死にたい盛り
相内結衣
死にたい盛り
梅雨の合間の晴天。夏への準備は万全だとばかりに、太陽が突き刺すような光線を放つ。リクルートスーツに身を包む私を、まるで東京から追い出そうとしているようだ。
「死にたいなー」
つい口癖が零れる。
就職活動を始めて既に5ヶ月。ほとんどの就活生はもう内定を獲得し、残されたモラトリアムを存分に楽しんでいる。だが私はというと、面白いくらいに就活が上手くいっていない。
もう何社に落ちたのだろうか。20社を超えた辺りから数えることを止めた。落選する度に精神が削られ、これほどまでに自分は社会から必要とされていないのだ、という事実が重くのしかかってくる。
今日は、そんな現状を打開するため、選考を受けに決死の覚悟で地方から東京へ出てきた。だが、意気込んで挑んだ午前の面接は、蟻地獄のようだった。
発した言葉たちは弱弱しく宙に消えていく。もがけばもがくほど、アピールしようとすればするほど、奈落へと滑り落ちるようだった。失敗を取り返そうとしてさらに空回りする悪循環。連絡を待つこともないほど分かり切った惨敗だった。
鉛のように重くなった身体を引きずってビルを出る。スマートフォンを開くと、お祈りメールが2件。
「死にたいなー」
この数ヶ月で何度も呟いた言葉が、思わず口を吐いた。
そのとき、黒いものが視界に入った。いつの間にか、リクルートスーツを纏った女子が横に立っている。
その意志の強そうな開かれた目は、なぜか射貫くように私を見据えていた。ぎゅっと結ばれていた唇が動く。
「私も」
「…え?」
「私も、もう死にたい」
こみ上げる怒気を抑えつけたように震えた声。
独り言を聞かれていたのだと知り、顔から火が出そうだった。だが、そんなことに構わず彼女は続ける。
「でも、絶対に死なない。こんな下らないことで人生を捨ててなんてやらない!」
言葉の最後は、振り絞るような叫びだった。彼女は言い切ると、唇を噛み締め、涙が溢れそうになるのを必死に堪えながら、勢いよく振り返って歩き出す。
「待って」
咄嗟に腕を掴む。
他人の独り言に反応する人間なんて、正直、異常だ。でも、私だって「死にたい」が口癖になるほどには正常でない。人間性を競い合う異常な戦いの中に、私たちはいるのだ。
ビルのガラスに、輪郭の繋がった私たちの姿が映る。同級生たちがとっくに脱ぎ捨てた戦闘服を身に着けた二人は、置き去りにされた異星人のようだ。
掴んだ手首から彼女の体温を感じる。身体中のエネルギーが出口を求めて暴走しているかのように熱い。こうして人に触れるのは、かなり久しぶりな気がした。
「私も」
思わず声が大きくなる。今度はこちらが言う番だった。
「私も、死なないよ。絶対に死なない。だから、だから、私も、あなたも、一緒に…」
頑張ろう、と言おうとして、言葉が出てこなかった。私たちは、もう十分頑張っている。だからこそ、こんなにも苦しいのだ。これ以上何を頑張ることがあるのだろう?
彼女は、今にも零れそうな涙を瞳に湛えたまま、口元だけで笑みを作った。言いたいことは分かっているよ、と言うように。
都会の地面を高らかに踏み鳴らして、彼女は去っていった。
私は、身体の内にあるものを全て吐き出すように、大きく深呼吸をする。さあ、午後からも説明会だ。
心なしか日差しは弱まっている。
「死んでなんかやるか、バカヤロー」
一陣の風に押され、私は歩き出した。
死にたい盛り 相内結衣 @aiuchiyui
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