第2話 計り知れないほど期待の眼差し

 とりあえず、だ。


 ベナークの野郎とPT連中を更生してぶっ倒す為には、元の強さ以上にならねえと駄目だ。


 さっきの野兎は低級にも程がありすぎたが、そんな獣ごときに傷を負うとか話にならねえ。


 転移魔法に呪いを付与するとは、知識が脆弱な勇者だけでは出来なかったはずだ。


「あ、あの……賢者さま」

「……何だ?」

「わたしを導――」

「その前にこの世界の勇者の名前を聞いていいか?」

「ゆ、勇者様のお名前ですか? え、あの……」

「ん?」


 勇者と賢者といえば、世界において二人といないジョブのはず。


 まさかと思うが、俺が転移している間に勇者の野郎は、くたばったとかじゃないだろうな。


「わ、わたしが名前を覚えている勇者さまはシュニーシアさまと……」

「ま、待て! 他にもいるのか? 勇者は一人だけじゃないのか?」

「は、はい。この世界には限られたPTのリーダーになられる勇者さまが4人おられるのです。それも、みなさん血の繋がった関係なのです……」

「ベナークという名前を知っているか?」


 転移で別の世界に飛ばされたとなれば、ベナークに復讐以前の問題になる所だが。


「ベナークさま……ですか? わたしもあの、全ての勇者さまのお名前は存じていなくて……」

「ベナークなんぞに『さま』はつけなくていい。この世界に賢者は何人だ?」

「……アクセリさま」

「あん? だから、俺以外でだ!」

「で、ですから、アクセリさまただお一人かと」

「賢者は俺だけか? ほぅ……だろうな。大量生産が可能な勇者なんぞと違って、全能賢者はそう簡単には生まれないからな! はっ、ははははは!」


 選ばれる理由は確かにあったようだ。


 いずれにしても、勇者は複数いてベナークの野郎が、その中に含まれているかは不明ということだ。


「アクセリさまは、これからどうされるおつもりなのでしょうか?」

「お前が言ってることが真実で、複数の勇者が必要なこの世界は、魔王はとっくに滅んでいるんだろう?」

「その……」

「何だよ! さっさと言ってくれないか? それとも素の口調では委縮して、何も言えなくなってしまうのか? では、言葉を改めますが……正直に、知っていることを話してもらえますか?」

「素……素のアクセリさまが大好きです!」


 PTからいらないジョブどころか、話の通じない奴を拾っちまったか?


「それはどうも……で?」

「ま、魔王もあの……勇者さまと同じ数、存在しています。で、でも、数年前に一番弱かった魔王が勇者に倒されました」

「何っ!? 倒した勇者は男か? いや、それよりも数年前……だと?」

「はい、数年前の出来事でした。倒したのは男の勇者さまと聞いておりますので、恐らく4人の中の末の方かと」


 転移させられて弱くされて、おまけに何年も眠っていたというのか。


 俺の知る世界では、間違いなく魔王は一体だけだと認識していた。


 もちろん、認めたくないが勇者はベナークの野郎と、賢者は俺だけ。


 まさかと思うが、全て偽られていたってことなのか……


「この世界にも冒険者ギルドはあるか?」

「もちろんです。そこに行かれますか? ここからなら、さほど遠くではないです」

「そこでなら色々と聞けそうだが、勇者と鉢合わせとかは勘弁して欲しい所だ」

「それはあり得ないですから、大丈夫です」

「どういうことだ?」

「魔王を倒された勇者さまが、冒険者ギルドの冒険者と自分は、強さも立場も違いすぎる。PTを組む時は勇者が認めたPTにだけ入って、リーダーをするということを決められました」


 あの野郎……好き勝手に世界を変えやがったな。


 血の繋がりのある勇者ってことは、間違いなくベナークの野郎が末男だろう。


 女の勇者もいるってことは、四天王……いや、4人姉弟みたいなものか。


「賢者が俺だけってのは理解した。だが、何年も経って俺以外の賢者が出て来ていないのはどうしてだ?」

「そ、それはあの……」

「どうした? 言ってみろ」

「れ、劣弱……弱すぎる賢者になろうとする冒険者はいなくて、それでその……」

「劣弱、ね。まぁ、違いは無いな。薬師に助けられる賢者なんて、俺しかいないだろうよ」


 これで合点がいった。


 賢者のいない世界を広め、魔王を倒すことが出来るのは、不遇じゃないPTをまとめられる勇者だけということだ。


「ジー……」

「何?」

「い、いえ、賢者を目指す人がいないのは、劣弱から始めなければならない。誰もが知る所なのですが、極めれば全知全能の智者になり、勇者よりも優れた存在……さらには多くの人から称えられる唯一のジョブでもあるので、だから……アクセリさまはそうなる御方なのだと」


 全知全能の智者だったのに、劣弱賢者に落とされた挙句の不遇ジョブとは。


「まるで勇者は、人々から称えられていないような言い方に聞こえるが?」

「そ、そもそも普通の冒険者も含めて、勇者さまは村や小さな町には立ち寄ることがありませんので、あまり知られていない、遠い御方としか思われていないのです」

「いるかどうか不明な奴等ってことか」

「で、ですが、確かに魔王は倒されて、その魔王が支配していたエリアはしばらく平和でした」

「そうだろうな」

「それがまさか、魔王が他にもいたなんて勇者さまも存じなかったみたいです」


 俺から言わせれば魔王はともかく、勇者がベナークの野郎以外にもいることの方が驚いたわけだが。


 ベナークの野郎だけに復讐すれば気分爽やかで老後は安泰だと思っていたのに、どういうことだ。


「そ、そろそろ行きませんか?」

「……導く前にお前に言っておく! 俺はかつて勇者と手を組んで魔王を倒した、賢者アクセリだ。だが、俺は勇者のいるPTに裏切られ、呪いの転移魔法でここに来た。しかもお前の言う、不遇賢者としてな」

「そ、そうだったのですね……」

「俺は勇者をぶっ倒して勇者のいない世界を作る輩に過ぎない。魔王よりも、勇者を滅することを目的とした劣弱賢者だ。お前の言う導きが破滅になるかもしれないが、それでもついて来るっていうのか?」

「賢者さまのおっしゃること、やろうとされることに間違いはありません。わたしは勇者さまがいないPTからも見捨てられた薬師です。それなのにアクセリさまは迎えてくれました。わたしを導いてくださる御方なのだと思います」


 いらない子だからこそ、俺に惹かれているっていうのか?


 じっとりじっくり見つめて来るその眼差しは、何かの期待をしているということのようだ。


「お前……」

「パナセ……パナセ・アウリーンをどうかお傍に……」

「物好きな女か。好きにしろ! コキ使ってやるからな」

「はいっ! アクセリさま」

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