第3話 命乞いよりも雨乞いを希望する

「……ところでパナセ。ここは低級モンスターしかいないエリアで合っているか?」

「イ・ネッタ牧地帯ですから、家畜系の獣ばかりです。それがどうかされたのですか?」

「じゃあそいつら程度なら、パナセでも倒せるんだな?」

「そ、そうですね。毒薬と痺れ草を投げれば、どうとでもなるかと」


 魔法が使えない薬師くすしだからこその素早さで、何とかなるかもしれない。


「それなら俺を守ってくれ!」

「え……アクセリさまを、わたしがですか? わたしごときが賢者様をお守りするなんて、恐れ多いです」

「とにかく頼んだからな! 俺はお前を見ているだけだ」

「ア、アクセリさまがわたしを――」


 どういうわけか頬を赤らめて照れているようだが、死活問題だ。


 元が全知全能の智者だったというのに、呪いの効果だけは相当強いらしく、まるで力が入らない。

 

 薬師が今までどこぞのPTに居られたのは、手軽な回復あるいは……人数合わせかのどれかだろうな。


「あの、アクセリさまはおいくつなのですか? わたしはもうすぐ21になるのですが……」


 全身が同色で統一されたブラックケープに身を包んでいるパナセは、口調とは別に落ち着いた外見だ。


 俺よりは下で、それでももっと上かと思っていた。


 涼し気な瞳で俺をチラチラと見て来るようだが、あまり期待をかけるなと言いたい。


 黄金色の長い髪はフードで見えなくしているようだが、自己主張は出来ない立場だったのか。


「俺は25だ。だが俺の認識ではそうだが、数年も経っていたことを考えればもっと上かもしれないな」

「だ、大丈夫です! と、年上のアクセリさまは素敵です!」


 何が大丈夫なのかは聞かないでおくが、魔法が全く使えない薬師というのもおかしな話だ。


「お前、そのケープだが……元は魔導士見習いでもしていたのか?」

「そ、その……攻撃魔法を習おうとしていました。でも、才能が無かったのでPTに誘われることは無くて、薬師は才能よりも、努力だけあれば出来たので薬師として経験を積んだのです」

「お前を置いて行ったPT連中とはギルドで組んだのか? どこへ行こうとしていた?」

「は、はい。ギルドで中層階ダンジョンにレアリティ鉱石があるとかで、募集がかけられていました。わたしは荷物持ちでPTに入れたんです」

「でも置いて行かれたわけだが?」

「人数は余っていましたし、荷物は他の方が持つので問題ないということなのかなと……」


 想像よりもいらない子として見られていたということか。


「ギルドか……この近くの町で人は集められそうか?」

「それは……」

「劣弱賢者に協力しないってことか?」

「そ、そうではなくて、今から行く町のギルドはわたしのような、誘われないジョブの人だらけかもしれないです……」

「好都合だな」


 少なくとも今の俺よりは強いだろうし、役にも立つのは間違いない。


 徐々に体内に流れ込む自然の空気で慣れてきたのか、考える力……頭だけは冴えて来た感はある。


「この辺りの低級どもは気象変化に弱いだろうから、その手の奴でもいれば最高だな」

「そ、そうかもしれません。PTにくっついていた時に感じていたのは、炎に耐性のある獣が多い様に感じました。この辺りは雨も降らずに、いつも絶え間なく直射日光が当たりますので、そうした獣も増えるかもですね」

「……それも薬師としての知識か?」

「この辺りに長くいる者なら、誰でも知り得ることです」


 勇者と魔王が複数いるということを聞いていなければ、疑問に思うことだらけだ。


 魔王を倒した時点で、残党の魔族が残っていたのは確認していた。


 だとしても、少なくとも低級はただの獣と化すだろうし、PTはおろか冒険者も解散していいはず。


 それにもかかわらず、魔王はまだいて、勇者もあいつだけじゃなかった。


 賢者という唯一の全知全能者を、亡き者にしようとしていたのが目的だとすれば、勇者こそが悪の手先ではないのか。


「アクセリさま! あそこに見えますのが、パディンという町です」

「ん? あぁ……暑すぎて思考を止めていた。悪いな」

「無理もありませんよ。アクセリさまは、暑さで草地に倒れていたのですよね?」

「……多分な。お前は暑くないのか? そのケープは肌を露出しない作りだろう。防御力は高そうだが」

「ア、アクセリさまが、わたしの肌をご覧になりたいと願うのでしたら、よ、喜んでケープを脱ぎます!」

「今は遠慮しとく……ん? 町の入り口で膝をついている者がいるが、アレは何だ?」


 パディンという町は、すぐ目前だった。


 しかしそれほど人が行き来しない入り口で、両膝を付き、祈りのようなポーズを取っている奴が見えた。


「もしかしたら、助けを求めているのかもしれないです。アクセリさま、お声をおかけくださらないでしょうか?」

「俺に命乞いを受けろと?」

「きっとアクセリさまを求めているかと。真っ先に気付いたのは、アクセリさまですから」


 慣れた光景なのかはさだかではないが、入り口で命乞い? をしている人間を気に掛ける者はいないようだ。


「命乞いよりも雨乞いじゃないのか?」

「ど、どうなのでしょうか」


 俺の方こそ命乞いをしたいのだが……なるべく今は、賢者とは言わないでおくか。

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