第4話 優れ者もどきを沈めて徳を得る 前編
「いいか、今後は俺のことを賢者と呼ぶなよ?」
「えっ、何故……」
「言わなければ知られることがないだろうからな。たとえ勇者一行が、小さな町に来ることが無くても、どこで広まるか知れたものじゃない」
殺しに来ることは無いだろうが、来ないとも限らない。
力を取り戻すまでは、ただのアクセリでいなければ策も立てられないだろう。
「アクセリさまに慕う者が増えましたら、打ち明けることをお約束してくださいますか?」
「増えるかは分からないが、それでいい。賢者でなければ、パナセは俺に従うことも無いだろうからな」
「そ、そんなことはありませんっ! わ、わたしはアクセリさまにこの身を差し上げても……」
「……そのうち貰う。今は命乞いの者に、声をかけることが必要なのだろう?」
「は、はいっ! あっ……!?」
「ん?」
命乞いポーズの者には目もくれなかった人々だったが、冒険帰りのPT連中が目をつけてしまったようだ。
「厄介だな……」
「彼らは冒険者としての実力はさほどありませんが、それでもこの町の冒険者よりは強いことから、誰も逆らえないのです。わ、わたしも、罵声を浴びたことがあります……」
「パナセに……それは腹が立つことだな。女子供問わずにとすれば、俺の手でどうにかしてやりたい所だが……悪いな。賢者としての力は無いのでな」
「い、いいえ、そ、それでしたら、せめて声をかけて頂けるだけでも、あの者は救われるかと!」
かつての俺ならば、ロクでもないPTを消すことは容易かったが、下手をするとやられるのは俺の方だ。
薬師のパナセに痛い目を遭わせられるのも御免だし、戦いを挑まれても勝てる見込みは無い。
言葉だけでやり込めそうな賢いPTが、そもそも小さな町に嫌がらせをしに来るはずがないからな。
『そこの女! こんなひと気の無い町なんぞで、命乞いなんかしたって誰もてめえを養う奴なんざ現れねえよ! まぁ、代償を支払うってんなら、勇者に声をかけられた俺らがどうにかしてやってもいいんだぜ?』
ボロボロのローブに身を
勇者に声をかけられただけで、威を示すとは下らなくて愚かな奴等だ。
声くらいかけるだろう、たとえそれが勇者にとって何の利にもならなくてもな。
「パナセはその辺の雑草で準備しとけ。出来るのだろう?」
「お、お任せください! 手持ちの毒草も、この町周辺で調合したものなのです」
さて、四元素との盟約を使えたとして、弱り切った魔力で連中を痛めつけられるのかは否だろう。
まぁいい、落ちる所まで落とされた。
今さら罵声を浴びても、俺には何のダメージも無いし、女の代わりに受けてやろう。
「そこの恵まれPT! その見苦しく小汚い手足を引っ込めて、こちらに着目してみないか?」
「あああん? 何だ、お前……ソロが俺らを羨ましがるのは分かるが、向かって来るには弱すぎねえか?」
「ホントだぜ! もしかして、ここにいる女でも助けに来たってのか? 無理すんなよ、どう見ても村人にしか見えねえ怪しい風体をしてんぜ、おたく」
「威勢だけは聞いてやってもいいが、俺らはあの偉大なる勇者ベナークさんに、声をかけられたPTなんだぜ? 村人風情が、しゃしゃり出るのは間違いってもんだ!」
「そうだぜ? 冒険者がすることに文句を言えるのは村人なんかじゃねえんだよ! どう足掻こうが、その辺の低級を倒して経験を稼ごうが、無駄な努力もいいとこだ。弱い奴は何をしたって、勇者になんざなれねえよ」
偉大なる勇者ベナーク……? まさか、こんなどうでもいい野郎連中に声をかけたのか?
声をかけたのも、『せいぜいがんばれ』とか、『邪魔だから端を歩きなよ』レベルのものだと思うが。
いずれにしても、勇者の一人がベナークの野郎ってことで安心した。
勇者ごときに夢を見る連中がいかにロクでもなく、それでいて愚かな勘違い連中と成り下がっているかを、思い知らせる機会が得られたのだからな。
「ふぅ……貴様たちも勇者ごときにはなれないよ。挨拶程度で自慢げに誇るPTを、勇者は鼻にもかけないだろうし、その辺の雑草としか見ていないだろうからね」
意気込んだはいいが、向かって来られたらベナークの野郎に復讐するよりも先に地獄へ行きそうだ。
「で、村人は、この女を助けに来た……で合ってるか?」
「村が近くに無いのに村人とは、滑稽だね。その通りであり、少なくとも無抵抗な女に罵声を浴びせたり、手を出す不貞なPTなんかが冒険者を名乗るのは、ギルドの恥だから装備を捨てた方がいい」
恵まれPTと声をかけたが、野郎しかいない上に、魔力を放てる程の知力を持つ奴はいなさそうだ。
「いや、失言したね。剣を振りまくるだけだったら、勇者ごときになれるかもしれないな」
「こ、この野郎……!」
ごろつきPTの装備品を見ても、凄いと思わなかった。
使わずに手入れをしたことの無い、錆のついた剣に切られるのは御免だが、恐らく初めて使われてしまうようだ。
直射日光を浴びまくっている男たちの浅黒い顔は、伸ばした髭も汚らしいが、皮膚も荒れている。
頬と眉目の辺りには、低級な獣の爪あるいは牙によって、自慢になり得ない程に深くえぐられたような傷跡が目立つ。
殆どが戦士で、その内の一人が剣を腰元から引き抜いて俺に見せて来る。
『おらぁぁぁ!』
明らかにおぼつかない足元で、俺に向かって頭上から剣を振り下ろそうとしている。
だがここで素直に錆びまくった剣を、この身で受け止めてやるわけには行かない。
「非力な村人だろうが、冒険者に盾突く奴は痛い目を見とけよ、クソが!」
「御免被ることだな、それは」
能力を失ったわけでは無く、初期状態よりも弱くなっただけの体ではあるが、防御力はどうなのか。
ここは試しに錆の付いた剣を受けるのも、この身に起きた事の深刻さを量ることも可能だが。
「くたばりやがれぇぇ!」
ごろつきの赤錆びた剣が、頭上から振り下ろされる瞬間が訪れようとしている。
ここで落ちるわけにはいかないが、劣弱賢者としての防御力を見るのも悪くない……そう思っていたが。
『だ、ダメぇぇぇぇぇ!』
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