第18話 歩行者保護リベンジ
ある日の平日の夜、懐かしのハードPS2でリメイク版のドラクエ5を遊んでいた。無事にクリアでき、隠しダンジョンも隠しすごろくもクリアして、あとはぷちタークとプオーンのLvを99にするだけだった。
俺はおもむろに連射式コントローラを取り出し、隠しダンジョンの無限ループゾーンで放置プレイすることにした。翌朝仕事に向かい、夜帰ってくると、ぷちタークとプオーンは無事LV99になっていた。LV99のぷちタークは強い。
世間ではむなしい行為とされがちな終わったドラクエのLV上げだが、今の壊れた心を持った俺には楽しくて楽しくて仕方がなかった。もっと他に無駄な作業はないか探し、今度はクリアして終えた3DSのドラクエ8のLV上げを手動で行っていた。スライム系統しか出ない島に行き、とある裏技を使ってメタルキングが出たら倒す作業を夜更かしして行い、無事全キャラLv99になった。あとは種集めで竜神王を狩るだけだ。
仕事中も終わったドラクエ8のことが頭の中から離れない。忙しい合間をぬって昼休みに休憩室でぽちぽち遊んでいた。莉来は本日はシフト休でお休みだった。職場の同僚から免許の進捗状況を聞かれ、俺はようやくドラクエという異世界への逃避を終えることが出来た。
俺は謎の満足感を手にしつつ、心の中では歩行者保護の教習項目の反芻をしていた。
一体どうしたら丸をもらえるんだろう。このままじゃらちが明かない。本気で奥の手を利用するか。
色々考えた末、俺は指導員の指名制度を活用することにした。とはいえ、さて誰を指名するか。なんだかんだで一番お世話になっているのは一徹だ。だが彼では駄目だった。というか俺は彼が嫌いだ。ライダー、ケツプリ、ドドリア、だって先生他、いろんな人を思い出すが、この大一番で頼りになるのはあの人しかいない。
俺は天使さんを指名することにした。
天使さんが俺と一番相性がいい。彼とライダーさんなら指名料金も痛くない。誰が一徹なんて指名してやるか。客に対して横柄な振る舞いばかりしやがって。指導員はそんなに偉いのか。自動運転が主流になったら教習所なんて商売は成り立たなくなるぞ。言動には気をつけろって言うんだ。
今思った事を本人に直接言えない俺は大人だがへたれだ。だがなぜお金を払って気分を害さなければならないのか、教習所というところはとことんホスピタリティに欠けた場所である。でも仕方がない。昨今の社会情勢を鑑みても、高齢者ドライバーの事故は後を立たず、子供がその犠牲になる事件も多い。教習所が積極的に高齢者むけ教習を行わないといけないのかもしれない。アクセルとブレーキを踏み間違える高齢者は殴ってでも指導員は止めないといけないだろう。
車の自動運転が当たり前になっても、教習所は何かしらの意味を持って存続し続けるだろう。
それに俺が免許を取るのは個人的な目標ではない。莉来のドライブに連れて行って欲しいという夢を叶えるためだ。莉来は気立てもいいし、社交的だし、くりくりの瞳をした可愛い女の子だ。俺の彼女にはもったいないぐらいだ。
彼女のためにも俺には免許が必要なんだ。
俺の前に立ちはだかる歩行者保護の分厚い壁。
多くの教習生を泣かせてきたであろうその項目に俺は4度挑むことを心に決めた。さっそくネットから指名教習員の項目を選び、俺は天使さんこと三枝源治を指名して教習の予約を取った。これで打つ手は全て打った。あとは運を天に任せて結果を待つばかり。
ここが正念場だ。
ポキッと折れた俺の心は一週間で修復された。
相変わらず俺はタフな男だとつくづく思う。
歩行者保護でこんなに足踏みするなんて思わなかったがもういい加減習熟してきた。
今日こそは決めてやろうと俺は心に決めていた。
指導員は第一段階で俺が指名したとおり見極めをくれた天使さんだ。
第二段階では初めてお世話になる。
俺が苦しんでいるとき、この指導員さんはいつも現れて助け舟を出してくれるのだ。
今日はなんとなくいける気がする。
「じゃあ、頑張っていこうね。落ち着いてね。焦らなくていいからね」
っと何時もの調子で僕に優しく語り掛けてくる。
よし、頑張るぞ。今日こそはいけそうな気がするんだ。
教習開始。
過去三回通った道は流石に歩行者保護をしっかり行う事が出来る。
最初のうちは細い道での車の運転に集中しすぎて歩行者に意識が回らなかったが、ゆとりができた今でははっきりと歩行者の動きが見えるようになった。
俺は成長した。
はっきりとそれを実感することができた。
信号のない横断歩道にさしかかったそのとき、野良猫が歩行者と一緒にトコトコと横断歩道を渡っていった。
思わず速度を落とす俺。
猫が律儀に横断歩道を渡る環境ってどうよ。
さすが目黒、恐ろしいぜ。
ところで、もし猫が信号のない歩道橋で待っていたら道を譲ってあげるべきなんだろうか?
あまりにも突拍子もない質問なので指導員には聞けなかったが。
話は変わるが、以前教習所の近くで園児の列に車が突っ込んだという事故があったらしい。
そのとき車は猫を避けようとしてハンドルを切ってしまったそうだ。
俺も猫が好きだから気持ちは分かるが、やはり車はもしものときは猫を無視して走るべきだろう。
涙を堪えて轢いた後に、手厚く葬ってやればよいのではないか。
今回は歩行者も一緒に渡っていたので速度を落としたが、猫単騎だったら一体どうすればいいのだろう・・・。
そのときの状況によっては・・・。
教習は進む。
以前は見落としがちだったらしい歩行者もキッチリ見えるようになった。
交差点を右折する際の横断歩道の保護もできるようになった。
初めて歩行者に手で合図してしまった。ちょっとドキドキした。
厳しい住宅道路での教習が終り、今度は大通りの教習に入る。
細い道に比べたら、大通りは精神的に楽だ。
しっかりと速度を出して進む俺。ノロノロ運転駄目、絶対。
教習も終盤に差し掛かったとき、ふと天使さんが俺に教習とは関係のない話しをしてきた。
「ところで段さんはティンティン泥棒っていうAV知ってる? あれは名作だよ」
いきなり唐突な下ネタ発言に、俺のハンドルが多少ふらついた。まさか、うそだ。天使さんがそんなことを言う人だったなんて。俺は予想以上に大きなショックを受けた。真面目な人だと思ってたのに、ショック。
そして教習は無事に終わった。
結果は・・・・・・・・・・・OK!!!
長かった。ありがとうAV大好きおじさん。ようやく次のステップに進めるぜ・・・。
教習が終り、原簿を返そうとすると、次の時間も乗らないか? と誘われた。
このとき、俺の教習期限はあと三ヶ月とちょっとだった。
乗れるときに乗れるだけ乗っておきたい。
項目9駐・停車。
歩行者保護教習が始まる直前に指導員が言っていたいわゆる体験教習という奴だった。
指導員はライダーさんだった。
最難関の歩行者保護を終えれば、あとはもう、ね。
大通りや住宅道路に入ってひたすら駐・停車をしていくというもの。
連続教習だったので、かなりリラックスした状態で挑めた。
路駐が多くてなかなか止めたい場所に止められなかったり、大通りを走っている最中に路側帯に溜まった桜の花びらが風で飛ばされ視界を遮られたりしてひやっとしたが、基本的には問題なく終了。有意義な教習となった。
教習が終り、原簿を返そうとすると、次の時間も乗らないか? と誘われた。
第二段階は三時間連続の技能教習はできないことになっている。
一時間のインターバルを置いて、僕は三度乗る事にした。
項目10方向転換・縦列駐車。
今回の指導員は、二回目の路上教習のときに「序盤頑張らないと詰む」と俺に助言してくれた人だった。
本当に序盤でしっかり運転感覚を磨かないと詰むから怖い。
さすがに三時間連続で最後の技能教習は厳しい。
正直かなりの疲労を感じていた。
車の運転がこんなに体力を使うとは思わなかった。
所内なので助かった。
この回は縦列駐車を一時間みっちりやった。
まずは指導員に見本をみせてもらい、縦列駐車の仕方を学ぶ。
「よぉ~~し、じゃあ行くよ~~ん♪
・・あっいけね、なまっちったテヘ」
・・・・いや、もう前回からすごい訛ってましたが?
ここの教習所ってみんな優秀だけどちょっと個性的な人が多すぎるよな。前から思ってたけど。まあいい。
実際のやり方はこうだ。
①止めたいスペースの前方の車と1mぐらいの感覚を空ける。
②後ろを見ながらバック。
③ハンドルを左一杯に切ってバック。
④自分から見て後方車両の右端がサイドミラーに映った直後に停止。
⑤自分の車の右後輪と後方車両の右車輪を平行になるように並べる。
⑥ハンドルを右一杯に切ってバック。
⑦車が正面になるまで調整。
⑧両方のミラーに後方車両が映ったらOK。
特に⑤が難しい。目視でやるのだが最初は上手く平行にできない。
奥に入りすぎてしまったり浅すぎてしまったりだが、次第に上手くできるようになった。
情熱的で優秀だがちょっと変わった指導員のおかげで早々にコツを掴むことができた。ありがたい。
しかし・・・全て終わった後に「入りました!」 と叫ぶのは恥ずかしい・・。
「いい? 全部終わったらね、入りましたって叫ぶんだよぉん。検定の際には言わないと、まだ終わってないと判断されるからねん。注意してねん。」
そっそうなのか・・・検定の日までにしっかり発声練習しておこう。
そんなこんなでその日実に三時間にも及ぶ技能教習が終わった。
最後の方は疲労で意識が飛びそうになったがなんとか頑張った。
おかげでかなりこれまでの遅れを取り戻せたぞ!
今日、俺は頑張った。とてつもなく頑張った。沢山のことをやり遂げた気分だ。達成感っていいものだね。
しかし、まだ全てが終わったわけじゃない。
最難関は越えた。
ココまで来たらもう後には戻れない。
僕の辞書に妥協の2文字は無いのだ。
かならずMT免許取るぞ!!!
次は急ブレーキ教習!! 行くぞ! 乗るぞ!!!
俺は莉来に歩行者保護攻略完了とLINEを送った。莉来からはすぐに返事が来て
「よかったね。本当によかったね」
と愛らしい反応を見せてくれた。
愛の力を武器に俺はこれからも走り続けるぞ。
派生元作品はこちら
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890338560/episodes/1177354054890338592
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