第5話 優れ者もどきを沈めて徳を得る 後編

「な、なんだぁ? どっから聞こえて来やがる」


 てっきりパナセが俺を止めに入ったかと思っていた。


 しかし声の主は、明らかに耳をつんざくほどの甲高い声だ。


 ごろつきの野郎たちも意表を突かれたのか、両耳を押さえて顔をしかめている。


「……だ……め」


 どうやら命乞いポーズの女が出した声、というより騒音のようだ。


 あまり声を張り上げることが無いのだろう、かすれた声と視線で俺を見るのが精一杯らしい。


「……ちっ、興がそがれやがった。村人を斬る訳ねえだろうが! 俺らは優れた戦士なんだからな!」

「そうなのか? 貴様のその剣は一度も使われたことが無いと、虚しさを俺に訴えて来ているぞ? 赤錆びの剣で斬られたところで、死に至らないことくらいは分かっていたんだけどな」


 全くの嘘だが、死なないだろうとは思っていただけに残念だ。


「弱者が何をほざこうと、所詮、村人。バカバカしい! 俺らはパディンに入らせてもらうからな! 外でぐだぐだとやってる暇はねえんだよ!」


 相当に脳みその足りない連中に出遭ってしまったようだ。


 パディンという町の中に入らせてしまえば、町の中でも結局は似た展開が待ち受けているはず。


 それは冒険者はおろか、町の人間にも被害をこうむらせることに繋がるだろう。


『アクセリさま! これをっ!』


 調合を終えたパナセは、俺の手元に少量の麻袋を手渡して来た。


 中には間に合わせで作られたとみられる、束ねた草がいくつも入っている。


 このまま素直に町の中へ入らせるわけには行かないので、奴等に向かってぶん投げることにした。


『ごろつき野郎ども! これを受け取れ!』


 さすがに大した距離でもない所に向かって放り投げるのは、能力要らずだった。


『あぁ!? な、何だぁ? 何をくれるって――ちっ、太陽の光で見えねえ』


 直射の光と相まって、奴等は空から降って来る小さな袋を掴めず、顔で受けていた。


「アクセリさまっ! その場に伏せて地面に顔をつけてください! わたしはあの子をここに!」

「あ、あぁ。毒草とか、痺れ草じゃないのか?」

「お、お早くっ!」


 パナセの言う通りにするのはどうかと思ったが、必死めいた声と顔で言われてはそうするしかなかった。


 直後のことだったが、魔導士が使う魔法に似た無音の空間が、辺りを包んでいた。


 一見するとただの煙幕に見えるが、目くらまし状態にしておきながらも、やられた方はその場から身動きが取れなくなるというシロモノだ。


 耳と顔面を土につけていたおかげで、俺とパナセと女だけは何事も無く立っている。


『ぐああああっ!? み、耳がっ、め、目が見えねえええ!』


 大したことの無い草のはずだが、薬師くすしとしての実力はおかしなレベルだったりするのか?


「アクセリさま、あの者たちのいる辺りにホールド魔法をかけられますか?」

「悪いが、俺はまだまともな魔法は……何をしたのかは見れば分かるが、足止めをするって言うなら、ホールド魔法だけでどうにかなるとは限らないぞ」

「惑わし草の効力はそう長く持ちません! で、ですから、何かの魔法を!」


 何かと言われても弱り切った賢者は、とことん使えない。


 士元素との盟約も完全じゃないだけに、考えを巡らせるしか術はないが……


「ん?」

「え……?」

 

 劈きの声を張り上げたローブの女は、この期に及んで命乞いポーズを取り始めた。


「お、おいおい、目の前でそれをされても救えな――!?」

「え、あっ!? ア、アクセリさま、見ちゃ駄目ですっ!」

「……る」


 聞こえないくらいの小声を発しながら、ボロボロローブの女は、身に纏いの衣服を脱ぎ始めた。


 あられもない姿となった女は、そのまま命乞いポーズで空を仰ぎ始めた。


「ア、アクセリさま」

「何だ?」

「わ、わたしも脱いだ方が?」

「バカなことを言うな。どうなるかは知らないが、命乞いポーズで何かが起こる可能性は否定出来ないからな。パナセが脱いだところで誰が得をする?」

「……アクセリさまだけでも」


 何とも抜けた思考をしている薬師のようだが、それよりも裸となった姿で命乞い……いや、雨乞いか?


「……雨か?」

「さっきまであんなに太陽が姿を見せていたのに、雨……雨ですよ!」

「見れば分かる。騒ぐほどのものでは無いだろう?」

「い、いえ、このエリアは本当に降らないんです! だ、だから、恵みの雨なんですっ」

「分かったから落ち着いて、状況に目をこらせ」


 パナセが喜んでいたのも束の間、恵みの雨どころではない雨量が、町の入り口付近だけに注ぎ始めた。


 裸の女は、微動だにしないままで空を仰ぎ続けている。


 ごろつき連中一帯だけが集中的な降雨となっていることに気付く。


「まさか、コイツの仕業か? 俺たちと、その周辺は普通の降雨だが……ごろつき連中の姿が見えなくなっているぞ」

「本当に雨乞いなのでしょうか……あんな、ピンポイントに攻撃を――」

「攻撃? この女、まさか……」


 パナセが作った草を受けた男たちは、ただでさえ視界と動きを封じられていた。


 それに加えて滝のような降雨を、集中的に浴びせ続けられていれば、息も絶え絶えとなっているはず。


「……った」

「ん? 何か言ったか?」

「……めた。戻す……」


 所々が良く聞こえない上に、裸の女に視線を合わせるほど、ガキでもない。


 雨が降っていた時間は数刻も無かったが、呆けるほどの暑さを忘れるくらいの涼しさを感じた程度だ。


「ア、アアアアクセリさま!」

「何だ、騒々しいぞ」

「ま、町の入り口に沼が出来ています! 底無し沼のように陥没しています」

「沼?」


 沼が突如として出来た辺りには、赤錆びの剣だけが置き去りになっていた。


 ということは、この女の雨乞いで滝のような雨を降らせた挙句、ごろつき連中を一掃したのか。


 興味あり気に、パナセは沼の周りを何度も往復してはしゃいでいる。


「アレはお前の仕業なのだろう? 何者だ?」

「……たし、は……デサストレ・ナトゥル。あ……なた……は?」


 あられもない姿をよくよく見れば、肌の色は人間のソレとは異なり、鱗のような模様も見えている。


 命乞いかどうかはともかくとして、天災を呼ぶポーズをしていただけで沼を現わし、連中を沈めた。


 コイツは厄災の竜か?


「俺か、俺は義賊のアクセリだ。お前は何だ? 何故俺を止めた?」

「求め、認めた……アクセリ。肢体の全てをあ……なた……に」

「っておい! その姿のままで気を失うな! 全く……」

「アクセリさま……な、何をされようとしておいでですか!?」

「裸のままで気を失ったようだからな。土でもかぶせてやろうかと……」

「い、いけませんよ! わ、わたしの服をかぶせますから。アクセリさまは向こうを向いていてください」

「今さらのことだろうが……」


 何をそこまでカリカリ騒ぎ立てているかはともかくとして、俺だけの力でどうにも出来なかった。


 厄災の竜らしき女に認められた上、厄介なごろつき連中を沈めたのはいいとしても、俺の身に何が起きているというのか。


 魔王はどうでもいいが……勇者と、世界の変わりように劣弱賢者がどう絡めと?


 デサストレ……厄災の竜だとして、俺に何を求めているんだ。


「……の、世界を――」


 寝言か。まぁいい、力無い俺の味方とすれば、徳を得たと言っていいだろうからな。

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