
謎の女性「それで、ハンドルネームは?」
????
コードネームみたいな?
こういう場合って、本名でもいいのかな?
そして少女は、ようやく気付く。
いや、気付かせてもらうことが出来たというべきか。
私の本当の名前って、なんだっけ?
「私は・・・ただのしがない普通の・。・なの!」
少女はやけくそ気味に元気よく言い放つ。
最悪の事実を考えないようにしながら。
謎の女性「ああ、リスナーなのね。それにしては外見が凝ってるけど・・・。」
リスナー?
どうしよう。
リスナーって何なの?
そのままの意味と捉えていいの?
分からない・・・。
謎の女性「・・・私の紹介がまだだったわね。私の名前はふぁっきゅーれいかよ。・・・本名は勘弁してよね。」
偽名?
・・・挫けそう。
「あなたも・。・なの?」
ふぁ「可笑しなことを聞くのね。あなたも、ネットで・。・の顔文字を使ってた口でしょ?まぁ私ほどの・。・を知らないとなると、末端中の末端ってことになるのかな?ふふっ。」
ふぁっきゅーれいかは自傷気味に笑う。
もちろん、少女は話の内容についていけていない。
「・。;?何を言っているのかさっぱりなの・。;そもそもそこに倒れている人たちは何者なの・。・?」
ふぁっきゅーれいかは振り返り、倒れている男たちを凝視しながら黙ってしまう。
しまった。
失言だったのかな・・・?
不安に駆られる少女を他所に、ふぁっきゅーれいかは口を開いた。
ふぁ「・・・いいわ。情報交換をしましょう。・・・この先に私たちと同じ境遇の人たちがいるわ。隠れている場所があるの。ここよりは安全だわ。移動するわよ。」
強引な提案だが、少なくとも、あの男の人よりは話が通じるようだ。
ふぁっきゅーれいかは、少女と共に行動すると言ってきている。
少女の返事を待たず、ふぁっきゅーれいかは歩きはじめる。
ふぁ「もしこいつらが十人で襲い掛かってきたとしたら、私たちは終わりなのよ?ついてくるなら急いで!」
冗談を言っているようには聞こえない。
確かに情報は欲しい。
だが、罠の可能性も考慮しなければいけない。
少女は倒れていた男たちとふぁっきゅーれいかを見比べる。
男たちはどれもヤクザのような顔だ。
血反吐を吐いており、例外なく気絶している。
怖い。
本当に別世界なんだ。
こんな男の人達がうようよいるの・・・?
そしてまた、このふぁっきゅーれいかと名乗った女性もまた強烈。
その拳には血がべっとりと眩しく光っている。
彼女がその男たちを倒したことは明白であった。
だが、同性であり、なおかつ話が通じる相手であったことが、少女にとっては決定打となった。
「わかったなの・。・話はその人たちと合流してからなの・。・!」
ふぁ「場所はこの先を右折してまっすぐよ。結構な距離あるからね。」
二人は疾駆の如く、その場を走り去る。
こうして少女は、ふぁっきゅーれいかと名乗る女性と共に行動を取るのだった。
走ること三十分。
二人は広い空間へと辿り着く。
そこには青い絨毯が敷かれており、四つのテーブルが置かれていた。
少女は何度目かわからないため息をもらす。
意味不明な部屋。
もう一度や二度じゃない。
少女が一人で闊歩していた景色と変わらない。
そう、目的地へは未だ到着していなかった。
人が来るかもわからない迷路に、ポツリと家具が設置されている意図が全くわからない。
何故、こんな部屋が数えきれないほどあるのか。
まるでゲームに出てくる、ダンジョンのランダム生成のような。
だがそれでも、少女の中では希望の光が輝いていた。
迷路を迷いなく進む、ふぁっきゅーれいかの存在である。
彼女の走りは、出発から今に至るまで、常に最高速であった。
すべての道を覚えているの・・・?
「・・・ふぁっきゅーちゃんって呼んでいいなの・。・?」
少女の中で、少しだけ。
ふぁっきゅーれいかに対し、尊敬に近い感情が生まれていた。
ふぁ「・・・いいわよ。そういえばあなたの名前を聞いていなかったわね」
しまった・・・。
私、実は記憶喪失なのって、今言うのはどうなんだろう・・・。
本日二度目のしまったである。
少女は、正直に話すか隠し通すか、しばし考える。
そんな少女を、ふぁっきゅーれいかは走りながら答えを待つ。
刹那。
テーブルの下に潜んでいた人影が這い上がってきた。
そしてすぐさま、進路と退路を共に塞がれる。
少女は、思わず息を呑む。
人影の容姿は、「あの男」と似ていたからだ。
ふぁっきゅーれいか達は走りを止める。
ふぁ「さっき通った時はいなかった・・・とはいえ不覚だわ。気配を感じ取れなかったなんて・・・。」
まさか、私が答えを迷っていたせい・・・?
ふぁ「私から離れないで。」
少女の後悔は一瞬で吹き飛んだ。
日常では決して聞くことのない、女性のそれとは絶対に違う、変革的で威圧的な声によって。
ふぁっきゅーれいかは戦闘態勢をとる。
少女もまた背中合わせの形で拳を構える。
張り詰めた空気が場を支配する・・・。
ふぁ「・・・強行突破は無理ね。」
私でもわかる・・・。
さっきのやつらと・・・なにか雰囲気とか・・・全然違う!
「油断したな。・。・のお嬢さん方。」
男の1人が少女たちの戦闘態勢にも意に返さず、口を開く。
「手筈通りだ。逃がすな。確実に殺せ。」
殺す?
殺すの?
現実味がまるでない。
男たちは足音を一切立てず、それでいて慎重に、少女たちへと近づいていく。
どっかで見たな・・・あれ。
ローラー作戦っていったっけ・・・追い込み漁とかそんな感じ。
部屋に満ちる緊張を他所に、少女は心の中でため息をつく。
こんなものか?
武器も持たずに・・・言っちゃ悪いけど隙だらけじゃないのこれ??
ふぁっきゅーれいかが小声で囁く。
ふぁ「私が先手を取るわ・・・。あなたは・・・。」
「先手必勝なの・。・」
バチコーーーン☆
躊躇なぞ一欠片も無い初動。
男の顔面に問答無用の鉄拳が捻り込まれる。
「!?」「馬鹿な・・・!?」
男たちは揃いも揃って驚きの声を発す。
少女の烈風ともいえる殴打によって、いともたやすく、男の一人が気絶したからだ。
ふぁ「どこ見てんのよ!!」
少女に目を奪われていた男に、ふぁっきゅーの回し蹴りが飛び掛かる。
だが、さすがに警戒されており、男は間一髪で蹴りを避けた。
ということは、つまりもう、不意打ちは通じない。
男たちもまた、決して弱くはない。
それでも、男たちに空いた動揺の穴は消えない。
(あいつの接近に反応できなかった・・・!)
(異能が絡む戦闘に、馬鹿正直につっこむ奴がいるか!?)
(油断していたのは俺の方だったか。)
一人の男が高く声を放つ。
「こいつら!ただの・。・じゃないぞ!」
男たちの動きが明らかに変わる。
これより先、遊びは存在しない。
だが、そんな男達の前に・・・。
「タゲ取りは任せるなの・。・v」
少女が、ふぁっきゅーれいかの背後にいた二人に立ち塞がる。
その姿は身長が低いながらも、ある種の強者を思わせる凛とした面構えであった。
男たちは戦慄する。
つまりこれは二対一。
ふぁっきゅーれいかも、すぐさま残りの一人と追突する。
ふぁ(何この子・・・!度胸あるじゃない・・・!)
ふぁっきゅーれいかは少女の勇姿を心地よく感じていた。
想像以上の拾い物。
ふぁっきゅーれいかは死闘寸前にもかかわらず、頭の中は少女への興味で埋まっていた。
「ッ!!舐めるなぁああ!!」
男二人がかりで少女に襲い掛かる。
少女は拳の弾幕を恐ろしい速度で展開する。
あまりにも速く、目で追えないスピード。
だがそれらを、男たちは容易く避けていく。
なるほど確かに、最初の戦闘の時よりは手ごわい。
二対一にして格好つけたのは調子に乗りすぎたか・・・?
・・・一人足りない。
男の一人が、少女の背後を突いてくる。
それを少女は敏感に察し、素早い動きで位置替えをする。
常人の域をはるかに超えた気配察知。
少女は動きを止めぬまま、五十、いや百を超える弾丸を放つ。
少女の弾幕は、四方八方隙がない。
攻撃と守りを同時に行う型であると言える。
ならば、少女のスタミナ切れを待つのも自明の理。
男たちが守りに徹し始める。
少女も、男たちの狙いに気づく。
・・・だから?
まだだ。
いくら避けられてもかまわない。
ここに至るまで、いったいどれほどの拳を振るったか、もはやそれすらわからないしどうでもいいことだった。
百発だろうが千発だろうが、たとえ腕が木っ端微塵に消え去ろうが一切まったく関係ない。
私はこいつらを倒す。そう決めた。
なぜ殺されなければいけない?
なぜこんな目にあわなければいけない?
ふざけるなっ!
これがもとの平穏な生活に戻るための試練だというのなら。
わかったよ。
戦ってやる!
もうなりふり構わない。
適応する。
もう、ゲームばっかしてた頃の私とはおさらばだ。
戦って、この状況を難なく突破してやる!
・・・この無茶苦茶な世界に来て、一つだけ気づけたことがある。
私の取り柄はこの速さだッ!!!
敵を翻弄し、岩をも砕く速攻の拳をお見舞いする。
それが私の優れたバトルスタイルなんだ!!!
過去最高の速度と重さを刹那の単位で塗り替えながら、それでもなお、少女の攻勢はその激しさを跳ね上げた。
スタミナ切れ?
あの無限迷路を潜り抜けてきた無尽蔵のスタミナに、終焉が存在するとでも?
もう疑いようはない。私は何処かおかしいのだ。
強化が加速されているのは単純な身体能力だけではない。
先程の不意打ちもその一つ。
戦術、戦法、戦いに用いる思考と技術も研ぎ上げられる。
まるで私が人生懸けて積み重ねてきたかのように。
そうであった頃の己を取り戻しているかの如く。
ついに、少女の閃光ともいえる拳は男たちへ届き始める。
確かな手ごたえを感じた少女は、深い笑みを浮かべる。
間違いなく今、少女は戦場の住人だった。
自分がつい数秒前とは次元の違う場所にいるという確信の中で攻め続け、進行形の進化を自覚しながらすでに数分は経っている。
だからこそ、違和感に気づく。
男たちの陣は些かにも崩れていない。
こいつらさっきから!
両腕でガードしているだけだ!
何故反撃してこない?
いやそれよりも、この猛攻に耐えている!?
少女の拳は今や、コンクリートの壁すらも粉砕できるほどに強化されていた。
だが、それでも。
耐えているということは、だ。
そうか・・・そういうことか・・・。
私はまだまだなのか・・・。
少女の感嘆は、まさにその通りであった。
いかに強力無慈悲な拳だろうと、この世界においては・・・弱い。
最初の一人を不意打ちで倒せたことは、まさしく偶然の産物であったと少女は悟る。
二人の男は互いに目配りをする。
少女はそれを見逃さない。
ああ。知ってたよ。
何かとんでもない隠し玉を持ってるんだろ?
・・・来いよッ!
反撃が来ると予想し、身構えた少女は驚くべき光景を目の当たりにした。
二人の男が突然の暴風で吹き飛ばされたのだ。
否、あれは暴風ではない。よく知る女性。
少女の目の前には、逆立ちをしていたふぁっきゅーれいかがいた。
・・・何が起こったのか全く見えなかった。
ふぁっきゅーれいかが対決していたもう一人の男も倒れている。
ふぁ「はぁ・・はぁ・・。我ながらいい動きかも・・・。」
そう言いながら、ふぁっきゅーれいかは足をさすっている
まさか・・・蹴ったのか!?
ムエタイのように地面に手を付けて蹴ったのか!?
私があれだけ殴っても効かなかった連中を一発で?
ふぁ「すごいじゃない。正直驚いているわ。・・・あなた只の・。・じゃないわよね?私と同じ名前持ちでしょ?絶対そうだわ!」
少女から一気に戦闘の熱が冷めていく。
そのまま糸が切れたように、その場で尻餅をついた。
・・・名前持ち?
もういい。
別の意味で疲れてきちゃった。
これが力の差ってやつなのかなぁ。
ふぁっきゅーれいかちゃんはなんというか・・・格が違う。
・・・それは私もか・・・。
あの時の強気な私は何処へやら。
・・・いや、だから!
1人で考えてる場合じゃないっての!
今は、そう。
ともに戦った戦友として。
少女は決心する。
自らの手の内を晒すことを。
「実は自分の名前どころか、どうやってこの世界に来たのか全くわからないなの・。・」
ふぁ「・・・ふぅん。ここが別世界なのは薄々感じているようね。なるほど。そういうことか。」
ふぁっきゅーれいかは1人納得した顔になる。
別世界!
やっぱりここは違う世界なんだ!
「私は家でゲームをしている最中だったなの・。・!・・・でも気が付くと知らない場所にいたなの・。・」
ふぁ「それは私も同じだわ。目が覚めた時には既に別世界よ。・・・今までよく無事でいたわね。」
・・・・・・。
少女の目から涙が溢れる。
それは、少女にとって一番欲しかった言葉でもあったからだ。
あれ・・・?
恥ずかしい・・・。
同じ境遇の人が近くにいるだけで、こんなにも落ち着くものなのかと少女は思いながら涙を拭う。
ふぁっきゅーれいかは足に包帯を巻きながら、考え事をしているような顔をしていた。
よかった。
見られてなかった。
少女は話題を変える。
「それにしても、ふぁっきゅーちゃんこそ随分キレのあるキックだったなの・。・!何か格闘技でもやってたなの?・。・?」
ふぁっきゅーれいかは顔が赤くなる。
ふぁ「い、いや私はただ・・・。現実の方で、砂糖を運ぶ仕事をしているうちに、自然と体力が身についてきただけで・・・。」
何気ない会話。
ふぁっきゅーれいかは笑う。
少女も笑う。
死闘を終え、同じ者同士、笑いあう。
わからないことだらけだけど・・・今だけは笑っていい・・・よね?
少女は幸せを感じずにはいられなかった。
後に、接近戦の最強コンビとまで呼ばれる二人組。
少女にとって、最も信頼できる相棒であった。
つづく
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